Japanese Journal of Medical Technology
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Technical Articles
Investigation of preculture solid medium and incubation period in mass spectrometric identification of mycobacteria using MALDI Biotyper®
Erina ISAKAYuka TAKAHASHIHonami ANDOAyano MOTOHASHIAtaru MORIYAMasami KUROKAWAKazuhisa MEZAKIMichi SHOJI
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2023 Volume 72 Issue 4 Pages 537-542

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Abstract

抗酸菌同定法において質量分析同定法は有用な方法であり広く活用されているが,前培養培地の種類や前培養期間について明確な推奨方法はない。そこで今回我々は,遅発育性抗酸菌である非結核性抗酸菌(SGM)・結核菌(MTB)グループと迅速発育抗酸菌(RGM)のグループに分けて培地と培養期間について検討を行った。使用培地は極東2%小川培地(小川培地)とバイタルメディア7H11-C寒天培地(7H11C平板)で,培養期間は約1週間と2週間で検討を行った。検討結果から遅発育性抗酸菌とRGMいずれも小川培地を使用した1週間培養時点で実施する質量分析同定結果が最も菌種レベル同定率が高く,スコアバリュー(SCV)が高い結果となった。また,RGMは培養2週間でSCVの低下を認め,特に7H11C平板でその傾向が高く見られた。培養1週間の7H11C平板で菌種レベル同定率が低かった理由として,発育菌量が不十分であったことが原因と考えられた。また,RGMの培養2週間でSCVが下がった理由として,培養期間が長すぎて良質なスペクトルが得られなかったことが原因と考える。本検討結果から固形培地を前培養として用いる場合,小川培地を使用し,遅発育性抗酸菌では1~2週間程度の培養期間,RGMでは1週間で質量分析同定法を実施することが良好な同定結果を得るのにつながると考えられた。

Translated Abstract

Mass spectrometry is an effective and widely used method for identifying mycobacteria, but there is no clear recommendation for the type of preculture medium or preculture period. Therefore, in this study, we investigated the culture medium and culture period for the slow-growing nontuberculous mycobacteria (SGM)/Mycobacterium tuberculosis (MTB) group and the rapid-growing mycobacterium (RGM) group. We used the Kyokuto 2% Ogawa medium (Ogawa medium) and Vital Media 7H11-C agar medium (7H11C plate), and cultured the samples for about 1 to 2 weeks. As a result of the investigation, both SGM and RGM showed the highest species-level identification rate and score value (SCV) for mass spectrometry identification performed after 1 week of culture using the Ogawa medium. The SCV for identifying RGM was low after two weeks of culture, and the SCV was significantly lower on the 7H11C plate. The reason for the low identification rate at the species level on the 7H11C plate cultured for 1 week was considered to be the insufficient amount of growing bacteria. The reason why the SCV of RGM was low after two weeks of culture is considered to be that the culture period was too long and a good spectrum could not be obtained. In conclusion, when a solid medium is used for preculture, the Ogawa medium gives better results than the 7H11C plates, and the preculture periods for mass spectrometry identification are about 1–2 weeks for SGM and 1 week for RGM. It is inferred that this leads to good identification results.

I  序文

近年,我が国の新規結核感染者数は減少を示し,2021年の結核罹患率で結核低蔓延国の水準を達成している1)。一方で,非結核性抗酸菌症については,結核の減少と対照的に増加していることが示されており2),診断治療の重要性が高まっている。結核(以下,MTB),非結核性抗酸菌(以下,NTM)の診断において,培養法は現在においてもゴールドスタンダードであり,特に非結核性抗酸菌感染症では培養法で菌種を同定することが確定診断するうえで重要な役割を担っている3)。NTM同定についてこれまで遺伝子検査法が主流であったが,質量分析同定法の確立により,同定可能な菌種数が多いこと,Turn Around Time(TAT)が短縮できること,ランニングコストを低く抑えられること等から,その有用性が高く評価されている4)~6)。一方で,抗酸菌を対象とした質量分析同定法については,質量分析同定法ごとのタンパク質抽出前処理法は確立されている7)~10)が,前培養で用いる培地や培養期間の標準化された方法は確立されていない。そのため,今回我々は抗酸菌を対象とした質量分析同定で,より高い精度で同定結果が得られることを目的として,前培養に用いる培地,培養期間について,臨床分離抗酸菌を用いて比較検討を行った。

II  対象と方法

1. 対象

2019年4月1日から2022年6月30日までに当院で抗酸菌検査を実施し,培養陽性で遺伝子検査,または質量分析同定法(外部委託)で菌種同定されたMTB 10株,NTM(遅発育非結核性抗酸菌(以下,SGM)37株,迅速発育抗酸菌(以下,RGM)11株)を対象とした。菌株はMycobacteria Growth Indicator Tube(MGIT)で培養陽性となり上記方法で同定された後,匿名化して室温保存していたものを用いた。

