2024 Volume 73 Issue 2 Pages 360-365
健常者(協力社員)における新型コロナワクチンの血清IgG型SARS-CoV-2抗体価の経時的変化を検討した。対象は28歳~58歳の男性5名と女性2名の計7名で,2021年7月にモデルナ社の新型コロナワクチン(mRNA-1273)の第1回接種をうけた。2回目は1か月後,3回目は8か月後に接種された。ワクチン接種前の測定は未実施のため,2回目接種時の抗体価を各人の前値とした。接種後はピーク時まで1週毎に抗体価を測定し,以後4週毎に24週後まで抗体価及び半減期T1/2の経時変動を解析した。更に計画終了後,2名がオミクロン株に感染したため,4回目接種者1名と共に追加検討した。2回目,3回目接種後のピークはそれぞれ1~2週及び2~3週となったが,全例で3回目接種後の方が抗体価は高く,6か月後でも高力価を維持していた。各人の抗体価は一定の半減期で低下したが,その消失速度は3回目接種後の方が遅かった。感染者と4回目接種者では更に半減期は長くなったが,ワクチン接種やウイルス感染に関わらず頻回免疫により免疫動態の変化が生じると考えられる。また血中抗体価の対数変換によるグラフ化により抗体価推移の予測が容易に可能であった。抗体価推移の観察には複数回の経時測定値が必要となるが,年齢,合併疾患,体質等による抗体価(免疫力)獲得能の異常が疑われる場合には,その変化観察はワクチン効果確認及び追加接種の時期決定の重要な意義を有する。
We conducted a longitudinal study on the serological IgG type SARS-CoV-2 antibody levels in healthy individuals following COVID-19 vaccination. The study included a total of seven participants, comprising men and women aged 28 to 58 years, who received their first dose of the Moderna COVID-19 vaccine (mRNA-1273) in July 2021. The second vaccination was administered one month later and the third eight months later. Post-vaccination antibody levels were measured weekly until the peak was reached, and then at four-week intervals up to 24 weeks post-vaccination. Furthermore, additional assessments were conducted for one participant who received a fourth dose and two participants who became infected with the Omicron variant. The peaks in antibody levels after the second and third doses were observed at one to two weeks and two to three weeks post-vaccination, respectively. While the antibody levels in each individual declined at a steady rate with a certain half-life, the rate of decline was slower after the third dose. In the case of individuals who were infected or received a fourth dose, the half-life further increased. This suggests that changes in immune dynamics occur due to frequent immunization, regardless of vaccination or viral infection. Additionally, graphing the antibody levels using logarithmic transformation allowed for prediction of the antibody level trends. Although multiple measurements are required, they are important for confirming vaccine efficacy and determining the timing of additional vaccinations, especially when abnormalities in antibody acquisition are suspected due to factors such as age, underlying conditions, and individual constitution.
2019年に中国の武漢で新型コロナウイルスである重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)が初めて報告されて以来,急速な世界的拡大により,新しい系統や変異体が報告されてきた。本邦においても現在までにアルファ株(B.1.1.7系統)やデルタ株(B.1.617.2系統),オミクロン株(B.1.1.529系統)などの流行が相次ぎ,最近ではその亜型XBB.1.5や1.9の感染拡大に注意が提唱されている。感染の有無に関してはウイルスのRT-PCR検査の重要性が強調され,一般に広く知られている。一方新型コロナ感染の既往及びワクチン接種の効果を知るには抗体検査が有用である。今後も感染のリスクやワクチン追加接種の必要性を考える上で,抗体検査は重要と考えられる。しかし我が国ではその点の理解が,学術的にも一般医療分野においても現状では十分とは言い難いと思われる。本研究は,新型コロナワクチン2回,3回目接種後の抗体価を対象者毎に9回から19回にわたり連続測定することで,新型コロナとワクチンに関し,個人背景も考慮した効果的な対策を検討することにある。
