2024 Volume 73 Issue 2 Pages 205-214
臨床検査室は,患者の予後に影響を与える可能性が高い異常値・異常所見を早期に検査依頼医師に連絡することが求められている。しかしながら脳波検査における緊急報告は,各施設に委ねられているのが現状であり,検査室からの調査報告は少ない。我々はISO 15189(国際標準化機構 臨床検査室―品質と能力に関する特定要求事項)の認定取得を機に神経学的予後への影響を考慮した緊急報告値(波形)を定めた。2015年4月~2022年3月までの緊急報告事例を調査した結果,143件の緊急報告があった。緊急報告の割合は,外来患者が多く含まれる検査室実施に比して病棟実施が高かった。緊急報告値は非けいれん性てんかん重積とけいれん性てんかん重積が半数以上を占め,これらを報告した診療科は,重症患者を扱う高度救命救急センター,脳神経内科,心臓血管センターが大半であった。非けいれん性てんかん重積56症例のうち21例で意識障害の改善が確認されたが,死亡が12例であり,23例に改善はみられなかった。加えて,設定した緊急報告値以外にも医師が予測していなかった患者の状態や波形を報告したことで,患者のQOLが維持された事例があった。今回の調査により脳波検査の緊急報告は,患者への早期治療介入および神経学的予後改善に貢献できる可能性があると考えられた。
Clinical laboratories are required to notify clinicians of critical laboratory levels and abnormal findings that affect patients’ prognoses. However, the immediate release of critical results of electroencephalography (EEG) depends on each laboratory, and little has been reported on this issue by clinical laboratories. We established the criteria for critical results of EEG when we satisfied the requirements for ISO 15189 (International Organization for Standardization Clinical Laboratories - Requirements for Quality and Competence). We immediately released 143 critical results of EEG from April 2015 to March 2022 at our hospital. The frequency of the immediate release of critical results was higher for patients with EEG performed in the ward than in the laboratory where many outpatients were included. Nonconvulsive status epilepticus (NCSE) and convulsive status epilepticus accounted for more than half of the cases with the immediate release of critical results, and the departments that had those results were the Advanced Critical Care and Emergency Center, Department of Neurology, and Cardiovascular Center, in which critically ill patients were admitted. Among 56 patients with NCSE, although the consciousness level had improved in 21 patients, 12 patients died and 23 showed no improvement in their consciousness level. Additionally, some patients were able to maintain their quality of life because we immediately reported the condition of the patients or their EEG results, which doctors did not expect, on the basis of our criteria of critical results. According to our investigation, the immediate release of critical results from EEG technicians may enable early treatment intervention and contribute to improving neurological prognosis.
