Japanese Journal of Medical Technology
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Case Report
A case of Takotsubo cardiomyopathy in our hospital and a review of the literature
Yuuichi SASAOKAHidenori ONISHIKazufumi YOSHIDA
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2024 Volume 73 Issue 3 Pages 549-554

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Abstract

患者は70歳代,男性。高脂血症,高血圧,糖尿病において当院で定期受診をしている。20XX年5月,受診時に6ヶ月前に自宅で転倒した際に胸を椅子に強打し,しばらく胸部痛の持続があったことを訴えた。念のため心電図検査,胸部X線検査,心臓超音波検査と血中心筋マーカー(心筋トロポニンI,CPK,CK-MB)の検査を施行した。心電図で四肢誘導のI,II,III,aVFでT波の陰転化とaVRでT波の陽転化を認め,胸部誘導のV3からV6までT波の陰転化とV4とV5でややST低下を認めた。心電図所見より,たこつぼ型心筋症が疑われたが,心臓超音波検査では左室後壁の肥厚とsigmoid septumを認め,壁運動異常の出現は認めなかった。胸部X線検査は心胸郭比56%で,肺うっ血・胸水貯留や,骨折の所見は認めず,血液検査でも異常を認めなかった。検査時点では胸部症状はなく経過観察となっていた。1年7ヶ月後の心電図検査ではQ波もR波の増高もなく胸部誘導のT波は陽転化し,ST低下も正常へ戻っていた。冠動脈造影などの検査が未実施のため,外傷性の心筋傷害の可能性を否定できないが,類似所見を示す疾患として,たこつぼ型心筋症が考えられた。転倒による胸部打撲との関連を結びつける根拠は示せなかったが,無症状で発症したたこつぼ型心筋症による心電図異常が最も考えられる症例であった。

Translated Abstract

The subject was a man in his 70s. In May 20XX, he visited our hospital for hyperlipidemia, hypertension, and diabetes mellitus. 6 months earlier, when he fell down at home, he hit his chest hard on a chair and complained of persistent chest pain for a while. An electrocardiogram, chest X-ray, echocardiography, and blood-centered muscle markers (cardiac troponin I, CPK, and CK-MB) were performed to be sure. Electrocardiography showed negative T waves in limb-guided I, II, III, and aVF and positive T waves in aVR, negative T waves in chest-guided V3 to V6, and slight ST depression in V4 and V5. Electrocardiographic findings suggested takotsubo cardiomyopathy, but echocardiography showed thickening of the left ventricular posterior wall and sigmoid septum, with no evidence of wall motion abnormality. Chest X-ray showed a cardiothoracic ratio of 56%, with no evidence of pulmonary congestion, pleural effusion, or fracture, and blood tests showed no abnormalities. An electrocardiogram 1 year and 7 months later showed no Q wave or R wave increase, a positive chest-guided T wave, and ST-segment depression had returned to normal. Since coronary angiography and other tests had not been performed, the possibility of traumatic myocardial injury could not be ruled out, but takotsubo cardiomyopathy was considered as a disease showing similar findings. Although we were unable to provide evidence to link this case to the chest contusion caused by the fall, an abnormal electrocardiogram due to takotsubo cardiomyopathy that developed asymptomatically was the most likely cause of this case.

I  はじめに

たこつぼ型心筋症は左心室壁運動異常を特徴とした心疾患であり,急性冠症候群の症状を呈する患者の約2%に存在するとされ,転倒による胸部外傷後に発症した症例も報告されている1)。誘因として,精神的・身体的ストレスに関連するイベントにより引き起こされ,多くの症例では数週間で回復する。現在までに多数の症例や研究が報告されているが詳細な病態のメカニズムについてはいまだ解明されておらず,その病態の特徴から急性冠症候群と混同されることがあるため両者の鑑別が重要となってくる。今回我々は,胸部打撲後に特徴的な心電図変化の経過を示したたこつぼ型心筋症と思われた症例を経験し,本邦で報告された胸部打撲症例で心電図変化が確認できたものをまとめ比較考察したので報告する。

II  症例

患者:70歳代,男性。

既往歴:高血圧,高脂血症,糖尿病。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:高血圧,高脂血症,糖尿病で通院中。20XX年5月の受診時に,5ヶ月前に自宅で転倒した際に胸を椅子に強打し,しばらく胸部痛の持続があったことを訴えた。胸部に傷跡はなく,打撲部位の疼痛は一時的であったため医療機関は受診せず,特に問題なく日常生活を送っていた。