対象は28歳~58歳の男女6名で開始したが,女性1名は育児休業のため3回目から対象外とし,以後男性1名の追加による総計7名で行った。全員が研究開始約1か月前(2021年7月)にモデルナ社製新型コロナワクチン(mRNA-1273)の第1回接種を受け,その1ヶ月後に2回目,8か月後に3回目が接種された。更に計画終了後,オミクロン株に感染した2名及びオミクロン株対応ワクチン(モデルナ社)の4回目接種を受けた1名の経過を追加観察できたので比較検討を行った。なお1回目接種の抗体価測定は実施していないため,2回目以降を研究対象期間とした。
ワクチンは第1回から第3回目は,新型コロナワクチン従来型のスパイクタンパク質をコードするヌクレオシド修飾mRNAをカプセル化した1価ワクチンであり,4回目はオミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチンである。
測定試薬はARCHITECE SARS-CoV-2 IgG II Quant(アボットジャパン合同会社)を用い,SARS-CoV-2のスパイク受容体結合ドメイン(RBD)に対するIgG抗体を定量的に測定した。また測定には同社の全自動化学発光免疫測定装置ARCHITECT®アナライザーi 1000SRを使用した。
2回目接種時に測定した血清IgG型SARS-CoV-2抗体価(AU/mL)を前値とし比較検討を行った。ワクチン接種後はピーク値まで1週毎に抗体価を測定し,以後は4週毎に24週まで経時変化を解析検討した。抗体価の推移を考察するにあたり,薬剤代謝数理モデルの2コンパートメントモデルに基づき,各人の抗体価の対数変換値をグラフ化し,抗体蛋白血中半減期を算出した。
本研究の計画及び論文に関して,外部からの委員を含む当社の倫理審査委員会において2023年9月15日に承認された。
新型コロナワクチン2回,3回目接種の血清抗体価を示す(Figure 1)。対象者は全て2回目接種後では1~2週間でピークを迎え,3回目では2~3週目まで上昇が続き抗体価も一層高値になった。また反復接種による抗体価上昇程度には個人差が大きく,ピーク時には5倍以上の差がみられた。但し全員3回目接種後の方が高値を示し,24週後でも全て高力価の指標とされる4,160 AU/mLよりも高い抗体価を維持していた。
M and F indicate Male and Female respectively. Figures indicate Ages.
2回目接種以降の抗体価を対数変換し,経時変化をグラフで表示する(Figure 2)。
対数変換することにより,全対象者において抗体価は幾何級数的(exponential)に低下を示した。即ち蛋白等の生体内異化速度を示す2コンパートメントモデルの消失相曲線に一致しており,抗体価の減衰速度を算出する簡便な手段となることが判明した。抗体半減期は,2回目接種後での平均7.9週に対し,3回目接種後では平均9.4週へと延長傾向がみられた(Figure 2, Table 1)。しかしながら個人差がみられ,37歳男性においては2回目接種後14.1週であり,32歳男性では3回目接種に13.2週と他の被験者の数値より大きな結果を示した。抗体価の上昇程度および減衰速度には個人差があるとこと,また同一個人においても接種時期による反応の違いがあることが判明した。しかしいずれの個人及び接種回数後においても,各人,各時期に固有の減衰速度(半減期)で低下することが確認された。
Subjects | 2nd vaccination | 3rd vaccination | infection or 4th vaccination | |||
---|---|---|---|---|---|---|
Antibody titer (AU/mL) |
T1/2 (Weeks) |
Antibody titer (AU/mL) |
T1/2 (Weeks) |
Estimated antibody titer (AU/mL) | T1/2 (Weeks) |
|
M58 | 32,000 | 5.1 | 39,158 | 8.0 | 34,842 | 11.1 |
M45 | 45,300 | 6.7 | 103,441 | 9.9 | — | — |
M44 | 12,500 | 7.7 | 53,077 | 6.9 | 75,596 | 11.5 |
M37 | 9,050 | 14.1 | 34,114 | 9.6 | — | — |
F33 | 38,200 | 6.7 | 43,868 | 8.7 | — | — |
F28 | 8,540 | 7.1 | — | — | — | — |
M32 | — | — | 77,214 | 13.2 | 221,259 | 16.8 |
平均 | — | 7.9 | — | 9.4 | — | — |
今回の3回接種後抗体価観察期間中に,44歳男性と32歳男性が新型コロナウイルスに感染した。2名ともオミクロン株対応ワクチンの接種は受けておらず,サンガーシーケンスにおいてS領域の塩基配列を解析した結果,オミクロン株による感染と判明した。両者の感染後抗体価及び半減期を感染前の値と並べて比較した(Table 1)。また同時期に4回目接種にオミクロン株対応ワクチンを受けた58歳男性の結果も加え,自然感染者との比較検討を行った。なお横軸0週はそれぞれ感染した週,あるいはワクチン接種週とした。
感染による抗体の半減期は44歳男性において11.5週,32歳男性では16.8週と著しい延長がみられた。比較のため行った4回目ワクチン接種を受けた58歳男性における半減期も11.1週と,前2回の平均値6.6週に較べ大幅な延長がみられた。また対数直線より算出したピーク時の抗体価は,感染者2名では3回目接種時より大幅しに上昇したと推測されるが,4回目接種者では抗体価は逆に前回値をやや下回る興味ある結果がみられた(Table 1, Figure 3)。
Horizontal axis 0 week is the week of infection or vaccination.
