2025 Volume 74 Issue 1 Pages 103-108
SARS-CoV-2抗原検査は安価で迅速に検査が実施可能であるが,測定キットによっては偽陰性などのリスクも高く結果の判断には注意が必要となる。本検討では銀増幅イムノクロマトグラフィ(IC)法を採用したSARS-CoV-2検出キットの性能を評価した。対象は当院検査部へSARS-CoV-2検出を目的として提出された遺伝子検査用鼻咽頭ぬぐいウイルス保存液検体61検体とした。検討法として,銀増幅IC法である富士ドライケムIMMUNO AGカートリッジCOVID-19 Agを専用装置にて測定した。またリアルタイムPCR法および化学発光酵素免疫測定(CLEIA)法を比較対象とした。検討法とPCR法との判定一致率は75.4%(感度70.6%,特異度100.0%)であり,対照法としたCLEIA法とほぼ同等の結果であった。また,PCR法Ct値27以下と判定された検体は検討法で全て陽性と判定することが確認され,希釈検体による測定感度比較ではCt値28.9の検体まで検出可能であった。検討法とCLEIA法はほぼ同等の結果であり,高感度なSARS-CoV-2検出が可能であることが示唆された。検討法はCLEIA法に比較し,水や消耗品などを必要とせず,装置もコンパクトであるため,日常的なPOCT(point of care testing)だけでなく,災害時などのインフラが乏しい際のスクリーニングとしての有用性が期待される。
The SARS-CoV-2 antigen test is a cost-effective and rapid method for detecting COVID-19. However, certain testing kits carry a significant risk of false negatives, necessitating careful result interpretation. This study evaluates the performance of an SARS-CoV-2 detection kit that employs silver amplification immunochromatography (SAIC). Sixty-one nasopharyngeal swab specimens, submitted to the laboratory in our hospital for genetic testing, were analyzed using the Fujifilm Dry-Chem IMMUNO AG Cartridge COVID-19 Ag. Results were compared against those from real-time PCR (Xpert Xpress SARS-CoV-2) and chemiluminescent enzyme immunoassay (CLEIA) (HISCL SARS-CoV-2 Ag). The concordance rate between the SAIC method and PCR for nucleic acid detection was 75.4%, with a sensitivity of 70.6% and a specificity of 100.0%, showing results almost equivalent to the CLEIA method. Notably, all specimens with a PCR Ct value of 27 or below were consistently detected as positive by the SAIC method. Additionally, the SAIC method could detect specimens with a Ct value up to 28.9 when compared to diluted specimen sensitivity. The findings suggest that the SAIC method has a sensitivity comparable to the CLEIA method, indicating its potential for high-sensitivity SARS-CoV-2 detection. The advantages of the SAIC method are that it does not require water or consumables and the device is compact, making it suitable for routine point-of-care testing (POCT). Furthermore, it holds promise for use in disaster scenarios or in settings with limited infrastructure, providing an efficient screening tool under such conditions.
