2025 Volume 74 Issue 2 Pages 436-442
患者は70歳代男性。初診時の血液検査で白血球の著明な増加と37%の芽球様細胞を認め,骨髄検査においても有核細胞数の上昇と芽球様細胞を26.6%認めた。芽球様細胞はミエロペルオキシダーゼ染色陽性で,非特異エステラーゼ染色弱陽性,フッ化ナトリウム阻害試験陽性であり,総合的に急性骨髄性白血病と診断された。当初の骨髄液の遺伝子検査では,BCR::ABL1遺伝子を含む複数の融合遺伝子の検出を目的としたリアルタイムPCRによるスクリーニング検査を実施したが,いずれの融合遺伝子も検出されなかった。しかし,ギムザ分染法による染色体検査でt(9;22)(q34.1;q11.2)を,蛍光in situハイブリダイゼーションではBCR::ABL1遺伝子陽性シグナルを認め,BCR::ABL1遺伝子の存在が確認された。その後プライマーを代えたPCRとPCR産物のダイレクトシーケンスにより,本症例の融合遺伝子はABL1遺伝子の切断点が稀な「e14(b3)a3 type」のMajor-BCR::ABL1遺伝子であることが判明した。さらに,定量測定を行うための測定系を新たに作成し,Major-BCR::ABL1「e14(b3)a3 type」を1 copy/μLから検出することが可能となった。今後は本測定系を白血病初発時のスクリーニング検査の一つとして利用する予定である。
We report a case of acute myeloid leukemia with Major-BCR::ABL1, which could not be detected by RT-qPCR method. The patient was a male in his 70s. He was diagnosed as acute myeloid leukemia because of the finding of leukocytosis and 37% blast-like cells in the peripheral blood and 26.6% in the bone marrow. In the bone marrow, we conducted RT-qPCR as a screening method for chimeric gene, including Major-BCR::ABL1 which commonly found in leukemia patients. Although no chimeric gene was detected by RT-qPCR, cytogenetics and FISH indicated the existence of BCR::ABL1. Later, detail investigation revealed that the fusion gene in this case was the Major-BCR::ABL1 [e14 (b3) a3 type], in which the ABL1 has a rare cleavage point. In addition, we built a new method based on RT-qPCR for measuring Major-BCR::ABL1 [e14 (b3) a3 type]. New method enables us to detect not only a2 type Major-BCR::ABL1 but also a3 type Major-BCR::ABL1. We will adapt the new method as a screening for patients suspected with leukemia, especially at the first onset.
慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia; CML)や急性リンパ性白血病(acute lymphoblastic leukemia; ALL)の原因となる融合遺伝子として知られるBCR::ABL1遺伝子は,急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia; AML)の約1%程度にもみられ,予後不良とされている1)。BCR遺伝子の切断点は複数知られMajor-BCRやminor-BCRなどに分類される一方,ABL1遺伝子の切断点はABL1遺伝子のエクソン2の上流イントロンでほぼ不変である(a2 type)。一般的にリアルタイムPCRで用いるプライマーは,このa2 typeのBCR::ABL1遺伝子が検出できるように設計されているため,稀ではあるがABL1遺伝子の切断点が異なる場合には検出ができない可能性がある。今回リアルタイムPCRでMajor-BCR::ABL1遺伝子の検出ができず,精査の結果「e14(b3)a3 type」と判明したAML症例を経験したので報告する。
