2024 Volume 73 Issue 3 Pages 582-587
脳原発悪性黒色腫は極めてまれであり,全黒色腫の1%を占めるにすぎない。今回,我々は,患者髄液における異型細胞の報告により癌性髄膜炎の早期診断・治療に繋げることができた脳原発悪性黒色腫の1例を経験したので報告する。患者は40代女性,一昨年前に脳原発悪性黒色腫と診断され,摘出後にニボルマブにより加療されたが,半年後に再発を認めたため定位放射線治療を追加された。約2週間前より眩暈,嘔気が出現し,目の焦点が合わないため頭部MRIを施行,髄膜に沿った造影病変から髄膜炎が疑われ,腰椎穿刺が施行された。髄液中の細胞数は単核球優位に増加し,サムソン染色による形態評価では,異型細胞を認めた。その異型細胞はN/C比が高く,核の大小不同や著明に腫大した核小体を認め,細胞質には茶褐色の顆粒が散在性に認められた。同顆粒は無染色でも褐色を呈していることから,メラニン顆粒の可能性が第一に考えられた。以上の所見より,悪性黒色腫の髄腔内播種が最も疑われたため,早急に主治医に報告した。同時に,細胞診の追加依頼を提案し,パパニコロウ染色により悪性黒色腫による癌性髄膜炎の確定診断に至った。癌性髄膜炎は遭遇する機会は少ないが,迅速な診断による治療が予後に影響を及ぼす重篤な疾患である。日頃より医師や病理検査を含む各部門と密に連携し,早期の診断・治療に繋げる努力が肝要と考える。
Primary malignant melanoma of the brain is extremely rare, accounting for only 1% of all melanomas. We report a case of primary malignant melanoma of the brain in which the identification of atypical cells in the spinal fluid of a patient led to early diagnosis and treatment of cancerous meningitis. The patient, a 40-year-old woman, was diagnosed with primary malignant melanoma of the brain two years ago and treated with nivolumab after removal of the melanoma, but after six months, stereotactic radiotherapy was added because of recurrence. Approximately 2 weeks ago, she started feeling dizzy and nauseated, and her eyes were unable to focus, so a head MRI was performed. Meningitis was suspected from the contrast lesions along the meninges, and lumbar puncture diagnosed aseptic meningitis. The number of cells in the CSF was increased with predominance of mononuclear cells, and morphological evaluation by Samson’s stain showed atypical cells. The N/C ratio was high, the nuclei were irregularly sized, the nucleoli were markedly enlarged, and brownish-brown granules appeared sporadically in the cytoplasm. Since the granules were brown even without staining, the first possibility was that they were melanin granules. Based on the above findings, intrathecal dissemination of malignant melanoma was most suspected, and this was promptly reported to the attending physician. At the same time, cytological diagnosis was proposed, and Papanicolaou staining led to a definitive diagnosis of carcinomatous meningitis due to malignant melanoma. Although rarely encountered, cancerous meningitis is a serious disease whose prognosis depends on prompt diagnosis and treatment. It is essential to work closely with physicians and other departments including pathology on a daily basis, and to make efforts for early diagnosis and treatment.
