2025 Volume 74 Issue 2 Pages 268-276
SARS-CoV-2遺伝子解析装置5機種cobas® z480,Smart Gene®,ID NOWTMインスツルメント,cobas® Liat®システム,GeneXpert®システムそれぞれ性能評価を行った。各法の最低検出感度はそれぞれ1.0 copies/μL,2.27 copies/μL,5.75 copies/μL,0.125 copies/μL,2.0 copies/μLであった。SARS-CoV-2に感染もしくは感染疑いと診断された患者313名を対象として鼻咽頭拭い液を採取し感度,特異度,一致率を比較した。SG法とz480法の比較では感度93.2%,特異度96.6%,一致率94.7%,SG法とID NOW法の比較では感度91.7%,特異度98.4%,一致率95.1%,z480法とLiat法の比較では感度100.0%,特異度82.4%,一致率89.3%,GX法とLiat法の比較では感度100.0%,特異度93.8%,一致率96.7%と高い相関を示した。判定不一致症例については,17症例のうち14症例が発症後9日~59日経過し平均Ct値37.7と高い傾向があり上気道中のウイルス量が減少していることや機器の検出感度の差異,サンプリング時のウイルスの偏在等が結果の乖離に影響を及ぼしたと考えられた。また,アフターコロナを含めた検査の運用については機器の特性を理解し臨床と協議した上で構築する必要がある。
The performance of five SARS-CoV-2 genetic analysers cobas® z480, Smart Gene®, ID NOWTM instrument, cobas® Liat® system and GeneXpert® system was evaluated respectively. The minimum detection sensitivity of each method was 1.0 copies/μL, 2.27 copies/μL, 5.75 copies/μL, 0.125 copies/μL and 2.0 copies/μL, respectively. 313 patients with SARS-CoV-2 infection or suspected infection were included in the study. The sensitivity, specificity and concordance rate were compared between the SG and z480 methods: sensitivity 93.2%, specificity 96.6% and concordance rate 94.7%; between the SG and ID NOW methods: sensitivity 91.7%, specificity 98.4% and concordance rate 95.1%; between the Liat and z480 methods: sensitivity 100.0%, specificity 82.4% and concordance rate 95.1%. The comparison between the GX and Liat methods showed a high correlation with a sensitivity of 100.0%, specificity of 93.8% and concordance rate of 96.7%. In the discordant cases, 14 of the 17 cases tended to have a high mean Ct value of 37.7, 9–59 days after onset of illness, and it was considered that a decrease in the amount of virus in the upper respiratory tract, differences in the detection sensitivity of the instruments and uneven distribution of virus during sampling affected the discrepancy in the results. The operation of tests including post-corona should be established after understanding the characteristics of the instruments and discussing the results with the clinical staff.
