2025 Volume 74 Issue 3 Pages 590-596
Nuclear protein in testis(NUT)癌はNUT遺伝子の再構成を伴う低分化な稀少癌であり,予後不良である。原発不明癌の状態で胸水細胞診とセルブロックを用いた免疫組織化学(immunohistochemistry; IHC)で診断し得たNUT癌の1例を報告する。患者は90歳代男性で,左上腹部疼痛を主訴として当院を受診した。コンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)にて左の胸水貯留が認められ,胸腔ドレナージが施行された。胸水細胞診では,小型~中型の単調な円形異型細胞が散在性あるいは細胞集塊を形成して多数観察された。異型細胞の核は円形~類円形で,核小体は大型であり,細胞質は狭小であった。セルブロック標本のIHCにおいて,異型細胞はp63,p40,NUTが陽性を示し,NUT癌と診断された。胸腔ドレナージ後のCTによる全身検索では原発病変は認められなかった。患者は入院34病日目に永眠された。NUT癌は低分化な細胞像を示すため,細胞診での診断は困難であるが,本症例ではセルブロックを用いたIHCがNUT癌の診断に有用であった。
Nuclear protein in testis (NUT) carcinoma is a rare, aggressive, and poorly differentiated carcinoma hallmarked by NUT gene rearrangement. Here, we report a case of unknown primary NUT carcinoma diagnosed using pleural effusion cytology. A man in his 90s presented with left upper abdominal pain. Chest computed tomography (CT) scans revealed a massive pleural effusion in the left thorax and, consequently, chest drainage was performed. Smears of pleural effusion cytology revealed small to medium-sized, monomorphic, round atypical cells exhibiting a high nuclear-cytoplasmic ratio, round to ovoid nuclei with prominent nucleoli, and scant cytoplasm. The cells appeared singly and in clusters. Cell-block specimens showed atypical cells with the same morphology as those observed in the pleural effusion cytology specimens, and the atypical cells were positive for p63, p40, and NUT, which supported the diagnosis of NUT carcinoma. Following the chest drainage, no primary tumor was identified through CT scans. The patient died 34 days after admission. Because of the poorly differentiated cytomorphology exhibited by NUT carcinoma, its diagnosis in the cytology specimens is very challenging. In the present case, immunohistochemistry of cell-block specimens was essential for a definitive diagnosis of NUT carcinoma by pleural effusion cytology.
Nuclear protein in testis(NUT)癌は染色体15q14上に位置するNUT遺伝子の再構成により定義される低分化な悪性腫瘍である1)。臨床的には稀少な悪性腫瘍であり1)~5),年齢を問わず発症し,性差は認められないとされている3)~5)。また,頭頸部(21–41%)や胸部(51–67%)といった体正中線上の臓器に好発し2)~5),予後は極めて不良で,中央生存期間は6.5~7.5ヵ月,2年生存率は7~22%と報告されている2),3),5)(Table 1)。
Reference | N | Age (median) | Gender male: female (%) |
Primary Site | Median OS/ two-year OS rate |
