Japanese Journal of Medical Technology
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Case Report
A case of pre-eclampsia-like glomerular endothelial injury in a patient with hepatocellular carcinoma treated with tyrosine kinase inhibitors
Seiya SUZUKIHiroki UCHIDATakayoshi KOYASUKyota HANAMISumiyo ADACHIMasashi KOBAYASHITakashi FUJINOKazuto YAMAZAKI
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2024 Volume 73 Issue 4 Pages 842-849

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Abstract

背景:近年,がん治療のためにチロシンキナーゼ阻害剤の投与を受けた患者において,子癇前症の腎にしばしばみられる糸球体内皮症に類似した毛細血管内皮障害が発生することが散発的に報告されている。我々は,lenvatinib単独療法とbevacizumabとatezolizumabの間欠併用療法を受けた患者の腎生検において高度な糸球体内皮症を認めた症例を報告する。症例:60歳代男性。進行肝細胞癌に対してlenvatinibを投与したところ蛋白尿と低アルブミン血症を認めたため開始後15週で投薬を中止した。休薬後5週でこれらの改善がみられたため,bevacizumabとatezolizumabの間歇的併用療法を開始したが,再び尿蛋白,血清アルブミン値の低下を認め,開始後41週で投薬を中止した。中止後も蛋白尿が持続したため腎生検を実施したところ,電子顕微鏡像においては糸球体毛細血管基底膜のびまん性の肥厚に加え,高度な係蹄毛細血管内皮障害を認め,糖尿病性腎症を背景としてチロシンキナーゼ阻害剤による糸球体内皮症を来したものと診断した。アンジオテンシンII受容体拮抗薬の投与を開始したところ,3ヶ月後の尿蛋白は治療前のレベルに減少した。結語:腎障害を有する患者へのチロシンキナーゼ阻害剤の投与は高度な蛋白尿を招くリスクが高いとされており,投薬の開始と継続については慎重な検討が望まれる。

Translated Abstract

Background: Glomerular endotheliosis is the pathognomonic glomerular lesion in pre-eclampsia and has also been described in cancer patients treated with tyrosine kinase inhibitors. We report a case of glomerular endotheliosis revealed by kidney biopsy in a cancer patient receiving lenvatinib monotherapy followed by intermittent combination therapy with bevacizumab and atezolizumab. Case: The patient, a male in his sixties with advanced hepatocellular carcinoma, developed proteinuria and hypoalbuminemia, and therefore lenvatinib was discontinued 15 weeks after initiation. As improvement was evident 5 weeks after drug withdrawal, intermittent combination therapy with bevacizumab and atezolizumab was started, but as the urine protein and serum albumin levels again decreased, the medication was discontinued after 41 weeks. A renal biopsy demonstrated pre-eclampsia-like lesions on light and electron microscopy, including occlusion of glomerular peripheral capillary lumina by swollen reactive endothelial cells and diffuse thickening of the glomerular capillary basement membrane, resembling glomerular endotheliosis. Capillary endothelial damage caused by tyrosine kinase inhibitors on a background of diabetic nephropathy was diagnosed, and the patient was started on an angiotensin II receptor antagonist, resulting in a decrease of urinary protein to the pre-treatment level 3 months later. Conclusion: Administration of tyrosine kinase inhibitors to patients with renal impairment is associated with a high risk of severe proteinuria, and the initiation and continuation of medication requires careful consideration.