患者:70歳代男性。
既往歴:高血圧,脂質異常症,前立腺肥大症。
現病歴:39.0℃の発熱と倦怠感を主訴に前医を受診し,血液検査で白血球増多及び芽球様細胞の出現が認められたため当院へ紹介となった。
検査所見:初診時の血液検査では,白血球の著明な増加と貧血があり,37%が芽球様細胞であった。また骨髄液検査では,顆粒球系統の核分葉異常と赤芽球系統の軽度巨赤芽球様変化とともに,核網繊細で明瞭な核小体と一部に切れ込みのある核と好塩基性の細胞質を有するN/C比大の芽球様細胞を26.6%認めた。芽球様細胞はミエロペルオキシダーゼ染色(myeloperoxidase; MPO)陽性で,非特異エステラーゼ染色(non-specific esterase; NSE)弱陽性,フッ化ナトリウム阻害試験陽性であった(Figure 1A–D)。フローサイトメトリー検査で芽球領域の細胞表面マーカーは,CD4,CD13とCD25が陽性であり(Figure 2),CD34は陰性であった。骨髄液検体でリアルタイムPCRによる融合遺伝子のスクリーニング検査を実施したが,いずれの融合遺伝子も検出されず,FLT3とNPM1の変異も認めなかった(Table 1)。これらの検査所見などから総合的にAMLと診断された。しかし,後に判明した外部委託の染色体検査では,ギムザ分染法で20細胞中20細胞にt(9;22)(q34.1;q11.2)を認め,蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)ではBCR::ABL1遺伝子陽性シグナルを99.0%認めた(Figure 3A, B)。
A:骨髄メイ・グリュンワルド・ギムザ二重染色(May-Grünwald Giemsa; MG)。B:MPO染色;芽球様細胞は弱陽性~陰性で,陽性率は16%であった。C:NSE染色。D:フッ化ナトリウム阻害試験。
CD45・SSCスキャッタグラム上では,芽球様細胞がより成熟した顆粒球と連続的に分布している。
Results | |
---|---|
WT1 | 256/104ABL CG |
Major-BCR::ABL1* | Not detected |
minor-BCR::ABL1* | Not detected |
RUNX1::RUNX1T1* | Not detected |
PML::RARA* | Not detected |
CBFβ::MYH11 (TypeA)* | Not detected |
DEK::NUP214* | Not detected |
MLL::AF6* | Not detected |
FLT3-ITD** | Not detected |
FLT3 D835** | Not detected |
NPM1** | Not detected |
*:SYBR法(スクリーニング検査として実施),**:High Resolution Melting解析
A:ギムザ分染法;核型は46, XY, t(9;22)(q34.1;q11.2)であった。矢印は生じたフィラデルフィラ染色体とその均衡型転座を示す。B:FISH。
臨床経過:AML診断後,イダルビシン(IDR)とシタラビン(AraC)による治療が開始された。第41病日に施行された骨髄液検査では芽球様細胞が3.9%に減少したが,約1週間後には再び芽球様細胞が9.4%出現した。治療はアザシチジン(AZA),ベネトクラクス(VEN)へ変更となったが,副作用により中止となり,患者は初診より約4ヶ月後に永眠された。
融合遺伝子の精査:染色体検査との結果の乖離の原因を精査すべく,我々はまず,micro-BCR::ABL1遺伝子の可能性を考えPCRを行ったがmicro-BCR::ABL1遺伝子は検出されず(データ省略),続いてABL1遺伝子の切断点の違いによる可能性を考えた。当院のリアルタイムPCRで使用しているプライマー(Figure 4:①)はABL1遺伝子のエクソン2内から増幅するよう設計されている。そこで,リバースプライマーがABL1遺伝子のエクソン3内に設定されたプライマー(Figure 4:②)を用いたPCRとPCR産物のダイレクトシーケンスを行ったところ,本症例の融合遺伝子がMajor-BCR::ABL1遺伝子「e14(b3)a3 type」であることが判明した(Figure 5)。
F:フォワードプライマー,R:リバースプライマー,P:プローブ
シェーマは各プライマー・プローブの大まかな位置を示す。
本症例の融合遺伝子はABL1遺伝子のエクソン2を欠く,Major-BCR::ABL1「e14(b3)a3 type」であった。