2. 方法

保存MGITから極東2%小川培地11)(極東製薬工業,以下,小川培地)とバイタルメディア7H11-C寒天培地12)(極東製薬工業,以下7H11C平板)に再培養を実施し,それぞれの質量分析同定結果を比較した。培養期間については,遅発育性であるMTBとSGMを遅発育菌グループ(以下,遅発育菌)とし,迅速発育性のRGMと二つのグループに分けて2ポイントの培養タイミングで比較を行った。

1) 培養法

保存していたMGITを攪拌均一化した後,小川培地と7H11C平板に100 μLずつ接種し,37℃通常大気で培養を行った。遅発育菌は7日目と14日目に質量分析同定法を実施し,RGMは3~7日目までに発育を認めた時点と,14日目に質量分析同定法を実施した。

2) 質量分析同定法

測定機器にはMALDIバイオタイパー(ブルカージャパン)を使用し,参照データベースはBDAL(Ver. 11)10833MSPs,Myco(Ver. 7)1069MSPs,Mycobacterium Library V2.0,Mycobacterium Library V4.0を使用した13)。質量分析同定前処理法として,抗酸菌前処理キット(ベックマン・コールター株式会社,製品番号C20602研究用試薬)を使用し,Figure 1の手順で前処理を実施した。ただし,培養法で定めた実施期間で十分な発育が得られなかった検体については,手順に記載した条件より少ない菌量で測定を行った。質量分析測定では測定モードをMycobacteriaで実施し,MALDIバイオタイパーの判定基準に従いスコアバリュー(SCV)1.80以上のHigh-confidence identificationとなったものを菌種レベル同定結果とし,SCV 1.60–1.79のLow-confidence identificationを菌属レベル同定結果,1.59以下のNo Organism Identification Possibleを同定不可とした。また,質量分析同定結果がno peaks foundとなった場合も同様に同定不可とした。

Figure 1 質量分析同定法抗酸菌前処理手順

3) 質量分析同定法結果の比較検証

質量分析同定結果について,菌種レベルの同定結果が得られた割合とSCVについて培地種類,培養期間の比較を行った。また,有意差の検定には統計ソフトZR on R Commander(ver. 1.61)を使用し,菌種レベルの同定可能であった件数・比率にはFisherの正確検定を実施し,SCV分布はF検定で等分散性検定を実施した後,t検定で有意差を求めた。

III  結果

菌種レベル同定結果についてTable 1に示す。

Table 1 菌種レベル同定結果

Slowly Growing Mycobacteria and
M. tuberculosis (n = 47)
n Ogawa 1 week Ogawa 2 weeks 7H11C 1 week 7H11C 2 weeks
Species-level identification results
Mycobacterium avium 8 8 (100%) 8 (100%) 4 (50.0%) 5 (62.5%)
Mycobacterium gordonae 1 1 (100%) 1 (100%) 1 (100%) 1 (100%)
Mycobacterium intracellulare 7 7 (100%) 7 (100%) 6 (85.7%) 6 (85.7%)
Mycobacterium kansasii 1 0 (0.0%) 1 (100%) 1 (100%) 1 (100%)
Mycobacterium lentiflavum 8 6 (75.0%) 5 (62.5%) 3 (37.5%) 7 (88.0%)
Mycobacterium paragordonae 10 10 (100%) 7 (70.0%) 5 (50.0%) 8 (80.0%)
Mycobacterium szulgai 2 2 (100%) 2 (100%) 2 (100%) 2 (100%)
Mycobacterium tuberculosis 10 9 (90.0%) 10 (100%) 2 (20.0%) 10 (100%)
Species-level identification results 43 (91.5%) 41 (87.2%) 24 (51.1%) 40 (85.1%)
Genus-level identification results 0 (0.0%) 2 (4.3%) 1 (2.1%) 1 (2.1%)
No Organism Identification Possible 1 (2.1%) 4 (8.5%) 2 (4.3%) 4 (8.5%)
no peaks found 3 (6.4%) 0 (0.0%) 20 (42.6%) 2 (4.3%)
Rapidly Growing Mycobacteria (n = 11) n Ogawa 3–7 days Ogawa 2 weeks 7H11C 3–7 days 7H11C 2 weeks
Species-level identification results
Mycobacterium abscessus 9 9 (100%) 9 (100%) 8 (88.9%) 4 (44.4%)
Mycobacterium fortuitum 2 2 (100%) 2 (100%) 2 (100%) 1 (50.0%)
Species-level identification results 11 (100%) 11 (100%) 10 (90.9%) 5 (45.0%)
Genus-level identification results 0 (0.0%) 0 (0.0%) 0 (0.0%) 6 (55.0%)
No Organism Identification Possible 0 (0.0%) 0 (0.0%) 0 (0.0%) 0 (0.0%)
no peaks found 0 (0.0%) 0 (0.0%) 1 (9.1%) 0 (0.0%)