I  緒言

血管内皮成長因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)阻害薬は血管新生の抑制による抗腫瘍効果を有し,種々のがんへの適応が認められている。有害事象としては高血圧や蛋白尿の頻度が高く,代表的なVEGF阻害薬であるbevacizumabの投与を受けた患者の21~64%に蛋白尿がみられ,1~2%はネフローゼ症候群を呈することが報告されている1)。腎生検が行われた例では,糸球体内皮の腫大や内皮下腔の開大(内皮下浮腫),フィブリン様物質の滲み出しなどの内皮細胞障害を示唆する所見がみられることが報告されている2)。従来,これらの変化は血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy; TMA)に類似する糸球体傷害として報告されていたが2),VEGF阻害薬による高度な内皮細胞傷害は糸球体毛細血管に限局しており,全身の細動脈や毛細血管における内皮障害は比較的軽度で,血栓は通常みられないことが次第に明らかとなった。以上のことからVEGF阻害薬による腎障害の病態は全身の血管内皮が障害されるTMAとは異なるもので,むしろ妊娠高血圧腎症にみられる糸球体毛細血管に特異的な内皮障害(糸球体内皮症;glomerular endotheliosis)に類似するとする見解がなされている3),4)

妊娠高血圧腎症はVEGFに対する受容体である可溶性fms様チロシンキナーゼ1(soluble fms-like tyrosine kinase-1; sFlt-1)が胎盤からの異常に産生されることが原因の1つとされており,内皮細胞の維持に重要な足細胞由来のVEGFの作用が阻害されることによって糸球体内皮細胞が障害される5)。これまでにVEGF阻害薬による糸球体傷害も同様の機序で発生することが検証されており,Ereminaら6)は代表的なVEGF阻害薬であるbevacizumabによる糸球体病変は足細胞由来のVEGFの作用が阻害されることによる糸球体内皮症が本態であることを明らかにした。今回我々は,糖尿病の既往歴を有する肝細胞癌骨転移例にマルチキナーゼ阻害薬であるlenvatinibとVEGF阻害剤であるbevacizumabを長期間投与し,遷延化する蛋白尿を来した1例を経験した。腎生検においては糖尿病性腎症を背景として,妊娠高血圧腎症に類似する高度な糸球体内皮症を確認したので報告する。

II  症例

患者:60歳代,男性。

主訴:腎機能低下。

家族歴,生活歴:特記すべきことなし。

既往歴:C型慢性肝炎,40歳代より2型糖尿病(インスリン加療中)。

現病歴:2012年,2017年に肝細胞癌を発症し,いずれにおいても肝部分切除術が施行された。2020年に骨転移がみられ,2020年10月下旬からlenvatinib 8 mg/dayの経口投与が開始された。投与開始以前の随時尿検査では潜血陰性,尿蛋白定性+,尿蛋白/尿Cr比0.17~0.27 g/gCrと,有害事象共通用語基準(Common Terminology Criteria for Adverse Events; CTCAE)v5.0による評価でGrade 1の蛋白尿を認めた。血中アルブミン値は正常域であった。投与開始から徐々に血中アルブミン値の低下(最低値3.3 g/dL),尿蛋白の増悪(尿蛋白/尿Cr比 最大値2.08 g/gCr)を認めたため,15週にてlenvatinibの投与を中止した。4週間の休薬の後に血中アルブミン値の改善(3.6 g/dL)を認めたため,2021年4月上旬にbevacizumab(10 mg/kg)+atezolizumab(1,200 mg/body)の間歇的併用療法(サイクル期間21日)が開始された。開始に伴い尿蛋白が徐々に上昇し,尿蛋白/尿Cr比が最大6.0 g/gCrと,Grade 3の尿蛋白を認めるようになった。尿潜血は常に陰性で,血清クレアチニン値は0.7~0.8 mg/dLで推移していた。経過中に血中アルブミン値は徐々に減少し,41週には1.9 mg/dLまで低下したため,bevacizumab,atezolizumabともに中止された。投与中止後も6ヶ月に亘ってGrade 3の蛋白尿が持続したため当院を紹介受診し,同年6月上旬に腎生検目的で入院となった(Figure 1)。

Figure 1  観察期間における投薬と尿蛋白・血清アルブミン値の推移

III  検査所見

1. 入院時現症

意識清明。血圧130/73 mmHg,脈拍70回/分・整,体温36.9度。身長157.2 cm,体重62.2 kg。眼瞼結膜に貧血あり。心肺腹部に異常認めず。両下肢に圧痕を伴う浮腫あり。

