2023 Volume 72 Issue 1 Pages 61-67
【目的】デジタルPCR(digital PCR; dPCR)は,微細なウェルにサンプルを分配してPCRを行い遺伝子の絶対数を定量する方法である。これまでdPCRを用いた結核菌の検出に関する報告は散見されるものの,Mycobacterium avium complex(MAC)を対象とした報告はない。今回我々は,dPCR法を用いたMAC検出について培養法およびTRC法と比較し,本法の有用性を検証した。【対象・方法】2019年3月から2021年2月までに肺抗酸菌症を疑い気管支鏡検査を行った135名(平均年齢 ± SD:69.8 ± 10.1歳,男性29名/女性106名)を対象とした。気管支洗浄液を用いdPCR法,培養法,TRC法を実施し,dPCR法と培養法あるいはTRC法との一致率,さらにdPCR法と塗抹ガフキー号数との相関を調べた。【結果】dPCR法と培養法の一致率は93%(感度100%,特異度87%),dPCR法とTRC法との一致率は96%(感度97%,特異度96%)であった。dPCR陽性ウェル数は塗抹ガフキー0号,1号,2号,3号の各群で有意に正の相関がみられた。【結論】MACの遺伝子検査法としてdPCR法は高感度であり,TRC法と同等の検出能を有していることが確認された。dPCR法は,肺MAC症の診断に有用である。
The digital polymerase chain reaction (dPCR) method is used to quantify the absolute numbers of genes by distributing the samples to each small well and performing PCR. To date, although there are several reports showing the usefulness of amplification of genes of pathogens in the diagnosis of pulmonary tuberculosis by dPCR, there have been only a few reports of genetic diagnosis for pulmonary Mycobacterium avium complex (pMAC) disease by the dPCR method. In this study, we compare the usefulness of the dPCR method in pMAC disease diagnosis using bronchial washing samples with the gold standard culture method and the TRC method. From March 2019 to February 2021, we recruited 135 patients in this study (mean age ± SD: 69.8 ± 10.1; males, 29; females, 106). We conducted dPCR, culture, and TRC methods using their bronchial washing samples and compared the concordance rates among the three. We also investigated the correlation between the number of dPCR-positive wells and the amount of acid-fast bacilli present in the sample smear. The concordance rate between the dPCR method and the culture method was 93% (sensitivity, 100%; specificity, 87%) and that between the dPCR method and the TRC method was 96% (sensitivity, 97%; specificity, 96%). The number of dPCR-positive wells was significantly correlated with smear samples from 0 to 3 Gaffky scale groups. The dPCR method for pulmonary MAC diagnosis has high sensitivity and the same detectability as the TRC method, which makes it useful for the diagnosis of pMAC disease.
非結核性抗酸菌(nontuberculous mycobacteria; NTM)症とは,結核菌以外の抗酸菌による感染症で,日本における肺NTM症の推定罹患率は結核とは逆に増加傾向にあると言われている1)。中でも,Mycobacterium aviumとMycobacterium intracellulare(以下,MAC)が肺NTM症の原因菌の中で最も頻度が高く,これらが原因の肺NTM症は特に肺MAC症といわれる2)。
