2022 Volume 31 Issue 1 Pages 29-38
アパシーは認知症患者の行動・心理症状の中で出現頻度が高い症状であるが,すぐさま問題にならず,他のケアが優先されることで見過ごしやすいことが指摘されている.本研究では,アパシーのある認知症患者に対する看護の熟練者の看護実践を明らかにした.
精神看護専門看護師など認知症看護の熟練者11名に対し,半構成的面接によるインタビュー調査を実施した.「アパシーのある認知症患者に対する看護実践」の観点から調査を行い,質的帰納的に分析した.
その結果,【意思や感情が生きていることを忘れずに反応を気長に待つ姿勢】【その人らしさを発揮できる機会の設定】【リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用】【情動的な反応を引き出す意図的な刺激】【症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント】【現在の機能維持に向けた日常生活支援】の6カテゴリが生成された.アパシーのある認知症患者に対しては,アパシーが頻出することを念頭に置いたアセスメントや,その人らしさを尊重できるような働きかけが重要である.
Apathy, a frequent behavioral and psychological symptom of dementia patients, is often overlooked due to its low priority in care. This study clarifies the nursing practice of skilled dementia nurses for dementia patients with apathy.
We conducted a semi-structured interview survey with 11 skilled dementia nurses, which included psychiatric nurse specialists. The research was conducted from the perspective of “nursing practice for dementia patients with apathy” and the data was analyzed qualitatively and inductively.
Consequently, six categories were generated: “Waited patiently for a response and believed that the intentions and feelings were alive,” Provide opportunities for people to express their individuality,” “Used strengths and familiar relationships to promote recovery,” “Intentional stimulation to elicit emotional responses,” “Assessment that considered the possibility that the symptoms were not apathy,” and “Support for daily life to maintain minimum function.” For dementia patients with apathy, it is important that nurses assess them with the frequent occurrence of apathy in mind and work with them in a way that respects their personality.
わが国では高齢化を背景に認知症高齢者が増加し,2025年には700万人を超えると予測されている(二宮・清原・小原,2014).認知症症状は,物忘れや見当識障害などの中核症状と,幻覚,興奮,抑うつ,アパシーなどの行動・心理症状(以下BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaと記す)に大別される(中島ら,2017;International Psychogeriatric Association, 2010/2013).このBPSDが認知症患者の地域生活を妨げるなど問題視されている.老人保健福祉施設において徘徊や興奮を有する認知症高齢者は転倒のリスクが高まる(Sato et al., 2018),BPSDと日常生活機能の障害が関連している(Hinton, Farias, & Wegelin, 2008),家族の介護負担・抑うつ・苦痛などと関連して介護継続を困難にすることなどが指摘されている(Oba et al., 2018).認知症患者に対しては,その人らしさを尊重するパーソン・センタード・ケアが重視され(Kitwood, 1997/2005),急性期病院においてその観点から実践を評価する尺度が開発されている(鈴木ら,2016).浦島ら(2020)の行った看護師を対象としたインタビュー調査によると,急性期病院で必要とされる包括的な認知症看護実践能力は「認知症患者に対する基本的なケア姿勢」,「認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施」,「認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開」,「認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動」といった観点から構成されていることが示された.しかしながら,BPSDに関しては,症状が多岐にわたるため看護師の対応困難に関する報告が多くあるのみで(千田・水野,2014;谷口,2006),各症状への具体的な対応に言及したものは見当たらない.