測定系の作成:a2 typeのみならずa3 typeの検出・定量ができることが重要であると考え,リアルタイムPCRの新たな測定系を作成した。患者骨髄液の単核球から抽出したRNAよりcDNAを合成し,既報2)を参考にしたプライマー(Figure 4:③)を用いPCRを実施した。PCR産物はTOPO TA cloning kit with One Shot TOP10(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いてクローニングを行い,得られた大腸菌の形質転換体よりプラスミドDNAを抽出した。本プラスミドをリアルタイムPCRの標準物質とした。装置はQuantStudio 12K Flex(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用し,既報2)を参考にしたプライマー及びプローブ(Figure 4:③)を用いて,95℃ 20秒の後,95℃ 1秒,60℃ 20秒にて40サイクル反応させた。その結果,標準物質より作成した検量線はy = −3.376x + 37.37,R2 = 0.9991となり,1 copy/μLの標準物質まで検出可能であった(Figure 6A)。また,同じ測定系でa2 typeのMajor-BCR::ABL1遺伝子を測定したところCT値は1.3程度上昇することが確認されたが,10 copy/μLの標準物質まで検出が可能であった。さらに,この方法を用いて,以前に提出のあった今回の患者3検体を測定したところ,定量値は芽球様細胞数の変動を反映していると考えられた(Figure 6B)。
A:検量線
標準物質より作成した検量線はy = −3.376x + 37.37,R2 = 0.9991となり,標準物質1 copyまで検出可能であった。また,a2 typeのMajor-BCR::ABL1遺伝子の標準物質も10 copyまで検出することができた。
B:臨床経過(芽球様細胞率)との比較
ABL1をcontrol geneとした時,骨髄液での芽球様細胞率(棒グラフ)が26.6%であった第1病日は20,300であった。3.9%にまで減少した第41病日には5,190まで低下し,第48病日には芽球様細胞率再上昇に伴い11,300まで増加している。
白血病のFrench-American-British(FAB)分類は,主に普通染色による形態学的特徴と特殊染色による細胞化学所見から病型に分類する方法である。一方,WHO分類では腫瘍化する細胞の系統や腫瘍化の背景にある染色体・遺伝子異常を基に造血器腫瘍を包括的に分類するため,より的確な治療や予後の推定に役立つ。遺伝子異常には,RUNX1::RUNX1T1遺伝子やPML::RARA遺伝子などの融合遺伝子が含まれ,病型と予後の推定,それによる治療方針の決定や経過のモニタリングなどに利用できるため,こうした融合遺伝子を検出する意義は非常に大きい。融合遺伝子の一つであるBCR::ABL1遺伝子はCMLやALLの原因となることが広く知られているがAMLの1%程にも見られ,WHO分類においてもBCR::ABL1遺伝子陽性のAMLが定義されている3)。さらに,BCR::ABL1遺伝子陽性のAMLは予後不良群に分類されており1),これを検出することは重要な意味を持つ。
BCR::ABL1遺伝子はBCR遺伝子の切断点により,大きく3種類(Major-BCR,minor-BCR,micro-BCR)に分けられるが,ABL1遺伝子の切断点はABL1遺伝子のエクソン2の上流イントロンでほぼ不変とされている(a2 type)。しかしながら,稀にABL1遺伝子の切断点がエクソン3の上流イントロンのものも存在し(a3 type),その場合はa2 typeのABL1遺伝子にプライマーを設定した一般的なBCR::ABL1遺伝子検出用のリアルタイムPCRでは検出が困難となる。本症例同様に,リアルタイムPCRでBCR::ABL1遺伝子を検出できず,染色体検査の結果と乖離した症例はこれまでにもいくつか報告されており4)~7),これらは遺伝子検査とともに染色体検査を併用することの重要性を示唆している。本症例を元に新たに作成した測定系は良好な反応を示し,また,本症例においてはWT1遺伝子の測定と比較し骨髄液での芽球様細胞数の変動をより反映していたことから(Figure 6B),微小残存病変の測定に有用であると考えられる。さらに,a3 typeのMajor-BCR::ABL1mRNAとともにa2 typeのMajor-BCR::ABL1 mRNAの定量測定が可能であったことから,今後は白血病初発時のスクリーニング検査の一つとして使用する予定である。
