2023 Volume 72 Issue 4 Pages 562-569
新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックにより,核酸増幅検査(NAAT)はSARS-CoV-2検査需要の増加と共に普及した。NAATはパンデミック以前より薬剤耐性(AMR)遺伝子の検出に用いられてきたが,一部の施設で実施される検査であった。我々はパンデミックにより一般化したNAATにおける遺伝子型の薬剤感受性試験(AST)への利用を調査し,現状と背景を調べた。調査は奈良県臨床検査技師会が主催する講習会への事前申し込み者を対象にオンラインで行い,GeneXpertとGENECUBE,FilmArray,そして他のNAAT機器での実施状況を質問した。その結果,NAAT保有回答者の59%が遺伝子型ASTを行っていた。GeneXpertとFilmArrayはパンデミックによる導入が多かった(62.5%, 82.6%)。導入の経緯は「検出の迅速化(56.0%)」と「ICT関連(52.4%)」が半数以上を占めた。運用面では「診療貢献度が高い(74.1%)」が最も高い割合を示した。未実施の回答では「予定はないが行いたい(38.1%)」と「診療からの要望次第(33.3%)」が多く,導入していない理由として「業務負担を増やせない(52.9%)」が最も多かった。これはパンデミックによる労働環境の変化や日本社会の特徴が影響していると考える。今後,遺伝子型ASTの普及には,国内施設からの有用性の報告や業務の改善,効率化などの働き方へのアプローチが必要と考えられた。
The coronavirus disease 2019 pandemic has led to the widespread use of the nucleic acid amplification test (NAAT), along with an increase in demand for SARS-CoV-2 tests. NAAT has been used to detect drug resistance (AMR) genes since before the pandemic, but the test has been performed in a limited number of facilities. We investigated the current status and background of Japanese clinical laboratories by surveying the implementation of genotypic AST in NAAT, which has become widespread owing to the pandemic. This means that 59% of the respondents possessed NAAT and were using it for genotypic AST. GeneXpert and FilmArray were introduced in the majority of cases (62.5% and 82.6%, respectively), with the pandemic as the trigger. More than half of the respondents cited “rapid detection” (56.0%) and “ICT requests” (52.4%) as the reasons for introducing the system. Regarding usefulness, “contribution to infectious disease treatment” (74.1%) showed the highest percentage. Among the respondents who cited “not implemented”, the most frequent responses were “I have no plans, but I want to do it.” (38.1%) and “would do so if requested by a physician” (33.3%). The most common reason for not implementing the system was concern about increased workload (52.9%). We believe that this is due to changes in the working environment caused by the pandemic and the characteristics of Japanese society. In the future, to promote the adoption of genotypic AST, it will be necessary to approach it through reports on its usefulness from domestic facilities, and simultaneously, improving and enhancing efficiency in work processes will also be essential.