2. 腎生検時検査所見(Table 1
Table 1 腎生検時末梢血・尿検査データ

血算 生化学 尿所見
RBC 261 × 104/mL TP 5.2 g/dL CK 68.0 IU/L FBS 140 mg/dL 尿蛋白 3+
Hb 7.9 g/dL ALB 1.7 g/dL BUN 13.0 mg/dL HbA1c 5.2% 尿潜血 1+
Hct 24.6% AST 21 IU/L Cre 0.81 mg/dL CRP 2.8 mg/dL 尿糖
WBC 7.0 × 103/mL ALT 24 IU/L eGFR 76.5 mL/min/1.73m3 HBsAg 沈渣RBC 1–4/HPF
PLT 35.7 × 104/mL T-Bil 1.1 mg/dL HDL-C 41 mg/dL HBsAb 沈渣WBC < 1/HPF
MCV 64.3 fL LDH 198 IU/L LDL-C 108 mg/dL HCVAb +(35.3 COI)
MCHC 32.1% ALP 443 IU/L TG 91 mg/dL RF

随時尿にて尿蛋白3+,尿蛋白/尿Cr比8.5 g/gCr,尿潜血陽性,顆粒円柱および上皮円柱陰性。血液検査では赤血球261 × 104/μL,血中ヘモグロビン値7.9 g/dLと正球性正色素性貧血がみられたが,末梢血スメアにおける破砕赤血球やLDH上昇などの溶血を示唆する所見はみられなかった。肝機能はAST 21 IU/μL,ALT 24 IU/μLと正常域,血糖値は140 mg/dL,HbA1c(NGSP)5.2%であった。血中アルブミン値は1.7 g/dLと低下していたが,血清Cr 0.78 mg/dL,eGFR 76.5 mL/min/1.73 m3と正常域であった。その他の検査ではHCV抗体陽性,HBs抗原陰性,HBs抗体陰性,リウマチ因子陰性であった。

3. 腎生検病理組織所見

ヘマトキシリン・エオジン染色(hematoxylin-eosin stain; HE stain)にて観察された30個の糸球体のうち,7個が全節性硬化,3個が分節性巣状硬化を示した。軽度の管外細胞増生を示す糸球体が2個観察されたが,半月体形成はみられなかった。硬化を示さない糸球体は腫大し,係蹄の分葉状の拡大を認めた。係蹄毛細血管には内皮細胞の膨化がみられ,毛細血管内には多数の泡沫細胞の浸潤を認め,内腔は狭小化していた(Figure 2A)。過ヨウ素酸メセナミン銀染色(periodic acid methenamine-silver stain; PAM stain)においては係蹄毛細血管と尿細管の基底膜の肥厚がみられたが,拡大した係蹄にはメサンギウム融解と滲出性病変を伴う分節性硬化がみられ,係蹄毛細血管基底膜から解離した変性内皮細胞下に新生基底膜が形成される基底膜の二重化を認めた(Figure 2B)。開大した内皮下腔には血漿成分の浸出が顕著で,メサンギウム領域においてはフィブリンの滲み込みやメサンギウム融解などもみられた。内皮細胞の膨化・変性と内皮下腔への浸出を示す係蹄には多数の泡沫細胞の浸潤を認めた(Figure 2C)。これらの泡沫細胞は抗CD68(KP-1)抗体,抗CD163(10D6)抗体による免疫組織化学染色に陽性を示し,組織球であることが確認された(Figure 2D)。Masson trichrome染色ではメサンギウム領域や上皮下に免疫複合体の沈着を示唆する所見はみられなかった。蛍光抗体用に提出された検体には糸球体が含まれておらず,免疫グロブリンや補体の沈着は確認できなかった。