新型コロナウイルス感染症(corona virus infectious disease-19; COVID-19)は2019年に中国武漢市から発生し,わずか数ヶ月で全世界に広がり,世界保健機関(World Health Organization; WHO)よりパンデミック宣言が発出された1)。このCOVID-19の原因となる重症急性呼吸器症候群コロナウイルス-2(severe acute respiratory syndrome-corona virus-2; SARS-CoV-2)は感染から数日から1週間程度の潜伏期間を経た後,呼吸器症状を発症することが知られている2)。SARS-CoV-2の感染者数はワクチンの普及とともに減少したが,様々な変異株の出現もあり,未だ完全な収束には至っていない。COVID-19は治療薬として抗ウイルス薬や中和抗体薬があるが,投与対象者は限られており,その有効性も十分には明らかになっていない3)。そのため,重症化リスクを持つ患者への罹患防止の観点からも感染拡大の抑止が重要となる。感染予防策としては,マスクや手指衛生などのほか,感染者を可能な限り隔離することも感染拡大の抑制に有効な手段となる。そのため,適切な時期に適切な検査を実施し,感染者を早期に検出することが必要となる。
SARS-CoV-2検査は核酸検出,抗原検出,抗体検出の3つに大別され感染確認には核酸検出または抗原検出が使用される。核酸検出はリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction; PCR)法などによりウイルス遺伝子を検出するため,感度,特異度ともに高いが,検査に時間を要する測定系も多く,専用機器を必要とし,測定コストも高い。一方,抗原検査はウイルス蛋白に対する抗体を用いた測定系であり,核酸検出に比較し,検査所要時間は短く,専用機器を必要としない測定系も多い。しかし測定感度はリアルタイムPCR法に比べ劣るため,ウイルス量の少ない感染初期や後期においては,正確な診断が難しい場合がある4)。特にイムノクロマトグラフィ(immunochromatography; IC)法は目視により反応ラインの発色を識別できるため,臨床現場で即時診断が可能であるが,測定キットによっては偽陰性リスクが高いことが知られている5)。
IC法の感度を増強する方法として,抗体の標識に使用する直径約0.05 μmの金コロイド粒子に銀イオンと還元剤が反応し,約100倍の金属銀を形成させる銀増幅反応を利用したIC法(銀増幅IC法)が開発されている6)。この銀増幅IC法はSARS-CoV-2検出キットにも応用されており,日常臨床診断に利用され始めている。今回我々は,銀増幅IC法を測定原理としたSARS-CoV-2検出キットの性能評価を目的とし,リアルタイムPCR法および化学発光酵素免疫測定(chemiluminescent enzyme immune assay; CLEIA)法を測定原理とした定性抗原検出キットとの比較検討を行った。
対象は2023年8月から同年12月までに当院検査部へSARS-CoV-2検出を目的として提出された遺伝子検査用鼻咽頭ぬぐいウイルス保存液検体61検体とした。検体は提出後すぐにリアルタイムPCR法による核酸検出を実施した。測定後−80℃にて凍結保管した検体を抗原検出に使用した。いずれの抗原検出キットも各専用抽出液にて3倍希釈を行い,希釈率は各測定系が同一条件となるように測定を行った。
2. 方法 1) 検討法および対照法検討法として,富士ドライケムIMMUNO AGカートリッジCOVID-19 Agを用い,専用の測定・自動判定装置である富士ドライケムIMMUNO AG2(いずれも富士フイルム株式会社)を用いて判定を行った。対照法としては,検体提出時にGeneXpertシステムGX-IVおよび専用試薬であるXpert Xpress SARS-CoV-2「セフィエド」(以下GeneXpert,いずれもベックマン・コールター株式会社)にて測定したリアルタイムPCR法によるN2遺伝子のCycle threshold(Ct値)を用い,N2遺伝子Ct値が40.0以下を陽性と判定した。抗原検出の比較対照として,当院で採用している2ステップサンドイッチ法によるCLEIA法を測定原理とした定性抗原検出キットHISCL SARS-CoV2 Ag試薬をHISCL-5000(以下HISCL,いずれもシスメックス株式会社)を用いて測定を行い,測定値1.0 C.O.I.以上を陽性と判定した。今回検討に用いた測定キットの特徴をTable 1に示す。
Detectable object | Principle | Mesurement time | |
---|---|---|---|
GeneXpert | Nucleic acid | Real-time PCR | 30 min. |
FUJI DRI-CHEM | Antigen | Silver amplified immunochromatography | 15 min. |
HISCL | Antigen | Chemiluminescent enzyme immunoassay | 17 min. |
GeneXpert, Xpert Xpress SARS-CoV-2; FUJI DRI-CHEM, FUJI DRI-CHEM IMMUNO AG; HISCL, HISCL SARS-CoV2 Ag reagent
対象検体の判定結果について,GeneXpertおよびHISCLとの全体一致率,陽性一致率,陰性一致率を算出した。また,GeneXpertのN2遺伝子Ct値別に各抗原キットの判定一致率を求めた。さらに,N2遺伝子Ct値14.7の検体について,リン酸緩衝食塩水(phosphate-buffered saline; PBS)にて10n段階希釈を行い,検討法ならびに対照法の測定を行った。
