2025 Volume 74 Issue 1 Pages 162-168
当院検査室では2016年より経営戦略として実績のある「トヨタ式」と中小企業の経営戦略である「ランチェスター戦略」を組み合わせた手法を用いて運営を行っている。自治体病院である当院の強みを活かし,2018年には収支比率61.9%,損益分岐点比率21.7%(最高値)を達成し,コロナ禍で一時的に悪化したものの緩やかな回復基調にある。徹底的なムダの排除,5Sを用いた人材育成,差別化の3点に絞って検体検査室の運営を行うことにより,収支改善及び臨床現場のニーズに対応する「変わり続ける」検査室を実現できるかどうかを検討した。
Since 2016, our hospital’s laboratory has been operating using a combination of the successful “Toyota Method” as a management strategy and the “Lanchester Strategy,” which is a management strategy for small and medium-sized enterprises. Leveraging the strengths of our municipal hospital, we achieved a revenue-to-expense ratio of 61.9% and a breakeven point ratio of 21.7% (the highest) in 2018. Although there was a temporary decline due to the COVID-19 pandemic, we are currently in a gradual recovery phase. We examined whether we could achieve a continuously evolving laboratory that responds to the needs of the clinical field by focusing on three points: thorough elimination of waste, talent development using the 5S method, and differentiation in the operation of the specimen laboratory to improve revenue and meet clinical needs.
三田市民病院(以下,当院)は阪神北圏域に属し,「断らない救急」をスローガンに挙げ2~2.5次の急性期医療を担う300床の基幹病院である。現在,急性期医療の更なる充実を目指し,当院と済生会兵庫県病院の再編統合が進められている。2022年度は入院患者数74,921名,外来患者数160,446名,病床稼働率68.4%でコロナの補助金等で一時的に黒字化したものの経営的には厳しい状況に置かれている。トヨタ式とランチェスター戦略を用いた手法導入前の検査室は,臨床現場の要望に応えることに重点を置き,経営的な責務を事務部門任せにしていた。また,損益計算書等の経営指標による分析を行わずに経営幹部と運営方針や機器購入の交渉をしてきたため,根拠のある前向きな議論をしてきたとは言いがたい。本手法を導入するにあたり,検査室の経営戦略が当院の目的から逸脱していないかを絶えず確認し,「利益を上げる行為」のみが目的にならないように努めた。業務に対し臨床検査技師として「業務にどう取り組むか」だけではなく,一人ひとり「どうありたいか」を行動規範とし,各自に行動責任と報告責任を求め,さらに管理監督職には結果責任を課した。
なお本論文で用いる「トヨタ式」とは,ムダがない生産体制を構築するためにトヨタ自動車が生み出した生産方式であり,理想的な生産体制の実現を目指す生産方式のことを言う1),2)。
「ランチェスター戦略」とは,ビジネス上の競争に勝つための理論と,そのための実務を体系化したマーケティング・販売戦略である。小さな会社が大きな会社に勝つための戦略であるため「弱者逆転のための戦略」とも言われる経営戦略のことを言う3),4)。
