Japanese Journal of Medical Technology
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
Original Article
Survey on preoperative transthoracic echocardiography practices and results in our institution
Yasuki MARUTAFumiya SATAKEMai KAMOTANIYuichi MIZUTAToshiki MATSUZAKIIsao SUMINOEKeiko MURAOKA
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 74 Issue 1 Pages 26-36

Details
Abstract

目的:超高齢化社会となった我が国において,心血管疾患を合併した症例は増加しており,心疾患が疑われる患者には検査を実施する,包括的術前評価の重要性は増している。当院では手術を控えた患者の入院前の外来期間を利用し,患者リスクを正確に把握しスムーズな入院治療,より安全な手術,早期退院を実現するという目的で,「入退院センター」という独自の部署が2015年度より設置された。2021年度からはこの入退院センター専用超音波予約枠を設け目的実現に努めているが,この心臓超音波検査において,どれ程の患者においてどのような検査所見が検出されたのか,検出された検査所見がどの程度の患者の周術期管理に寄与したのかは明らかになっていない。そこで今回我々は,心臓超音波検査を対象に,有意所見の検出率と,超音波検査結果の周術期管理への影響を後ろ向きに調査し,術前評価システム構築の重要性を考察した。方法:2021年4月より2023年3月までの期間で,入退院センター専用の予約枠より依頼された心臓超音波検査677例を対象とし調査した。結果:術前心臓超音波検査の追加依頼が発生したことで予定された手術日程が延期された症例は認められなかった。有意所見は全体の72%に認め,それぞれ周術期管理が必要・延期・中止等の対応が施されたことがわかった。結論:術前心臓超音波検査が患者,臨床にとって有益であることを改めて認識する結果となった。当院独自の部署である入退院センターの取り組みを合わせ,その詳細を報告する。

Translated Abstract

Purpose: In our country, which has become a super-aging society, the number of cases with concurrent cardiovascular diseases is increasing. Therefore, the importance of conducting comprehensive preoperative evaluations, including testing for patients suspected of having heart disease, is increasing. In our hospital, a unique department called the “Hospitalization and Discharge support Center” was established in 2015 with the aim of accurately assessing patient risks, ensuring smooth inpatient treatment, safer surgeries, and earlier discharge. From 2021, we have established a dedicated ultrasound reservation slot within the Hospitalization and Discharge Center. However, it remains unclear how many patients had specific findings detected during these cardiac ultrasound examinations and to what extent the detected findings have contributed to perioperative management. In this study, we retrospectively investigated the detection rate of significant findings in cardiac ultrasound examinations and their impact on perioperative management, considering the importance of constructing a preoperative evaluation system. Methods: We conducted a survey targeting 677 cases of cardiac ultrasound examinations requested from the dedicated reservation slot of the Hospitalization and Discharge support Center from April 2021 to March 2023. Results: No cases were found where scheduled surgical dates were postponed due to additional requests for preoperative cardiac ultrasound examinations. Significant findings were observed in 72% of all cases, and it was found that perioperative management, including the necessity of management, postponement, or cancellation, was implemented in each case. Conclusion: The results reaffirm the beneficial nature of preoperative cardiac ultrasound examinations for patients and clinical practice. We also report on the efforts of the Hospitalization and Discharge support Center, in conjunction with these examinations.

I  はじめに

我が国では人口の高齢化に伴い,非心臓手術を控えた患者の心血管疾患合併症例の増加が危惧されている。外科手術患者の約10%に周術期合併症が生じ,その内の約42%が心脳血管の合併症を有すると報告されている1)。これら心血管系合併症例の約半数は予防可能との報告がある2),3)が,これは,近年の入院期間短縮の流れから,術前評価を行う期間も短縮し,情報不足,周術期管理に不安を残す形となってしまっている結果でないかと考える。その背景には,術前検査の依頼を行う基準や循環器内科への診療依頼を行う根拠が不十分であることが考えられ,それぞれの医療機関における術前評価システムの構築や見直しが必要である1)

日本循環器学会,日本心臓病学会が発行する非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドラインにおいては,術前心臓超音波検査をルーチンとして行うことを推奨していないが,これは単に術前だからという理由だけで検査してはいけないという意味である。超高齢化社会となった我が国において,内科疾患を多数合併した症例は増加しており,心疾患が疑われリスク上昇群と判断される症例においては検査を実施する,包括的術前評価の重要性は増している4)。しかし,人的リソースの問題などにより,実際に包括的術前評価システムが構築され運用されている医療機関は少ないことも大きな課題である。

