Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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Experiences of Nurses whose Patients Experienced Ward Relocation: In a Private Mental Hospital
Itsuno Shigetomi
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2022 Volume 31 Issue 1 Pages 39-47

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Abstract

本研究の目的は,精神科病棟に勤務している看護師が,病棟の引っ越しを体験した患者の表す反応をどのように捉え,どのように対応したのか,また看護師にとって病棟の引っ越しはどのような体験であったのかを明らかにし,そこにどのような意味があるのかについて考察することである.

看護師は,引っ越しに直面した患者の反応を,漠然とした不安や,現実的な不安や不満,あまり関心を示さない薄い反応としてとらえていた.そうした患者の反応を見たり,関わったりすることで,看護師自身も不安や苛立ち,無力感など様々な感情を抱いていた.また,引っ越しは看護師の業務を増加させ,病院からの情報提供の遅れや引っ越し後の業務内容が変わることは看護師らを不安にさせていた.しかし,そうしたネガティブな感情であっても自身に生じた感情に気づいて,意味を把握することで,患者に素直に申し訳なさを伝えたり,気持ちを共有する,療養環境の調整をしたりするなど,ケアに活かすことができた.引っ越しをきっかけにした関わりによって患者への理解が深まったり,ケアの転機にもなっていた.引っ越しに直面した患者をケアする看護師を支えたものは,“気づかい”や“気配り”を土台とした,看護師チームの力であった.

Translated Abstract

The purpose of this study was to understand how nurses working in psychiatric wards perceived and responded to the reactions expressed by patients who experienced relocation of their ward. It clarified what their experience was, and considered what it meant.

Nurses felt various feelings such as anxiety, irritation, and helplessness by observing and engaging with the reactions of patients who faced relocation. In addition, the move increased the number of nurses’ duties, and the provision of information from the hospital was delayed, and the work changed in the ward after relocation, which made nurses anxious. However, even those negative emotions could be utilized in care by noticing their own emotions and grasping their meanings. It was also a turning point for care, such as deepening the understanding of patients through the involvement of moving and adjusting the appropriate treatment environment for patients. Supporting the nurses who care for patients who faced the relocation was the strength of the team of nurses teeming with ‘awareness’ and ‘care’.

Ⅰ  はじめに

近年,日本では建物の老朽化や医療政策などの情勢の変化に伴って病院の建て替えが進んでいる(高橋,2014).私がフィールドワークを行った病棟でも,新棟建築にともなう病棟再編成,及び病棟の引っ越しを控えていた.そしてフィールドワークを行っていると,患者たちは引っ越しを前にさまざまな反応を見せた.

療養環境の変化による患者への影響については,病棟の移転や転棟などの前後で評価尺度を用いたり,インタビューを行ったりした研究では,療養環境の変化は患者の精神症状にあまり悪い影響は与えないという報告がある(竹谷・川田・横井,1991伊賀・吉松・前田,2001飛騨ら,2003前田・三木,2007石川ら,2013).一方で,病棟新設に伴う病棟移転を説明後から拒食・拒薬など強い拒絶を示した患者が居たこと(石田ら,1999)や,病院の改装によって病棟移動した患者が混乱し,盗癖が出現して隔離制限となったこと(前田ら,2009),を報告しているものもある.

以上の文献から病棟の移転や転棟などの療養環境の変化は,多くの患者に悪影響はないが,精神状態が悪化する患者も存在することがわかる.しかし病院の大規模な病棟再編成や引っ越しに直面した患者たちの表す様々な反応を,看護師がどのように捉え,どう対応したのか,また看護師にとって病棟の再編成や引っ越しがどのような体験なのかについて焦点を当てた研究は見当たらなかった.そこで本研究では病棟の引っ越しが,看護師にとってどのような体験であったのかを明らかにしたいと考えた.

