Japanese Journal of Medical Technology
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Technical Article
Examination of the usefulness of cytology specimens in molecular pathology analysis and the stability of nucleic acid quality
Yuji HASEGAWAKazuya YAMASHITATatsuru KUBASinobu SAKAGUCHIIsami YOKOYAMATsutomu YOSHIDAMakoto SAEGUSAYoshiki MURAKUMO
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2026 Volume 75 Issue 2 Pages 280-288

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Abstract

近年,がんゲノム医療を中心に病理標本を用いた遺伝子解析が増えている。対象材料はホルマリン固定組織標本となるが,ホルマリンによる核酸の分断化が生じ,検査に難渋することがある。一方,アルコール固定された細胞診標本は核酸品質が良好と推測されるが,遺伝子解析において細胞診材料の有用性について十分な知見は得られていない。そこで,細胞診材料の有効性を示すために検討を行った。検討1は対となる細胞診と組織標本の核酸品質と遺伝子変異解析を比較し,検討2では細胞診標本の経年劣化による影響を,核酸品質と遺伝子変異解析を指標に調査した。DNAとRNAは核酸収量,核酸純度,DIN値,RIN値,遺伝子変異解析はEGFRを測定した。結果,検討1は,組織標本に比較して細胞診標本でDNAの核酸収量,核酸純度,DIN値が低いものの,1症例を除きEGFR遺伝子解析結果は一致した。RNAの核酸収量,核酸品質は細胞診と組織標本ともに同等であった。検討2は,保管期間が1年未満で,DNAの核酸収量,DIN値が高く,5年以上6年未満経過後も,EGFR遺伝子解析は成功した。RNAは各保管期間で大差は認められなかった。従って,ゲノム解析における細胞診標本の有用性は,核酸品質を考慮すると保管期間が1年未満の標本が適している。一方,遺伝子変異解析では,保管5年以上6年未満の細胞診染色標本において経年劣化の影響を受けず解析可能であることから,組織標本が入手困難な場合,細胞診標本の利用が有効と考えられた。

Translated Abstract

Genetic analysis using histopathological specimens has been increasing, mainly in cancer genomic medicine. The main target tissue specimens are fixed in formalin, but formalin fixation can cause fragmentation of DNA. In contrast, alcohol-fixed cytological specimens are considered to have good DNA quality, but there is insufficient knowledge of their usefulness in genetic analysis. Therefore, this study was conducted to determine the effectiveness of cytological specimens. In Method 1, the DNA quality of cytological and histopathological specimens and EGFR gene analysis were compared. In Method 2, the effect of aging on the DNA quality of cytological specimens and EGFR gene analysis were investigated. For Method 1, the DNA yield, purity, and integrity value of the cytological specimens were lower than those of the histopathological specimens, but EGFR gene analysis was not different. For RNA analysis, the yield and quality were comparable for cytological and histopathological specimens. For Method 2 the DNA yield and the integrity value were high for specimens stored for less than one year and EGFR gene analysis was successful in specimens stored for more than five years but less than six years. No significant difference was observed for RNA between storage periods. Therefore, cytological specimens stored for less than one year are suitable for genome analysis. In addition, for EGFR gene analysis, cytological specimens stored for more than five years but less than six years are suitable for genome analysis. Therefore, the use of cytological specimens is considered to be appropriate when tissue specimens are difficult to obtain.

I  はじめに

癌治療の一つである分子標的治療は,癌細胞に特徴的に発現する遺伝子変異や異常な型のタンパク質に合わせて作用する薬剤を投与する治療である。例えば,HER2遺伝子増幅陽性乳癌に対しての治療薬トラスツズマブ1)EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞性肺癌に対しての治療薬ゲフィチニブ2)などがある。分子標的治療薬の有効性は,標的分子の有無や異常の形質により決まるため,投薬前の有効性判定の検査が必須となり,コンパニオン診断(CDx)と称する3),4)。近年,コンパニオン診断の対象薬剤と検査の増加が著しく,多くの検査を実施するために十分量の腫瘍細胞が必要とされ,繰り返し標本作製が可能なホルマリン固定された病理組織診標本が使用されている。しかし,ホルマリン固定材料は核酸の分断化が起こり長期間保管された検体からの検査に難渋することがある5)。従来,核酸の保存にはアルコール固定が適正とされるため6)~9),アルコール固定された細胞診標本も検査材料の対象となることで検査が有効に進むと考えられる。しかし,細胞診材料の有用性について十分な知見が得られていないため,保険診療が認められていない。そこで,遺伝子解析において細胞診材料の有効性を示すために,組織診標本と細胞診標本の核酸品質および,遺伝子解析結果の比較,また,経年劣化による細胞診標本への影響を検討したので報告する。