「トヨタ式1),2)」と「ランチェスター戦略3),4)」を組み合わせた手法を用い,収支改善及び臨床現場のニーズに対応する「変わり続ける」検査室を実現できるかどうかを以下の3点に絞って検討した。
1. 徹底的なムダの排除検査における結果報告までの工程を細かく分解することで検査室におけるムダを8つに細分化し,それぞれを動線対策,自働化2),5)(機械に出来ることは機械に任せ,人間にしか出来ない業務に従事する),保険対策,会議対策に分類した。以下,8つのムダを列記する。
①検体運搬のムダ(検体運搬の時間,労力のムダ),②動線のムダ(流れが悪いことで生じる時間のムダ),③検査のムラで生じるムダ(空き時間のムダ,運用に関わる人員的ムダ),④在庫試薬のムダ(変動費や試薬保管場所のムダ),⑤検査ミスによるムダ(測定ミスによるコスト及び時間のムダ),⑥再検するムダ(厳しすぎる再検プロトコルによるコスト及び時間のムダ),⑦出し過ぎ検査のやり過ぎのムダ(保険査定されるコスト及び時間のムダ),⑧長い会議や打ち合わせのムダ(必要のない残業代が発生するムダ)の改善に取り組んだ(Table 1)。
①検体運搬のムダ(検体運搬の時間,労力のムダ) |
②動線(動き)のムダ(流れが悪いことで生じる時間のムダ) |
③検査のムラで生じるムダ(空き時間のムダ,運用に関わる人員的ムダ) |
④在庫試薬のムダ(変動費や試薬保管場所のムダ) |
⑤検査ミスによるムダ(測定ミスによるコスト及び時間のムダ) |
⑥再検するムダ(厳しすぎる再検プロトコルによるコスト及び時間のムダ) |
⑦出し過ぎ検査のやり過ぎのムダ(保険査定されるコスト及び時間のムダ) |
⑧長い会議や打ち合わせのムダ(必要のない残業代が発生するムダ) |
5S6)(整理,整頓,清掃,清潔,しつけ)の出来る人財を育成し,しつけの役割を担うリーダーの育成を行った。5Sを徹底させることで必要なものが誰にでもすぐ分かるように検体検査室のレイアウト変更を行い,運用マニュアルを見直した。
3. 差別化「ランチェスター戦略」における「弱者の戦略」の分析結果を用いて臨床のニーズに応えられるかを検討した。
ランチェスター戦略では,強者の定義をナンバーワンかつシェアを26.1%以上持つ者とし,それ以外のすべてを弱者とする。当検査室は,医療職の中でも業務独占を持たず,強者の定義に当てはまる領域を持たないため,採るべき戦略を弱者の戦略である「差別化4)」とした。
差別化の手法として,①検査領域を絞る「局地戦」,②元気の良い,若い職員を配置する「一点集中」,③医師や患者様に接近する(臨床に積極的に関わる)「接近戦」を実践することとした。
差別化する対象を下記の3点に絞り込み,検討を行った。
A)「検査技術全体のレベルを上げる」
以前より大学病院や大規模病院の検査室で広く採用されている戦略。
B)「輸血業務に特化する」
医師,看護師ともに苦手とする分野である「輸血」を安全に行うためにベットサイドに出向き,サポートする戦略。
C)検体検査を自働化/集約化して検査技師に「情報収集をさせる」
自働化を積極的に進める戦略。
上記の検討結果を用いて検査科全員で収支改善及び臨床現場のニーズに対応する「変わり続ける」検査室の実現に取り組んだ。
「徹底的なムダの排除」のうち動線対策として①検体運搬のムダ,②動線のムダ,③検査のムラで生じるムダ,④在庫試薬のムダに対し,検査に必要な機器を検体の到着する場所に集約し,検体検査に必要な面積を1/2~1/3に圧縮することで一気に解決する手法として「圧縮付加法7)」を用い,検査機器更新の際には必ずダウンサイジング化を行った(Figure 1)。
圧縮付加法により検査機器を入り口側に集中的に配置
また,大型冷蔵庫の故障を契機に分析器近くに小型冷蔵庫を設置し,試薬を取りに行く動線の改善と強制的に必要最低限の在庫試薬しか置けない体制を作り出すことで②動線のムダ,④在庫試薬のムダを大幅に削減した(Figure 2)。
機器のそばに小型冷蔵庫を配置(動線短縮と必要最小限の在庫試薬を目的とする)
自働化として,⑤検査ミスによるムダ,⑥再検するムダに対し,検査システムA&T社の「ゾーン法」を用いた再検ロジックと分析機器の自動再検機能を組み合わせた仕組みを導入することで,生化学及び免疫検査による結果確認ミスを低減した。再検率を目視再検と同程度の3%程度まで下げることが出来た。専用インターネット端末を立ち上げてダウンロードして取り込んでいた外注検査の結果を「24時間自動取り込み」とすることで結果報告に係る手間と時間を短縮し,人員削減を達成した。
