2022 Volume 71 Issue 4 Pages 743-747
ヘマトイジン結晶は,低酸素分圧下の閉塞した部位で出血が起きた際に形成されるヘモグロビン分解産物であり,近年認知度が増加している。ヘマトイジン結晶の形成には特殊な環境が必要なため,継続して尿沈渣中に出現することは稀である。今回,尿沈渣中にヘマトイジン結晶を継続的に認めた1症例を経験した。症例は70歳代男性。前立腺がんの化学療法中であった。繰り返す肉眼的血尿と尿閉により尿沈渣検査が施行され,様々な形態を呈したヘマトイジン結晶が継続的に認められた。尿閉で膀胱内が閉塞腔内となり,膀胱腫瘍からの出血が繰り返されたため,ヘマトイジン結晶が継続的に認められたと推定した。また,症状改善のために清潔間歇的自己導尿(clean intermittent self-catheterization; CIC)が導入され,その後の尿沈渣中にヘマトイジン結晶は認められなかった。CIC導入後,尿閉が改善され,膀胱内がヘマトイジン結晶を形成する環境ではなくなったと考えられる。そのため,新たなヘマトイジン結晶は形成されず,消失した可能性が高い。ヘマトイジン結晶は陳旧性の出血を反映する点で臨床的意義があると言われている。本症例の経過から,膀胱内で出血が持続している場合,ヘマトイジン結晶の有無はCICが正しく実施されているかを客観的に評価する上で有用な指標になり得る可能性があり,今後更なる症例の蓄積が必要である。
Hematoidin crystals are hemoglobin degradation products that form in the obstructed body cavity under a low-oxygen-tension environment. The presence of hematoidin crystals in urinary sediments has been increasingly observed in recent years. Because of the special environment required for the formation of hematoidin crystals, they rarely appear continuously in urinary sediments. We encountered a case in which hematoidin crystals were continuously observed in the urinary sediment. The patient was a man in his 70s on chemotherapy for prostate cancer. Urinary sediment examination was performed owing to repeated gross hematuria and urinary retention, and hematoidin crystals showing various morphologies were continuously observed. It was presumed that their continuous presence was due to an obstruction inside the bladder caused by urinary retention and repeated bleeding from the bladder tumor. Subsequently, clean intermittent self-catheterization (CIC) was introduced to improve the symptoms, and no hematoidin crystals were observed in the subsequent urinary sediment examination. After the introduction of CIC, urinary retention was reduced, and it was considered that the environment inside the bladder was no longer conducive to the formation of hematoidin crystals. Therefore, it is highly possible that no new hematoidin crystals were formed, and preexisting crystals disappeared. Hematoidin crystals are considered to have clinical significance in the sense that they result from bleeding. From the clinical course of this patient, we infer that if there is persistent bleeding in the bladder, the presence or absence of hematoidin crystals may be a practical index for objectively evaluating if CIC is performed correctly.
