2024 Volume 73 Issue 4 Pages 661-666
ループスアンチコアグラント(LA)は,リン脂質およびリン脂質と血漿蛋白の複合体に対する自己抗体である抗リン脂質抗体が,リン脂質濃度の限られた試験管内においてリン脂質を介する血液凝固反応を阻害することにより凝固時間を延長させる現象であり,抗リン脂質抗体の存在を間接的に証明する定性法である。LA検査の第一選択として希釈ラッセル蛇毒時間(dRVVT)法が推奨されているが,直接経口抗凝固薬(DOAC)療法がdRVVT検査に影響を与える可能性が危惧されている。本研究では,健常人プール血漿に各種DOAC(ダビガトラン・リバーロキサバン・エドキサバン・アピキサバン)を低濃度・高濃度で添加したDOAC療法モデル患者血漿を作成し,各種dRVVT-LA検査に影響を及ぼすDOACの種類・血中濃度について検討した。その結果,LAテスト「グラディポア」とLA試薬DRVVTはDOAC療法患者血漿ではLA偽陽性を呈する可能性が示唆された。一方,コアグピア®LA試薬を用いたdRVVT-LA検査はDOACの影響を受けない可能性が示唆された。これらの結果より,dRVVT-LA検査に対するDOACの影響を回避するにはコアグピア®LA試薬を用いることが有用と考える。
Antiphospholipid syndrome (APS) is an autoimmune disease characterized by the appearance of antiphospholipid antibodies (aPLs) and clinical findings such as arterial and/or venous thrombosis and obstetric complications. As per the revised criteria of the International Classification Criteria for APS, the items required for testing of aPL include anti-cardiolipin antibodies (aCL) and anti-β2-glycoprotein I antibodies (aβ2GPI), lupus anticoagulant (LA) activity. Recent clinical studies suggest that direct oral anticoagulant (DOACs) therapy affects coagulation assays for determining LA activity. In the present study, we investigated the effects of DOAC type and plasma concentration on dilute Russell’s viper venom time (dRVVT), which is recommended as the first-line test for determining LA activity. We prepared DOAC-containing plasma so that the DOAC concentrations equivalent to the peek and trough values in the patient’s blood by adding each of the four types of DOAC to pooled plasma from healthy individuals. We performed LA activity determination on these samples using three types of commercially available dRVVT reagents. In measurements using LA test-Gradypore and LA reagent DRVVT, which are widely used in Japan, all cases of plasma containing various DOACs were determined to be LA false positive. On the other hand, the recently developed Coagpia LA reagent correctly determined that all plasma containing various DOACs were LA negative. The present suggested that patients who received DOAC therapy may be diagnosed as LA false-positive in the dRVVT-LA test depending on the measurement reagent used. Therefore, we recommend using Coagpia LA reagent to determine LA activity in patients treated with DOACs.
抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome; APS)は,患者血液中にリン脂質とリン脂質結合蛋白に対する自己抗体である抗リン脂質抗体が出現することに伴い,動・静脈血栓症や妊娠合併症などの多彩な病態を呈する自己免疫疾患である1)~3)。APS分類基準案(“Sapporo Criteria” Sydney改訂版)4)では,検査所見としてループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant; LA),抗カルジオリピン抗体(anti-cardiolipin antibodies; aCL),抗β2グリコプロテインI抗体(anti-β2 glycoprotein I antibodies; aβ2GPI)の3つの抗リン脂質抗体が挙げられており,それらの中から1つ以上が陽性と判断された場合に臨床所見と併せてAPSと診断する。現在,ELISAで検出されるaCLおよびaβ2GPIは測定の大部分がマニュアル操作であり,自動分析装置が主流の臨床検査の現状から考えてルーティン検査としての実施が困難であり,専門的な大学病院でしか測定が行われていない。一方,凝固系検査で検出できるLA活性は一般的な病院検査部でも検査が実施可能であり,多くの検査室がLA活性のみでAPSの診断を試みている現状がある。国際血栓止血学会のLA診断ガイドライン改訂版5)では,LA検査の第一選択法としてスクリーニング検査と確認試験が同時に実施できる希釈ラッセル蛇毒時間(diluted Russell’s viper venom time; dRVVT)法が推奨されている。本邦ではdRVVT試薬として,①LAテスト「グラディポア」(MBL),②LA試薬DRVVT(Sysmex),③コアグピア®LA試薬(積水メディカル),④ヒーモスアイエルdRVVT(アイ・エル・ジャパン)などが市販されている6)。これらのdRVVT-LA判定用試薬では,リン脂質低濃度試薬(スクリーニング試薬)とリン脂質高濃度試薬(確認試薬)を用い,両者の凝固時間の比(dRVVT比)によりLA活性を判定する5)。近年,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant; DOAC)療法中の患者血漿でdRVVT-LA判定が偽陽性または偽陰性を呈する可能性が報告されている。本研究では,Ⅹa阻害薬であるリバーロキサバン,エドキサバン,アピキサバン,およびトロンビン阻害薬のダビガトランを用いて,各種DOACの種類や血中濃度がdRVVT-LA検査に及ぼす影響を検討した。
健常人プール血漿に4種類のDOAC(ダビガトラン,リバーロキサバン,エドキサバン,アピキサバン;全てChemscene,America)を低濃度と高濃度で添加した。各種DOACの血漿濃度は,DOAC療法中患者血漿中の低濃度と高濃度の薬剤濃度に相当するようDOAC Plasma Calibrator(HYPHEN BioMed, France)の濃度を参考に決定した。
2) dRVVT試薬日本血栓止血学会標準化委員会にてdRVVT-LA検査の推奨試薬として承認されている①LAテスト「グラディポア」(MBL),②LA試薬DRVVT(Sysmex),③コアグピア®LA試薬(積水メディカル)の3試薬を測定に用いた。
2. 方法被検血漿を100 μLずつ添加したcupを2つ用意し,LAテスト「グラディポア」は37℃で120秒間,LA試薬DRVVTは37℃で250秒間インキュベーションした。コアグピア®LA試薬は,被検血漿62.5 μLと検体希釈液12.5 μLを添加したcupを2つ用意し,37℃で180秒間インキュベーションした。その後,cup 1にはスクリーニング試薬を,cup 2にはコンファーム試薬を100 μL/cup添加し,KC4デルタ(Tcoag, Ireland)を用いて凝固時間を測定した。スクリーニング試薬を添加した際の凝固時間をT1 [s],コンファーム試薬を添加した際の凝固時間をT2 [s]とし,T1をT2で割った値をdRVVT比とした。日本血栓止血学会学術標準化委員会・抗リン脂質抗体部会の推奨する「dRVVT比 ≥ 1.2」でdRVVT-LA陽性と判定した。
本研究は山口大学大学院医学系研究科保健学専攻医学系研究倫理審査委員会の承認(管理番号:734-2)を得て実施した。