このBPSDのなかで,対応が困難な興奮などの認知症症状に目が向きやすく,アパシーやうつ状態など一見手がかからない症状は高齢現象と誤解されることや,併存する身体疾患の症状に隠れ,すぐさま問題にならずに他のケアが優先されることで見落とされやすいことが指摘されている(服部ら,2018;藤崎,2016).特にアパシーは,アルツハイマー型認知症の症状で,最も出現頻度が高いBPSDである(Mirakhur et al., 2004).このアパシーは,機能低下の危険因子であり(Lechowski et al., 2009),認知症患者のQuality of Lifeに関連する.興味・関心の低下や運動抑制など,うつ状態と共通する症状を認めるが,アパシーは自殺念慮や罪悪感などを認めず,臨床上異なる症状として区別されている(Marin, 1990).システマティックレビューによると,アパシーに対する最も治療効果の質が高い非薬物療法はアクティビティであると報告されている(Henry, & Kim, 2012).アクティビティは,認知刺激,行動プログラムなどのことを示し,わが国ではデイサービスの利用が該当する.実際に,認知症患者に対する看護実践の実践報告をまとめた文献検討によると,わが国ではアパシーをもつ認知症に対し,阿波踊り体操や音楽療法などが行われていた(古野・藤野・藤本,2020).
一般病床に入院しているBPSDをもつ認知症患者に対して,身体的不快感・苦痛や対象者の反応など,多面的な臨床判断にもとづいた看護が,認知症看護認定看護師によって実践されている(天木・百瀬・松岡,2014).すなわち,看護師は認知症患者に継続的に関わり,アパシーを見逃さない観察や日常的なアクティビティが可能な職種である.この他にも,看護の熟練者は見逃しやすいアパシーを捉えて日常的な援助をしていると考えられるが,そのような報告は見当たらない.そこで,本研究では,アパシーのある認知症患者に対する看護実践に関し,看護の熟練者を対象とした半構成的面接による質的記述的研究を行った.アパシーのある認知症患者に対する高度看護実践を明確にすることは,見過ごされやすい認知症患者のアパシーや日常生活機能の改善に貢献できると期待する.
研究目的アパシーのある認知症患者に対する看護の熟練者が行っている看護実践を明らかにする.
用語の定義アパシー:アパシーの定義は,Marin(1990)の提唱したものが代表的である.本研究においても,Marinの定義を参考に,「意識障害,認知障害,情動的苦悩によらない動機づけの欠如もしくは減弱であり,意欲や興味の低下や感情の平板化などを認め,自責感や希死念慮は認めない症状」とした.
認知症患者:本研究においては,「認知症の診断を受けている者」と定義した.
アパシーのある認知症患者に対するケアモデルは存在せず,どのような事象に着目して看護を実践すべきか明確な指針がない.したがって,本研究では半構成的面接によるインタビュー調査にもとづく質的記述的研究デザインを用いた.
2. 研究参加者認知症患者に看護を実践し,精神看護専門看護師,認知症看護認定看護師,認知症ケア専門士,精神科認定看護師のいずれかの認知症看護に関連する認定資格者を選定条件とした.精神看護専門看護師および認知症看護認定看護師は公益社団法人日本看護協会,認知症ケア専門士は一般社団法人日本認知症ケア学会,精神科認定看護師は一般社団法人日本精神科看護協会が認定する資格である.
3. データ収集方法研究協力の同意が得られた施設管理者から参加者に対して研究の目的および方法について説明し,研究に関心を持った看護師の紹介を受けた.改めて研究者が参加候補者に対して研究の目的および方法について説明を行い,文書による同意を得て調査を開始した.調査はプライバシーが確保できる対象施設内の個室で,1対1の半構成的面接によるインタビュー調査を行った.
インタビュー調査の際,用語の定義に加え,意欲の指標であるVitality index(大内ら,2011)を用いて具体的なアパシー症状を説明した.Vitality indexは,1)起床,2)意思疎通,3)食事,4)排泄,5)リハビリ・活動の5つの観点から高齢者の意欲を評価する.また,うつ症状と混同しないよう,Marin(1990)の提唱したアパシーとうつ状態の特徴を分類した枠組みを用いて説明した.この枠組みでは,アパシーの特徴は無関心や自発性の低下であり,抑うつの特徴は自責感や希死念慮であると説明している.共通する症状として,興味の減退,精神運動抑制,易疲労感などがあると示している.これらの説明の後,アパシーのある認知症患者への看護実践の場面を想起しながら自由に語ってもらった.インタビューガイドの項目は,「アパシーのある認知症患者に対してどのような看護を実践しているか」,「アパシーのある認知症患者に対して看護を実践する際に重視していることや配慮は何か」,「アパシーのある認知症患者に対する看護実践はどのようなアセスメントや臨床判断にもとづいているか」といった内容とした.インタビュー内容は参加者の同意を得て,ボイスレコーダーに録音した.インタビューは参加者の希望に沿った日時で行った.なお,調査する時間帯に関しては,施設管理者および参加者と相談して決定し,10名は勤務時間内,1名は勤務時間外に実施した.データ収集期間は2020年1月から2021年3月であった.