新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)が流行してから約4年が経過し当院はこれまで多くのCOVID-19陽性患者を受け入れてきた。当院では2020年2月より院内PCR検査を開始したが,急速に拡大するCOVID-19によるPCRの随時検査や入院時スクリーニング検査導入要望への対応,それに伴う検査部の労力削減を目的にこれまでに5機種の遺伝子解析装置を新たに導入し検査体制を構築してきた。一般的に遺伝子検査を行うにあたり環境や機器の整備に加えて熟練度の高い人材の確保など,検査体制を整えるために高いハードルがいくつか存在する。COVID-19においてはRNAが検査対象となりRT-PCRの実施が必要であり,検査所要時間が約2~4時間と迅速性に欠け熟練した技術も必要な検査法であった。しかし全自動遺伝子解析装置の急速な普及により,操作が簡便になり熟練者でなくとも遺伝子検査が行えるようになった。今回我々は新規導入した遺伝子解析装置5機種の性能評価とCOVID-19に対する検査体制構築について報告する。
2020年2月に函館市内で初めてのCOVID-19患者発生を契機にcobas® z480(ロシュ社)にて院内PCR検査を開始した。しかしcobas® z480においての検査工程は煩雑で手技も難しく限られた人員のみで対応していた。さらに結果報告には半日程度要することから対象症例は限定的であった。その後臨床からの検査枠拡大の要望が大きくなったことや業務負担軽減を目的に2020年9月に核酸抽出からPCR報告までの全工程を約1時間で結果報告可能な全自動遺伝子解析装置Smart Gene®(ミズホメディー社)を7台導入した。これによりCOVID-19疑い患者やウイルス量チェックも随時受入れが可能となり大幅に業務の負担が軽減された。2020年12月には約13分程度で結果報告が可能な等温核酸増幅法を原理としたID NOWTMインスツルメント(アボット社)を2台追加導入し夜間や休日においても迅速に結果報告することが可能となった。2021年5月には約20分でSARS-CoV-2とインフルエンザA,B型ウイルスを同時に検出することが可能な全自動遺伝子解析装置cobas® Liat®システム(ロシュ社)を3台導入し平日日中のメイン機種に運用を変更した。2022年にはCOVID-19第8波への対応とアフターコロナを見据えて同年10月に全自動遺伝子解析装置GeneXpert®システム(ベックマン・コールター社)を追加導入した。
既知濃度の陽性コントロールおよび陰性コントロールと2020年11月から2022年10月までに当院でSARS-CoV-2に感染もしくは感染の疑いありと診断された患者313名を対象とし,コパンUTM(コパン社)およびFLOQスワブ(日本BD社)を用いて鼻咽頭ぬぐい液を検査材料とした。
2. 方法 1) 各法原理および使用試薬 ①リアルタイムRT-PCR one-step法(以下,z480法)検体試料からRNAを抽出後,リアルタイムRT-PCR one-step法を原理とし核酸増幅を行う。RNA抽出装置はMagNA Pure96 System(ロシュ社)を用い,試薬はMagNA Pure 96 DNA and Viral NA Small Volume Kitを使用した。増幅試薬はLightMix EAV RNA Extract. Control,LightCycler Multiplex RNA Virus Master(ロシュ社)1)~3)を使用した。
②RT-PCR Q-Probe法(以下,SG法)蛍光標識プローブQP(Quenching probe)法を原理とし核酸増幅行う。増幅試薬はスマートジーン® SARS-CoV-2検体採取セット4)およびスマートジーン® SARS-CoV-2テストカートリッジ5)を使用した。
③NEAR法(以下,ID NOW法)NEAR(Nicking Enzyme Amplification Reaction)を用いた等温核酸増幅法を原理とする6),7)。増幅試薬はSARSコロナウイルス核酸キットID NOWTM新型コロナウイルス2019 v2.08)を使用した。