Ⅱ  研究目的

精神科病棟に勤務している看護師が,病棟の引っ越しを体験した患者の表す反応をどのように捉え,どのように対応したのか,また看護師にとって病棟の引っ越しはどのような体験であったのかを明らかにするとともに,そこにどのような意味があるのかについて考察する.

Ⅲ  研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究

2. 研究期間

フィールドワークはⅩ-1年11月からⅩ年8月までの10か月間.インタビューはⅩ年7月から8月の2か月間で行った.

3. 研究協力施設及び病棟の概要

研究協力施設は,関東近郊にある600床以上の規模の精神科病院である.この病院では,新棟A号館の建設に伴い,旧A号館の建物解体を含めた大規模な病棟の再編成が行われた.私は引っ越し前の7か月間を女性社会復帰開放病棟(以下,旧A-1病棟)で,引っ越し後の約2か月間を男女混合準急性期閉鎖病棟(以下,B-1病棟)でフィールドワークを行った.

引っ越しは旧A-1病棟の他に6病棟が対象であり,病院全体で約300名の患者が引っ越しを行った.旧A-1病棟の看護スタッフは,ほとんどメンバーの変更はなくB-1病棟へと異動した.旧A-1病棟とB-1病棟の概要は表1に示す.

表1 旧A-1病棟とB-1病棟の比較
旧A-1病棟 B-1病棟
定床 62床(内保護室2床) 60床(内保護室4床)
病棟機能 女性慢性期開放病棟 男女準急性期閉鎖病棟
看護師数 16~20名(内非常勤2~3名) 21名(内非常勤2名)

4. データ収集と分析方法

引っ越し後2か月間にB-1病棟に勤務する看護師に半構成的インタビューを行った.インタビュー内容は,引っ越しにあたっての患者の反応や病棟の引っ越しをする患者へのケア,引っ越しにまつわる看護師自身の体験である.インタビューは1人2回ずつ行い,1人当たりのインタビューの合計所要時間は92分から123分であった.分析は,Emerson, Shaw, & Fretz(1995/1998)佐藤(2002)の質的データ分析法を参照し,インタビューは逐語録に起こし,デブリーフィングセッションで逐語録全文を読み上げスーパーヴィジョンを受けた.その上で逐語録を熟読し,インタビュー内容をテーマに沿って再構成した.フィールドワークのデータはインタビューデータ内の患者の疾患名と年代の補足のために用いた.

参加者は,1施設の精神科病院に従事している看護師6名(女性4名,男性2名)であり,年齢は20歳代2名,30歳代3名,50歳代1名であった.看護師歴は3年未満が1名,3~5年が1名,6~10年が2名,16~20年が1名,21年以上が1名であり,研究協力施設勤務歴は,3年未満が1名,3~5年が1名,6~10年が3名,21年以上が1名であった.参加者の概要は表2に示す.

表2 参加者の属性
氏名 年齢 看護師歴 研究協力施設勤務歴
湯川看護師 30代 16~20年 6~10年
打海看護師 30代 6~10年 6~10年
塔上看護師 20代 6~10年 6~10年
金吉看護師 30代 3~5年 3~5年
端場看護師 20代 3年未満 3年未満

*参加者の氏名はすべて仮名

5. 用語の定義

看護師の体験:病棟の引っ越しにまつわる出来事への,認識,捉え方,感情,行動,ケアを振り返ったものとする.

6. 倫理的配慮

フィールドワークを始めるにあたり,病院管理者,病院スタッフ,病棟の患者には,研究を視野に入れたフィールドワークであることを説明し,了承を得た.

本研究は,日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認(2015–24)を受けた.研究協力施設管理者の承認を得た上で,病棟スタッフ全員を対象に,病棟カンファレンスにて研究の趣旨を文書と口頭で説明した.その後自ら研究協力の意思を申し出た者を研究参加者として選定し,再度文書と口頭で研究の主旨を説明し,署名を以て同意を得た.その際,自由意思による参加であること,断っても不利益は被らないこと,いつでも中止できることも,同意撤回書を示して説明した.またデータは個人が特定されないように全て仮名とし,具体的な情報は文脈に影響のない限り改変し,研究目的以外には使用しない事,データはパスワード及び鍵のかかる場所に保管し,研究終了後に破棄すること,個人情報の保護に努めることを保証した.インタビューの時間と場所は,研究参加者の希望を最優先した.