GeneXpertによるリアルタイムPCR法の核酸検出と各抗原検査法との陽性一致率,陰性一致率,全体一致率をTable 2に示す。検討法との一致率は,陽性一致率70.6%(36/51件),陰性一致率100.0%(10/10件)であり,全体一致率は75.4%(46/61件)であった。一方,HISCLとの一致率は,陽性一致率74.5%(38/51),陰性一致率100.0%(10/10件)であり,全体一致率は78.7%(48/61件)であった。
GeneXpert | |||
---|---|---|---|
Postive | Negative | ||
FUJI DRI-CHEM | Positive | 36 | 0 |
Negative | 15 | 10 | |
Sensitivity/Specificity | 70.6%/100.0% | ||
Concordance rate | 75.4% | ||
HISCL | Positive | 38 | 0 |
Negative | 13 | 10 | |
Sensitivity/Specificity | 74.5%/100.0% | ||
Concordance rate | 78.7% |
FUJI DRI-CHEM, FUJI DRI-CHEM IMMUNO AG; HISCL, HISCL SARS-CoV2 Ag reagent; GeneXpert, Xpert Xpress SARS-CoV-2
GeneXpertのCt値別に各種抗原検出キットの判定一致率を確認した。検討法ではCt値27までは全て陽性と判定された。一方,HISCLはCt値27までの検体が100%陽性と判定されたが,27以上の検体では偽陰性症例が散見された(Table 3)。
GeneXpert | Concordance rate | ||
---|---|---|---|
Ct value | N | FUJI DRI-CHEM | HISCL |
< 15 (+) | 2 | 100.0% | 100.0% |
16 (+) | 6 | 100.0% | 100.0% |
17 (+) | 3 | 100.0% | 100.0% |
18 (+) | 2 | 100.0% | 100.0% |
19 (+) | 5 | 100.0% | 100.0% |
20 (+) | 2 | 100.0% | 100.0% |
21 (+) | 1 | 100.0% | 100.0% |
22 (+) | 3 | 100.0% | 100.0% |
23 (+) | 1 | 100.0% | 100.0% |
24 (+) | 5 | 100.0% | 100.0% |
25 (+) | 2 | 100.0% | 100.0% |
26 (+) | 1 | 100.0% | 100.0% |
27 (+) | 2 | 100.0% | 100.0% |
28 (+) | 0 | ||
29 (+) | 2 | 0.0% | 50.0% |
30 (+) | 2 | 50.0% | 50.0% |
31 (+) | 1 | 0.0% | 0.0% |
32 (+) | 2 | 0.0% | 0.0% |
33 (+) | 3 | 0.0% | 33.3% |
34 (+) | 0 | ||
35 (+) | 1 | 0.0% | 0.0% |
36 (+) | 1 | 0.0% | 0.0% |
37 (+) | 1 | 0.0% | 0.0% |
38 (+) | 1 | 0.0% | 0.0% |
39 (+) | 2 | 0.0% | 0.0% |
≥ 40 (–) | 10 | 100.0% | 100.0% |
GeneXpert, Xpert Xpress SARS-CoV-2; FUJI DRI-CHEM, FUJI DRI-CHEM IMMUNO AG; HISCL, HISCL SARS-CoV2 Ag reagent
GeneXpertでのCt値14.7の検体を各抗原検出キットの抽出液にて10倍,102倍,103倍,104倍,105倍,106倍にて段階希釈した検体の測定を行った。その結果,検討法では104倍まで陽性となった。一方,HISCLでは105倍まで陽性となった(Table 4)。
Dilution rate | GeneXpert | FUJI DRI-CHEM | HISCL |
---|---|---|---|
Ct value | C.O.I. | ||
1 | 14.7 (+) | (+) | 31,723.8 (+) |
101 | 19.3 (+) | (+) | 9,299.7 (+) |
102 | 22.4 (+) | (+) | 1,083.3 (+) |
103 | 25.5 (+) | (+) | 126.0 (+) |
104 | 28.9 (+) | (+) | 15.8 (+) |
105 | 31.0 (+) | (−) | 4.5 (+) |
106 | 34.6 (+) | (−) | 0.2 (−) |
GeneXpert, Xpert Xpress SARS-CoV-2; FUJI DRI-CHEM, FUJI DRI-CHEM IMMUNO AG; HISCL, HISCL SARS-CoV2 Ag reagent