④RT-PCR TaqMan法(以下,Liat法)リアルタイムPCR法を原理とし,核酸の抽出,逆転写反応による標的RNAから逆転写DNA(cDNA)の合成,リアルタイムPCRまでの3つのステップより核酸増幅を行う。増幅試薬は,コバスLiat SARS-CoV-2 & FluA/B9)を使用した。
⑤RT-PCR法(以下,GX法)リアルタイムPCR法を原理とし,核酸の抽出,SARS-CoV-2 RNAから逆転写DNA(cDNA)の合成,リアルタイムPCRまでの3つのステップより核酸増幅を行う。増幅試薬は,SARSコロナウイルス核酸キットXpert®Xpress SARS-CoV-2「セフェイド」10)を使用した。
①~⑤各法の測定は,添付文書通りに行った。
2) 既知濃度の陽性コントロールを用いた各法の最小検出限界の検討既知濃度の陽性コントロールを段階希釈し最小検出感度の確認を行った。希釈液はそれぞれメーカー推奨のDW(Distilled Water)およびTEバッファー(RNase free),抽出液等を使用し,調整した試料を各法の添付文書通りに従って3回ずつ測定を行った。陰性コントロールはDWおよびコパンUTM(コパン社),抽出液等を使用した。方法およびコントロールについての詳細はTable 1に示す。
測定機器 | 濃度 (copies/μL) | ターゲット領域とCt値 | コントロール | 方法 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
N-gene | E-gene | RdRP-gene | ||||
z480法 | 1,000 | 32.1 | 28.7 | 31.0 |
・陽性コントロール:1.0 × 103 copies/μL ・陰性コントロール:DW(Distilled Water) |
キットに付属されている陽性コントロール(1.0 × 103 copies/μL)をDW(Distilled Water)を用いて段階希釈を行い,それぞれ測定した。 |
100 | 35.2 | 31.6 | 34.4 | |||
10 | 38.5 | 35.5 | 37.8 | |||
1 | 陰性 | 37.8 | 陰性 | |||
0.1 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | |||
SG法 | 909 | 36.0 |
・陽性コントロール:1.0 × 107 copies/μL(新型コロナウイルス陽性コントロールRNA米国CDC Real-time RT-PCR N1/N2 PC mix) ・陰性コントロール:Smart Gene専用抽出液 |
陽性コントロール(1.0 × 107 copies/μL)をTEバッファー(RNase free)を用いて1.0 × 104 copies/μLまで段階希釈,希釈したコントロールをキット付属の抽出液(1 mL)に100 μL加え(11倍希釈),909 copies/μLにし,さらに454.5 copies/μL,227.25 copies/μL,90.9 copies/μL,4.55 copies/μL,2.27 copies/L,1.14 copies/μLになるようキット付属の抽出液で希釈し調整。調整した7濃度の試料を添付文書通りにそれぞれ測定した。 ※テストカートリッジへの試料の添加は,キット付属のスポイトは使用せずピペットで110 μLずつ添加した。 |
||
454.5 | 37.0 | |||||
227.25 | 37.0 | |||||
90.9 | 39.0 | |||||
4.545 | 42.0 | |||||
2.27 | 42.0 | |||||
1.14 | 陰性 | |||||
ID NOW法 | 46 | 陽性 |
・陽性コントロール:4.6 × 101 copies/μL(NATtrolTMSARS-Related Coronavirus 2 (SARS-Cov-2) External Run Control) ・陰性コントロール:ID NOW専用抽出液 |
陽性コントロール(4.6 × 101 copies/μL)をID NOW専用抽出液を用いて段階希釈を行い,添付文書通りにそれぞれ測定した。 |
||
23 | 陽性 | |||||
11.5 | 陽性 | |||||
5.75 | 陽性 | |||||
4.6 | 陰性 | |||||
Liat法 | 5 | 29.9 |
