Japanese Journal of Medical Technology
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Case Report
A case of popliteal venous aneurysm associated with repeated pulmonary thromboembolism
Yusuke SOTATomoharu KONONahoko TOCHIGITatsuya TOCHIGITomoko YAMAURASaki KATSUBEMasaaki NISHIKORIHiroshige ISHII
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2024 Volume 73 Issue 4 Pages 863-868

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Abstract

静脈性血管瘤(venous aneurysm; VA)は,静脈の延長や蛇行を伴わない限局性の静脈拡張性疾患と定義される比較的稀な疾患である。深部静脈のVAでは瘤内での血栓形成が肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)の原因となるため外科的切除の適応となる。今回われわれは,塞栓源不明の繰り返すPTEに対し,下肢静脈超音波検査により膝窩静脈VAを血栓塞栓源として指摘することで,外科的切除による根治の一助となった1例を経験したので報告する。症例は40歳の男性,PTEを発症し他院を受診した。その際に行われた下肢静脈超音波検査と下肢静脈CT検査で,右膝窩静脈近傍に腫瘤が指摘されたが血栓塞栓源とは判断されなかった。3ヶ月後,PTEを再発し当院を受診した。血栓溶解療法を行い,抗凝固薬を変更し経過観察していたが,1ヶ月後に呼吸困難感が出現しPTEの再燃と診断された。当院で下肢静脈超音波検査を行ったところ,右膝窩部に弾性があり圧迫により消失しない嚢状の腫瘤を認めた。腫瘤内部に血栓様エコーの充満を認め,右膝窩静脈との交通,血液の流入を認めた。各種検査から右膝窩静脈VAと診断され,外科的切除が行われた。術後の下肢静脈超音波検査では,右膝窩静脈VAは消失しており,その後の経過観察でもVAの再発は認めていない。

Translated Abstract

Popliteal venous aneurysm (VA) can cause fatal pulmonary thromboembolism (PTE) and therefore, surgical treatment is indicated. A 40-year-old man developed PTE and visited a hospital where venous ultrasonography and a computed tomography (CT) scan were performed, but no source of embolism was found. PTE recurred after 3 months, whereupon we administered thrombolytic and anticoagulation therapy at our hospital. However, PTE recurred one month later. We performed venous ultrasonography that revealed a cavity associated with the popliteal vein, which was diagnosed as a popliteal VA. We performed surgery and there has been no recurrence of PTE.

I  はじめに

静脈性血管瘤(venous aneurysm; VA)は,静脈の延長や蛇行を伴わない限局性の静脈拡張性疾患と定義される比較的稀な疾患である1)。深部静脈のVAでは瘤内での血栓形成が肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)の原因となるため外科的切除の適応となる2)。今回われわれは,塞栓源不明の繰り返すPTEに対し,下肢静脈超音波検査により膝窩静脈VAを血栓塞栓源として指摘することで,外科的切除による根治の一助となった1例を経験したので報告する。

II  症例

患者:40歳代,男性。

主訴:呼吸困難感。

既往歴:肺血栓塞栓症,小児喘息。

家族歴:特記すべき事項なし。

現病歴:20XX年-1年11月に呼吸困難感のため,他院を受診しPTEと診断された。血栓塞栓源検索目的に下肢静脈超音波検査と下肢静脈CT検査が施行された。右膝窩静脈近傍に腫瘤が指摘されたが血栓塞栓源とは判断されず,その他にも塞栓源となり得る所見を認めなかったため,座位,安静が多いことが血栓形成の原因と診断された。血栓溶解療法が行われ,その後は直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)であるリバーロキサバンによる抗凝固療法で経過観察されていた。その後,20XX年2月に呼吸困難感が出現したため当院を受診した。リバーロキサバンで加療中に再発したPTEと判断し,モンテプラーゼによる血栓溶解療法を行い軽快,抗凝固薬をワルファリンに変更し経過観察していた。しかし,1ヶ月後の20XX年3月に呼吸困難感が再度出現し当院再受診となり,血栓塞栓源検索目的に各種検査を行った。

来院時現症:身長175.5 cm,体重85.9 kg,BMI 27.9,体温36.8℃,脈拍87/分,血圧114/73 mmHg,血中酸素飽和度92%(room air),心音正常,呼吸音正常,頸静脈の怒張認めず,下肢浮腫認めず。

III  検査所見

血液検査:プロトロンビン時間(PT)の延長,血小板数の低下,D-dimerの上昇を認めた。アンチトロンビンIII,プロテインC活性,プロテインS活性は基準値範囲内であり,血栓性素因の存在は否定的であった(Table 1)。