III  来院時(20XX年5月)検査所見

1. 血液検査(測定機器:BioMajesty JCA-BM6010 G)(Table 1
Table 1 来院時(20XX年5月)の血液検査成績

血算 生化学
WBC 66 × 102/μL AST 20 IU/L
RBC 425 × 104/μL ALT 16 IU/L
Hb 12.5 g/dL LDH ↑ 233 IU/L
Ht 37.1% ALP 319 IU/L
MCV 87.3 fL γ-GTP 17 IU/L
MCH 29.4 pg CPK 226 IU/L
MCHC 33.7% CK-MB 9 IU/L
Plt 23.5 × 104/μL S-AMY 103 mg/dL
T-Bil 0.63 mg/dL
TP ↓ 6.3 mg/dL
ALB ↓ 3.6 mEq/L
Na 140 mEq/L
K 4.2 mEq/L
Cl 108 mg/dL
BUN 15.3 mg/dL
CRE 0.93 mg/dL
TG 135 mg/dL
HDL 53 mg/dL
LDL 151 mg/dL
L/H比 2.8
CRP 0.05 mg/dL
高感度トロポニンI 7.0 ng/mL
血糖 ↑ 130mg/dL
HbA1c ↑ 7.1%

LDH,血糖,HbA1cが高値であり,TP,ALBが低値であった。心筋逸脱酵素,高感度トロポニンIの異常は認めなかった。

2. 胸部X線検査(測定機器:Radnext)(Figure 1
Figure 1  胸部X線検査(20XX年5月)

心胸郭比56%,肺うっ血・胸水貯留や骨折の所見は認めなかった。

心胸郭比56%,肋骨横隔膜角は両側鋭,肺うっ血・胸水貯留や,骨折の所見も認めなかった。

3. 心臓超音波検査(測定機器:Vivid E9)(Figure 2
Figure 2  心臓超音波検査(20XX年5月)

心尖部四腔像。拡張末期(A),収縮末期(B)を示す。壁運動異常と心嚢液貯留は認めなかったが,心室中隔はsigmoid septumであり,左室後壁の肥厚を認めた。

左室駆出率(Mモード法)68.4%,左室内径短縮率(Mモード法)38.3%,左室拡張末期径4.9 cm,左室収縮末期径3.0 cm,心室中隔厚1.2 cm,左室後壁厚1.2 cm,大動脈径(バルサルバ洞)3.6 cm,左房径3.8 cm,下大静脈径1.2 cm,下大静脈呼吸性変動あり,拡張早期波高(E)67.5 cm/sec,心房収縮期波高(A)98.2 cm/sec,E/A0.69,僧帽弁逆流trivial,大動脈弁逆流(−),三尖弁逆流mild,肺動脈弁逆流(−)。壁運動異常と心嚢液貯留は認めなかったが,心室中隔はsigmoid septumであり,左室後壁の肥厚を認めた。なお,Disk Summation法での左室駆出率計測は未計測であり,心室中隔厚はsigmoid septumを回避して計測した。

4. 心電図(測定機器:FCP-8800)

心拍数63回/分で洞調律だが,胸部誘導のV1とV2は陽性T波でV3からV6までT波の陰転化を認め,V4とV5ではややST部分が低下していた。四肢誘導では,IとIIとIIIとaVFのT波が陰転化し,aVRのT波が陽転化していた。

5. 来院時現症

身長164.5 cm,体重76 kg,脈拍数73回/分,血圧139/87 mmHg,呼吸音は静で心雑音はなく,前胸部の傷跡や胸部痛も認めなかった。

6. その他

当院では心臓カテーテル検査は実施していない。

IV  心電図比較

20XX年5月の受診時を起点として心電図を比較表示した(Figure 3)。6ヶ月前の心電図は各誘導で異常所見を認めず,心拍数80回/分で洞調律を示していた。受診から1年7ヶ月後の心電図ではQ波もR波の増高もなく,ST部分とT波は元に戻っていた。

Figure 3  心電図比較

20XX年5月の心電図は四肢誘導でIとIIとIIIとaVFのT波が陰転化し,aVRのT波が陽転化しており,胸部誘導のV3からV6までT波の陰転化を認め,V4とV5ではややST部分が低下していた。

