2020 Volume 29 Issue 1 Pages 80-87
本邦の精神保健医療福祉施策は地域医療への転換期にある.2013年の「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」では,精神障害者が悪化や再発を予防しながら,地域で安心して生活できることの重要性が明記された.この状況を受け,精神疾患患者の地域移行を見据え,精神科医療に精通した保健師の人材育成を望む行政と地域とのネットワークづくりの重要性を感じた国立病院機構病院の間で看護職員相互派遣研修が開始された.
看護職の出向や派遣は,これまでも国公立病院間,系列施設間,自治体と関連施設間,市町村と県の行政施設間などで広く行われ,実践能力の向上や看護職としての成長(三箇山,2008;栗田・篠田,2003;福田・塚本・春山,2010)が報告されている.しかし,本研修のように医療機関と行政という業務を異にする機関における出向・派遣の報告は認められなかった.
看護職の出向・派遣は,研修者とそれを受け入れる組織の職員双方にとって人材育成の面がある(福田・塚本・春山,2010).そこで,本研修の研修者と研修者と共に業務を行った看護職員の双方を対象に,本研修における学びを明らかにすることを目的とした.なかでも研修を通して精神保健医療に係る資質や連携強化に資する内容を抽出し,研修効果と課題について示唆を得ることは,地域生活支援の強化につながると考える.
精神科病院と行政における看護職員相互派遣研修の研修者と研修者と共に業務を行った看護職員の学びを明らかにする.
1)学び:看護職員相互派遣研修における経験によって,知識,スキル,信念に変化が生じたこと.
2)看護職員相互派遣研修:精神保健医療に係る資質の向上と連携強化を目的に,2014年より公立精神科病院と行政の看護職員を,看護師を保健福祉事務所(以下,保健所という)へ,保健師を精神科病院の地域医療連携室に2年(2016年度より1年に変更)派遣し,派遣先の業務に従事することを研修内容とした研修.なお保健師研修者は精神科救急入院料病棟,児童思春期病棟,依存症病棟でも研修を実施し,病院主催の研修(年間15~20種類)への参加は研修者の意向にあわせて実施した.
2. 研究デザイン半構成的面接法によるデータを基にした質的帰納的研究
3. 研究協力者看護職員相互派遣研修の研修者,および研修者と共に業務を行った精神科病院の看護師と保健所の保健師.
4. 調査期間2017年3月~4月
5. 調査方法協力者の都合にあわせプライバシーが保てる施設の一室で,研究者が一対一で半構成的面接を行った.研修者(もしくは派遣先職員)と共に業務を行ったことで学んだこと,感じたこと,自分自身に与えた影響等を中心に,協力者が自由に話せるように傾聴した.適宜,面接中に表出された内容について反復的に確認し,研究者の解釈が間違っていないかを確認しながら進めた.
6. 分析方法面接内容はすべて逐語録におこし,共同研究者と繰り返し読み,本研究における学びの定義をふまえ,学びを具体的に表している部分を抜き出した.そのデータの示す意味を解釈し,言葉の意味を損なわないよう簡潔な表現にまとめ,協力者全員の逐語録をコード化した.コードを意味内容の類似性と相違性を比較分類し,協力者四者それぞれにサブカテゴリ,カテゴリを抽出した.さらに,四者のカテゴリの類似性と相違性を比較し,コアカテゴリを抽出した.カテゴリの信頼性の判断には,スコットの一致率(Scott, 1955)を採用した.一致率の算出は,カテゴリ化が終了した時点で,精神看護の実践と質的研究の経験をもつ大学教員1名にカテゴリの確認を依頼し,一致率を算出した.一致率が70%未満の場合は再検討することとした.
1)肥前精神医療センター倫理委員会の承認を得て実施した(受付番号28-17).また,協力者の所属長に研究の趣旨,得た情報は個人や施設が特定されないこと,同意が得られない場合は実施しないことを説明し,研究実施の承諾を得た.