血清IgG型SARS-CoV-2抗体価は,薬物の排泄速度や体内での代謝速度,さらに抗体の産生速度など,抗体の分解異化速度及び生体内における産生速度のバランスを示していると考えられる。
抗体価はピークを迎えた後,2~3か月後まで減少率は大きいが,対数変換することで,直線的に減少していくことが確認された。また,抗体価の推移には,見かけ上分布相・消失相を示唆する二相性が認められたことから,薬剤の体内動態モデルのうち,2コンパートメントモデルによって近似し得ることが推測された。Uwaminoら1)における数理モデル解析においても,2コンパートメントモデルが最適モデルであることを報告しており,彼らは第一のコンパートメントは形質細胞による持続性のIgG産生を,また第二のコンパートメントとしてはワクチン投与によって刺激された未成熟記憶B細胞による一過性のIgG産生を想定している。但し抗体価は個人差が大きいため,各々数回の測定が必要となることも示唆された。
ELISAによる総抗体濃度の解析では,ELISAが陰性またはELISA濃度が13 BAU/mL未満であった医療従事者の12.1%が感染し,ELISA濃度が13~141 BAU/mLであった10.6%も感染した一方,ELISA濃度が141~1,700 BAU/mLの人のうち感染したのはわずか1.3%で,ELISA濃度が1,700 BAU/mL以上の人は感染しなかったとの報告があり,抗体量と感染には負の相関がみられる2)。感染者2名は,今回のデータから感染前には高力価だったと推測されるが,オミクロン株が抗体をすり抜けたと考えられる。これはワクチン接種率の高い施設でも,感染に気付いていない感染者が3割程度いるという国内の血清疫学調査の報告にも一致している3)。
2名の感染者及び4回目接種者1名は高い抗体価を示し,半減期の延長もみられたことから,ウイルス感染またはワクチン接種に関わらず,頻回免疫による免疫動態の変化が示唆された。しかし4回目にはオミクロン株対応ワクチンが接種された1名では,前回値を下回る抗体推測値となった。これは新たな変異株に対する適応が前回までの効果を下回ったからと推察される。免疫の回数,変異株の影響,個人の体質や年齢など様々な要因やその程度にも個人差があり,今後の機序研究が必要と考える。
最近,内外の医療研究機関からもワクチン接種後の抗体価とその経時変化に注目した同様の報告がみられる3)~5)。さらにオミクロン株流行(第6波)以降には,ワクチン接種後にも感染が発生したとする報告もみられる6)。
新型コロナウイルスが5類感染症へ移行しマスクの着用も徐々に減ってきている中,重症化リスクのある場合にはワクチン接種と同時に,ワクチン効果の指標となる抗体価の測定も必要と考える。その際,ワクチンの有効な接種と効果の評価には,個人の違いをより重要視し,抗体の測定や免疫応答の動態解析,遺伝子解析などの研究が必要だと考えられる。
多数の論文のメタ解析による同様の研究が最近報告された7)。その目的は将来のパンデミック感染症に対するワクチン接種が必要になった場合に備えての有効な接種の検討である。2023年5~7月時点において,感染性の強いXBB.1系統へのワクチン対応が新たな問題となりつつある。今回の我々の研究はサイズこそ小さいが,ワクチン抗体の動態を個人レベルで検討し,ワクチンの有効活用に役立つものと考える。さらに個人差を明らかにするためには,免疫応答の動態解析や遺伝子解析結果との関連性の解明が重要と考えられる。
モデルナ社製の新型コロナワクチン(mRNA-1273)接種後の抗体価の推移を追跡した。2回目接種後よりも3回目接種後では抗体価は高く,長時間維持され,6か月後でも高力価を維持していた。ただし追加検証により,オミクロン株は抗体をすり抜ける可能性も示唆された。また抗体価は個人差が大きいが,対数変換することで対象者の抗体価の経時的減衰速度の観察が可能であり,必要に応じ次回ワクチン接種の時期を適切に決めることが容易に可能であると示された。さらに今後のワクチンの有効活用と,遺伝子解析も合わせた免疫学的個人差の解明に研究の必要性が示された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本研究にあたり技術および医学面に関して助言と指導を賜わりました東海大学名誉教授 内科学 松崎松平博士に深く感謝申し上げます。