ヘマトイジン結晶は,低酸素分圧下の閉塞した部位で出血した際に形成されるヘモグロビン代謝産物である1)。色調は黄褐色,大小不同で形態は菱形や針状を呈する2)。髄液,尿,関節液,膿瘍穿刺液といった様々な材料から検出され,陳旧性の出血を示唆する点で臨床的意義があると言われている3),4)。特に尿沈渣中のヘマトイジン結晶は,近年認知度が増加している。
しかし既報の症例はいずれも,ヘマトイジン結晶出現時の患者背景は明らかだが,出現後の経過が不明である。また,ヘマトイジン結晶が継続的に出現した経過を報告した文献は,我々が調べた限りでは見られない。
今回,尿沈渣中にヘマトイジン結晶を継続的に認めた1症例を経験したので,報告する。
症例:70歳代,男性。
主訴:肉眼的血尿,尿閉(X月)。
既往歴:なし。
現病歴:前立腺がんで化学療法中であったが,X − 4月のMRI検査で,膀胱浸潤所見が認められた。X月に肉眼的血尿,尿閉を訴え,膀胱タンポナーデで緊急入院し,経尿道的電気凝固術(transurethral electrocoagulation; TUC)と膀胱洗浄が施行された。膀胱三角部全域及び頸部腫瘍からの出血が原因であった。
経過:X + 3月からX + 8月の定期受診では,肉眼的血尿を認めず,尿閉も発症せず経過していた。しかし,X + 9月頃から再度肉眼的血尿と尿閉を訴え,何度も緊急受診した。緊急受診回数は,X + 9月は2回,X + 10月は4回,X + 11月は5回と,月を追うごとに頻度が高くなった。尿閉を改善する目的でX + 11月に清潔間歇的自己導尿(clean intermittent self-catheterization; CIC)が導入された。X + 12月,X + 13月のCIC導入後の経過観察では特筆すべき事象は無かった。
尿検査結果:X~X + 13月の尿定性検査,尿沈渣検査の結果をTable 1に示す。尿定性検査では,全期間,潜血は陽性であり,BILは陰性であった。尿沈渣検査で多数の赤血球,白血球が認められ,細菌も全期間で認められた。X + 1月の尿沈渣中に,ヘマトイジン結晶が初めて認められた。その後は認められず経過していたが,X + 10~X + 11月の尿沈渣中に再度ヘマトイジン結晶が継続的に認められた。X + 12月以降の尿沈渣中に,ヘマトイジン結晶は認められなかった。
X月 | +1月 | +2月 | +3月 | +5月 | +7月 | +9月 | +10月 | +11月 | +12月 | +13月 | |
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尿定性 | |||||||||||
pH | 6.0 | 5.5 | 6.0 | 6.0 | 5.5 | 5.5 | 5.5 | 5.5 | 6.0 | 6.0 | 6.0 |
蛋白 | 2+ | 2+ | 2+ | 1+ | 1+ | ± | ± | 2+ | 2+ | 2+ | 2+ |
BIL | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − |
URO(mg/dL) | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 | < 2.0 |
潜血 | 3+ | 3+ | 3+ | 1+ | 1+ | 1+ | 2+ | 3+ | 3+ | 3+ | 3+ |
尿沈渣 | |||||||||||
赤血球(/HPF) | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | 50–99 | 1–4 | 5–9 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | 10–19 |
白血球(/HPF) | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | ≥ 100 | 30–49 | ≥ 100 |
細菌 | 2+ | 1+ | 2+ | 3+ | 2+ | 1+ | 2+ | 2+ | 1+ | 1+ | 3+ |
ヘマトイジン結晶 | − | + | − | − | − | − | − | + | + | − | − |
ヘマトイジン結晶:各月の尿沈渣中に認めたヘマトイジン結晶の形態は,多様であった。X + 1月は多量の赤血球を背景に,典型的な針状や菱形の他,箒状を呈した結晶も認めた。X + 10月とX + 11月にも典型的な針状,菱形結晶を認めた。その他,X + 10月は菱形結晶に針状結晶が付着した形態や針状結晶が複数の束を形成し放射状に配列した形態,大型のフィラメント状を呈した結晶を認め,X + 11月は白血球に付着した針状結晶や針状結晶の集塊,小型の菱形結晶に針状結晶が付着した形態,針状結晶が散在した状態も認めた(Figure 1)。また,各月で認めたヘマトイジン結晶の半数以上は,針状の形態を呈していた。
全て×400,無染色。上段(A–D)はX + 1月,中段(E–H)はX + 10月,下段(I–L)はX + 11月の尿沈渣中に認めたヘマトイジン結晶。
針状(A, I, J, L),菱形(B),菱形結晶が2つ付着した形態(C),箒状(D),菱形結晶に多数の針状結晶が付着した形態(E, F, K),針状結晶が複数の束を形成して放射状に配列した形態(G),大型のフィラメント状(H)と,形態や大きさは多様であった。
血液検査結果:X~X + 13月のうち,尿沈渣中にヘマトイジン結晶が認められた月の前後1ヵ月間の血液検査結果をTable 2に示す。肝機能障害を示すT-Bil,AST,ALTと,胆道閉塞を示すD-Bil,ALPは全期間で基準範囲内であった。また,CRPも全期間で基準範囲内であり,炎症を疑う所見は認められなかった。
