2023 Volume 72 Issue 3 Pages 331-338
目的:SARS-CoV-2は高い感染力を持つため病院内でのクラスター感染が問題となる。しかしながら,病院内への感染伝播経路に関する次世代シーケンサ(以下,NGS)を用いた研究は少ない。本研究では,院内クラスターを引き起こしたウイルスの感染経路解析を行うため,NGSによる全ゲノム解析を実施した。方法:久留米大学病院にてSARS-CoV-2 PCR陽性となった,院内クラスター感染検体(クラスター群)12検体と,その他の市中感染検体(市中群)37検体を対象として,NGSによる全ゲノム解析を実施した。得られたゲノム配列データより,ハプロタイプネットワーク解析を行い,クラスター群と市中群の感染経路解析を行った。また,GISAIDで東京・大阪のゲノムデータを取得し,都市間の感染経路解析も行った。成績:Pango系統分類では,クラスター群は12検体全てがBA.2.24であったが,市中群では複数の系統のオミクロン株が混在していた。ハプロタイプネットワーク解析では,院内感染は単一侵入経路からの感染拡大が推測された。また,クラスター群と市中群は,大阪に比べ,東京との関連性が強い傾向があり,およそ2~3週間で東京から伝播したことが示唆された。結論:NGSによる全ゲノム解析およびハプロタイプネットワーク解析は,ウイルスの感染経路の解析が可能であり,今後の感染制御に有用な情報を提供できると考えられる。
Purpose: Nosocomial clusters (NCs) of SARS-CoV-2 transmission are problematic because of the high infectivity of SARS-CoV-2. However, there have been few studies on the routes of infection transmission into hospitals using next-generation sequencing (NGS). In this study, whole-genome analysis using NGS, Pango lineage classification, and haplotype network analysis were conducted to analyze the transmission routes of the virus that caused NC infections. Methods: Whole-genome analysis using NGS was performed on 12 specimens from patients infected in an NC and 37 other specimens from those infected in the community (CM), which were selected from specimens that tested positive for SARS-CoV-2 by PCR analysis at Kurume University Hospital. Pango lineage classification and haplotype network analysis were performed on the obtained genome sequences to analyze the transmission routes in NC and CM. The data for Tokyo and Osaka were also obtained from GISAID to analyze the routes of infection in the cities. Results: In the Pango lineage classification, BA.2.24 was detected in all 12 NC specimens, but the CM specimens included a mixture of multiple strains of the Omicron variant. The haplotype network analysis suggested that the NC infection spread from a single route of entry from the community. NC and CM tended to be more strongly associated with Tokyo than with Osaka. It was also suggested that the disease spread from Tokyo in approximately 2 to 3 weeks. Conclusion: Whole-genome analysis and haplotype network analysis can be used to analyze the transmission routes of viral infections and provide useful information for future infection control.
