2024 Volume 73 Issue 4 Pages 638-643
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は,従来から不顕性感染者(軽症含)が多数存在していることが示唆されており,感染が持続している背景の一要因としても指摘されている。地域住民や献血検体を用いた血清疫学調査報告がなされているが,健診受診者の不顕性感染と思われる自然感染抗体保有率の変動や,生活習慣との関係性の報告は少ない。本研究では,2020年7月より2023年10月の期間,健康診断を受けた際にSARS-CoV-2-抗N(Nucleocapsid)抗体検査を追加した44,493例の受診者を対象に,年齢,性別,SARS-CoV-2-抗N抗体検査結果を変異株の主流期別に三期に分けて分析した。また,本感染症は飛沫感染が主体であることから,飲酒習慣との関係性においても若干の知見を得た。
The infection caused by the new coronavirus (SARS-CoV-2) (COVID-19) has long been suggested to have many asymptomatic infections (including mild symptoms), and the infection continues. It has also been pointed out as a contributing factor. Although there have been reports on seroepidemiological studies using local residents and donated blood specimens, there are few reports on changes in the natural infection antibody prevalence rate or its relationship with lifestyle, which is thought to be due to subclinical infection in health check-ups. This study targeted 44,493 patients who underwent a SARS-CoV-2-N (Nucleocapsid) antibody test during the period from July 2020 to October 2023, based on their age and gender. , SARS-CoV-2-N antibody test results were analyzed in three periods according to the predominant period of the variant strain. Additionally, since this infection is mainly transmitted through droplets, we also gained some knowledge regarding its relationship with drinking habits.
2019年12月に発生した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は,変異を繰り返しながら世界的に感染拡大してきた。本邦では2023年5月に感染症法上の分類が2類から5類となった後,各地で散発的感染がありながらも,ほぼ終息の方向に向かっているものと考えられている。本感染症は従来から不顕性感染者(軽症含)が多数存在していることが示唆されており1),2),感染が持続している背景の一要因としても指摘されている。地域住民や献血検体を用いた血清疫学調査報告3),4)なされているが,健診受診者の自然感染抗体保有率の報告は少ない5)。飲酒習慣と抗体の関係はワクチンによるSARS-CoV-2-抗S(スパイク)抗体検査(抗S抗体)との報告6)はあるが,SARS-CoV-2-抗N(ヌクレオカプシド)抗体検査(抗N抗体)との報告は無い。厚生労働省の報告によれば,新型コロナウイルスに対する我が国の自然感染後の抗体保有状況の把握は2023年4月末時点において,3,327万人が確認されているが実際の感染者数はさらに多いことが推測され,より信頼性の高い結果を得るために更なる抗体検査の実施が求められている。本研究では2020年7月より40か月にわたり,首都圏主要部勤労層が健康診断を受けた際に,新型コロナウイルス抗N抗体を追加検査した受診者の抗N抗体保有率の推移を分析した。