近年において「医療の質と安全」が問われる中,臨床検査室の技術能力や検査品質を示すために,国際規格であるISO 15189(国際標準化機構International Organization for Standardization)の認定を取得する医療機関が250を超えている。ISO 15189における要求事項には緊急異常値に関連する事項も含まれている1)。
臨床検査においてパニック値とは,生命が危ぶまれるほど危険な状態にあることを示唆する異常値であり,直ちに治療を開始すれば救命できる治療閾値と定義されている2)~5)。これらの多くは検体検査であり,日本臨床検査医学会のガイドライン6)にも示されている。
心電図,超音波をはじめとする生理検査の中でも,脳波検査の緊急異常値は,関連学会においても定められていない。生理検査領域ではパニック値に関しての取り組みがなされてきており7),生理検査パニック値(像)の運用指針ワーキンググループでも検討されている8)。また脳波検査でも緊急報告すべき異常波形に関する報告9),10)も増えつつある。
横浜市立大学附属市民総合医療センター生理機能検査室ではISO 15189取得を機に,臨床への緊急報告値(波形)を定めた。脳波検査については脳波判読医(精神医療センター),脳神経内科,小児総合医療センターから意見を取り入れ対象となる脳波波形を設定し,診療科から合意を得た。
脳波検査の緊急報告事例を調査することは,学会からの緊急報告波形の基準作成の一助となることが期待できる。当院での7年間における緊急報告した件数,緊急報告の最も多かった非けいれん性てんかん重積(nonconvulsive status epilepticus; NCSE)と診断された症例の予後評価と,併せて緊急報告を行ったことで早期治療介入することができた症例についても報告する。
2015年4月~2022年3月までに横浜市立大学附属市民総合医療センターで実施した脳波検査10,315件(検査室8,724件,病棟1,591件)。
2. 脳波検査の条件Grass Telefactor製デジタルEEGシステムCOMETを使用し,サンプリング周波数は検査室,病棟ともに400 Hzとした。国際10–20電極法に従い電極を配置した。検査室での電極は21ヵ所の配置で装着し,アースはFpzの位置,システムリファレンスは正中上の前額部(FzとFpzの間)の位置に装着した。高域遮断フィルター100 Hz,低域遮断フィルター0.3 Hzまたは1.0 Hzとし,記録時間は30分以上1時間以内である。病棟での電極はFp1,Fp2,C3,C4,T3,T4,O1,O2,A1,A2に装着した。アースとシステムリファレンスは検査室での条件と同じ位置に装着した。高域遮断フィルター70 Hz,低域遮断フィルター0.3 Hzまたは1.0 Hz,ハムフィルター50 Hzとし,記録時間は15分以上1時間以内である。
3. 緊急報告値(波形)・その他当院で定めた緊急報告値(波形)と設定した根拠をTable 1に示す。また緊急報告値(波形)以外ではあるが医師の判断が必要となり,報告した事例を提示した(Table 2)。
緊急報告値(波形) | 設定した根拠 |
---|---|
全般運動発作 | 発作症状によっては呼吸困難や,発作を繰り返す場合には重積に移行する。 |
初診時のhypsarrhythmia(類似波形を含む) | 年齢依存性てんかんのWest症候群に見られる波形。未治療の場合は早期治療介入が必要。 |
初診時のre-build up | Willis動脈輪閉塞症などの脳血管疾患が疑われる。 |
非けいれん性てんかん重積(NCSE) けいれん性てんかん重積(CSE) |
迅速に適切な処置を行わなければ致死的あるいは重篤な神経学的後遺症を残しうる神経救急疾患の一つである。 |
全般性律動性デルタ活動(GRDA): 前頭部間欠性律動性デルタ活動(FIRDA)含む |
低酸素脳症,敗血症などによる代謝性異常や神経変性疾患においても認める。意識障害を伴うFIRDAを含む。同じ形状の波形が持続する場合はNCSEも考慮する。 |
全般性周期性放電(GPDs):三相波含む |
GPDsはCreutzfeldt-Jakob diseaseや亜急性全脳硬化症,急性低酸素性脳症,脳炎などで出現し,NCSEでも出現する。 代謝性脳症に出現する波形として有名な三相波は特異的ではなく,意識障害の脳波においては代謝性脳症とNCSEの区別がつきにくく病態との鑑別を必要とする。 |
主治医未確認の群発抑制交代(BS) 一側性周期性放電(LPDs) |
BSの波形は乳児てんかん性脳症や重篤な意識障害で観察される。 LPDsは代謝性脳症,ヘルペス脳症,NCSEで出現する可能性がある。 |
NCSE; nonconvulsive status epilepticus, CSE; convulsive status epilepticus, GRDA; generalized rhythmic delta activity, FIRDA; frontal intermittent rhythmic delta activity, GPDs; generalized periodic discharges, BS; burst suppression, LPDs; lateralized periodic discharges
・前回の脳波所見と大きく異なる場合,初回で異常波頻発 |
・焦点起始発作 |
・その他:心因性非てんかん発作,心電図異常,波形についての連絡,患者情報 |