遅発育菌で菌種レベルの同定率が最も高かったのは小川培地1週間培養であったが,小川培地2週間,7H11C平板2週間と同程度で有意差を認めず,7H11C平板1週間が菌種レベル同定率51.1%で他3方法と比較して有意に低い結果であった(p < 0.01)。その菌種同定に至らなかった原因としてno peaks foundが42.6%と高い比率を占めていた。RGMでは,7H11C平板2週間が菌種レベル同定率45.0%と他の3方法と比較して有意に低い結果であり,Genus-level identification resultsが55.0%と高い比率を占めていた。

質量分析同定結果SCV分布の四分位グラフについてFigure 2に示す。遅発育菌の同定結果SCV分布について,小川培地1週間が小川培地2週間と7H11C平板1週間と比較して有意に高い結果であった。RGMでも同様に小川培地1週間のSCV分布が最も高く,7H11C平板2週間が小川培地2週間,7H11C平板1週間と比較して有意に低いSCV分布であった。

Figure 2 質量分析同定結果SCV分布四分位グラフ

A:遅発育菌,B:RGM,n.s.:not significant,グラフデータはNo Organism Identification Possibleとno peaks foundを除く

IV  考察

菌種レベル同定率において7H11C平板1週間が有意に低い結果となっており,その理由としてno peaks foundが大きな割合を占めていたことが挙げられる。Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)M58 document14)の記載において,質量分析同定法で十分な波形が得られない原因として,菌体が厚い細胞膜等に覆われタンパク質抽出が十分にできない場合や,菌量が十分でないこと等が挙げられているが,Mycobacterium属は分厚い脂肪酸に覆われているため,質量分析同定のため特別なタンパク抽出を必要とするためにFigure 1の抗酸菌専用の前処理方法を必要としている。本検討では,同一条件の前処理方法を実施した小川培地1週間等でno peaks foundが少なかった点から,7H11C平板1週間の菌量が十分でなかったことが原因と考えられる。また,実際に質量分析法を実施する際に発育コロニーが極めて小さく微小コロニーであったことからも菌量不足が強く示唆される。本検討で用いた培地の特徴として,小川培地は本邦で長く使用されてきた卵培地に基づく固形培地11)であり,7H11C平板はMiddlebrook 7H11寒天培地組成による平板培地で,選択剤が添加されていることで抗酸菌以外の雑菌汚染の影響を軽減し,さらに複数菌種が混在する検体で抗酸菌の分離に用いられる培地12)である。本検討で使用した2種類の培地を直接比較したものではないがMTBを対象とした培地の発育支持能に関する報告15)~17)では,選択剤入りのMiddlebrook 7H11平板培地が卵培地より発育支持能が高いことが報告されている。一方で,7H11寒天平板培地では,透明度の高い寒天成分であることを利点として発育する微小コロニーを顕微鏡弱拡大で検出する手法18)により迅速に検出する方法が採用されており,一定期間後の菌収量については比較されていない。そのため,培養1週間時点での菌量では小川培地が7H11C平板より菌量が多く,その差により質量分析同定結果に影響を与えた可能性が示唆された。RGMの7H11C平板2週間で有意に菌種レベル同定率が低く,SCV 1.8に満たない菌属レベルの同定結果が多かった結果について,CLSI M5814)では,培養を長期間行った場合,質量分析で得られるスペクトルのピークの品質と強度が低下するため,正確な同定を行うために長期間保存している株では新たに分離した菌株の使用が推奨されている。本検討においてRGMの2週間培養が1週間培養よりSCVが低下した原因として,RGMはSGMと比較して発育が早く増殖曲線における静止期,衰退期に移行するタイミングが早く質量分析同定結果に影響を与えた可能性が考えられた。一方で,小川培地での1週間と2週間を比較するとSCV分布の低下は認めるものの有意差はなかった。これについては,基礎培地の違いや選択剤の有無による差の可能性が考えられるが,詳細についてはさらなる検討が必要と考えられた。抗酸菌を対象とした質量分析同定法について,さらにTATを短縮する方法として培養陽性となったMGIT内容液で直接質量分析同定を行う方法4),5),12)があるが,本検討では実施しなかった。その理由として,当院に受診する肺抗酸菌症症例ではMTBと同時にNTMが検出される例や,複数菌種のNTMが検出される症例があり,液体培地を用いた質量分析同定法では確認作業として固形培地で単一菌であることを確認する工程が必要となる18)ため固形培地を対象として検討を実施した。また,本検討ではMTBを対象に加えたが,より迅速かつ薬剤耐性遺伝子も同時に検出が可能な遺伝子検査があり,MTBに対する質量分析同定法の現時点での利点は低いと考える。しかし,遺伝子変異や遺伝子検査上のエラーにより偽陰性となった場合に質量分析同定法でカバーすることが可能と考える。

V  結語

抗酸菌質量分析同定法における前培養培地と培養期間について検討を行った。本検討結果から前培養培地には小川培地を使用した場合の菌種同定確率が高く,培養期間はSGMで1週間から2週間,RGMでは1週間で質量分析同定法を実施することで良好な結果が得られると考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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