2024 Volume 73 Issue 2 Pages 271-277
(1→3)-β-D-グルカン測定は,深在性真菌症の診断補助に用いられる。当院では,これまで富士フイルム和光純薬株式会社のトキシノメーターMT-6500(比濁時間分析法)を用いて測定を行っていた。近年,同社より発色合成基質法による測定が可能なリムセイブMT-7500が発売された。そこで,我々は比濁時間分析法を測定原理とする「β-グルカンテストワコー」と,発色合成基質法を測定原理とする「β-グルカンシングルM30テストワコー」の臨床性能を比較するための基礎的検討を行った。発色合成基質法の併行精度,室内再現精度,直線性,定量限界,共存物質の影響に関する基礎的検討は,いずれも良好な結果を示した。さらに,比濁時間分析法に比べて測定時間は約70分短縮され,非特異的な反応も軽減された。比濁時間分析法と発色合成基質法のpassing-bablok法による測定範囲全域の回帰式はy = 0.917x − 0.054,r = 0.9562となり,それらの陽性一致率は84%,陰性一致率は100%,判定一致率は87%であった。判定不一致(比濁時間分析法:陽性,発色合成基質法:陰性)は7症例で認められ,症例の背景から,BDG混入の可能性,非特異的反応による比濁時間分析法の偽陽性,発色合成基質法の偽陰性の可能性などが推定された。本研究結果から,「β-グルカンシングルM30テストワコー」の基礎的性能は良好であると判定した。比濁時間分析法と比較して測定時間の大幅な短縮と非特異反応が軽減されたことから,迅速かつ正確な深在性真菌症の診断に貢献し得ると考えられた。
The (1→3)-β-D-glucan assay used as a diagnostic aid for deep-seated mycosis has been measured by the turbidimetric time analysis method. Recently, Limsave MT-7500, which can measure the β-D-glucan using a chromogenic substrate method, has been released. Here, we report the basic performance of “β-glucan single M30 test Wako” using the chromogenic synthetic substrate method measured by Limsave MT-7500 for use in clinical examination. The chromogenic synthetic substrate method showed better results in terms of repeatability, intermediate precision, linearity, limit of determination, and influence of co-existing substances. The measurement time and non-specific reactions of this method were reduced compared to those of the turbidimetric time analysis method. The correlation between the turbidimetric time analysis method and the chromogenic synthetic substrate method in the full measuring range was determined by the passing Bablok method (y = 0.917x − 0.054 and r = 0.9562). Additionally, their positive agreement rate was 84%, negative agreement rate was 100%, the concordance rate was 87%, and there were 7 cases of discordance. Based on the case histories, we considered the possibility of BDG contamination, false-positive results of the turbidimetric time analysis method due to nonspecific reactions, and false-negative results of the chromogenic synthetic substrate method. These analysis results indicated that β-glucan single M30 test Wako using the chromogenic substrate method presented useful basic performance, which should contribute to more accurate and rapid diagnosis of deep-seated mycosis than the turbidimetric time method in clinical.