4. データ分析方法まず,インタビューデータの逐語録を作成した.逐語録を熟読し,参加者の看護実践を示す部分を抽出した.その後,看護実践を示す文脈を1単位として切片化した.切片化の際,Benner(2001)が看護師へのインタビュー調査から帰納的に導き出した看護実践の7領域(援助役割,指導/手ほどきの機能,診断機能と患者モニタリング機能,急変時の効果的な対応,治療処置の実施と観察,ケア実践の質とその保証,組織化と役割遂行能力)で説明可能な記述であることに留意して抽出した.切片化した内容を意味の共通性からコード名をつけた.コード化したデータを他のデータと比較し,その過程で類似性と共通性からコードを分類してまとめ,抽象度をあげた.最終的なコードをカテゴリとし,その前段階をサブカテゴリとした.
5. 結果の厳密性および妥当性の確保質的研究の経験がある認知症看護・老年看護・精神看護の研究者各1名,認知症看護のジェネラリスト1名と分析過程において,全員が同意するまでディスカッションを行った.
6. 倫理的配慮本研究は参加者の自由意思にもとづき行った.施設管理者および参加者には,文書並びに口頭で研究目的および方法を説明し,文書による同意を得たのちに調査を開始した.研究説明文書には,1)研究の目的・方法,2)研究参加は自由意思でありいつでも中断可能であること,3)同意はいつでも撤回可能であること,4)研究に参加しなくても不利益はないこと,5)データ管理は厳密に行い,研究成果の発表においては個人が特定できないようにすることなどを明記した.なお,本研究は佐賀大学医学部倫理審査委員会の承認を得て行った.(承認番号:R2-58)
研究の参加者の性別は,男性が5名,女性が6名であった.年齢は30歳代が1名,40歳代が6名,50歳代が2名,60歳代が2名であった.看護師経験年数の中央値±標準偏差は23.0 ± 10.1年(範囲:7~48)であった.認定資格として,精神看護専門看護師1名,認知症看護認定看護師2名,認知症ケア専門士5名,認知症看護認定看護師および認知症ケア専門士をどちらも保有している者1名,精神科認定看護師2名であった.参加者が所属する施設はすべて精神科を標榜する医療機関であり,認知症疾患医療センターを有していた.面接時間の中央値±標準偏差は43.0 ± 5.7分(範囲:37~55)であった.参加者の背景を表1に示す.
性別 | 年齢(歳代) | 看護師経験年数(年) | 所有認定資格 |
---|---|---|---|
女性 | 30 | 7 | 精神科認定看護師 |
男性 | 40 | 20 | 認知症看護認定看護師 |
男性 | 40 | 20 | 精神看護専門看護師 |
男性 | 40 | 23 | 精神科認定看護師 |
女性 | 40 | 24 | 認知症ケア専門士 |
女性 | 40 | 16 | 認知症ケア専門士 |
男性 | 40 | 24 | 認知症看護認定看護師・認知症ケア専門士 |
男性 | 50 | 28 | 認知症ケア専門士 |
女性 | 50 | 30 | 認知症看護認定看護師 |
女性 | 60 | 48 | 認知症ケア専門士 |
女性 | 60 | 22 | 精神科認定看護師 |
本研究で示されたカテゴリを【 】,サブカテゴリを〔 〕,代表的な語りを「斜体」で示す.なお,語りを補足する際は( )で補っている.
