2025 Volume 74 Issue 1 Pages 118-123
当院ではSARS-CoV-2感染症診断において化学発光酵素免疫測定システムによる抗原定量法検査とreal-time reverse transcription PCR法検査(RT-PCR法)を実施している。当初,2本のスワブを用いて抗原定量法とRT-PCR法用の鼻咽頭拭い液を採取していたが,患者の苦痛軽減を目的に1回の検体採取で両方の検査を行う方法を検討した。まず,抗原定量法の検体残液から核酸を抽出する残液RT-PCR法を検討したが,鼻咽頭拭い液を用いた標準的なRT-PCR法(鼻咽頭RT-PCR法)で陽性を示した検体が残液RT-PCR法では全て陰性であった。原因として検体処理液成分によるPCR反応阻害を疑い,次に抗原定量法に使用後のスワブから核酸を抽出して行う残スワブRT-PCR法を検討した。228例で残スワブRT-PCR法と鼻咽頭RT-PCR法の結果を比較したところ陽性および陰性の判定は両法で完全に一致したが,Cp値は残スワブRT-PCR法が鼻咽頭RT-PCR法より平均2.4サイクル多かった。また,検査陽性26例を対象とした融解曲線解析による変異株同定検査の結果も両法で完全に一致した。以上の結果から1本の鼻咽頭拭い液スワブから抗原定量法とRT-PCR法検査が可能であることを確認した。また,残スワブRT-PCR法でも融解曲線解析による変異株の同定が可能と考えられた。
Since the onset of COVID-19 pandemic in Japan, we launched both a quantitative antigen test and a real-time reverse transcription PCR test (RT-PCR) for SARS-CoV-2. We confirmed that the accuracy of the two tests was sufficient for clinical use. Initially, two nasopharyngeal swabs were collected separately for each test. Subsequently, we tried to perform these tests using a single nasopharyngeal swab to alleviate the stress on patients associated with sample collection. First, we extracted RNA from the remaining liquid sample for the antigen test and performed RT- PCR testing on 122 subjects. However, all results were negative, including 28 subjects positive for RT-PCR test using fresh nasopharyngeal swabs (nasopharyngeal RT-PCR test). We assumed that an unidentified PCR inhibitory factor contained in the sample treatment reagent caused the false negative results. Therefore, we extracted the viral RNA from the cotton swab used for the antigen test and ran the RT-PCR (used swab RT-PCR test). The results of the used swab and the nasopharyngeal RT-PCR tests were completely consistent on 228 samples. However, the Cp values in the used swab RT-PCR test (25.3 ± 4.2) were significantly higher than those in the nasopharyngeal RT-PCR test (22.9 ± 4.4) (t-test, p < 0.05). In addition, we performed identification of omicron variant BA.1 and BA.2 using both the nasopharyngeal and the used swab RT-PCR tests with melting curve analysis, and the results were completely consistent on 26 studied samples. In conclusion, the used swab RT-PCR test showed approximately equivalent assay performance to the nasopharyngeal RT-PCR test.