Table 1 血液検査

生化学 血算 凝固
TP 7.3 g/dL ALP 243 U/L WBC 7.3 × 103/μL PT秒 20.9 sec
Alb 4.3 g/dL γ-GTP 66 U/L RBC 5.38 × 106/μL PT % 35%
T-Bil 0.9 mg/dL CRP 0.46 mg/dL Hgb 16.2 g/dL PT-INR 1.8
BUN 9.6 mg/dL Glu 125 mg/dL Hct 45.7% FDP 14 μg/mL
Cre 0.82 mg/dL Na 141 mEq/L PLT 148 × 103/μL D-dimer 7.2 μg/mL
AST 24 U/L K 3.6 mEq/L ATIII 100%
ALT 38 U/L Cl 105 mEq/L プロテインC活性 66%
LD 200 U/L Ca 9.2 mEq/L プロテインS活性 85%

12誘導心電図検査:洞調律,心拍数65/分であった。電気軸は軽度左軸偏位であった。S1Q3T3のうちIII誘導のQ波を認めた(Figure 1)。

Figure 1  12誘導心電図検査

洞調律,心拍数65/分であった。電気軸は軽度左軸偏位であった。S1Q3T3のうちIII誘導のQ波を認めた。

経胸壁心臓超音波検査:左室拡張末期径50 mm,左室収縮末期径30 mm,左室駆出率60%,右室拡張末期径33 mm,下大静脈径6~14 mm程度と拡大なく,三尖弁逆流圧格差13 mmHgと肺高血圧症を示唆する所見は認めず。明らかな右心負荷は認めなかった。

下肢静脈超音波検査:右膝窩部に弾性があり圧迫により消失しない39 × 29 × 47 mmの嚢状の腫瘤を認めた。腫瘤は右膝窩静脈との交通を認め,内部に血栓様エコーの充満を認めた。カラードプラ法では,右膝窩静脈より腫瘤内に血液の流入を認め,右膝窩静脈VAが疑われた(Figure 2)。精査のため,下肢静脈造影CT検査を施行した。

Figure 2  下肢静脈超音波検査

A:右膝窩部短軸像 B:右膝窩部長軸像

右膝窩部に弾性があり圧迫により消失しない39 × 29 × 47 mmの嚢状の腫瘤を認めた。腫瘤は右膝窩静脈との交通を認め,内部に血栓様エコーの充満を認めた。

C:カラードプラ法で,右膝窩静脈より腫瘤内に血液の流入を認めた(矢印)。

下肢静脈造影CT検査:右膝窩静脈に40 mm大の静脈瘤を認めた。内部構造は低吸収域と高吸収域が混在しており血栓の存在が考えられ,右膝窩静脈VAに矛盾しない所見であった(Figure 3)。

Figure 3  下肢静脈造影CT検査

A:水平断面 B:矢状断面

右膝窩静脈に40 mm大の静脈瘤を認めた(矢印)。内部構造は低吸収域と高吸収域が混在しており,血栓の存在が考えられた。

胸部造影CT検査:肺動脈の両側上葉枝,下葉枝内に造影欠損を認め,急性PTEと診断した(Figure 4)。

Figure 4  胸部造影CT検査

肺動脈の両側上葉枝,下葉枝内に造影欠損を認めた(矢印)。

IV  経過

臨床所見および各種検査所見より,右膝窩静脈VA内で形成された血栓を塞栓源とした急性PTEと診断された。VA内には新たな血栓が形成されており,PTEの重篤化が危惧されたため下大静脈フィルターの留置,ヘパリン投与が行われた。抗凝固療法中にも関わらずPTEの再発が認められたため,外科的切除の適応と判断され,右膝窩静脈瘤切除および右膝窩静脈結紮術が施行された。手術所見としては,右膝窩静脈に40 mm大の嚢状瘤を認め内部に中等量の血栓を認めるというものだった(Figure 5)。術後,下大静脈フィルターを回収し,ワルファリン,エドキサバンによる抗凝固療法を3ヶ月程度継続した。術後の下肢静脈超音波検査では,右膝窩静脈VAは消失しており新たな血栓形成も認めなかった。その後の経過観察でもVA,PTEの再発は認めていない。