髄液検査は,一般的には細菌性髄膜炎やウイルス髄膜炎などの中枢神経系感染症の鑑別を目的とする場合が多いが,時に髄液中に腫瘍細胞を認める場合があり注意を要する。中でも脳原発悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎は極めて予後不良であるため,患者に対する治療方針の決定だけでなく,生命予後を把握し,限られた時間をどのように過ごすかを決めるためにも,早期に診断を確定させることは本人・家族にとって極めて重要である。また,そこで得られた検査結果を,臨床医を含めた各部門と連携し共有することは治療方針を決定するうえでも重要と思われる。今回,我々は髄液の無染色での観察と他部門との連携により,髄液中の異型細胞を迅速に同定し癌性髄膜炎の早期診断および治療に寄与し得た脳原発悪性黒色腫の1例を経験したので報告する。
患者:40代,女性。
主訴:眩暈,嘔気。
既往歴:特記事項なし。
現病歴:一昨年前に脳原発悪性黒色腫と診断され,摘出後にニボルマブにより加療されたが,半年後に再発を認めたため定位放射線治療を追加された。約1ヵ月前に頭部magnetic resonance imaging(MRI)を施行され,腫瘍の再増大はなく(Figure 1)経過観察されていたが,2週間前より眩暈,嘔気が出現し,目の焦点が合わないとのことで当院に入院となった。初診時の意識レベルは清明,ふらつき以外に髄膜刺激徴候を含め,明らかな神経脱落症状は認めなかった。
1ヵ月前の頭部MRI検査では腫瘍の増大は認めない。
頭部MRI検査では,明らかな腫瘍の増大は認められなかったが,造影T1強調画像で矢印に示す通り髄膜に沿った造影効果が確認され,髄膜炎が疑われた(Figure 2)。
髄膜に沿った造影効果の出現を確認できる。
髄液検査および血液検査の結果をTable 1に示す。血液検査の結果は特記すべきことはなくCRPやWBCなどの炎症反応の上昇も認められなかった。髄液の色調はキサントクロミーを呈し,蛋白は1,540 mg/dLと高値,髄液糖79 mg/dL,髄液糖/血糖比は0.86であった。有核細胞数は148/μL(単核球/多形核球:87/13)で単核球優位であった。サムソン染色による形態評価では,N/C比が高く核の大小不同や著明に腫大した核小体を有する異型細胞を認め,細胞質には茶褐色顆粒が散在性または小集塊状に確認され(Figure 3)癌性髄膜炎を示唆する所見であった。無染色においても,細胞質内の顆粒は褐色を呈しており,メラニン顆粒の可能性が第一に考えられた(Figure 4)。以上の所見から,悪性黒色腫の髄腔内播種が最も疑われたため,早急に主治医に報告した。同時に細胞診の追加検査ができるよう病理部門に連絡した。
髄液検査所見 | 生化学所見 | 血液検査所見 | |||
---|---|---|---|---|---|
TP | 1,540 mg/dL | TP | 6.7 g/dL | WBC | 5.0 × 109/L |
Glu | 79 mg/dL | Alb | 4.4 g/dL | RBC | 4.6 × 1012/L |
髄液糖/血糖 | 0.86 | LD(IFCC) | 208 U/L | Hb | 12.4 g/dL |
細胞数 | 148/μL | ALP(IFCC) | 52 U/L | MCV | 76.0 fL |
単核球 | 87% | CRE | 0.44 mg/dL | MCH | 26.6 pg |
多形核球 | 13% | CRP | 0.03 mg/dL | MCHC | 35.0% |
異型細胞 | (+) | Glu | 91 mg/dL | PLT | 320 × 109/L |
サムソン染色,×400(左右)。著明な核小体と細胞質に茶褐色顆粒を有する異型細胞を認める。
無染色,×400。茶褐色顆粒を有する異型細胞を認める。
パパニコロウ染色では,成熟リンパ球の2~5倍程度の核を有する異型細胞が孤在性~平面的な集塊として出現していた。核は類円形で単核もしくは2核であり,大型の核小体が1~3個認められた。また,孤在性に観察される異型細胞にメラニン顆粒を疑う顆粒が確認され,悪性黒色腫の播種に矛盾しない所見であった(Figure 5)。
Pap染色,×400。著明な核小体と細胞質にメラニン顆粒を有する異型細胞を認める。
本症例では,サムソン染色および無染色により,細胞質内にメラニン顆粒を含んだ異型細胞を検出したことが脳原発悪性黒色腫の髄腔内播種の診断に繋がった。中枢神経原発の悪性黒色腫は極めてまれであり,すべての黒色腫のわずか1%,原発性脳腫瘍の0.05%を占めるにすぎない1)。脳原発悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎は,悪性黒色腫の異型細胞が髄膜にびまん性に播種し増殖することで,髄膜炎を来たした病態である。皮膚原発の悪性黒色腫では,全身の皮膚の観察による黒色班の確認が診断の端緒となるが,一方で,脳原発悪性黒色腫においては,その術前診断は,髄液中にメラニン含有細胞が検出された場合を除いて困難とされている2)。
