2022 Volume 71 Issue 3 Pages 554-559
Moraxella nonliquefaciensはヒトの上気道に常在するグラム陰性桿菌で,小児の気管支炎や副鼻腔炎の原因となることが知られているが,角膜材料からの検出例は少ない。今回,M. nonliquefaciensによる角膜潰瘍の1例を経験したので報告する。患者は70歳代男性。左眼痛のため受診し,左眼角膜輪部の菲薄化を認め,感染性角膜潰瘍,前房蓄膿,眼内炎と診断された。角膜擦過物のグラム染色では,大型で角張りのあるグラム陰性桿菌を認めた。24時間の培養でTSA II 5%ヒツジ血液寒天培地に非溶血の白色スムース型の小集落が発育したが,BTB乳糖加寒天培地に発育を認めなかった。分離菌のカタラーゼ試験,およびオキシダーゼ試験が陽性。生化学的同定検査では正しい菌名を得られなかったが,質量分析(VITEK MS)でM. nonliquefaciensとの結果が得られた(99%)。また,16S rRNA遺伝子解析でM. nonliquefaciensと99.71%の相同性が得られた。薬剤感受性検査の結果,分離菌はマクロライド系薬に耐性であった。患者の所見はキノロン系薬およびセフカペンピボキシル等の投与により改善した。M. nonliquefaciensの精査に質量分析は有用であるが,形態学的特徴や培養所見,カタラーゼ・オキシダーゼなどの従来法から本菌の可能性を推定し,迅速に臨床に報告することが重要である。
Moraxella nonliquefaciens is a commensal organism in the human upper respiratory tract. It is the causative organism of pediatric bronchitis and pediatric sinusitis, and it is rarely detected in corneal swabs. Here, we report a case of corneal ulcer caused by M. nonliquefaciens. A man in his seventies presented with left eye pain and was diagnosed as having an infectious corneal ulcer, anterior chamber abscess, and endophthalmitis with thinning of the left corneal ring. Gram staining of the corneal swab revealed large gram-negative bacilli arranged in pairs with square ends. Although small, smooth, white, nonhemolytic colonies developed on TSA II 5% sheep blood agar in 24 h, no growth was observed on BTB lactose-containing agar. The organism tested positive for catalase and oxidase. However, the organism was not correctly identified on the basis of a differential diagnosis of species by conventional biochemical analysis. The organism was subsequently identified to be M. nonliquefaciens using VITEK MS mass spectrometry (99%), and 16S rRNA gene analysis showed 99.71% compatibility with M. nonliquefaciens. Drug susceptibility test results of the organism revealed resistance to macrolide antimicrobials. The patient’s corneal ulcer improved with the administration of quinolone antimicrobials, cefcapene-pivoxil, and other antimicrobials. Although mass spectrometry is a useful method for identifying M. nonliquefaciens, it is important to speculate the possibility of M. nonliquefaciens on the basis of the results of conventional methods such as morphologic characteristics, results of culture tests and catalase and oxidase tests of laboratory materials, and reports of doctors-in-charge.
