Japanese Journal of Medical Technology
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Case Report
A case of a drug intoxication patient who showed a discrepancy in blood Na levels between the direct electrode method and the dilution method
Mutsuko MORINAGAMisao OKAMOTOSatoko FURUKAWAHisaharu MITEKURASatoe UESUGIKimie OKAZAKIAkira KITANAKAYasukazu SHIINO
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2024 Volume 73 Issue 4 Pages 822-830

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Abstract

血液ガス分析装置はガス分析のみならず,電解質,グルコース,クレアチニンおよびヘモグロビンなど多くの項目を同時測定することが可能である。そのため,救急現場における初期診療や病態急変時等の全身状態の把握に必須の検査値が迅速に得られる。今回,当院高度救命救急センターへ薬物中毒疑いで搬送された患者において,血液ガス分析装置(電極直接法)と生化学自動分析装置(イオン選択電極希釈法)で測定したナトリウム(Na)値が乖離した症例を経験した。本症例の薬物スクリーニング検査において血清中からアトモキセチンが検出され,来院時以降の電解質項目と血中薬物検出の時系列解析および添加試験の結果からも直接法におけるNa高値乖離現象はアトモキセチンによるものであると推察された。当毒劇物検査室で解析した過去の薬物中毒症例から同様のNa値の乖離症例を検索したが,本症例と同種の薬物を含めNa高値乖離例はなかった。血液ガス分析装置の取扱説明書にはNa測定の妨害物質として数種類の薬物が挙げられているが,本症例で得られたアトモキセチンの記載はなかった。初期診療に重要な役割のある血液ガス分析装置は,その多岐にわたる測定項目ごとに様々な干渉作用を受けることを改めて認識し,測定値の乖離などがあった場合は,干渉因子も念頭においたうえで臨床に対し的確な報告を行う必要がある。

Translated Abstract

Blood gas analyzers can simultaneously measure not only gas analysis but also many other test items such as electrolytes, glucose, creatinine, and hemoglobin. Therefore, essential tests can be quickly obtained for initial medical treatment at the emergency scene or to assess the patient’s general condition in the event of a sudden change in medical condition. In the present case, we experienced a discrepancy between sodium (Na) levels measured by a blood gas analyzer (direct electrode method) and a general-purpose automatic analyzer (ion selective electrode dilution method) in a patient transported to our Advanced Emergency Medical Center for suspected drug poisoning. The results of the time series analysis of electrolyte parameters and blood drug detection after the patient’s arrival and the results of the addition test also suggested that the phenomenon of high Na deviation in the direct method was caused by atomoxetine. We searched for similar cases of sodium level deviation in past drug intoxication cases analyzed in our toxicology laboratory, and found no cases of high sodium level deviation, including drugs similar to the present case. The accompanying documentation for the blood gas analyzer listed several substances as interfering with sodium measurement, but did not list Atomoxetine, which was obtained in the present case. It is important to recognize that blood gas analyzers, which play an important role in initial medical care, are subject to a variety of interferences from a wide range of measurement items, and any discrepancies in measurements should be accurately reported to the clinical side.

I  はじめに

血液ガス分析装置はガス分析のみならず電解質(Na+, K+, Cl, Ca2+),グルコース,クレアチニンおよびヘモグロビンなど多くの検査項目を同時測定できる。これらの検査結果は,救急医療現場での初期診療,手術中の病態管理など全身状態を迅速に把握するために必須であり,緊急性,重要性ともに高い検査である1)。今回,当院高度救命救急センターへ薬物中毒疑いで搬送された患者において血液ガス分析装置で測定したナトリウム(以下,Na)値が機器の測定上限値(200 mmol/L)を超え,同時刻に採取した血清検体による生化学自動分析装置のNa値(報告値:139 mmol/L)と乖離した。同日依頼のあった毒劇物解析では血清中からアトモキセチン2)が検出され,データ検証の結果,本薬物の大量服薬がNa値の機種間における乖離の一因であったと考えられた。本症例の時系列的な解析を行うとともに,過去の薬物中毒症例から本症例と同種の薬物によるNa値乖離例や,その他の薬物の大量服用によりNaの検査値に影響を与えた症例が存在するかを検証したので報告する。

