2024 Volume 73 Issue 4 Pages 831-841
アラニンアミノトンランスフェラーゼ(alanine aminotransferase; ALT)測定の反応タイムコースは第2試薬添加後,340 nmでの吸光度が時間経過とともに減少するが今回,第2試薬添加後に吸光度増加を認めた症例を経験した。吸光度増加は主波長,副波長を含む14波長全てで見られた。免疫グロブリン値(IgG, IgA, IgM)は基準範囲内でM蛋白は検出されなかったが,免疫グロブリン吸収試験,還元処理の結果からIgMによる異常反応と考えられた。市販の試薬には性能向上のために主成分以外に添加されているものがある。それらと異常反応を起こした可能性を考え,試薬を自家調製して測定したが反応タイムコースは同様であった。自家調製試薬と現行試薬それぞれの第1試薬に界面活性剤を添加したところ,第2試薬添加後の吸光度増加を認めず,通常の反応タイムコースとなった。以上より疎水性の強いIgMの存在がALT測定に影響を与えたと考えられた。
Ordinarily, reaction time course in measurement of alanine aminotransferase (ALT) after adding a second reagent is decrease gradually in 340 nm, but we experienced a case in which an increase in absorbance was observed. Increasing an absorbance occurred at all 14 wavelengths used for the measurement. Immunoglobulin levels (IgG, IgA, and IgM) were within the standard range and no M protein was detected, but the results of immunoglobulin absorption test and reduction treatment indicated that IgM caused an abnormal reaction. To improve performance, some commercially available reagents contain ingredients other than the main ones. Considering the possibility that abnormal reactions may arose from there reagents, we measured the sample with the reagent prepared ourself, but the reaction time course was the same. When a surfactant was added to the first reagent of both the self-prepared reagent and the current reagent, the reaction time courses after adding a second reagent were not increased, and became common. These results suggest that the presence of strongly hydrophobic IgM may affected the ALT measurement.
生化学検査において病態と乖離する異常反応に遭遇することがある。測定値がマイナスになることや装置からのエラーで気付く場合があり,その原因は装置起因,試薬起因,検体起因に分けられる。検体起因の原因としては異常蛋白,脂質,薬剤の影響があり,なかでもM蛋白による事例が多く報告されている1)。今回,M蛋白は検出されず,免疫グロブリン値(IgG, IgA, IgM)も基準範囲内であったがIgMがアラニンアミノトランスフェラーゼ(alanine aminotransferase; ALT)測定に影響し結果報告ができなかった症例を経験したので報告する。
患者:70歳代,男性。