・陽性コントロール:5.0 copies/μL(AccuPlexTM SARS-CoV-2 Reference Material Kit) ・陰性コントロール:コパンUTM |
陽性コントロール(5.0 copies/μL)をTEバッファー(RNase free)を用いて段階希釈を行い,添付文書通りにそれぞれ測定した。 ※調整試料の添加は,キット付属のスポイトは使用せずピペットで200 μL分注した。 |
||
2.5 | 28.9 | |||||
1.25 | 31.4 | |||||
0.125 | 34.1 | |||||
0.0125 | 陰性 | |||||
GX法 | 100 | 34.2 | 31.4 |
・陽性コントロール:5.0 × 102 copies/μL(AcroMetrixTMCoronavirus2019 (COVID-19) RNA Control) ・陰性コントロール:コパンUTM |
陽性コントロール(5.0 × 102 copies/μL)をコパンUTMを用いて段階希釈を行い,添付文書通りにそれぞれ測定した。 ※調整試料の添加は,キット付属のスポイトは使用せずピペットで300 μL分注した。 |
|
10 | 38.3 | 34.7 | ||||
5 | 40.8 | 陰性 | ||||
2 | 42.1 | 陰性 | ||||
1 | 陰性 | 陰性 |
*Ct値は3回測定した平均値を記載
各測定法の導入時期と比較方法
①z480法(2020年3月導入,メイン測定法とした)とSG法(2020年9月導入)の比較
②SG法(メイン測定法に変更)とID NOW法(2020年12月導入)の比較
③z480法とLiat法(2021年5月導入)の比較(同一採取容器にて比較可能なため)
④Liat法(メイン測定法に変更)とGX法(2022年10月導入)の比較
①~④それぞれ患者検体を用いて各法の感度・特異度・判定一致率を比較した。
既知濃度の陽性コントロールを用いた最小検出限界は以下の通りであった。z480法は1.0 copies/μL,SG法は2.27 copies/μL,ID NOW法は5.75 copies/μL,Liat法は0.125 copies/μL,GX法は2.0 copies/μLであった。
2. 患者検体を用いた各法における検出能比較(Table 2–5)SG法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
z480法 | 陰性 | 57 | 5 | 62 |
陽性 | 2 | 68 | 70 | |
合計 | 59 | 73 | 132 |
感度93.2% 特異度96.6% 判定一致率94.7%
判定不一致は7症例(判定保留は0症例)
SG法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
ID NOW法 | 陰性 | 62 | 5 | 67 |
陽性 | 1 | 55 | 56 | |
合計 | 63 | 60 | 123 |
感度91.7% 特異度98.4% 判定一致率95.1%
判定不一致は6症例(判定保留は0症例)
z480法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
Liat法 | 陰性 | 14 | 0 | 14 |
陽性 | 3 | 11 | 14 | |
合計 | 17 | 11 | 28 |
感度100.0% 特異度82.4% 判定一致率89.3%
判定不一致は3症例(判定保留は0症例)
GX法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陰性 | 陽性 | |||
Liat法 | 陰性 | 14 | 0 | 14 |
陽性 | 1 | 15 | 16 | |
合計 | 15 | 15 | 30 |
感度100.0% 特異度93.8% 判定一致率96.7%
判定不一致は1症例(判定保留は0症例)
