Japanese Journal of Medical Technology
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Original Article
Statistical discussion on the circle chart “Bat’s Wing” by Nightingale as a statistician
Hachiro YAMANISHIMichiko KAWABE
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2025 Volume 74 Issue 1 Pages 58-65

Details
Abstract

クリミア戦争中にナイチンゲールが記録した野戦病院での兵士の死因別死亡者数のデータと,それを円グラフ化した「コウモリの翼」(Bat’s Wing; B.W.)について現代統計学の角度から考察した。ナイチンゲールは戦闘による負傷が原因で死亡する兵士よりも,劣悪な衛生環境による感染症で死亡する兵士が圧倒的に多いことをB.W.により主張した。本論文では,感染症による死亡者数に焦点を当て,B.W.を独自に作成した。感染症による死亡者数は,負傷により死亡,あるいはその他の原因により死亡した患者数と有意な正の相関性を示した。一方,感染症による死亡者数と平均兵力数との間には有意な関係は認められなかった。また,感染症による死亡者数は,劣悪な衛生環境だけでなく,感染症の成立する季節(夏季)も強く関係していることが重回帰モデルより明らかとなった。B.W.で作られる各月の三角形の面積(B.W.面積)が,伝染病死亡者数と有意な相関性を示したことより,これはB.W.の有する数理的な特性として評価できるものと考えられた。また,B.W.面積は,負傷による死亡者とその他の原因での死亡者数から算出される推定感染症死亡者数とも有意な相関性を示したが,これは感染症死亡者数を交絡因子とする疑似相関であり,負傷やその他の原因により感染症で死亡するという因果関係によるものと考えられた。しかし,肯定的に評価するならば,B.W.面積は上述の因果関係に基づく情報を含有しているものと考えられた。

Translated Abstract

Data on the number of deaths by cause of death of soldiers in a field hospital and the circle chart “Bat’s Wing (B.W.)” recorded by Nightingale during the Crimean War were examined from the angle of statistics. Nightingale showed by B.W. that the number of soldiers dying from epidemics due to poor sanitation was far greater than the number dying from combat injuries. This study focused on the number of deaths due to infectious diseases and created a B.W. The number of patients dying from infectious diseases showed a significant positive correlation with the number of patients dying from injuries or from other causes. On the other hand, there was no significant relationship between the number of soldiers who died from infectious diseases and the number of troops. A multiple regression model with season as a dummy variable revealed that the number of deaths due to infectious diseases is strongly related not only to poor sanitation, but also to the season (summer). The area of the triangle for each month created by B.W. (B.W. area) was significantly correlated with the number of infectious disease deaths per month. The B.W. area seems to be a mathematical property of B.W. The B.W. area was also significantly correlated with the estimated number of deaths due to infectious diseases, calculated from the number of deaths due to injuries and the number of deaths due to other causes. This correlation was a pseudo-correlation with the number of infectious disease deaths as a confounding factor.

I  はじめに

ロシアの南下政策に端を発するクリミア戦争(1853~1856)は,ロシア対オスマン帝国,フランス,イギリス連合軍の戦いであり,ロシア軍の要塞と軍港がある黒海北側のセバストポールが陥落(1855)することにより戦争は終結した。この戦争において,現在のトルコに位置するスタクリの英国陸軍病院看護師団長として従軍していたフローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)は,看護師としての医療業務だけでなく,膨大な医療データを記録している1),2)。その一例として,1854年4月~1856年3月までの月別の平均動員兵士数と,野戦病院における戦闘による負傷,伝染病,およびその他の原因(体質性疾患,局所性疾患など)で死亡した患者数が残されている(Table 11)

Table 1 平均兵力数と兵士の原因別死亡者数

平均兵力 伝染病 負傷 その他 死亡者 総数
1854 4 8,571 1 0 5 6
5 23,333 12 0 9 21
6 28,333 11 0 6 17
7 28,722 359 0 23 382
8 30,246 828 1 30 859
9 30,290 788 81 70 939
10 30,643 503 132 128 763
11 29,736 844 287 106 1,237
12 32,779 1,725 114 131 1,970
1855 1 32,393 2,761 83 324 3,168
2 30,919 2,120 42 361 2,523
3 30,107 1,205 32 172 1,409
4 32,252 477 48 57 582
5 35,473 508 49 37 594
6 38,863 802 209 31 1,042
7 42,647 382 134 33 549
8 44,614 483 164 25 672
9 47,751 189 276 20 485
10 46,852 128 53 18 199
11 37,853 178 33 32 243
12 43,217 91 18 28 137
1856 1 44,212 42 2 48 92
2 43,485 24 0 19 43
3 46,140 15 0 35 50