II  材料および方法

1. 細胞診標本と組織診標本における核酸品質と遺伝子解析の比較

1) 対象

2019年1月4日から2020年12月28日までの間に,北里大学病院にて,肺癌の診断で外科的切除された肺腫瘍のうち,病理診断で腺癌と診断された症例を対象とした。その腫瘍部位より採取された細胞診標本と同部位の腫瘍より得られた組織診標本を1組として,50症例準備した。具体的には,細胞診標本は腫瘍部位より擦過捺印し,95%エタノール固定Pap染色後,3年間保管された標本1枚を,組織診標本は3年間保管された10%中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋ブロック(以下FFPE)より,5 μm厚で薄切した未染標本1枚を用いた。細胞診と組織診の標本保管方法は室温(空調20℃設定),暗所である。なお,組織診標本はゲノム診療用病理組織取り扱い規定を順守し作製した。

2) 核酸抽出方法

All Prep DNA RNA FFPE kit(QIAGEN)とQIA cube Connect(QIAGEN)を使用し,細胞診標本および組織診標本より,それぞれDNAとRNAの抽出を行った。Elution volumeはDNA 100 μL,RNA 30 μLとした。

3) 核酸品質と遺伝子解析

抽出したDNAとRNAの核酸品質を調査するために,Nano drop(Thermo Fisher Scientific)を使用し,核酸純度(A260/A280)を測定し,核酸収量(μg)を計算した。また,Tape Station4150(Agilent)でDIN値,RIN値の測定を行った。遺伝子解析は,コバスEGFR変異検出キットv2.0(Roche)を用いてDNAをターゲットとして,EGFR遺伝子変異の解析を行った。

4) 統計解析

解析にはMicrosoft Excel®の分析ツールを使用し,WelchのT検定を行った。p値が0.05未満を統計的に有意とした。

2. 経年劣化による細胞診標本の核酸品質と遺伝子解析への影響の検討

1) 対象

2019年1月4日から2024年12月31日の間に,北里大学病院にて,肺癌の診断で手術により摘出された肺腫瘍の部位より擦過捺印細胞診を採取し,95%エタノール固定Pap染色後に腺癌と診断された細胞診標本を対象とした。標本保管期間は2024年を1年未満として,1年以上2年未満(2023年),2年以上3年未満(2022年),3年以上4年未満(2021年),4年以上5年未満(2020年),5年以上6年未満(2019年)とし,各経過期間より10症例ずつ選択し,合計60症例とした。標本保管方法は室温,暗所である。また,核酸抽出方法,核酸品質の測定,遺伝子解析および統計解析は,材料および方法1「細胞診標本と組織診標本における核酸品質と遺伝子解析の比較」と同様に行った。

III  結果

1. 細胞診標本と組織診標本における核酸品質と遺伝子解析の比較

細胞診標本と組織診標本における核酸品質の結果をFigure 1EGFR遺伝子変異の解析結果をTable 1に示す。

Figure 1  Comparison of nucleic acid yield, A260/A280, and DIN, RIN between Cytology and Histology

p < 0.05

Table 1 Result of Cytology and Histology in EGFR analysis

Cytology Histology Cytology Histology
1 L858R L858R 26 No Mutation No Mutation
2 No Mutation No Mutation 27 No Mutation No Mutation
3 No Mutation No Mutation 28 No Mutation No Mutation
4 No Mutation No Mutation 29 19del 19del
5 No Mutation No Mutation 30 No Mutation No Mutation
6 L858R L858R 31 L858R L858R
7 No Mutation No Mutation 32 19del 19del
8 L858R L858R 33 19del 19del
9 No Mutation No Mutation 34 No Mutation No Mutation
10 No Mutation No Mutation 35 19del 19del
11 No Mutation No Mutation 36 No Mutation No Mutation
12 L858R L858R 37 No Mutation No Mutation
13 No Mutation No Mutation 38 L858R L858R
14 L858R L858R 39 No Mutation No Mutation
15 No Mutation No Mutation 40 No Mutation No Mutation
16 L858R L858R 41 19del 19del
17 No Mutation No Mutation 42 L858R L858R
18 No Mutation No Mutation 43 L858R L858R
19 No Mutation No Mutation 44 NA No Mutation
20 L858R L858R 45 No Mutation No Mutation
21 L858R L858R 46 19del 19del
22 No Mutation No Mutation 47 L858R L858R
23 No Mutation No Mutation 48 No Mutation No Mutation
24 No Mutation No Mutation 49 No Mutation No Mutation
25 No Mutation No Mutation 50 No Mutation No Mutation

