2024 Volume 73 Issue 4 Pages 857-862
近年,寄生虫症例の報告件数は減少しており,当院においても経験不足から鑑別・同定に苦慮する症例が多い。今回我々は遺伝子検査により種同定した無鉤条虫症の1例を経験したので報告する。患者は40代ブラジル人女性で,便中に数cm程度の白い運動性のある虫体を認めた。当院では同定に苦慮したため愛知県臨床検査技師会一般検査研究班に問い合わせたところ,形態学的所見よりテニア属条虫を疑うとの見解が得られた。虫体の属種同定と国外からの持ち込みを考慮して遺伝子検査により感染地域の推定を試みた。虫体の形態学的所見を観察したところ,虫体側面に生殖孔とみられる突出部と孔を認めた。また墨汁注入により子宮分枝を認めた。さらに虫体を細断し浮遊液として鏡検すると褐色で放射状の幼虫被殻をもつテニア属条虫卵を複数認めた。この結果より虫体鑑別結果を“テニア属条虫疑い”として依頼医へ報告した。続いて虫体からDNAを抽出・増幅し,塩基配列をシーケンス解析したところ本虫体は無鉤条虫(Taenia saginata)と同定された。更に系統樹解析により各国にて検出された塩基配列と比較したが増幅した配列が短かったため感染地域の推定には至らなかった。形態学的に鑑別に苦慮した虫体を遺伝子検査により無鉤条虫と同定した。日常検査にて寄生虫に遭遇する機会は減少しており形態学的所見のみでの同定を苦慮するケースが多い。その場合,遺伝子検査は種同定に極めて有用なツールとなる。
The patient was a Brazilian woman in her 40s. She consulted the department of general medicine at our hospital after a white, motile, and several centimeters long worm was found in her stool. The genus and species of the worm could not be identified. Therefore, we consulted an expert through Aichi Association of Medical Technologists. The worm was presumed to be a proglottid of the genus Taenia based on its morphological characteristics. We then performed a genetic test for identifying the species and estimating the origin of infection. Morphological observation revealed a genital pore located laterally. Injecting with India ink into the pore demonstrated uterine branches in the worm body. Next, Taenia eggs, which had a brown and radial embryophore, were detected by microscopic examination of liquid containing worm cut into small pieces. Furthermore, DNA was extracted from the worm, amplified by PCR and subjected to sequencing analysis, which confirmed the worm to be Taenia saginata. Next, the extracted DNA was compared with worldwide data by performing phylogenetic tree analysis; however, since the extracted DNA sequence was short, we could not estimate the origin of infection. Experience and knowledge have been limited about parasites because of decreasing the number of infections with parasites and examination. It is often the case that Identifying the genus and species is difficult based on morphological features. In this scenario, genetic testing is an extremely useful tool for species identification.