Figure 2  腎生検光顕像

A(HE染色,×200) 糸球体係蹄は分節性に拡大し,内皮細胞の膨化と内皮下腔の開大がみられ,毛細血管腔は狭小化する。

B(PAM染色,×200) 糸球体係蹄には内皮細胞の膨化と内皮下腔の開大がみられ(矢頭),毛細血管には泡沫細胞の浸潤を認める(矢印)。

C(PAM染色,×400) 一部の係蹄には内皮下腔にフィブリンの滲み出しがみられ(矢頭),毛細血管には基底膜の二重化を認める(矢印)。メサンギウム領域にはフィブリンの滲み込みやメサンギウム融解を認める(矢頭)。一部は結節状で糖尿病の結節性病変に類似する。

D(免疫組織化学染色,×200) 係蹄毛細血管に浸潤する泡沫細胞は抗CD68(KP-1)抗体に陽性を示し,組織球であることが確認される。

小葉間動脈や細小動脈においてはTMAの急性期にみられる血管内皮細胞の腫大や内皮下腔の開大,および,血管腔の狭小化は観察されなかった。また,TMAの慢性修復期にみられるmucoid intimal hyperplasiaやonion-skin lesionと呼ばれる特異的な内膜肥厚も認めなかった。

4. 腎生検電子顕微鏡所見

糸球体係蹄は拡大し,毛細血管には内皮細胞の顕著な膨化に加えて内皮下腔の開大と血漿成分の滲み出し,および,多数の泡沫細胞の浸潤がみられ,毛細血管腔は著しく狭小化していた。ボウマン嚢腔への血漿成分の滲み出しもみられた(Figure 3A)。係蹄毛細血管基底膜から解離した内皮細胞下に新生基底膜が形成される基底膜の二重化を認めた。おおよその毛細血管に内皮下腔の開大がみられ,しばしば血漿成分の滲み出しを認めた。足細胞は萎縮調でスリットの消失傾向を認めた。また,一部においては基底膜からの足突起のdetachmentを認めた。一部の内皮下には小型の高電子密度物質を少数認めたが,上皮下やメサンギウム領域には高電子密度物質はみられなかった(Figure 3B)。毛細血管内,およびメサンギウムには泡沫状で豊かな細胞質を有する組織球の浸潤が多数観察された(Figure 3C)。係蹄毛細血管の基底膜はびまん性に肥厚し(最大1,400 nm),3層構造は不明瞭であった(Figure 3D)。光顕,電顕像ともに毛細血管内腔に血栓は確認されなかった。

Figure 3  腎生検電子顕微鏡像

A(×500) 糸球体係蹄は分節性に拡大し,内皮細胞の膨化と内皮下腔の開大がみられ(矢印),毛細血管腔は狭小化する(矢頭赤)。毛細血管には泡沫状で豊かな細胞質を有する組織球の浸潤が目立つ(矢頭黄)。

B(×5,000) 内皮細胞は膨化し,高度に開大した内皮下腔には血漿成分の滲み出しを認める。内皮下に小型の高電子密度物質を少数認める。一部の足細胞は萎縮調で基底膜からのdetachmentを認める(矢頭)。(E: endothelial cell, L: capillary lumen)

C(×6,000) 毛細血管内,およびメサンギウム領域には泡沫状で豊かな細胞質を有する組織球の浸潤を認める。(B: basement membrane, E: endothelial cell, L: capillary lumen, M: macrophage)

D(×4,000) 係蹄毛細血管の基底膜は高度に肥厚する(最大 1,400 nm)。3層構造は不明瞭。(B: basement membrane, E: endothelial cell, L: capillary lumen)