---|---|---|---|---|---|
Kloker LD2) | 35 | 18–67 (40) | 66:34 | Thorax 51% Non-thorax 49% |
7.5 months/7% |
Bauer DE3) | 54 | 0–78 (16) | 51:49 | Thorax 56% Head/Neck 21% |
6.7 months/19% |
Farooq A4) | 57 | 2–83 (N.A.) | 51:49 | Thorax 67% Head/Neck 23% |
N.A. |
Chau NG5) | 124 | 0–80 (23.6) | 48:52 | Thorax 51% Head/Neck 41% |
6.5 months/22% |
Abbreviations: N.A., not available; OS, overall survival
NUT癌の組織学的特徴として,ヘマトキシリンエオジン(Hematoxylin-Eosin; HE)染色では,1)低分化で小型~中型の均一な形態を示す腫瘍細胞の密なシート状増生像,2)低分化な成分から角化など扁平上皮への分化が明らかな領域への移行所見,が認められる1)。免疫組織化学ではNUTの他4),6)~10),サイトケラチン(Cytokeratin; CK)や扁平上皮系マーカーであるp63,p40,CK5/6などが陽性を示すことが多い4),6)~9)。
NUT癌の確定診断には,免疫組織化学(immunohistochemistry; IHC)でのNUTの核内発現の確認や逆転写ポリメラーゼ連鎖反応あるいは蛍光in-situハイブリダイゼーション(fluorescence in-situ hybridization; FISH)によるBRD-NUT融合遺伝子やNUT variantの証明が有用である4),11)。
本稿では,原発不明の状態で胸水細胞診およびセルブロック標本を用いたIHCにより診断し得たNUT癌の1例を報告する。
患者:90歳代,男性。
既往歴:網膜剥離,尿路結石,左膝骨折,帯状疱疹,胆嚢炎,大腸ポリープ,誤嚥性肺炎。
臨床経過:左上腹部痛を主訴として当院総合診療科を受診した。酸素飽和度は84%と低下しており,CTでは左胸腔に大量の胸水貯留を認め,左肺は完全な無気肺を呈していた(Figure 1A)。血液検査ではCRPが4.12 mg/dLと上昇していたが,その他の項目に著変は認められなかった。以上の経過より入院加療となり,胸腔ドレナージが施行された。胸水の外観は黄色濁,性状検査では,比重1.028,TP 3.8 g/dL,胸水/血清TP比0.57,LDH 1,751 U/L,胸水/血清LDH比5.94と,滲出性液の所見であった。胸水中の腫瘍マーカー検査では,CEA 11.4 ng/mL,CA19-9 7.62 U/mLで,CEAのみ血清中基準範囲よりも軽度上昇していたが,有意な上昇とは判断されなかった。胸腔ドレナージ後のCTによる全身検索では,左胸腔に一部胸水は残存したものの,左無気肺は概ね改善していた(Figure 1B)。左肺は検索可能な範囲での評価であったが,全身に明確な原発巣は特定されなかった。その後,急激に衰弱が進行し,入院第34病日に永眠された。
Massive pleural fluid of the left thorax on admission (A) and improvement of the left pulmonary atelectasis following chest drainage (B).
胸水検体を500 g,5分遠心後に上清を除去し,沈渣成分から塗抹標本を作製した。95%エタノールで湿固定後,パパニコロウ染色を実施して細胞像を評価した。
標本背景には好中球やリンパ球浸潤を認めた。細胞量は豊富で,小型~中型の円形で単調な細胞像を示す異型細胞が散在性に出現しており(Figure 2A),一部軽度の重積性細胞集塊(Figure 2B)や鋳型状配列(Figure 2C)も認められた。異型細胞の核は円形~類円形で,クロマチン構造は顆粒状を示し,核小体は大型で,核分裂像も散見された。細胞質は狭小で,ライトグリーン好性であった(Figure 2D)。判定区分:悪性,推定組織型:悪性腫瘍とし,小細胞癌あるいは非ホジキンリンパ腫を鑑別診断として挙げた。
Smears display small- to medium-sized monomorphic, round atypical cells (A) forming clusters with irregular stratification (B) and cord-like structures with cell-to-cell molding (C). The cells show a high nucleus-to-cytoplasm ratio, prominent nucleoli, and scant cytoplasm (D).
Papanicolaou staining. (A, B) ×400, (C, D) ×1,000.