銀増幅IC法によるSARS-CoV-2抗原検出キットの性能評価として,リアルタイムPCR法による核酸検出,CLEIA法による抗原検出との比較検討を行った。銀増幅IC法による抗原検出は,核酸検出におけるCt値27付近まで陽性として捕捉することができ,CLEIA法による抗原検出系とほぼ同程度に検出できることが示唆された。
銀増幅IC法はインフルエンザ抗原検出での応用に始まり,現在数種類の病原体検出キットが発売されている。いずれも既存のIC法よりも高感度であることが示されており,各種感染症の早期検出による臨床的有用性が期待されている7)。従来,IC法の判定ライン発色には白金-金コロイドや金コロイド,酵素反応やラテックスなどが用いられてきた。一方,銀増幅IC法は金コロイド粒子を銀増感液と還元剤により増幅させ,さらに洗浄液により不要な反応液を洗い流すことで特異性を高める仕組みが採用されている8)。専用装置にて測定を行うCLEIA法や化学発光免疫測定法,電気化学発光免疫測定法などのヘテロジニアス免疫測定系では結合/非結合物質を分離するBF分離の技術は一般的であったが,本検討法のようなホモジニアス免疫測定系で洗浄を行うことは稀である。銀増幅IC法によるSARS-CoV-2抗原検出キットの有用性については,6種の目視判定IC法を同時測定した既報により明らかにされている9)。しかしながら,一般的にIC法よりも高感度とされる化学発光を用いたヘテロジニアス免疫測定系と比較した研究の報告は少ない。本検討により,銀増幅IC法によるSARS-CoV-2抗原検出キットはCt値27から30付近の検体まで陽性と判定できることが示唆され,希釈検体による評価でもCt値28.9まで陽性と判定された。このことから検討法の検出感度はCLEIA法による抗原検出キットとほぼ同等であることが考えられる。また,既報9)と同様に従来のIC法よりも高感度に測定できることが確認された(データは省略)。既報で用いられている銀増幅IC法は目視判定用であり,本検討で用いたキットとは洗浄機構や自動判定機能の点において相違があるが,ほぼ同等のCt値まで陽性と判定できることが確認された。既報においてはCt値26から27の検体で一部偽陰性判定される結果となっていたが,本検討では同様のCt値も全て陽性と判定されていた。
Ct値とウイルス分離培養成功率は負の相関性があることが示されており,Ct高値検体では感染性を持つ生きたウイルスが検出されることが少ないこと,Ct値24以上の高値検体では培養細胞への感染が認められていないことが報告されている10),11)。また,PCR検査では病原性を発揮しないウイルス断片も増幅・検出してしまうことが知られている12)。金らの報告13)ではCLEIA法における最適カットオフ値が4.0 C.O.I.であることが示されており,本検討の希釈試験においてCLEIA法4.5 C.O.I.の検体において銀増幅IC法が陰性と判定されたが,Ct値28.9の検体では陽性と判定された。SARS-CoV-2検査は感染拡大防止の観点から,他者への感染性を持つ患者のスクリーニング機能が肝要となる。本検討で用いた銀増幅IC法による抗原検出キットは測定感度としてはCLEIA法に若干劣るが,通常市販されている銀増幅IC法以外のIC法よりも優れていることが明らかになっているため9),他者感染性ウイルス保有患者のスクリーニングとして有用性が高いことが考えられる。また,本検査キットの測定には専用の測定装置を必要とするが,CLEIA法のように大型装置や洗浄試薬,発光基質などを必要としない。そのため,CLEIA法のようなヘテロジニアス免疫測定系に比較し,低コストで運用が可能である。また,本システムの特徴として,測定キットに直接記入した名前や検体番号などの情報が印字結果にも複写出力され,結果の取違え防止に寄与する機能を有している。本検討法はコンパクトな測定装置ながら,通常市販されている銀増幅IC法以外のIC法に比較しCLEIA法に近いSARS-CoV-2抗原検出が可能であるため,日常のSARS-CoV-2スクリーニング検査だけでなく,災害時などの有事の際に省電力かつ省スペースで高感度測定が可能なキットとして有用性が高いことが考えられる。
本研究の制限事項として以下が考えられる。まず,SARS-CoV-2遺伝子検査用に提出された鼻咽頭ぬぐいウイルス保存液を検討試料として使用している点である。抗原検査の測定は−80℃にて凍結保存した検体を各社の抽出液にて3倍希釈し同時に測定を実施しているが,本来の前処理方法と異なる点は結果解釈上の注意を要することが考えられる。また,本検討で用いた検体は変異特定を行っておらず,ウイルス変異による測定結果への影響については,今後の変異株の動向とともに観察を続ける必要があると考えられる。
銀増幅IC法によるSARS-CoV-2抗原検出キットは,従来のIC法と比べて高感度に検出可能であり,CLEIA法による抗原検出キットと比べてもほぼ同等の検出能であった。偽陰性や偽陽性のリスクを考慮するなど検査法の特性について留意することで,日常や災害時のスクリーニング検査への活用が期待される。
本研究は岐阜大学医学研究等倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:2022-086)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。