II  症例

患者:10歳代,女性。

主訴:痙攣,意識障害。

既往歴:自閉スペクトラム症3),注意欠陥多動性障害4)のため精神科通院中。

現病歴:母親によるとX月15日AM 2時,友人と電話中に,相手からの自身を否定するような言動を契機に所持していた内服薬を大量服用した(服用時母親は不在)。夜間は自宅において自身で様子を見ていたが,翌日,母と近医内科を受診し点滴1,000 mLを施行された(内容は不明)。受診時の患者は痙攣様の動きや眼球上転があった(いずれも母親からの聴取)。近医内科からの帰宅時に痙攣を起こして転倒し,後頭部を強打したため救急要請となり,当院高度救命救急センターに搬送された。来院時の身体所見としてGlasgow Coma Scale5) 4-2-5,体温37.2℃,血圧153/117 mmHg,心拍146/min,SpO2 89%(room air)であった。ベッド移乗後にけいれん発作を発症し,SpO2が低下,舌根沈下があり気管挿管,人工呼吸管理が開始となった。推定される服薬量は,セルトラリン25 mg 58錠,アトモキセチン25 mg 79錠,アトモキセチン10 mg 40錠,ロゼレム8 mg 18錠,リスパダール1 mg 26錠,リスパダール0.5 mg 51錠,ルネスタ1 mg 8錠であった。

検査所見:Table 1に来院時の臨床検査結果を示す。血液ガス分析でアシドーシスと高Na状態であり,生化学分析においては若干の低栄養状態を示すものの特記する異常値はなかった。血液ガス分析でNa値の測定値上限(200 mmol/L)以上となったことに関しては測定機器と同一の別号機での再測定を実施し同じ結果であったことを確認した。末梢血液検査では白血球数の著増と血小板数の低値があった。測定機器からのコメントにもあった血小板凝集(Clumps)による影響もあると考えられるがその原因は不明であった。その他,頭部CT,頸椎CTの画像検査が実施されたがいずれも特記事項はなかった。

Table 1 Laboratory data of the patient at the time of arrival

Category Items Data Reference interval Unit
Complete Blood Count (CBC) WBC 12.15 3.30–8.60 103/μL
RBC 3.98 3.86–4.92 106/μL
Hb 12.8 11.6–14.8 g/dL
Ht 40.7 35.1–44.4 %
MCV 102.3 83.6–98.2 fL
MCH 32.2 27.5–33.2 pg
MCHC 31.4 31.7–35.3 g/dL
PLT 67※1 158–348 103/μL
Blood gas analysis pH 6.714 7.350–7.450
PCO2 105.5 35.0–45.0 mmHg
PO2 294.4 ≥ 80.0 mmHg
HCO3 13.2 21.0–27.0 mEq/L
BE −24.5 mmol/L
SaO2 98.8 ≥ 95.0 %
Na+ > 200.0※2 mmol/L
K+ 3.0 mmol/L
Cl 103 mmol/L
Biochemistory parameters TP 6.3 6.6–8.1 g/dL
GLU 202 73–109 mg/dL
T-BiL 0.4 0.4–1.5 mg/dL
ALP 46 38–113 U/L
T-CHO 130 142–248 mg/dL
γGT 14 9–32 U/L
LD 229 124–222 U/L
ALB 3.9 4.1–5.1 mg/dL
CHE 329 201–421 U/L
AST 13 13–30 U/L
ALT 19 7–23 U/L
CRE 0.64 0.46–0.79 mg/dL
UN 6 8–20 mg/dL
UA 3.6 2.6–5.5 mg/dL
AMY 175 44–132 U/L
P-AMY 31 15–53 U/L
CRP 0.21 0.00–0.14 mg/dL
CK 75 41–153 U/L
Na 139 138–145 mmol/L
K 3.2 3.6–4.8 mmol/L
Cl 104 101–108 mmol/L
IP 6.1 2.7–4.6 mg/dL
Ca 7.6 8.8–10.1 mg/dL
Mg 1.7 1.8–2.4 mg/dL