アルギン酸ナトリウムを用いたセルブロック作製方法12)に準じて,遠沈法で胸水の残検体からセルブロックを作製した。セルブロックではHE標本,未染色標本を作製し,IHCを実施した。なお,IHCで用いた抗体の詳細はTable 2に示した。また今回のIHCはNUTのみ自動免疫染色装置Omnis(Dako)を用いて染色し,他は全て用手法にて実施した。
Antibody | Producer | Clone | Dilution |
---|---|---|---|
CK AE1/AE3 | BIOCARE Medical | AE1/AE3 | 1:100 |
CK5/6 | Dako | D5/16 B4 | 1:100 |
p63 | Dako | DAK-p63 | 1:50 |
p40 | BIOCARE Medical | BC28 | 1:100 |
TTF-1 | Dako | 8G7G3/1 | Ready to use |
CD79α | Dako | JCB117 | 1:100 |
CD3 | Dako | F7.2.38 | 1:100 |
Chromogranin A | Dako | DAK-A3 | 1:200 |
Synaptophysin | Dako | DAK-SYNAP | 1:100 |
INSM-1 | Santa Cruz Biotechnology | A-8 | 1:100 |
NUT | Cell Signaling Technology | C52B1 | 1:100 |
Abbreviations: CK, Cytokeratin; TTF, Thyroid transcription factor; INSM, Insulinoma-associated protein; NUT, Nuclear protein in testis
セルブロック標本では細胞診標本と同様の形態を示す異型細胞が多数観察された(Figure 3A)。IHCでは,異型細胞はCK AE1/AE3,CK5/6が部分的に陽性,p63,p40(Figure 3B)はびまん性に陽性を示し,CD79α,CD3,TTF-1,Chromogranin A,Synaptophysin,INSM-1は全て陰性であった。これらの結果と細胞形態からNUT癌が鑑別に挙がり,NUT染色を追加検討したところ,異型細胞の核にびまん性に陽性であった(Figure 3C)。以上の所見よりNUT癌と判定した。
Specimens stained with hematoxylin–eosin show discohesive atypical cells with the same morphology as seen in the Papanicolaou-stained specimens (A). On immunohistochemistry, the cells are positive for p40 (B) and NUT (C) staining.
(A) Hematoxylin–eosin staining, (B) p40 immunohistochemical staining, and (C) NUT immunohistochemical staining. All images are shown at ×400 magnification.
本稿では,臨床的に原発巣が不明で,胸水細胞診により診断されたNUT癌の1例について,胸水細胞診所見およびセルブロックでのIHC所見を報告した。
本例のNUT癌の原発巣については,胸腔ドレナージ後のCTにおいて全身に腫瘍性病変は指摘できなかった。しかし,左肺については一部無気肺を呈していたため,CTでは病変の検索が不十分であった。このため,左肺に原発巣が存在し,胸水貯留の原因となった可能性は否定できないと考えられる。
NUT癌の細胞診断においては,細胞診標本において形態像に特異的な所見が乏しく,低分化な腫瘍細胞像を呈することから13)~16),本例のように原発巣の情報が得られない場合は診断が難渋すると考えられる。過去のNUT癌に関する体腔液細胞診の論文では,その細胞像の特徴として,1)炎症性細胞浸潤が見られ,細胞量は豊富である,2)異型細胞の出現様式は散在性ないし,鋳型状配列や重積性細胞集塊を形成する,3)異型細胞の細胞形態は小型~中型で,円形で均一な形状を示し,N/C比が高い,4)核所見では,クロマチンについては,過染性あるいは顆粒状,淡明と様々であり,明瞭核小体,核分裂像を認める,5)細胞質は細胞周縁に少量存在し,淡明~好酸性など様々である,6)稀に扁平上皮への分化を示す,濃染性の好酸性細胞質を示す異型細胞を認める,と報告されている13)~16)。本例の細胞診では,扁平上皮への分化を示す細胞成分は認めなかったが,その他の所見は論文報告と合致していた13)~16)。細胞像からは,小型~中型の円形の異型細胞が鋳型状配列を形成していた点から小細胞癌を鑑別診断に挙げ,上皮性腫瘍を第一に推定するものの,個々の単調な円形の細胞像から非ホジキンリンパ腫も鑑別診断に挙がり,NUT癌を推定するには至らなかった。このように,NUT癌の体腔液細胞診の診断にはセルブロックでのIHCが必要となる13),14)。