Figure 5  術中写真

A:右膝窩静脈に40 mm大の嚢状瘤を認めた(矢印)。

B:腫瘤内に中等量の血栓を認めた。

V  考察

VAは静脈の延長や蛇行を伴わない限局性の静脈拡張性疾患と定義されており1),静脈が数珠状に屈曲蛇行して広範囲に広がる静脈瘤(varicose vein)とは異なる疾患である。Mayら3)により1968年に報告され,PTE合併のVAがDahlら4)により1976年に報告されている。比較的稀な疾患であり,静脈疾患を示唆する症状の患者7,300人に対し,0.1~0.2%にしか認められないという報告がある5)。発生原因については未だに明らかになっていない点が多いが,先天的な静脈壁の脆弱性や後天的な炎症,外傷などが推測されている2)。発症年齢は小児から高齢者まで幅広く,やや女性に多いとされている2)。表在・深部を問わず種々の静脈に発生し,発生部位として膝窩静脈,腓腹静脈,後脛骨静脈,伏在静脈,上下肢皮静脈,手背静脈,頚静脈,門脈,下大静脈,脳底静脈などあらゆる静脈が報告されている1),6)~8)。表在性のVAの場合,PTEなどの重篤な合併症の報告はないため経過観察となることが多い9)。深部静脈に発生したVAの場合,それ自体は無症状のことが多いが,瘤内での血栓形成がPTEの原因となるため外科的切除の適応となる2)。深部静脈VAの多くは,PTEを生じた際の血栓塞栓源検索の過程で発見されることが多い。深部静脈の中でも膝窩静脈VAはPTEを高率に合併することが報告されており2),4),臨床的重要性が高い。また,膝窩静脈VAに対して抗凝固療法のみの治療では瘤内の血栓形成や塞栓症を発症するとされており,根治には抗凝固療法のみではなく外科的治療が必要となる1),2)。本症例でも,膝窩静脈VAと診断されるまでは,リバーロキサバンやワルファリンによる抗凝固療法を行っていたにも関わらずPTEを繰り返した。これらのことから,膝窩静脈VAを塞栓源とするPTEに対しては早期の外科的治療を行うために,迅速なVAの指摘,診断が重要であると考える。

VAの診断には静脈造影,CT,MRI,超音波検査などが用いられるが,中でも下肢静脈超音波検査の有用性は多く報告されている1),10)。下肢静脈超音波検査は,簡便で非侵襲的であり病変をリアルタイムに観察することができるため,VAの診断,経過観察に有用である。さらにVAのサイズ,内部の血流の状態,内部の血栓の有無,血栓の可動性,流入・流出静脈の観察が可能である。本症例においても,塞栓源不明のPTEに対し下肢静脈超音波検査により膝窩静脈VAと内部の血栓を指摘することで,外科的切除による根治につなげることができた。超音波検査所見と手術所見に矛盾はなく,内部の血栓量の評価にも有用であると考える。

超音波検査がVAの診断に有用という報告がある一方で,VA内部,流入・流出静脈に血栓が充満している場合は血流が認められず,Baker’s cystなどの軟部組織腫瘤との診断が困難であったという報告11),12)がある。また,臨床で遭遇することが少ない稀な疾患であるため,鑑別疾患として考慮されない可能性があると考える。前医で下肢静脈超音波検査,下肢静脈CT検査で腫瘤を指摘されていたが血栓塞栓源と判断されなかったことも,内部に血栓が充満しており,他の軟部組織腫瘤と判断されたことが原因であると考える。PTEの血栓塞栓源検索目的の下肢静脈超音波検査で腫瘤像を認めた場合,塞栓源がVAである可能性を念頭に置きBaker’s cystなどの軟部組織腫瘤との鑑別のため,近傍の静脈系との交通の有無,カラードプラ法などによる血液の流入の有無を確認することが重要であると考える。きわめて稀ではあるが,流入・流出静脈が完全に血栓閉塞しているVAの場合,下肢静脈超音波検査,下肢静脈CT検査のいずれの検査を施行しても確定診断を得ることは難しいと報告されており11),12),PTEなどの現病歴を考慮し慎重な診断が必要と考える。

本症例では肺動脈の両側上葉枝,下葉枝内と広範囲に血栓が認められたにも関わらず,来院時の症状は呼吸困難感と血中酸素飽和度の軽度低下を認めるのみで,有意な心不全徴候は認めなかった。このことは,慢性的なPTEを繰り返していたことが原因であると判断された。膝窩静脈VAを塞栓源としたPTEでは本症例のように,心不全徴候などの症状を認めない,または軽度である症例がいくつか報告されており,いずれも慢性的なPTEを繰り返していることが原因と判断されている2),5),12)~14)。PTEの塞栓源となった膝窩静脈VAは80%以上にPTEの再発が認められたという報告2),15)があり,血栓が飛散しやすいことが慢性的なPTEを繰り返す要因となっていると推測される。

VI  結語

塞栓源不明の繰り返すPTEに対し,下肢静脈超音波検査により膝窩静脈VAを血栓塞栓源として指摘することで,外科的切除による根治の一助となった1例を経験した。膝窩静脈VAは抗凝固療法のみではPTEを繰り返す可能性があるため,早期診断を行い外科的治療につなげることが重要である。下肢静脈超音波検査はVAの診断,経過観察に有用であったと考えられる。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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