2)研究者は研修運営に携わり,協力者の一部と上下関係にあったため,調査はその年の業績評価が終了し,研究者の異動が明らかになった時期とした.
3)協力者に研究の趣旨,研究協力は自由意思で途中中断や協力取り下げが可能なこと,一切の不利益を被らないこと,話したくない内容は話さなくてよいこと,業績評価には影響しないこと,個人情報の保護,研究以外では使用しないこと,結果公表について口頭と書面で説明し,同意書での同意を得た.
4)面接内容は,協力者の同意を得て録音した.逐語録を作成した段階で録音内容は消去し,データを保存したUSBは研究終了後5年間は施錠できるロッカーに保管し,その後は速やかにデータを消去することとした.
研修者4名は40代女性,全員が所属機関からの選抜による参加であった.保健師研修者2名は保健所10~17年,県庁3~4年の経験があった.看護師研修者2名の看護経験は精神科15~21年,一般科1~3年であった.
研修者と共に業務を行った保健師は3名,20~50代の女性で保健所の経験は2~35年であった.看護師は8名,1名は40代男性,他7名は30~50代の女性で,精神科の看護経験は13~33年であった.
面接時期は2名が2年の研修終了後派遣元に帰り1年が終了する時期,残り2名は派遣先での1年の研修が終了する時期であった.面接所要時間は10~45分,平均29分であった.
2. カテゴリ分類の信頼性スコットの一致率は看護師研修者の学びは100%,保健師研修者の学びは97.5%,看護師の学びは90.3%,保健師の学びは94.7%であり,カテゴリの信頼性が確保された.
3. 研修による学びカテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》で記す.
1) 看護師研修者の学び25の初期コードから,14のサブカテゴリ,5のカテゴリが抽出された.
カテゴリ | 定義 | サブカテゴリ |
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住民のメンタルヘルスに関する相談・予防の窓口になっている保健師業務への理解 | 地域住民のメンタルヘルスに関わる相談や予防の窓口である保健所の機能や保健師業務についての理解が深まったこと | 地域住民や警察・民生委員からの精神保健に関する相談窓口となっている保健所 地域住民のメンタルヘルスに関する健康増進や予防教育等に関わる保健所機能の理解 保健師の業務内容の理解 |
医療につなぐための当事者へのアプローチの工夫と緊急時の協力体制づくりの理解 | 治療につながっていないケースが多く存在することを実感し,医療につなぐための保健師の多様なアプローチ方法と協力体制づくりの理解が深まったこと | 地域には治療につながっていないケースが多数存在することを認識 当事者が抱える経済面や身体管理などから介入の糸口を見出す保健師の支援方法 当事者の了解が得られない場合,時間をおいた訪問や周囲からの情報収集による状況把握などの方法の理解 相談業務の中から緊急性があるケースの抽出や協力体制の判断の理解 |
地域の行政データをふまえた住民への予防教育効果の手ごたえ | 予防教育を効果的に運営するために行政データを使用するなどの活用を身につけたこと | 地域の行政データをふまえ住民の興味関心をひく予防教育を実践したことによる教育効果の実感 |
法律や制度の仕組みを理解し支援につなげる必要性 | 精神障害者の地域生活支援を行うために法律や制度の仕組みを理解し,活用することが不可欠であることを実感したこと | 障害者総合支援法における自立支援医療や障害者手帳の制度や仕組みの理解 保健所に寄せられた相談内容のケースワークには社会資源や制度の知識が不可欠 地域における社会資源の内容や制度の理解が幅広い地域生活支援につながることの自覚 |
切れ目ない支援のための保健師と共有すべき情報の認識と方法の理解 | 当事者が受診に至るまでの保健師の取り組みを知り,精神科病院退院後も支援が途切れないように必要な情報を共有する必要性と方法を理解したこと | 保健所等が諸機関と連携して医療につなげたケースを病院側が継続してケアしていくことの必要性を実感 措置入院患者の支援方法として面会フローチャートに基づく実践 地域生活支援に必要な保健師に提供すべき入院中の患者情報の理解 |
【住民のメンタルヘルスに関する相談・予防の窓口になっている保健師業務への理解】は,《地域住民や警察・民生委員からの精神保健に関する相談窓口となっている保健所》《地域住民のメンタルヘルスに関する健康増進や予防教育等に関わる保健所機能の理解》等の3サブカテゴリで,保健所機能や保健師業務についての学びであった.