検査実施場所である検査室と病棟別の検査件数,緊急報告件数を診療科別,緊急報告値別に集計した。
5. NCSE患者の予後評価NCSEとNCSEの可能性のある波形(GPDs)を示していた症例に対し,緊急報告後の治療および意識障害の改善の有無と転院,自宅退院または死亡退院を診療録より確認した。
6. 研究倫理本研究は横浜市立大学倫理委員会の承認を得て行った(倫理委員会承認番号F221000046)。
2015年4月~2022年3月までに実施した脳波検査10,315件(検査室8,724件,病棟1,591件)のうち,緊急報告は143件(1.39%)であった。そのうち検査室で実施した脳波検査は83件,病棟実施は60件であった(Table 3)。Table 1に設定した報告が96件(Table 4),設定した緊急報告値以外にも緊急報告をしており,47件あった(Table 2, 5)。
診療科 | 検査件数(緊急報告件数) | 緊急報告全件に対する 診療科別割合 |
||
---|---|---|---|---|
検査室 | 病棟 | 合計 | ||
小児総合医療センター | 4,271(33) | 424(2) | 4,695(35) | 24.5% |
脳神経内科 | 1,797(30) | 155(4) | 1,952(34) | 23.8% |
高度救命救急センター | 56(1) | 609(29) | 665(30) | 21.0% |
心臓血管センター | 23(0) | 141(17) | 164(17) | 11.9% |
精神医療センター | 1,827(13) | 175(4) | 2,002(17) | 11.9% |
脳神経外科 | 215(4) | 10(1) | 225(5) | 3.5% |
総合周産期母子医療センター | 76(1) | 35(0) | 111(1) | 0.7% |
炎症性腸疾患(IBD)センター | 2(1) | 1(0) | 3(1) | 0.7% |
消化器病センター | 9(0) | 10(1) | 19(1) | 0.7% |
血液内科 | 6(0) | 5(1) | 11(1) | 0.7% |
呼吸器病センター | 11(0) | 6(1) | 17(1) | 0.7% |
その他の診療科 | 431(0) | 20(0) | 451(0) | 0.0% |
合計 | 8,724(83) | 1,591(60) | 10,315(143) | 100% |
緊急報告値(波形)別件数 96件 |
全般運動発作 | hypsarrhythmia | NCSE | CSE | GPDs | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | |
小児総合医療センター | 9 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 |
脳神経内科 | 0 | 0 | 0 | 0 | 17 | 4 | 1 | 0 | 3 | 0 |
高度救命救急センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 21 | 0 | 6 | 0 | 2 |
心臓血管センター | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 10 | 0 | 3 | 0 | 2 |
精神医療センター | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 |
脳神経外科 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
総合周産期母子医療センター | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
炎症性腸疾患(IBD)センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
消化器病センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
血液内科 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
呼吸器病センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 |
計 | 10 | 2 | 1 | 0 | 21 | 40 | 2 | 13 | 3 | 4 |
合計 | 12 | 1 | 61 | 15 | 7 | |||||
全緊急報告143件に対する割合 | 8.4% | 0.7% | 42.7% | 10.5% | 4.9% |
NCSE; nonconvulsive status epilepticus, CSE; convulsive status epilepticus, GPDs; generalized periodic discharges
設定した波形以外で緊急報告した例 47件 |
前回の脳波所見と大きく異なる場合,初回で異常波頻発 | 焦点起始発作 | その他 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | 検査室 | 病棟 | |
小児総合医療センター | 15 | 0 | 4 | 0 | 4 | 0 |