一方,当院では入院前の外来期間を利用し,患者リスクを把握しスムーズな入院治療,より安全な手術,早期退院を実現するという目的で,「入退院センター」という独自の部署が2015年度より設置された。医師1名,看護師10名,薬剤師1名,管理栄養士1名,歯科衛生士1名,医療社会事業司1名,病床管理のための主事1名,事務員3名で,基本的には専属のスタッフで構成される。入院前の問診(持参薬チェック,栄養状態の確認,口腔チェックを含む)や術前検査・入院・手術の説明,術前検査の依頼,検査結果のチェック,主治医とのコンタクトや,必要時は他科への紹介などの業務を一手に担っている。入退院センターの設置により,非心臓手術を控える患者に対し,スクリーニングを実施した上で心臓超音波検査が依頼されるようになった。我々,検査技術部生体検査課も,心臓・下肢静脈超音波検査において,検査依頼枠に入退院センター患者専用の超音波検査予約枠(以下,入退院センター枠)を2021年度より新設するなどして,スムーズな入院治療,より安全な手術,早期退院の目的実現のため共に取り組んできた。しかし実際のところ,どれ程の患者においてどのような検査所見が検出されたのか,検出された検査所見がどれ程の患者の周術期管理に寄与したのかは不透明なままである。

そこで今回我々は,入退院センター枠で依頼された心臓超音波検査において,所見の検出内容,検出所見から,周術期管理に寄与した割合を調査し,術前評価システム構築の重要性を考察したため報告する。

II  対象と方法

入退院センター枠が稼働された2021年4月から,2023年3月の間に入退院センターが介入した13,223例のうち,問診と,当院が独自に作成した「手術を受ける患者のハイリスク(異常データ・基礎疾患)別対応チャート」(Figure 1),別紙「心電図異常」(Table 1)を用いて術前患者をスクリーニングし,心臓超音波検査が必要と判断され,「入退院センター枠」で追加依頼された非心臓手術患者に対する心臓超音波検査677例を調査対象とした。

Figure 1  手術を受ける患者のハイリスク(異常データ・基礎疾患)別対応チャート
Table 1 心電図異常

心電図異常
房室ブロックII度(Mobitz II) 両室肥大
房室ブロックII度(2:1) 左室肥大
完全房室ブロック Coved型ST上昇(右胸部)
人工ペースメーカー調律 Saddleback型ST上昇(右胸部)
補充収縮 完全左脚ブロック
上室頻拍 陰性T
心室期外収縮(頻発) 巨大陰性T
心室2段脈 異常Q波
心室3段脈 前壁梗塞
心室期外収縮ショートラン 急性の前壁梗塞
心室頻拍 前壁中隔梗塞
心房細動 側壁梗塞
心房粗動 急性の側壁梗塞
下壁梗塞
急性の下壁梗塞

対象の内訳(平均年齢,男女比,依頼元診療科),心臓超音波検査が追加依頼となった理由,心臓超音波検査実施のために手術の日程が延期となった症例が存在するかどうかを調査した。

また,心臓超音波検査所見に関しては,2022年改訂版非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン1),2021年度改訂版循環器超音波検査の適応と判読ガイドライン5),心腔計測におけるガイドライン2015年ダイジェスト版6),Normal Values of Echocardiographic Parameters in Relation to Age in a Healthy Japanese Population The JAMP Study7)を参考として,評価項目を「左房」,「左室」,「収縮能」,「拡張能」,「肥大」,「弁膜症」,「肺高血圧の可能性」,「心膜液」,「その他」と設定し,それぞれ有意な異常所見とする基準を設定して検出率を調査した(Table 2)。