肺MAC症の確定診断には,患者から採取した喀痰・気管支洗浄液・その他当該感染部位検体の培養陽性が必須である3)が,補助診断法としての遺伝子核酸増幅法に関する報告が多数みられ4)~6),その関心の高さがうかがえる。中でもpolymerase chain reaction(PCR)法や転写-逆転写協奏反応(transcription reserve transcription concerted reaction; TRC反応)を原理としたTRC法が多用され,TRC法はPCR法と同等の検出性能を有しながら簡便かつ短時間に結果が得られる4)。
今回当院で導入したデジタルPCR(digital PCR; dPCR)(ウェルチップ方式)は,これまでにはないアプローチで,遺伝子の存在量を絶対定量で検出する方法で,従来の定量PCR法のように検量線の作成を必要とせずに定量が可能である。原理をFigure 1に示す。まず約2万の多数の微細なウェルをもつチップに調整サンプルを分配し,ウェルごとにエンドポイントPCRを行う。PCR後のチップを蛍光リーダーで読み込み,核酸増幅を可視化し蛍光が検出されたウェル数を測定することで目的DNAのコピー数を解析する7),8)。dPCRを用いた結核菌に関する報告9),10)はしばしばみられるが,MAC検出に関する報告はほとんどない。
サンプルを多数のウェルに分配し,目的遺伝子の増幅を蛍光発光で検出する。蛍光を認めたウェルの数からサンプル中のコピー数を算出する。(サーモフィッシャーサイエンティフィックのホームページ7)をもとに作成)
今回我々は,MAC検出におけるdPCR法の有用性を明らかにするため,本法での結果を培養法やTRC法と比較し,知見を得たので報告する。
本研究は,松阪市民病院臨床研究倫理審査委員会の承認(IRB承認No200904-6-1)を得て実施した。
2019年3月から2021年2月までに,臨床検査や画像所見などから,呼吸器内科医が肺抗酸菌症を疑い気管支鏡検査を行った抗菌薬未使用の20歳以上の患者135名(平均年齢 ± SD:69.8 ± 10.1歳,男性29名/女性106名)を対象とした。
気管支鏡検査実施時に採取した気管支洗浄液135検体を培養検査,TRC法,dPCR法に供した。最低必要量は,すべての検査において1 mLであり,不足例はなかった。
2. dPCR法 1) 溶菌処理凍結した検体を室温下で融解させた後,前処理を行うことなくMagMAXTM Microbiome Ultra Nucleic Acid Isolation Kit, with bead tubes(サーモフィッシャーサイエンティフィック)に付属のビーズチューブに800 μLのLysis Bufferと500 μLの検体をいれ,2,500 rpm・10分間のボルテックス後,14,000 gで2分間遠心した。
2) 核酸精製溶菌後の上清500 μLから核酸タンパク質自動精製装置KingFisher Duo Prime(サーモフィッシャーサイエンティフィック),MagMAXTM Microbiome Ultra Nucleic Acid Isolation Kit, with bead tubesを用いて,キット添付の取り扱い説明書に記載された方法に準じて核酸精製を行い,そのうちの3 μLをdPCRに用いた。
3) プローブ・プライマー設計とPCRプローブとプライマーはRocchettiらの報告11)を参考に作製した(Probe: 5'-FAM-CCGTGTGGAGTCCCTCCATCTTGG-QSY-3', Forward Primer: 5'-TTGGGCCCTGAGACAACACT-3', Reverse Primer: 5'-GCAACCACTATCCAATACTCAAACAC-3')。PCR反応組成は,QuantStudioTM 3D Digital PCR Master Mix v2(サーモフィッシャーサイエンティフィック)7.50 μL,Forward Primer 1.35 μL,Reverse Primer 1.35 μL,Probe 0.75 μL,テンプレートDNA 3 μLを加え,Nuclease-Free Water(ナカライテスク)で全量を15 μLに調整した。そのうちの14.5 μLを,QuantStudioTM 3D Digital PCR Chip Loader(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いたdPCR用チップ作製に使用した。PCR機器は,ProFlexTM PCR System(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を使用し,反応条件は,96℃ 10分,56℃ 2分,98℃ 30秒を39サイクル,56℃ 2分とした。
4) 蛍光の読取りと解析QuantStudioTM 3D Digital PCR System(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いてPCR反応後のチップの蛍光を読み取り,Thermofisher Cloud内のQuantStudioTM 3D AnalysisSuiteTMにて解析を行った。対象遺伝子の検出には蛍光色素(FAM)を使用し,青色のプロットが認められたものを陽性,認められなかったものを陰性と判定した(Figure 2)。Threshold Lineは検体と同時測定したポジティブコントロールを基に決定した(Figure 3)。