無鉤条虫(Taenia saginata)とは,テニア科テニア属に属する腸管内寄生虫である。同属でヒトを終宿主とする種には他に有鉤条虫(Taenia solium)やアジア条虫(Taenia asiatica)がよく知られている。これら3種は虫卵が中間宿主の牛や豚に摂取されると,その体内で嚢虫を形成する。嚢虫は牛や豚の筋肉・肝臓に分布しており,これらを加熱不十分な状態でヒトが摂取することでヒトへの感染が成立する。続いて腸管内にて8~12週間かけて2~6 mの成虫となり条虫症を引き起こす1)。無鉤条虫による条虫症の症状は腹痛や下痢程度であり,数年にわたり無症状のこともある。一方,ヒトが有鉤条虫虫卵を摂取すると嚢虫症が引き起こされる。特に中枢神経嚢虫症はてんかんや死亡に繋がる危険性があるが,無鉤条虫症では嚢虫症は見られない2)。
成虫の末端は虫卵を含む受胎片節であり,排泄時に糞便とともに排出されることで感染が発覚する。片節の形態学的所見はテニア属のおおよその推定には役立つが,正確な同定には追加検査として遺伝子検査が必要である。
今回,当院にて虫体鑑別として提出された虫体の片節を用いて形態学的性状と遺伝子検査により種同定及び感染地域推定を試みた1例を経験したので報告する。
40歳代のブラジル人女性。
生活歴:2年前より母国ブラジルから日本へ移住した。他の国への渡航歴はない。移住前より白い虫のようなものが下着に付着していた。母国にて駆虫歴があるとのことである。しかしながら,患者の記憶が曖昧であり寄生虫感染歴や薬歴,生活歴に関する詳細は不明であった。
既往歴:30歳代前半に帝王切開,5年後に子宮摘出術。
現病歴:便中に長さ2 cm程度で蠕動運動を認める左右非対称の白い片節のようなもの(Figure 1)を認めたため当院総合内科を受診した。なお,患者は外科にて胆嚢結石症の治療のため腹腔鏡下胆嚢摘出術が予定されていた。
上:縮んでいる状態(長さ約17 mm),下:伸びている状態(長さ約22 mm)
総合内科受診時に実施した血液検査結果をTable 1に示す。生化学的検査結果では患者の栄養状態は良好であり腎機能・肝機能及び電解質も正常であったが軽度の炎症反応があることが示唆された。血液学的検査結果では貧血や白血球数の増減はみられず,好酸球増多も認められなかった。
項目 | 検査値 | 項目 | 検査値 |
---|---|---|---|
TP | 7.1 g/dL | RBC | 490 × 106/μL |
ALB | 4.1 g/dL | Hb | 14.5 g/dL |
BUN | 11 mg/dL | Ht | 42.7% |
Cre | 0.67 mg/dL | MCV | 87.1 fL |
AST | 25 U/L | MCH | 29.6 pg |
ALT | 25 U/L | MCHC | 34.0% |
LD | 174 U/L | PLT | 208 × 103/μL |
ALP | 84 U/L | WBC | 4.8 × 103/μL |
Na | 140 mmol/L | Neut | 2.6 × 103/μL |
K | 4.8 mmol/L | Eos | 0.2 × 103/μL |
Cl | 105 mmol/L | Bas | 0.0 × 103/μL |
Glu | 99 mg/dL | Mon | 0.4 × 103/μL |
CRP | 0.21 mg/dL | Lym | 1.6 × 103/μL |
外科にて入院後,腹腔鏡下胆嚢摘出術が予定通り実施された。術後の経過は良好であり3日後に退院した。白い片節のようなものは,形態学的所見よりテニア属条虫が疑われた。退院後,総合内科外来にて駆虫薬のプラジカンテル(praziquantel)10~25 mg/kgが処方された。駆虫当日の服薬を① 2時間前までに水分を十分量摂取し絶飲食,② プラジカンテル服用,③ 服用後3時間でマグコロール1包を服用し冷水を1,000 mL以上飲水と指導し,便意を感じたら我慢して一気に排便をするよう指示された。約1か月後,駆虫により全長約3 mの虫体が提出された。全長を確認したが頭節を確認できなかった。提出後に診察予定であったが受診をせず帰宅し暫く来院しなかったため,その後の経過は不明である。半年後,発熱外来に受診していたが片節検出の訴えはなく,その後の糞便検査も実施されなかった。
検査室内にて色や形,大きさ,運動性を観察したが鑑別に苦慮したため愛知県臨床検査技師会一般検査研究班に意見を求めたところ,“糞便中に運動性のある異物を認めた場合,条虫類の可能性がある。条虫には擬葉目と円葉目に分類されるが,本症例にて認めた片節の特徴は,2 cm程度で白色から黄色,肉厚で側面に生殖孔を認めたため,円葉目のテニア科条虫が疑われる”と助言があった。