新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019; COVID-19)の世界的パンデミックにより,核酸増幅検査(nucleic acid amplification test; NAAT)は社会的に重要な検査法として認知され,日本においても「PCR検査」という言葉が一般化するに至った。このためNAATは,日本全国の臨床検査室や検査センターだけでなく,クリニックやPCR検査専門会社などでの実施により爆発的に普及した1)。2022年12月20日時点の国内の検査能力は426,816件/日であり2),また2020年2月から2022年12月までの国内の検査人数は累計で8,000万人を超えており3),成長が鈍化していた臨床検査市場において遺伝子検査は大きな伸びを示した4)。これは,国や地方自治体によるCOVID-19関連補助金の整備や高い保険点数による収益性に加え,濃厚接触者や渡航者,陰性の確認を行う必要がある転院患者などの無症状者への検査機会の増加によりもたらされたと考える。奈良県臨床検査技師会が行ったSARS-CoV-2 NAATに関する調査においても,奈良県内医療施設のNAAT機器の導入は,2020年8月時点の5施設9テストから,9ヶ月後の2021年5月には26施設40テストに増加していた5)。このように,NAATは多くの医療施設に普及した。SARS-CoV-2検査に用いられるNAAT機器には,細菌の薬剤耐性(antimicrobial resistance; AMR)遺伝子の検出を目的とした試薬がラインナップされているものがある。AMRはパンデミックにおいても存在し続けており,迅速で正確な遺伝子型の薬剤感受性試験(antimicrobial susceptibility testing; AST)の意義や需要は大きいと考えられ,実際に診断精度や費用対効果も含めて多くの報告で有用性が示されている6)~12)。また,公的な補助金により購入されたNAAT機器の今後の展望も,臨床検査に携わるものとして無視することはできない。このような遺伝子型ASTの将来像は,国内の現状や臨床検査技師の判断基準に基づいて議論されることが望まれるが,関連する調査や報告はない。このことから,奈良県臨床検査技師会では2022年12月16日に「薬剤耐性菌の遺伝子検査と活用方法」と題した講習会を企画し,参加者を対象に当該事項についてオンライン調査を行い,臨床検査の現状と臨床検査技師の認識,背景を調べた。
オンライン調査は,2022年11月8日から12月18日に行った。調査対象は,日本臨床衛生検査技師会(Japanese Association of Medical Technologists; JAMT)会員専用サイトから当該講習会の事前申し込みを行ったJAMT会員とした。講習会はYouTube(Google LLC)で配信し,参加費を無料とした。調査の設問はGoogleフォーム(Google LLC)で作成し,URLを調査対象者宛てに都道府県技師会専用サイトから電子メールで配布した13)。また,回答率を100%とするために,回答完了後に講習会視聴用URL14)が示される方式を採用した。本調査は病院の臨床検査技師を対象とし,講習会で機器の解説を行ったGeneXpert®(ベックマン・コールター株式会社),GENECUBE®(東洋紡株式会社),FilmArray®(ビオメリュー・ジャパン株式会社)の3つの全自動NAAT機器とそれ以外のものについて,医療施設における遺伝子型ASTの実施状況を質問した。設問は匿名で収集し,個人が特定できる情報(氏名や年齢,性別,勤務先,メールアドレスなど)や技能に関わる情報(担当部門や経験年数,認定資格など)は募らなかった。調査結果は,当該講習会で報告した。
当該講習会の事前申し込みは257,オンライン調査への回答は215,医療施設に勤務する臨床検査技師は185であった(Table 1A)。
Total | GeneXpert | GENECUBE | FilmArray | その他の機器 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
A.オンライン調査回答者内訳 | 講習会事前申し込み者数 | 257 | ||||
オンライン調査回答者数 | 215 | |||||
医療施設に勤務する臨床検査技師 | 185 | |||||
B.Nucleic acid amplification testing機器の保有 | 保有 | 100 | ||||
保有機器 | 69 | 29 | 51 | 26 | ||
