2024 Volume 73 Issue 2 Pages 332-336
β2MGは尿pHが5.5以下の場合には酸性プロテアーゼにより偽低値となることが知られている。このため,外部受託検査検体の提出条件にも「pH 5.5~7.5で提出」と記載されているが,pH調整の推奨方法は特に示されていない。そこで,尿中β2MGと検体pHの関係を明確にし,適正な検査提出方法について改めて評価することを目的とした。対象は,尿検査の依頼のあった外来患者検体26件とした。pH調整の有無,保存方法の違い(室温,冷蔵,凍結)の条件設定を行い,測定までの経過時間の差異による尿中β2MG値の低下率を比較した。尿pH 6.0~7.5の検体においては,24 h後の尿中β2MG低下率は小さかった。尿pH 4.7~5.5の検体では,室温保存,冷蔵保存,凍結保存の順に24 h後の尿中β2MGの低下率が大きかった。これらのことから,pH 6.0以上の尿中β2MGは酸性プロテアーゼの影響を受けにくく,pH 5.5以下の尿中β2MGは影響を受けやすいと改めて示された。また,酸性尿検体において室温保存が最も尿中β2MGの分解が速く,凍結保存,冷蔵保存の順に酸性プロテアーゼの影響を受けにくくなると考えられた。したがって,尿検体採取後,迅速に測定をする,または直ちに尿pHを確認し,適正な検体処理・検査提出を行うべきであり,これにより本来の尿中β2MG値を臨床に報告することができると示唆された。
It is known that β2MG becomes a falsely low value due to acidic protease when urine pH is below 5.5. Therefore, the submission conditions for outsourced testing also state that “submit at pH 5.5 to 7.5,” but no method for pH adjustment is provided. Therefore, we aimed to clarify the relationship between urine β2MG and pH and evaluate the appropriate submission method. The subjects were 26 outpatient specimens. Conditions for pH adjustment and differences in preservation methods (room temperature, refrigeration, freezing) were set, and compared the rate of decrease in urine β2MG levels due to differences in the elapsed time until measurement. For samples with pH between 6.0 and 7.5, the rate of decrease in β2MG after 24 hours was small. For samples with a pH of 4.7 to 5.5, the rate of decrease in β2MG after 24 hours was greater in the order of room temperature storage, refrigerated storage, and frozen storage. These results indicate that urine β2MG with a pH of 6.0 or higher is not easily affected by acid proteases, while urine β2MG with a pH of 5.5 or lower is susceptible. In addition, in acidic urine, β2MG decomposition was fastest when stored at room temperature, and it was thought that storage under freezing and then refrigerated storage would be less susceptible to the effects of acid proteases. Therefore, it was suggested that measurements should be taken promptly or urine pH should be confirmed immediately, and specimens should be processed and submitted for testing approp.