従軍中,ナイチンゲールは戦闘による負傷が原因で亡くなる兵士よりも,病院の劣悪な衛生環境による伝染性疾患で死亡する兵士が圧倒的に多いことに着目,衛生環境の改善に努めることにより伝染病死亡者を激減させた3)。また,1856年英国に帰国後は,英国政府に王立衛生委員会の編成を要請するとともに,「英国陸軍の保健,能率および病院管理に関する諸問題についての覚え書き」と題する1,000ページにも及ぶ報告書を作成した。その結果,「英国陸軍の衛生改革への統計的手法の活用」という業績が高く評価され,1858年に王立統計学会フェロー,1874年には米国統計学会の名誉会員に選出されている1)

このようにナイチンゲールは医療人としてだけではなく統計家としても優れた業績を残しているが,特筆すべきは,観測データのグラフ化における工夫である。Figure 1は「コウモリの翼;Bat’s Wing」(以下,B.W.)と呼ばれるTable 1のデータをグラフ化したものである4)。B.W.では円グラフに時間軸が付加され,またカラーグラフ化することにより,自分の意見をより強く主張している。円グラフ,折れ線グラフ,ヒストグラムなどの統計グラフは,18世紀の中頃から19世紀初頭にかけて,「統計グラフの父」とも呼ばれているウイリアム・プレイフェア(1759~1823)らによって考案されたものであるが5),ナイチンゲールがB.W.を作成したと思われる1857年時点においても,上述のB.W.における工夫は極めて斬新な発想であった。そこで本論文では,伝染病死亡者数に注目し,独自にB.W.を作図,相関・回帰分析や重回帰分析など現代統計学の角度からTable 1の観測データを解析するとともに,B.W.から得られる量的情報との接点について考察を加えた。なお,公開データを利用した研究内容であるので,倫理委員会等の承認は不要であることを投稿時に回答している。

Figure 1  コウモリの翼

文献4)より引用

II  方法

1. B.W.の作図

通常の円グラフでは,全数に対する個別の項目(要因)の割合を面積で提示するが,B.W.では円を12等分することにより,円グラフに「月」という時間軸を付加している(Figure 2)。3つの円の半径は,月別の兵士1,000人あたりの死亡率の数値軸を表している。ここで,兵士1,000人あたりの死亡率は次式で算出されるが,

Figure 2  B.W.の作図例

死亡率=月別死亡者数月別平均動員兵士数×1,000

B.W.では,月別平均動員兵士数を1年間通しての「平均兵士数」とし,一方で各月の伝染病,負傷,その他の原因による死亡者数が1年間継続すると仮定したうえで上式をさらに12倍し兵力1,000人あたりの死亡率を算出している1)

死亡率=月別死亡者数×12月別平均動員兵士×1,000

例として,1854年7月の平均兵力:28,722,伝染病死亡者数:359より,死亡率は

死亡率=359×1228,722×1,000=150

同様に8月と9月の死亡率は328.5,312.2と算出される。

そして,その値を円の中心からの線分として描き(Figure 2では太実線),各月の死亡率を線(図では太破線)で結ぶことによりその増減を視覚化している。Figure 2では1854年4月から12月のデータを用いてグラフ化の例とした。なお,1,000人あたりの死亡率は,具体的には1,000人あたりの死亡者数を意味していることより,以下では月別の各死亡率を単に「伝染病死亡者数」「負傷死亡者数」および「その他の原因による死亡者数」と記した。また,B.W.における死亡者数の計算法を「B.W.計算式」と表現した。なお,B.W.はすべてパワーポイント上で統計ソフト等は用いずにマニュアル作成した。

2. 統計処理6)

相関係数(r1, r2)の差の検定は,標本数をn1,n2とすると,Z変換した相関係数の差Z1 − Z2が平均=0,標準誤差SEが,

SE=1n13+1n23

の正規分布に従うことから,次式より算出されるz値の両側確率が0.05未満であれば差が有意であると判断した。

z=Z1Z2SE

統計ソフトはStatFlex ver. 7(アーテック Inc.)を用い,有意水準を5%とした。

III  結果

1. B.W.の作図

Figure 3Table 1のデータをもとに独自に作成したB.W.を示す。原図では,兵士1,000人あたりの伝染病,負傷,およびその他の原因による死亡者数を同一の円グラフ上で図示しているが,ここでは伝染病死亡者数についてのみグラフ化した。

Figure 3  独自に作図したB.W.