2019年12月に中国の湖北省武漢市で確認された新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症(COVID-19)は,2020年には大規模なパンデミックとなり世界中で多数の死亡者を出した。日本では当初COVID-19を感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律上の新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)に位置付けていたが,重症例,死亡例の減少に伴い2023年5月8日より5類感染症に変更された1)。しかし,国内外ともにいまだに流行の波を繰り返しており終息の目処がついていないのが現状である2),3)。
当院では診断の迅速性と感度の両面を考慮して,国内でCOVID-19の流行が始まった早期から鼻咽頭拭い液を検体とする抗原定量検査とreal-time reverse transcription PCR(以下,RT-PCR法)によるSARS-CoV-2検査を同時に実施してきた。検査開始当初は2本のスワブを用いて抗原定量法用とRT-PCR法用の鼻咽頭拭い液を別々に採取していたが,検体を2回採取することで疼痛や不快感など患者の負担が増すことになった。そこで,1回の検体採取で抗原定量法とRT-PCR法の両方の検査を実施する方法を検討した。
さらに,鼻咽頭RT-PCR法と残スワブRT-PCR法の両方で融解曲線解析4)を用いたSARS-CoV-2変異株同定検査を実施したので合わせて報告する。
2022年1月から7月までにSARS-CoV-2感染症が疑われ,当院を受診した外来患者および入院患者で,抗原定量法と鼻咽頭RT-PCR法の同時検査の依頼があった236例を全体の対象とした。この236例中228例で残スワブの回収が可能であったため,これを残スワブRT-PCR法と鼻咽頭RT-PCR法を比較する対象とした。また,122例で抗原定量法用検体残液が使用可能であったので,これを残液RT-PCR法と鼻咽頭RT-PCR法の比較に用いた。
本研究は独立行政法人国立病院機構新潟病院倫理委員会の承認を得た上で実施した(承認番号325番)。
2. 方法 1) 鼻咽頭拭い液の採取と抗原定量法検査用検体処理ニプロスポンジスワブ®を用いて検査対象者の鼻咽頭拭い液を採取した後,スワブのスポンジ部分を検体処理液セット(SARS-CoV-2&Flu,富士レビオ)の処理液500 μL入りスクイズチューブに浸してチューブの外側から指で挟みながら10回程スワブを回転させて検体を抽出した。次にチューブに滴下チップを装着して5分間静置後,処理液全量をサンプルカップ内に滴下し,2,000 g × 5分間遠心した上清を抗原定量法検査に用いた。また,検体処理後のスワブは後述する残スワブRT-PCR法の検体として使用した。
2) 鼻咽頭RT-PCR法検査用検体の調整抗原定量法用検体を採取した側と反対の鼻孔からスワブを挿入し,抗原定量法の場合と同様の方法で鼻咽頭ぬぐい液を採取した。そのスワブを1,000 μLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸してぬぐい液を溶出させ,200 μLをRNA抽出用検体として用いた。RNAの抽出は自動核酸精製機Maxwell ®RSC AS4500(プロメガ)と専用試薬であるMaxwell ®RSC Viral TNAを用いて行った。
3) 残液RT-PCR法用検体の調整抗原定量法に用いた検体処理液の残液200 μLから鼻咽頭RT-PCR法の場合と同様に自動核酸精製機を用いてRNAを抽出した。
4) 残スワブRT-PCR法用検体の調整抗原定量法測定用検体抽出に用いた後のスワブを1,000 μLのPBSに浸した状態でスポンジ部分を圧搾した後,200 μLのPBSを検体として鼻咽頭RT-PCR法の場合と同様に自動核酸精製装置によりRNAを抽出した。
5) SARS-CoV-2抗原定量検査試薬はH.U.フロンティアのSARS コロナウイルス抗原キット「ルミパルス® SARS-CoV-2-Ag」を用い,測定装置は全自動化学発光酵素免疫システム「ルミパルス® G1200」にて測定した。なお,抗原濃度が測定上限の5,000.00 pg/mLを超えた検体の希釈後の再測定は行わなかった。
6) SARS-CoV-2核酸定量各RT-PCR法の試薬はロシュ・ダイアグノスティックスのLightMix® Modular SARS-CoV(COVID19)と Light Cycler® Multiplex RNA Virus Masterを用い,測定装置はcobas® z480を使用した。上記の試薬より作成したマスターミックス10 μLと鼻咽頭ぬぐい液(鼻咽頭RT-PCR法),抗原定量法検体残液(残液RT-PCR法),抗原定量法検査に用いた残スワブ(残スワブRT-PCR法)のそれぞれから調整したRNA溶液サンプル10 μLを用いてE遺伝子のコピー数を定量的に測定した。