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(以下,SARS-CoV-2)によって引き起こされる新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)は,2019年12月に中国の武漢で初めて報告された1)。それ以降,2022年現在まで様々な変異株に置き換わりながら世界的流行を繰り返しており,日本においてもクラスター感染が多数発生した。クラスター感染は医療機関内でも発生し,院内クラスターとして多くの問題を引き起こした。クラスター対策では,濃厚接触者を中心に感染経路を追跡調査して感染拡大を防ぐため,感染源を特定できる情報は非常に重要となる2)。しかしながら,PCR検査結果と症状の有無や発症日,接触歴などの患者情報のみでは,感染経路の推定には限界がある。
変異株はSARS-CoV-2のSpike蛋白領域の変異により定義されるが,その変異パターン・系統は多岐にわたる。大半の変異はウイルスの特性にほとんど影響しないと考えられている3)が,変異の中には,感染性,病原性,ワクチン・治療の効果に影響を及ぼすものがある可能性が報告されている4),5)。国立感染症研究所では,変異株についてのリスク評価を行い,影響度の高い変異株について,「懸念される変異株(variants of concern; VOC)」,「注目すべき変異株(variants of interest; VOI)」,「監視下の変異株(variants under monitoring; VUM)」などに分類し,注意喚起を行っている。当院においては,診療・疫学調査の観点から,リアルタイムPCR法の融解曲線解析を用いた変異株スクリーニング検査を実施し,地域流行株の推定同定を実施している。しかしながら,変異株スクリーニングは,変異の検索範囲が数塩基単位であるため,正確な変異株同定や感染経路の解析は実施できていない。変異株同定,感染経路の解析のためには,全ゲノム解析を実施し,Spike蛋白領域の網羅的遺伝子同定が必要であるが,多くの医療機関では実施できていないのが現状である。次世代シーケンサ(next generation sequencer;以下NGS)を用いた変異株の解析については,大都市圏と世界との比較6)~8)や地方都市における検討9)は我が国でも報告されているが,院内クラスターの解析についての報告10)は少ない。本研究では,院内クラスター感染を引き起こしたウイルスの感染伝播経路解析を行うため,NGSによる全ゲノム解析を実施し,Pango系統分類およびハプロタイプネットワーク解析を行った。
本研究では,2022年3月から5月の間に当院の臨床検査部でSARS-CoV-2 PCR目的に提出された5,246検体のうち,陽性となった143検体(3%)から抽出した患者検体49検体(年齢は0~80歳(中央値49歳),性別は男性23名,女性26名)の鼻咽頭ぬぐい液を用いた。内訳は,同一の院内クラスターでの感染とされる入院患者検体(クラスター群)12検体と,その他の陽性検体(市中群)37検体とした。なお,対象期間は,感染の主流がオミクロンBA.1系統からBA.2系統へと置き換わる時期であったが,リアルタイムPCR法による変異株スクリーニング検査の結果,クラスター群は全て「BA.2疑い」であった。このクラスター群との比較解析を行うため,市中群の選別の際,「BA.1疑い」であった検体は除外した。また,同一患者からの重複検体についても除外した。全ゲノム解析後のクオリティーチェックにて,90%以上のカバレッジが得られたものを本研究の対象とした。本研究は,久留米大学倫理審査委員会の承認を得て施行した(研究番号:22111)。
2. 方法 1) SARS-CoV-2全ゲノム解析全自動核酸精製装置Maxwell RSC Instrument(Promega)および核酸精製用試薬Maxwell RSC Viral Total Nucleic Acid Purification kit(Promega)を使用し,鼻咽頭ぬぐい液200 μLからSARS-CoV-2 RNAの抽出を行った。得られたRNA検体についてIon Torrent Genexus Integrated Sequencer System(Thermo Fisher Scientific)のIon AmpliSeq SARS-CoV-2 Insight Research Panelを用いてSARS-CoV-2全ゲノム解析を行った。SARS-CoV-2全ゲノム解析終了後,Ion AmpliSeq SARS-CoV-2 Insight Research Panel専用の解析プラグインgenerateConsensusを使用して,コンセンサス配列をFASTA形式で取得した。配列中に含まれるNについては,変換せずに解析を実施した。Nextclade(https://clades.nextstrain.org/)11)により,各SARS-CoV-2配列データの変異箇所を特定し,SARS-CoV-2に関して世界共通の分類方法であるPango系統の分類を実施した。
2) ハプロタイプネットワーク解析全ゲノム解析にて得られたFASTA形式の配列データを,マルチプルアライメントツールUnipro UGENE(v34)(http://ugene.net/)を用いてアライメントを実施後,NEXUS形式のファイルを出力した。ネットワーク解析ツールPopART12)(http://popart.otago.ac.nz/index.shtml)でMedian Joining Network法を用いて,市中群とクラスター群についてのハプロタイプネットワーク図を描画し13),14),各ウイルスの遺伝的距離について検討した。
次に,都市間の感染伝播経路解析のため,公開データベースであるGISAID(https://gisaid.org/)に登録されている東京と大阪のSARS-CoV-2の配列データファイルをFASTA形式で取得した。市中群・クラスター群の解析データに東京・大阪の取得データを加え,同様の方法でハプロタイプネットワーク解析を実施し,クラスター発生に関わった変異株の感染伝播経路について検討した。