※1Report Comments: clumps (+)

※2Remeasurement

III  Na値乖離要因の探索および過去症例のNa値検証

1. Na値乖離要因の探索

Na値が血液ガス分析と生化学検査において大きく乖離したことに関して,その他の血液検査所見や画像検査および身体的所見などから,当初報告した血液ガス分析による高Na値は懐疑的と考えられた。異常高値は大量服薬に起因するものではないかと推察し,血液ガス分析と生化学検査によるNa値の経時的推移を確認するとともに,乖離の原因になったと思われる薬物の特定と薬物濃度を確認することとした。

本症例におけるNa値測定の分析機器とその測定原理については,血液ガス分析装置RAPIDPoint®500e Blood Gas System(シーメンス)で測定原理は電極直接法6)(以下,直接法),同様に生化学自動分析装置LABOSPECT008(日立ハイテク)でイオン選択電極希釈法7)(以下,希釈法)を使用した。なお,本研究は川崎医科大学・同附属病院倫理審査機構の承認(受付番号5225-01,6068-00)を得たものである。

2. 服用した可能性のある薬物(5種類)服用症例および血中薬物濃度が中毒域であった症例のNa値検証

2018年4月から2023年3月までの5年間に当院高度救命救急センターに搬送され毒劇物の解析依頼のあった症例で,本症例患者が服用した薬物と同一薬物を服用した患者を対象にNa値の確認を行った。同様に,2016年12月から2019年6月までの2.5年間においてその他の薬物全般のうち,血中薬物濃度が中毒域であった症例のNa値を抽出し乖離があるか検証した。

3. 薬物スクリーニング検査の方法

薬物の検出にはガスクロマトグラフ質量分析装置GC/MS-QP2010(SHIMADZU)(以下,GC/MS)を用いてスクリーニングを行い,検出物の同定にはNIST14ライブラリを使用した。松田らの方法8)に準じて,患者検体(胃洗浄液,血清,尿)からの抽出を実施した。抽出手順の概略をFigure 1に示した。前処理を行った検体をOASIS®HLBカートリッジ(Waters)を用いて固相抽出し,抽出溶液を濃縮乾固後,溶解液をGC/MSに1 μL注入し分析した。

Figure 1  Solid-phase extraction of specimens (Modified from Reference 8)

4. アトモキセチンの添加試験

1) 標準物質

アトモキセチンは,Toronto Research Chemicals社製(CAS RN®: 82248-59-7)を使用した。メタノールはHPLC用(富士フイルム和光純薬)用いた。

2) 標準溶液の調整

アトモキセチンの標準物質をメタノールに溶解後,メスフラスコで正確に10 mLとし439,000 ng/mLの標準溶液を作製した。さらに希釈し43,900 ng/mL,4,390 ng/mLの標準溶液を作製した。アトモキセチンの標準物質は塩酸塩であるため遊離塩基濃度に換算し標準溶液を作製した。

3) 試料

シスメックス社QAPコントロール(以下,QAP)にアトモキセチンの3濃度の標準溶液を添加して測定用試料とした(最終溶液量1,000/μL)。試料中の薬物濃度は前述で作製した標準溶液とQAPの混合比率を変えることで439.0~43,900.0 ng/mLに調整した(Table 2)。また,QAPと精製水を標準溶液と同じ比率で混合したものを対照試料として用いた。

Table 2 Sample Preparation

Atomoxetine
concentration (ng/mL)
Standard solution
concentration (ng/mL)
addition (μL)
439.0 4,390 100
1,756.0 43,900 40
2,195.0 43,900 50
43,900.00 439,000 100

IV  結果

1. 直接法および希釈法による電解質値の比較と経時的推移

Table 3の上段には直接法で測定した全血のNa,K,Cl値を,中段には希釈法で測定した血清のNa,K,Cl値を,さらに下段には希釈法で測定した血清を用いて直接法で測定した結果を示した。Figure 2には直接法および希釈法によるNa値の経時的変化を示した。来院時データでは60 mmol/L以上の明らかな乖離があり,その後,経時的に差は小さくなった。来院後13.5時間後には7 mmol/Lの差となった。37.5時間以降の2方法間の差は4 mmol/L以下であった。同時に測定しているKとClの各測定値については乖離現象はなかった。