Ⅳ  結果

参加者の語りを何度も熟読して,コード化し,引っ越しにまつわる患者の反応,看護師自身が感じていたこと,患者へのケア,というテーマに整理した.以下,文中の斜体文字は参加者の語りを示し,語りの中略や補足は( )で示す.

1. 看護師が捉えた引っ越しにまつわる患者の反応

1) 漠然とした不安

新A号館建築について患者にどのように伝えられたのかは参加者に聞いてもはっきりせず,新A号館はいつのまにか建ち始めたと語る者もいた.患者は,新A号館の建築について病院が公表する前から,新A号館建築にともない閉鎖された院内グループホームの住人に新A号館建築のことを聞き,そのことを看護師に聞いてきたとのことであった.そして旧A号館の隣で新A号館の建築が始まり,旧A-1病棟の大部屋の日当たりが悪くなった頃から,患者の不定愁訴が増加しだしたという.

新A号館の起工式から1年近く経過した頃に,副院長と副看護部長から1か月後に旧A-1病棟が閉鎖され,新A号館建築にともない引っ越しがあると説明があった.その日から患者はなんとなく落ち着きをなくし,頓服の睡眠導入剤の使用や夜間の来看が増加したとのことであった.

結構ゆっくり夜落ち着いて寝てた人が,病棟再編成になった知らせを聞いたときからなのか,あんまりこう寝れてない人がいたりとか.覚醒が早くなったりとか.あとは,看室に何回も聞きに来たりとか.紙に書いてとか(金吉看護師).

他にも患者は,看護室を頻繁に訪れどこの病棟に引っ越すのか,引っ越ししたくない,自分には引っ越し先がないと訴えたり,隔離を行うほど精神状態が悪化するなどの反応を示したという.

2) 現実的な不安や不満

引っ越し先については,旧A-1病棟のスタッフはそのままB-1病棟へ,患者は半数がB-1病棟に,半数は3つの病棟に分かれて引っ越しすることになった.引っ越しの10日前に移動先の病棟が患者に発表されると,今度はB-1病棟以外の病棟に引っ越すことになった患者からの質問が相次いだ.

(患者の引っ越し先が)直前に決まって,直前に患者さんにお伝えして.そうそうそうそう.ワーワーなってましたけど.なんかその辺からすごい質問がいっぱい来ましたね.何で私はこっちの病棟なんですかとか(湯川看護師).

他にも,患者からは自分の飲んでいる薬が高いからみんなと同じ病棟に行けないのか,差額ベッド代はどうなるのかといった反応があったとのことであった.

3) 薄い反応

一方で引っ越しに関してはあまり関心を示さないように見える,反応の薄い患者もいたようであった.

Aさん(80代,統合失調症)とかBさん(70代,統合失調症)あたりが本当に薄くって.引っ越し一か月前に引っ越しするからお片付けお願いしますって言ったら,えっみたいな.えっみたいな感じの反応をされて.いやあ,この建物すぐ取り壊してしまうから.片づけが必要なんですって言って.(略)閉居がちな人たちだから,そういう情報を多分仕入れてないんですよね(端場看護師).

2. 看護師自身の感情

1) 引っ越しに直面した患者の立場を思いやり,申し訳なさを感じる

旧A-1病棟は,約10年前に各病棟から開放処遇で療養できる女性患者たちが集められたという経緯があり,以来10年近くここを生活の場としてきた患者が多くいた.そのため参加者は,引っ越しにまつわる患者の反応をよくわかると語っていた.

