2025 Volume 74 Issue 2 Pages 416-421
腹膜透析(peritoneal dialysis; PD)を導入中の80代女性。下痢と嘔吐を主訴に当院を受診し,食欲低下や下肢浮腫などの全身症状があり,感染性腸炎,腹膜炎の疑いで当院に緊急入院となった。血液培養と連続携行式腹膜透析(continuous ambulatory peritoneal dialysis; CAPD)排液が提出されたが,いずれも病原菌は検出されなかった。炎症反応が持続し,抗菌薬治療で症状の改善がみられないことから,再度,血液培養とCAPD排液が提出されたが,培養陰性であった。一方,全自動尿中有形成分分析装置UF-5000では同CAPD排液から細菌が検出されており抗酸菌感染を疑い,抗酸染色を実施し陽性であった。また,結核菌遺伝子検査loop-mediated isothermal amplification(LAMP)も陽性であり,Mycobacterium tuberculosisの検出を報告した。追加で提出された胃液からもM. tuberculosisを検出し結核性腹膜炎と診断された。抗酸菌はグラム染色では難染色性であり,培養も時間を要する。UF-5000の結果と細菌検査結果の乖離に気づかなければ,M. tuberculosisを検出できなかった可能性が高いと考えられる。自験例は,他部門と協力することで病原体の検出と診断に貢献できた1例であった。
A woman in her 80s undergoing peritoneal dialysis presented to our hospital with diarrhea and vomiting. She exhibited systemic symptoms such as decreased appetite and leg edema, leading to an emergency admission with suspected infectious enteritis and peritonitis. Blood cultures and samples of continuous ambulatory peritoneal dialysis (CAPD) effluent were submitted, but no pathogens were detected. Because the inflammatory response persisted and antimicrobial therapy did not improve symptoms, blood cultures and CAPD effluent were again submitted, but were negative for culture. However, fully automated analyzer of formed elements in urine (UF-5000) detected bacteria in the same CAPD effluent, raising suspicion of mycobacterial infection. Acid-fast staining was performed and was positive. Additionally, Mycobacterium tuberculosis gene testing using loop-mediated isothermal amplification was positive, confirming the presence of M. tuberculosis. Further testing of submitted gastric juice also detected M. tuberculosis, leading to a diagnosis of tuberculous peritonitis and pulmonary tuberculosis. Mycobacteria are difficult to stain with Gram staining and require a lengthy culture process. Without noticing the discrepancy between the UF-5000 results and bacterial culture results, it is highly likely that M. tuberculosis would not have been detected. This case highlights the importance of interdepartmental collaboration in contributing to pathogen detection and diagnosis.
連続携行式腹膜透析(continuous ambulatory peritoneal dialysis; CAPD)は,透析液を腹腔内に貯留し腹膜を利用して毎日連続的に行う在宅透析であり,慢性腎不全の治療法の一つである1)。CAPD関連腹膜炎は除水能の低下や腹膜機能障害,カテーテル抜去や血液透析移行などの原因になり,また死亡の原因となる極めて大きな問題であるため予防・早期治療が重要である2)。当院では,CAPD排液の検査を一般検査部門と細菌検査部門で行っている。一般検査部門では全自動尿中有形成分分析装置UF-5000(シスメックス株式会社)を使用し検体中の白血球数や細菌量などを測定し,塗抹標本で白血球分類を行っている。また,細菌検査部門では一般細菌を目的とした塗抹,培養検査を実施している。一般検査部門で使用しているUF-5000は,488 nmの青色半導体レーザーを用いて有形成分の複屈折性,細胞の核酸量,内部構造の複雑性などの情報を解析する分析装置である3)。グラム陽性菌と陰性菌を判定する細菌分別判定機能が搭載されており,グラム染色との一致率も良好との報告がある4)。一方,抗酸菌の検出に関する報告は極めて少ない。