Table 2 有意な異常所見の基準

項目 所見 基準
左房 拡大 左房容積係数 > 34 m2かつ心尖部四腔像での左房縦横径が40 × 40 mm以上
左室 軽度拡大 左室拡張末期径が50 mm以上55 mm未満
拡大 左室拡張末期径が55 mm以上
収縮能 低下 MOD法もしくはvisualにおける左室駆出率(EF)が50%未満
局所壁運動異常
拡張能 拡張機能障害陽性 左室駆出率が正常な患者において以下の50%が陽性
1.平均E/e' > 14
2.中隔e' < 7 cm/sec又は側壁e' < 10 cm/sec
3.三尖弁逆流の速度 > 2.8 m/sec
4.左房容積係数 > 34 mL/m2
拡張機能障害グレードII 左室駆出率が低下した患者で
E/A ≤ 0.8かつE > 50 cm/s又はE/A > 0.8かつ < 2
以下の2つ以上が陽性
1.平均E/e' > 14
2.三尖弁逆流の速度 > 2.8 m/sec
3.左房容積係数 > 34 mL/m2
拡張機能障害グレードIII 左室駆出率が低下した患者でE/A ≥ 2
肥大 求心性肥大 左室心筋重量係数が男性 > 115,女性 > 95かつ相対的壁厚 > 0.42
遠心性肥大 左室心筋重量係数が男性 > 115,女性 > 95かつ相対的壁厚 ≤ 0.42
非対称性壁肥厚 非対称性壁肥厚
弁膜症 僧帽弁逆流(MR) 中等度以上の弁膜症
僧帽弁狭窄(MS)
大動脈弁逆流(AR)
大動脈弁狭窄(AS)
肺高血圧の可能性 中等度 三尖弁逆流ピーク血流速度 ≤ 2.8 m/secかつ他の肺高血圧を示唆する所見(+)
三尖弁逆流ピーク血流速度が2.9~3.4 m/secかつ他の肺高血圧を示唆する所見(−)
高度 三尖弁逆流ピーク血流速度 > 3.4 m/secまたは
三尖弁逆流ピーク血流速度が2.9~3.4 m/secかつ他の肺高血圧を示唆する所見(+)
心膜液 心膜液 軽度以上の貯留
その他 その他 上記以外の異常所見(先天性心疾患,心腔内構造物 等)

更に,実施された心臓超音波検査所見をもって,心臓治療が優先され,予定された手術が延期,もしくは中止となった症例,また,手術は予定通り実施されたが,周術期に心臓超音波検査フォローが実施されるなど経過観察に注意を要した症例を調査した。

既知報告との比較にはカイ二乗検定を適応した。Microsoft Excel(16.78.3)を使用し,有意水準はp < 0.05とした。

本調査は,患者が特定されないよう配慮し,所属施設倫理委員会の承認を得て実施された(承認番号:第2023-45号)。

III  結果

1. 対象の内訳

調査期間中の総受診者に対する入退院センター枠による心臓超音波検査実施率は5.1%であった。

対象の年齢は17~97歳で平均年齢は74歳,男女比は男性330例,女性347例であった。

依頼元診療科は外科:313例(46.2%),整形外科:163例(24.1%),泌尿器科:112例(16.5%),産婦人科:36例(5.3%),内科:15例(2.2%),歯科口腔外科:12例(1.7%),形成外科:9例(1.4%)であった。

心臓超音波検査が追加依頼され,心臓超音波検査検査の結果を待ったため手術の日程が遅れた事実は確認できなかった。

2. 心臓超音波検査が追加依頼となった理由

心臓超音波検査が追加依頼された理由の内訳は,心電図異常:387例(57%),心疾患の既往:299例(44%),深部静脈血栓症:148例(22%),デバイス植え込み患者:41例(6%),高齢者(90歳以上):35例(5%)の順であった。

3. 心臓超音波検査所見

677例の心臓超音波検査の結果を示す(Figure 2)。うち,490例(72%)に有意な異常所見を認めた。各評価項目,その内訳を示す(Figure 3)。677例の内,26例(4%)では重篤な異常所見を指摘し,心臓に対する治療が優先され,予定された非心臓手術が12例(2%)で延期,14例(2%)で中止となった(Table 3)。更に108例(16%)においては,延期や中止を考慮する程の重篤な異常所見ではないが,心予備能の低下を認めるなどして,周術期の詳細な服薬,体液,血圧管理が詳細に指示され,周術期での心臓超音波検査フォローが実施された。543例(80%)では予定通り,もしくは抗血栓薬の休薬等,多少の服薬内容の変更はあるものの周術期の管理に大きな注意を要さず手術が実施された(Figure 4)。

Figure 2  検出された超音波所見
Figure 3  検出された有意な超音波異常所見
Table 3 術前心臓超音波検査結果(中止もしくは延期症例)