NUT癌の過去の報告におけるIHCの特徴についてTable 3に示す4),6)~9)。上皮性マーカーであるCKは84~100%が陽性となる4),6)~9)。NUT癌の重要な特徴として,扁平上皮系マーカーであるp63,p40の陽性率が各々75~100%4),6)~9),65~85%4),6)~9)と高く,その他に,CK5/6とDesmoglein 3の陽性率は71%4),100%4)と報告されている。注意すべき点として,神経内分泌マーカーであるChromogranin A,Synaptophysin,INSM-1のいずれかの陽性率が33~38%と報告されており4),7),9),陽性の場合はその評価に注意が必要である。NUTに関しては100%が陽性4),6)~9),という報告が多いが,Haackらの報告10)ではNUT染色の感度は87%とされており,NUT染色が陰性の場合はFISH法によるNUT遺伝子の再構成を検索することが重要である10)。本例では,セルブロック標本のIHCでCK AE1/AE3,p63,p40およびCK5/6が陽性,神経内分泌マーカーおよびCD79α,CD3が陰性であったことから,細胞形態像を併せて評価し,NUT癌を推定した。最終的にNUT染色を実施し,びまん性の核内陽性像が確認されたため,NUT癌の診断に至った。
Reference | CK (N) | p63 (N) | p40 (N) | Any NE markers* (N) | NUT (N) |
---|---|---|---|---|---|
Farooq A4) | 85% (55) | 87% (23) | 65% (37) | 35% (43) | 100% (43) |
Xie XH6) | 100% (7) | 100% (6) | 80% (5) | 0% (5) | 100% (7) |
Sholl LM7) | 100% (9) | 100% (9) | N.A. | 33% (6) | 100% (9) |
Jung M8) | 100% (9) | 75% (8) | N.A. | 0% (9) | 100% (13) |
Mao N9) | 84% (19) | 94% (17) | N.A. | 38% (13) | N.A. |
Abbreviations: NUT, Nuclear protein in testis; CK, Cytokeratin; NE, Neuroendocrine; N.A., not avilable
*Any NE markers include Chromogranin A, Synaptophysin and Insulinoma-associated protein 1.
胸水細胞診におけるNUT癌の鑑別診断として,1)小細胞癌,2)非ホジキンリンパ腫,3)原発性肺腺癌,4)低分化型扁平上皮癌,5)悪性中皮腫が挙げられる12),13),16)。1)小細胞癌では,腫瘍細胞のN/C比が高い点や鋳型状配列を示す点がNUT癌と類似する13)。また小細胞癌では神経内分泌マーカーが陽性となることが重要な特徴であるが,先に述べたようにNUT癌においても神経内分泌マーカーが陽性となる場合があり,この点で慎重な評価が求められる4),7),9)。鑑別点としては,小細胞癌ではsalt-and-pepper patternと表現される粗いクロマチンを示し,NUT癌のように核小体が大型ではない点14),や小細胞癌ではNUTは陰性であることが挙げられる10),14)。2)非ホジキンリンパ腫では,N/C比が高く,単調な細胞形態を示す点から本疾患との鑑別が必要であり,非ホジキンリンパ腫では,腫瘍細胞は散在性に出現し,上皮性集塊を形成しない点が重要である14)。またリンパ球表面マーカーが陽性であり,CK,p63,p40およびNUTは陰性である点が重要である13)~15)。3)原発性肺腺癌では,重積性集塊を形成し,明瞭な核小体を有する所見がNUT癌と類似する13),14)。また,原発性肺腺癌ではTTF-1が陽性となるが,NUT癌においてもTTF-1の陽性率は26%と報告されているため注意が必要である4)。鑑別点として,原発性肺腺癌ではNUT癌に比べて細胞質が豊富で粘液を有する点14),およびp40とNUTが陰性であることが重要である14)。4)低分化型扁平上皮癌は,NUT癌と同様にp63やp40が陽性となるため,鑑別を要する。鑑別点として,低分化型扁平上皮癌ではライトグリーンに濃染する細胞質を示す点や,NUTは陰性である点が重要である10),14)。5)悪性中皮腫では,胸水細胞診おいて,特に上皮型の悪性中皮腫との鑑別が必要である17),18)。鑑別点として,悪性中皮腫ではNUT癌とは異なり多核細胞が目立ち,細胞質が豊富である点17)や,p63は陰性である点が重要である18)。
NUT癌の体腔液細胞診での特徴的な所見として,円形でN/C比が高く,核小体が明瞭で,細胞質が狭小な細胞形態を示し,出現傾向として散在性に出現し,一部に軽度の重積性集塊あるいは鋳型状配列を示す点が挙げられる。本例の胸水細胞診においては,細胞診標本での評価のみではNUT癌の推定には至らなかったが,セルブロックでのp63およびp40陽性所見と細胞形態像を総合的に評価し,NUT癌を鑑別に挙げた。最終的にはNUT染色を実施することにより確定診断に繋げることができた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。