NA: Not analysis.

1) 解析成功率

① 細胞診標本

DNA解析において,核酸収量,核酸純度(A260/A280)は,それぞれ100%(50/50),DIN値は32%(16/50)が測定可能であった。RNA解析では,核酸収量,核酸純度(A260/A280)がそれぞれ100%(50/50),RIN値は90%(45/50)測定可能であった。EGFR遺伝子解析は98%(49/50)が測定可能であった。

② 組織診標本

DNA解析,RNA解析ともにすべての評価項目(核酸収量,核酸純度(A260/A280),DIN値,RIN値,EGFR遺伝子解析)について100%(50/50)測定可能であった。

2) DNA解析

核酸収量では,細胞診標本は平均0.9 μg,組織診標本は平均4.6 μgであり,細胞診標本が低値であった(p < 0.05)。核酸純度(A260/A280)では,細胞診標本は平均5.58と組織診標本より高値であり(p < 0.05),不純物の混入が疑われ,組織診標本は平均2.08であり,不純物の混入はなかった。また,DIN値では,細胞診標本は平均1.8で,組織診標本と比べ低値であり(p < 0.05),DNAの断片化がみられた。組織診標本は平均5.1であり,DNAの断片化はみられなかった。

3) RNA解析

核酸収量では,細胞診標本は平均2.0 μg,組織診標本は平均2.3 μgであり,細胞診標本と組織診標本の核酸収量は同程度得られた。核酸純度(A260/A280)では,細胞診標本は平均1.90,組織診標本は平均1.94であり,どちらも不純物の混入はなかった。しかし,RIN値は,細胞診標本は平均1.6,組織診標本は平均1.1であり有意差があったが,どちらの標本もRNAの断片化がみられた。

4) EGFR遺伝子変異の解析

細胞診標本と組織診標本のEGFR遺伝子変異の解析結果について,測定不能となった細胞診標本とその組の組織診標本を除き,全例一致しL858R変異(13/49),Exon19欠失(6/49)が検出された。

2. 経年劣化による細胞診標本の核酸品質と遺伝子解析への影響の検討

経年劣化による細胞診標本の核酸品質の結果をFigure 2EGFR遺伝子変異の解析結果をTable 2に示す。

Figure 2  Nucleic acid yield and nucleic acid quality results over the years of Cytology

①:< 1yr ②:≥ 1yr,< 2yr ③:≥ 2yr,< 3yr ④:≥ 3yr,< 4yr ⑤:≥ 4yr,< 5yr ⑥:≥ 5yr,< 6yr

p < 0.05

Table 2 EGFR analysis results over the years of Cytology

Cytology
< 1 yr ≥ 1 yr, < 2 yr ≥ 2 yr, < 3 yr ≥ 3 yr, < 4 yr ≥ 4 yr, < 5 yr ≥ 5 yr, < 6 yr
1 No Mutation 19del No Mutation No Mutation 19del No Mutation
2 19del No Mutation No Mutation No Mutation 19del No Mutation
3 No Mutation 19del 20Ins No Mutation No Mutation No Mutation
4 No Mutation No Mutation L858R 19del No Mutation 19del
5 L858R No Mutation No Mutation L858R No Mutation No Mutation
6 19del 19del No Mutation No Mutation No Mutation No Mutation
7 19del 19del L858R No Mutation L858R L858R
8 No Mutation No Mutation No Mutation No Mutation No Mutation L858R
9 No Mutation No Mutation L858R L858R No Mutation No Mutation
10 19del 19del No Mutation 19del 19del 19del

