Japanese Journal of Medical Technology
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Incidence of discomfort associated with blood collection in hospital phlebotomy rooms
Naoya ICHIMURAAyumi AKABANEYuki KODAShuji TOHDA
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2025 Volume 74 Issue 1 Pages 226-231

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Abstract

採血時のめまい・吐気・冷汗・眼前暗黒感といった症状は,血管迷走神経反射(vaso-vagal reaction; VVR)に起因すると考えられ,採血合併症の一つとして認識されている。当院中央採血室での採血に伴う気分不良の発生状況を,およそ70万件におよぶ採血実施記録を用いて分析・検証した。何らかの症状が生じて観察等を要した件数は111件であった。発症率は0.02%であり,30歳未満が発症者全体の59%を占めていた。発症率には時期変動があり,最低は4月の0.005%,最高が7月の0.028%であった。採血管の数が多いほど発症率は上昇したが,同じ本数同士で比較した場合,発症の有無と採血量に有意な差を認めなかった。発症した症例では,発症しなかった場合に比べて採血所要時間が延長していた。採血を行う職員の技量・性別と発症の有無との間には関連は認めなかった。当院中央採血室での採血に伴う気分不良の発生状況を示した。献血室,健診施設,病院採血室ではそれぞれ受診者構成が異なるにも関わらず,若年者層が好発群であることでは一致している。病院採血室では患者年齢,季節,採血管の数に注目して職員が予防的に採血に臨むことで,気分不良の発症予防や発症した場合の早期発見につなげられる。またそうした行動は結果的に採血所要時間の延長の抑止につながり,円滑な採血室運営にも繋げられることが期待できる。

Translated Abstract

We analyzed the occurrence of discomfort during blood collection in our central blood collection room using approximately 700,000 blood sampling records. A total of 111 cases developed symptoms of discomfort. The incidence rate was 0.02%, with 59% of the cases occurring in individuals under the age of 30. The incidence rate varied by season, with the lowest being 0.005% in April and the highest being 0.028% in July. The incidence rate increased with the number of blood collection tubes; however, when comparing the same number of tubes, there was no significant difference in the blood volume with and without symptoms. The blood collection time was longer compared to cases without symptoms. No correlation was found between the occurrence of symptoms and the skill level or gender of the staff. The occurrence of discomfort during blood collection in our central blood collection room has been presented. Despite the differences in the patient demographics in blood donation rooms, health examination facilities, and hospital blood collection rooms, there is a consistent trend where younger individuals are more prone to experiencing these symptoms. In hospital blood collection rooms, healthcare providers can focus on factors such as patient age, season, and the number of blood collection tubes to proactively prevent the onset of discomfort or detect it early if it occurs.

I  はじめに

当院の中央採血室では,年間およそ15万人の採血を行っている。その患者の一部から採血時にめまい・吐気・冷汗・眼前暗黒感といった気分不良の訴えがある。これらの症状は血管迷走神経反射(vaso-vagal reaction; VVR)に起因すると考えられ,採血合併症の一つとして認識されている。

こうした気分不良の発生状況の報告は,献血室,健診施設,病院採血室など各種採血施設からなされている。令和4年度の全国献血室での平均発症率が,およそ0.5%であったことが厚生労働省から発表されている1)。健診施設では,医中誌の検索で気分不良の発症率が計算できた3施設において0.05~0.11%であり2)~4),献血室よりも低い。また病院採血室3施設では0.02~0.04%とさらに低くなっている5)~7)。採血施設によって発症率に差がある一方で,発症者の属性として30代未満の若年者に多いことは一貫した結果である。

VVRの原因は,身体的・精神的要因と環境要因という内的・外的要因の二つに大別される。前者は,長時間の立位,疲労,採血に対する過度な緊張や恐怖といった内的ストレスが,また後者では人混みや気温といった外的ストレスがVVRを惹起すると考えられている。採血時の気分不良の予防には,「以前に採血で気分が悪くなったことがある」など,患者からの申し出に依る場合が多い。しかし,採血施設特有の環境的要因を見出せれば予防策につなげられる可能性がある。ただし,各種採血施設ではその設置目的や受診者属性,また設備・環境が異なることから,施設毎の検証が必要である。

病院採血室を検証した例では,採血時の採血管の数が血管迷走神経反射性失神(vaso-vagal syncope; VVS)のリスクファクターとなっていることが報告されている8)。病院採血室における,献血室や健診施設とは異なる独自の要因が存在することを示す貴重な報告である。しかしながら,病院採血室からの報告は他の採血施設に比べて少なく,病院採血室での検証は十分とはいえない。