保険対策として,⑦出し過ぎ検査のやり過ぎのムダに対し,保険対策チームを発足し,検体検査部門の査定項目の抽出,原因の検討,医師への過剰検査の低減及び保険者への審査請求に必要な詳記作成のアシストを行った。本手法を用いる前の2015年度0.22%に比べ,査定率が0.08–0.09%まで減少した(Figure 3)。
⑧長い会議や打ち合わせのムダ8),9)が超勤の原因となることが多く,会議は(a)30分以内,(b)人数は6人以下,(c)椅子なし,(d)書類の置きっぱなし禁止,(e)物は終了後すぐ撤収すること,とした。事前準備のない会議は一切行わず,本題にすぐ入れるように検討内容を院内メールで共有し,「良い案より多い案8)」を心掛け,会議中に意見を述べない者がないような工夫をした。また,会議での決定事項に関して「選択と集中」が図られているかを所属長が確認し,進行中のプロジェクトについては進捗状況を明確にすることで会議が原因の超勤を20–25%程度削減した。
2. 5Sを用いた人財育成「人財育成」における5Sの実践を行った結果,頻繁に使用するものは手の届く範囲に配置し,週1回~月1回使用するものは引出しに,使用頻度にあわせて備品を配置することで作業時間を短縮した。また,現時点で使用していないものを「要らないもの」と「使わないもの」に分類し,「要らないもの」を廃棄し,「使わないもの」は他部署に譲渡,再利用することで無駄な物品購入を抑えることが出来た。
他の職員にも清潔を保つように「しつけ」の役割をリーダーに持たせ,業務の効率化を目指した(Figure 4)。
通路に物を置かせない
「差別化」の検討結果を列記する。
1) 「検査技術全体のレベルを上げる」「広域戦」であり強者の戦略であるため不採用とした。医師の働き方改革に伴う「タスクシェアリング」は,臨床に関わる良い機会である反面,検査技師を分散配置する必要があるため,採用にはニーズを加味した一定条件を設定し,慎重に行う必要があると考える。
2) 「輸血業務に特化する」血液製剤を持って現場に向かい,リアルタイムな情報を収集し臨床検査技師として現場でアシストする本戦略は「局地戦」及び「接近戦」の条件を満たしており,「一点集中」としても良い選択と考えられる。元気の良い,若い職員を配置して相談しやすい環境を整えることにより現場スタッフの知識やスキル不足による不安感を軽減できるのではないかと考えた。
結果的には,輸血製剤の発注方法,使用単位数や不規則抗体への対処法などの疑問に24時間365日対応できる体制を構築し,臨床現場からの多岐にわたる要望に応えることで手術室や救急外来から必要とされる「病院にとって不可欠の業務」となった。また,主治医及び医事課と協力し,保険者の査定に対応できる詳記の作成をアシストすることで経営面での貢献も評価された。
3) 検体検査を自働化/集約化して検査技師に「情報収集をさせる」検体検査の技師が臨床現場に出て行くための時間を確保することが可能となった。臨床のニーズをリアルタイムに情報収集し,素早く対応することで臨床に貢献出来る機会を得ることが可能となった。ただし,臨床検査技師の中には,コミュニケーションを取ることを苦手とする者も少なからず存在するため,適性を見極めながら行っていく必要があった(Table 2)。
検討した戦略 | 局地戦 | 一点集中 | 接近戦 | 判定 |
---|---|---|---|---|
①検査技術全体のレベルを上げる | × | × | × | 不採用 |
②輸血業務に特化する | 〇 | 〇 | 〇 | 採用 |
③検査技師に情報収集をさせる | 〇 | △ | 〇 | 採用(部分採用) |
上記を解決するために変化に対し抵抗の少ない若手を中心としたチームを結成し,「楽しくやる」「断らない」「身に付けた技術や知識は全て伝える」といった3つの行動規範を掲げ,トヨタ式とランチェスター戦略を用いた手法を実行させることで検査科職員の業務範囲を広げる「多能工2)」化を推進し,検体検査室のルーチン業務に必要な人員を6名から3名に削減した。また医療情勢や臨床現場の情報収集にかける時間や人材を捻出し,患者や臨床のニーズ等の情報収集のために臨床検査技師を持続して救急外来等の臨床現場に派遣することが可能になった。