SG法とz480法の比較においては132症例中,SG法は陽性73件(55.3%),z480法は陽性70件(53.0%)であり,感度93.2%,特異度96.6%,一致率94.7%(判定不一致は7症例)であった。SG法とID NOW法の比較においては123症例中,SG法は陽性60件(48.8%),ID NOW法は陽性56件(45.5%)であり,感度91.7%,特異度98.4%,判定一致率95.1%(判定不一致は6症例)であった。z480法とLiat法の比較においては28症例中,z480法は陽性11件(39.3%),Liat法は陽性14件(50.0%)であり,感度100.0%,特異度82.4%,判定一致率89.3%(判定不一致は3症例)であった。GX法とLiat法の比較においては30症例中,GX法は陽性15件(50.0%),Liat法は陽性14件(46.6%)であり,感度100.0%,特異度93.8%,判定一致率96.7%(判定不一致は1症例)であった。各法の判定不一致症例の内訳についてはTable 6に示す。
No | 判定(Ct値) | 発症日からの 経過日数 |
||||
---|---|---|---|---|---|---|
z480法 | SG法 | ID NOW法 | Liat法 | GX法 | ||
1 | 陰性 | 陽性(37/45) | N/A | N/A | N/A | 9日 |
2 | 陰性 | 陽性(42/45) | N/A | N/A | N/A | 17日 |
3 | 陽性(34/45) | 陰性 | N/A | N/A | N/A | 9日 |
4 | 陰性 | 陽性(38/45) | N/A | N/A | N/A | 15日 |
5 | 陽性(35/45) | 陰性 | N/A | N/A | N/A | 14日 |
6 | 陰性 | 陽性(39/45) | N/A | N/A | N/A | 16日 |
7 | 陰性 | 陽性(40/45) | N/A | N/A | N/A | 18日 |
8 | N/A | 陽性(40/45) | 陰性 | N/A | N/A | 12日 |
9 | N/A | 陰性 | 陽性 | N/A | N/A | 12日 |
10 | N/A | 陽性(39/45) | 陰性 | N/A | N/A | 13日 |
11 | N/A | 陽性(38/45) | 陰性 | N/A | N/A | 15日 |
12 | N/A | 陽性(38/45) | 陰性 | N/A | N/A | 19日 |
13 | N/A | 陽性(38/45) | 陰性 | N/A | N/A | 11日 |
14 | 陰性 | N/A | N/A | 陽性(34/42) | N/A | 不明 |
15 | 陰性 | N/A | N/A | 陽性(34/42) | N/A | 不明 |
16 | 陰性 | N/A | N/A | 陽性(33/42) | N/A | 不明 |
17 | N/A | N/A | N/A | 陰性 | 陽性(44/45) | 59日 |
N/A: not available
SARS-CoV-2に感染すると,感染性のあるウイルスは発症の1~3日前から排出され,その後は約7~10日間排出され続ける。SARS-CoV-2はまず鼻咽頭等の上気道に感染すると考えられ,その後下気道まで進展すると言われており11),12),感染初期においては鼻咽頭ぬぐい液が喀痰よりも適した検体と考えられる。喀痰は肺や気管支など下気道の状況を反映するため,咳嗽などの呼吸器症状を有するある程度疾病が進行している患者では感度が高い検体である13)。また,SARS-CoV-2は下気道にウイルス量が多いことが報告されており,検査にはできる限り喀痰などの下気道由来検体を用いるが採取が難しい場合は鼻咽頭ぬぐい液を用いる14)との記載もあり,検査に使用する検体試料については,臨床症状に合わせた選択や使用する検査装置や検査試薬に合わせた使い分けが必要である。今回我々が検討を行ったSG法は鼻咽頭ぬぐい液・鼻腔ぬぐい液・唾液の3種類,ID NOW法・Liat法・GX法は鼻咽頭ぬぐい液・鼻腔ぬぐい液の2種類,z480法は様々な検体試料に対して幅広く対応可能である。5機種に共通して使用できる検査試料は鼻咽頭ぬぐい液と鼻腔ぬぐい液の2種類だが,鼻腔ぬぐい液の検出感度は鼻咽頭ぬぐい液と比較するとやや低い13)との報告もあることから,今回の我々の検討では鼻咽頭ぬぐい液を採用した。