(1→3)-β-D-グルカン(BDG)は,真菌に特徴的な細胞壁を構成しているβ配位のグルコピラノースを構成糖とする多糖体であり,ムーコルなどを除くすべての真菌に共通して認められる。血中BDGは深在性真菌感染症のスクリーニング検査として一般的に用いられ,高値を示す代表的な疾患としてカンジダ症,アスペルギルス症などがあげられる1),2)。免疫不全者における深在性真菌症は,治療が遅れると重篤な病態となるため,迅速な診断が重要となる。
BDG測定はゲル化による透過光量比の変化を測定する比濁時間分析法,発色合成基質から黄色色素を発色させ吸光度変化を測定する合成基質法,抗BDGマウスモノクローナル抗体を用いた酵素免疫測定法が存在し,それぞれの試薬の感度,特異度を考慮し,測定試薬が選択されている。当院ではこれまで富士フイルム和光純薬株式会社の比濁時間分析法(トキシノメーターMT-6500)による測定を行っていたが,測定時間が90分と時間を要し,臨床側からの結果の催促を経験していた。また,比濁時間分析法では検体中にM蛋白等が存在すると,非特異的な濁りにより偽高値を呈することがある。通常は,タイムコースの違いによって非特異反応であることが判断可能であるが,影響が軽微である場合には非特異反応の判定が困難となり,偽高値または偽陽性を引き起こすことがある。また,非特異反応が認められた検体では遠心や希釈による混濁の軽減を行う必要があり,さらに結果の報告に時間を要する原因の一つとなっていた。近年,同社より原理の異なる発色合成基質法を用いて,短時間(20分)でBDGの測定が可能なリムセイブMT-75003)が発売された。
本研究では,当院でBDGの迅速測定のニーズが増している現状から,リムセイブMT-7500の導入を検討し,発色合成基質法を用いたBDG測定について,その臨床性能を評価する為の基礎的検討を行った。
2022年11月7日から2022年12月13日までにBDGの検査依頼があった検体の残血漿(TERUMO,ベノジェクトII真空採血管,ヘパリンNa添加)64件を使用した(検体は−80℃で凍結保存され,流水で融解後に測定された。)。
2. 機器・試薬BDG測定試薬である,β-グルカンシングルM30テストワコー(発色合成基質法)をリムセイブMT-7500にて測定した。本試薬は検体前処理液とライセート試薬(Limulus amebocyte Lysate; LAL)で構成されており,検体中に含まれている様々な干渉成分の影響を前処理により回避する4)。前処理した試料とLAL試薬を反応させると,試料中のBDGは,Factor Gより始まるカスケード反応を開始させ,発色合成基質からρ-ニトロアニリン(黄色)を遊離させる。このρ-ニトロアニリンを比色定量することにより,試料中のBDG濃度を求める(Figure 1)。リムセイブMT-7500は,この黄色色素を検出可能なLEDを搭載している。なお,従来法である比濁時間分析法に対応するLEDも搭載しているため,検査室側で測定法を選択することが可能である。比較対照として,β-グルカンテストワコー(比濁時間分析法)のトキシノメーターMT-6500の検査依頼時の測定値を用いた。全て富士フイルム和光純薬株式会社製であり,カットオフ値は2法とも11 pg/mLである(Table 1)。
LAL試薬はBDGにより黄色色素を遊離,発色する。この色素量を単位時間あたりの吸光度変化として分析し,BDG濃度を算出する。
機器名 | トキシノメーターMT-6500 | リムセイブMT-7500 |
---|---|---|
測定原理 | 比濁時間分析法 | 発色合成基質法 |
試薬 | β-グルカンテストワコー | β-グルカンシングルM30テストワコー |
測定範囲 | 6.0~600.0 pg/mL | 1.0~600.0 pg/mL |
検体量 | 100 μL | 50 μL |
測定時間(前処理時間を除く) | 90分 | 20分 |
トキシノメーターMT-6500とリムセイブMT-7500の特性を比較した。
①併行精度:低濃度,中濃度,高濃度の3種類のプール血漿をそれぞれ連続して20重測定した。
②室内再現精度:安定な管理試料を2濃度1日2回,15日間測定した。
③直線性:高濃度血漿と低濃度血漿で希釈系列を作製し,4重測定した。
④定量限界:定量限界付近と予想される10検体を5重測定し,精度プロファイルを作成した。
⑤共存物質の影響:プール血漿と添加物質溶液の比率が9:1になるように混合した試料と添加物質溶液の代わりにブランク溶液を加えた試料で希釈系列を作製し,3重測定した。添加物質にはBDGフリーの溶血ヘモグロビン,Bilirubin Conjugate #B850,イントラリポス輸液を用いた(富士フイルム和光純薬より提供)。
⑥非特異反応:検討期間中に比濁時間分析法で非特異反応を示した2検体を抽出した。測定開始直後から透過光量が減少し,タイムコースにラグが認められなかった検体を非特異反応と判断した。
⑦対照法との比較:54件の血漿(残血漿64件のうち,非特異反応を示した2件と測定範囲以下の8件を除いた)を使用した。回帰式は,濃度分布が非正規分布であったため,passing-bablok法により求められた。
⑧カットオフ値に基づく定性判定:「⑦対照法との比較」における判定一致率,陽性一致率,陰性一致率を算出した。