症例 性別 年齢 依頼科 心エコーが追加依頼となった理由 心エコー所見と延期・中止となった理由 手術
1 77 泌尿器科 心電図異常(心房細動) 新規に局所壁運動異常を指摘
冠動脈造影検査にて3枝病変を指摘,先に冠動脈バイパス術を実施
延期
2 59 外科 心疾患既往(OMI)
呼吸苦
EF:35%と低下,遠心性肥大を指摘,肺高血圧の可能性は高度と指摘
心疾患既往があるものの詳細不明,服薬は自己中断をされており,まずは服薬コントロールを実施
延期
3 78 産婦人科 心電図異常(心房細動)
呼吸苦
重度の大動脈弁狭窄症を指摘
先にTAVIを他院で実施後,当院で予定されていた手術を実施
延期
4 80 整形外科 心電図異常(心室期外収縮頻発)
労作時息切れ
EF:40%と低下,中等度の僧帽弁逆流と心拡大を指摘
肺高血圧の可能性は中等度と指摘
循環器内科への受診歴がなくまずは服薬コントロールを実施
延期
5 55 泌尿器科 心電図異常(前壁梗塞) 新規に局所壁運動異常を指摘
冠動脈造影検査にて3枝病変が指摘され,先に冠動脈バイパス術を実施
延期
6 81 整形外科 強い呼吸苦 肺高血圧の可能性は中等度と指摘であるが強い呼吸苦があり,服薬で症状のコントロールを実施 延期
7 74 外科 心電図異常(左室肥大)
労作時息切れ
重度の僧帽弁逆流を指摘
僧帽弁に対する外科的治療を実施後,予定された手術を実施
延期
8 58 整形外科 心電図異常(左室肥大)
労作時息切れ
重度の大動脈弁逆流と心拡大を指摘
肺高血圧の可能性は中等度と指摘
先に大動脈に対する外科的治療を実施
延期
9 65 整形外科 心疾患既往(OMI) EF:40%と低下,局所壁運動異常と遠心性肥大を指摘
心疾患既往があるものの詳細不明
追加の冠動脈造影検査で3枝病変を指摘され,先に冠動脈バイパス術を実施
延期
10 73 外科 心電図異常(陰性T)
労作時息切れ
少なくとも2枝病変を疑う局所壁運動異常を指摘
追加の冠動脈造影検査で3枝病変を指摘
先に冠動脈バイパス術を実施
延期
11 57 内科 心電図異常(陰性T) EF:45%と軽度低下
肺高血圧の可能性は中等度と指摘
以前に化学療法を実施されており,EFの前回比も低下していることから抗がん剤治療関連心筋障害として服薬コントロールを実施してから手術を実施
延期
12 75 外科 心疾患既往(OMI) EF:35–40%と低下,中等度の僧帽弁逆流と心拡大を指摘
肺高血圧の可能性は中等度と指摘
心疾患既往があるものの詳細不明で,まずは服薬コントロールを実施
延期
13 60 外科 心電図異常(陰性T) EF:15–20%と高度に低下,局所壁運動異常と遠心性肥大を指摘
心疾患既往があるものの詳細不明でCOVID-19関連心筋症疑いとして経過観察中
予定された手術は中止
中止
14 83 外科 DVT(+)
心電図異常(心房細動)
労作時息切れ
中等度の大動脈弁逆流,肺高血圧の可能性は中等度と指摘
追加検査で明らかな肺塞栓症は認めなかったもののリスクを合わせて説明し本人希望により治療選択されず
中止
15 80 外科 心疾患既往(大動脈弁置換術後) 大動脈弁置換術後,弁不全を示唆する明らかな所見は認めないが肺高血圧の可能性は中等度と指摘
リスクを合わせて説明し本人希望により治療選択されず
中止
16 81 整形外科 心電図異常(陰性T) 局所壁運動異常を指摘
冠動脈造影検査で有意狭窄を認め,急性冠症候群として冠動脈形成術を実施
中止
17 81 泌尿器科 心電図異常(心房細動)
労作時息切れ
中等度の僧帽弁逆流,肺高血圧の可能性は高度と指摘
心不全に対する治療を優先的に実施
中止
18 89 泌尿器科 心電図異常(心房細動)
胸痛
重度の大動脈弁狭窄症を指摘
先に経カテーテル大動脈弁留置術を他院で実施
当院で予定されていた手術は一旦中止
中止
19 89 整形外科 心電図異常(心房細動) 中等度の僧帽弁逆流と大動脈弁逆流,肺高血圧の可能性は中等度と指摘
心不全に対する治療を優先的に実施されたが,手術日程調整中,他院への受診希望あり,その後,当院へは受診されず
中止
20 78 整形外科 DVT(+) EF:45%と軽度低下,拡張障害(グレードII)と求心性肥大等心アミロイドーシスを疑う所見を指摘
精査の結果,ATTR型心アミロイドーシスと診断され加療目的で他院へ転院
中止
21 84 泌尿器科 心電図異常(心房細動)
労作時息切れ
EF:30%と低下,肺高血圧の可能性は中等度と指摘
重度の心膜液貯留と心タンポナーデを疑う所見を認め上記に対する治療を優先して実施,予定されていた手術はその後検討
中止
22 72 歯科口腔外科 心疾患既往(OMI)
心電図異常(陰性T)
EF:10–20%と高度に低下,局所壁運動異常と遠心性肥大を指摘
心疾患既往があるものの詳細不明で,本人希望も踏まえ手術は中止
中止
23 85 整形外科 心疾患既往(HCM)
ICD植込み患者
心電図異常(陰性T)
ICD植え込み患者
現時点で明らかな左室流出路狭窄はないものの肺高血圧の可能性は中等度と指摘
心臓に対しての不安が強く中止
中止
24 73 整形外科 心電図異常(前壁梗塞異常Q波) EF:30–35%と低下,局所壁運動異常を指摘
冠動脈造影検査にて3枝病変を指摘
先に冠動脈バイパス術が実施されたが,その後は予定された手術は希望されず
中止
25 91 泌尿器科 心電図異常(下壁梗塞)
高齢
重度の大動脈弁狭窄症を指摘
先にTAVIを他院で実施されたが,当院で予定されていた手術は希望されず
中止
26 87 外科 ペースメーカー植込み患者
DVT(+)
EF:20–25%と高度に低下,遠心性肥大を指摘
肺高血圧の可能性は中等度と指摘で指摘
リスクを説明し,本人希望も踏まえ手術は中止
中止