Table 3 Na, K, Cl value for each instrument and sample type

Sample Item (mmol/L) 0 day 1 day 2 day 3 day 4 day 5 day
arrival 18:55 19:30 21:00 0:00 6:00 6:00 12:00 6:00 6:00 6:00
RPID POINT 500e Whole blood Na > 200 160 162 154 148 145 136 136 135 135 136
K 3.0 3.9 3.9 3.7 3.5 3.4 3.3 3.2 3.6 3.5 3.7
Cl 103 104 105 105 106 106 103 101 101 102 102
LABOSPECT008 Serum Na 139 137 137 138 136 139 139 136
K 3.2 3.9 3.7 3.4 3.3 3.5 3.5 3.6
Cl 104 108 109 108 105 103 104 102
RPID POINT 500e Serum Na 163 155
K 3.3 3.9
Cl 105 107
Figure 2  Na value over time for direct and dilution methods

2. 服用した可能性のある薬物(5種類)服用症例と血中薬物濃度が中毒域であった症例のNa値検証

IIIに示した対象期間中に毒劇物の解析依頼があり,本症例患者と同種の薬物を検出した患者と,その他の薬物において血中薬物濃度が中毒域であった薬物中毒患者を抽出し,Na値の確認を行った。

期間中にリスパダール服用疑い症例は4件,以下同様に,ロレゼム1件,ルネスタ1件であった。なお,セルトラリンとアトモキセチンの服用症例はなかった。これら3種類の薬物を服用した6症例について直接法ならびに希釈法でのNa値を比較した結果,いずれの症例においてもほぼ基準範囲内の結果であり,かつ2方法間差の最大値は3 mmol/Lで,2法が乖離する症例は認められなかった(Table 4)。

Table 4 Comparison of direct and diluted Na values by presumed dose drug

Presumed Drugs Taken Case Na value (mmol/L)
Direct Dilution
Risperdal 1 138 138
2 141 142
3 137 140
4 135 137
Lunesta 5 143 142
Rozerem 6 140 141

次に血中薬物濃度が中毒域であった症例は期間中34件であり,検出薬物の種類はカフェイン,アセトアミノフェン,リチウムなどであった。これら34件においても2方法間差は最大で4 mmol/Lで乖離例はなかった(Table 5)。

Table 5 Comparison of direct and dilutional Na values in cases with blood drug concentrations in the intoxication range

Name of drug detected at concentrations in the intoxication range Case No. Na value (mmol/L)
Direct Dilution
Caffeine 1 139 139
2 134 135
3 139 141
4 141 141
5 138 139
6 135 134
7 142 142
8 141 140
9 142 142
Caffeine Acetaminophen 10 137 136
Lythium 11 141 139
12 135 134
13 151 154
14 133 135
15 134 138
16 140 139
17 137 139
18 138 137
Nitrazepam 19 142 140
20 138 140
21 138 141
22 140 141
23 141 141
24 137 141
25 143 142
26 142 143
Diphenhydramine 27 132 132
28 138 140
29 139 139
30 141 142
Valproic acid 31 140 140
32 136 140
Metfomin 33 139 140
Chlorpromazine 34 141 140

3. 薬物スクリーニング検査

1) 来院時患者血清の薬物スクリーニング検査

来院時(0病日)患者血清のGC/MSによる分析結果をFigure 3に示した。上段が全イオン電流クロマトグラム(total ion chromatogram; TIC),下段が検出されたピーク(図中矢印)のマススペクトルである。患者血清のピークは当検査室が所有しているアトモキセチンの標準物質と同様の保持時間に検出されており,薬物がアトモキセチンであると特定した。TICのアトモキセチンのピーク面積は431,179であった。1病日目と2病日目も同様に薬物スクリーング検査を実施したが,血清検体から同様ピークの検出はなかった。