V  考察

鈍的心損傷は症状が非特異的であり,心損傷に伴う不整脈の多くは受傷後24時間以内に生じるとされている2)。また,胸部打撲時には約半数に心電図異常が生じるとされ,心機能評価として心電図が測定されており3),重要な役割を担う。医中誌で本邦での鈍的心損傷の報告を検索し,受傷機転と心電図変化を確認できたものを表にまとめた4)~12)Table 2)。受傷機転は自動車事故が最も多く,転落によるものが1例のみであった。すべての症例が受傷した当日の心電図を提示しており,なおかつ転落の症例以外はST上昇を認めていた。自動車事故等の強いダメージが心臓に加えられたと思われる症例はすべて急性冠症候群を示唆する心電図変化であった。受傷から急性冠症候群発症までの正確な時間は定かではないが受傷直後から比較的早期に発症していた。転落の1例は骨折等の胸部所見がなく傷害が比較的小さいと思われたが,心電図変化として受傷時はST低下であったが,その約5時間後にはV1からV3のST上昇を認めており,最終的に心筋梗塞と診断されている9)。Gayら13)によると鈍的外傷により76%が何らかの心傷害を合併し,その原因の多くは前胸壁と椎体による心臓の直接的圧迫や心臓の急激な伸展に起因していると報告している。そして,受傷部は心筋だけに留まらず,弁や冠動脈にもわたることもあり12),上述の表(Table 2)でまとめた症例は受傷時の外的圧力によって一時的に冠動脈などの微小血管に虚血か何かしらのダメージが起こり,心室内に活動電位波形の異なる正常部位と傷害部位が生じ,ST変化や陰性T波(一次性ST-T異常)が発生したと考えられる。Gaspardら14)は胸部外傷による冠動脈病変を冠動脈断裂,冠動脈破裂,冠動脈瘤,冠動脈瘻,冠動脈解離,内膜に限局した障害およびそれに伴う血栓,冠動脈攣縮および浮腫や血腫による血管外からの圧迫に分類しているが,それらを評価するにはやはり心臓カテーテル検査などの冠動脈を評価する検査が必須である。本症例は,医療機関への受診も必要としない比較的軽微な胸部外傷であり,受傷時から約5ヶ月後の心電図にてST変化とT波の異常を検出した症例で,受傷直後の心電図や冠動脈造影検査等を実施していないため外傷性の心筋傷害が生じたことを確認できず否定できないものであった。心電図変化としては,V4とV5のST変化はdown-sloping型であり,V3からV6にかけてT波が陰転化し,四肢誘導ではI,II,IIIのT波の陰転化とaVRのT波の陽転化を認め,各誘導において異常Q波の出現もQT時間の延長もない。加えて受傷してから約5ヶ月経過していること,上述の表(Table 2)でまとめた症例と比較すると虚血性の変化とは考え難い。泉ら15)は,このような冠動脈疾患と類似する心電図変化を呈する疾患として,たこつぼ型心筋症の心電図の特徴を解析しており,広範な前胸部誘導の陰性T波に加え,aVRのT波が陽性であり,かつ四肢誘導のIおよびIIで陰性T波を認めた場合に,たこつぼ型心筋症と診断できる確率が高いとしている。小菅16)は,たこつぼ型心筋症の経時的心電図変化として,陰性T波は数ヶ月間から1年以上持続する例があり,aVRのT波は陽転化し,V1では陰性T波は認めないと推測しており,心筋の交感神経叢が消失している領域が関与している可能性を示唆した報告をしている。それによると,心筋の交感神経は数週間から数ヶ月以上傷害が持続するとしており,交換神経が脱落した心筋の再分極は遅延し,この心筋に面した誘導ではT波が陰転化するとしている。そして,陰性T波が発症約3日後にfirst peakを,その後数日は浅くなって2~3週間後にsecond peakをとり,その改善とともにQT時間も短縮し数ヶ月以内に心電図変化は正常となる17),18)。たこつぼ型心筋症は精神的・身体的ストレスを誘因とした一過性の心筋症であり,自覚症状は胸痛が最も多く,急性冠症候群と共通した所見を示し鑑別が重要となってくる17)。これまでさまざまな疾患,病態との合併が報告されているが,心筋傷害の機序についてはいまだ不明な点が多い。典型例では,上述の泉らの報告にあるような心電図所見に加え,心臓超音波検査で左室心尖部膨張と基部の過収縮が確認され,時間経過とともに速やかに収縮能の改善を認める18)。ただし,壁運動異常の改善の経過と比べ心電図の正常化は遅れて生じる。そして,18~25%に左室流出路狭窄を合併し,心尖部無収縮からtetheringによる僧帽弁前方運動を認めることがある17)。本症例は,契機は不明だがたこつぼ型心筋症と類似した病態を発症し,受傷して5ヶ月後の心電図変化は発症後の心筋傷害が数週間から数ヶ月以上持続している状態を示し,各誘導の陰性T波は静止電位が浅く振幅の小さな活動電位が部分的に生じているためであり,何らかの心筋傷害が持続しているものと思われた。1年7ヶ月後の心電図変化は傷害された部位が次第に自然回復できる程度であったため,症状なく経過され以前の心電図波形に戻ったと思われる。本来であれば1年7ヶ月もの期間を空けずに経過観察で検査を実施することが望ましいことではあったが,コロナ禍の影響により受診を控えていたことや薬のみが処方されていた背景があった。また,心臓超音波検査では左室後壁の肥厚と心室中隔のsigmoid septumを呈しており,高血圧の既往によるものと思われる壁の肥厚を認めた。また,左室心尖部膨張や心基部の過収縮などの壁運動異常をまったく認めなかった。これは,病態変化を生じていたものが改善したことによるものと推測はできるが定かではない。本症例の心電図変化が胸部打撲以外の何かを契機としたものであるという明確な根拠はないが,虚血性の変化は考え難く,無症状で発症したたこつぼ型心筋症が最も疑われた症例であった。