677例中26例(4%)に重篤な異常所見を認め,心臓に対する治療が優先されるなどして予定された非心臓手術は中止もしくは延期となった。

OMI:陳旧性心筋梗塞,DVT:深部静脈血栓症,HCM:肥大型心筋症

Figure 4  手術の実施

677例中26例(4%)では延期,もしくは中止となった。更に108例(16%)では周術期の管理に注意を要し心臓超音波検査のフォローが実施された。

IV  考察

術中の合併症(全身麻酔導入時の低血圧)と心機能障害との関連を調査したTaraoら8)は手術を控えた患者(心臓手術を含む)200例に心臓超音波検査を実施し,中等度以上の弁膜症は24例(12%),EF 45%以下の左室収縮能低下は5例(2.5%)認めていたと報告した。我々の調査では,有意な弁膜症は98例(14%),EF 45%以下の左室収縮能低下は48例(7%)に認めた。弁膜症に関しては対象に心臓手術を控える患者を含む調査と同程度の割合で認め,収縮能低下に関しては我々の結果が有意に高い割合であった(p < 0.05)。

また,非心臓手術を控えた患者に対する術前心臓超音波検査所見内容を調査した後藤ら9)は2,219例中,有意な弁膜症は140例(6%),左室収縮能低下は36例(2%),肺高血圧が疑われる所見は14例(0.6%)であり,15例(0.6%)において手術の延期もしくは中止があったと報告している。今回の我々の調査では677例中,有意な弁膜症は98例(14%),左室収縮能低下は72例(11%),肺高血圧が疑われる所見は51例(8%)であり,26例(4%)で手術の延期もしくは中止があった。これらの項目において我々の調査での検出率は有意に高く,手術が延期または中止された症例も有意に多かった(p < 0.05)。ルーチンとしてではなく,入退院センターにて問診・術前検査を確認してスクリーニングを行い,心臓精査が必要と判断された患者にのみ心臓超音波検査が追加されていることによって検出率が高かったものと考えられた。中でも虚血性心疾患,(症候性の)弁膜症,心不全(収縮能,拡張能低下),肺高血圧症の存在は周術期合併症の大きなリスクとなることは数々報告がある10)~13)。今回の調査において予定された手術が延期・中止となった症例(Table 3)を確認すると,虚血性心疾患や,症候性の弁膜症,非代償性心不全が疑われる症例を多く含んだ。