5. 経過

特徴的な腎生検所見と経過より,糖尿病性腎症,および,糸球体内皮症の表現形をとるbevacizumabによる糸球体毛細血管内皮障害と診断した。休薬を継続し,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(angiotensin II receptor blocker; ARB)を開始した。ARB投与開始から約3ヶ月後の尿蛋白/尿Cr比は0.1~0.3 g/gCr 程度と血管新生阻害薬投与前のレベルに減少した。腎機能については,bevacizumab中止後8ヶ月の時点で血清Cr値は0.56 mg/dLと正常域であったが,血中アルブミン値は肝機能の悪化のために1.7 g/dL程度の低値が持続している。肝細胞癌の骨転移巣については,現在RANKL阻害剤であるdenosumabの投与にて加療中である。

IV  考察

本例は転移性肝細胞癌症例に対してlenvatinib単独療法を実施し,次いでbevacizumabとatezolizumabの併用療法に切り替えたものの,いずれにおいても尿中蛋白の上昇と血中アルブミン値の低下を招き,投与中止に至った症例である。血管新生阻害剤の投与以前にも糖尿病性腎症によると考えられるGrade 1の蛋白尿がみられたが,投与中に蛋白尿が顕在化し,投与中止後もGrade 3の蛋白尿が持続したため腎生検を施行し,妊娠高血圧腎症に類似する高度な糸球体内皮症を認めた。

Lenvatinibは,VEGFR 1~3,FGFR 1~4,PDGFRαなどの多様な増殖因子を阻害する経口投与可能なマルチキナーゼインヒビターで,VEGFやFGFによって誘導される血管内皮細胞の管腔形成を阻害する作用を有する。肝細胞癌患者を対象にした臨床試験において優れた抗腫瘍効果が証明され,2018年より日本,米国,欧州,中国などにおいて「切除不能な肝細胞癌」における1次治療への適応が承認された。しかしながら,アジアの患者を対象とした第II相試験より,糸球体内皮障害による蛋白尿の副作用が複数報告されている7)。Ikedaら8)は37例の肝細胞癌症例を対象としてlenvatinibの投与による蛋白尿の程度を解析し,Grade 1~3の蛋白尿を示したものが各々40.5%,27.0%,5.4%であったと報告している。同研究ではlenvatinib投与後にGrade 2以上の蛋白尿を来すリスクファクターについて多変量解析を用いて検討を行っており,ベースラインにおける蛋白尿の存在とeGFR < 60 mL/min/1.73 m3が各々独立した危険因子であったと報告している9)。本例においてもlenvatinibの投与開始前のeGFRは76.5 mL/min/1.73 m3と正常域であったものの,随時尿検査では尿蛋白定性+,尿蛋白/尿Cr比0.17~0.27 g/gCrとGrade 1の蛋白尿を指摘されていた。電子顕微鏡で観察された係蹄毛細血管基底膜の高度な肥厚からは,既にこの時点で糖尿病性腎症を発症しており,lenvatinibの投与による内皮細胞傷害が病態の増悪を招いたものと考えられた。

本例においてはlenvatinibの投与を中断した後に,一時的に尿蛋白の改善を見たものの,bevacizumab,atezolizumab併用療法の開始に伴ってより顕著な蛋白尿の増悪と遷延を認めた。BevacizumabはVEGF を唯一の標的とするモノクローナル抗体で,腫瘍組織における血管新生を抑制することから,進行がんに対して広く適応が認められているが,Zhuら1)によるメタアナライシスでは,bevacizumabが投与された1,850症例において低用量治療群(3~7.5 mg/kg)では21~41%,高用量治療群(10~15 mg/kg)では22~66%に蛋白尿がみられ,1~2%にネフローゼ症候群を認めたと報告している。本症例もbevacizumabの高用量治療がなされており,蛋白尿の発現リスクは高かったと考えられた。主な副作用として骨髄抑制,出血,高血圧以外に用量依存性に蛋白尿が出現することが知られているが,対象となる症例の大部分が重篤な担癌症例であるために病理学的な検討が実施できる機会は少ない9)。これまでに腎生検が実施された症例の報告ではbevacizumabの投与によってTMA様の内皮細胞障害が出現するとされていたが,実際に血栓が認められたとする報告は2 症例のみであり10),本症例においても腎組織に血栓は確認されなかった。また,内皮障害は係蹄毛細血管に限局しており,その組織像は妊娠高血圧腎症にみられる糸球体内皮症に類似するもので,本例においても腎以外の臓器にTMAを疑わせる兆候はみられず,内皮細胞傷害は糸球体に限局していたものと考えられた。文献的にはatezolizumabによる腎関連有害事象の大部分は間質性腎炎とされており,本例においては腎間質および糸球体に病的なリンパ球浸潤はみられず,atezolizumabによる腎障害と特定しうる所見は得られなかった11)