7) 融解曲線解析による変異株の同定試薬はロシュ・ダイアグノスティックスの研究用試薬VirSNiP SARS-CoV-2 Spike S371L S373PとLight Cycler® Multiplex RNA Virus Masterを用い,測定装置はcobas® z480を使用した。上記の試薬より作成したマスターミックス10 μLと鼻咽頭ぬぐい液と抗原定量法検査に用いた残スワブのそれぞれから調整したRNA溶液サンプル10 μLを用いて融解曲線を計測し,その一次微分曲線から得られる融解ピークの温度の違いによりオミクロン株のBA.1系統とBA.2系統の推定を行った。即ち,スパイクタンパク質のS371L変異とS373P変異の両方を有する場合をBA.1系統,S373P変異のみでS371L変異を有さない場合をBA.2系統と判断した。
8) 統計解析鼻咽頭RT-PCR法と残スワブRT-PCR法のCp値の比較は,統計ソフトウェアEZR5)を用いて有意水準5%で両側t検定を行った。
ルミパルス® SARS-CoV-2-Agの添付文書によると,抗原定量法の判定基準は検体が鼻咽頭拭い液の場合1.00 pg/mL以上10.00 pg/mL未満の場合は必要に応じ核酸検査法の結果も含め診断6)となっているため,当院では抗原定量法陽性の判定基準を10.000 pg/mL以上とした。また,鼻咽頭RT-PCR法ではSecond Derivative Maximum法7)によって計算したCt値であるCp値が37サイクル以下の場合を陽性とした。これらの判定基準に従うと抗原定量法陽性は236例中32例(13.6%),鼻咽頭RT-PCR法陽性は236例中34例(14.4%)であった。
鼻咽頭RT-PCR法を基準とした場合の抗原定量法の陽性一致率は91.2%(31/34),陰性一致率は99.5%(201/202),全体一致率は98.3%(232/236)であった(Table 1)。
抗原定量検査 | RT-PCR法検査の結果 | ||
---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | |
陽性 | 31 | 1 | 32 |
陰性 | 3 | 201 | 204 |
合計 | 34 | 202 | 236 |
一致率(%) | 91.2(31/34) | 99.5(201/202) | ― |
鼻咽頭RT-PCR法を基準とした場合の抗原定量法の陽性一致率は,91.2%(31/34),陰性一致率は99.5%(201/202),全体一致率は98.3%(232/236)であった。
鼻咽頭PCR法陽性28例を含む122例において残液RT-PCR法を実施したが,全例陰性を示した(Table 2)。
RNA抽出検体 | RT-PCR法の結果 | ||
---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | |
抗原定量検査用検体の残液 | 0 | 122 | 122 |
鼻咽頭ぬぐい液 | 28 | 94 | 122 |
鼻咽頭PCR法陽性28例を含む122例において,残液RT-PCR法を実施したが,全例陰性を示した。
残スワブRT-PCR法と鼻咽頭RT-PCR法の両方が実施可能であった228例について検討した結果,この2種類の検査の陽性(Cp値37以下)と陰性の判定結果は完全に一致した(Table 3)。すなわち,抗原定量検査陰性で鼻咽頭RT-PCR法は陽性であった3検体は残スワブRT-PCR法においても陽性であり,逆に抗原定量検査陽性で鼻咽頭RT-PCR法陰性であった1検体は残スワブRT-PCR法でも陰性であった(Table 4)。なお,RT-PCR検査が陽性であった26例におけるCp値(平均 ± S.D.)を比較すると,鼻咽頭RT-PCR法が22.9 ± 4.4サイクルで残スワブRT-PCR法が25.3 ± 4.2サイクルと両者の間に有意な差を認めた(p = 0.0003)(Figure 1)。
抗原定量検査の残スワブ | 鼻咽頭拭い液 | ||
---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | |
陽性 | 26 | 0 | 26 |
陰性 | 0 | 202 | 202 |
合計 | 26 | 202 | 228 |
一致率(%) | 100.0 | 100.0 | ― |
228例について検討した結果,この2種類の検査の陽性(Cp値37以下)と陰性の判定結果は完全に一致した。