片節は10%ホルマリンにて固定されていたため,次回片節提出時に種同定に向けて追加検査を実施した。片節の肉眼的特徴や側面中央に位置する突出部と孔をもつ生殖孔を観察した。次に,墨汁を吸引した5 mLシリンジを27ゲージの注射針に接続後,生殖孔に刺入し,片節内の子宮分枝を観察した。さらに,ホルマリン固定していた片節の一部を組織切り出し用のメスで細断して作製した浮遊液を鏡検し虫卵を検索した。また遺伝子検査に向けて,未固定の片節をメスで細断し凍結保存した。
片節を肉眼的に詳細に観察すると肉厚で乳白色から黄色の色調を示していた。また伸縮性の運動がみられ縮んだ状態の長さは約17 mm,伸びきった状態では約22 mmであった。幅は縮んだ状態での中央で約5 mm,伸びきった状態の細い箇所で約3 mmであった(Figure 1)。片節中央部の側面には生殖孔とみられる突出部と孔を確認した(Figure 2)。生殖孔から墨汁注入後,実体顕微鏡にて観察したところ虫体右側に複数の分枝を確認した。しかしながら分枝数は明らかではなかった(Figure 3)。細断した片節を浮遊液とし顕微鏡下にて観察したところ,褐色で放射状の幼虫被殻をもつ虫卵を認めた。一部の虫卵には外側に無色透明の卵殻が確認された。また幼虫被殻内に六鈎幼虫が確認された(Figure 4)。これらの所見により,提出された虫体はテニア属条虫であることが判明した。
虫体中央部に突出部と孔を認めた(赤矢印)
生殖孔より墨汁注入後に実体顕微鏡像を撮影した。分枝を複数認めたが(赤矢印)分枝数は不明瞭である。
左:幼虫被殻(赤矢印)と卵殻(黒矢印)×400
右:六鈎幼虫の3対の鈎(赤矢印)×400
虫卵の長径は約34 μm,短径は約29 μm
細断した片節からQIAamp DNA Mini kit(QIAGEN)にてDNAを抽出した。扁形動物に特異的なプライマーJB3(5'-TTTTTTGGGCATCCTGAGGTTTAT-3')及びJB4.5(5'-TAAAGAAAGAACATAATGAAAATG-3')を用いてミトコンドリアcox1遺伝子をターゲットとしてPCRにより抽出したDNAを増幅した3)。PCR反応にはSimpliFi HS Mix(Bioline)を用い,熱変性95℃ 30秒後,熱変性95℃ 15秒,アニーリング51℃ 15秒,伸長72℃ 25秒を40サイクル実施し最後に72℃ 5分の伸長反応と設定した。電気泳動にてプロダクトを確認しNucleoSpin Gel and PCR Clean-up(タカラバイオ)にてDNA抽出後,ユーロフィンジェノミクス株式会社にシーケンス解析を委託した。解析結果をGenBankに登録されているリファレンス配列と比較し,種同定及び相同性検索を実施した。さらに感染地域推定を目的として最尤法(maximum likelihood method;ML法)による系統樹解析を実施した。
ミトコンドリアcox1遺伝子をPCRにて増幅後,シーケンス解析により444 bpの配列情報が得られた。データベース上のリファレンス配列と比較したところテニア属各種との相同性は無鉤条虫が99.6~100.0%,アジア条虫が97.0%程度,有鉤条虫が87%程度となった(Table 2)。相同性検索結果より,本虫体は無鉤条虫Taenia saginataと同定された。続いてGenBankに登録されている8ヵ国由来のT. saginataの配列と系統樹解析により比較した。外群としてT. solium,T. asiaticaの配列を用いた。今回用いたプライマーJB3及びJB4.5にて増幅できる配列は444 bpと短く,変異のある配列を含んでいなかったため地域の違いによる遺伝子配列の差異はほとんどみられなかった(Figure 5)。
ORGANISM | ACCESSION | DEFINITION | IDENTITIES (%) |
---|---|---|---|
T. saginata | AB271695.1 | cytochrome c oxidase subunit 1, complete cds | 100 |
T. saginata | LC063349.1 | cytochrome c oxidase subunit 1, partial cds | 99.5 |
T. saginata | MN452862.1 | cytochrome c oxidase subunit 1 gene, complete cds | 99.6 |
T. asiatica | AB066494.1 | cytochrome c oxidase subunit 1, complete cds | 97.7 |
T. asiatica | AF445798.2 | mitochondrion, complete genome | 97.2 |