1) 解析成功率

DNA解析において,核酸収量,核酸純度(A260/A280)はすべての期間で100%(各10/10),DIN値は保管期間が1年以上2年未満で70%(7/10),2年以上3年未満で90%(9/10),3年以上4年未満で70%(7/10),4年以上5年未満で90%(9/10),5年以上6年未満で90%(9/10)が測定可能であった。

RNA解析においては,核酸収量,核酸純度(A260/A280)はすべての期間で100%(各10/10),RIN値は保管期間が1年以上2年未満で90%(9/10),4年以上5年未満で70%(7/10),5年以上6年未満で90%(9/10)が測定可能であった。

2) DNA解析

核酸収量は保管期間1年未満の平均値が最も高値であった(p < 0.05)。核酸純度(A260/A280)は,すべての保管期間において平均2以上であり,不純物の混入が疑われた。DIN値は,保管期間1年未満の平均値が最も高値であった(p < 0.05)。

3) RNA解析

核酸収量は保管期間1年未満の平均値が最も高値となった。特に保管期間が1年以上2年未満や4年以上5年未満と比較し,有意差がみられた(p < 0.05)。核酸純度(A260/A280)は,すべての保管期間において平均1.9前後で高い核酸純度であり,経年劣化による影響はみられなかった。RIN値は,保管期間1年未満の平均値が最も高い結果であったが,すべての保管期間において平均値は2以下であり,RNAの断片化がみられた。

4) EGFR遺伝子変異の解析

EGFR変異の遺伝子解析については,すべての保管期間において解析ができた。

IV  考察

近年,がんゲノム医療を中心として,病理検体を用いた遺伝子検査が増加している。検査材料となるのは,主にホルマリン固定パラフィン包埋された組織診標本である。しかし,組織診標本を用いることの短所として,組織の採取には手術や内視鏡生検など生体侵襲を伴い,ホルマリン固定により核酸の断片化が起きること,また,FFPEの長期保管により核酸品質が低下することが挙げられ,これらは遺伝子検査解析の成功率に関わってくる。この問題の克服として注目されるものに,微量検体を集めて固めた「セルブロック標本」や採取が容易な体腔や臓器貯留液の排出で得られる材料を検査に用いる細胞診の残余検体を加工した「Liquid base cytology(LBC)標本」の応用があるものの,いずれも材料を加工する工程があり,核酸品質が十分でないことがある10)。私たちは近年,LBC標本の核酸変性を阻止した保存法を報告しているが11),12),従来のPapanicolaou染色標本の利用が可能になることで更に解析材料の拡大となり,患者利益に大きく貢献する。細胞診検査で用いるガラス標本は,核酸保存性に適したアルコール固定のため,遺伝子検査に適した良質な検査材料の入手が期待できる6)~9)。また,薄切していないため,細胞全体がガラスに塗抹され,高い核酸収量が得られる可能性がある13)。そこで,遺伝子検査において,細胞診材料の有用性を検証するために,今回検討を行った。

1. 細胞診標本と組織診標本における核酸品質と遺伝子解析の比較

1) DNA解析

① 核酸収量

組織診標本より,細胞診標本の核酸収量が低値となった原因として細胞量の問題が考えられる。つまり,組織診標本と比較し,細胞診標本はガラスに塗抹されている細胞量が少なく,解析に十分なDNAの抽出量が得られなかった可能性がある。日本臨床細胞学会の「がんゲノム診療における細胞検体の取扱い指針」10)では,細胞診標本の核酸収量はスライド上の細胞量に依存することを指摘している。しかし,本検討ではより多くの腫瘍細胞が含まれている標本を選び使用したが,具体的にガラスに塗抹されている細胞量を測定していなかった。そのため,本検討では核酸収量と細胞量の関係は不明である。また,Pisapiaら14)はキシレンが含まれている封入剤を使用した場合,DNAの収量が低くなると報告している。Dejmekら15)もキシレンが含まれている封入剤より,polymer-basedの封入剤が,DNAの収量が高いと報告している。そのため,他に考えられる原因として,当院で使用している封入剤のマリノールが挙げられる。マリノールにはキシレンが含まれているため,封入時に使用されたマリノールが細胞診標本の核酸収量に影響した可能性も考えられた。

② 核酸純度(A260/A280)