本報告では,当院の中央採血室での採血に伴う気分不良の発生状況を示す。当院のデータを用いて既報の検証を行うとともに,その他の要因についても探索的に検討した。

II  方法

1. 検証データ

2017年4月から2022年3月までの5年間,延べ719,591件分の採血データのうち,患者の年齢,性別,採血管の本数,採血を行った職員,マスタ設定に基づく規定の採血量および採血所要時間(患者呼出から採血完了までの時間)を用いた。ただし,職員データのうち5,115件の欠測がある。

職員ごとの採血技術レベルを採血の実績に基づいて独自に定義した。過去6ヶ月間の延べ採血患者数が600人以上かつ採血交代率が0.50%未満の採血者をエキスパート,その指標に満たなかった採血者を通常レベルとした。

症例は,同期間に生じた気分不良の訴えに対応した記録(めまい,吐き気,冷感などの症状とバイタルサイン測定などの対応を記載した業務記録)を用いた。ただしVVRの定義に基づく症例の選別は行わなかった。

なお本研究は,東京医科歯科大学医学部倫理審査員会の承認(M2021-328)のもと実施した。

2. 統計解析

統計処理はR version 3.4.4で行った。訴えの有無と,採血量あるいは採血所要時間の関係はMann-WhitneyのU検定を,月別の発症割合と患者割合の相関分析にはPearsonの積率相関係数を算出し,その有意差検定を行った。採血技量との関係をχ2検定で検討した。いずれも有意確率p < 0.01を統計学的に有意と判断した。

III  結果

1. 性別・年代別の発症状況

当院採血室の発症状況を性別・年代別に示す(Table 1)。719,591名のうち気分不良を訴えた患者の数は111名であり,全体の発症率は0.02%であった。年代別の発症率は,若年ほど高く,30歳未満で全体の59%を占めていた。性別では,女性の方が男性よりもわずかに高かった。発症割合が最も高かったのは,10代女性の0.28%であった。

Table 1 気分不良の性別・年齢別分布

年齢分布 男性 女性 全性別
症状なし 症状あり(%) 症状なし 症状あり(%) 症状なし 症状あり(%)
0–9 1 1
10–19 4,790 12(0.25) 5,330 15(0.28) 10,120 27(0.27)
20–29 14,121 17(0.12) 16,786 21(0.13) 30,907 38(0.12)
30–39 19,778 6(0.03) 32,020 10(0.03) 51,798 16(0.03)
40–49 33,716 3(0.01) 46,996 9(0.02) 80,712 12(0.01)
50–59 53,144 6(0.01) 58,164 4(0.01) 111,308 10(0.01)
60–69 88,923 1(0.00) 68,037 4(0.01) 156,960 5(0.00)
70–79 108,926 1(0.00) 83,775 192,701 1(0.00)
80–89 44,039 2(0.00) 36,277 80,316 2(0.00)
90–99 2,521 2,231 4,752
100 ≤ 10 6 16
総計 369,968 48(0.01) 349,623 63(0.02) 719,591 111(0.02)

100歳以上は100 ≤ にまとめた。

2. 月別の発症状況

月別の累積採血者数と発症率を示す。各月の延べ採血者数は59,975 ± 3,373人(平均 ± 標準偏差)で,発症率が最も低いのは4月の0.005%,最高は7月の0.028%であった(Figure 1a)。好発群である30代未満の若年者群について,月別の発症率と受診者に占める患者割合に,有意な相関関係を認めなかった(Figure 1b)。

Figure 1  発症率の時期変動

a)月別の累積採血者数と発症率,b)月別の累積採血者数に占める30代未満の割合と発症率の関係

3. 採血管の数と採血量

採血時の採血管の数と発症率の関係を示す(Figure 2a)。採血管の数が増えるほど,発症率が上昇する傾向を認めた。

Figure 2  採血管本数・採血量と気分不良発症の関係

a)採血管本数別の発症率。10本以上の症例は10 ≤ にまとめた,b)同じ採血管本数内での発症の有無と採血量の関係。採血量は検査オーダに基づいて採血管種ごとに設定された規定採血量の合算。10本以上の症例は10 ≤ にまとめた。

採血管本数ごとの症状の有無と採血量の関係を示す(Figure 2b)。採血管本数の増加に伴い採血量は増加したが,いずれの本数においても,症状の有無と採血量との間に統計学的に有意な差を認めなかった。

4. 採血所要時間

採血に要した時間と症状の有無の関係を示す(Figure 3)。症状なし群では採血管本数の増加に伴い採血所要時間は増加していたが,症状あり群ではそのような傾向を認めず,さらに採血管の本数が6本以下では,症状なし群よりも採血所要時間が有意に延長していた。

