Japanese Journal of Medical Technology
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Case Report
A case of anterior inferior cerebellar artery infarction with sudden hearing loss and vertigo
Rio YOSHIKITomoharu KONOMiho FUJIHARAReiko FUJIHARAMayumi KATOYutaka SUTOYosuke NAKAMURAYasushi UCHIDA
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2025 Volume 74 Issue 3 Pages 597-604

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Abstract

平衡機能検査はめまいの原因を検索するのに重要であり,眼振の性状やパターンを精査観察することでめまいの原因が中枢性なのか末梢性なのかを鑑別するのに有用な検査である。特に中枢性は命にかかわることがあるため,早期診断,早期治療をすることが重要である。今回我々は,回転性のめまいで発症し,遅発性に小脳症状が出現したAICA症候群の経過を辿った左小脳梗塞の1例を経験したので報告する。症例は59歳の男性で,突如回転性のめまいがあり,当院救急外来を受診した。救急外来受診時,ふらつき,左難聴,左耳閉感,左右側方注視眼振がみられたが,明らかな中枢神経症状はなく,CT検査でも明らかな頭蓋内病変を認めなかった。また,MRI検査でも急性期の脳梗塞は否定的であった。結果,左突発性難聴が疑われ経過観察となったが,入院4日目の夜より左頬の痺れが出現し,翌朝,左顔面神経麻痺が出現した。入院5日目に再度純音聴力検査を行ったところ,入院時より難聴が進行しており,平衡機能検査では中枢性を示唆する眼振がみられた。頭部MRIの再検査で前下小脳動脈領域の小脳梗塞と診断された。脳梗塞は急性期ではMRIやCTなどの画像検査では診断できない場合があるため,難聴やめまいが先行した場合には,その後の小脳症状や平衡機能検査の所見などから総合的にめまいを診断する必要があると考えられる。

Translated Abstract

Equilibrium function testing is essential for determining the cause of dizziness, particularly in distinguishing between central and peripheral types of nystagmus. Central dizziness can be life-threatening, and there for early detection and treatment are essential. A 59-year-old man suddenly developed vertigo and visited the emergency department of our hospital. The patient presented with unsteadiness, hearing loss, ear fullness, and nystagmus when gazing up, down, left, or right; however, a computed tomography (CT) scan revealed no obvious intracranial lesions. Additionally, a magnetic resonance imaging (MRI) scan ruled out acute cerebral infraction, although a left vertebral artery infarction was noted. Therefore, sudden deafness was suspected, and the patient was monitored. On the fourth night after admission, he developed numbness in the left cheek, followed by left facial nerve paralysis on the next morning. A hearing test conducted on the fifth day of hospitalization indicated worsening hearing loss. Furthermore, the equilibrium function test revealed nystagmus, suggesting a central cause. A repeat MRI scan confirmed a cerebral infarction, leading to a diagnosis of anterior inferior cerebellar artery infarction. When hearing loss or dizziness is present, it is essential to conduct a comprehensive diagnosis based on subsequent cerebellar symptoms and findings from the equilibrium function test, as acute cerebral infarction may not be effectively diagnosed by imaging tests.

I  はじめに

平衡機能検査はめまいの原因を検索するのに重要で,眼振の性状やパターンを精査観察することでめまいの原因が中枢性なのか末梢性なのかを鑑別するのに有用な検査である。特に中枢性は命にかかわることがあるため,早期診断,早期治療をすることが重要である。最近,めまいのみ,あるいはめまいおよび難聴が前下小脳動脈症候群(以下,AICA症候群;anterior inferior cerebellar artery)に先行しうることが報告され,耳鼻科的疾患によるものとの鑑別が問題になっている1),2)。今回我々は,回転性めまいで発症し,遅発性に小脳症状が出現したAICA症候群の経過をたどった左小脳梗塞の1例を経験したので報告する。