脳神経内科 | 4 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 |
高度救命救急センター | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
心臓血管センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
精神医療センター | 3 | 0 | 2 | 0 | 4 | 0 |
脳神経外科 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
総合周産期母子医療センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
炎症性腸疾患(IBD)センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
消化器病センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
血液内科 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
呼吸器病センター | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
計 | 26 | 1 | 6 | 0 | 14 | 0 |
合計 | 27 | 6 | 14 | |||
全緊急報告143件に対する割合 | 18.9% | 4.2% | 9.8% |
検査数10,315件のうち,検査室で実施した件数が多いのは小児総合医療センター(4,271件),精神医療センター(1,827件),脳神経内科(1,797件)であった。病棟実施が多いのは高度救命救急センター(609件),小児総合医療センター(424件),精神医療センター(175件),脳神経内科(155件),心臓血管センター(141件)であった(Table 3)。
2. 診療科別緊急報告件数小児総合医療センター35件(24.5%),脳神経内科34件(23.8%),高度救命救急センター30件(21.0%),心臓血管センター17件(11.9%),精神医療センター17件(11.9%),脳神経外科5件(3.5%),血液内科,呼吸器病センター,消化器病センター,総合周産期母子医療センター,炎症性腸疾患(IBD)センター各1件(各々0.7%)であった(Table 3)。
3. 緊急報告値別件数と診療科内訳NCSE 61件(42.7%),前回の脳波所見と大きく異なる場合または初回で異常波頻発27件(18.9%),けいれん性てんかん重積(convulsive status epilepticus; CSE)15件(10.5%),その他14件(9.8%),全般運動発作12件(8.4%),焦点起始発作6件(4.2%),全般性周期性放電(generalized periodic discharges; GPDs)7件(4.9%),初診でhypsarrhythmia 1件(0.7%)であった(Table 4,5)。緊急報告値(波形)を診療科別にみると,NCSE 61件中,脳神経内科21件,高度救命救急センターが21件,心臓血管センター10件,精神医療センター4件,小児総合医療センター2件,脳神経外科,消化器病センター,血液内科が各1件であった。CSE 15件では高度救命救急センターが6件,精神医療センター,心臓血管センターが3件,脳神経内科,小児総合医療センター,呼吸器病センターは各1件ずつであった。NCSEとCSEをあわせると76件となり,てんかん重積の緊急報告波形が最も多い結果となった。全般運動発作12件中では小児総合医療センター9件,心臓血管センター2件,精神医療センター1件であった。GPDsはCreutzfeldt-Jakob disease(CJD)の脳神経内科3件と三相波として報告した心臓血管センターと高度救命救急センターの各2件であった。初診でのhypsarrhythmia 1件は総合周産期母子医療センターであった。
緊急報告値以外に報告した事例として,前回より増悪または初回で異常波頻発27件では,小児総合医療センター15件,脳神経内科4件,脳神経外科4件,精神医療センター3件,高度救命救急センター1件であった。焦点起始発作6件では小児総合医療センター4件,精神医療センター2件であり,その他14件(心因性非てんかん発作などの連絡5件,心電図異常4件,波形の連絡4件,患者の情報1件)は脳神経内科5件,小児総合医療センター4件,精神医療センター4件,IBDセンター1件であった(Table 4,5)。
4. NCSEの予後評価NCSE 61件(患者数56例)は,緊急報告後にNCSEの治療が開始されていた。意識障害の改善が認められたのは21症例(37.5%)であった。当院入院期間中に8例が死亡した。転院症例(32例)のうち,後日死亡の連絡があったのは4例,全死亡者数は12例であり,死亡率は21.4%であった。56例のうち心肺停止(cardiopulmonary arrest; CPA)蘇生後にNCSEとなった症例は18例あり,そのうち改善例は2例であり,9例の死亡が確認された。NCSEの可能性のあるGPDsからNCSEとのちに診断された症例はなかった。
5. 緊急報告を行うことが有用であった代表的な3例【症例1】NCSE報告例 60代男性 心臓血管センターからの依頼。
就寝中に胸やけを訴えその後CPA。救急要請し家族が救急隊員の指示で胸骨圧迫を実施。救急隊員到着時には自己心拍再開。低灌流時間は約20分。