β2マイクログロブリン(以下,β2MG)は,1968年,BerggardとBearnにより慢性カドミウム中毒患者とWilson病患者の尿より分離された11.6 kDaの低分子蛋白である1)。主要組織適合抗原(MHC)class Iの軽鎖として全身のほぼすべての有核細胞表面に広く存在するβ2MGは,細胞表面から血清中に遊離した後,糸球体でろ過されるが近位尿細管で99%が再吸収され分解されるために尿中には微量にしか検出されない2)。近位尿細管細胞が障害を受けて再吸収機能が低下すると尿中β2MG値が上昇するため,尿中β2MG測定は尿細管間質性の腎臓障害を反映し,その診断及び予後観察に適している2),3)。β2MGは,これまで尿pHが5.5以下の場合には酸性プロテアーゼにより分解され偽低値となることが知られている2)~4)。このため,外部受託検査検体の提出条件にも「pH 5.5~7.5で提出」と記載されているが,pH調整の推奨方法は特に示されておらず,尿pH値と蛋白分解速度の関係も明確ではない。そこで,尿中β2MGと検体pHの関係を明確にし,外部検査機関への適正な検査提出方法及び院内で測定する場合の検査前検体処理方法について改めて評価することを目的とした。
三井記念病院倫理委員会で承認を得て本研究を実施した(審査番号:C19)。対象は,尿検査の依頼のあった外来患者の中で尿中β2MG値が230 μg/L以上の検体(pH 5.0:2件,pH 5.5:14件,pH 6.0:5件,pH 6.5:3件,pH 7.0:2件,計26件)とした。尿中β2MG測定はBMG-ラテックスX1「生研」(デンカ)をAccuteRX(キヤノンメディカルシステムズ)に適応させ行った。尿pH測定はUS-3500,US-1200(栄研),pHメーター及びpH試験紙にて測定した。pH調整液は1 mol/L水酸化ナトリウム溶液と10%酢酸を用いた。
2. pH調整方法pH 4.7~7.5の尿検体を用意するために,1患者尿につき2つのpH検体を作成した。患者尿量が多い場合は3,4つのpH検体を作成した。(pH 4.7:10件,pH 5.0:10件,pH 5.5:12件,pH 6.0:5件,pH 6.5:10件,pH 7.0:10件,pH 7.5:6件,計63件)
A)pH 6.0~7.5の尿検体
患者尿6~8 mLに1 mol/L水酸化ナトリウム溶液を50~100 μL加えpH 6.0~7.5の尿検体を作成した。
B)pH 4.7~5.5の尿検体
患者尿6~8 mLに10%酢酸を100~200 μL加えpH 4.7~5.5の尿検体を作成した。
US-1200とpHメーターで尿pHを確認し,適宜加えるpH調整液量を調整した。Aの方法で患者尿に水酸化ナトリウム溶液を加えたのは18件,Bの方法で酢酸を加えたのは20件,pH調整をしていない検体が25件であった。pH 5.5~6.5の検体は各pHの患者尿を集め,pH無調整尿を多く検体として用いた。pH 5.0以下とpH 7.0以上の検体はpH調整尿を多く検体として用いた。
3. 測定方法pHの異なる尿検体を遠心分離し(2,248 G,10分),小試験管に0.5~2 mL分注をした。分注した検体を室温(25℃),冷蔵(4℃),凍結保存(−40℃)し,1,3,6,24時間(h)後に尿中β2MGを測定した。遠心分離の有無については検討の初めの段階で測定値に影響しないことが確認できたため,条件設定から省いた。
pH 4.7~7.5の尿検体において,分注処理直後の測定値を100%とした尿中β2MGの低下率を測定までの経過時間毎に求め平均化し,グラフにした(Figure 1)。低下率の変動が大きいpH 6.0以下の室温保存検体のグラフにはエラーバー(平均値 ± 標準偏差)を加えた。統計学的手法には,Mann-WhitneyのU検定を用いた。
いずれも24 h後の室温,冷蔵,凍結保存検体の尿中β2MG値の低下率は7%以内であった。
2. pH 6.0(Figure 1D)24 h後の冷蔵,凍結保存検体の尿中β2MG値の低下率は1%以内であった。これに対し,24 h後の室温保存検体5検体のうち1検体の尿中β2MG値が51%低下し,5検体の平均低下率は12%であった。
3. pH 5.5(Figure 1E)24 h後の室温保存検体の尿中β2MG値の低下率は61%で,冷蔵保存検体は15%,凍結保存検体は12%低下した。24 h後室温保存検体の尿中β2MG低下率と凍結保存検体の低下率の間には有意な差(p < 0.01)がみられた。室温保存検体のグラフのエラーバーが示す通り,他のpHより低下率のばらつきが大きく(SD = 28%),12検体中5検体が24 h室温保存後に80%以上低下した。