当院所有の遺伝子解析装置5機種(Table 7)のSARS-CoV-2の標的遺伝子はそれぞれ異なっているがz480法ではE-gene・N-gene・RdRP-geneの3種類の標的遺伝子にプライマーを設定しておりそれぞれ検出可能である。N-gene,E-geneのみの陽性症例は,2013年に流行したSARSと鑑別が困難であるが,RdRP-geneを用いることで新型コロナウイルスと判定が可能である。しかし,当時はSARSの流行が見られないという背景より,N-gene,E-geneのみで陽性となってもSARS-CoV-2陽性と判断した。Cormanら15)によるとルーチンワークフローではE-geneアッセイは高感度であり第一のスクリーニングツールをして推奨するとの報告もあり,当院でも検討を行った結果,検出感度の高いE-geneが適していたためz480法ではE-geneを採用した。GX法は,E-gene・N2-gene の2種類の標的遺伝子を検出できるがN2-geneはSARS-CoV-2に対して特異的であり,N2-geneが検出された場合はSARS-CoV-2陽性と判定することができる。E-geneのみの陽性の場合もz480法と同様にSARS-CoV-2陽性と判断した。DustらはGX法の最小検出感度はN2-geneの方が高いと報告しており16),当院でも検討を行った結果検出感度の高いN2-geneが適していたため,GX法ではN2-geneを採用した。
遺伝子解析装置 | z480法 (ロシュ社) |
SG法 (ミズホメディー社) |
ID NOW法 (アボット社) |
Liat法 (ロシュ社) |
GX法 (ベックマン・ コールター社) |
---|---|---|---|---|---|
原理 | RT-PCR法 (リアルタイムRT-PCR one-step法) |
Qprobe法 | NEAR法 (等温核酸増幅法) |
RT-PCR法 (リアルタイム RT-PCR法) |
RT-PCR法 (リアルタイム RT-PCR法) |
試薬 | ・RNA抽出 抽出装置・試薬:MagNA Pure96 System,MagNA Pure 96 DNA and Viral NA Small Volume Kit(ロシュ社) ・増幅試薬 LightMix EAV RNA Extract.Control,LightCycler Multiplex RNA Virus Master(ロシュ社)1)~3) |
・スマートジーン® SARS-CoV-2検体採取セット4) ・スマートジーン® SARS-CoV-2テストカートリッジ5) |
・SARSコロナウイルス核酸キットID NOWTM新型コロナウイルス2019V2.08) |
・コバスLiat SARS-CoV-2&FluA/B 9) | ・SARSコロナウイルス核酸キットXpert®Xpress SARS-CoV-2「セフェイド」10) |
認識部位 (ターゲット領域) |
E-gene N-gene RdRP-gene |
N-gene | RdRP-gene | N-gene | N2-gene E-gene |
検体の種類 | 鼻咽頭ぬぐい液・喀痰 便・唾液など 各種検体試料に対応可能 |
鼻咽頭ぬぐい液 鼻腔ぬぐい液 唾液 |
鼻咽頭ぬぐい液 鼻腔ぬぐい液 |
鼻咽頭ぬぐい液 鼻腔ぬぐい液 |
鼻咽頭ぬぐい液 鼻腔ぬぐい液 |
採取容器 | コパンUTM (コパン社) |
FLOQスワブ (日本BD社) |
FLOQスワブ (日本BD社) |
コパンUTM (コパン社) |
コパンUTM (コパン社) |
検査所要時間 (RNA抽出工程含む) |
約2–4時間 | 約60分 | 約13分 | 約20分 | 約45分 |
1アッセイあたりの 検査件数 |
96件 | 1台につき1件 | 1台につき1件 | 1台につき1件 | 1ユニットにつき1件 |
RNA抽出~結果の判定 | マニュアル | 全自動 | 全自動 | 全自動 | 全自動 |
最低検出感度 | 1.0 copies/μL (5.0 copies/test) |
2.27 copies/μL (250 copies/test) |
5.75 copies/μL (575 copies/test) |
0.125 copies/μL (25 copies/test) |
2.0 copies/μL (600 copies/test) |
Ct値の表示 | 有 | 有 | 無 | 有 | 有 |
PCR cycle数 | 45 cycle | 45 cycle | ― | 42 cycle | 45 cycle |
既知濃度の陽性コントロールを用いた最小検出感度は,z480法で1.0 copies/μL,SG法で2.27 copies/μL,ID NOW法で5.75 copies/μL,Liat法で0.125 copies/μL,GX法で2.0 copies/μLとなり感染研法17)と比較して同程度の検出感度であった。また,同時再現性の評価も良好であった。SG法とz480法の比較検討では,感度93.2%・特異度96.6%・判定一致率94.7%,SG法とID NOW法では,感度91.7%・特異度98.4%・判定一致率95.1%,z480法とLiat法では,感度100%・特異度82.4%・判定一致率89.3%,Liat法とGX法では,感度100%・特異度93.8%・判定一致率96.7%,と高い相関を示したことから当院が導入した5機種はいずれも臨床へ精度の高い結果を提供することができると判断した。