主訴:受診時症状なし。
既往歴:萎縮性胃炎,ヘリコバクターピロリ感染症(7年前に除菌治療実施)。
現病歴:高血圧症のため内科を定期受診しており,処方薬はアムロジピン5 mg/日,オルメサルタン20 mg/日である。20XX年12月の検査でALT測定において,分析装置から吸光度のバラツキを知らせる「分散エラー」が発生した。反応タイムコースを確認したところALTをはじめとする複数項目で,通常と異なる反応タイムコースとなっていた。ALT以外は希釈測定により報告可能であったが,ALTは希釈測定でも第2試薬添加後に吸光度増加を認め「測定不可」となった。20XX年12月(初回測定不可日)の検査結果を示す(Table 1)。
項目 | 報告値 | 基準範囲 | 単位 |
---|---|---|---|
溶血 | (−) | ― | ― |
乳び | (+) | ― | ― |
T-Bil | 0.72 | 0.4–1.5 | mg/dL |
TP | 7.1 | 6.6–8.1 | g/dL |
ALB | 3.8 | 4.1–5.1 | g/dL |
ALP | 80 | 38–113 | U/L |
AST | 22 | 13–30 | U/L |
ALT | 測定不可 | 10–42 | U/L |
LD | 161 | 124–222 | U/L |
γ-GT | 50 | 13–64 | U/L |
GLU | 136 | 70–110 | mg/dL |
HbA1c | 5.7 | 4.6–6.2 | % |
UN | 20.0 | 8.0–20.0 | mg/dL |
Cre | 1.10 | 0.65–1.07 | mg/dL |
UA | 7.9 | 3.0–7.0 | mg/dL |
HDL | 39 | 40–150 | mg/dL |
LDL | 138 | 70–139 | mg/dL |
TG | 282 | 50–149 | mg/dL |
Na | 140 | 138–145 | mmol/L |
K | 4.3 | 3.6–4.8 | mmol/L |
Cl | 106 | 101–108 | mmol/L |
Ca | 9.2 | 8.8–10.1 | mg/dL |
CRP | 0.19 | 0.00–0.14 | mg/dL |
白血球 | 6.63 | 3.3–8.6 | ×103/μL |
赤血球 | 5.48 | 4.35–5.55 | ×106/μL |
Hb | 16.2 | 13.7–16.8 | g/dL |
Hct | 49.6 | 40.7–50.1 | % |
MCV | 90.4 | 83.6–98.2 | fL |
MCH | 29.6 | 27.5–33.2 | pg |
MCHC | 32.7 | 31.7–35.3 | g/dL |
血小板 | 198 | 158–348 | ×103/μL |
好中球 | 49.3 | 38.0–74.0 | % |
好塩基球 | 0.6 | 0.0–1.8 | % |
好酸球 | 2.9 | 0.0–7.8 | % |
単球 | 6.3 | 1.9–8.7 | % |
リンパ球 | 40.8 | 17.0–49.0 | % |
機器:生化学自動分析装置はJCA-BM6050(日本電子株式会社,以下,BM6050)を使用した。また,用手法での測定には臨床検査用分光光度計7012(日立ハイテク株式会社)を使用した。
試薬:通常使用している試薬は「LタイプワコーALT・J2,富士フイルム和光純薬株式会社(以下,試薬A)」である。他社試薬として「ピュアオートS ALT-L,積水メディカル株式会社(以下,試薬B)」を使用した。試薬A,BはともにJSCC標準化対応法試薬である。
検体:検体は当該患者血清(以下,患者検体),対照として「液状コントロール血清ワコーC&C,富士フイルム和光純薬株式会社(以下,管理試料)」と,患者および健診受診者の残余血清(以下,対照検体)を使用した。対照検体は溶血,乳びが無く通常の反応タイムコースを示す検体で,反応タイムコースを比較する目的で患者検体と活性,濃度が近い検体とした。試薬A・Bの相関にはALT低値から高値までの22検体を使用した。