脳原発悪性黒色腫による癌性髄膜炎では,画像検査および髄液検査所見が診断の端緒となりうる。症状としては,頭痛や嘔吐が一般的であるが,項部硬直は20%と比較的少なく3),髄膜刺激徴候がなくても髄膜播種を否定できないことに留意する必要がある。画像所見については,特徴的な所見はないが,頭部MRIが診断の一助になるとされている。メラニンは磁性体としての性質を有しているため,病変部がT1強調画像で高信号を呈することに加え,T2強調画像で低信号から等信号に描出されると共に,Gadoliniumにより強い造影効果を認めるとされているが4),その感度は40~60%と高くない5)。確定診断は髄液細胞診による異型細胞の証明であるが,初回検査の感度は45~55%と低い6)。そのため,臨床所見から明らかに悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎が疑わしい症例において,髄液細胞診を複数回行っても確定診断に至らず,最終的に開頭による生検手術まで必要となったとの報告がある7)。したがって,悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎の確定診断は非常に困難であり,通常の検査に加え,なんらかの工夫が必要になる。
悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎の診断には,一般検査室において,腫瘍細胞と思われる異型細胞を確認することに加え,その細胞質内部のメラニン顆粒を証明する必要があるが極めてまれな病態であり,診断には工夫を要する。通常,一般検査に提出された髄液検体については,サムソン染色による細胞数算定とともに形態評価が行われる。サムソン染色による形態評価はスクリーニング検査であるが,細胞形態と染色性の詳細な観察により異型細胞の存在を疑うことは可能である。しかし,サムソン染色は,染色液中にフクシン色素が含まれるため,計算盤の背景や細胞質内部の顆粒自体が赤く染まりやすく,顆粒の性状,特にメラニン色素の判別は困難である。一方,無染色は尿沈渣のようにスライドガラスで観察するため背景が透明であり,サムソン染色と比較してメラニン顆粒を検出しやすい利点がある。津郷ら8)は,色素顆粒細胞の検出に至った決め手として,無染色の鏡検による茶褐色の顆粒の検出を報告している。本症例でも無染色が悪性黒色腫に伴うメラニン顆粒を検出するうえで極めて有用であったため,悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎が疑われる場合には,追加検査として,髄液検体を無染色で観察することが重要と思われる。
悪性黒色腫による癌性髄膜炎に限らず,様々な癌腫において異型細胞の髄腔内播種の可能性を疑う場合,病理検査部門との連携を図ることは重要である。病理部門では,パパニコロウ染色で癌性髄膜炎の確定診断に対して付加価値の高い情報を得ることができる。さらに,悪性黒色腫の中にはメラニン顆粒を認めない無色素悪性黒色腫も存在し,その場合にはHMB45やS-100蛋白などの免疫染色が確定診断に有用である9)。本症例では無染色法にてメラニン顆粒が同定できたため免疫染色までは行わなかったが,疑わしい場合には必要な検査であり,この点においても病理部門との密な連携を行うことは望ましいと思われる。これらの有益な情報を主治医に提供することで,不要な病理検査を省略することが可能になり,早期の治療介入に繋げることが期待できる。
著者らは,悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎に対する早期診断のための取り組みとして,無染色での観察と他部門との連携の2点が重要であると考えている。本症例では,一般検査部門に髄液検体が提出されてから,病理部門による確定診断,医師による治療介入までに2日前後しか要しておらず,当院での医療連携がいかにスムーズであるかが証明できた。このことから診断に有用な検査手法や検査結果を臨床医を含めた各部門と連携し共有することが脳原発悪性黒色腫に伴う癌性髄膜炎患者の予後改善に繋がる可能性が示唆された。
今回,患者髄液より,他部門との連携により迅速に異型細胞を同定することで,早期治療に繋げることができた脳原発悪性黒色腫による癌性髄膜炎の1例を経験した。髄液は検体量が少なく細胞変性・崩壊が早いため,サムソン染色により迅速に異型細胞を捉えることが重要である。癌性髄膜炎は遭遇する機会が少ないが,迅速な診断による治療が予後に影響を及ぼす重篤な疾患である。日頃より,医師や病理検査を含む各部門と密に連携し,早期診断・治療に繋げるよう努力することが肝要と考えられる。
本論文の要旨は,第56回中四国支部医学検査学会で発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。