Figure 3  TIC and detection peak of patient serum at the time of arrival by GC/MS analysis

2) アトモキセチン標準物質のGC/MS分析データ

アトモキセチンの標準物質を用いてGC/MSによるスキャン分析を行った結果をFigure 4に示す。上段がTIC,下段マススペクトルならびにアトモキセチンの構造式である。これによるとベースピークはm/z 77,保持時間は14.4分であった。TICのピーク面積は619,668であった。

Figure 4  TIC and Mass Spectrum by GC/MS analysis of Atomoxetine standard solution

4. アトモキセチンの添加試験

直接法においてアトモキセチンの添加濃度が上がるに従い,対照試料に対する変化率は102~115%と大きくなった。また添加濃度が43,900.0 ng/mLでは測定できなかった。一方,希釈法では対照試料に対する変化率は101~105%であった(Table 6)。

Table 6 Comparison of Na values by direct and dilution methods at different Atomoxetine concentrations

Atomoxetine concentration
(ng/mL)
Na value (mmol/L)
Direct Dilution
Atomoxetine
added
Purified water
added
rate of
change (%)
Atomoxetine
added
Purified water
added
rate of
change (%)
439.0 142 139 102 138 136 101
1,756.0 168 150 112 148 146 101
2,195.0 169 147 115 149 145 103
43,900.0 unmeasurable 139 Calculation cannot 143 136 105

V  考察

検証の結果から,直接法と希釈法におけるNa値乖離の干渉因子は,大量服用したアトモキセチンの影響と推察された。血液ガス分析装置の測定原理はイオン選択電極直接法であり,目的のイオンのみが電極膜と電気化学反応をするように作られている。この原理による利点としては脂質や蛋白質等の溶質の影響を受けず,検体希釈の必要性がないため多種の体液を測定することができる。しかし,直接法は検体を希釈しないことからイオン選択膜に干渉する成分が高濃度に存在した場合は測定値に影響を及ぼす可能性がある。当院で使用しているRAPIDPoint®500e Blood Gas Systemの取扱説明書には,Na電極へ影響を与える薬物として本症例患者が服用したと思われる薬物5種類についての記載はなかったが,ドブタミン,メマンチン,ノルトリプチリン,消毒薬のベンザルコニウム,抗血液凝固剤のヘパリンが妨害物質として記載されている6)。各々妨害物質のNa値への影響レベルは薬物により異なっており,ドブタミン5 mg/dLで6 mmol/L高値,メマンチン600 ng/mLで6.7 mmol/L高値,ノルトリプチリン1,000 ng/mLで8.2 mmol/L高値になると記されている。逆にヘパリンについては800~850 U/mLで12.6 mmol/L低値になると記されている。また服用する薬物ではないが,消毒薬であるベンザルコニウムに関しては混入すると50 mmol/L以上高値となる可能性があるため皮膚の消毒にベンザルコニウムを含有する液体の使用は禁止している。

薬物スクリーニング検査で0病日にアトモキセチンが検出されたことから本薬物が干渉因子になっていることを疑い,GC/MS分析のTICで標準物質と患者血清のアトモキセチンピーク面積より血中濃度を推測し添加試験を行った。その結果,直接法において測定試料中のアトモキセチン濃度が高濃度になるに従い対照試料との乖離が大きくなり変化率は増加した。逆に希釈法では対照試料と同等のNa値が得られており変化率は5%以内であった。よって直接法では濃度に依存してアトモキセチンの干渉作用を受けNa値が高値になり,逆に希釈法では干渉作用を受けにくいことが判明した。