アパシーのある認知症患者に対する看護実践として,91のコードから21のサブカテゴリが抽出され,【意思や感情が生きていることを忘れずに反応を気長に待つ姿勢】【その人らしさを発揮できる機会の設定】【リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用】【情動的な反応を引き出す意図的な刺激】【症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント】【現在の機能維持に向けた日常生活支援】の6カテゴリが生成された(表2).
カテゴリ | サブカテゴリ | コード(一部抜粋) |
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意思や感情が生きていることを忘れずに反応を気長に待つ姿勢 | せかさずじっくり待つ姿勢で関わる | 今日はできなくても明日はできるかもしれないと気長に考える |
活動に誘って断られた場合は無理強いしない | ||
反応をせかさずじっくり待つ | ||
あえて何もせずに側にいる | 何を求めているかわからないときはただずっと横にいてみる | |
無理に話をせず,あえて側にいてただ沈黙する | ||
何もせずにただ手を握ってみる | ||
反応がなくても意思や感情は生きていることを忘れない | 反応しないのではなく心の中では感情が生きていることを忘れないようにする | |
反応がなくても本当は何か訴えたいかもしれないと考える | ||
その人が本当にしたいことができるように試行錯誤する | ||
拒否的な反応を見逃さない | 多患者に交じっている際に緊張感や硬さがないかタッチングなどを活用して見逃さない | |
何かを訴えようかなというときの表情を見逃さない | ||
ケアの際に目をつぶるなど拒否的な反応を見逃さない | ||
看護師の働きかけによる些細な反応を重視する | 受け身の姿勢ではその人のことがわからないため頻回に訪室して変化を見る | |
これまでの趣味や時事的な内容に関して反応を示す話題を探る | ||
顔から足先まで動きを見て,その人が反応を示す話題を探る | ||
自発的な行動のチャンスを作る | その人の自分でしようという自発的な行動を見逃さないようにする | |
他の患者が作業療法や活動に参加しているのを遠巻きにみてもらいチャンスをうかがう | ||
縫物が好きな人の前に針と糸を置いおくなど,好きな時に自分で手を伸ばせるようにしておく | ||
無理強いをしない | 昔料理が好きだったら,好きなことをできるように維持してもらって無理に新しいことにチャレンジしない | |
無理をしたり疲れすぎたりしないよう休憩の時間を設ける | ||
入浴が難しい場合は清拭など代替案を提案する | ||
その人らしさを発揮できる機会の設定 | 自宅に近い入院環境を提供する | 本人と家族の話をすり合わせて自宅での生活を想像する |
ものの配置や写真などを可能な限り自宅に近い環境にする | ||
長年の習慣や日課になっているものを自宅から持ってきてもらって病棟でも続けられるようにする | ||
生活史を把握する | どんな生活史を歩んで生きてきたか知っておく | |
出身地など話しやすい話題で問いかけする | ||
昔のニュースや歌などその人の若いころの記憶に寄り添って当時の感情体験を受け止める | ||
昔のことを思い出せる機会を設ける | 目につくところにメダカでも買ってみて昔川で遊んだことを思い出してもらう | |
なじみのある音楽を使って音楽療法を行う | ||
回想法により本人が一番輝いているときのことを気持ちよく思い出してもらう | ||
その人らしさを尊重する姿勢をもつ | その人らしさは何だろうと常に考えておく | |
習慣やこだわりを尊重する | ||
衣類や好きなものを手元において自分らしさを表現できるように援助する | ||
リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用 | 認知症患者はリカバリーが可能であると捉える | 本人が少しでも楽しく過ごしてもらえることをリカバリーと捉える |
アパシーのためにさらにもう一段階機能が落ちていると捉えてそこが回復できると捉える | ||
かつてのその人を取り戻せるような支援を重視する | ||
なじみの関係を通してリカバリーを促す | 最初は静かな環境から少しずつ多患者と交流するように,その人の回復過程を踏まえて段階的に交流範囲を広げる | |
なじみの関係を築いてもらって患者同士のリカバリーを促す | ||
ご近所付き合いのような関係性ができることを期待して食事の席を認知症患者同士で近づける | ||