本当に慢性期の人とかって,あの建物ができた時から居るんじゃないかっていうくらいの人っているじゃないですか.なのに住み慣れた家を追い出されるみたいな感覚って,それはそわそわもするし,嫌だろうし.納得できなくはないなあっていう感じはちょっと(わかる)っていう感じですね(端場看護師).

申し訳ないっていうのは,それは一応ここの病院に属している以上,上の人が決めたこととはいえ,やっぱり自分もそういういった責任があると.どういうことかって言うと,やっぱずっと長年そこがもう家になってるじゃないですか.患者さんに.そこをなんか,急に次から移動してねみたいな感じっていうのは,確かに,病院の都合だよねって思いますね.そこはなんか申し訳ないなって(金吉看護師).

このように参加者は患者の立場になって考え,引っ越しについて不安に思う患者の気持ちに寄り添い,患者の立場を思いやっていた.

2) 患者との関わりの中で生じる不安や苛立ち,無力感

参加者は,患者の症状や繰り返される引っ越しの不安に対応することで,患者につられて自身も不安になると語り,患者の不安が自分自身に移るという人がいた.引っ越し直前のスタッフの慌ただしい雰囲気が,患者をますます不安にさせていると感じる人もいた.また,引っ越しに向けて慌ただしさを増す業務の中,患者の「どこに移動するのか」「どうして私はB-1病棟に行けないのか」という,何度も繰り返される引っ越しの不安の訴えに,はっきりとした説明ができないこと,どんなに患者の話しを聞いても患者の不安を解消することができないことについて,無力感や辛さも感じていた.

やっぱり同じ話を堂々巡りされると.うんざりしてるっていうのもあるし.で,かと言って何かかができるわけでもないし.(中略)話しって別に解決策を求めてる訳じゃなくて,もう,やっぱり同じ話をずっと聞くのは辛かったりもするし.自分自身が(端場看護師).

他にも参加者は,引っ越しを前にして徘徊が止まらなくなった患者を見て怖さを感じたり,患者がこの先もずっと落ち着かない状態が続くのではないかと不安になったと語った.

3) 情報提供の遅れにまつわる先の見えない不安

今回の引っ越しに際して,多くの参加者から語られたのは,引っ越しに関する病院からの情報提供が遅かったことである.それによって,患者はもちろん看護師も困惑し,不安になっていた.

旧A-1病棟のスタッフがそのまま全員B-1病棟に異動となることが正式に看護スタッフに伝えられたのは,引っ越しのひと月前であった.また患者の移動先の病棟が決まったのは約3週間前であり,患者に引っ越し先を伝えることができたのは10日前であった.また,引っ越し先の病棟に持って行く患者の荷物制限が伝えられたのはわずか2週間前だったので,スタッフはその対応に追われた.

こうした病院の引っ越しの段取りについて,多くの参加者は情報開示が遅いと感じており,「来月引っ越しだけど,どうすんのっていう感じで.でも上はまだ決まってないって言うし.だから,こっちも混乱で」と,不安や混乱を抱えていた.こうした状況は,患者に質問されても答えられないというジレンマを生み出し,患者,参加者,上司とのやりとりを通して,苛立ちを感じた参加者もいた.

(患者に)来られて質問されて,いや解らないよっていうところはあったんですよ.でもそれは患者さんにそういうこと言えないじゃないですか.(略)まだ決まってなかったりすると,それはそのまま述べればいいんですけど.だけどそれが引っ越しの期間が近づいてまだそれなのかなって,自分は思ったりすると,またイライラするんですよね,こっちは(金吉看護師).

また移動先のB-1病棟は男女混合閉鎖病棟になるため,参加者からは引っ越しによって病棟機能と業務内容が変化することへの不安も聞かれた.

3. 患者へのケア

1) 患者の不安を共有し,軽減する関わり

そうした中で,参加者は長年住んでいた場所を移らざるを得ない患者の立場に寄り添い,慌ただしい業務の中でも,患者の不安を軽減するような関わりを続けていた.