更に注目すべきは,比較的重篤な異常所見ではないものの,心予備能の低下は認めており,周術期の服薬,水分・血圧の詳細な管理が必要と判断され,周術期での心臓超音波検査フォローが実施された症例が108例(16%)存在していたことである。108例のうち,周術期に明らかな新規心不全の発症や増悪を認めた症例は確認できなかったが,これらの症例の中には,詳細な周術期管理によって新規の心不全発症を回避した症例が相当数含まれているものと考えた。

延期,もしくは中止となるのか,周術期管理に注意を要するが予定通り手術を実施するのかは,予定された非心臓手術自体の緊急度やリスク,患者の意思等にも左右されるため,心臓超音波検査のみで決定されるものではない。しかし今回の調査結果における,予定された手術が延期・中止となった26例,また周術期管理に注意を要した108例は,心臓超音波検査が治療方針決定のためのきっかけとなったと考える。他施設での報告と比較しても所見の検出率は高く,治療方針の決定に大変有用である心臓超音波検査が当院ではより効率的に依頼されている可能性を示すことができた。

2022年改訂版非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン1)では,術前評価を実施し,心疾患が疑われる患者にのみ心臓超音波検査を実施するべきとされている。当院においては当院が独自に作成した「手術を受ける患者のハイリスク(異常データ・基礎疾患)別対応チャート」(Figure 1)に基づいて術前患者をスクリーニング実施し,チャート内の項目に該当する患者にのみ心臓超音波検査が依頼されるよう設定を行っている。チャート内の項目について,妥当性と課題点を考察する。

1. 心電図異常

今回の調査において,心臓超音波検査が追加依頼された理由で最も多かったのは心電図異常であった。ガイドライン上,心臓超音波検査心電図に関してもルーチンとして実施することは推奨されていない1)が,現状,当院では術前心電図はルーチンとして実施している状況である。今回の調査結果を振り返ると,重篤な心疾患の検出によって予定された非心臓手術が延期もしくは中止となった症例の中には,心電図異常の検出が契機となり心臓超音波検査が依頼された症例も多数含まれており,術前患者に対する心電図検査のスクリーニング検査としての有効性は確認できた。しかし,どこまでの心電図異常所見で心臓超音波検査を追加依頼とするか,その所見の設定について一定のコンセンサスを得ることは難しい。各医療機関において,より重篤な心疾患が予想される心電図異常でのみ心臓超音波検査が追加依頼となるよう設定されるべきであるが,当院では入退院センターと循環器内科医との協議の上,器質的異常が疑われるより重篤な不整脈を認めた場合,または心機能低下がより強く予測される心電図異常を認めた際にのみ追加依頼があるよう設定している(Table 1)。追加依頼となる心電図異常は定期的に評価され,見直されながら運用している現状である。

2. 心疾患の既往

ガイドラインにおいても循環器系に対する術前評価例として心不全,冠動脈疾患,弁膜症,等,心疾患既往が挙げられている1)。労作時の息切れや胸痛等,心疾患が疑われる臨床症状を認めている際は術前心臓超音波検査が追加されるよう設定している。中には心疾患の既往はあるものの,その詳細が不明である症例もしばしば認めており,何らかの心疾患が疑われる症例については,心臓超音波検査にて心予備能を確認することは重要であると考える。

3. 深部静脈血栓症(DVT)を認める患者

当院では術前の血液検査においてD-Dimerの測定を必須としており,院内で設定されたD-Dimer値よりも高値の場合は下肢静脈エコーが追加依頼となる。DVTを認めている患者には全例,心臓超音波検査を追加依頼し,実施している。急性肺血栓塞栓症の死亡率は約14%と高率であり,塞栓源の約90%は下肢あるいは骨盤内の静脈で形成された血栓であることが知られている14)。肺血栓塞栓症除外のため,心臓超音波検査の追加依頼は妥当であると考える。しかし,現状は下腿のみに存在する場合や塞栓性の低い血栓であっても心臓超音波検査が依頼されている。更に今回の調査において,DVTの指摘から心臓超音波検査で急性肺塞栓の可能性を指摘し得た症例を認めていなかったことを併せて考えると,中枢型の血栓や,より塞栓性の高いDVT症例にのみ心臓超音波検査を追加する等,条件設定について改善の余地は認められた。