その人が持つストレングスを活かす | 培われた本人の経験を最大限に生かすためにストレングスを見出すことを意識する | |
料理などこれまで好きなことや得意なことができる機会を設ける | ||
役割をこなすことで自信の回復を期待する | ||
情動的な反応を引き出す意図的な刺激 | 自信を失わないような声かけを心がける | 失禁しても「お腹がすっきりしてよかったですね」といった声かけを行い自信を失わないように配慮する |
患者が作ったものやできるようなことは心からすごいとほめる | ||
あなたを必要としているといった声かけを行う | ||
笑顔になれるような介入を試す | とにかく笑わせるような介入をやってみる | |
何となく笑っちゃうんじゃないかと期待して元気なトーンで何度もポジティブなことを言ってみる | ||
一日一笑いを目標に頑張る | ||
意図的に触れて刺激を与える | ユマニチュードを実践する | |
肌と肌で触れ合って刺激を与えられるように握手する | ||
タクティールケアを活用してゆっくりとした時間を過ごす | ||
症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント | ライフイベントや性格によりアパシーのように見えている可能性を考慮する | 喪失体験などのライフイベントで落ち込んでいる可能性を考慮する |
意欲低下なのか入院したことへの諦めなのか見極める | ||
アパシーなのか元来寡黙な人であったか家族とともに考える | ||
アパシー以外の器質的な要因がないかアセスメントする | 過鎮静など薬の影響でアパシーのように見えているのではないか見極める | |
血液データやバイタルサインを見てアパシー以外の問題がないかアセスメントする | ||
スケールを用いて低活動性せん妄の恐れがないか評価する | ||
現在の機能維持に向けた日常生活支援 | 生活リズムが崩れないように活動を促す | アロマテラピーにより昼と夜の活動バランスをとる |
短時間でもいいから起きておく時間を設ける | ||
朝起きる時間,食事,日課を決めてはどうかと提案してみる | ||
日常生活上最低限のことはできるよう促す | 洗面などのモーニングワークといった日常生活上最低限のことはできるように手伝う | |
元気がなくても,トイレの時のズボンの上げ下ろしだけでもなど,ちょっとはやってもらうようにする |
このカテゴリでは,認知症患者がアパシーにより意思や感情の表出が乏しくなっていることを考慮し,無理に反応を引き出そうとするのではなく,〔せかさずじっくり待つ姿勢で関わる〕ことや,〔あえて何もせずに側にいる〕ことを重視していた.そのために,〔反応がなくても意思や感情は生きていることを忘れない〕ことを念頭に置き,〔拒否的な反応を見逃さない〕,〔看護師の働きかけによる些細な反応を重視する〕など,アパシーによって表出が乏しくなった認知症患者の反応を見逃さないようにしていた.また,認知症患者が〔自発的な行動のチャンスをつくる〕や,〔無理強いしない〕など,認知症患者の自発性やペースを尊重していた.
「(看護師が何らかの働きかけを行った後の)反応ですよね.患者さんの反応でいまいち反応が悪くなったり,その後,自分が行った行為の後の,その日の夜間の状態だとか,その後例えば著しく午睡が激しいとか,やっぱり不眠だったとかいうときは,いったん元に戻す.やっぱりあまり急がない,慌てない」
「私がよくやっていたのは,沈黙です.要は,本人さんの発語がない中で,ただそばに座っているだけ.本人もちょっと拒否はしませんよね.拒否はしませんし,かといって,いるからといって話しかけるわけでもない.でもそれを続けていくと,目で追うようになってきて,目はこっち側に,確かに自分を気に掛けているというところから,何か変化が出だしたなというようなことをやったりはします」
「アパシーって,反応がないかもしれませんが,きっと心の中では感情が生きていて,言ったことややったことは伝わっていると思うんです.それを忘れないようにしてかかわるようにしています」
「縫い物の件に関してはあれせず(無理にすすめず)に,ただここに針と糸を置いとくんですよね.針と糸を置いといて,みんなで話しながらしてるうちに,自分も手を伸ばされてくるっていうか」
2) 【その人らしさを発揮できる機会の設定】このカテゴリでは,認知症患者がアパシーによって意思の表出が困難になり,その結果その人らしさが損なわれやすくなることを考慮していた.そのために,〔自宅に近い入院環境を提供する〕,〔生活史を把握する〕,〔昔のことを思い出せる機会を設ける〕,〔その人らしさを尊重する姿勢をもつ〕ことによって,入院中の環境下にあっても,少しでもその人らしさを発揮できるような機会を設けていた.