C.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingの実施 | 実施 | 59 | ||||
実施機器 | 24(34.8%) | 11(37.9%) | 23(45.1%) | 26(100%) | ||
D.実施開始時期 | COVID-19パンデミック以前 | 9(37.5%) | 10(90.9%) | 4(17.4%) | 20(76.9%) | |
COVID-19パンデミック以後 | 15(62.5%) | 1(9.1%) | 19(82.6%) | 6(23.1%) | ||
E.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingの対象 | Methicillin-resistant Staphylococcus aureus | 16(66.7%) | 11(100%) | 17(65.4%) | ||
Carbapenemase-producing Enterobacterales | 15(62.5%) | 5(45.5%) | 21(80.8%) | |||
Vancomycin-resistant Enterococci | 3(12.5%) | 0(0.0%) | 6(23.1%) | |||
F.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingの導入経緯 | 回答数 | 84 | 24 | 11 | 23 | 26 |
薬剤耐性菌検出の迅速化 | 47(56.0%) | 15(62.5%) | 9(81.8%) | 10(43.5%) | 13(50.0%) | |
院内のInfection control team関連 | 44(52.4%) | 16(66.7%) | 6(54.5%) | 4(17.4%) | 18(69.2%) | |
業務の効率化,負担軽減 | 19(22.6%) | 7(29.2%) | 4(36.4%) | 3(13.0%) | 5(19.2%) | |
保険収載検査項目となったから | 18(21.4%) | 7(29.2%) | 2(18.2%) | 4(17.4%) | 5(19.2%) | |
他項目で用いている機器の有効活用 | 15(17.9%) | 4(16.7%) | 1(9.1%) | 6(26.1%) | 4(15.4%) | |
院内のAntimicrobial stewardship program関連 | 10(11.9%) | 4(16.7%) | 1(9.1%) | 2(8.7%) | 3(11.5%) | |
診療側の要求 | 9(10.7%) | 2(8.3%) | 2(18.2%) | 3(13.0%) | 2(7.7%) | |
院内や地域でのアウトブレイクの経験から | 9(10.7%) | 3(12.5%) | 1(9.1%) | 0(0.0%) | 5(19.2%) | |
G.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingの運用方法と有用性 | 回答数 | 58 | 24 | 11 | 23 | |
診療への貢献が高い | 43(74.1%) | 18(75.0%) | 11(100%) | 14(60.9%) | ||
Nucleic acid amplification testの結果のみでデエスカレーションを行う場合がある(血液培養) | 16(27.6%) | 8(33.3%) | 3(27.3%) | 5(21.7%) | ||
対象症例は全例行っている | 7(12.1%) | 2(8.3%) | 3(27.3%) | 2(8.7%) | ||
費用対効果からの有用性を自施設で示せた | 6(10.3%) | 4(16.7%) | 2(18.2%) | 0(0.0%) | ||
SARS-CoV-2検査専用機器がある | 2(3.4%) | 2(8.3%) | 0(0.0%) | 0(0.0%) | ||
24時間対応している | 2(3.4%) | 1(4.2%) | 0(0.0%) | 1(4.3%) | ||
外来患者に対応している | 1(1.7%) | 0(0.0%) | 1(4.3%) | |||
偽陽性があった | 5(8.6%) | 2(8.3%) | 1(9.1%) | 2(8.7%) | ||
偽陰性があった | 1(1.7%) | 1(4.2%) | 0(0.0%) | 0(0.0%) | ||
H.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingの導入予定について | 回答数 | 42 | 28 | 14 | ||
予定はないが行いたいと思っている | 16(38.1%) | 11(39.3%) | 5(35.7%) | |||
診療からの要望や今後のトレンドに応じて検討するかもしれない | 14(33.3%) | 11(39.3%) | 3(21.4%) | |||