組織診標本より細胞診標本の核酸純度(A260/A280)が悪くなった原因は,細胞診標本には壊死物質や粘液,出血成分など多く含まれていることから,核酸抽出の過程で核酸の精製不足となったためと考えられる。

③ DIN値

細胞診標本はアルコール固定されているため,DIN値が高いと予想されたが,平均1.8と低値であった。この理由は,方法1で使用した標本は3年間保管されていたため,経年劣化による影響を受けたと考えられる。実際,後述する方法2の「経年劣化による核酸品質の影響の検討」において,細胞診標本は経過1年未満だとDIN値は高いが,1年を経過すると低値となり,経年劣化による影響がみられた。また,組織診標本と比較し,細胞診標本のDIN値が低い原因は,標本保管方法の違いが挙げられた。その理由だが,組織診標本は3年間パラフィンブロックとして保管されている標本を使用したが,一方,細胞診標本は3年間ガラス標本として保管されている標本を使用した。つまり,パラフィンブロックよりもガラス標本として保管されている細胞診標本の方が,核酸の保存性が悪く,経年劣化による影響を受けやすい可能性が考えられた。また,組織診標本のDIN値が全50例測定可能であったのに対し,細胞診標本34例のDIN値が測定不能であった理由は,細胞診標本の核酸収量が低いことが影響している可能性が挙げられる。

2) RNA解析

① 核酸収量

細胞診標本でも,組織診標本と同程度の核酸収量が得られることが判明した。

② 核酸純度(A260/A280)

前述した細胞診標本におけるDNAの核酸純度(A260/A280)が悪い原因として,核酸の精製不足と考察したが,その場合,RNAの核酸純度も悪くなると思われる。しかし,実際は組織診標本と細胞診標本どちらも,RNAの核酸純度が高い結果となった。これは推測だが,考えられる理由は核酸抽出で使用したAll Prep DNA RNA FFPE kitにあると思われる。All Prep DNA RNA FFPE kitは,最初の段階で,サンプルを試薬に溶解,熱処理を加え,遠心後,上清と沈殿物に分ける。その後,上清からRNAを,沈殿物からDNAを抽出する過程へと進む。つまり,遠心して得られた上清には,沈殿物より不純物が少ないため,RNAの核酸純度が高い結果となった可能性を考えるが,その詳細は不明であるため,理由の追求は今後の課題である。

③ RIN値

組織診標本と細胞診標本のRNAが断片化している原因は,推測として以下のことを挙げた。RNAは不安定であることや検体を摘出してから固定するまでの冷虚血時間が長く,RNaseによりRNAが分解された可能性がある。また,Carlssonら16)は,核酸抽出kitの種類により核酸品質に差が出ることを報告している。具体的には,DNAの抽出ではQIAamp® kit(QIAGEN)を使用した場合,核酸収量は他の抽出kitと同程度ではあるが,核酸純度が高くなる,また,RNAの抽出ではAll Prep DNA RNA FFPE kitと比較し,RNeasy®FFPE kit(QIAGEN)を使用した場合,核酸収量や核酸純度は同程度であるが,RIN値が高いと指摘している。よって,今回,核酸抽出に使用したAll Prep DNA RNA FFPE kitの影響により,細胞診標本や組織診標本のRIN値が低くなった可能性も挙げられる。

3) EGFR遺伝子変異の解析

遺伝子解析においてはコバス法にてL858R変異(13/49),Exon19欠失(6/49)が検出され,細胞診標本と組織診標本が一致した。

よって,方法1では,組織診標本と比較し,細胞診標本において,DNAの核酸収量や核酸品質が低い結果であったが,EGFR遺伝子変異解析は組織診標本と同様に成立することが判明した。これにより,細胞診標本は遺伝子検査に有用である可能性が示唆された。

2. 経年劣化による細胞診標本の核酸品質と遺伝子解析への影響の検討

1) DNA解析

① 核酸収量

日本臨床細胞学会の「がんゲノム診療における細胞検体の取扱い指針」10)では,経年劣化による核酸収量への影響に関して,核酸収量と保管時間による関係は乏しくスライド上の細胞量に依存することを指摘している。今回の検討では,方法1「細胞診標本と組織診標本の比較検討」と同様に,より多くの腫瘍細胞が含まれている標本を選び使用したが,各保管期間の細胞診標本に塗抹されている細胞量は計測していない。標本保管期間が1年を超えると,細胞診標本においてDNAの核酸収量は経年劣化の影響を受ける可能性が示唆されたが,本当に経年劣化の影響なのかあるいは,経年劣化は関係なく,核酸収量はガラスに塗抹されている細胞量に依存するかは判断できなかった。よって,核酸収量と経年劣化,細胞量の関係の調査は今後の課題である。