各法の比較において,結果の乖離が認められた計17症例については,全症例がコロナ罹患後のウイルス量チェックの検体であったことから偽陽性ではないと判断した。また,検査機器毎にPCRのサイクル回数は若干異なるが平均Ct値37.7(34–44)と明らかに高い傾向にあった。SG法とz480法の比較で判定不一致となった7症例のコピー数をTable 1より推測すると2.27–454.5コピー程度といずれも低コピーの検体であった。SG法とID NOW法の比較で判定不一致となった6症例のうち5症例は90.9–227.25程度のコピー数(うち1症例についてはID NOWのみで陽性となったためコピー数は不明)と推測され,z480法とLiat法の比較で判定不一致となった3症例は0.125–1.25程度のコピー数と推測,GX法とLiat法の比較で判定不一致となった1症例については1–2コピー程度の検体であったと推測した。また,発症日からの経過日数においては17症例のうち14症例が発症後9日~59日の症例であった(うち3症例は発症日不明)。国立感染症研究所や厚生労働省等によると18)~22),感染力のあるウイルスを排出する患者について,発症日を0日目として3日間程度は平均的に高いウイルス量となっているが,4日目(3日間経過後)から6日目(5日間経過後)にかけて大きく減少しウイルスの検出限界に近づき,6日目(5日間経過後)前後のウイルス排出量は発症日の20分の1から50分の1と報告しており,今回結果の乖離が認められた17症例は病状が緩和していたことから,上気道中のウイルス量が減少していることが予想され12),機器の検出感度の差異やサンプリング時のウイルスの遍在等も結果の乖離に影響を及ぼした可能性があると考えられた。
当院は3次救急を担う基幹病院であり,第2種感染症指定医療機関にも指定されており,そのような背景から臨床の様々な要望に応えるために検査体制を整える必要がある。検査を開始した2020年当時のSARS-CoV-2 PCR検査に対して臨床や病院上層部からの要望(Table 8)として一番多かったのは検査時間の短縮とPCR検査の24時間対応であった。しかしz480法では結果報告までに半日程度要することから迅速性に欠け,検査手技も煩雑で高い熟練度を必要とするため対応できる人材の確保は容易ではなかった。当時z480法に対応できる人員は5名のみでルーチン業務を維持しながら365日24時間PCR検査に対応することは困難であり他部門からの協力が必要不可欠であった。遺伝子検査に携わったことがない人員でも簡便で迅速に結果報告が可能な全自動遺伝子解析装置Smart Gene 7台とID NOW 2台を導入し,他部門協力のもと臨床からの要望であったSARS-CoV-2検査体制を整えた。Smart GeneとID NOWの導入により検査時間が大幅に短縮され,別途必要であったRNA抽出などの細かなピペット操作が不要となり他部門でもSARS-CoV-2検査を容易に行うことが可能となった。SG法の検査所要時間は約60分であるが陽性の場合は途中でも陽性と判定されCt値が装置ディスプレイに表示されるためウイルス量の予測も可能である。ID NOW法も検査所要時間は約13分であるが陽性の場合には途中で陽性判定が可能であり,救急搬送患者や緊急手術患者に対して迅速に結果報告可能であるが定性判定であることからウイルス量の把握は困難であった。このことからウイルス量の把握を必要とする場合においてはSG法やz480法を用い,定性判定のみで良い症例においてはID NOW法を用いる運用とした。z480法はゴールデンスタンダードな方法でありCt値によるウイルス量の把握や他法との比較が可能で信頼性の高い検査である11)。また,1アッセイにて大量検体測定が可能で病棟クラスター時など陽性者網羅的検索にも有用となる。加えてz480法は喀痰や便等の様々な検体試料に対してPCR検査が可能であり,幅広く臨床のニーズに対応することも可能である。これら3法の運用によって臨床からの様々な要望に柔軟に対応することが可能となった。