また,東京のGISAID取得データを1週間ごとに区分してハプロタイプネットワーク解析を実施し,東京での流行から当院周辺での流行,院内クラスター発生までの時間的解析を行った。
Nextcladeにより,各配列データの変異箇所を特定し,Pango系統の分類を実施した(Figure 1)。クラスター群は12検体全てがBA.2.24であった。一方,市中群は37検体中15検体(41%)がBA.2.24で最も多く,残りは複数の系統のオミクロン株が混在していた。
クラスター群は12検体全てがBA.2.24であった。一方,市中群は複数の系統のオミクロン株が混在していた。
ハプロタイプネットワーク解析では,クラスター群は12検体中10検体(83%)が同一のハプロタイプであり,残りの2検体はどちらも1塩基ずつ異なる変異を有していた(Figure 2)。一方,市中群は37検体中4検体(11%)がクラスター群と同一のハプロタイプであったが,その他の検体は,それぞれ異なる変異を有していた。市中群にはばらつきがあるのに対し,クラスター群はほぼ一カ所にまとまっていることから,単一侵入経路からの感染拡大による院内クラスターであることが推測された。
クラスター群BA.2.24(12検体)を青色,市中群BA.2.24(15検体)を緑色,BA.2.24以外の市中群(22検体)を赤色で示している。各円がハプロタイプで,同一のハプロタイプとなるサンプルの数に応じて円の大きさが大きくなる。各ハプロタイプをつなぐ枝の間にある短い棒の数が各ハプロタイプ間で異なる塩基の数を示している。市中群BA.2.24に比べ,クラスター群BA.2.24にはばらつきがないことが確認された。
クラスター群および市中群と都市間の感染伝播解析を行うために,クラスター群BA.2.24(12検体)および市中群BA.2.24(15検体),同時期における各地域(東京,大阪)のBA.2.24のハプロタイプネットワーク解析を行った(Figure 3)。対象データの期間・件数をTable 1に示す。結果として,2つの大きなクラスター(Group 1, Group 2)に分類された。クラスター群および市中群は,Group 1との遺伝的距離が近いことが示された。また,クラスター群および市中群は,大阪よりも東京で流行した株との関連性が強い傾向にあることが示された。さらに,東京のBA.2.24を1週間ごとに区分して,クラスター群および市中群とのハプロタイプネットワーク解析を行った(Figure 4)。対象データの期間・件数とそれぞれの期間におけるGroup 1,Group 2の件数・割合をTable 2に示す。東京の3/29~4/4,4/5~4/11において,Group 2よりもGroup 1の方が特に高い割合であり,Group 1が優勢である傾向が特に強かったことから,クラスター群および市中群はこの時期の東京での流行株との遺伝的距離が近いことが示唆された。
クラスター群・市中群のBA.2.24と,東京および大阪のBA.2.24でハプロタイプネットワーク解析を実施した。2つの大きなクラスター(Group 1, Group 2)が形成されたが,クラスター群・市中群はGroup 1との遺伝的距離が近いことが示された。また,大阪よりも東京の株との関連性が強い傾向にあることが示された。
期間 | 件数 | |
---|---|---|
クラスター群 | 4/23~4/28 | 12 |
市中群 | 4/16~5/25 | 15 |
大阪 | 3/1~4/4 | 33 |
4/5~4/18 | 42 | |
4/19~5/2 | 51 | |
東京 | 3/1~4/4 | 343 |
4/5~4/18 | 445 | |
4/19~5/2 | 219 |
クラスター群・市中群のBA.2.24と,東京の1週間ごとのBA.2.24とでハプロタイプネットワーク解析を実施した。Figure 3と同様,2つの大きなクラスター(Group 1, Group 2)が形成され,クラスター群・市中群はGroup 1との遺伝的距離が近いことが示された。さらに,東京(3/29~4/4),東京(4/5~4/11)については,Group 2よりもGroup 1の方が優勢である傾向が特に強かった。
期間 | 総件数 | Group 1 | Group 2 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | |||
クラスター群 | 4/23~4/28 | 12 | ― | ― | ― | ― |
市中群 | 4/16~5/25 | 15 | ― | ― | ― | ― |
東京 | 3/1~3/7 | 14 | 3 | 21.4 | 7 | 50.0 |
3/8~3/14 | 27 | 7 | 25.9 | 6 | 22.2 | |
3/15~3/21 | 34 | 12 | 35.3 | 7 | 20.6 | |
3/22~3/28 | 79 | 26 | 32.9 | 14 | 17.7 | |
3/29~4/4 | 189 | 99 | 52.4 | 14 | 7.4 | |
4/5~4/11 | 277 | 146 | 52.7 | 6 | 2.2 | |
4/12~4/18 | 168 | 73 | 43.5 | 6 | 3.6 | |
4/19~4/25 | 142 | 42 | 29.6 | 10 | 7.0 | |
4/26~5/2 | 77 | 26 | 33.8 | 1 | 1.3 |
割合(%)は,各期間の総件数に占めるGroup 1またはGroup 2の件数