今回我々は,UF-5000と細菌検査の結果の乖離が契機となり,CAPD排液からMycobacterium tuberculosisを検出し得た結核性腹膜炎の1例を経験したので報告する。
症例:80代,女性。
主訴:下痢,嘔吐,食欲不振,全身倦怠感。
既往歴:憩室出血,心筋梗塞,肺結核。
現病歴:20XX − 4年10月から慢性腎臓病のため腹膜透析(peritoneal dialysis; PD)を導入中であり,来院1ヵ月前から体重減少,2週間前から食欲不振と全身倦怠感を自覚した。20XX年7月,下痢と脱水症状のため感染性腸炎,腹膜炎の疑いで当院に緊急入院となった。
入院時所見:体温36.3℃,脈拍63回/分,呼吸数18回/分,血圧92/50 mmHgであった。
入院後の経過:入院時の胸部単純CT検査では両側肺野に瘤状陰影を認めた(Figure 1A)。第1病日に血液培養2セット,CAPD排液の細菌培養検査と一般検査が提出され,sulbactam/cefoperazone(SBT/CPZ)の投与が開始された。その後,第2病日からはGentamicin(GM)が併用された。第3病日にはCAPD排液中の白血球数増加を認め(Table 1),第4病日にはCRPの上昇がみられたのでCAPDカテーテルの抜去術を施行されたが,その後,覚醒不良のため再度挿管された。また,CAPD腹膜炎による敗血症性ショックのためMeropenem(MPEM)とVancomycin(VCM)が追加で開始された。第5病日に施行された胸部造影CTでは,両肺に多発する空洞性結節を認め,胸水貯留と陰影周囲には肺胞出血を疑うスリガラス状陰影も認めた(Figure 1B)。血液培養が陰性であり,真菌感染が疑われたのでMicafungin(MCFG)が追加された。CAPD排液と胃液のチールネルゼン染色(Ziehl-Neelsen:抗酸染色)と結核菌遺伝子検査loop-mediated isothermal amplification(LAMP)が陽性であったことから結核性腹膜炎,肺結核の診断で第6病日に転院となった(Figure 2)。
(A) Plain CT image on Day 1, a lobulated shadow was observed in both lung fields (red arrows). (B) Contrast-enhanced CT image on Day 5, multiple cavitary nodules were seen in both lungs (red arrows), with ground-glass opacities around the shadows suggestive of alveolar hemorrhage (blue arrows).
項目 | 第1病日 | 第3病日 |
---|---|---|
赤血球(/μL) | 18.7 | 85.3 |
白血球(/μL) | 984 | 2,050.3 |
細菌(/μL) | 419.6 | 1,727.2 |
細菌 | 1+ | 2+ |
リンパ球(%) | 20 | 2 |
好中球(%) | 68 | 82 |
好酸球(%) | 3 | 0 |
組織球(%) | 9 | 16 |
Changes in white blood cell (WBC) count and C-reactive protein (CRP) levels and administered antibiotics.
塗抹,培養検査,遺伝子検査:第1,3病日に提出されたCAPD排液は,ともに少し混濁しており,neo-B&Mワコー(富士フイルム和光純薬株式会社)を用いたグラム染色(Bartholomew & Mittwer法)では多数の白血球を認めたが,微生物はみられなかった。培養検査は羊血液寒天/マッコンキー寒天培地(島津ダイアグノスティックス)とHK半流動生培地(極東製薬工業株式会社)を用いて,前者は37℃,24時間,後者は37℃,1週間それぞれ好気条件で実施したが,両者とも発育はみられなかった。同日に提出された便培養では有意な微生物は検出されず,血液培養2セットについてもBDバクテック23F好気用レズンボトルP(日本べクトン・ディッキンソン株式会社)とBDバクテック21F溶血タイプ嫌気用ボトルP(日本べクトン・ディッキンソン株式会社)を使用してBD BACTEC FX(日本べクトン・ディッキンソン株式会社)で1週間培養したが菌の発育を認めなかった。第3病日に提出されたCAPD排液と血液培養2セットについても同様の条件で培養を実施したが,両者とも培養陰性であった。第4病日に提出されたβ-Dグルカンの検査は,リムセイブMT-7500(富士フイルム和光純薬株式会社)にて測定を行い,結果は5.0 pg/mLであった。第5病日に医師から検査結果について問い合わせがあったので,第1,3病日に提出されたCAPD排液をUF-5000で測定した結果を確認したところ,第1病日に提出されたCAPD排液から(1+)(Figure 3),第3病日に提出されたCAPD排液から(2+)の細菌が検出されていることに気づいた(Table 1)。抗酸菌の可能性を考え,4℃で保存していたCAPD排液を用いて抗酸染色を実施した。第1,3病日に提出されたCAPD排液はともに抗酸菌を認め(Figure 4),結核菌LAMPが陽性であった。同日に提出された胃液においても,同様に抗酸染色,結核菌LAMPともに陽性であった。培養検査は,マイコアシッド(極東製薬工業株式会社)を用いて37℃,好気条件で実施した。培養開始2週間後にコロニーの発育を認めた。発育したコロニーについても,結核菌LAMPを実施し陽性であった。
Scattergram of CAPD effluent submitted on Day 1. Purple dots indicate bacteria (red circle) and gray dots indicate debris (gray circle).
Ziehl-Neelsen staining of CAPD effluent submitted on Day 1 showing positive bacilli.