Figure 3  採血所要時間と気分不良発症の関係

採血所要時間は採血台への患者呼出から採血完了までの時間。10本以上の症例は10 ≤ にまとめた。**p < 0.01

5. 職員の採血技量・性別

職員の採血技量・性別と発症の有無の関係を示す(Table 2)。職員の採血技量と性別によって発症率に有意な差を認めなかった。

Table 2 職員の採血技量・性別と気分不良発症の関係

採血技量 職員性別 症状なし 症状あり(%) p
通常 男性 48,754 6(0.01) 0.88
女性 283,098 44(0.02)
エキスパート 男性 41,712 8(0.02)
女性 340,912 53(0.02)
総計 714,476 111(0.02)

IV  考察

当院の採血データを用いて,採血に伴う気分不良の発生状況を検証した。集計期間中の発症率は,他の病院採血室からの報告と同程度の0.02%であり,最も割合が高かったのは10代女性の0.28%であった。発症率に時期変動を認め,6月から8月にかけて平均発症率よりも高かった。採血管の数が多いほど発症率は上昇する傾向を認めた。同じ本数であっても発症の有無で採血量に差はなかったが,採血所要時間は発症によって有意な延長を認めた。

発症率に時期変動があることを示した。これは好発群である30代未満の受診者割合の時期変動による,という仮説を立てたが,月別の発症率と若年者の受診割合の間に関連を見出せなかった(Figure 1b)。発症率が夏の高温の時期に高い結果であった。VVRあるいは病院外失神と気象条件を検討した報告では,気温の日較差に関連することや9),最高気温の絶対値とは関連を認めないという報告9),10),一方で最も発症割合が高かったのは12月であったという東京都内の健診施設からの報告もある11)。高温または寒冷による負荷では,それぞれ採血時の気分不良にいたる背景は異なるであろう。前者では暑熱順化が進んでいない時期での気温負荷が,一方,後者では血管の収縮による採血所要時間の延長が患者ストレスに影響しているのではないかと,それぞれの報告で考察されている。気温が採血時の気分不良の発生に関与しそうではあるが,気象条件と病院採血室での気分不良の発生状況は全く検討されていないため,今後さらなる分析が必要である。

Yoshimotoら8)は,採血管本数が5本以上でVVSが急増することを報告している。しかし,本研究では採血管の数が増加するにつれて,気分不良の発症率が連続的に上昇することを示した。VVSに至る重篤な副作用の発現に至る前段階として,気分不良を訴える患者の数が増加する状況を本検討では捉えていると考える。またYoshimotoらの報告では,採血量との関係は論じておらず,採血管本数の増加による採血量の増加が寄与している可能性が否定できない。そこで,本研究では同じ採血本数での採血量と発症の有無を検討したが,両者の間に有意な関係を見出せなかった。この結果は,採血量というよりも採血管の本数が気分不良の発生に寄与していることを支持している。一方で,採血時に気分不良が生じた症例では,採血所要時間が延長していた。例えば,穿刺血管の同定に時間がかかった,複数回穿刺されたなど,所要時間の延長が患者の精神的ストレスを惹起したことが気分不良につながった可能性がある。しかし,今回用いた採血データには気分不良発生後の患者対応時間も採血所要時間に含まれている可能性があり,その検証はできなかった。

職員にとって,自ら採血を行った患者が目の前で気分不良を訴えた場合に,その原因を自身の技量不足に求める場合も少なくない。そこで当院の基準に基づく採血技量,採血者性別と気分不良の関係について検討したところ,職員の技量基準・性別と気分不良の発症割合との間に関連を認めなかった。技量基準は当院独自の評価ではあるが,発症に対する職員側の要因はあったとしても限定的であると考える。

本研究では,検証に用いたデータの特性からいくつか制限がある。まず,採血量は,情報システムのマスタ情報に従って算出された量であり,実際に採血した血液量を正確には反映していない。また採血所要時間には,気分不良への対応時間を含むデータとそうでないデータが混在している可能性があるが,それを分別できていない。さらに採血技量の定義は,一般的な定義がない中で,当院が独自に設定した基準であることから,技術レベルの定義の違いによって解釈が変わる可能性がある。

当院の中央採血室での採血に伴う気分不良の発生状況を示した。献血室や健診施設よりも発症率は低いこと,発症率が季節や採血管の数と関連していることを示した。一方,職員の採血技量や性別は,発症との間には関連がないことを確認した。採血に伴う気分不良の発生は採血合併症であるとともに,病院採血室の運営にとっても時間的な負担が生じる(Figure 3)。そこで,患者年齢,季節,採血管の数に注目して,採血を行う職員が予防的に行動することで,採血に伴う気分不良の発症予防や発症した場合の早期発見につなげられる可能性がある。またそうした行動は結果的に採血所要時間の延長の抑止につながり,円滑な採血室運営にもつなげられることが期待できる。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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