⑨不一致例の精査:「⑧カットオフ値に基づく定性判定」における不一致の原因を明らかにするために,前後のBDG値の推移,CT等の画像所見,微生物検査結果,抗真菌薬の投与状況などの患者背景やBDG偽陽性となる可能性を確認した。
①から⑦の性能評価は,一般社団法人日本臨床化学会のバリデーション算出用プログラム(Validation-Support-V61)5)を使用して実施した。
「β-グルカンシングルM30テストワコー」(発色合成基質法)の基礎的検討結果について以下に示す。
①併行精度:変動係数(coefficient of variation %; CV%)は2.40~6.41%であり,試薬添付文書記載の7%以下を満たしていた(Table 2)。
低濃度 | 中濃度 | 高濃度 | |
---|---|---|---|
Mean(pg/mL) | 7.01 | 14.59 | 139.66 |
Range | 6.6–8.8(2.2) | 13.8–16.4(2.6) | 133.5–147.4(13.9) |
SD | 0.45 | 0.70 | 3.35 |
CV(%) | 6.41 | 4.77 | 2.40 |
β-グルカンシングルM30テストワコーの併行精度は,平均値(Mean),範囲(Range),標準偏差(standard deviation; SD),変動係数(coefficient of variation %; CV%)によって検証された。
②室内再現精度:陰性コントロールはすべて検出感度未満かつ陽性コントロールのCV%は3.18%であった(Figure 2)。
縦軸は陽性コントロールの参考値の範囲である。測定値は精度管理幅内でシフトやトレンドは認めなかった。
③直線性:高濃度試料と低濃度試料のそれぞれの測定値を用いて混合比率により理論値を求め,609.46 pg/mLまでの直線性を確認した(Figure 3)。
高濃度試料と低濃度試料のそれぞれの測定値を用いて混合比率により理論値を求め,直線性を評価した。
④定量限界:回帰曲線から得られた許容限界CV10%点は0.9 pg/mLであり,測定範囲の下限値(1.0 pg/mL)を下回っていた(Figure 4)。
CV%点から回帰曲線を求め,CV 10%濃度を定量限界とした。
⑤共存物質の影響:変化率10%を許容限界とすると溶血ヘモグロビンは500 mg/dL,ビリルビンは50 mg/dL,乳び(イントラリポス)は5%までBDG測定値に影響を認めなかった(Figure 5)。
共存物質(a:溶血ヘモグロビン,b:ビリルビン,c:イントラリポス)存在下におけるBDGの測定値。
⑥非特異反応:比濁時間分析法でタイムコースにラグが認められなかった2検体は,26.2 pg/mL,19.1 pg/mLと偽高値を示した。一方で,発色合成基質法で計測した際に,それぞれ5.5 pg/mL,5.0 pg/mLと陰性となった。
⑦対照法(比濁時間分析法)との比較:passing-bablok法による測定範囲全域の回帰式はy = 0.917x − 0.054,r = 0.9562(n = 54)であった(Figure 6a)。回帰式の傾き及び切片の95%信頼区間は,傾き0.751~1.129,切片−3.252~1.500であり,有意な比例系統誤差と一定系統誤差は認めなかった。また,≤ 25 pg/mLの低濃度域の回帰式は,y = 0.978x − 1.484,r = 0.8206(n = 43)となった(Figure 6b)。回帰式の傾き及び切片の95%信頼区間は,傾き0.774~1.195,切片−4.614~0.821であり,低濃度域においても有意な比例系統誤差と一定系統誤差は認められなかった。
全54サンプルの発色合成基質法と比濁時間分析法によるBDG測定値の相関関係を示したグラフ。
a:BDG測定範囲全域,b:BDG 25 pg/mL以下の低濃度域
⑧カットオフ値に基づく定性判定:陽性一致率は84%,陰性一致率は100%,判定一致率は87%であった。比濁時間分析法で陽性,発色合成基質法で陰性を示す判定不一致の検体を7例認めた(Table 3)。
発色合成基質法 | 計 | |||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | |||
比濁時間 分析法 |
陽性 | 36 | 7 | 43 |
陰性 | 0 | 11 | 11 | |
計 | 36 | 18 | 54 |
比濁時間分析法(トキシノメーターMT-6500)と発色合成基質法(リムセイブMT-7500)で判定結果を比較した。
⑨不一致例の精査:54件の血漿中の内,カットオフ値に基づく定性判定で不一致となった7例に関して,Table 4に追跡可能な範囲で背景情報を示した。7例中4例は過去に深在性真菌症と診断され経過観察中の症例であり,カットオフ値付近を推移している状態であった。その内,No. 5はアスペルギルス抗原陽性で抗真菌薬投与中であった。その他,CT等の画像所見,微生物検査結果では深在性真菌症に関する明確な所見は認められなかった。
No. | 比濁時間分析法(pg/mL) | 発色合成基質法(pg/mL) | 深在性真菌症の診断歴 | 抗真菌薬投与 | BDG混入の可能性 | 非特異反応の可能性 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 11.20 | 4.90 | 有 | IgG高値(3,986 mg/dL) | ||
