2024 Volume 73 Issue 3 Pages 577-581
重症筋無力症(myasthenia gravis; MG)の神経生理検査において,肘筋を被検筋とした反復神経刺激試験(repetitive nerve stimulation test; RNS)が臨床診断の一助となった症例を経験した。症例は70歳代女性,主訴は両側眼瞼下垂であった。眼瞼挙上術後も改善はなく,日内変動や上方注視での症状増悪を認めたため,精査加療目的に紹介となり受診した。神経学的には日内変動を伴う右側優位の両側性眼瞼下垂を認め,アイスパックテストが陽性であった。四肢および体幹の骨格筋には易疲労性を認めなかった。血液検査では血清抗アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor; AchR)抗体が陽性であった。以上から臨床的に眼筋型MGが疑われた。また,神経生理検査として,鼻筋,僧帽筋,小指外転筋,及び肘筋で低頻度RNSを施行したところ,肘筋のみで漸減(waning)現象を認め,眼筋型MGの診断がより確実なものとなった。眼筋型MGにおけるRNSは,waning現象の検出感度が高くないことが指摘されている。眼筋型MGを疑う症例で,表情筋に有意な筋電図所見が得られない場合には,肘筋のRNSを施行することでwaning現象の検出感度が向上され,臨床診断の一助となる可能性が示唆された。全身型MGとの鑑別上も重要な知見となりうると考え報告した。
We experienced a woman in her 70s showing bilateral blepharoptosis with diurnal fluctuation. Positive neurological finding was right dominant bilateral blepharoptosis which worsened towards the evening. There was no weakness in the other skeletal muscles in the cranial nerve areas, limbs, and body trunk. Serum anti-acetylcholine receptor (AchR) antibody was positive. Chest X-ray computed tomography showed thymoma in the anterior mediastinum. A clinical diagnosis was ocular type myasthenia gravis (MG). We performed a lower frequency repetitive nerve stimulation test (RNS) on the right nasalis, trapezius, abductor digiti minimi, and the anconeus muscles as well. The results showed no waning phenomenon in the nasalis, trapezius, abductor digiti minimi muscles but in the anconeus muscle. The anconeus muscle is noticed as the target muscle for RNS. A waning phenomenon is reported to be less sensitive in the limb or truncal skeletal muscles in ocular type MG. The facial muscle is regarded as a better target for detecting a waning phenomenon with better sensitivity, but our case showed no waning phenomenon even in the facial muscle. Our result suggested that the anconeus muscle should be considered as a target of RNS to improve sensitivity in clinical diagnosis of ocular type MG.
重症筋無力症(myasthenia gravis;以下MG)は,臨床症状により眼筋型と全身型に分けられ,眼筋型は眼瞼下垂,複視を認め,全身型は眼症状以外にも四肢および体幹の骨格筋に易疲労性を呈する。MGの神経生理学的検査法の一つに,反復神経刺激試験(repetitive nerve stimulation test;以下RNS)があり,連続刺激で複合筋活動電位(compound muscle action potential;以下CMAP)の波形を解析することで神経筋接合部の機能の評価を行う検査である1)。今回我々は,RNSにおいて,肘筋を被検筋として追加施行することにより眼筋型MGの診断の一助となった症例を経験したので報告する。
患者:70歳代,女性。
主訴:両側の瞼が下がる。
既往歴:特記なし。
現病歴:X年Y月,両側の眼瞼下垂を自覚し近医眼科を受診した。二度の眼瞼挙上術を受けたが,それ以後も眼瞼下垂は改善せず,日内変動や上方注視での症状の増悪を認めた。前医にてMGが疑われ,精査加療目的で当院脳神経内科・老年科を紹介され受診した。入院時,神経学的には意識清明,日内変動を伴う右側優位の両側眼瞼下垂を認め,アイスパックテストで改善を認めた。表情筋や舌筋などの脳神経系,四肢および体幹の骨格筋には易疲労性を認めなかった。血液検査では血清抗アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor;以下AchR)抗体が陽性であった。胸部X線CTでは前縦隔に胸腺腫を認めた。以上から眼筋型MG疑いと診断され,神経生理検査としてRNSが施行された。
Neuropack MEB-2306(日本光電,東京)を使用し,鼻筋,僧帽筋,小指外転筋,及び肘筋を被検筋として,眼瞼下垂が優位であった右側で検査を施行した。誘発筋電図の導出1),2)について,各電極を以下のように設置した(Figure 1)。小指外転筋では,記録電極を小指外転筋の筋腹中央,基準電極を小指中手指関節の外側に設置した。僧帽筋では,記録電極を首から肩への移行部筋上直上,基準電極を肩甲骨峰近くの腱上に設置した。鼻筋では,記録電極を刺激側鼻筋の筋腹,基準電極を反対側鼻筋の筋腹に設置した。肘筋は,記録電極を肘筋筋腹上3),基準電極を記録電極より3 cm遠位に設置した(Figure 2)。刺激部位は,小指外転筋では手首部の尺骨神経を,僧帽筋では胸鎖乳突筋の後縁を,鼻筋では茎乳突孔直下を刺激した。肘筋では,検査者が右手で上腕部の橈骨神経を刺激し,左手で患者前腕部の手関節部を上から抑え,刺激により患者の手が動くのを防ぐように固定した。皮膚温は33℃以上を保ち,刺激は最大上電気刺激で3 Hzの刺激頻度で刺激した。波形の計測方法をFigure 3に示した。第1刺激と第4刺激によるCMAPの減少率を求め,減少率10%以上を漸減(waning)現象陽性と定義した4)。本症例では,鼻筋,僧帽筋,小指外転筋にはwaning現象は認めず,肘筋のみでwaning現象を認めた(Figure 4)。
小指外転筋(A),僧帽筋(B),鼻筋(C)における,記録電極(−),基準電極(+),接地電極(E)を示す。
肘筋における,記録電極(−),基準電極(+),接地電極(E)を示す。
被検筋の第1刺激のCMAP振幅(amp.1)と第4刺激のCMAP振幅(amp.4)の差を第1刺激のCMAP振幅(amp.1)で除して百分率で示し,10%以上の場合に漸減現象陽性と判定した。この図では自施設で測定したものを陽性の典型例として示した。
CMAP: compound muscle action potential, amp: amplitude.