Figure 3の右の円グラフは1854年4月~1855年3月の,左のグラフは1855年4月~1856年3月の伝染病死亡者数の推移を表している。一方,中央の円グラフの中心にある●は,当時の英国において最も不衛生な都市とされていたマンチェスターにおける死亡率を示している。

2. 月別伝染病死亡者数を目的変数とした単回帰分析(Figure 4
Figure 4  月別伝染病死亡者数を目的変数とした単回帰分析

説明変数:A.平均兵力 B.負傷死亡者数 C.その他の原因による死亡者数

伝染病死亡者数と,負傷死亡者数およびその他の原因による死亡者数の間には有意な正の相関関係(r = 0.736およびr = 0.757)が認められたが,月別平均動員兵士数との間には有意な相関性は認められなかった。

3. 月別伝染病死亡者数を目的変数とした重回帰分析

伝染病死亡者数を目的変数とした単回帰分析の結果が,交絡による疑似相関でないことを確認するために,Table 2に示す月別の平均兵力,負傷死亡者数およびその他の原因による死亡者数を説明変数とした重回帰モデルを仮定した。その結果,重回帰モデルにおいても,負傷死亡者数とその他の原因による死亡者数は,伝染病死亡者数に対して高度に有意な説明変数であった。一方,平均兵力は有意な説明変数ではなかった。また,標準偏回帰係数より,伝染病死亡者数に対しての負傷死亡者数とその他の原因による死亡者数の影響は同等の強さであると解釈された。

Table 2 伝染病死亡者数を目的変数とした重回帰分析結果

説明変数 偏回帰係数 標準誤差 標準偏回帰係数 t値 有意確率
平均兵力 −2.7 × 10−6 2.8 × 10−5 −0.013 −0.097 0.924
負傷死亡者数 0.269 0.081 0.492 3.287 0.004
その他死亡者数 0.893 0.256 0.509 3.488 0.002

4. 季節をダミー変数とした重回帰分析

3~5月を春季,6~8月を夏季,9~11月を秋季,および12~2月を冬季とし,夏季を基準ダミー変数とした重回帰モデルを検証した。夏季ダミー変数を基準としているため,夏季は説明変数には含まれていない。Table 3に示すごとく,春季,秋季,冬季ではいずれも有意な負の偏回帰係数を示していることから,これらの季節では伝染病死亡者数が夏季に比べて有意に減少する,すなわち伝染病死亡者は夏季に有意に増加する傾向にあると解釈された。

Table 3 季節をダミー変数化した重回帰分析結果

説明変数 偏回帰係数 標準誤差 標準偏回帰係数 t値 有意確率
平均兵力 8.9 × 10−6 2.5 × 10−5 0.042 0.352 0.729
負傷死亡者数 0.221 0.077 0.404 2.843 0.011
その他死亡者数 1.237 0.254 0.706 4.866 < 0.001
春季(3~5月) −1.792 0.577 −0.401 −2.993 0.008
秋季(9~11月) −1.491 0.503 −0.346 −2.962 0.009
冬季(12~2月) −1.661 0.502 −0.385 −3.309 0.004

5. B.W.面積と伝染病死亡者数の関係

Figure 3に示したB.W.において,円の中心を一点とし,各月の伝染病死亡者数を直線で結んで作られる三角形の面積(以下,B.W.面積)を実測,B.W.計算法による伝染病死亡者数との関係をFigure 5Aに示す。結果として,両者間にはr = 0.905(p < 0.001)と高度に有意な正の相関性が認められ,相関係数の95%信頼区間は0.738~0.966であった。一方,B.W.面積とTable 2に示した重回帰結果からの推定伝染病死亡者数との間にも有意な正の相関関係(r = 0.762, p = 0.001)が認められたが(Figure 5B),Figure 5Aに示すB.W.面積とB.W.計算法による伝染病死亡者数間の相関係数との差は有意ではなかった。

Figure 5  B.W.面積と伝染病死亡者数の単回帰分析

そこで,Table 4に示すB.W.面積を目的変数とした重回帰モデルを確認すると,伝染病死亡者数のみが有意な説明変数であった。

Table 4 B.W.面積を目的変数とした重回帰分析結果

説明変数 偏回帰係数 標準誤差 標準偏回帰係数 t値 有意確率
伝染病死亡者数 0.029 6.4 × 10−3 1.206 4.481 < 0.001
推定伝染病死亡者数 −0.023 0.019 −0.333 −1.239 0.237