「その人がどんな生活史を歩んで生きてこられた方かっていうのを頭に入れます.BPSDには,発症するには理由があるってよくいうんですけど,アパシーがあると特に見えにくいところはあると思うんですが,でも,その人にとってすごい重要なエピソードについて幾つか知っておくようにしておきます」
「回想法を取り入れていて,やっぱり本人が一番輝いている時のことを気持ち良く思い出していただけるっていうのが(アパシーがある認知症患者に対する看護実践の)ポイントだと思います」
「本人さんにまつわるものというのが着ている衣類ぐらいで,なかなか自分らしさを表現するような方法がないと思うので,せめて好きなものを着ていただいて.あとは好きなものを手元においてもらったりだとか」
3) 【リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用】このカテゴリでは,アパシーは精神症状であることから,他の精神疾患と同様,〔認知症患者はリカバリーが可能であると捉える〕ことを行っていた.また,〔なじみの関係を通してリカバリーを促す〕ことや,〔その人が持つストレングスを活かす〕ことで,認知症患者のリカバリーを促進していた.
「認知機能が落ちているけれども,認知機能が落ちる過程の中で,そこに精神症状(アパシー)というものがあって,一時的にもう1つ下げているような印象があるんです.だから,そこを取り除ければ通常はこれぐらいの,なだらかな曲線の中にへこみが出た,そこが回復してなだらかなところに戻れるんじゃないか」
「なるべくなじみの関係ができるような席の配置というのは心掛けてはいたので,会話ができる方たちは会話ができるテーブルを作って,そこでなじみの関係を築いていただくという,患者さん同士のリカバリーをちょっと促してみたり」
「仕事とか,役割とか,長年の経験で培われてきたものがあるんです.それを引き出すというか,その人のストレングスを見出すことを意識して関わるようにしています」
「得意なこと,例えば昔料理をしてたら,お茶くみをちょっと手伝ってもらったりして.何か役割をこなすと本人の自信回復につながると思うんです」
4) 【情動的な反応を引き出す意図的な刺激】このカテゴリは,アパシーによって情動機能が乏しくなった認知症患者に対し,〔自信を失わないような声かけを心がける〕,〔笑顔になれるような介入を試す〕,〔意図的に触れて刺激を与える〕などの刺激を意図的に与えることにより,笑顔などの情動的な反応を引き出していた.
「(アパシーにより)できないことに直面すると認知症の方が自信を失ってしまうと思うので,少しでも自信をもってもらえるよう,作業で作ったものとか,頑張ってできたことは心からすごい,ってほめるようにしています」
「一番は笑顔で話ができるようになってほしいなというのが,まず第一歩かなと.特にアパシーの方とかもそうなんですけれども.(笑ってもらうためには)こっちがばかにならんといけんなと思うときもあるので,だからまず笑っていただけるようにというところでは,心がけてはいます」
5) 【症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント】このカテゴリでは,認知症患者が一見アパシーにみえても,〔ライフイベントや性格によりアパシーのように見えている可能性を考慮する〕や,〔アパシー以外の器質的な要因がないかアセスメントする〕など,それ以外の要因がないかアセスメントしていた.