Table 2 胸部打撲で心電図所見の確認できた本邦の症例報告

報告者/報告年 年齢 性別 受傷機転 診断 受傷後の心電図所見 ST変化がどれくらい続いていたか 予後
樋口/2003 51 男性 自動車事故 心挫傷 I,aVL,V1~V6に異常Q波とST上昇 II,III,aVfに陰性T none 来院後まもなくショックで死亡
山口/2005 47 男性 自動車事故 急性心筋梗塞 I,aVL,V1~V3にST上昇 II,III,aVf,V4~V6でreciprocal change none 術後第34病日に死亡
藤森/1991 59 男性 自動車事故 急性心筋梗塞 aVf,ST上昇 完全房室ブロック V1~V3の軽度ST上昇とQStype none 発症9時間後に死亡
高橋/2014 85 男性 乗船事故 収縮性心膜炎 V1~V2でQSパターン II,III,aVf,4~V6で陰性T none 経過良好で独歩退院し,以後外来通院中
藤井/2004 35 男性 自動車事故 急性心筋梗塞 aVL,V2~V5に異常Q波 I,aVL,V2~V5にST上昇 II,III,aVfにST低下 搬入当日治療後,陰性Tが出現しSTは改善 経過良好 退院後は胸痛などの症状なし
秋山/1993 17 女性 自動車事故 急性心筋梗塞 I,aVL,V1~V5に異常Q波とST上昇 心室期外収縮(頻発) 第10病日でST上昇は持続 退院後,特別な運動制限もなく高校生活を送った
山屋/2019 31 男性 コンクリブロックに挟まれた 心タンポナーデ V2~V6にST上昇 第71病日でII,III,aVf,V2~V6で陰性Tが出現しSTは改善 術後第10病日に独歩退院
小林/1995 61 男性 階段から転落 急性心筋梗塞 V6で軽度ST低下 第7病日でII,III,aVfでST上昇は持続 none
田畠/1994 49 男性 ブルドーザと杭の間に挟まれた 急性心筋梗塞 V1~V3,II,III,aVf,ST上昇 none 第3病日に死亡
西田/1989 17 女性 自動車事故 急性心筋梗塞 V1~V3,II,III,aVfに異常Q波 III,aVfでST上昇 I,aVLでST低下 第3病日でST改善 none
山本/2019 80 女性 自動車事故 心室中隔解離 V2~V3,II,III,aVf,軽度ST上昇 I,aVLにST低下と陰性T V5~V6に陰性T 受傷2週間後でT波陽転化しST改善 退院後,外来通院中
本症例 70 男性 転倒 胸部打撲 V3~V6で陰性T V4とV5でややST低下 1年7ヶ月後にはT波陽転化しST改善 外来通院中

VI  結語

転倒により胸部を強打し,その数ヶ月後に一時的な心筋傷害と思われる心電図変化を生じた症例を経験した。受傷と心電図変化を結びつける根拠は明らかではなかったが,無症状で発症したたこつぼ型心筋症と思われる所見であった。受診を控えられる程度の受傷でも,心臓に何かしらのダメージが生じた可能性が否定できないため,転倒による胸部打撲の際には,心電図を含めた心機能評価の検査が重要な役割を担うと思われた。

尚,本研究は当院倫理委員会で承認(令和4年度小倫委2号)されている。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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