医療法人社団 善仁会健診センターヘルチェックが検査運営する首都圏11か所の健診センターを受診した際,SARS-CoV-2-抗N抗体のオプション検査追加者の結果および問診回答を使用した。臨床研究のうち,診療データ等の情報のみを用いる研究については,国が定めた倫理指針に基づき,対象となる患者さんから直接同意を受けない場合がある。本研究は受診前の問診でも受診者が非同意(ノーサイン)で拒否できる機会を設けた方法で実施された。尚,今回の検討は医療法人社団 善仁会の倫理委員会(倫理委員会承認番号:2023-004)で承認されている。
受診者データからは1)性別 2)受診時年齢 3)SARS-CoV-2-抗N抗体検査結果,問診データから飲酒習慣(週1~2回以上)の有無を抽出した。
受診者総数は44,493例(概要:平均年齢46歳,17歳から79歳,男性43%,女性57%)である。
2. 方法 1) 血清学的検査SARS-CoV-2-抗N抗体検査はロシュ・ダイアグノスティックス株式会社の研究用試薬「Elecsys® Anti-SARS-CoV-2 RUO」を用い,電気化学発光を原理としたCobas e801自動分析装置を使用し測定した。
2) 流行株別の流行期間アルファー株・デルタ株が主流であった本抗体測定開始の2020年7月から2021年12月(1期),オミクロンBA1,2株が主流期であった2022年1月から6月(2期),オミクロンBA5株が主流となった2022年7月から2023年10月(3期)に大別7),8)し比較した。
3) 受診者年齢構成および居住地別概数大別した流行期間での年代別(10代から70代)および居住地別(首都圏)受診者概数を集計した。また,それぞれの抗N抗体陽性率も算出した。
4) 性別受診者数推移と陽性率推移2020年7月から2023年10月までの40か月を月単位で男女別に抗N抗体検査受診者数とその陽性率の変化をグラフ化した。
5) 飲酒習慣との関係性飲酒習慣の有無および性別によるSARS-CoV-2-抗N抗体の陽性群と陰性群の関係性を検討した。
6) 厚生労働省首都圏発症者データと本研究から得られた抗N抗体陽性率の推移厚生労働省のオープンデータから日々単位のCOVID-19発症者数(東京都+神奈川県)に本研究の抗N抗体保有率を合わせてグラフ化した。
7) 統計解析Microsoft社Excel分析ツールおよび関数,有意差判定はχ二乗検定を使用した。
1)SARS-CoV-2抗N抗体検査期間別受診者年齢構成をTable 1に,SARS-CoV-2抗N抗体検査期間別受診者居住地域別概数をTable 2に示す。年代別比率は40代が37.3%,50代が26.5%,30代が21.7%とこの3年代で85%を占めていた。また,居住地域の割合は概算で神奈川が53%,東京が36%,埼玉8%,千葉3%と神奈川と東京でほぼ9割であった。
’20.7~’21.12 | ’22.1~’22.6 | ’22.7~’23.10 | ’20.7~’23.10 | |
---|---|---|---|---|
n | n | n | n(%) | |
10代 | 7 | 3 | 1 | 11(0.02) |
20代 | 2,718 | 175 | 301 | 3,194(7.18) |
30代 | 7,965 | 621 | 1,086 | 9,672(21.74) |
40代 | 13,241 | 1,208 | 2,123 | 16,572(37.25) |
50代 | 9,001 | 878 | 1,894 | 11,773(26.46) |
60代 | 2,293 | 202 | 479 | 2,974(6.68) |
70代 | 221 | 22 | 54 | 297(0.67) |
total | 35,446 | 3,109 | 5,938 | 44,493 |
’20.7~’21.12 | ’22.1~’22.6 | ’22.7~’23.10 | ’20.7~’23.10 | |
---|---|---|---|---|
n | n | n | n(%) | |
神奈川 | 19,100 | 1,500 | 3,200 | 23,800(52.9) |
東京 | 13,300 | 1,000 | 1,900 | 16,200(36.0) |
埼玉 | 3,100 | 200 | 400 | 3,700(8.2) |
千葉 | 1,000 | 100 | 200 | 1,300(2.9) |
全地域 | 36,500 | 2,800 | 5,700 | 45,000 |