2 | 13.00 | 7.40 | IgG高値(3,294 mg/dL) | |||
3 | 14.30 | 7.10 | ガーゼ使用 | |||
4 | 13.70 | 7.30 | アルブミン製剤使用 | |||
5 | 12.20 | 10.30 | 有 | 有 | ||
6 | 11.00 | 6.60 | 有 | |||
7 | 11.00 | 8.10 | 有 |
カットオフ値に基づく定性判定結果で判定不一致となった7例についてまとめた。診断歴や抗真菌薬の投与状況などから真の深在性真菌症であったか考察した。また,偽陽性を示す要因についても精査した。
以上の結果から,β-グルカンシングルM30テストワコー(発色合成基質法)は,①併行精度,②室内再現精度,③直線性,④定量限界,⑤共存物質の影響について良好な結果を認めた。
比濁時間分析法で認められた⑥非特異反応は,発色合成基質法で軽減された。BDGは高濃度のγ-グロブリン含有検体において,反応液中にBDGによらない非特異的な混濁が生じることで,測定値が偽高値を呈することがある6),7)と判明している。今回,比濁時間分析法で非特異反応を示した2検体は共にIgGが高値(3,508 mg/dL, 3,104 mg/dL)であった。比濁時間分析法は透過光量を測定するため高濃度IgGによる濁りの影響を強く受けると考えられる。また,前処理にて希釈倍率の違い(発色合成基質法の希釈率が高い)により非特異的混濁が軽減された可能性も考えられる。
⑦比濁時間分析法と発色合成基質法の比較に関して良好な結果を認めたが,⑧⑨カットオフ値に基づく定性判定で判定不一致となった7検体(Table 3,4)について,考察した内容を以下(i~iv)に示す。
(i)No. 1及びNo. 2は比濁時間分析法で正常なタイムコースを示したと判断し対照法との比較に使用したが,高γグロブリン血症と診断されIgGが高値(3,986 mg/dL, 3,294 mg/dL)であった。IgG高値による非特異的反応により比濁時間分析法で偽陽性を示したと考えられる。2例共に「⑥非特異反応」で使用した検体よりもBDG値が低い値であったことから,透過光量比の変化が小さくタイムコースが横ばいになるため,ラグがある(非特異反応では認められない)と誤判断した可能性が考えられる。
(ii)BDG測定では,血液製剤(アルブミン製剤,グロブリン製剤など)やガーゼなどの使用によるBDG混入により偽高値を呈することがある6),7)。No. 3はガーゼ,No. 4はアルブミン製剤が使用されており,BDG混入を考慮する必要があった。BDG混入に対する2法の反応性の差異は検証されていないが,臨床状態から深在性真菌症は否定的であったため,比濁時間分析法の偽陽性が考えられる。
(iii)No. 5は,アスペルギルス抗原陽性などの深在性真菌症の診断歴および抗真菌薬も投与されていることから,真の深在性真菌症であった可能性が考えられる。したがって,発色合成基質法が偽陰性であった可能性が示唆される。
(iv)No. 6と No. 7は易感染性のため経過観察中であり,カットオフ値付近を推移しており,比濁時間分析法と発色合成基質法のどちらの測定値が真値に近いかは不明であった。
その他,さらに検証が必要な内容として,血漿中に含まれるBDG以外の様々な物質に対する2法の反応性の違いや,ピペット操作などの手技の問題なども測定に影響を及ぼした可能性が考えられる。なお,検討に用いた試料は試薬添付文書の指示通り,凍結保存後1ヶ月以内に使用したが,保存安定性や凍結融解の評価がされていないことから,試料の性状変化による発色合成基質法への影響は否定できない。
また,BDGのカットオフ値はメーカーデータにより設定されているが,Mercierら8)は比濁時間分析法についてROC解析により,カットオフ値の再検証の必要性を報告している。発色合成基質法のカットオフ値についての検証報告も待たれる。さらに,Yoshidaらの報告9)では,比濁時間分析法は感度が低く特異度が高いと示されているため,「⑦対照法との比較」が良好であった発色合成基質法も同様の性質があるか,検証が待たれる。
以上の考察から,それぞれの検査法の特徴を十分に理解し,その他の血中抗原検査や臨床所見などを組み合わせて,BDG値に関する総合的な判断・解釈が必要となると考えられる。
本研究による詳細な基礎的検討結果から,発色合成基質法を原理とする「β-グルカンシングルM30テストワコー」の臨床性能は良好であると判定した。比濁時間分析法と比較して測定時間の大幅な短縮と非特異反応が軽減されたことから,より迅速かつ正確な深在性真菌症診断に貢献し得ると考えられる。一方で,深在性真菌症の診断は発色合成基質法によるBDG測定だけでなく,基礎疾患に付随した臨床所見やその他の検査値なども考慮した総合的な判断が必要である。
本論文の要旨は第55回熊本県医学検査学会において発表した。
本研究は,熊本大学倫理審査委員会の承認を受けた(倫理第2605号)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本研究を実施するにあたり,中央検査部の皆様から様々なご助言およびサポートをいただきました。ここに深く感謝申し上げます。