II  症例

患者:59歳,男性。

主訴:回転性めまい。

既往歴:糖尿病,高血圧,高脂血症。

家族歴:特記すべき事項なし。

現病歴:20xx年10月12日昼間立っていたら突如回転性のめまいがあり,壁を伝わないと歩けなくなって,吐き気も出てきたため,当院救急外来を受診した。なお,1週間前にもめまいがあったがその際はすぐに治まった。救急外来受診時,ふらつき,左難聴,左耳閉塞感,左右側方注視眼振がみられたが,中枢神経症状はなく,CT検査でも明らかな頭蓋内病変を認めなかった。また,MRI検査でも急性期の脳梗塞は否定的であった(Figure 1)。結果,左突発性難聴が疑われ,耳鼻咽喉科紹介となり,帰宅困難のため入院となった。

Figure 1  頭部MRI検査(1病日)

急性期の脳梗塞は否定的であった。

III  入院時所見

意識清明,視野障害・複視なし,bed side head impulse test陰性,口角左右差なし,構音障害なしで,小脳障害を示す所見はなかった。眼振所見では,左右側方注視眼振がみられた。純音聴力検査では,右耳11.3 dB,左耳36.3 dBと左耳に軽度感音難聴を認めた(Figure 2A)。血圧は170/104 mmHg,血液検査では空腹時血糖265 mg/dL,HbA1c 8.3%であった(Table 1)。

Figure 2  純音聴力検査

A:1病日 右耳11.3 dB 左耳36.3 dBと左耳に軽度感音難聴を認めた。

B:5病日 右耳13.8 dB 左耳51.3 dBと左耳に中等度難聴を認め,入院時より難聴が進行していた。

C:12病日 右耳7.5 dB 左耳68.8 dBとさらに難聴が進行していた。

Table 1 血液検査

生化学 血算
Alb 4.5 g/dL ALP 77 U/L WBC 7.6 × 103/μL
T-Bil 0.5 mg/dL CK 100 U/L RBC 4.66 × 106/μL
BUN 11.0 mg/dL CRP 0.01 mg/dL Hgb 14.8 g/dL
Cre 0.69 mg/dL Glu 265 mg/dL Hct 41.5%
AST 19 U/L Na 140 mEq/L PLT 235 × 103/μL
ALT 31 U/L K 3.1 mEq/L MCV 89.1 fL
LD 212 U/L Cl 101 mEq/L MCH 31.8 pg
Ca 9.6 mEq/L MCHC 35.7%
HbA1c 8.3% RDW 11.2%

IV  臨床経過および検査所見

入院当初,左右側方注視眼振がみられたが,明らかな中枢神経症状はなく,CT検査でも明らかな頭蓋内病変を認めなかった。また,MRI検査でも急性期の脳梗塞は否定的であった(Figure 1)。結果,めまいを伴う左突発性難聴が疑われ入院加療となったが,入院4日目の夜より左頬の痺れが出現し,翌朝,左顔面神経麻痺が出現した。入院5日目(10/16)に再度純音聴力検査を行ったところ,右耳13.8 dB,左耳51.3 dBと左耳に中等度難聴を認め,入院時より難聴が進行していた(Figure 2B)。入院5日目の平衡機能検査では,指標追跡検査でsaccadic patternを示し(Figure 3),視運動性眼振検査での解発不良(Figure 4),注視方向性眼振(Figure 5),頭位検査にて方向交代性上向性眼振(Figure 6)といった中枢性を示唆する眼振がみられた。また冷水刺激法によるカロリックテストにおいて,左耳刺激で無反応であった。入院12日目(10/23)に再び純音聴力検査を行ったところ,右耳7.5 dB,左耳68.8 dBとさらに難聴が進行していた(Figure 2C)。入院14日目(10/25),歩行器使用時に2回転倒,左顔面麻痺も残存しており再び頭部MRIを行ったところ脳梗塞を認め(Figure 7),脳神経内科に紹介となった。紹介時に左顔面感覚障害,左顔面神経麻痺,左上下肢失調がみられた。頭部MRIで左小脳脚梗塞,浮腫所見がみられ,MRAでは左AICAが描出されず,AICA症候群の経過を呈しているとされた。経胸壁心エコー検査で血栓様エコーや卵円孔開存を疑う短絡血流なく,経食道心エコー検査でも心臓内血栓は存在しなかった。以上の経過から,AICA領域の小脳梗塞と診断された。治療は,抗血小板薬の投与,高血圧,脂質異常症に対する内服,内科の指導の下の血糖値コントロール,リハビリテーションを行った。その結果,歩行器歩行できるまで改善したが,左顔面感覚障害,左聴力低下,左下肢失調は残存し,入院41日目(11/21)リハビリテーション目的で近医へ転院となった。