何で(移動先が)そこだと困るのとか,何でみんなと一緒がいいのとかって,話しを聞いていた.本当に時間があればもっとちゃんとやりたかったんですけど.多少は話し聞いてましたね.なんか.可哀想だなあって思って.ちょっと後ろめたさも自分はあったので(湯川看護師).

また別の参加者は,引っ越しに関する自分自身の気持ちを正直に患者に伝えていた.

とりあえず,私も解らないし,私も不安だしっていう,その自分の気持ちはお伝えはしたかなとは思います.私も知らないからごめんね,教えられないんだって.引っ越し,私もすごい大変だと思ってるんだよねって.だから一緒に頑張ろうねみたいなことは言った気はします(塔上看護師).

他の参加者からは,患者からの質問には,自分自身の苛立ちが患者に伝わらないように,わかっている範囲で答える,わかっている情報を患者掲示板に掲示する,引っ越しを拒否する患者に粘り強く説明を続けるといった関わりが語られた.

2) 患者と語り合い,共同作業による理解の深まりをケアに活かす

打海看護師は,個別に時間を設けて受け持ち患者の思いを聞いていた.

Cさん(70代,統合失調症)の場合は,庭で話して,でもう一回,院内喫茶へ行って,2人で話をして.担当だったから,違う環境でゆっくり話をして,本人の思うところがもしあれば聴ければなって(打海看護‍師).

打海看護師はこうした関わりによって,Cさんがいい母親であったという,今まで知らなかった一面を知ることができて,理解が深まった.

長期入院の患者の中には大量の私物を持っている者もいたが,いざ荷物を詰めてみると指定の量には収まりきらない事態が続出した.そうした患者の私物を一緒に整理していく中で,参加者は改めて患者が長期に入院しているという現実に直面して切なさを感じてい‍た.

Dさん(60代,統合失調症)とかって本当に長くいるから.赤茶けた写真みたいなのが出てくるんですよ.病棟のレクとかで撮った.すごく,若くて.結構切なくなってきちゃって,それとか見てると.20年くらいここに居るんだとか思うと,わあ切ないこれはって.クリスマス会の景品の包装紙も1個1個とってあるから.なんか普通に生活してれば,ぽいっと捨てちゃうものでも,すごい大切なものだから,余計捨てられなくなっちゃいましたね(端場看護師).

参加者はそのような状況を見て,指定された量まで荷物を減らすことができず,患者の希望に添った形で荷物整理をすることができた.

3) 引っ越しを契機とした療養環境の調整

参加者の中には,患者がよりよい療養環境に行けるように,引っ越しという機会を利用して支援を行っていた.塔上看護師は,それまで退院について前向きではなかったEさん(50代,統合失調症)に,これをきっかけに退院支援を行った.

逆にEさん(50代,統合失調症)は(引っ越しの機会を)利用して,どうせ引っ越してからまた自宅に退院するんなら,二度手間だからさっさっと自宅に戻ろうよっていうところから,結構退院のプッシュを始めたんですよね(塔上看護師).

その結果,Eさんは引っ越しの一週間前に退院することができた.他にも,アルコール治療専門病棟への転棟を渋る患者の転棟を支援した体験が語られた.

4. 看護師チームの力を感じる

引っ越し前,看護師は通常業務に加えて,引っ越し準備で多忙を極め,眠っていても病院のスタッフが夢に出てきて,仕事から離れられなかったと語る者がいた.しかし,引っ越し当日は特に大きな問題が起こることもなく,引っ越し後も予想外に患者が落ち着いていたため,参加者たちは安堵した.また別の病棟に行った患者と院内で再会したときに,笑顔で駆け寄ってくれたり,引っ越し前に隔離が行われていた患者が単独で売店に来ていたことも参加者をホッとさせた.

塔上看護師は引っ越しの準備に関しても,何をどこから手をつけてよいのか不安に感じていたとのことであった.しかしいざ準備に取りかかってみると,師長と副師長を中心に,気づいた人から気づいたことをみんなで手分けし,スタッフ同士の協力があったことを語っていた.