2)SARS-CoV-2抗N抗体検査期間別陽性者年齢構成をTable 3に,SARS-CoV-2抗N抗体検査期間別陽性者居住地域別概数をTable 4に示す。全期間の年代別陽性率は10代を除けば,4.3から5.9%で期間別では平均1.6%,7.9%,26.4%であった。居住地域別での陽性者割合は若干の地域差はあるものの全地域平均期間別で1.5%,9.3%,28.1%であった。
20.7~’21.12 | 22.1~’22.6 | 22.7~’23.10 | 20.7~’23.10 | |
---|---|---|---|---|
n(%) | n(%) | n(%) | n | |
10代 | 0(0) | 0(0) | 1(100) | 1 |
20代 | 50(1.8) | 20(11.4) | 68(22.6) | 138 |
30代 | 138(1.7) | 57(9.2) | 278(25.6) | 473 |
40代 | 196(1.5) | 97(8.0) | 597(28.1) | 890 |
50代 | 143(1.6) | 58(6.6) | 493(26.0) | 694 |
60代 | 28(1.2) | 12(5.9) | 117(24.4) | 157 |
70代 | 0(0) | 0(0) | 16(29.6) | 16 |
total | 555(1.6) | 244(7.9) | 1,570(26.4) | 2,369 |
’20.7~’21.12 | ’22.1~’22.6 | ’22.7~’23.10 | ’20.7~’23.10 | |
---|---|---|---|---|
n(%) | n(%) | n(%) | n | |
神奈川 | 270(1.4) | 140(9.3) | 840(26.3) | 1,250 |
東京 | 240(1.8) | 90(9.0) | 580(30.5) | 910 |
埼玉 | 40(1.3) | 20(10.0) | 130(32.5) | 190 |
千葉 | 10(1.0) | 10(10.0) | 50(25.0) | 70 |
全地域 | 560(1.5) | 260(9.3) | 1,600(28.1) | 2,420 |
3)飲酒習慣の有無と抗N抗体陽性者との関係性をTable 5に示した。1期,2期,3期ともに飲酒習慣と抗N抗体陽性者数に有意な関係性が観察された。また,男女別の飲酒習慣の有無と抗N抗体陽性者との関係性をTable 6に示した。1期の男性,3期の女性を除き有意な関係性をみた。
’20.7~’21.12 | ’22.1~’22.6 | ’22.7~’23.10 | ’20.7~’23.10 | |
---|---|---|---|---|
Alc+&N-Ab+ | 383 | 175 | 942 | 1,500 |
Alc−&N-Ab+ | 171 | 69 | 626 | 866 |
Alc+&N-Ab− | 21,622 | 1,722 | 2,445 | 25,789 |
Alc−&N-Ab− | 13,447 | 1,142 | 1,920 | 16,509 |
p値(有意水準0.05) | 0.0003 | 0.0004 | 0.0053 | 0.0184 |
Alc+:飲酒習慣有 Alc−:飲酒習慣無 N-Ab+:抗体陽性 N-Ab−:抗体陰性
’20.7~’21.12 | ’22.1~’22.6 | ’22.7~’23.10 | ’20.7~’23.10 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
男性 | 女性 | 男性 | 女性 | 男性 | 女性 | 男性 | 女性 | |
Alc+ & N-Ab+ | 237 | 146 | 90 | 85 | 501 | 441 | 828 | 627 |
Alc− & N-Ab+ | 83 | 88 | 24 | 45 | 203 | 423 | 310 | 566 |
Alc+ & N-Ab− | 10,694 | 10,928 | 808 | 914 | 1,189 | 1,356 | 12,691 | 13,198 |
Alc− & N-Ab− | 4,519 | 8,928 | 0.0496 | 0.0080 | 635 | 1,285 | 5,497 | 11,012 |
p値(有意水準0.05) | 0.1441 | 0.0245 | 0.0496 | 0.0080 | 0.0042 | 0.4129 | 0.0333 | 0.3073 |
Alc+:飲酒習慣有 Alc−:飲酒習慣無 N-Ab+:抗体陽性 N-Ab−:抗体陰性