Figure 3  指標追跡検査

Saccadic patternを示した。

Figure 4  視運動性眼振検査

左右どちらとも解発不良であるが左の方がより解発不良である。

Figure 5  注視眼振検査

A:右注視時 B:左注視時

右注視時に右向き眼振,左注視時に左向き眼振といった注視方向性眼振がみられた。

Figure 6  頭位眼振検査

A:右頭位時 B:左頭位時

右頭位時に左向き眼振,左頭位時に右向き眼振といった方向交代性上向性眼振がみられた。

Figure 7  頭部MRI検査(14病日)

左小脳脚,橋に拡散強調画像高信号域があり,急性期梗塞が疑われた(矢印)。

V  考察

本症例では,難聴,めまいが先行しその後に小脳症状が出現した。AICAは,中小脳脚,橋外側部,小脳などを還流しており,内耳を栄養する迷路動脈はAICAからの分岐となっているため,迷路動脈は機能的には終末動脈であり虚血に弱い3)。そのため,AICAが血栓や塞栓などで閉塞すると難聴,めまいなどの内耳症状が出現すると考える。しかし,AICAは,後下小脳動脈や上小脳動脈からの豊富な側副血行路を有しているため,その閉塞障害によって起きる臨床症状は1969年坂田ら4)によって挙げられた診断基準すべてに合致するわけではなく,実際には症状の出現の仕方が多彩である5)。そのため,早期の診断が難しい。那須ら5)は過去10年間(1985年~1995年)に本邦で報告された前下小脳動脈症候群のうち,脳血管撮影などで前下小脳動脈の閉塞が実際に証明されたか,あるいはその領域の梗塞巣が発見された症例は29例であり,その中で26例(89.7%)がめまいおよび突発性の難聴を訴えており,これらは前下小脳動脈症候群において高頻度に出現する症状といえると報告している。初期症状が難聴,めまいであったため,本症例ではめまいを伴う突発性難聴,ハント症候群などの末梢性めまいとの鑑別が非常に難しいと考えられる。

脳梗塞の診断には,頭部CT,MRIなどの画像診断が重要となる。本症例では,救急外来受診時,CT検査で明らかな頭蓋内病変を認めず,また,MRI検査でも急性期の脳梗塞は否定的であった。北村ら6)は,一般に小脳梗塞の診断には,急性期では頭部CTで低吸収域は認めず,元来脳幹・小脳などの後頭蓋窩は厚い骨に覆われているためCTスキャン上では頭蓋骨によるアーチファクトの影響により後頭蓋窩病変の描写が困難なことも少なくないと報告している。また,小川ら7)は,MRIは早期に脳梗塞が検出できるといった利点があるが,超急性期の脳梗塞に対する拡散強調MRIの感度は80~95%とされ,MRIを施行しても偽陰性となる可能性があることを考慮すべきであると報告している。