2. 検討内容と方法 1) 反応タイムコースの確認BM6050は340~884 nmの14波長で測光しており,演算に使用しない波長の吸光度変化も確認することができる。通常と異なる反応タイムコースが見られた項目について主波長,副波長を含む14波長で吸光度変化を確認した。
2) 希釈直線性の確認患者検体を生理食塩水で2倍,5倍,10倍希釈して測定し,ALT測定値と反応タイムコースを確認した。
3) ALT高値検体との混合試験による活性阻害因子の存在の確認患者検体とALT高値検体(患者残余血清,ALT 338 U/L)を等量混合し直後,30分後,60分後,120分後,翌日まで室温と4℃に置きALT活性を測定した。対照として生理食塩水とALT高値検体を等量混合し同様に測定した2)。
4) 他社試薬でのALT測定試薬B,キャリブレータ(酵素キャリブレータープラス,シスメックス株式会社)及び分析条件(装置パラメータ)を積水メディカル株式会社より入手し測定した。試薬A,Bの添付文書から試薬組成と,各メーカーから提示された分析条件をTable 2に示す。主な相違点は第2試薬のpH(potential of hydrogen),検体量,副波長,攪拌条件であった。
試薬組成 | 試薬A | 試薬B |
---|---|---|
R1 | 基質酵素液 | 酵素液 |
L-アラニン | L-アラニン | |
NADH(酵母由来) | NADH | |
LD(微生物由来) | LD | |
トリス緩衝液 | *pH 9.2 | |
pH 9.0 | ||
R2 | 2-オキソグルタル酸溶液 | 基質液 |
L-アラニン | L-アラニン | |
2-オキソグルタル酸 | 2-オキソグルタル酸 | |
トリス緩衝液 | 2-アミノ-2-ヒドロキシメチル- | |
pH 4.8 | 1,3-プロパンジオール緩衝液 | |
*pH 6.9 |
*試薬BのpHは記載無 検査室で測定
分析条件 | 試薬A | 試薬B |
---|---|---|
R1試薬量 | 60 μL | 60 μL |
R2試薬量 | 30 μL | 30 μL |
検体量 | 25 μL(5倍希釈) | 16.6 μL(5倍希釈) |
波長 | 主340 nm/副410 nm | 主340 nm/副545 nm |
攪拌 | R1:弱 R2:微弱 | R1:強 R2:強 |
太字は相違点
免疫グロブリン(IgG, IgA, IgM)は院内で,蛋白分画と免疫電気泳動は外部委託により測定した。
6) 抗血清による免疫グロブリン吸収試験患者検体と抗血清(抗IgG,抗IgA,抗IgM,抗κ,抗λ:Nittobo America Inc.)を1:1および1:7に混合し室温で2時間反応後に5,200 g,5分遠心した上清で測定した。項目はALTの他,通常と異なる反応タイムコースを示したγ-グルタミルトランスフェラーゼ(γ-glutamyl transferase; γ-GT),トリグリセライド(triglyceride; TG)について行った。ここで抗血清中に含まれる対象項目(ALT, γ-GT, TG)についてあらかじめ測定しておき換算値算出に用いた。また,対照検体で同様の処理を行った後の換算値と未処理の測定値を比較し乖離がないことを確認した3)~5)。
7) 還元処理0.2 mol/Lに調整した2-メルカプトエタノール(以下,2-ME)と患者検体を等量混合し37℃ 1時間反応後,測定した4),5)。対照検体と管理試料も同様に処理した。免疫グロブリン吸収試験と同様にALT,γ-GT,TGについて行った。
8) 自家調製試薬での測定ALT測定試薬を自家調製し6),7),用手法にて第2試薬添加後の吸光度変化を340 nmで5分間観察した(Table 3)。試薬調製および試薬量と血清量の比率は文献7)に従った。患者検体がALT低値であることを考え,低値となる原因のひとつであるビタミンB6不足,欠乏の有無の確認のためにピリドキサールリン酸(pyridoxal phosphate; PALP)を添加した。
試薬I | 試薬I濃度 | 終濃度 |
---|---|---|
トリス塩酸緩衝液(pH 7.5) | 111 mmol/L | 100 mmol/L |
L-アラニン(トリス緩衝液) | 625 mmol/L | 500 mmol/L |
NADH | 0.2 mmol/L | 0.16 mmol/L |
LD(U/L) | 2,500 U/L | 2,000 U/L |