Moraxella属は常在的にヒトの鼻腔などの上気道に存在しており,その一種であるMoraxella nonliquefaciensも一般的には病原性の低い弱毒菌であると考えられている1)。しかし近年,質量分析装置の普及に伴い,本菌を起炎菌とする角膜潰瘍の症例が数例報告されている2)~5)。M. nonliquefaciensが特徴的な生化学的性状を示さないため,従来法での同定が困難であり,菌名の確定が得られない,あるいは,他の菌種として誤同定されている可能性も指摘されている3),6)。今回,角膜擦過物よりM. nonliquefaciensを検出した1例を経験したので報告する。
患者:70歳代男性。
既往歴:左眼の外傷(約20年前に手術歴有り)。
主訴:左眼痛,眼脂,充血,流涙。
現病歴:20XX年某日,前日より出現した左眼痛のため,当センター眼科外来を受診した。
初診時検査所見:左前眼部細隙燈顕微鏡検査にて,左眼の角膜輪部に菲薄化,上皮欠損を認め(Figure 1a),前房蓄膿と眼内炎も併存していた。
a:初診時。青枠の囲み:潰瘍部分。
b:治療経過中。第31病日撮影:初診時に比べ潰瘍が縮小している。
臨床経過:感染性角膜潰瘍と診断し,点眼薬のlevofloxacin及びcefmenoxime(CMX)の2薬剤,眼軟膏のofloxacinを処方した。角膜擦過物からグラム陰性桿菌が検出されたため,第2病日の再診時にCMXをtobramycinに変更し,眼瞼に浮腫が認められたことから内服薬のcefcapene pivoxil hydrochloride hydrateを追加処方した。第6病日には膿瘍の限局化が認められ,第8病日には前房蓄膿が消失,第15病日には角膜輪部の上皮化の兆しが確認され,第31病日には角膜潰瘍が縮小した(Figure 1b)。
塗抹・鏡検所見:初診時に,BD BBLカルチャースワブ プラス(日本BD)で角膜擦過物を採取し,検査室に提出された。これをグラム染色(グラムバーミー染色キット;武藤化学)したところ,白血球と共に大型で角張りのあるグラム陰性桿菌が認められた。配列は集塊や長連ではなく,ほとんどが2連であった(Figure 2)。
培養検査:分離培養にはTSA II 5%ヒツジ血液寒天/チョコレートII寒天培地(日本BD),BTB乳糖加寒天培地(日本BD)を使用し,いずれも35℃,5%CO2環境下で行った。培養24時間でTSA II 5%ヒツジ血液寒天培地に直径1 mm程度の非溶血の白色スムース型集落が発育した。チョコレートII寒天培地上の集落は小さく,集落数も少なかった(Figure 3)。TSA II 5%ヒツジ血液寒天培地上での48時間後の集落は表面が隆起し,pittingやspreadingは認められなかった。なお,BTB乳糖加寒天培地は48時間培養後も集落は形成されなかった。
35℃,5%CO2環境下,24時間培養後
同定検査:本菌の純培養菌について実施したカタラーゼ試験,およびオキシダーゼ試験はどちらも陽性であった。VITEK2(bioMérieux)にて,グラム陰性桿菌用の生化学的同定パネルであるGNカード(バイテック2システム PC 8.01)を使用して同定を実施したところ,99%の確率でAcinetobacter lwoffiiという結果を得た。一方,質量分析装置VITEK MS Ver 3.2(bioMérieux)で同定したところ,99%の確率でM. nonliquefaciensという結果となった。A. lwoffiiは形態学的に球桿菌を示すことが多く7),BTB培地に発育するオキシダーゼ試験が陰性の菌であるため8),我々は本菌をM. nonliquefaciensであると同定した。なお,本菌に対し,ユニバーサルプライマー27F(5'-AGAGTTTGATCMTGGCTCAG-3')と1,492R(5'-TACGGYTACCTTGTTACGACTT-3')9)を用いて16S rRNAによる遺伝子解析を実施したところ,NCBI 16S rRNA遺伝子データベース M. nonliquefaciens type strain 4663/62(GenBank accession number NR_104938.1)と99.71%(1,397/1,401)の相同性を得た。
薬剤感受性検査:Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)には本菌を対象とする定められた薬剤感受性検査の試験方法がないため,CLSI M45-Ed3のMoraxella catarrhalisの勧告法10)に準拠し,ドライプレート‘栄研’DP44(栄研化学),ミュラーヒントンブイヨン‘栄研’(栄研化学)を使用して微量液体希釈法を実施,35℃,好気環境下にて24時間培養を行い,最小発育阻止濃度(MIC値)を目視にて判定し,参考値として報告した(Table 1)。また,セフィナーゼディスク(日本BD)を使用したニトロセフィン法でβ-ラクタマーゼ産生性を検査したところ陽性であった。
抗菌薬 | MIC(μg/mL) | CLSI M45-Ed3 |