対象遺伝子検出のための蛍光色素にFAMを使用しているため,青色のプロットが認められた場合を陽性と判断する。1ドット=1 wellに相当し,positiveのウェルの数が表示され確認できる。黄色のドットは空のウェルを意味する。
同時測定したポジティブコントロールの結果からThreshold Lineを決定し,その数値を採用する。
dPCR法の陽性判定は,Nishiiらの報告12)から青色のプロットが2個以上のものを陽性とした。
6) 検出感度前述のプライマー・プローブの配列情報からGeneArtTM Custom DNA Fragment(サーモフィッシャーサイエンティフィック)として人工合成オリゴDNA配列を作製した。これをNuclease-Free Waterを用いてまず109 copies/μLとしさらにこれを段階希釈し,1,5,10,50,100,500 copies/μLの濃度に調製した。これら各濃度のポジティブコントロールを臨床検体と同様の条件でPCRを行った。測定は各濃度について3回同時測定し,1 copy/μLから500 copies/μLまでのすべての濃度で3回とも検出したため感度は1 copy/μLとした。
3. TRC法NALC-NaOH溶液による前処理を行った後,EXTRAGEN® ZRを用いたジルコニアビーズによる溶菌処理を行い,自動遺伝子検査装置TRCReady-80(東ソー),TRCR核酸精製キット,TRCReady MACを用いて測定した。
4. 抗酸菌培養培養同定・抗酸菌キット「極東 マイコアシッド」(極東製薬工業)と抗酸菌検査用喀痰前処理キット「NALC-NaOH試薬ニッスイ」(日水製薬)を使用した。
NALC-NaOH溶液による前処理後の沈渣にアシッドプラスを1~2倍量加え,室温10分間静置後,キット内の変法M7H9ブロス3 mLを添加したSTC加小川培地に0.3 mL接種し,0.1 mLを2%小川培地に接種した。共に36℃にて培養し,4週と8週のタイミングで判定を行った。STC加小川培地は,培地液層部に赤色の呈色を認めた場合,2%小川培地は目視にてコロニーを認めた場合を陽性と判断した。抗酸菌が発育した場合の菌種同定は,外部委託での質量分析にて行った。M. aviumあるいはM. intracellulareと同定されたものを培養法陽性検体とした。
5. 抗酸菌塗抹検査NALC-NaOH溶液による前処理後の均等化集菌検体をスライドガラス上に塗抹・固定後,チール・ネールゼン法にて染色し,1,000倍拡大で300視野以上観察して判定した。検出菌数は,ガフキー号数の表記とした。
6. 結果と統計学的処理dPCR法と培養法との比較,dPCR法とTRC法との比較は,2 × 2表を作成しdPCR法のそれぞれに対する感度・特異度・一致率を算出した。また,dPCR法の陽性ウェル数と塗抹によるガフキー号数の群別比較では,クラスカルウォリス検定の後,それぞれ2群に対してボンフェローニ補正をしたマン=ホイットニー検定を行った。P < 0.05を有意とした。この解析にSTATA 14th editionTM(LightStone)を用いた。
培養陽性58検体のうち,dPCR法陽性は58検体(感度100%),培養陰性77検体のうち,dPCR法陰性は67検体(特異度87%)で,両方法で乖離した検体は10検体(一致率93%)であった。
培養法 | ||||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | ||
dPCR法 | 陽性 | 58 | 10 | 68 |
陰性 | 0 | 67 | 67 | |
合計 | 58 | 77 | 135 |
感度:100%(58/58) 特異度:87%(67/77) 一致率:93%(125/135)
TRC法 | ||||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | ||
dPCR法 | 陽性 | 65 | 3 | 68 |
陰性 | 2 | 65 | 67 | |
合計 | 67 | 68 | 135 |
感度:97%(65/67) 特異度:96%(65/68) 一致率:96%(130/135)
TRC法陽性67検体のうち,dPCR法陽性は65検体(感度97%),TRC法陰性68検体のうち,dPCR法陰性は65検体(特異度96%)で,両方法で乖離した検体は5検体(一致率96%)であった。5検体中2検体はdPCR法陰性,培養法陰性,TRC法陽性であり,3検体はdPCR法陽性,培養法陽性,TRC法陰性であった。
3. dPCR法と培養法あるいはTRC法の乖離検体(Table 3)135例中,dPCR法と培養法で乖離した検体は10例,dPCR法とTRC法で乖離した検体は5例でありその内訳を示す。dPCR法陽性検体のうち評価不能であった検体2,9,13の3症例以外は,抗菌薬使用例にて改善や病勢進行抑制がみられ,また抗菌薬未使用の経過観察例では病勢悪化が確認できた。
検体 | 培養法 | TRC法 | dPCR法 | 使用中の抗菌薬 | 経過 |
---|---|---|---|---|---|
1 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 改善 |