平衡機能検査は,中枢性か末梢性かを鑑別するのに有用で,めまいの診療において重要な検査である。本症例では,救急外来受診時,左右側方注視眼振がみられ,入院5日目に行った平衡機能検査では,指標追跡検査で,saccadic patternを示し,視運動性眼振検査での解発不良,注視方向性眼振,方向交代性上向性眼振といった中枢性を示唆する眼振がみられた。渡辺ら8)は,指標追跡検査(ETT)の異常所見は末梢前庭障害では認められず,前下小脳動脈領域である前庭神経核や小脳片葉にその病巣を求めるべきとし,AICA症候群と末梢前庭障害を鑑別するのに有用であると報告している。本症例では,ETTにおいて眼位が患側から健側方向に移動する際にsaccadic patternを示したが,那須ら5)も本症例と同様に,眼位が患側から健側方向に移動する際にsaccadic patternを示したと報告している。そして,文献的にみてもETTで眼位が患側から健側方向に移動する際にsaccadic patternを示した症例はいずれも臨床症状のみから前下小脳動脈梗塞と内耳性疾患とを鑑別することが困難であり,さらに発症早期の画像診断でも有意な所見が乏しい症例であったと報告している5)。また,城倉ら9)は,注視方向性眼振は,注視した方向に出現する眼振で,小脳や脳幹の病変により,眼位保持機構が障害されると出現するものであり,末梢前庭障害では出現しないため,中枢性めまいを鑑別する上では重要な眼振といえると報告している。また,北村ら6)によると本邦で過去20年間(1984年~2004年)に報告されたAICA症候群46症例のうち,注視方向性眼振が53.6%と最も多くみられたと報告している。そして,方向交代性上向性眼振について報告されている症例は少ないが,坂田ら10)は,脳幹や小脳中心部の障害では方向交代性上向性眼振,つまり常に上位にある耳側に向かう眼振がみられると報告している。また,堀井ら11)も,方向交代性上向性眼振は外側半規管型クプラ結石症でみられる場合がほとんどであるが,小脳虫部障害でも眼球運動制御が脱抑制されるメカニズムによってみられることがあり,中枢性頭位めまい症と呼ばれると報告している。そして中枢性頭位めまい症ではBPPVではみられない体幹失調を認めることから両者は鑑別可能としている。そして,今井ら12)は,外側半規管型クプラ結石症と中枢性頭位めまい症との鑑別として,外側半規管型クプラ結石症の患側耳は,強い眼振が観察される頭位で上方に存在する側,臥位正中頭位で観察される眼振の方向に存在する側,neutral positionの頭位で下方に存在する側と報告している。本症例では,左耳が患側耳であったが,左下頭位時(上方に存在する耳は右耳)で観察される右向き眼振が強く,臥位正中頭位で観察される眼振は右向きであったため,上記の外側半規管型クプラ結石症でみられる眼振のパターンと矛盾しており,中枢性頭位めまい症を疑うべき眼振の性状であったと考える。本症例のように,明らかな中枢神経症状がみられない場合でも,方向交代性上向性眼振の性状を詳しくみることにより,末梢性と中枢性を鑑別することができた可能性があるため,頭位眼振検査もめまいの診療の検査において,大変有用であるといえるだろう。

AICA症候群に対する平衡機能検査で異常を示した症例報告は少ない。発症後比較的早期に平衡機能検査において,中枢性めまいを示唆する眼振所見が複数認められた場合には,小脳梗塞などの中枢性めまいの診断に繋がる可能性がある。また本症例では併存歴に糖尿病,高血圧,高脂血症があり脳血管障害をきたす動脈硬化の危険因子が多く認められた。そのため,初期に画像検査で脳梗塞が否定された場合でも,脳血管障害の可能性を念頭に置いて,平衡機能検査や聴力検査などの生理検査や頭部MRIなどの画像検査の再検が検討される。

VI  結語

難聴,めまいが先行し,その後に前下小脳動脈梗塞を認めた1症例を報告した。脳梗塞は急性期ではMRIやCTなどの画像検査では診断できない場合があるため,難聴やめまいが先行した場合には,その後の小脳症状や平衡機能検査の異常所見の有無を評価し,総合的にめまいを診断する必要があると考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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