希釈法では,検体を希釈して測定するため少量のサンプル量でも測定が可能であると同時に,検体内に干渉物質があった場合でも希釈によりその濃度を低下させることで影響を軽減できる。しかし希釈法は検体中の総蛋白(TP)や脂質などの溶質濃度が高い場合,容積置換により電解質の測定値が偽低値になることが知られている9)。荒川ら10)の検討ではTPが基準範囲でない場合(6.5 g/dL未満もしくは8.5 g/dL超過)のNa値乖離頻度は11.8%であると1,302件の検査データの解析をもとに報告している。本症例において溶質に相当するTPは6.3 g/dL,総コレステロール(T-CHO)は130 mg/dLであり高蛋白血症および高脂血症は否定的である。したがって希釈法のNa測定値が直接法の値に比較し低いことの原因が,溶質濃度の影響による偽性低Na血症であるとは考えにくい。さらに希釈法で測定した同一血清を直接法で測定した結果においてもNa値が乖離したことより,患者の血液中において電極膜への干渉因子の存在が強く疑われた。0病日に検出されたアトモキセチンは1病日以降は検出されず,Na値の乖離も解消されたことからも,この薬物が干渉因子の一つであることが示唆された。

本症例の患者は5種類の薬物を大量に服用していたが,GC/MS分析により血清中から検出されたのはアトモキセチンのみであった。その他の薬物は,アトモキセチンに比して血中濃度が低いためにGC/MS分析で検出できなかったとも考えられるが,いずれも規定量以上の服用であったため,これらの薬物の影響も考え,過去の症例を検証した。本症例患者と同種の薬物を服用した症例は6症例で,いずれも来院時の直接法と希釈法でのNa値に乖離はなかったことからリスパダール,ルネスタ,ロゼレム服用による影響の可能性は低いと考えた。セルトラリンの服用症例はなかったため影響の有無は確認できなかった。次に,Na値が血中薬物濃度に影響を受けるかを確認するために,薬物血中濃度が中毒域であった症例34例で確認したが,直接法と希釈法でのNa値に乖離はなかった。過去の症例の検証結果からも,薬物中毒症例において日常的に経験する乖離例ではなく,今回の症例に特有である薬物の大量服用が要因と考えるのが妥当である。

竹浦9)はNa値に影響を及ぼす因子として脂質異常症,高蛋白血症,高血糖,採血条件,生理的変動,年齢による変動,検体の保存条件とともに,薬物による変動を薬剤名とともに挙げているが,今回干渉因子と疑ったアトモキセチンについては2009年に上市された薬物であるため記載がない。直接法に影響を及ぼす薬物などについては,随時機器メーカーからの情報公開が求められるところである。

今回我々が経験した症例では,直接法のNa値が異常高値であり希釈法との間に大きな乖離を示したことから干渉因子の存在を疑った。しかし,干渉因子の濃度によって乖離の程度が小さい場合は見過ごされてしまう可能性がある。また古川ら11)は血液ガス分析装置2機種の性能評価において,直接法の全血Na値と希釈法の血漿Na値を比較した場合,機器間差に比べ方法間差におけるバラツキが大きいとも報告している。

一般的に自殺手段の割合で多いのは縊首,飛び降り,練炭による一酸化中毒であるが,医薬品の服用による手段も上位に位置する12)。また近年は薬局やドラッグストア,インターネット通販などで処方箋がなくても購入できる一般医薬品(市販薬)による若年層の薬物中毒患者が増加しているとの報告があり13)~15),服用薬物の多様化による検査データへの干渉が懸念される。救急医療現場では薬物中毒患者の搬送が増加傾向にあると考えられ,最初の検査データとして目にする可能性の高い血液ガス分析のデータは,初期診療に影響を与える可能性がある。血液ガス分析装置は多項目を迅速に測定し,患者状態の把握に重要性の高い検査であるが,項目により干渉作用を受けることを認識し,それが測定法に起因するのか患者側の要因なのか特性を十分理解したうえで結果を報告する必要がある。またデータに乖離があった場合は干渉因子も念頭においたうえで臨床に対し的確な報告・助言が必要であることが示唆された。

VI  結語

今回,薬物中毒患者症例において,直接法および希釈法による血中Na値が大きく乖離した症例を経験した。GC/MS分析により血中からアトモキセチンが検出され,添加試験およびデータの検証結果から,本薬物が干渉因子と考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

 謝辞

稿を終えるにあたり,特に薬物スクリーニング検査についてご指導いただいた川崎医科大学 法医学教室 吉留敬先生に深謝いたします。

文献
 
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