---|---|---|
Amoxicillin/Clavulanate(AMPC/CVA) | ≤ 0.25/0.12 | S |
Ceftriaxone(CTRX) | 0.25 | S |
Cefotaxime(CTX) | 0.5 | S |
Azithromycin(AZM) | > 4 | ブレイクポイントなし |
Clarithromycin(CAM) | > 16 | ブレイクポイントなし |
Erythoromycin(EM) | > 2 | ブレイクポイントなし |
Clindamycin(CLDM) | > 4 | R |
Sulfamethoxazole-Trimethoprim(ST) | > 38/2 | IもしくはR |
Levofloxacin(LVFX) | ≤ 1 | S |
Moraxella属菌が関与する感染症は,Moraxella catarrhalisによる呼吸器感染症や,Moraxella lacunataによる感染性結膜炎などが知られている1),6)。M. nonliquefaciensについては,これまで咽頭や後鼻腔に常在するグラム陰性桿菌として認識されていたが1),6),2015年頃から細菌性角膜炎の起炎菌として報告されるようになった3)。本症事例の報告例をTable 2にまとめた。これらから,高齢者,眼の外傷や手術歴,糖尿病の3項はM. nonliquefaciensによる角膜潰瘍のリスクファクターであることが示唆される。外傷や手術は創傷を介して細菌が侵入することにより,細菌性角膜潰瘍発症の直接的要因となる11)。本症例でも外傷・手術歴があるが,約20年前のものであり,今回の角膜感染症と関連しているかどうかは不明である。加齢や糖尿病による易感染性は角膜感染の要因となり得る。さらに糖尿病は合併する神経障害が涙液分泌の低下,および角膜知覚の低下を招き12),角膜感染症のリスクを押し上げると考えられる。M. nonliquefaciensが毒素様物質を産生する13)ことも,角膜潰瘍を起こす病原体側の要因の一つと推察される3)。
報告年 | 文献 | 年齢 | 性別 | 主訴 | 既往歴 | 同定法 | 使用薬剤 | 経過 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2015 | 3) | 81歳 | 男性 | 視力低下 充血 眼脂 |
糖尿病 | MALDI-TOF MS(MALDI BioTyper) 16S rRNA |
Cefmenoxime(点眼) Levofloxacin(点眼) Dibekacin(点眼) Ofloxacin(軟膏) |
改善 |
2018 | 4) | 71歳 | 男性 | 視力低下 充血 |
角膜外傷 | MALDI-TOF MS(MALDI BioTyper) | Vancomycin(点眼) Ceftazidime(点眼) Azithromycin(点眼) Tobramycin(軟膏) |
改善 |
2019 | 5) | 83歳 | 女性 | 眼の掻痒感 | 糖尿病 | MALDI-TOF MS(MALDI BioTyper) | Vancomycin(点眼) Ceftazidime(点眼) Tobramycin(点眼) Amoxicillin/Clavulanate(経口) |
改善 末梢角膜白斑の残存 |
2019 | 2) | 91歳 | 女性 | 視力低下 充血 流涙 |
糖尿病 糖尿病性網膜症 白内障 (手術歴あり) |
MALDI-TOF MS(MALDI BioTyper) | Cefmenoxime(点眼) Levofloxacin(点眼) Cefdinir(経口) |
改善傾向あり (治療経過中に死亡) 瘢痕性混濁の残存 |
2019 | 2) | 81歳 | 女性 | 視力低下 充血 眼の違和感 |
白内障 (手術歴あり) 翼状片 (手術歴あり) |
MALDI-TOF MS(MALDI BioTyper) | Tobramycin(点眼) Levofloxacin(点眼) Ofloxacin(軟膏) |
改善 瘢痕性混濁の残存 |
本症例 | 70歳代 | 男性 | 眼脂 充血 流涙 |
外傷 (手術歴あり) |
MALDI-TOF MS(VITEK MS Ver 3.2)16S rRNA | Levofloxacin(点眼) Cefmenoxime(点眼) Tobramycin(点眼) Ofloxacin(軟膏) Cefcapene(経口) |
治癒 |