「アパシーで元気がなさそうにみえるけど,ひょっとしたらどなたか近しい人が亡くなっていたり,別に原因があるのかな,と考えています」
「この方は低活動型のせん妄なのか,本当にアパシーなのか,それとも諦めなのかというところで.まずはせん妄は除外できたんです.スケールをとって多分違うねと」
6) 【現在の機能維持に向けた日常生活支援】このカテゴリでは,アパシーによって活動性の低下に伴って機能低下することを考慮し,〔生活リズムが崩れないように活動を促す〕や〔日常生活上最低限のことはできるよう促す〕によって,その人に残された機能が保たれるような働きかけを行っていた.
「(アパシーで)寝たままだと,どうしても昼夜のリズムがくるってしまうので,少しでも体を起こしておきませんか,って声をかけるようにしています.ただでさえ認知症の方ですので,そうしないとただ弱っていってしまうと思っています」
「機能が落ちると元の生活に戻れないので,できることはやってもらうようにはしています.ただ,自分でしていただくっていうのは限界があると思うので,自分でやるのが難しい場合は,洗面とか,食事介助とか,最低限のことができるように手伝っています」
本研究の参加者は,アパシーを精神症状の一つと捉え,認知症患者の反応の乏しさや,活動性の低下をきたす要因は症状によるものだと考えていた.したがって,無理に認知症患者の反応を引き出すことはできないと判断し,【意思や感情が生きていることを忘れずに反応を気長に待つ姿勢】をとっていた.認知症患者は認知機能に障害はあるが,意識や情動は保たれている.「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定ガイドライン(厚生労働省,2018)」においても,決断を迫るあまり本人をせかすことは避けることが求められている.アパシーのある認知症患者にとってせかされることは一層苦痛になりうると考える.認知症患者対してはアクティビティが求められることが多い.しかしながら,看護師が良かれと思った働きかけが,アパシーのある認知症患者にとってはかえって苦痛になりうることを考慮し,時間をかけて待つ姿勢が重要であると考える.
参加者は,アパシーによってその人らしさが発揮しづらいと考え,このカテゴリでは,生活史など,その人の独自性や個人本来の姿を尊重する【その人らしさを発揮できる機会の設定】を行っていた.「その人らしさ」に関して,看護学分野における概念分析では「内在化された個人の根幹となる性質で,他とは違う個人の独自性を持ち,終始一貫している個人本来の姿,他者が認識する人物像であり,人間としての尊厳が守られた状態」と定義されている(黒田・船橋・中垣,2017).この概念分析の結果や,認知症患者への支援技法であるパーソン・センタード・ケアの考えは,本研究の結果を支持する内容であった.アパシーのある認知症患者は,入院環境という制限下では一層その人らしさを発揮しづらいことを念頭に置き,生活史や自宅での生活状況に目を向け,少しでもその人らしく治療できるように環境を整えることが重要である.
参加者は認知症患者のアパシーを回復可能な精神症状と捉え,【リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用】を行っていた.リカバリーの定義は,リカバリー研究の第1人者であるAnthonyの引用が代表的であり,「その人の態度,価値観,感情,目的,技量,役割などの変化の過程である.疾患によりもたらされた制限付きではあるが,満足感のある,希望に満ちた,人の役に立つ人生を生きる道である」と述べられている(Anthony, 1993/1998).リカバリーにおいてはストレングスモデルの活用や,周囲との交流が重視されており(Leamy et al., 2011),本結果を支持している.このリカバリーは,症状の回復を示す「臨床的リカバリー」と,個人主体の回復を示す「パーソナルリカバリー」と大別される(Thornicroft, & Slade, 2014).本研究で示されたリカバリーは,パーソナルリカバリーに該当し臨床的リカバリーとは異なるものである.本人の力を信じる姿勢やその人らしさの重視,ストレングスを活かす支援はパーソナルリカバリーを目指す支援と共通していると考えられる.諸外国では,認知症患者に対するリカバリーアプローチの適用可能性や,パーソン・センタード・ケアとの共通性が指摘されている(Adams, 2010).加えて,認知症患者11名を含む精神疾患のある高齢者を対象に,リカバリーの枠組みを開発することを目的に行われたインタビュー調査において,カテゴリのコアは「continue to be me(自分らしくあり続けること)」であることが示されている(Stephanie et al., 2013).即ち,アパシーを精神症状と捉え,リカバリーの視点を持った看護実践を行うことは,認知症患者が自分らしくあり続けることを支援できると考える.