X月 | +1月 | +2月 | +9月 | +10月 | +11月 | +12月 | |
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ヘマトイジン結晶 | − | + | − | − | + | + | − |
生化学 | |||||||
T-Bil(mg/dL) | 0.3 | 0.3 | 0.4 | 0.7 | 0.7 | 0.5 | 0.5 |
D-Bil(mg/dL) | < 0.1 | < 0.1 | < 0.1 | < 0.1 | < 0.1 | < 0.1 | < 0.1 |
AST(U/L) | 17 | 22 | 24 | 25 | 22 | 24 | 26 |
ALT(U/L) | 13 | 20 | 20 | 29 | 25 | 21 | 20 |
ALP(U/L) | 182 | 207 | 223 | ||||
ALP(IFCC)(U/L) | 63 | 53 | 67 | 73 | |||
CRP(mg/dL) | 0.04 | 0.02 | 0.03 | 0.02 | < 0.02 | 0.12 | 0.04 |
X + 2月からX + 9月の間にALPの測定方法がJSCC法からIFCC法に変更となった。
本症例の尿沈渣中に認めたヘマトイジン結晶は,典型的な針状や菱形の他に多様な形態を呈した(Figure 1)。低酸素分圧下の閉塞した部位での出血という環境以外に,どのような条件が加わることによってヘマトイジン結晶の形態に違いが生じるのか明らかになっていない。尿沈渣中の結晶は,温度やpHによって形態変化を起こすものがあり5),ヘマトイジン結晶が形成された時点での患者の体温や尿pH,閉塞部位での出血量によって多様な形態を呈する可能性が高い。ヘマトイジン結晶の形態と,病態の関連性について今後明らかにする必要がある。
また,針状のヘマトイジン結晶と類似する結晶に,ビリルビン結晶が挙げられる。ビリルビン結晶は血中,尿中のビリルビン濃度が正常であり,肝機能障害や胆道閉塞が無ければ析出しない6)。本症例では尿中ビリルビンが一貫して陰性であり,かつ,血液検査結果から肝機能障害,胆道閉塞が無いことが示された。したがって,出現している針状結晶がビリルビン結晶ではないと考えられた。
これまで,尿沈渣中にヘマトイジン結晶を認めた症例では,泌尿器の外科的治療歴や,腎泌尿器腫瘍の存在が患者背景として報告されている7)。本症例においても,ヘマトイジン結晶が初めて認められた約1ヵ月前(X月)に,膀胱腫瘍からの大量出血が原因で膀胱タンポナーデを引き起こし,TUCが施行されていた。
ヘマトイジン結晶は,閉塞腔内での出血後数日で形成され,形成後1~2ヵ月で減少すると言われている8)。X + 1月に認められたヘマトイジン結晶は,X月のTUCおよび膀胱洗浄後数日で形成された可能性や,膀胱内に残存していた可能性が考えられる。その後,X + 9月頃から再度肉眼的血尿,尿閉を繰り返すようになった原因は定かではないが,排尿困難,尿閉を発症し得る薬効分類として抗がん剤や泌尿・生殖器用薬が挙げられる9)。本症例では,前立腺がんの治療目的で,ゴセレリン酢酸塩がX + 3月から定期的に処方されていた。薬剤による排尿障害の進行と膀胱腫瘍からの出血が,ヘマトイジン結晶形成の原因である可能性が考えられた。尿沈渣検査で,赤血球に加えて白血球や細菌が継続して認められたため,細菌感染による出血性膀胱炎も疑ったが,X + 9~X + 11月のCRPが基準範囲内であり,出血性膀胱炎の可能性は否定的であった。
本症例は,CICが導入されてから約1ヵ月後(X + 12月)の尿沈渣中にはヘマトイジン結晶が認められなかった。膀胱からの出血量が減少し,ヘマトイジン結晶が形成されなかった可能性も否定できない。しかし,X + 12月の尿潜血・赤血球は共に強陽性(Table 1),患者本人から肉眼的血尿を認める日があるという訴えもあり,出血が持続していたことは明らかであったため,CIC導入後,膀胱内が閉塞されず,新たなヘマトイジン結晶が形成されなかったと推定できる。また,X + 10月から2ヵ月間,継続的に形成されていたヘマトイジン結晶は消失したと考えられる。
CICは,尿閉など様々な排尿障害を管理する方法として広く普及しており,尿路感染の防止等に有効であることが認められている10),11)。一方,CICによる排泄管理は,正しい手法で実施することが重要であるにも関わらず,全ての患者の導尿状況を把握することは容易ではなく,理解力,技術能力や心身状態を十分考慮した上で,指導・支援を行うことが課題となっている12),13)。
本症例は,CIC導入前から膀胱内で出血が持続していたが,CIC導入後の尿沈渣中からヘマトイジン結晶は消失したため,尿閉が起きていたとは考え難く,CICが正しく実施されていたと評価できる。
これまでの報告で,ヘマトイジン結晶は陳旧性の出血を示唆し,出血時期の推定や病態把握をする上での補助的役割として有用であると言われている3),4),7)。それに加え,膀胱内で出血が持続している場合,CIC導入前後の尿沈渣検査でヘマトイジン結晶の有無を確認することは,CICの手技の正確さを客観的に評価する上で有用な指標になり得る可能性がある。今後,ヘマトイジン結晶の有無を1指標として確立させるため,更に症例を蓄積していく予定である。
持続した出血と尿閉により,尿沈渣中に様々な形態を呈したヘマトイジン結晶を継続的に認めた1症例を経験した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。