抗原定量検査 | 残スワブRT-PCR法検査の結果 | ||
---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | 合計 | |
陽性 | 23 | 1 | 24 |
陰性 | 3 | 201 | 204 |
合計 | 26 | 202 | 228 |
一致率(%) | 88.5(23/26) | 99.5(201/202) | ― |
抗原定量検査陰性で鼻咽頭RT-PCR法は陽性であった3検体は残スワブRT-PCR法においても陽性であり,逆に抗原定量検査陽性で鼻咽頭RT-PCR法陰性であった1検体は残スワブRT-PCR法でも陰性であった。
残スワブRT-PCR法におけるCp値は鼻咽頭RT-PCR法におけるCp値より有意に大きかった(25.3 ± 4.2 vs. 22.9 ± 4.4, t-test p < 0.05)。
鼻咽頭RT-PCR法と残スワブRT-PCR法の両方で陽性となった26例について融解曲線解析による変異株同定検査を実施した結果,3例(11.5%)は鼻咽頭RT-PCR法,残スワブRT-PCR法ともに融解曲線のピークが62(±2)℃であったためS371L変異とS373P変異の両方を有するオミクロン株BA.1系統と判定された。また,残りの23例(88.5%)では融解曲線のピークが53.5(±2)℃であったためS373P変異のみを有するBA.2系統と判定された(Figure 2)。鼻咽頭PCR法と残スワブPCR法の融解曲線解析の結果は完全に一致した。
鼻咽頭RT-PCRと残スワブRT-PCRのいずれの場合もBA.1が11.5%,BA.2が88.5%で解析結果は完全に一致した。
抗原定量法とSARS-Cov-2検出のgold standardとされる鼻咽頭RT-PCR法を同時に実施した236例の結果を比較すると,鼻咽頭RT-PCR法に対する抗原定量法の陽性一致率は91.2%(31/34),陰性一致率は99.5%(201/202),全体一致率は98.3%(232/236)であり,一般的な化学発光酵素免疫測定法とRT-PCR法の感度の差を考慮すると当院における抗原定量法の感度は良好な結果を示した8)~10)。鼻咽頭RT-PCR法陽性で抗原定量法陰性の検体が3例認められたが,この3例は残スワブRT-PCR法でも陽性を示したことから,RT-PCR法との感度の差から抗原定量法が偽陰性を示したと推定される。また,抗原定量法陽性,鼻咽頭RT-PCR法陰性の検体が1例認められたが,この1例は残スワブRT-PCR法でも陰性を示したことから,何らかの原因で抗原定量法が偽陽性を示したと考えられる。
残液RT-PCR法の結果は鼻咽頭RT-PCR法陽性28例を含む122例の全例で陰性であった。偽陰性の原因として,抗原定量法の検体処理液に含まれる界面活性剤の影響が推測されたが11),PCR反応を阻害する物質の特定までには至らなかった。
残スワブRT-PCR法の結果にCp値37以下を陽性とする当院の判定基準を適用すると,陽性及び陰性の判定結果は鼻咽頭RT-PCR法の結果と完全に一致した。しかし,陽性26例におけるCp値を比較すると,残スワブRT-PCR法は鼻咽頭RT-PCR法に比べ平均2.4サイクル多いことから鼻咽頭RT-PCRと比べて感度が若干低い可能性がある。これは抗原定量法用検体処理の過程でスワブに含まれるウイルスが処理液中に移行するためと考えられる。したがって,ウイルス量が非常に少ない検体については残スワブRT-PCR法で偽陰性を示す可能性があることに留意する必要がある。
また,SARS-CoV-2変異ウイルス株の同定を目的に融解曲線解析を実施したところ全例で鼻咽頭RT-PCR法と残スワブRT-PCR法における変異株の判定結果が一致したことから,残スワブ核酸PCR法は変異株の把握にも有用であると考えた。この結果に基づき,当院では抗原定量法陽性の残スワブを一定期間 −30℃で凍結保存し,臨床側から要望があった場合に変異株スクリーニング解析を実施することとした。
なお,今回我々が使用した検体採取用スワブはニプロスポンジスワブ®のみであり,異なる種類のスワブについては未検討である。また,臨床の現場で実施されることが多い抗原定性検査の残スワブを用いたRT-PCR法についても未検討であり今後の課題である。
本検討により,抗原定量法検体処理後の残スワブから核酸を抽出する残スワブRT-PCR法でもSARS-CoV-2ウイルス核酸の検出が可能であることが確認された。この結果に基づいて検体採取回数を1回にすることができ,患者および検体採取者の負担軽減に繋がった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。