【医療につなぐための当事者へのアプローチの工夫と緊急時の協力体制づくりの理解】は,《当事者が抱える経済面や身体管理などから介入の糸口を見出す保健師の支援方法》《当事者の了解が得られない場合,時間をおいた訪問や周囲からの情報収集による状況把握などの方法の理解》《相談業務の中から緊急性があるケースの抽出や協力体制の判断の理解》等の4サブカテゴリで構成された.
【地域の行政データをふまえた住民への予防教育効果の手ごたえ】は,《地域の行政データをふまえ住民の興味関心をひく予防教育を実践したことによる教育効果の実感》の1サブカテゴリであり,アルコール教育,ストレスチェックなど予防教育の実施からの学びであった.
【法律や制度の仕組みを理解し支援につなげる必要性】は,《障害者総合支援法における自立支援医療や障害者手帳の制度や仕組みの理解》《保健所に寄せられた相談内容のケースワークには社会資源や制度の知識が不可欠》等の3サブカテゴリで,法律やそれに基づく社会資源に関する学びあった.
【切れ目のない支援のための保健師と共有すべき情報の認識と方法の理解】は,《措置入院患者の支援方法として面会フローチャートに基づく実践》《地域生活支援に必要な保健師に提供すべき入院中の患者情報の理解》等の3サブカテゴリで,措置入院患者への定期的な面接の導入や保健師と病棟看護師の双方の現場であがる声からの学び等であった.
2) 保健師研修者の学び49の初期コードから,18のサブカテゴリ,8のカテゴリが抽出された.
カテゴリ | 定義 | サブカテゴリ |
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地域支援に活用できる病院の情報・活動内容の理解 | 精神科病院で業務したことで,病院がもつ情報や活動を知り,地域生活支援に活用できる内容を理解したこと | 地域で活用できる病院が持つ情報の入手 病院主催の研修や家族会の開催など病院のもつ機能の理解による紹介先の広がり 保健所と地域が連携する手段となるアセスメントツールの発見 PSWの関係機関との業務連携と調整力 |
病棟の特徴を生かした退院支援への取り組みの理解 | それぞれの病棟の特徴をふまえて独自の退院支援を展開していることを知ったこと | 退院前訪問や関連諸機関とのカンファレンスなど病棟が行っている退院支援の取り組みの理解 |
訪問看護につながる関係法令や診療報酬の理解 | 訪問看護の診療報酬上の規程や制約をふまえる必要性を認識したこと | 訪問看護に関する法律や診療報酬上の規程や制約の認識 |
看護師と保健師の訪問時における視点の違い | 精神科看護師と訪問看護を共に実践し,保健師とは異なる看護師の強みと課題を認識したこと | 看護師は訪問対象者を中心にした疾病管理の視点で訪問を展開 身体合併症がある利用者に対する無料健康診断の紹介の必要性 |
患者の回復過程の理解 | 精神疾患患者の急性期から回復期の病態と治療経過を理解したこと | 精神疾患の急性期から回復期までの治療経過の理解 |
看護師のコミュニケーション・対応技術の理解と取り込み | 精神科看護師がもつコミュニケーション技術や患者対応技術を繰り返し体験したことで,その技術を自分のものにしたこと | 患者の状態にあわせた話題提供や話のスピード,声のトーンなど細やかな配慮に基づく精神科看護師のコミュニケーション技術の高さ 疾病や病状に応じた看護師の対応方法の理解 患者の意見を尊重しながらも必要なことをきちんと提供する看護師の対応姿勢 患者との関係形成の実際の理解 限られた時間内に目的を果たす訪問技術 患者への対応技術の広がり |
個人への支援というケアの原点の再認識 | 訪問看護の体験を通して,住民個々の健康を図る保健師としてあり方を再認識したこと | 障害福祉への取り組みを市の保健師や福祉担当者が始めたことで県の保健師の視線が住民から離れることへの危惧 地域住民や個人への支援という保健師の原点の再確認 |
顔見知りになったことで気軽に相談できる関係の構築 | 精神科病院スタッフと顔見知りになったことでこれまでとは異なり関わりやすさを実感したこと | 病院スタッフと顔見知りになったことで,疑問や困りごとの相談が気軽にできる状況の出現 |
【地域支援に活用できる病院の情報・活動内容の理解】は,《地域で活用できる病院がもつ情報の入手》《病院主催の研修や家族会の開催など病院がもつ機能の理解による紹介先の広がり》《保健所と地域が連携する手段となるアセスメントツールの発見》等の4サブカテゴリで,地域支援に活用できる病院がもつ機能や活動内容に関する情報やツールの発見に係る学びであった.