第2病日に開眼と体動がみられ,第3病日には鎮静を終了。その後開眼するものの追視はなく,下肢を動かす,起き上がろうとする,などの動きがみられた。指示が入らない状態も続くため,第5病日に体動と意識障害の精査目的でポータブルにて脳波検査を実施した。波形は3~4 Hzの周期性放電(periodic discharges; PD)が出現,指示も入らないためNCSEを疑い主治医に緊急報告を行った(Figure 1a)。脳波記録中に抗てんかん薬を投与しPDの消失と背景脳波の活動を確認した(Figure 1b)。
a:第5病日のポータブル脳波の波形(基準導出法と双極導出法)。高域遮断フィルター70 Hz,低域遮断フィルター1.0 Hz,ハムフィルター50 Hz。波形は3~4 Hzの周期性放電が出現,指示も入らないため非けいれん性てんかん重積を疑い主治医に緊急報告を行った。
b:抗てんかん薬使用後の脳波(誘導法,フィルターはaと同じ)。脳波記録中に抗てんかん薬を投与し周期性放電の消失と背景脳波の活動を確認した。
その後は週に1度の脳波検査所見を参考にNCSEの治療を継続。約2か月後には独歩で外来に来られるほど回復している。
【症例2】前回の脳波所見と大きく異なる場合(増悪のため)に報告した例 10歳女児 レット症候群 てんかん除外診断目的 小児総合医療センターからの依頼。
これまでも1~2年に一度脳波検査を実施していたが,突発性異常波の出現はなかった。Figure 2aは前回記録した7歳時の脳波波形である。10歳時に手足がつっぱるような動きが出現しはじめ,転院の予定があり,脳波検査を実施。波形は睡眠時に前回記録では出現していなかった棘徐波が連続して出現していたため主治医に連絡した(Figure 2b)。当日に診察となり投薬が開始され,転院先にも正しい情報が提供できた。
a:前回の7歳時の睡眠時記録(基準導出法)。高域遮断フィルター100 Hz,低域遮断フィルター0.3 Hz。7歳時の記録では突発性異常波は出現していない。
b:10歳時の睡眠時記録(基準導出法,フィルターはaと同じ)。手足がつっぱるような動きがあるとのことで脳波検査を実施。睡眠時に前回記録では出現していなかった棘徐波が連続して出現していた。
【症例3】患者情報を報告した例 70代女性 脳神経内科からの依頼。
初診であり主訴は一過性意識障害。
覚醒時には所見はなく,睡眠に入ると左右の側頭部に棘波が出現した(Figure 3a, b)。患者から日頃からバイクを運転していると聞き,主治医に連絡した。脳波検査の後すぐに診察となり,運転をしないよう指導が行われてんかんの治療も開始された。
a:睡眠時記録(基準導出法)。高域遮断フィルター100 Hz,低域遮断フィルター0.3 Hz。覚醒時には所見はなく睡眠に入ると左右の側頭部に棘波が出現した。
b:睡眠時記録(平均基準導出法,フィルターはaと同じ)。aと同波形を平均基準導出法で記録したもの。
生理検査のパニック値は決まった数値で設定されたものとは異なり,臨床経験から総合的に判断せざるを得ない所見もあり,多くの施設で明文化されていないのが現状である8)。脳波検査を含む生理機能検査は波形や画像情報であり数値化が困難な場合が多い。それに加え波形や画像の読影診断は医師の職域であるとされ,検査室からの報告義務とされておらず,緊急報告値の設定の遅れを生じさせていた。心電図検査,超音波検査は各学会から提言され,同一の緊急報告値の運用が広まっている11),12)。脳波検査においては検査中の臨床発作については報告するように明記されている記述はあるものの8),緊急報告すべき脳波波形は定められていない。
そこで当検査室では,判読医や脳波検査のオーダーが多い診療科の医師と相談し緊急報告値(波形)を設定した。2015年に設定した根拠についてはTable 1に示すとおりである。2015年4月~2022年3月までを調査した結果,年間20件前後の緊急報告を行っていた。その割合は,検査室での実施に比べ病棟実施の方が高かった。検査室で行う脳波検査は外来からの依頼が主であり,経過観察など長期的に治療を受けている患者が多い。一方で病棟から検査室への移動が困難な患者は,重症度が高いために緊急報告が多くなったと考えられた。
緊急報告値(波形)はNCSEが最多,次いでCSEであり,てんかん重積波形が多いことが分かった。それらは重症患者を扱う診療科(高度救命救急センター,脳神経内科,心臓血管センター)が大半を占めており,その理由として当院は三次救急施設であり症例1にあるようにCPA蘇生後にてんかん重積状態となる症例に由来すると考えられた。NCSEの予後調査では,緊急報告後にNCSEに対する治療がされていた。56症例のうち死亡数は12例(死亡率は21.4%)であった。CPA蘇生後にNCSEをきたした18症例のうち死亡例は9例であった。一方で意識障害の改善例は21例に認められた(37.5%)。これまでにNCSEの予後に関しては数多く報告されている13)。当院は転院例が多く,最終的な予後の評価が十分ではないこと,症例数も少なく,基礎疾患の違いや持続脳波モニタリングによる診断がなされていないことなどから評価には限界があるものと考える。