4)性別の受診者数推移と陽性率推移をFigure 1に示した。受診者数の推移は新型コロナウイルス感染症の世論的関心度等,特に感染拡大周波報道の少し後に受診者数の波としてほぼパラレルに増減していた。陽性率の推移は2023年5月の5類移行でいったん減少したが,その後再び上昇傾向を示し,2023年8月から10月にはほぼ50%近くに上昇した。厚生労働省のオープンデータから本調査機関に2020年1月からの首都圏(東京&神奈川)の発症者積上げ(2023年5月7日まで)グラフに本研究で得られた陽性率推移を月単位でプロットした図をFigure 2に示す。いわゆる第8波のピークの後,抗体陽性率も35%前後であった。
健康診断を受診した際,SARS-CoV-2-N抗体のオプション検査追加者44,493例を対象に母集団の特性分析と抗N抗体保有率の推移を観察した。一般的に不顕性感染が大半と思われる抗N抗体陽性率は地域住民や献血検体を用いた血清疫学調査報告3),4)とほぼ同等であり,2023年11月28日から12月11日の期間に国内29都府県から集めた3,600検体の事業者健診残余検体のN抗体保有割合実態調査の速報値6)ともほぼ同等であった。これは地域や対象者の違いがあっても本感染症の流行動態は基本的に同様であることが推察された。本研究の抗N抗体の経時的増加に関しては,ウイルス自体の変異として重症度の経時的低減,反して感染性が次第に増強していった変化に並行して社会的背景(未知の感染症への不安に対する防御,経済活動への影響等)が加わり抗N抗体保有率が増大したものと推察された。また,2類から5類への変化としては不安の緩和と経済活動の復興であり,このことが感染防御も緩めてしまい更に変異した新たな株を広めることの要因となったと思われた。一旦は受診者数および陽性率の減少をみたが,2023年7月以降再び陽性率は上昇し2023年10月の集計では47%の陽性率を記録,第9波のピークであったと思われた。年齢・性別の推移から男女共30代から50代が中心で本感染症に対する関心度を抗N抗体受診者数の変化で見れば,1期ではやや男性優位であったが,2期から3期では女性が多くなっているが,抗N抗体陽性率はほぼ同等もしくは女性の方が低率であり,関心度が実質的な感染防御策と関連していることが推察される(Figure 1)。飲酒習慣と喫煙習慣を問診データから抽出して抗体陽性率との関係性を集計したところ,喫煙に関しては予想に反してかなり低い喫煙率(男性10%台,女性数%台)であったため,喫煙習慣の関係性は省略した。生活習慣の中でも免疫力に影響があると思われる飲酒習慣は,アルコール摂取がマクロファージ活性の低下との関係が報告されており,抗N抗体の産生にも影響している可能性が推定されている。感染経路に関する疫学調査9)による感染事例の7割は会食時の飛沫感染である。飲酒量や頻度も重要な要素ではあるが,今回は単純に飲酒習慣の有無(週1~2回以上を有)で分け,飲酒有で抗体陽性者,飲酒有で抗体陰性者,飲酒無で抗体陽性者,飲酒無で抗体陰性者に各流行期間で集計し,有意差をみた。男女混合では1期,2期,3期とも飲酒習慣と抗N抗体陽性者数の有意な関係性が確認された。特に感染力が強くなった3期は他の期間に比し飲酒習慣との有意性はより高かった。また,男女別にみると,男性では1期の有意差は無く,2期と3期は有意性を認めた。女性では逆に1期,2期と有意差があったものが,3期では認められなかった。このことは社会安全学からの調査報告10)にあるように各流行期の社会情勢の様々な要因による影響が性差,特に女性は男性よりも強い不安感に伴う防御的本能が結果として表れたものと推察された。
本感染症の流行は2020年の第1波に始まり,現時点(2024年1月)においても新たな変異株であるJN.1によって第10波が始まろうとしている11)。変異の激しいSARS-CoV-2はSARSやMARSの変異よりもウイルス遺伝情報のミスコピーが格段に多いと言われており,この点がワクチンを含め免疫応答が一概にならない要因である可能性が考えられる。今後も新しい変異株の出現や感染状況の変化に注意が必要である。
不顕性感染者の動態を新たな視点で継続的に把握することや,各変異株の主流期毎に健診受診者の抗体保有率変動傾向を抗N抗体検査で確認できることは,感染症対策においてより重要な情報となると考えられる。本感染症は不顕性感染者が感染拡大の要因となる可能性があるため,その動向を追跡し分析することは,感染制御やワクチン戦略の立案に寄与するものと思われる。新たな視点やアプローチを取り入れ,感染症への対策を継続的に最適化していくことが求められるのではないだろうか。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。