【病棟の特徴を生かした退院支援への取り組みの理解】は,《退院前訪問や関連諸機関とのカンファレンスなど病棟が行っている退院支援の取り組みの理解》の1サブカテゴリで,病棟が実施している退院支援内容に関する学びであった.
【訪問看護につながる関係法令や診療報酬の理解】は,《訪問看護に関する法律や診療報酬上の規程や制約の認識》の1サブカテゴリであった.
【看護師と保健師の訪問時における視点の違い】は,《看護師は訪問対象者を中心にした疾病管理の視点で訪問を展開》《身体合併症がある利用者に対する無料健康診断の紹介の必要性》の2サブカテゴリであった.看護師の訪問看護が精神症状に重きが置かれ,身体合併症等のケアが手薄になっていることを感じていた.
【患者の回復過程の理解】は,《精神疾患の急性期から回復期までの治療経過の理解》の1サブカテゴリで,病棟のカンファレンスに参加しての学びであった.
【看護師のコミュニケーション・対応技術の理解と取り込み】は,《患者の状態にあわせた話題提供や話のスピード,声のトーンなど細やかな配慮に基づく精神科看護師のコミュニケーション技術の高さ》《疾病や病状に応じた看護師の対応方法の理解》《患者との関係形成の実際の理解》《患者への対応技術の広がり》等の6サブカテゴリであった.
【個人への支援というケアの原点の再認識】は,《障害福祉への取り組みを市の保健師や福祉担当者が始めたことで県の保健師の視線が住民から離れることへの危惧》《地域住民や個人への支援という保健師の原点の再確認》の2サブカテゴリで,訪問看護やPSWの働きを目の当たりにし保健師としての活動の在り方をふりかえった学びであった.
【顔見知りになったことで気軽に相談できる関係の構築】は,《病院スタッフと顔見知りになったことで疑問や困りごとの相談が気軽にできる状況の出現》の1サブカテゴリであった.
3) 看護師の学び48の初期コードから,22のサブカテゴリ,6カテゴリが抽出された.