4. デバイス植込み患者

ペースメーカーなどのデバイス植込み患者に関しては,電気メス使用によりデバイス機能不全が発生し低血圧等の臨床症状を引き起こす可能性があり,報告も散見される15)。デバイス植込み患者には心臓超音波検査による心機能評価とデバイス設定確認を必須としている。

5. 90歳以上の超高齢患者

加齢に伴い臓器機能や恒常性維持機能低下,多数の併存症等の身体的特徴がみられ,最大心拍出量の低下,弁膜症,不整脈,動脈硬化の進行,大きな血圧変動など,循環器系器官においても様々な機能低下を認める16)。廣瀬ら17)は,外科手術を控えた90歳以上の超高齢者の合併症について,97.6%が不整脈や慢性心不全等,心血管疾患を有していたと報告している。90歳以上の超高齢者は重篤な心疾患や心予備能の低下を合併している可能性があり,心臓超音波検査で心予備能の評価を行うように設定している。

近年の入院期間短縮の流れや人的リソース不足等の理由から,病院側では術前評価を行う期間が短縮し,情報不足となる等の問題,患者側ではケアのゴール,不安,懸念がしっかりと伝えることができないまま手術を迎える等の問題,双方に不安を残す形となってしまっている流れが少なからずあるのではと考える。医療提供側と患者との協働意思決定は非常に重要である。特に今回の調査で明らかとなった,非心臓手術を延期・中止が検討されるような重篤な心疾患が指摘された症例や,周術期に注意を要する心疾患が指摘された症例では特に,これからのマネジメントに関して,依頼科,循環器内科,麻酔科等,複数の診療科で包括的に議論やコミュニケーションを取り合い,患者と協働意思決定をすることが重要となる。当院の入退院センターのように,入院患者の周術期管理専門の独自の部署,専属のスタッフを設けることによって,入院期間短縮から術前評価を行う期間も短縮し,情報不足に陥るリスクを可能な限り低減し,複数の診療科による包括的に議論のための橋渡しのような役割も担うことが可能となると考える。今回の調査から,入退院センター,また検査技術部の取り組みが,まさに当院入退院センターが掲げる,スムーズな入院治療,早期退院を実現するという目的に寄与していると考えた。

ルーチンとしての術前心臓超音波検査が予後を改善しないことは既に大規模な調査結果によって明らかとなっている18)。これらの調査のエンドポイントは術後の心臓死・心血管イベントであり,確かにそれらの予測には有用ではないのかもしれない。しかし実際の臨床現場において,比較的簡便に,非侵襲的に心臓の形態的評価,血行動態的評価を行える心臓超音波検査から得られる情報は手術術式,麻酔方法の変更,術後管理において有用な情報を含んでいることがあることは確かである。高齢の大腿骨頸部骨折患者において術前に心臓超音波検査図を行ったほうが短期だけでなく12カ月後においても予後を改善しうるという報告もある19),20)。エコーガイド下に術式の変更や周術期管理を行い,その際指摘した心不全,弁膜症に関して術後もしっかり経過観察および治療介入できたことが要因と考察されており,非心臓手術を控えた患者に対する術前心臓超音波検査の有用性,重要性を示していると考えられる。

さらに,術前の問診などによって層別化された周術期高リスク群に対する術前心臓超音波検査が,更なるリスクの層別化に有用であった可能性を示す報告もなされている。より安全に非心臓手術を実施するために,事前にリスクを層別化し,ルーチンではなく,心疾患が疑われる患者にのみ心臓超音波検査が依頼されるシステムを構築する重要性が示唆されている。非心臓手術患者に対する心臓超音波検査について,術前評価システムが構築され実際に運用されている施設の報告は少なく,今回の調査結果とともに当院での実際の運用例を示すことができたことは我が国における医療の流れを鑑みても非常に有用であると考える。

V  結語

当院における術前心臓超音波検査の所見の検出率と入退院センターの取り組みを報告した。調査結果から,非心臓手術患者に対する心臓超音波検査について,術前評価システム構築の重要性を確認した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2025 Japanese Association of Medical Technologists
feedback
Top