経営面でもコロナ流行前の2018年には,臨床検査科全体の収支比率61.9%,損益分岐点比率21.7%を達成した。「トヨタ式」と中小企業の経営戦略である「ランチェスター戦略」を組み合わせた手法を用いることにより収支の改善を達成した(Figure 5)。
先行研究として坂田10),11),川上12),石井13)は「トヨタ式」を用いて海外及び刈谷豊田総合病院等において病院経営全体と医療安全に実績を出した例を紹介している。しかし検体検査の結果報告までの過程が,自動車生産ラインとの類似性があるにもかかわらず,「トヨタ式」と「ランチェスター戦略」を組み合わせた手法を「検体検査室を中小企業」に見立てて運営に応用した論文は皆無である。このことは「医療」イコール「聖職」という医療者としての思い込みとプライドが根底にあり,類似性に気付かない若しくは故意に避けられているのではないかと思われる。医療技術向上や患者に寄り添う「地域貢献」部分と検査室経営に必要な「利潤追求」部分を切り分けて対応することで経営健全化の一助となるのではないかと考える。
公立病院は経営難と慢性的な人材不足の問題を少なからず抱えている。経営に関しては,上記の手法を用いることによりムダを排除し,診療報酬を加味した試薬納入価格の交渉を行うことで患者/病院職員/納入業者の「三方良し」を可能とし,良好な検査室運営を行っている。
慢性的な人材不足に関しては,かつてない人口減少のため,募集しても都市部の大規模病院に人材が集中し,地方には集まらない現状が続いている。多能工化を推進し,全員で業務を回すことで働き方改革等に対応しているが,根本的な解決にはならない。今後の人工知能やデジタルトランスフォーメーションなど無人化技術に期待するしかないのが現状である。
本手法を用いて成果を出すためには,趣旨を理解するリーダーを育てることが最重要課題であった。リーダー候補者を選出し,日々起こる想定内外の出来事への対応を共有し,管理職の考え方や決定の過程を教育した。限定的な裁量権を与えることで現場での迅速な対応が可能となった。
検査室の収支は,DPCによる診療報酬の包括算定がバランスシートや損益計算書の正確な作成を困難にしている。当院の正式な収支の妥当性を担保するために,経営幹部のコンセンサスを得た基礎データを提供してもらう必要があり,そのためには事務部門も含めた他部署の協力が必須で,常日頃から良好な関係を構築しておく必要がある。また検査科管理職は収支を事務部門任せにするのではなく,自ら損益計算書を作成して,数値をもって対外的な交渉を進めることが良好な運営上必須と考える。
トヨタ式思考法に「変化こそが安全性を保障する14)」という言葉がある。トヨタ式とランチェスター戦略を用いた手法を医療現場にそのまま持ち込もうとすると,現状維持傾向の強い中堅やベテラン職員からの強い反発を受け,技師長を批判した怪文書が出回り,運営方針を不適切として経営幹部に告発する動きまでに発展した。その結果,「若手」対「中堅とベテラン職員」という望まない形の対立構造が生まれた。そのためにトヨタ式やランチェスター戦略といった名称を用いず,自然な形で業務に浸透させて結果を出す必要があった。若手技師を中心としたチームからの提案を実行し,効率的な運用が出来るに従い,臨床からの期待と要望が増えた。中堅やベテラン職員にも時間をかけて「多能工化」を体験してもらうことで業務の幅が広がり,病院内での検査室の立ち位置や業務の全体像が見えるに従い,仕事にやりがいを感じられる雰囲気が生まれた。職員全体の意識が変化し,「変わり続ける」検査室の実現に向けて動き出した。「利益を上げる行為はあくまでも地域医療に貢献するため」という臨床検査技師としてのあり方の共有意識が持てた。
徹底的なムダの排除,5Sを用いた人材育成,差別化の3点に絞って検査室運営を行うことにより,収支改善及び臨床のニーズに対応する「変わり続ける」検査室の実現に向けて前向きな議論ができる環境が生まれた。トヨタ式とランチェスター戦略を用いた手法が検体検査室運営に有用であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。