参加者は,触れたり笑わせたりすることで【情動的な反応を引き出す意図的な刺激】を行っていた.アパシーの臨床上の特徴として,感情の平板化などの情動機能低下を認める.認知症患者のアパシーに対する非薬理学的介入のシステマティックレビューによれば,多感覚刺激,音楽療法,認知刺激,ペット療法が有効であると示されている(Yan et al., 2020).認知症患者に対し,五感を刺激する様々な方略を取り入れることは,アパシーの改善が期待できると考える.
【症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント】では,せん妄のスケールを用いるだけでなく,認知症患者に生じたライフイベントなどにも目を向け,本当にアパシーによる症状かアセスメントしていた.アパシーは,抑うつ症状や活動低下型のせん妄との鑑別が必要であるが,症状が類似しており鑑別が困難である(日本うつ病治療学会,2020).各症状に対して望ましい看護実践を行うためには,医師と連携を図り,アパシーなのか鑑別を行うことが求められる.
参加者は,認知症患者の機能低下を危惧し,生活リズムが乱れないように活動を促し,日常生活を送るうえでできることは自身でやってもらうようにしていた.冒頭に述べたように,アパシーは認知症患者の日常生活機能障害と関連している.無理のない範囲で【現在の機能維持に向けた日常生活支援】を行うことで,アパシーのある認知症患者の機能維持に貢献できると考える.
2. 看護実践への示唆と展望認知症患者の徘徊や興奮などに着目し,優先的に看護を実践することは安全に過ごすうえで重要である.一方,アパシーのある認知症患者は,認知機能障害が伴い,その症状のために意思表出や活動が一層困難になる.したがって,その人らしさを尊重するといった,認知症患者の尊厳を守るうえでは,アパシーにも着目することが求められる.この際,アパシーが認知症患者に頻出しやすいことを念頭におき,見過ごさないよう心がけることが重要である.このような視点で,常日頃から認知症患者に目を向け,関わることが可能な看護師が担う役割は大きいと考える.本研究の結果は,アパシーのある認知症患者に対して看護を実践するうえで活用できると期待する.
3. 研究の限界本研究は,認知症看護の熟練者を対象とし,過去の看護実践を想起しながら得た語りをもとに,質的帰納的に分析したものである.加えて,本研究では認知症の型,発症時期,重症度など認知症患者の特徴を考慮しておらず,認知症患者が生活している場についても言及していない.したがって,本結果の翻訳可能性や普遍性を高める余地があり,参加観察を行う,認知症患者の特徴を具体的に設定した調査を行うなど,さらなる追求が求められる.
アパシーのある認知症患者に対する看護の熟練者は,【意思や感情が生きていることを忘れずに反応を気長に待つ姿勢】【その人らしさを発揮できる機会の設定】【リカバリー促進に向けたストレングスやなじみの関係の活用】【情動的な反応を引き出す意図的な刺激】【症状がアパシーではない可能性を考慮したアセスメント】【現在の機能維持に向けた日常生活支援】を行っていた.見逃しやすいアパシーの症状の特徴を考慮したアセスメントや,その人らしさを尊重できるような働きかけが重要であると示された.また,アパシーのある認知症患者を回復可能と捉える,リカバリーの視点を持った看護実践を行っており,この観点は自分らしくあり続けることを支援するうえで重要な視点である.
本研究にご協力いただいた参加者の皆様にお礼申し上げます.
本研究は,平成30年科学研究費助成事業若手研究(18K17639)の助成を受けた.
本研究における利益相反は存在しない.
TFは研究の着想およびデザイン,論文の作成,NF,YFはデータ収集と分析に参加し,論文作成への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.