もう気合い入れて(患者の私物整理を)やろうと思ったら終わってたので.すごいみんなで協力して,別に自分の受け持ちじゃなくてもやっててくれてたので.その辺は皆さんにおんぶに抱っこでやっていただいちゃって(塔上看護師).

意外とその準備とかも科長さん,副師長さん辺りが全員,転棟のチェックリスト使ってやりましょうとか.危険物のチェックをあらかじめやっときましょうとかって,気づいた人から,気づいたことをどんどんやってくれてるような感じだったので.なんかそれに乗っかりながら,じゃあ手伝いますとかいう感じで.(中略)やってみたら意外とみんな手分けしてあれこれ気づいて.気づいたところからこなしてくれて.危険物チェックも1週間くらい前には終わってたし.直前の週は,じゃあ傘のチェックだけしてきますとかそんな感じでしたので.意外と準備も色んな人の目があってよかったなっていうのは思いましたね(塔上看護師).

そうした経験から,引っ越しを通して看護師チームの力を感じた参加者もいた.

結構自分が抜けてる部分をパパッとやっといてくれたりする方が結構多いんですね.それで支えられてるけど.自分が気づいていない部分って多いと思うんで,ありがたいなあって思うんですけど.(無事に引っ越しできたのは)みんなの力ですよ.本当に.みんなよくやったなあって思って(湯川看護師).

他にも参加者からは,スタッフの提案で,引っ越し先のB-1病棟の見学ツアーや,閉鎖病棟における注意事項等のオリエンテーションを行ったことが語られた.

Ⅴ  考察

1. 患者と関わるなかで生じた看護師の感情の意味

今回の結果からは,看護師もまた患者に関わることで,不安や苛立ち,無力感を抱いていたことが明らかになった.それは引っ越しにまつわる患者たちの複雑な感情を受け止め,患者を理解していたためだった.そもそもこうして患者と看護師が同じような感情を抱くことは,精神分析では「投影同一化」という概念で説明されている.藤山(2002)はBionのいう投影同一化について,「主体(乳児/患者)から投影された恐れ,怒り,軽蔑などの情緒はもはや投影の主体である患者/乳児によって体験されず,分析家/母親によって体験される.対人的な相互作用のなかで,分析家/母親の中にそうした体験が喚起される」と述べている.つまり参加者たちが感じた不安や怖さ,苛立ち,無力感,申し訳なさは,まさに患者たちが感じていた感情とも言えるのである.

また,参加者が語っていた申し訳なさは,患者への「罪悪感」と言い換えられる.武井(2005)は,乳児の心の発達段階における「罪悪感」の意義について,罪悪感から他者への償いの気持ちや思いやりといった,人間関係に不可欠な心の働きが生まれてくると述べている.つまり参加者が患者との関わりの中で生じた申し訳なさから逃げることなく,しっかりと受け止めたことは,引っ越しに直面した患者たちへのケアを行う上で欠かせないことであった.参加者たちが患者の立場に立ってこの引っ越しについて考え,申し訳ない気持ちを持っていたからこそ,参加者は引っ越しに関する膨大な業務をこなしながらも,自分たちが持っている僅かな情報を患者に伝えたり,患者の引っ越しに対する思いを聞き,不安を共有するというケアを行うことができたのである.

2. 引っ越しの体験をケアに活かす

通常業務を行いながらの引っ越しは,それにまつわる患者の不安に対応したり,引っ越しにともなう大量の業務もこなさなくてはならず,眠っていても仕事から離れることができない参加者が出るほど大変なことであったが,この体験が参加者のケアにもたらしたものもあった.

1) エモーショナル・リテラシーの活用

参加者が自分自身の気持ちの動きを敏感に感じ取っていたのは,精神科で働く看護師ならではだが,そうした自分自身の気持ちへの気づきは,引っ越しにまつわる患者のケアへ活かされていた.