今回我々は,当院で院内感染を引き起こしたSARS-CoV-2変異株の全ゲノム解析から,院内感染を及ぼすまでの感染伝播経路の解析を行った。ハプロタイプネットワーク解析の結果から,クラスター群の12検体中10検体は同一変異株であり,市中流行株の一つの変異株を介しての単一感染伝播経路であることが推測された。クラスター群12検体中2検体は,その他の10検体と比べて,1塩基ずつ違いがあったが,林ら2)の報告では,同一クラスター内でも数塩基異なる場合があるとされており,クラスター群12検体については全て同一の感染源であったと考えられる。
また,興味深いことに,クラスター群・市中群は東京で優勢であった変異株からの伝播であることが推測された。さらに,東京の1週間ごとのデータから,BA.2.24の検出は3/1~3/7より見られるが,クラスター群・市中群と遺伝的関連性のあるGroup 1の感染ピークは,3/29~4/4,4/5~4/11であると考えられる。市中群は4/16~の検体であるため,東京で感染ピークを迎えたBA.2.24は,その2~3週間後に当院周辺の市中まで伝播し,クラスターを引き起こしたことが示唆された。今回の研究結果は,今後の感染制御の基礎的データになることが期待される。
SARS-CoV-2は,世界的パンデミックを引き起こした病原体であるが,様々なSARS-CoV-2の全ゲノム解析による研究が報告され,そのデータは広く研究者間で共有されている。本研究で使用したGISAIDは,インフルエンザウイルスのデータを共有するために2008年に運用が開始された国際的なデータベース15)であるが,COVID-19の流行後,SARS-CoV-2の全ゲノムデータを公開している。2022年10月時点において1,300万件以上のデータが共有されている。実際に,本研究で解析した変異株BA.2.24についても全ゲノムデータを取得可能であったため,NGSによる正確な院内感染伝播経路の解析が可能であった。特に,本研究で着目したクラスター群の感染伝播経路については,市中群の一つのSARS-CoV-2変異株が院内感染伝播に大きく影響を与えたことが示されるという興味深い結果が得られた。この結果の要因として,院内感染を防ぐための職員の生活行動に制限が掛かっていたことが,複数の感染経路ではなく,単一経路による感染伝播を生じさせたと考えられる。このように,NGSによる全ゲノム解析を行うことで,院内感染の伝播を防ぐための有益な基盤情報を獲得することが可能となり,今後の感染制御の方法に対しての有益な情報を発信することができるといえる。ただし,実際にハプロタイプネットワーク解析を病院内での感染管理として実施する場合,PCRで陽性であっても,Ct値が高くウイルス量の少ない検体などで十分な結果が得られない場合があることを念頭に置いておく必要がある。そのため,検体採取のタイミングや採取方法,検体の保管方法などが重要であると考えられる。
本研究では,都市間の感染伝播経路解析を行った。結果として,全国で流行したBA.2.24変異株は大きく2つのグループに分類され,Group 1が当院の地域内流行と院内クラスター感染に関与したことが示された。この結果は,複数経路からの感染伝播よりは,単一経路からの感染伝播を示唆する所見であり,地方都市における感染伝播形式の特徴として考えることができる。また,時間的解析の結果から,東京からの感染伝播に2~3週間程度要することが示唆された。この感染伝播に要する時間は,緊急事態宣言などによる社会活動の制限により変動すると考えられるが,パンデミック下での地方都市への感染伝播速度として,一つの参考となる基準を示していると考えられる。このように,NGSを活用したハプロタイプネットワーク解析では,感染経路および地方都市における感染拡大までに要する時間が推測でき,感染制御の観点からも重要な情報を得ることが可能であると考えられる。
一方で,本研究は,オミクロンBA.2系統の中のBA.2.24変異株のみに絞った研究であるため,それぞれの変異株による特性についての考察に課題がある。日本国内では,2022年2月頃にデルタ株からオミクロン株の亜系統であるBA.1系統,その後にBA.2系統へと置き換わったが,2022年10月現在,BA.5系統が感染の主流となっている。BA.5系統はBA.2系統と比較して感染者数増加の優位性や免疫逃避が指摘されており16),今回のデータと乖離する可能が考えられる。また,本研究では,東京と大阪のデータを用いているが,2つの地域ではデータ数に大きな差がある。各地域における陽性検体に対する全ゲノム解析の実施割合が異なること,全ゲノム解析を実施されたデータ全てがGISAIDに登録されているわけではないことなどからも,全てのSARS-CoV-2変異株に対応した情報ではないことは理解が必要である。
また,本研究は患者検体のみを対象とした。入院患者の感染源として,入院患者の持ち込みと職員からの感染の2つが想定されるが,感染源を正確に同定するためには,医療スタッフも含めた情報集積が必要不可欠である。
今回我々は,当院で院内感染を引き起こしたSARS-CoV-2変異株の全ゲノム解析を行い,院内感染に及ぶ感染経路の解析を行った。パンデミックを引き起こしたSARS-CoV-2によるCOVID-19は世界的に大きなインパクトを与え,日常診療へ甚大な影響を及ぼした。今回我々が用いた,NGSによる全ゲノム解析およびハプロタイプネットワーク解析は,感染伝播形式を詳細に解析することが可能であり,今後の感染制御への一助になると考えられる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。