試薬II | 試薬II濃度 | 終濃度 |
---|---|---|
トリス塩酸緩衝液(pH 7.5) | 111 mmol/L | 100 mmol/L |
2-オキソグルタル酸 | 150 mmol/L | 15 mmol/L |
※試薬Iに終濃度0.1 mmol/Lとなるようpyridoxal phosphateを添加
試薬I 800 μL |
血清 100 μL |
混和 37℃ 5分 加温 |
試薬II 100 μL |
混和 |
吸光度測定 分光光度計(日立7012)波長340 nm |
また,BM6050に搭載し測定した。その際の試薬と血清の比率も用手法と同じとし,主波長340 nm,副波長410 nm,攪拌は第1,第2試薬とも「強」,演算ポイントは試薬Aと同様に設定した。
9) ALT反応タイムコースの経日変化当該患者は20XX年12月以降,約3か月ごとに検査を実施し,この間の反応タイムコースを比較した。
10) 患者検体採血日と検討内容20XX年12月の検体だけでは検体量が足りなかったため,検討内容のうち4)他社試薬での測定,7)還元処理を翌年2月の検体で,5)蛋白分画・免疫電気泳動(免疫グロブリン測定),8)自家調整試薬での測定を翌年5月の検体で行った。1)反応タイムコースと2)希釈直線性は毎回確認した。また,採血当日に行えなかった検討については−70℃で凍結保存した患者検体を使用した。
ALTの第2反応区間(第2試薬添加後)はNADHの減少反応であるが,本症例では吸光度増加が見られた。γ-GT,クレアチニン(creatinine; Cre)では第1および第2反応区間で,TG,カルシウム(calcium; Ca)では第1反応区間で主波長,副波長を含む14波長で吸光度増加が見られた(Figure 1)。
(a)ALT(JSCC標準化対応法),(b)γ-GT(JSCC標準化対応法),(c)TG(遊離グリセロール消去酵素比色法),(d)Ca(酵素法),(e)Cre(酵素法),(f)ALT 14波長
患者検体では↓に示すところで通常の反応と異なる吸光度増加が見られた。
ALTでは2倍,5倍,10倍希釈で,第2反応区間の吸光度増加が認められ測定値はマイナスとなった。ALT以外の項目は希釈により通常の反応タイムコースとなり測定できた。
3. ALT高値検体との混合試験による活性阻害因子の存在の確認患者検体のALT値は測定できず理論値は算出できなかった。混合直後の測定値を基準としたとき室温では120分までは5%以内の変化であり,翌日まで保存した場合は患者検体,生理食塩水を用いた対照ともに5%以上の活性低下が見られた。4℃では翌日まで5%以内の変化であった(Table 4)。また,生理食塩水を用いた対照との差も5%以内だった。反応タイムコースは直後,120分後で室温,4℃ともに変化がなかった。
直後 | 30分 | 60分 | 120分 | 翌日 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
患者検体+高値検体 | 室温 | 159 | 159 | 160 | 161 | 145 |
4℃ | 159 | 162 | 163 | 166 | 165 | |
生理食塩水+高値検体 | 室温 | 165 | 164 | 164 | 165 | 153 |
4℃ | 165 | 164 | 167 | 167 | 167 |
試薬A,Bの反応タイムコースを示す(Figure 2)。試薬Bでは,第1反応区間で主波長,副波長を含む14波長で吸光度増加が見られた。また,試薬A・Bの相関をFigure 3に示す。
(a)試薬A,(b)試薬B
IgG 1,711 mg/dL,IgA 319 mg/dL,IgM 65 mg/dLといずれも基準範囲内であった。IgG,IgA,IgMの反応タイムコースに異常は認められなかった。総蛋白7.1 g/dL,アルブミン3.8 g/dL,蛋白分画と免疫電気泳動結果からM蛋白は検出されなかった。
6. 抗血清による免疫グロブリン吸収試験ALTにおいて患者検体と抗IgM血清を1:1で反応させた遠心上清中のIgMは吸収されており,第2反応区間での吸光度増加は見られなかった(Figure 4)。吸収処理後のALT換算値は27 U/Lだった。IgG,IgAについては患者検体と抗血清が1:1ではIgG,IgAが残存しており1:7で吸収されたが,反応タイムコースは吸収処理前と変わらなかった。γ-GTとTGも同様な結果であった。