UF-5000の結果と細菌検査結果の乖離が契機となった結核性腹膜炎の1例を経験した。CAPDの合併症のうち頻度の高いものとして,腹膜炎が挙げられる5)。CAPD関連腹膜炎の原因微生物はグラム陽性球菌が50%を占め,そのうち皮膚の常在菌である表皮ブドウ球菌を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が一番多く検出されており,次いで黄色ブドウ球菌である6)。結核菌などの抗酸菌が原因になることも報告されているが,結核性腹膜炎は我が国の全結核患者の0.04~0.5%を占めるにすぎない稀な疾患である7)。また,抗酸菌性腹膜炎はカテーテル抜去率が高いとの報告があり,難治性であることも多い8)。感染経路は肺結核から血行性に波及することが多いが,腹腔内の結核性病変が腹腔内に穿破するあるいは卵管から逆行性に腹膜に波及することもあり,肺結核がなくても結核性腹膜炎をきたしうる9)。自験例では,肺結核の既往があること,胸部CTにおいて空洞性結節を伴う肺結核であることから,血行性に波及した可能性が考えられた。
結核菌を含む抗酸菌は,細胞壁に多量の脂肪酸を含むことからグラム染色では染まりにくく,白く抜けた透明な桿菌として観察されることが知られており10),11),「gram-ghost」や「Ghost Mycobacteria」と呼ばれることがある11),12)。痰などのように粘液や炎症性に滲出したフィブリンが多く含まれる検体であれば背景がピンク色に染まることで,無染色の菌体を比較的容易に観察することができるが,自験例のように背景が何も染まっていないような場合は観察が困難であると考える13)。
腹膜透析ガイドライン20192)では,CAPD排液の培養検査は血液培養ボトルを使用することを推奨している。当院での血液培養の培養期間は1週間であり,抗酸菌用のボトルは使用していない。血液以外の検体における抗酸菌用ボトルを使用した抗酸菌の検出に関する検討では,結核菌群は陽性シグナルを示すまでに平均11.6日要するとの報告があり14),自験例では血液培養ボトルを使用したCAPD排液の培養は実施していないが,当院の運用では検出できなかった可能性が高いと考える。CAPD排液の検査では,はじめから抗酸菌を疑い検査を実施する施設は少ないと考えられるため,肺結核を含む抗酸菌感染症の既往がある場合や抗菌薬不応性の発熱や炎症などの所見がある際は臨床と積極的にコミュニケーションを取り抗酸菌検査の追加を考慮する必要があると考える。
一般検査で尿中の有形成分分析に用いられるUF-5000は,赤血球,白血球,上皮細胞,細菌,円柱の定量と酵母様真菌や結晶などの半定量・定性検査が全自動で可能な分析装置である。細菌の検出において,前方散乱光強度は菌体のペプチドグリカン層など細胞壁の構成成分の違いを反映している。そのため,厚いペプチドグリカン層を有するグラム陽性菌はグラム陰性菌と比べて前方散乱光強度が高い傾向にある。一方,側方散乱光強度は,菌体内に浸透できる色素量を反映しており,グラム陽性菌は細胞壁の構造から菌体内に浸透する色素量は低下するため,グラム陰性菌よりも側方散乱光強度は低くなる3)。また,検体中の菌量が多くなるにつれ,スキャッタグラム上のドット数は多くなる。自験例を通してUF-5000は,グラム陽性・陰性菌のみならず抗酸菌の検出にも有用性が示唆された。しかし,UF-5000のスキャッタグラムを確認すると細胞断片や微細な成分を表す“DEBRIS”に多く含まれていたことから,抗酸菌の一部は細菌として検出されず,“DEBRIS”に含まれている可能性があり,一般細菌に比べると抗酸菌は検出しづらいと考えられる。UF-5000による抗酸菌の検出にはさらなる検討が必要である。
自験例は,細菌検査部門だけでなく一般検査部門と協力することでM. tuberculosisを検出し得た症例であった。当院ではカバーリングの一環で,他分野の業務を行うスタッフを複数名育成してきた。一般検査部門のスタッフにも微生物検査を行うことができるスタッフがいるため,一般検査結果の見方や病態推定について相談しやすい環境にある。このように,異なる分野間で知識や技術を共有することで臨床により有益な情報を提供することが可能となるため,勉強会などで相互に知識をアップデートできる環境を構築することも重要と考える。また,自験例の経験からCAPD排液培養検査時に一般検査結果を確認し,グラム染色結果と乖離がある場合は抗酸染色を考慮する運用に検査手順を変更した。抗酸菌やLegionella属菌など塗抹や培養検査では検出が困難な菌の場合,他部門の結果が重要になると考えられる。
自験例は,部門間の情報共有によりM. tuberculosisを検出し得た肺結核と結核性腹膜炎の症例であった。情報共有の重要性を再認識した1例であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。