DOAC療法モデル患者血漿について,3種類の試薬を用いdRVVT-LA検査を実施した結果,LAテスト「グラディポア」(Figure 1)では,低濃度ダビガトラン含有健常人プール血漿でdRVVT比が1.22,低濃度リバーロキサバン血漿でdRVVT比が1.41,低濃度エドキサバン血漿でdRVVT比が1.30と既にLA偽陽性を呈した。一方,アピキサバン含有健常人プール血漿は,低濃度ではLA陰性と正しく判定できたが,高濃度になるとLA偽陽性を呈した。
LAテスト「グラディポア」にてdRVVT-LA検査を実施したときの0濃度,低濃度,高濃度におけるdRVVT比の推移を示す。Dabigatran,Rivaroxaban,Edoxabanは低濃度含有健常人プール血漿で既にLA偽陽性を呈した。Apixavan含有健常人プール血漿は,低濃度では陰性,高濃度ではLA偽陽性を呈した。
LA試薬DRVVT(Figure 2)では,ダビガトラン,リバーロキサバン,エドキサバン,アピキサバンの全てにおいて,低濃度含有血漿でdRVVT比が1.24~2.73と既にLA偽陽性を呈し,高濃度含有血漿ではdRVVT比がさらに増幅された。
LA試薬DRVVTにてdRVVT-LA検査を実施したときの0濃度,低濃度,高濃度におけるdRVVT比の推移を示す。4種類DOAC全てにおいて,低濃度含有健常人プール血漿で既にLA偽陽性を呈した。
一方,コアグピア®LA試薬(Figure 3)では,ダビガトラン含有血漿でdRVVT比が0.96(低濃度)および1.01(高濃度),リバーロキサバン含有血漿で0.65および0.68,エドキサバン含有血漿で0.64および0.68,アピキサバン含有血漿で0.67および0.56と全て血漿でLA陰性と正しく判定できた。
コアグピア®LA試薬にてdRVVT-LA検査を実施したときの0濃度,低濃度,高濃度におけるdRVVT比の推移を示す。4種類DOAC全てにおいて,低濃度および高濃度含有健常人プール血漿ともにLA陰性と正しく判定できた。
我が国におけるAPSの疫学調査としては,2012年の藤枝らの報告7)が,日本人患者でAPS国際分類基準(“Sapporo Criteria” Sydney改訂版)に従って分類した唯一のコホート調査である。我が国におけるAPS患者の特徴として,8割強を女性が占め,年齢層は9~79歳と幅広く,血栓症の有病率は85.8%で,動脈血栓症と静脈血栓症の比率は67:33であり動脈血栓症が多い。動脈血栓症の92.5%が脳梗塞であり,虚血性心疾患は1割に満たないとされている。静脈血栓症では,71.7%の症例が深部静脈血栓症であり,その内の4割で肺塞栓症を合併している。各種抗リン脂質抗体の検出率は,LA活性陽性が82.3%,aCL陽性が58.9%,aβ2GPI陽性が51.8%であり,LA活性による検査診断が極めて重要と思われる。
LA検査の第一選択として推奨されているdRVVT法は,試薬に含まれるラッセル蛇毒が凝固第Ⅹ因子を直接活性化するため,外因系・内因系の凝固因子の影響を受けずにLA活性を検出することができる。本研究により,dRVVT-LA検査として本邦で汎用されている市販試薬において,DOAC療法患者血漿ではLA偽陽性を呈する可能性が示唆された。その理由として,リバーロキサバン,エドキサバン,アピキサバンは直接Ⅹaを阻害することによりProthrombinase活性を抑制し,ダビガトランはProthrombinase複合体により生成されるトロンビン活性を抑制する。一方,LAは凝固カスケードのリン脂質を介した反応を阻害することにより,TenaseやProthrombinase複合体の形成を抑制し,凝固時間を延長させる。DOACの薬理作用と,LAの凝固阻害作用が類似しているためDOAC療法患者血漿ではLA偽陽性を呈すると推測される。本研究では,コアグピア®LA試薬は,DOACの影響を受けない可能性が示唆された。これは,本試薬が測定系においてDOACのターゲットとなる凝固第Ⅹ因子およびプロトロンビンを補充しているため,DOACによりトロンビンおよびⅩ因子が阻害された場合でも正確にLA判定ができると推測される。DOAC療法患者血漿でdRVVT-LA検査を実施する場合は,コアグピア®LA試薬を用いることが有用と考えられる。
APSの診断には,抗リン脂質抗体の検出が必須であり臨床検査の役割は大きい。検査診断として最も汎用されているLA活性検査は,複数の凝固学的検査法を組み合わせて判定しなければならず,臨床検査としては複雑且つ煩雑な検査の一つである8)。さらに,DOACで抗凝固療法を施行中の被検血漿でLA検査を実施する場合は,測定結果が信頼できない可能性があるため,トラフ時血漿,中和剤,DOAC-Stop処理など対策を講じることや,抗凝固薬の影響を回避できる測定試薬の選択が重要となる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。