T. solium | AB271234.1 | cytochrome c oxidase subunit 1, complete cds | 87.4 |
T. solium | KT591612.2 | mitochondrion, complete genome | 86.6 |
T. solium | AB033408.1 | cytochrome c oxidase subunit 1, partial cds | 87.6 |
8ヵ国由来のT. saginataの配列との比較
無鉤条虫は,離脱した片節が患者の糞便中に自然排出される。患者はその片節を持参して受診する場合が多い。本条虫は受胎片節に子宮孔を持たないため,虫卵を産下しない。そのため,糞便検査では虫卵を検出できない場合がある。しかし,片節が肛門を通過する際に虫卵が圧出されて肛門に付着するため,セロハンテープ法による肛門周囲検査が利用できる4)。治療には肝吸虫や日本住血吸虫,条虫の駆虫に有効なプラジカンテルや注腸造影剤のガストログラフィンが用いられる。同じテニア属の有鉤条虫は駆虫剤により虫体が破損すると,虫卵の遊離から腸管内での自家感染が起こり嚢虫症を生じる危険がある。そのため治療にはガストログラフィンが適しているが,プラジカンテルを使用しても破損は比較的少ないため問題はないとされている5)。本症例ではテニア属条虫疑いと報告したことでプラジカンテルが投与され,適切な駆虫に寄与したと考えられた。
無鉤条虫・有鉤条虫は頭節や子宮分枝数に差異があるため形態学的特徴により鑑別できる。無鉤条虫は頭節に4つの吸盤と小さな額嘴を有し,受胎片節の子宮分枝数は20条以上となる。一方,有鉤条虫の頭節には吸盤の他に22~32本の小鉤が並んでおり,受胎片節の子宮分枝数は10条程度である4)。受胎片節に着目すると無鉤条虫は肉厚であり,運動が活発で,肛門から這い出してくることがあるが有鉤条虫は運動性が乏しい。また,アジア条虫は無鉤条虫と形態が類似しているため両者の鑑別は困難である6)。今回の症例では,片節が肉厚であり運動性が認められたことから無鉤条虫が疑われたが,頭節の確認ができず子宮分枝数も不明瞭であったため形態学的所見のみでは種鑑別に不十分であった。
本症例は,遺伝子検査により無鉤条虫(T. saginata)と同定された。しかしながら解析した配列は444 bpと短く,世界各国で検出された配列と差異を認めなかった。そのため感染地域の推定には至らなかったが,患者は2年前より虫体を確認していたことから母国ブラジルでの感染が示唆される。Yamasakiら7)やOkamotoら8)が報告した無鉤条虫に種特異的なプライマーを用いてcox1遺伝子上で比較的変異を多く含みハプロタイプ解析が可能な領域を再解析することで,感染地域の推定が可能になると考える。
日本国内における1990年から2009年までのテニア属による条虫症の発生状況は,国立感染症研究所の報告によると無鉤条虫の海外感染例が圧倒的であった。無鉤条虫症患者のうち,9割弱が東南アジア,アフリカ,ヨーロッパにて生の牛肉やタルタルステーキを食していたとのことであった9)。また政府による食肉検査等情報還元調査によると何らかの疾病により処分された牛は年間100万頭余に上るが,その中で嚢虫症であったものは年間0頭から数頭ないし単一の都道府県にて数十頭発生するのみとなっている10)。従って,日本国内のみで生活する日本人が本条虫に感染する例は稀であると考えられる。
一方で,インドネシアのバリ島の複数の地域にて2003年頃に本条虫症患者の増加がみられ,その数は住民の20%以上に相当する11)。また中南米のキューバでは条虫症の報告が義務付けられているが,近年件数が増加していると報告がある12)。このように海外の一部の地域では感染例の増加傾向が認められていることから,テニア属による感染を疑う際には,流行地への渡航や海外からの感染者の流入,汚染された食品による感染を考慮する必要がある。
当院の寄生虫検査(虫体鑑別・虫卵検索)は直近5年間で約100件であり検出した寄生虫は17件であった(内訳:アニサキス5件,裂頭条虫5件,アメーバ3件,蟯虫2件,糞線虫1件,無鉤条虫1件)。日常業務において寄生虫を目にする機会が少ないため経験や知識の不足は否定できない。検査室内にて個々の力量を高めると同時に,鑑別に苦慮する場合には検査室外の専門家に意見を求め同定を進めることで治療に貢献していくことが必要であると考える。
今回我々は,形態学的に鑑別に苦慮した虫体を遺伝子検査により無鉤条虫と同定した。日常検査にて寄生虫に遭遇する機会は減少しており形態学的所見のみでの同定を苦慮するケースが多い。その場合,遺伝子検査は種同定に極めて有用なツールとなる。
本論文は当院倫理委員会にて承認されたものである(2021-CR04)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。