M. nonliquefaciensはヒトの上気道の常在菌であるため1),我々臨床検査技師は角膜潰瘍部の検査材料を受け取った際には常にM. nonliquefaciensの存在を念頭において検査を実施する必要がある。この際,特に本菌が特徴的な生化学性状を示さず,従来法による同定が困難であるということに注意せねばならない。従来法による同定では感染性角膜炎の起炎菌がM. nonliquefaciensであるにも関わらず他菌種として誤同定される可能性も指摘されている6)。しかし,感染性角膜炎診療ガイドライン14)に主な起炎菌に対する薬剤選択が表にまとめられており,起炎菌を正確に同定することは治療において重要である。そこで,M. nonliquefaciensと類縁菌との鑑別ポイントをTable 3に示した。M. nonliquefaciensを推定同定する上で確認すべきは,Klebsiella様の大型のグラム陰性桿菌であること6),偏性好気性菌であること8),BTB乳糖加寒天培地上に非発育であること,カタラーゼ試験とオキシダーゼ試験がともに陽性であること7),8)の4点である。生化学同定で得た菌名とTable 3で示した性状,グラム染色形態が乖離した際には本菌を疑い迅速に臨床に報告することが重要である。
菌種 | 形態 | カタラーゼ 試験 |
オキシダーゼ 試験 |
硝酸塩還元 試験 |
発育性 | |
---|---|---|---|---|---|---|
BTB乳糖寒天培地 | MacConkey寒天培地 | |||||
Moraxella nonliquefaciens | 桿菌 | + | + | + | − | − |
Moraxella catarrhalis | 球菌 | + | + | + | − | − |
Moraxella lacunata | 球桿菌 | + | + | + | + | − |
Moraxella osloensis | 球桿菌 | + | + | +/− | + | +/− |
Acinetobacter lwoffii | 球桿菌 | ND | − | − | + | + |
Neisseria elongata subsp. elongata | 桿菌 | − | + | − | ND | + |
Neisseria elongata subsp. glycolytica | 桿菌 | + | + | − | ND | + |
Neisseria elongata subsp. nitroreducens | 桿菌 | − | + | + | ND | ND |
Neisseria canis | 球菌 | + | + | ND | ND | − |
Kingella dentrificans | 球桿菌 | − | + | + | ND | ND |
質量分析装置を用いたM. nonliquefaciensの同定報告では,Table 2で示したようにMALDI Bio Typer System(BRUKER)を用いて測定し,良好な成績のスコアを得たとの報告がある2)~5)。今回我々が同定に用いたVITEK MS Ver 3.2においても99%の確率でM. nonliquefaciensの同定結果を得た。2006年に報告された感染性角膜炎の全国サーベイランスによると,角膜由来のグラム陰性桿菌のうち,Moraxella属はAcinetobacter属,Pseudomonas aeruginosaに続き多く検出されている15)。M. nonliquefaciensによる角膜潰瘍の報告は,本邦では2015年頃から散見されるようになった。このことは2011年に発売が開始された質量分析装置の普及が一因と考えられ,今後のサーベイランス,分離菌頻度にも影響すると示唆される。
今回,我々はCLSIに本菌を対象とする定められた薬剤感受性検査の試験方法がないため,薬剤感受性結果を参考値として報告した。M. nonliquefaciensによる角膜潰瘍は抗菌薬投与が有効であると報告されている2)~5)(Table 2)。本症例も抗菌薬投与により改善が認められた。しかしM. nonliquefaciensはマクロライド系抗菌薬に高度耐性を示す分離株が存在し,この68.1%に23S rRNA遺伝子領域のA2058T変異が認められたとNonakaら16)は報告している。本症例の分離株もマクロライド系抗菌薬に対する耐性を獲得しており,この遺伝子変異の存在が疑われた。また,M. nonliquefaciensはBRO β-lactamaseを産生するとされており17),その産生頻度は93%と報告がある6)。本症例の分離株もβ-lactamaseの産生性をニトロセフィン法により検査したところ陽性であった。ニトロセフィン法は迅速に実施可能な検査であり,抗菌薬選択の際に重要な情報となり得る。初期治療に反応しなかった難治性角膜炎では細菌学的検査の結果に基づく治療薬変更が有効であったという報告もあり18),薬剤感受性検査やβ-lactamase産生性検査の結果をもとに適切な抗菌薬を選択することが良好な治療成績をもたらすと考えられる。
M. nonliquefaciensを起炎菌とする感染性角膜潰瘍を経験した。角膜擦過物より2連するKlebsiella様大型のグラム陰性桿菌を認めた際には本菌を疑って検査を実施する必要がある。M. nonliquefaciensの確定には質量分析が有用であるが,カタラーゼやオキシダーゼ試験などから本菌の可能性を迅速に判断し,臨床に報告することが重要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。