講習会の内容次第 | 2(4.8%) | 2(7.1%) | 0(0.0%) | |||
予定はないし行うつもりもない | 2(4.8%) | 1(3.6%) | 1(7.1%) | |||
わからない | 8(19.0%) | 3(10.7%) | 5(35.7%) | |||
I.遺伝子型Antimicrobial susceptibility testingを導入しない理由 | 回答数 | 34 | 25 | 9 | ||
業務負担を増やせない | 18(52.9%) | 13(52.0%) | 5(55.6%) | |||
診療側からの要望がない | 14(41.2%) | 11(44.0%) | 3(33.3%) | |||
費用対効果があると思えない | 9(26.5%) | 8(32.0%) | 1(11.1%) | |||
研究用試薬は導入しづらい | 2(5.9%) | 2(8.0%) | 0(0.0%) | |||
臨床的意義があると思えない | 1(2.9%) | 1(4.0%) | 0(0.0%) | |||
抗菌薬適正使用に貢献できると思えない | 1(2.9%) | 1(4.0%) | 0(0.0%) | |||
試薬のラインナップに不満がある | 1(2.9%) | 1(4.0%) | 0(0.0%) | |||
別の機器で実施している | 3(8.8%) | 2(8.0%) | 1(11.1%) |
各NAAT機器の保有(重複を含む)は100であった。内訳は,GeneXpert:69,GENECUBE:29,FilmArray:51,その他のNAAT機器:26であった(Table 1B)。NAAT機器との回答のうち,遺伝子型ASTの実施は,59であった。機器別の実施率は,GeneXpert:34.8%(24/69),GENECUBE:37.9%(11/29),FilmArray:45.1%(23/51)であり,その他のNAAT機器では100%(26/26)であった(Table 1C)。
3. 遺伝子型AST実施パンデミックを基準とした遺伝子型ASTの導入時期では,GENECUBEとその他のNAAT機器はパンデミック以前より導入されており(それぞれ90.9%,76.9%),GeneXpertとFilmArrayはパンデミック後が多かった(それぞれ62.5%,82.6%)(Table 1D)。遺伝子型ASTの対象ついて,GENECUBEにおいてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus; MRSA)の実施率が100%であった。またバンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci; VRE)は,GeneXpertとその他のNAAT機器で実施されていたが,試薬の販売がないGENECUBEでは行われていなかった。カルバペネム系薬分解酵素産生腸内細菌目細菌(carbapenemase-producing enterobacterales; CPE)は,その他のNAAT機器で最も多く行われていた(Table 1E)。尚,FilmArrayは複数菌を検出するものであるため,この集計からは除外した。導入の経緯は,「薬剤耐性菌検出の迅速化(56.0%)」と「Infection control teamの要望(52.4%)」が半数以上を占め,次いで「業務の効率化,負担軽減(22.6%)」,「保険収載項目となったから(21.4%)」,「他項目で用いている機器の有効活用(17.9%)」が20%程度であった(Table 1F)。運用全般では,「診療への貢献度が高い(74.1%)」が最も高い割合を示し,次いで「NAATの結果のみでデエスカレーションを行う場合がある(27.6%)」であった。「偽陽性」は8.6%,「偽陰性」は1.7%が経験していた。また,90%近くの回答で,対象症例を選別し,24時間対応は行われず,自施設で費用対効果を示せていないとした。機器の使用方法では,3.4%がSARS-CoV-2検査と機器を併用していなかった(Table 1G)。
4. 遺伝子型ASTの未実施遺伝子型AST導入の意思の有無と行わない理由を,GeneXpertとGENECUBEのユーザーから収集した。ただし,各機器の未実施回答はGeneXpertが45,GENECUBEが18であったが,実際に得られた「未実施」用設問への回答はそれぞれ28と14であった。この乖離は,「実施」の回答の中に「未実施」が含まれていたことが採用試薬の分析から判明しており,それが欠落したためである。これは設問の不備であったが,それを踏まえて結果を示す。まず導入の意思は,「予定はないが行いたいと思っている(38.1%)」と「診療からの要望や今後のトレンドに応じて検討するかもしれない(33.3%)」との回答が多かった(Table 1H)。次に導入意思の設問で「わからない」を除いた34の回答に対して「行わない理由」を追加で質問した。その結果,「業務負担を増やせない(52.9%)」と「診療側からの要望がない(41.2%)」,「費用対効果があるとは思えない(26.5%)」であった(Table 1I)。