我々の調べた限りでは,これまでに報告されている「e14(b3)a3 type」のMajor-BCR::ABL1遺伝子陽性例はいずれもCML或いはALLであり5)~9)(Table 2),特にCMLは予後良好であると考えられている7)。BCR::ABL1遺伝子(a2 type)のABL1遺伝子はSH1ドメイン(チロシンキナーゼ活性),SH2ドメイン及びSH3ドメインより構成されるが,a3 typeではSH3ドメインを約3分の2欠失している。a3 typeのBCR::ABL1遺伝子陽性CMLはa2 typeのCMLと比較し,発症までの時間がわずかに遅くなることがマウスの実験より報告されており10),さらに宿主細胞リガンドの一種であるRin1タンパクはBCR::ABL1遺伝子存在下において,SH2ドメインやSH3ドメインへの結合に依存し細胞の形質転換を増加させることが報告されている11)。a3 typeのBCR::ABL1遺伝子とRin1タンパクの結合が低下するかは不明であるが,a3 typeのBCR::ABL1遺伝子がSH3ドメインを部分的に欠失していることが病態の緩やかな進行になんらかの影響を与えている可能性が考えられる。一方,a3 typeのBCR::ABL1遺伝子陽性AMLにおける予後は現時点では不明とされている。
No. | Age (Years)/Gender | Diagnosis | Outcome | References |
---|---|---|---|---|
1 | 39/F* | CML | Alive | 7) |
2 | 19/M | CML | Dead | 7) |
3 | 23/M | CML | Alive | 7) |
4 | 51/M | CML | Alive | 7) |
5 | 69/M | CML | Alive | 7) |
6 | 69/M | CML | Alive | 7) |
7 | 81/M | CML | Alive | 7) |
8 | 30/M | CML | Alive | 7) |
9 | 52/M | CML | Alive | 7) |
10 | 41/M | CML-AP | Alive | 7) |
11 | 41/M | CML | Alive | 7) |
12 | 48/F | CML | Dead | 7) |
13 | 48/M | CML | Alive | 7) |
14 | 40/M | CML | Alive | 7) |
15 | 43/M* | ALL | Dead | 5) |
16 | 12/M | ALL | Alive | 6) |
17 | 3/F* | ALL | Dead | 8) |
18 | Unknown | ALL | Unknown | 9) |
CML:慢性骨髄性白血病,CML-AP:慢性骨髄性白血病移行期,ALL:急性リンパ性白血病,*:本邦からの報告
チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の登場によりBCR::ABL1遺伝子陽性のCMLやALLの予後は著しく改善した。特に慢性期CML患者506例を対象に実施されたコホート研究では,初期治療にイマチニブ・ダサチニブ・ニロチニブいずれかのTKIを使用した場合,5年生存率は94.5%であったと報告している12)。a3 typeのBCR::ABL1遺伝子陽性CMLにおいてもTKIの治療効果は期待できるとされるが7),BCR::ABL1遺伝子陽性AMLにおけるTKIに対する反応は様々であり13)~15),現時点で標準治療は存在しない。さらに本症例はa3 typeのBCR::ABL1遺伝子陽性AMLであり,有効な治療法についてはさらなるデータの蓄積が求められる。また,STAMP阻害薬であるアシミニブは,SH3ドメインが部分的に欠失しているa3 typeのBCR::ABL1遺伝子陽性のCMLに対する治療効果が乏しい可能性が指摘されており16),a3 typeのBCR::ABL1遺伝子を検出する意義は大きいと考えられる。今後,a3 typeを含めたBCR::ABL1遺伝子陽性の白血病に関して,特に疾患発症の分子メカニズムと他の異常との共存など,分子特性についてのデータがますます蓄積されることが期待され,予後の改善に繋がることが望まれる。
稀な切断点をもつ「e14(b3)a3 type」Major-BCR::ABL1遺伝子陽性のAMLを経験した。本症例を元に作成したリアルタイムPCRの測定系により,a3 typeのMajor-BCR::ABL1遺伝子の定量測定が可能となった。BCR::ABL1遺伝子陽性のAMLは稀ではあるが,WHO分類に加えられており予後不良群にも分類されるため,この融合遺伝子を検出することはAMLの診断および治療方針の決定において重要な意義がある。
本論文の要旨は,第73回日本医学検査学会(2024年5月,金沢市)にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。