② 核酸純度(A260/A280)

DNAの核酸純度が悪かった原因は,方法1「細胞診標本と組織診標本の比較検討」と同様に細胞診標本には壊死物質や粘液,出血成分など多く含まれているため,核酸抽出の過程で核酸の精製不足となった可能性が挙げられる。

③ DIN値

日本臨床細胞学会の「がんゲノム診療における細胞検体の取扱い指針」10)では,概ね6か月以上の長期間が経過した細胞診標本は核酸品質(DIN値3以下)が低下しているため,ゲノム検査(NGSパネル検査)に極力回避すべきであることを指摘している。本検討でも同様にDIN値は保管期間が1年未満だと高く,経過年数が1年を超えてくると低値となることが判明し,経年劣化による影響を受けることが確認できた。よって,保管期間が1年を超えた細胞診標本はゲノム検査(NGSパネル検査)を回避すべきと考えるが,後述のEGFR遺伝子解析では,経年劣化による影響を受けずに検査が成立した。そのため,実施する遺伝子検査の種類によっては核酸品質の影響を受けずに成立する可能性がある。

2) RNA解析

① 核酸収量

保管期間が1年未満の場合,核酸収量が高い結果となり経年劣化の影響を受ける可能性は示唆された。しかし,DNA解析と同様に細胞量を測定していないため,本当に経年劣化の影響なのかあるいは経年劣化は関係なく,核酸収量はガラスに塗抹されている細胞量に依存するかは判断できなかった。よって,核酸収量と経年劣化,細胞量の関係の調査は今後の課題である。

② 核酸純度(A260/A280)

核酸純度はすべての保管期間において,平均1.9前後で高い核酸純度であり,経年劣化による影響はみられないことが判明した。しかし,RNAの核酸純度が高い理由は,方法1「細胞診標本と組織診標本の比較検討」と同様の推測だが,その詳細は不明であるため,理由の追求は今後の課題である。

③ RIN値

RIN値がすべての保管期間において低値であった原因は,方法1「細胞診標本と組織診標本の比較検討」と同様であると考えられる。

3) EGFR遺伝子解析

遺伝子解析は各保管期間に関係なく解析が成立することが判明した。

よって,方法2では,細胞診標本は経年劣化の影響を受けることが示唆されるが,保管期間が1年未満の場合,DNAの核酸収量,DIN値が高値であること,5〜6年経過した細胞診標本でもEGFR遺伝子解析は成功することが判明した。したがって,ゲノム検査(NGSパネル検査)に細胞診標本を用いる場合,保管期間が1年未満の標本が核酸品質を考慮すると適している。しかし,EGFR遺伝子変異解析では,少なくとも保管期間が5年以上6年未満の細胞診標本までは経年劣化による影響なく解析成功するため,細胞診標本はEGFR遺伝子検査の材料としては適していると考えられた。

V  結語

今回の検討により,方法1の組織診標本と比較検討では,細胞診標本はDNAの核酸収量やDIN値が低値であること,方法2の経年劣化の影響に関する検討では,保管期間が1年未満まではDNAの核酸収量やDIN値が高く保持されているが,1年を過ぎると低値になること,保管期間が5年以上6年未満の細胞診標本でもEGFR遺伝子解析は出来ることが判明した。今後の課題として,核酸収量と細胞診標本に塗抹された腫瘍細胞量との関係,核酸収量と経年劣化の関係の調査や,RNAの核酸純度が高い理由およびRNA断片化の原因の調査が挙げられる。最後に,細胞診標本を遺伝子解析に用いることができれば,検査材料の選択肢を広げられ,治療へ貢献できると考えられる。

本論文の要旨の一部は,第73回日本医学検査学会(2024年5月11,12日金沢)で発表を行った。

本研究では北里大学医学部・病院 倫理委員会の承認を得て実施した(B21-278)。

COI開示

本論文に関連して,著者が開示すべき利益相反(COI)はありません。

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