NAATによるAMR遺伝子の検出は,主に敗血症や菌血症などの血流感染症(blood stream infection; BSI)で重要となる。有用性を示せる場面としては,VancomycinやMeropenemなどがエンピリックに投与されるStaphylococcus sp.やEnterobacteralesによるBSIが挙がる。本調査でも,MRSAとCPEは半数以上で採用されていた。これらに関連した遺伝子が血液培養液から検出されなければ,症例によっては,デエスカレーションが選択できると考える。ただし,遺伝子型ASTは表現型との結果の乖離が指摘されており15),16),例えば,MRSAにはmecAが検出されないものがあり17),VREにはvanAとvanB以外のvan遺伝子がある18)。Enterobacteralesは,GeneXpertとFilmArrayでカバーされているblaIMPやblaKPC,blaOXA-48 like,blaNDM,blaVIMが検出されなくてもこれ以外のAMR遺伝子の存在は否定できず,外膜の透過性の低下や排出ポンプなどによる非酵素的な耐性は否定できないため,表現型ASTの結果が判明する前にCarbapenem系薬が適切な治療薬であると必ずしも断定できない。このため,遺伝子型ではなく表現型ASTの結果に基づき抗菌薬を変更することが,誤報告リスク回避のための最適解との認識が多いかもしれない。しかし,乖離例の報告数や頻度を示した調査や研究はなく,BSIからCPEが検出された報告も少ない。ただし,本調査でも偽陰性と偽陽性が一定数存在していたため,自施設での検出歴から多くの症例が遺伝子型ASTによりカバーされることが確認でき,表現型ASTとの乖離や検出エラーについて診療側と情報共有や合意を得ることができれば,NAATの有用性が享受されると考える。本調査でも,「実施」の約70%で診療貢献度の高さを実感しており,NAATの結果のみでBSI症例のデエスカレーションを行うとの回答も一定数あった。このように有用性が高い検査を,NAAT機器を保有しているにも関わらず,調査対象者の約70%で導入が敬遠される理由を,臨床検査技師または臨床検査室を取り巻く環境を背景に考えた。
一つ目として,日本社会では個人が環境に直接影響を及ぼすことについての認知と欲求が低いとされていることが挙げられる19)。このため社会的に有用性が示されたものであっても,導入を自主的に求めない,または諦める場合があると考える。本調査では,「未実施」の約半数が導入意思はあるとしていた反面,世の中のトレンドや医師など外部に意志を委ねる姿勢も見られた。これは,一部の臨床検査技師が個人またはセクションにおいて有用と判断しても,業務や報告の変更を伴う提案は外部からの支援がなければ実現が難しいことを示している。このため「有用性あり=検討・導入」を自主的に目指す場合は,臨床検査室だけでなく医師など異職種との緊密な連携により理解や支持を求めていく必要があると考える。しかしこれは,臨床検査技師からの情報発信などによって,普段から医師らとの関係構築がなければ,醸成を高めるための労力が新たに生じるものと考えられ,提案を諦める要因になり得ると考える。ただし本調査では「実施」のうち,診療側からの要望で導入したとの回答は10%程度であったため,「未実施」で望まれている「診療側からの要望」が必須とまでは言えないと考える。このため,遺伝子型ASTの導入に合理性を見出せる場合は,臨床検査のスペシャリストとして,その実現のために施設内である程度のリーダーシップを示すことが重要と考える。
二つ目として,多くの施設ではパンデミックによるSARS-CoV-2検査や検体採取などの膨大な業務が通常業務に追加される形で導入されており,負担の増加が影響していると考えられる。本調査においても,新規項目導入に伴う業務負担増加の懸念が大きいことが示された。このようなパンデミックによる労働環境の変化や,またそれが2年以上続いていることが,リソース不足だけでなく臨床検査技師のメンタルヘルスに不調を及ぼし,新規導入への意欲を失わせている可能性も否定できない。実際にパンデミックでは,医療従事者のメンタルヘルスに及ぼす影響が重大な課題と捉えられている20)~22)。このため,新規項目を通常業務に追加するだけの事業モデルを継続している環境では,業務負担を重視した否定的な判断基準が生まれやすいと考える。遺伝子型ASTに限らず従来法と意義が重複するような新しい検査は,特にリソースが小さい施設では,いずれかを選択しなければ多くが懸念する「業務負担の増加」でしかなく,また検査結果を評価し活かす体制がなければ効果が薄くなると考える。現在において新たな概念を有する検査の導入には,施設におけるリソースの充足度,心理負担の軽減が重要と考える。