カテゴリ | 定義 | サブカテゴリ |
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病院勤務だけでは知りえなかった保健師の地域活動内容の理解 | 地域で行われている保健師の精神保健活動への理解が深まったこと | 精神保健福祉法に基づいて行動している保健師活動の理解 保健師が行っている予防活動・相談・訪問業務の理解 地域で問題を抱える人の把握や確認のための使命をもった保健師の訪問 |
医療者とは異なる当事者・家族の捉え方やアプローチ方法と支援内容の理解 | 地域の保健師は,医療者とは異なり精神障害者を身体面・経済面など多面的に捉え,多様なかかわり方をしていることの理解が深まったこと | 初対面であっても自然で積極的に入り込んでいく保健師の接し方 対象者・家族の意思を尊重し地域生活をおくる人ととらえる柔軟な思考 豊富な社会資源の知識と地域情報をベースに支援を実施 豊富な社会資源の知識に裏付けられた支援内容のバリエーションの多さ 精神面だけでなく身体面・経済面も含めた多面的な訪問指導の実施 保健師が社会資源を介して人と人をつなぐ役割を担っていることを実感 身体疾患の最新知識の獲得 |
社会資源に対する知識の増加と活用方法の理解と適用 | 精神障害者に社会資源を適用していくことを目の当たりにして,社会資源の知識と活用方法の理解を深め,活用できるようになったこと | 研修者との訪問活動を通して精神障害者に提供できる社会資源の知識の増加 社会資源を実際に当事者に適用してもらったことによる活用方法の理解 得られた社会資源の知識や保健師業務内容を電話相談業務に活用 |
地域生活支援に対する考え方の変化 | 医療者とは異なる保健師の精神障害者に対する考え方やアプローチ方法にふれ,地域生活支援への可能性を考え始めたこと | 地域生活の見直しと支援により地域生活を維持できる可能性への期待 |
訪問看護師としての自己課題の認識 | 精神障害者の地域生活を支援する者として自分に不足している部分を認識したこと | 訪問利用者に対する自分自身の情報量の少なさを実感 地域の精神障害者が利用できる社会資源に対する理解不足 他者へのプレゼンテーションスキルの高さ 対象理解を的確に行える分析方法 |
保健師活動の理解による新たな連携方法や連携先の拡大 | 保健師との活動を通して,他機関との連携方法を獲得したこと | 保健師活動の理解による今後の連携方法の獲得 研修により顔見知りになったことで気軽な保健所への問い合わせ 保健師がもつ他機関とのネットワークを活用した新たな連携先の拡大 互いの業務を知ったことによる連携方法の変化 |
【病院勤務だけでは知りえなかった保健師の地域活動内容の理解】は,《精神保健福祉法に基づいて行動している保健師活動の理解》《保健師が行っている予防活動・相談・訪問業務の理解》等の3サブカテゴリであった.
【医療者とは異なる当事者・家族の捉え方やアプローチ方法と支援内容の理解】は,《初対面であっても自然で積極的に入り込んでいく保健師の接し方》《対象者・家族の意思を尊重し地域生活をおくる人ととらえる柔軟な思考》《豊富な社会資源の知識と地域情報をベースに支援を実施》《精神面だけでなく身体面・経済面を含めた多面的な訪問指導の実施》等の7サブカテゴリで構成された.
【社会資源に対する知識の増加と活用方法の理解と適用】は,《研修者との訪問活動を通して精神障害者に提供できる社会資源の知識の増加》《社会資源を実際に当事者に適用してもらったことによる活用方法の理解》等の3サブカテゴリであった.保健師の訪問利用者への対応から社会資源の知識と活用方法を得ていた.
【地域生活支援に対する考え方の変化】は,《地域生活の見直しと支援により地域生活を維持できる可能性への期待》であった.
【訪問看護師として自己課題の認識】は,《訪問利用者に対する自分自身の情報量の少なさを実感》《地域の精神障害者が利用できる社会資源に対する理解不足》《他者へのプレゼンテーションスキルの高さ》等の4サブカテゴリで構成された.利用者情報の少なさや社会資源の知識など,地域生活を支援する訪問看護師として不足している部分を実感する学びであった.
【保健師活動の理解による新たな連携方法や連携先の拡大】は,《保健師活動の理解による今後の連携方法の獲得》《研修により顔見知りになったことで気軽な保健所への問い合わせ》《保健師がもつ他機関とのネットワークを活用した新たな連携先の拡大》等の4サブカテゴリで構成された.
4) 保健師の学び24の初期コードから,12のサブカテゴリ,6カテゴリが抽出された.保健所には2年間の本研修を終えた保健師も共に業務を行っていた.