小指外転筋(A),僧帽筋(B),鼻筋(C),肘筋(D)における反復神経刺激試験の結果を示す。第1振幅はそれぞれ8.6 mV,7.4 mV,3.2 mV,3.2 mV,減衰率は0%,4.1%,0.9%,14.9%であった。
臨床経過:特徴的な神経学的診察所見,臨床経過,RNSを含めた臨床検査結果などから,本症例は眼筋型MGと診断された。免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin;以下IVIg)を施行したところ,眼瞼下垂の改善を認めた。拡大胸腺摘出術も待機的に施行され,以後症状は軽快し安定した。
本症例は,両側の眼瞼下垂を主な症状とし,他に骨格筋の易疲労性など筋無力症状を認めないこと,血清抗AchR抗体が陽性であること,胸部X線CTで胸腺腫を認めたことなどから,臨床的にはOsserman分類に照らしてI型の眼筋型MGが疑われた。RNSでは,実施した近位筋(僧帽筋)および遠位筋(鼻筋,小指外転筋)では明らかなwaning現象を認めず,肘筋のみでwaning現象を認めた。
RNSは一般に,神経筋接合部の異常検出に有用であるが,疾患特異性が低いとされ,実施に当たっては適応疾患と被検筋の選択が重要であるとされている5),6)。被検筋の選択に関しては,筋数が増えるほど検査精度は低くなり,MGの場合には一般的に近位筋で陽性となりやすいことが知られている4),5)。MGの診断におけるRNS感度の報告は多数あるが,全身型で70~80%,眼筋型で40~50%とするものが多い4)。各被検筋のwaning現象陽性感度に関する報告にはいくつかあるが,特に三角筋,鼻筋,僧帽筋などの感度が高い4)。眼筋型MGでは表情筋のwaning現象検出率が高いと報告されている7)。表情筋のRNSとしては,通常,眼輪筋,鼻筋,前頭筋が被検筋とされることが多いが,単線維筋電図でも使用される前頭筋に関しては,鼻筋,眼輪筋と比較しても,さほど検出感度は優れていないとされている5)。しかし,本症例では鼻筋を被検筋としてRNSを行ったもののwaning現象は認められなかった。眼筋型MGが疑われる症例では,waning現象をより高い感度で検出するための工夫が臨床的に大変重要であると考えられた。
Aliらは,眼筋型MGに対するRNSでは,表情筋よりも肘筋のwaning現象検出感度が高かったと報告している8),9)。その病態機序については十分な説明はなくいまだ解明されていない。また,Aliらは,肘筋,小指外転筋,眼輪筋,咬筋,頤筋複合体,前脛骨筋の6つの骨格筋を対象に,各々左右で合計12部位にRNSを施行し,各筋の陽性となる組み合わせを検討したところ,最も感度が高かったのは眼輪筋,僧帽筋,肘筋を両側行う組み合わせであったと報告している8),9)。本症例では症状の強い右側肘筋でのRNSでwaning現象を観察することができたが,一側のRNSでは明らかなwaning現象を観察できない症例では両側とも検査することでより検査感度が向上する可能性も考えられた。本症例の経験から,眼筋型MGで肘筋を検査する場合は,従来有用とされている被検筋(小指外転筋,僧帽筋,三角筋,表情筋など)4)でwaning現象を観察することができない場合に追加実施を検討することが勧められるのではないかと考えられた。なお,肘筋のRNSに関しては,上腕部での橈骨神経を刺激するため,前腕部をしっかり固定することが安定した筋電図波形を得るために重要であった。今後症例数を積み重ねることで肘筋でのwaning現象が表情筋よりも有用である機序解明や,肘筋のより確実なRNS手技の開発につながると考えられた。
眼筋型MGにおけるRNSにて,肘筋のみでwaning現象を認めた症例を経験した。肘筋のRNSは眼筋型MGのwaning現象検出の感度向上および臨床診断の一助となり得る可能性がある。
なお,本論文の要旨は,第11回日臨技北日本支部医学検査学会(福島県)で発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本論文作成に際しご指導を頂きました岩手医科大学医学部内科学講座脳神経内科・老年科分野 前田哲也教授に深謝致します。