三つ目として,当該事項について国内から発信される情報が少ないことが判断に影響している可能性が挙げられる。本調査では,「実施」において自施設で費用対効果を算出したとの回答が約10%であり,「未実施」では費用対効果や抗菌薬適正使用,臨床への貢献に疑問をもっていることが示された。国内では,遺伝子型ASTを検討した学会発表などは散見されるが,効果を示す具体的な分析は海外の研究を参照する必要がある。例えば,迅速な分子診断(molecular rapid diagnostic tests; mRDT)を血液培養陽性患者の転帰に基づいて費用対効果を示したメタアナリシスでは,mRDTをantimicrobial stewardship programsと組み合わせることで効果が高くなるとしている10)。ただし,これは米国に拠点を置く病院の視点から行われているため,日本でも同様の費用対効果が得られるとは必ずしも言えない。このような研究が医療体制や費用が異なる国内施設の観点からも報告されれば,有用性について理解し導入を前向きに検討するための材料になるかもしれない。本調査ではGENECUBEや3機種以外のNAAT機器を用いた遺伝子型ASTがパンデミック以前より行われていることが示されており,これらの具体的な運用について数多く分析・報告されることが望まれる。以上のような,臨床検査・臨床検査技師を取り巻く3つの環境的要因が,遺伝子型ASTの利点を見え辛くし,現場で活かす機会を失わせていることに影響しているかもしれない。
本調査の限界は,回答者の所属施設の詳細や微生物検査への関与水準,熟練度などのプロファイルに基づいた背景の具体化を行わなかったことにある。このため,SARS-CoV-2検査を機に初めてNAATを導入した,または微生物検査を行っていないなど,検査の必要性に関連する施設の事情を含めることができなかった。これは,設問を最小限に抑えるためであり,我々が回答者個人や施設の情報の管理する環境を持たないためでもあった。調査対象の面では,本調査は「日本の全臨床検査室」ではなく微生物検査と遺伝子検査をテーマとした講習会参加者に限定したものであるため,微生物検査実施施設に所属する臨床検査技師が多く参加していると仮定した場合,実状よりも過大に評価されている可能性がある。ただし,当該講習会の事前申し込み者の地域は広く分散しており(Figure 1),本調査の回答者も同様と考える。このため,具体性はないものの,国内の実状を反映した抽象度の高いデータになり得たと考える。また,本調査で取り上げたFilmArrayは感染症の原因微生物を網羅的に検出するものであり,特定の薬剤耐性菌のみを標的とするGeneXpert,GENECUBEとは使用目的が必ずしも一致しないため,これも過大評価に繋がった可能性があるが,「血液培養液からの同定」,「パンデミックにより普及拡大」という共通事項があったため併せて取り上げた。考察における限界は,国内の臨床検査の実状や,臨床検査技師の労働環境やメンタルヘルスなどに特化した研究がほとんどないため,日本社会や医療従事者に関する総合的な文献を臨床検査技師の環境に当てはめて評価したことにある。これは今後の臨床検査技師を対象とした研究,調査の充実により精査されると考える。
臨床検査技師の環境は,「新たなテクノロジー」によって重大な変化が起きる可能性があるとされている23)が,本調査ではNAAT実施回答者の半数近くで,約40年前の技術革新24)であるNAATを細菌のAMR遺伝子の検出に用いていない現状が明らかとなった。この結果は,従来的な検査業務や概念からの切り替えを伴うような新しい検査における臨床検査技師の判断基準や態度の現在地を示すものであると言える。当然ながら,今回の結果はパンデミックによる負の要素が大きく影響しているが,NAAT機器自体はパンデミックが臨床検査にもたらした新たな機会(機械),新たなチャンスと捉えられる。本調査でもパンデミックによる導入を機に遺伝子型ASTを実施したとの回答が全体の22.2%(41/185)を占めた。また,実施回答のほとんどがSARS-CoV-2検査と機器を併用しながら活用していた。このため,環境が整えば,技術革新に対する臨床検査技師のダイナミズムは小さくないと言える。「歴史を未来に繋げる」という人類において一般的な価値観を臨床検査に当てはめた場合,技術革新に対応する前に,現在の技術が業務改善や診療貢献などにどのように活かされているのかを評価し続けることが重要と考える。本調査は,本邦におけるNAAT機器による遺伝子型ASTの現状と臨床検査技師の姿勢についての新たな知見を得たという意味に於いて,それに貢献できるものであったと考える。
奈良県臨床検査技師会では,今後も社会的な課題を的確に捉えてそれに応じた事業を行い,臨床検査の発展に貢献したい。
奈良県臨床検査技師会が主催する講習会参加者を対象としたオンライン調査により,回答の半数以上でNAAT機器を遺伝子型ASTに用いていなかった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本調査にご協力いただいた皆様と講習会にご協力いただいた東洋紡株式会社,ビオメリュー・ジャパン株式会社,ベックマン・コールター株式会社,極東製薬工業株式会社に深謝いたします。