Bevacizumabによる蛋白尿の発現機序は完全には明らかにされていないが,足細胞で産生されるVEGFにbevacizumabが結合してその作用が抑制されることで足突起間隙のスリット膜構造維持に必要なネフリンの発現が低下し,蛋白の漏出を来す可能性が報告されている12)。また,VEGFには血管新生を促進する以外に血管内皮細胞の形態や機能を維持する作用があり,VEGFシグナルが遮断されることで係蹄毛細血管内皮障害と濾過機能の破綻が生じるとする機序が提唱されている12),13)。本例においても係蹄毛細血管内皮の膨化と内皮下腔の開大,および,毛細血管内腔への著しい組織球浸潤が目立ち,VEGFシグナルの遮断による糸球体毛細血管内皮障害・濾過機能破綻を主とする病態が示唆された。また,糖尿病既往歴がbevacizumabによる蛋白尿出現のリスク因子であることは以前より知られているが14),本例においても係蹄毛細血管基底膜の高度な肥厚と3層構造の消失がみられ,以前より糖尿病性腎症を発症していたものと考えられた。糸球体毛細血管においては足細胞,基底膜,内皮細胞が濾過障壁というユニットを構成しており,これらは相互に形態と機能を維持していると考えられている。本例においては限局的ではあるが足細胞の萎縮と足突起の基底膜からのdetachmentがみられ,基底膜の変性が足細胞の恒常性の維持を損なっていた可能性も考えられる。

近年,糖尿病性腎症の進行におけるVEGFの役割が注目されており,動物実験モデルにおいてVEGFのスプライスバリアントのひとつであるVEGF165bは糖尿病性腎症の糸球体にみられる血管透過性亢進の正常化,内皮細胞のグリコカリックスの回復作用を持つことが証明されている15)。ヒトの糖尿病性腎症においては腎症の進行に対して保護的に働くVEGFバリアントの発現が増加しているものの,阻害薬による一律的なVEGF阻害が内皮細胞傷害を招き,糖尿病性腎症の進行を促進することが示唆される。

2022年に改定されたがん薬物療法時の腎障害診療ガイドラインでは,血管新生阻害薬投与開始時の蛋白尿の存在は高度な蛋白尿を招くリスクが高いというエビデンスが示されており16),糖尿病性腎症が疑われるケースへの血管新生阻害薬の適応については投与前により慎重な検討が望まれる。また,治療中も蛋白尿を適切にモニタリングし,尿蛋白のグレードに応じて治療継続の益と害をより慎重に判断する必要がある。

V  結語

血管新生阻害薬・マルチキナーゼ阻害薬使用時の有害事象として蛋白尿がみられることが多く,休薬や減量の対応が考慮される。蛋白尿の多くはこれらの投与の中止により軽快,改善するが,本例の様に遷延化することもある。予後の限られた進行がん患者に対する治療血管新生阻害薬・マルチキナーゼ阻害薬の投与中に蛋白尿が発現した場合には,治療の益と害を検討し,患者の希望も考慮して共有意思決定支援(shared decision making)を行う必要がある。

本論文の要旨は第72回日本医学検査学会で発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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