2 | − | + | + | 使用せず | 評価不能 |
3 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 不変 |
4 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 改善 |
5 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 改善 |
6 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 改善 |
7 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 改善 |
8 | − | + | + | RFP,EB,CAM | 不変 |
9 | − | + | + | CAM | 評価不能 |
10 | − | + | + | EM | 不変 |
11 | − | + | − | RFP,EB,CAM | 不変 |
12 | − | + | − | EB,CAM | 評価不能 |
13 | + | − | + | 不明 | 評価不能 |
14 | + | − | + | 使用せず | 悪化 |
15 | + | − | + | REP,EB,CAM | 改善 |
RFP:リファンピシン,EB:エタンブトール,CAM:クラリスロマイシン,EM:エリスロマイシン
dPCR法陽性検体においてFAM陽性のウェル数は,塗抹検査でのガフキー0号で58,1号で431,2号で582,3号で2837.5であり,1号から3号群では0号群の検体に対して有意に増加していた。
今回我々は,気管支洗浄液を用いて肺MAC症の補助診断である遺伝子検査についてdPCR法の有用性を検討した。肺MAC症の診断は,細菌学的検査によるが特に結核との判別のために迅速な菌種同定を目的とした遺伝子検査は日常で汎用されている。
dPCR法と培養法は高い一致率を示した。培養法陰性,核酸増幅法陽性10例のうち5例は,その後の抗菌薬投与によって陰影縮小などの改善が認められ,dPCR法は培養法より高感度であり,MACの検出に有用であることが示された。
MAC検出において,dPCR法はTRC法と高い一致率であった。dPCR法陽性TRC法陰性の3例は培養法陽性であり,dPCR法がより高感度である可能性が示唆された。一方,dPCR法陰性TRC法陽性の2例は死菌の検出または少量の菌の偏在に起因すると考えられた。しかし,これら乖離例は少数であり,両法の高い一致率から本研究においては同等の性能と考えられた。また,小野原ら4)はコバスTaqMan MTB/MAI(PCR法)とTRC法との比較検討を行い,これらはほぼ同等の検出能を有すると報告している。我々の検討でdPCR法の検出感度は3 copies/反応(1 copy/μL)であったが,コバスTaqMan MAIの検出感度は5 copies/反応であることからも,dPCR法とTRC法は同等の検出能を有すると考えられる。
我々が検討したdPCR法の検出感度は3 copies/反応と非常に高いものであったが,TRC法の対象鋳型はリボソームRNA(rRNA)で,細胞1個あたりに含まれる量がdPCR法で対象鋳型となるDNAより圧倒的に多い13)ことにより,TRC法の検出感度が103/テストであってもdPCR法と同等の性能を有していると考えられた。
塗抹ガフキー号数とdPCR法陽性ウェル数に有意な相関がみられた。非結核性抗酸菌症診断では塗抹検査は必須ではない3)が,日常診療では塗抹陽性結核か否かの判断が求められる。抗酸菌症全体で考えた場合,塗抹検査は未だ必要不可欠であり14),15),今回の結果は塗抹菌量の多寡を迅速に明示しうる可能性があると考えられた。
dPCR法は,今回のMACに対する検討以外にも,本法の高い感度と対象検体の汎用性の高さから,がんゲノム領域にも応用されている7),16),17)。cell-free DNAなどの微量な核酸でも高感度に検出できる16),17)ことから,我々は肺癌患者に対する細胞診陽性気管支洗浄液や胸水検体を用いたEGFR遺伝子変異解析検査を臨床医からの要望に応じて行っており,迅速な治療選択の一助としている。
MAC検出に関してはリアルタイムPCR法やTRC法など迅速で優れた核酸増幅法が多用される中,今回我々がdPCR法に着目したのは陽性プロット数から簡便に定量ができるという点である。治療途中もしくは治療完了後に再度検査を行い,菌量減少の有無を確認することで,治療効果の判定に役立つのではないかと考えた。迅速性という観点からは,dPCR法は抽出・精製が必要であることとエンドポイントPCRであることからTRC法に劣る6),12)が,簡便な定量技術という観点からTRC法等とは異なる臨床への応用があると考えている。
当院においてdPCR法は前述のようにMAC補助診断以外にも肺癌診療への一助となっているため,市中病院での種々の臨床からの要求に対する遺伝子検査の仕組みとしては有用であると感じている。
MACの遺伝子検査法としてdPCR法はTRC法と高い一致率を示し,TRC法と同等の検出能を有していることが確認された。MACの検出にdPCR法は有用である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。