カテゴリ | 定義 | サブカテゴリ |
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疾病や薬物療法の知識を踏まえた支援の必要性 | 精神疾患や治療内容を理解することで,新たに観察する視点を獲得したこと | 保健師の訪問では抜けがちな症状や薬の副作用の観察などに基づく支援の必要性を学習 |
病院で活用されている評価ツールを使った保健所におけるケア評価の実践 | 病院で使われている評価ツールを地域精神保健活動に適応し,ケアの効果や精神状態を可視化する視点を獲得したこと | 病院で使用されている評価ツールを地域生活者の評価に活用したケアの振り返り 措置入院患者を同じツールで入院中から地域生活まで測定することによる対象者理解の深化 |
病院で行われている暴力・安全対策に関する考えと技術の獲得と保健所内への伝播 | CVPPP研修を通して,精神障害者と支援者の安全を守る視点と方法を獲得し,職場にも伝達したこと | CVPPP研修の受講による暴力に対する考え方の変化 移送業務における対象者・支援者の安全を守る視点と技術の獲得 CVPPP研修の学習成果を所内で共有 |
傾聴・面接技術の習得 | 精神科看護師がもつ傾聴や共感などのコミュニケーション技術を,模倣したり取り込んだりしながら自分の対応技術に活かしていること | 研修者・研修終了者がもつ優れた傾聴や対応技術 研修終了者による来所相談者の困りごとに焦点をあてたアプローチ方法の模倣 |
措置入院患者への面接システムの作成と実働 | 退院後の生活支援につなげる措置入院患者の面接システムを作り,実践したこと | 措置入院患者に対する面接導入 |
研修による病院と保健所の距離の縮まりと連携の強化 | 研修者や研修終了者を介して,精神科病院と保健所の考えや思いが伝わりやすくなり,今後の連携への期待を実感していること | 研修者・研修終了者が窓口となった連携の強化 研修生を通して病院情報の入手と保健所の意向の伝達による連携 保健所への看護師の気軽な訪問から距離感の縮まりを実感 |
【疾病や薬物療法の知識を踏まえた支援の必要性】は,《保健師の訪問では抜けがちな症状や薬の副作用の観察などに基づく支援の必要性を学習》で構成された.
【病院で活用されている評価ツールを使った保健所におけるケア評価の実践】は,《病院で使用されている評価ツールを地域生活者の評価に活用したケアの振り返り》《措置入院患者を同じツールで入院中から地域生活まで測定することによる対象者理解の深化》の2サブカテゴリであった.研修終了者が持ち帰った評価ツールを使用して地域生活を支援することの効果を実感していた.
【病院で行われている暴力・安全対策に関する考えと技術の獲得と保健所内への伝播】は,《包括的暴力防止プログラム(Comprehensive Violence Prevention and Protection Programme;以下CVPPPという)研修の受講による暴力に対する考え方の変化》《移送業務における対象者・支援者の安全を守る視点と技術の獲得》《CVPPP研修の学習成果を所内で共有》の3サブカテゴリで構成された.
【傾聴・面接技術の習得】は,《研修者・研修終了者がもつ優れた傾聴や対応技術》《研修終了者による来所相談者の困りごとに焦点をあてたアプローチ方法の模倣》の2サブカテゴリであった.
【措置入院患者への面接システムの作成と実働】は,《措置入院患者に対する面接導入》の1サブカテゴリであった.
【研修による病院と保健所の距離の縮まりと連携の強化】は,《研修者・研修終了者が窓口となった連携の強化》《研修者を通して病院情報の入手と保健所の意向の伝達による連携》等の3サブカテゴリで構成された.研修者を媒体として互いの意向が伝わることや,互いに行き来が生まれたことで心理的距離の縮まりを実感している学びであった.
四者の学び
四者の学びのカテゴリから,①派遣先機関の機能や活動内容の理解 ②派遣先看護職がもつ技術の認知 ③ケア対象者の理解 ④ケアの視点・方法の獲得 ⑤業務への意識の高まり ⑥連携促進材料の獲得 の6コアカテゴリが抽出された.