(a)対照:生理食塩水,(b)抗IgM血清による吸収処理後
2-MEによる還元処理においてALT,γ-GTでは通常の反応タイムコースとなった。TGはかえって反応タイムコースが乱れた。この現象は対照検体,管理試料も同様であった。
8. 自家調製試薬での測定用手法では自家調製試薬,試薬Aともに患者検体で第2反応区間の吸光度増加が認められた。管理試料では吸光度増加は認められなかった。反応液の性状から目視では,はっきりとした濁りは観察できなかったが,第2試薬添加3分後の遠心上清では吸光度増加は認められなかった。また,自家調製試薬の第1試薬に界面活性剤(トリトンX100)を添加したところ患者検体においても第2反応区間の吸光度増加は認められなくなった(Figure 5)。
(a)試薬A,(b)自家調製試薬,(c)患者検体における自家調製試薬での界面活性剤添加の有無
BM6050では自家調製試薬は患者検体だけでなく管理試料,対照検体でも第2反応区間で吸光度増加が認められたが用手法同様に界面活性剤を添加すると,吸光度増加は認められなくなった。市販の試薬には界面活性剤は添加されていると思うが,試薬Aの第1試薬に界面活性剤を添加したところ,患者検体の反応タイムコースでも第2反応区間の吸光度増加は認められなくなった。
9. ALT反応タイムコースの経日変化20XX年12月から翌年8月までのALT反応タイムコース,IgM値の経日変化をFigure 6に,この間の主な検査結果をTable 5に示す。
項目 | 前年 | 20XX年 | 翌年 | 基準範囲 | 単位 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
3月 21か月前 |
12月 初回測定不可日 |
2月 2か月後 |
5月 5か月後 |
8月 8か月後 |
|||
溶血 | (−) | (−) | (−) | (−) | (−) | ― | ― |
乳び | (−) | (+) | (−) | (−) | (−) | ― | ― |
TP | 7.1 | 7.3 | 7.4 | 7.2 | 6.6–8.1 | g/dL | |
ALB | 3.9 | 3.8 | 4.1 | 3.9 | 3.9 | 4.1–5.1 | g/dL |
ALP | 72 | 80 | 80 | 74 | 71 | 38–113 | U/L |
AST | 21 | 22 | 20 | 21 | 19 | 13–30 | U/L |
ALT | 21 | 測定不可 | 15 | 20 | 20 | 10–42 | U/L |
LD | 168 | 161 | 164 | 176 | 167 | 124–222 | U/L |
γ-GT | 26 | 50 | 34 | 36 | 33 | 13–64 | U/L |
UN | 22.0 | 20.0 | 20.0 | 21.9 | 19.3 | 8.0–20.0 | mg/dL |
Cre | 1.22 | 1.10 | 1.23 | 1.17 | 1.10 | 0.65–1.07 | mg/dL |
UA | 8.6 | 7.9 | 7.8 | 7.8 | 7.8 | 3.0–7.0 | mg/dL |
Ca | 9.2 | 9.6 | 9.3 | 9.4 | 8.8–10.1 | mg/dL | |
HDL | 37 | 39 | 40 | 37 | 36 | 40–150 | mg/dL |
LDL | 138 | 138 | 139 | 148 | 120 | 70–139 | mg/dL |
TG | 191 | 282 | 214 | 176 | 201 | 50–149 | mg/dL |
CRP | 0.19 | 0.18 | 0.38 | 0.18 | 0.00–0.14 | mg/dL | |
Rf | 4 | < 3 | < 3 | < 3 | 15以下 | IU/mL | |
IgG | 1,711 | 1,755 | 1,789 | 1,871 | 861–1,747 | mg/dL | |
IgA | 319 | 326 | 338 | 332 | 93–393 | mg/dL | |