我々は緊急報告値(波形)を定める根拠として神経学的予後に影響を及ぼすと考えられる状態や波形とは何かを考え設定した。てんかん重積はその後の予後に影響する可能性もあるため早急に診断し治療を行わなければならない。特にNCSEは明らかな臨床発作を伴わないため脳波を施行しなければ診断がつかない。近年,NCSEはアメリカ臨床神経生理学会(American Clinical Neurophysiology Society; ACNS)2021年度版における診断基準により発作や重積状態についての定義がより明確になってきたが14),前頭部間欠性律動性デルタ活動(frontal intermittent rhythmic delta activity; FIRDA)を含む全般性律動性デルタ活動(generalized rhythmic delta activity; GRDA),三相波を含むGPDs,一側性周期性放電(lateralized periodic discharges; LPDs),はNCSEとの区別が付きにくいため設定範囲とした15)~18)。
生理検査パニック値(像)の運用指針ワーキンググループ8)で示された脳波検査のパニック値は,「病態と一致した重篤と考えられる波形の出現や法的脳死判定における波形の消失などである。」とされる。てんかん発作での患者の状態についても異変があれば医師への連絡が必要としている。加えて例として挙げられていたのは(1)準緊急:初診における欠神発作,(2)緊急:トリクロリールシロップ使用時の無呼吸,呼吸抑制,(3)準緊急から緊急:高齢者または疾患による不穏状態や暴れる患者,(4)緊急:心電図変化,(5)準緊急から緊急:けいれん発作時の医師への連絡が必要な場合,であった。また人見ら19)は,高度の脳機能障害を示唆する脳波所見は臨床的意義が高いとし,1)てんかん性放電,2)連続性不規則徐波(局所性,びまん性),3)速波の局所性の振幅低下,4)三相波,5)GPDs,6)LPDs,7)群発抑制交代(burst suppression; BS),8)全般性の振幅低下,9)電気的大脳無活動,を挙げている。これらは当院検査室で設定した緊急報告値(波形)と同様である。今回の集計期間に緊急報告が1例もなかった波形があった。初診時のre-build up,意識障害を伴うFIRDA,主治医未確認のBS,LPDsがそれにあたる。BSは乳児てんかん性脳症や重篤な意識障害に認められ,未治療の場合は早期の治療が必要となる。この集計期間外でBS,LPDsは報告を経験している。またre-build upはモヤモヤ病を代表とする脳血管疾患に出現する波形であり,医師が未確認の場合は連絡をすることで適切な治療の開始となる。
緊急報告値(波形)として定めた以外に,前回の脳波所見と大きく異なる場合など医師に連絡した事例があった。このような報告をした診療科は小児総合医療センター,脳神経内科,精神医療センターであった。特に当院は小児神経グループがあるため神経疾患に関する他院からの紹介患者が多い。小児では,発達に影響する可能性もあるので早期の治療を要する場合があり20),症例2で挙げたように早めに主治医に連絡をしているため件数が多かったと考えられる。全般運動発作,焦点起始発作も小児総合医療センターが最も多い。当院のルーチンで行っている脳波検査は30分以上1時間以内が基本の記録時間となっており,その記録の中で臨床発作症状をとらえられることは稀ではある。しかし,他院からの紹介で治療前であると,入眠剤を使用する小児は睡眠記録を確実にできるため,発作症状が出現しやすいのかもしれない。件数こそ1件であったが,初診でのhypsarrhythmiaも経験した。hypsarrhythmiaは年齢依存性てんかんのWest症候群に見られる波形であり,緊急報告後は速やかに治療が開始された。その他として症例3に挙げたように検査時に患者から得た情報を主治医に伝えている。てんかん発作(意識消失)を起こしているが運転をしているケースは,患者の命に関わるため当日診察の有無に関わらず医師に連絡を行い,事故を未然に防ぐことができ,QOLの維持に貢献したと考える。同様に緊急報告値(波形)以外での報告は,たとえ時間的猶予が緊急報告値ほどではなくともそのまま放置すると患者の予後に重大な影響を与える可能性が高いと考えられた。
脳波の緊急報告をする体制を整えるためには臨床検査技師の教育も課題となる。当院には高度救命救急センターがあり,三次救急を扱っていることから,神経学的救急患者の検査を行う機会により得られる知識も多い。緊急報告値(波形)を正確に行うためには患者に対する観察眼と波形データから考えられる疾患や病態を推測できる経験と知識が要求される。今回の集計で扱ったNCSEの脳波所見はACNS 2021年度版における診断基準14)に基づく分類はできなかったが,神経救急領域ではACNSの用語を用いて表現することが求められており,脳波検査を担当する検査技師も理解することが必要である。
生理検査のパニック値は,検査を行っている臨床検査技師の目の前で生じることとなるが,脳波検査に限らず生理機能検査の所見を正しく報告し,診断の助けとならなければならない。脳波検査の緊急報告した症例には疾患が多岐にわたるため,患者の予後として単純な評価は難しいが,さらに長い期間を評価することで有用性は明らかになるであろう。
脳波室からの緊急報告は,患者への早期治療介入を可能とし,神経学的予後改善に貢献する。また,リアルタイムで医師に報告できる体制を整えることは,チーム医療における臨床検査の有用性を向上させるものと考える。当院で設定した緊急報告値(波形)が,学会からの今後の設定の一助となれば幸いである。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。