四者すべてから④ケアの視点・方法の獲得が抽出され,先行研究同様に実践能力の向上や看護職としての成長につながっていたといえる.
さらに保健師研修者では【看護師のコミュニケーション・対応技術の理解と取り込み】が抽出され,精神科看護師のもつ卓越したコミュニケーション技術を自身の実践に取り込んでいた.この成果は,常に看護師と共に訪問看護を行う研修の実施方法によるものと考える.保健師業務について高橋(2010)は,分散配置と保健師の訪問の多くは単独で実施されることから,支援技術の共有化が難しいことを指摘している.また,保健師の支援技術について山田・越田(2016)は,可視化しにくいコミュニケーションを主とすると述べており,この部分は精神看護との共通性がある.精神看護におけるコミュニケーションは治療的コミュニケーションと称されるように,コミュニケーション技術により対象者の混乱した思考を整理し,自己決定に導く.保健師研修者が共に訪問看護を行っていたのは,その経験年数から熟達者に達している看護師であり,熟達者の実践を繰り返し観察することで自身の中に取り込み実践できるまでに高めていたと考える.
さらに,共に訪問看護を行ったことによる効果は看護師にも生じていた.看護師の学びは,③ケア対象者の理解,を除く5つのコアカテゴリに関する学びが抽出され,研修者とほぼ同様の学びを得ていた.これらのことからも共に業務を行う体験は,専門職の持つ技術の伝達に有効な方法であると考える.
最後に保健師の学びについては,他の三者とは異なり④ケアの視点・方法の獲得⑥連携促進材料の獲得の2つのコアカテゴリに集中していた.特に【病院で活用されている評価ツールを使った保健所におけるケア評価の実践】【病院で行われている暴力・安全対策に関する考えと技術の獲得と保健所内への伝播】【傾聴・面接技術の習得】【措置入院患者への面接システムの作成と実働】の4カテゴリは,研修終了者が研修の学びを派遣元で実施していたことに影響を受けた学びであった.ここで生じている現象は研修転移であり,中原(2014)は,研修の現場で学んだことが仕事の現場で一般化され役立てられ,その効果が維持されることとしている.さらに研修が人的資源開発の一手法としての正当性をもつためには,研修で学習した内容が現場の改善・変革に資することが求められると述べている.この転移については看護師の学びにもみられており,本研修が看護職のキャリア開発に寄与することを示している.
2. 連携強化の可能性と精神障害者への地域生活支援への期待精神障害者の地域生活支援には,多職種連携が必要であることは広く知られている.しかし松下ら(2017)は精神科看護師・市町村保健師ともに連携の必要性への認識は高いが具体的な方法がわからない現状を明らかにしており,看護師も保健師も通常業務のみでは連携に必要な方法を身につけていないことを示唆している.今回コアカテゴリとして⑥連携促進材料の獲得,が四者から抽出された.その内容は,研修を通して顔見知りになったことによる相談のしやすさにとどまらず,派遣先の機能や活動内容と職員が持つ技術の理解に基づいた連携内容や方法の理解,連携した体験による方法の獲得,切れ目ない支援に必要な情報の交換など多岐にわたり,今後の連携強化につながる具体的な内容や方法が抽出された.
本研究は,一研修によるデータ収集のためデータの偏りが懸念される.また,今回語られた学びに関して,異動の決定後ではあるが研修運営にかかわっていた者が面接を実施したこと,研修を終了した保健師が派遣元で業務をおこなっていたのに対し,研修を終了した看護師は別の部署で業務を行っていたことも影響している可能性がある.
本研究を行うにあたり,調査に快くご協力をいただきました看護師,保健師の皆様,研修関係者の皆様に深く感謝申し上げます.
YIは研究の着想,データ収集,分析,論文の作成,FYは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み承認した.
本研究における利益相反は存在しない.