IgM | 65 | 48 | 38 | 41 | 33–183 | mg/dL | |
IgE | 89 | 70 | 92 | 68 | 250以下 | IU/mL | |
MMP-3 | 262.6 | 164.2 | 71.9 | 42.5 | 36.9–121.0 | ng/mL | |
白血球 | 7.20 | 6.63 | 5.90 | 6.31 | 7.09 | 3.3–8.6 | ×103/μL |
赤血球 | 5.49 | 5.48 | 5.52 | 5.48 | 5.35 | 4.35–5.55 | ×106/μL |
Hb | 16.2 | 16.2 | 16.5 | 15.6 | 15.7 | 13.7–16.8 | g/dL |
Hct | 48.6 | 49.6 | 49.6 | 50.2 | 47.9 | 40.7–50.1 | % |
MCV | 88.5 | 90.4 | 89.9 | 91.7 | 89.5 | 83.6–98.2 | fL |
MCH | 29.4 | 29.6 | 29.8 | 28.5 | 29.3 | 27.5–33.2 | pg |
MCHC | 33.2 | 32.7 | 33.2 | 31.1 | 32.8 | 31.7–35.3 | g/dL |
血小板 | 185 | 198 | 198 | 198 | 205 | 158–348 | ×103/μL |
好中球 | 51.7 | 49.3 | 49.9 | 53.3 | 53.7 | 38.0–74.0 | % |
好塩基球 | 0.8 | 0.6 | 0.3 | 0.4 | 0.4 | 0.0–1.8 | % |
好酸球 | 6.4 | 2.9 | 3.9 | 3.9 | 3.9 | 0.0–7.8 | % |
単球 | 6.5 | 6.3 | 6.3 | 4.6 | 5.3 | 1.9–8.7 | % |
リンパ球 | 34.7 | 40.8 | 39.6 | 37.8 | 36.8 | 17.0–49.0 | % |
※桃色で示した項目で,通常と異なる反応タイムコースとなった。
※IgMとMMP-3では経日的に濃度が減少した。
本症例の通常と異なる反応タイムコースは主波長,副波長だけでなく測光している340~884 nmの14波長全てで見られたことから,特定の波長に吸収を持つ薬剤の影響というより,非特異的な濁りによるものと考えた。実際に試験管にて患者検体と試薬を反応させて濁りの有無を目視確認することを試みたが,濁りは確認できなかった。吸光度増加が大きくなかったことから目視確認が困難だったと思われる。
免疫グロブリン吸収試験において抗IgM血清で吸収したときのみ通常の反応タイムコースとなったこと,2-MEによる還元処理においても通常の反応タイムコースとなったことからIgMが原因となっていたと考えられた。しかしTGの還元処理では反応タイムコースを見ると,第1反応区間の吸光度が高く第2反応区間では時間経過とともに吸光度の減少が見られ(Figure 7),2-MEがTGの測定系に影響を与えたと思われた。後日,対照検体を用いて反応時間を15分,30分,60分と変えてみたが15分で既に同様の反応タイムコースを示した。2-MEの濃度の変更やDTTの使用など再考の必要があったが,患者検体量に限りがあり他の方法を試みることはできなかった。免疫グロブリン吸収試験や還元処理は症例ごとに最適な条件が異なると思われるが限られた検体と試薬を有効に使うための準備の重要性を再認識した。
(a)生理食塩水による2倍希釈対照,(b)2-ME処理
免疫グロブリン吸収試験と2-ME処理は,ALTの他に初回測定不可日と2か月後の2回にわたって通常と異なる反応タイムコースを示したγ-GTとTGについても行った。CaとCreは初回測定不可日では生理食塩水で2倍希釈すると通常の反応タイムコースを示したこと,2か月後には希釈無しでも測定できたことから除外した。
また,他社試薬での測定で,試薬A・Bの相関は良好であったが,患者検体では反応タイムコースが異なっていたことから,試薬中の成分との異常反応の可能性も考えた。市販の試薬には性能や安定性の向上のため様々な工夫が施されており,そのために添加されているもの8),9)については添付文書上でも明らかにされていない10)。それらと異常反応を起こしてしまった可能性を確認するため,自家調製試薬による測定を試みたが試薬Aと同様に第2反応区間の吸光度増加が見られたため添加剤との反応は原因から除外された。