さらに今後COVID-19とインフルエンザウイルスの同時流行を想定し2021年5月に全自動遺伝子解析装置cobas® Liat®システムを3台導入,さらにアフターコロナを見据えて全自動遺伝子解析装置GeneXpert®システム1台を2022年10月に追加導入した。季節性インフルエンザとCOVID-19は症状で判断することが難しいため,両方の検査を同時に行うことが推奨されている13)。Liat法はSARS-CoV-2とインフルエンザウイルスA,B核酸を同時に検出が可能で検査所要時間も約20分と短く操作も簡便である。今後のインフルエンザウイルス流行時に備え,2021年6月から平日日中のメインの測定法をLiat法に変更した。実際にLiat法導入後の2022年の年末から2023年6月にかけてインフルエンザの大流行が見られた23)。GeneXpert®システムはSARS-CoV-2PCR検査に加え,結核菌群及びリファンピシン耐性遺伝子検出用試薬や血液培養陽性液中のMRSA及び黄色ブドウ球菌遺伝子を同時に検出する試薬など様々な試薬が販売されており24)~30)汎用性が高いと判断し導入に至った。COVID-19は2023年5月8日より2類感染症から5類感染症へと引き下げられたことから当院ではCOVID-19の検索はPCR検査から主に抗原検査へと切り替えが行われた。PCRの検査数が大幅に減少したことから,GeneXpert®システムは結核菌群検出用の装置として運用を切り替えた。これまで結核菌群検出はLAMP法にて検査を行っていたが,GeneXpert®システムに切り替えたことで抗菌薬の選択にも役立つ運用となった。また,ID NOWはSARS-CoV-2 検査の他にA群ベータ溶血連鎖球菌の核酸検出検査31)に使用し,Smart Geneはヘリコバクターピロリ核酸(クラリスロマイシンの薬剤感受性に関する変異23S rRNA遺伝子上の2142,2143位の変異検出)32)やマイコプラズマ核酸33),Clostridioides difficile/toxin34)検出用の機器としてSARS-CoV-2 検査以外にも様々な検査に対応できるように運用を構築した。
1 | 患者さん毎にすぐ検査結果が知りたい |
2 | 緊急手術や救急外来の患者さんに対してPCR検査を行いたい |
3 | 入院前にスクリーニングとしてPCR検査を行ってほしい |
4 | 早く結果が知りたい |
5 | 24時間いつでもPCR検査を対応してほしい |
6 | 勤務前にPCRを行いたい |
7 | クラスター発生時に病棟患者及び職員全員のPCRを行ってほしい |
8 | 清掃後の病棟の環境検査として数十カ所(洗面台・トイレの便座・床など)のPCRを行ってほしい |
9 | 鼻咽頭ぬぐい液以外の検体(喀痰・便・唾液など)でPCRを出したい |
10 | ウイルス量が知りたい |
11 | 患者さんが転院する日にPCRで陰性のことを確認したい(転院先からPCR検査を求められている) |
12 | 応援の医師や立ち入り業者に対してPCR検査を行ってほしい |
13 | 陰性証明書作成のためにPCR検査を行ってほしい |
今回我々は,臨床からの様々な要望への対応とアフターコロナを見据え,5種類の遺伝子解析装置を導入しSARS-CoV-2検出試薬の比較検討を行った。z480法,SG法,ID NOW法,Liat法,GX法の5法はいずれも臨床へ精度の高い検査結果を提供することが可能と判断した。新規検査項目を導入する際は装置や試薬の性能を十分に確認し,各々の利点や欠点などを臨床と共有し協議した上で運用することが重要である。
今回我々は5種類の装置を用いたSARS-CoV-2検出試薬の比較検討を行いそれぞれの性能確認と検査体制を構築した。機器の選定は臨床側に精度の高い検査結果を提供するために非常に重要である。また,SARS-CoV-2感染者数が急激に増加したことに伴い,国を挙げてPCR検査の拡充が行われ,PCR検査数が一気に加速し検査要員の早急な確保も余儀なくされた。さらに検査数の急激な増加に伴いPCR検査の試薬や消耗品の欠品・品薄状態がしばらく続いた。今後も発生する新興感染症に備え,操作が簡便で誰でも簡単に行える遺伝子解析装置を複数所有することで迅速に臨床の要望に対応することが可能になると考えられた。
本研究は,オプトアウトを適用することで後ろ向きに「市立函館病院倫理委員会」の承認を受け実施した(迅2022-45)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。