4. pH 5.0(Figure 1F)24 h後の室温保存検体の尿中β2MG値の低下率は91%で,冷蔵保存検体は11%,凍結保存検体は3%低下した。24 h後室温保存検体の尿中β2MG低下率と冷蔵保存,凍結保存検体それぞれの低下率を比較すると有意な差(p < 0.01)がみられた。室温保存検体に関して,pH 5.5より低下率のばらつきが小さく(SD = 14%),10検体中8検体が24 h室温保存後に90%以上低下した。pH 5.0の検体のうち,1検体の尿中β2MGの実測値をFigure 2に示した。pH調整直後の尿中β2MG値は7,698 μg/Lであった。24 h後凍結保存検体の尿中β2MG値は7,433 μg/L,冷蔵保存検体は7,023 μg/L,室温保存検体は20 μg/Lであった。
24 h後の室温保存検体の尿中β2MG値の低下率は98%で,冷蔵保存検体は37%,凍結保存検体は10%低下し,3つの保存方法の低下率それぞれの間に有意な差(p < 0.01)がみられた。
pH 6.0~7.5の検体では,24 h後の尿中β2MGの低下率が小さかったため,保存温度の違いや酸性プロテアーゼによる測定値への影響は受けにくいと考えられた。これに対し,pH 4.7~5.5の検体では,室温保存,冷蔵保存,凍結保存の順に24 h後の尿中β2MGの低下率が大きくなったため,尿のpHが低くなるにつれて保存温度や酸性プロテアーゼの影響を受けやすくなると考えられた。一部pH 6.0の24 h室温保存検体の尿中β2MGの低下がみられたのは,Daveyら5)やBastable6)の報告にもあるように,患者により尿中β2MGの不安定さが異なり,pH 6.0であっても酸性プロテアーゼによる尿中β2MGの分解は起こりうるためと示唆された。榎本ら4)の報告によると,4℃で1日保存したpH 5.0の尿中β2MGは安定し,pH 4.0の尿中β2MGは15%低下したとある。これに対し,本検討では1日4℃保存したpH 5.0の尿中β2MGは11%低下し,pH 4.7の尿中β2MGは37%低下した。またYamamotoら7)の報告では,pH 6.0未満の尿検体を4℃で1日保存すると尿中β2MGの分解が起こる可能性を指摘している。それゆえに検体採取後直ちに尿中β2MGの測定を行うのが難しい場合は,冷蔵保存でなく凍結保存をするのが望ましいと思われた。以上のことから,尿中β2MGを院内で測定する場合には,検体採取後直ちに測定することが推奨される。迅速に測定するのが難しい場合は,3 hほどであればいずれの尿pHにおいても冷蔵保存検体の尿中β2MG値の低下率は小さいため,測定時までは冷蔵保存で十分であると示唆される。測定まで3 h以上かかる場合は,臨床現場で尿検体のpH値が5.0未満になることはまれではあるが6),8),尿検体を凍結保存するのが望ましい。
尿中β2MGを外部検査機関へ委託する場合には,搬送から測定されるまで約24 hかかることもあるため,pH 5.5以下の尿検体はpH 6.0~7.5にpH調整する必要がある。しかし,尿pHの影響を受けやすい検査系であるが,このことが十分に周知されていない状況も見受けられる9)。pH 5.0の検体では,異常値であった尿中β2MGが24 h室温保存後,正常値まで低下した。尿pHを確認しないで不適切に保存された検体では,診断意義のある尿中β2MG検査とは言えない。実際の現場で尿pHを確認しpH調整を行うのは手間がかかるため,可能であれば尿検体を凍結保存して外部検査機関へ搬送するのが望ましいと考えられた。
酸性プロテアーゼによる尿中β2MGの分解速度は尿pHと保存温度により異なる。尿pHに関しては,pH 6.0以上の尿中β2MGは酸性プロテアーゼの影響を受けにくく,pH 5.5以下の尿中β2MGは酸性プロテアーゼの影響を受けやすいと改めて確認できた。保存温度に関しては,酸性尿検体において室温保存が最も尿中β2MGの分解が速く,凍結保存,冷蔵保存の順に酸性プロテアーゼの影響を受けにくくなる。尿検体採取後,院内で測定する場合は迅速に測定をし,外部検査機関へ委託する場合は直ちに尿pHを確認し,適正な検体処理・検査提出を行うべきであり,これにより本来の尿中β2MG値を臨床に報告することができると示唆された。
本研究は三井記念病院倫理委員会で承認を得て実施した(審査番号:C19)
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。