市販試薬には界面活性剤が添加されている8),9)と思われるが,さらに界面活性剤を添加すると第2反応区間での吸光度増加が見られなくなったことから異常反応の原因となったIgMは疎水性が強かった可能性がある。IgMについてはM蛋白症例で免疫比濁法による偽低値が報告されている11),12)。IgM値が65 mg/dLであったため偽低値の可能性も考えたが,本症例では次の4つが確認できた。①IgMの反応タイムコースに異常が見られなかった,②希釈によるIgM値の増大が見られなかった,③総蛋白からアルブミンを引いた値とIgG,IgA,IgMの和を比較したとき大きな乖離が見られなかった13),14),④測定に影響するM蛋白も検出されなかった。これらのことから問題なく測定されていると判断した。しかし,疎水性の強いIgMの存在によって通常の反応と異なった可能性も考えられる。
本症例は先に示したように反応タイムコースに経日的変化が見られ,ALT初回測定不可日以降では異常の程度が軽減している。また,ALTの他に通常と異なる反応タイムコースを示した項目にも変化があり,2か月後はALT,γ-GT,TGが5倍希釈で報告可能であった。5か月後と8か月後はALTのみで2倍希釈で報告可能であった。初回測定不可日の前回値は21か月前でALT 21 U/Lであったが,問題となるような記録は無く通常測定できていたと思われる。異常反応の解析のため患者残余検体でBM6050の搭載項目について測定を行ったが(Table 5),そのなかでリウマチ因子は一貫して低値であった。IgM値は初回測定不可日の65 mg/dLから回を追うごとに低下している。同様に,血清マトリックスメタロプロテアーゼ3(serum matrix metalloproteinase 3; MMP-3)は262.6 ng/mL(基準値36.9~121.0 ng/mL)と高値であったが2か月後164.2 ng/mL,5か月後71.9 ng/mL,8か月後42.5 ng/mLと低下した。MMP-3は関節リウマチ(RA)患者の関節内で大量に産生され軟骨破壊の鍵となる酵素として知られ,疾患活動性評価や治療効果予測に用いられている15)。12月のカルテには特記すべきイベントは記載されていなかったため,担当医師にMMP-3は依頼項目ではなかったが異常反応解析のために測定したことを説明したうえで患者の状況について確認したが,高値となるような所見は見られなかったとのことだった。MMP-3高値となった原因については不明であるが何らかの炎症があり,上昇したIgMの低下とともに異常反応の程度が軽減したと思われる。
今回はALT測定の第2反応区間での吸光度増加が原因で結果報告ができない事態となったが,測定値を見ているだけでは異常に気付かないこともあると思われる。しかし,すべての反応タイムコースを確認することは困難である。BM6050では自施設の基礎データをもとに設定することで,反応タイムコースのどの区間に異常な吸光度変化が起こっているかを装置アラームで知ることができる。装置アラームが作動したときは,その検体のすべての項目について反応タイムコースを確認する必要があると考える。外来診療では診察前検査が当たり前であり異常反応の対応に時間的余裕はないが,希釈再検などできることから始め,医師に状況説明したうえで病態変化やサプリメント使用状況などについても情報共有できると原因究明の手掛かりとなると思われる。また,患者検体は可能な限り凍結保存し確認,検討に役立てたい。
免疫グロブリン値(IgG, IgA, IgM)が基準範囲内でありM蛋白も検出されなかったが,IgMが異常反応の原因となっていた症例を経験した。今回の検討ではIgMの物理化学的特性の追及には至らなかったが,IgM値が基準範囲内であったことから疎水性の強いIgMの存在が異常反応を引き起こしたと推察された。
本論文の要旨は,第63回日本臨床化学会年次学術集会(2023年東京都)にて発表した。
本検討は当院倫理委員会の承認を得て行った(承認番号 申2023-01)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。