IV  考察

英国の上流階級の家庭で生まれ育ったナイチンゲールは,幼少の頃から語学,音楽,美術についての英才教育を受けていた。その一方,数学にも興味があり,特に肥満指数の提案者でもある数学者アドルフ・ケトレ(1796~1874)を信奉し,ケトレの著書を精読していた1),2)。逸話として,ケトレが考えた「ライラックの法則」という,霜が降りなくなった日からの一日の平均気温の二乗和が4,264になればライラックが開花するという法則を自分自身で検証している3)。また,クリミア戦争から帰国後,医療施設の衛生環境改善案を英国政府に提案することができたのは,ナイチンゲール家の人脈があったからであり,彼女の統計家としての業績は,学問的素養と恵まれた家庭環境のうえに築き上げられたものと理解できる。

B.W.は当時としてはたしかに斬新なアイデアのもとに作成された円グラフではあるが,その一方で,B.W.で採用されている1,000人あたりの死亡率の計算方法では1,000人を超えてしまう場合があり(1855年1月のB.W.計算値=1,022.8),B.W.面積で死亡率の変動を表現することにより,その変動が過大評価される危険性が指摘されている。また,各月の死亡者数を比較するのであれば,棒グラフのほうが定量的に理解しやすいとの意見もある。しかし,B.W.での試みは「全体に動的で想像性に富み」,十分に評価できるものと考えている2)

月別の伝染病死亡者数(目的変数)と平均動員兵士数(説明変数)との単相関分析では,両者間に正の相関関係を予想していたが有意ではなかった。そこで,説明変数として負傷死亡者数とその他の原因による死亡者数を含む重回帰モデルを検証すると,単相関分析と同様の結果が得られた。このことから,伝染病死亡者数と平均動員兵士数が無相関であったことは交絡により相関性が隠されていたのではないと考えられる。すなわち,伝染病死亡者の増減に対して,戦場に動員される兵士数は直接の原因ではなく,院外における感染よりはむしろ,不衛生な環境による院内感染が主たる原因であると考えられる。

季節をダミー変数とした重回帰モデルでは,春季,秋季,冬季に対して夏季で有意に伝染病死亡者が増加する結果が得られた。ナイチンゲールが英国陸軍に提出した報告書における最大の主張は,戦闘による負傷が原因となって死亡する兵士よりも,野戦病院の劣悪な衛生環境が原因となって伝染病に感染,死亡する兵士が圧倒的に多いというものであったが,衛生環境とともに感染の成立する季節も無視することのできない独立した要因であると考えられる。一方,単変量分析に基づくB.W.では,「伝染病死亡者数」が「負傷」「その他の原因」による死亡者数の影響を受けるために,多変量解析である重回帰分析における純粋な「季節」と「伝染病死亡者数」の関係が視覚的には表れていないものと考えられる。

連続する2か月の伝染病死亡者数で決定されるB.W.面積と各月の伝染病死亡者数との間に高度に有意な正の相関関係が認められた。B.W.は各月の伝染病死亡者数の増減を視覚的に訴えるうえで効果があるが,前述のごとく過大評価される危険性を有している。しかし,B.W.面積と伝染病死亡者数との有意な相関性と,その95%信頼区間から考えると,B.W.面積はB.W.の有する数理的な特性として評価できるものと考えられる。もっとも,ブラベーにより相関係数が創案され(1846),ピアソンにより現在の相関係数が提案,確立されたのは1896年であるので7),B.W.面積の特性をナイチンゲールが予想していたとは考えにくい。

一方,B.W.面積と負傷死亡者数とその他原因による死亡者数を説明変数とする重回帰式からの推定伝染病死亡者数との間にも有意な相関性が認められたが,Table 4の結果より,伝染病死亡者数を交絡因子とする疑似相関であると考えられる。これは,兵士の負傷や持病などが原因となって感染症により死亡するという因果関係によるものと考えられる。しかし,肯定的に評価すると,B.W.面積にはナイチンゲールが意図していなかったにせよ,多変量回帰分析の情報が含有されているものと考えることができる。

V  結語

ナイチンゲールの作成した円グラフ(B.W.)とその数値データについて現代統計学の角度から考察を加えた。その結果,伝染病死亡者数の増減に対して,戦場に動員される兵士数は有意な要因ではなく,負傷あるいは兵士の持病などが原因となって感染症を発症する兵士数が直接の原因であることが検証された。また,夏季に伝染病死亡者が有意に増加する傾向にあることから,衛生環境だけではなく季節も独立した要因であった。B.W.面積は各月の兵士1,000人あたりの伝染病死亡者数と高度に有意な正の相関関係にあり,さらにB.W.面積には負傷などが原因となって感染症により死亡するという因果関係が伝達されていると考察された。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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