今回の結果では,参加者が自分に苛立ちが生じていることを感じ取って,そのことを表現しないようにしたり,素直に患者に申し訳ない気持ちを伝えたり,患者にスタッフ自身も不安であることを伝え不安を共有していた.このことは,参加者たちの「エモーショナル・リテラシー」という力であるといえる.

「エモーショナル・リテラシー」とは,「感情を正確に受け止め,評価し,そして表現する能力」「ある感情にアクセスしたり生み出したりする能力」「感情や感情的知識を理解する能力」「感情的及び知的発展を促すために,感情をコントロールする能力」という定義がなされている(坂上・アミティを学ぶ会編,2002).また宮本(2005)は①自分がいま体験している感情を識別する能力,②感情の意味を把握できる能力,③状況にふさわしい感情表現のできる能力,の3つの要素からなっていると述べている.すなわち参加者は,自身がいま体験している感情を識別し,感情の意味を把握し,状況にふさわしい感情表現を行っていたといえる.今回の参加者たちには「エモーショナル・リテラシー」を活用できたため,気づいた感情をケアに活かすことができたのである.

2) 患者理解の深まり

引っ越しは参加者の勤務時間を多く占めることになったが,同時に患者の理解を深める機会にもなっていた.例えば引っ越し前に担当患者と面会室や院内喫茶店に行くなど,個別に時間を設けて引っ越しに関する思いを聞いた参加者にとって,そうした時間は患者への理解を深める時間となっていた.

また,患者と共に私物を整理することは,参加者にとって改めて患者が長期間入院しているという現実に向き合うことになっていた.患者と一緒に荷物を整理し,切なさを感じたりしたからこそ,普段は捨てるような物であっても,患者にとっては一つ一つが大切なものであるということが解ったのである.そうした患者の思いを知ったことで,病院の方針とは異なったが,患者の大切な私物を捨てることはしないということに繋がっていた.

こうして,患者と密に関わったり患者の私物の整理を一緒に行うことで,長期に渡って入院しているという患者の現実と向き合ったり,普段とは違う患者の一面を見たりすることとなり,引っ越し前の患者との関わりは参加者にとって患者の理解を深めるものとなっていた.

また参加者の中には引っ越しを良い機会としてとらえ,患者に合った治療病棟への転棟や,あまり退院に前向きではなかった患者の退院支援を行っていた場合があった.病院全体での減床をともなう病棟の引っ越しに直面するということは,否応なしに患者の移動先を考えることとなり,そのことが,適切な治療病棟への転棟や退院支援に繋がるきっかけとなったものと考えられる.

3. 看護師を支えたチームの力

今回の引っ越しでは,参加者の「エモーショナル・リテラシー」の高さもさることながら,患者や看護スタッフ自身を支えた看護チームの力も,大きな役割を果たしていた.

参加者は無事に引っ越しができたことについて「みんなの力ですよ.本当に」とチームの力を感じたことを述べ,他にもスタッフが協力して引っ越しの準備を行うことができたことが語られた.そうしたスタッフ同士の“気づかい”“気配り”が,引っ越しに直面した患者のケアを行うスタッフ自身を支えたと考えられる.

Smith(1992/2000)は,“ちょっとしたこと”や“気づかい”“気配り”が“ケアリング”であることを述べている.その上で病棟管理者について,マネジメント能力や技術的な有能さや高い仕事の基準は,病棟管理者として重要な要素であるが,もっとも重要なのは“ケアリングという面”が不可欠であり,それによって,部下に感じていることを表現させ,患者たちの気分を良くさせるとも述べている.

つまりそうした病棟の“気づかい”や“気配りの”の雰囲気には,病棟管理者である師長,副師長の姿勢も欠かせないものであった.インタビューで語られた,引っ越し前のB-1病棟の見学ツアーや,指定の量を超えて患者の私物を引っ越し先に持って行ったということは,師長の理解なくして実現できなかったことである.佐々木(2015)は,チーム・エンパワメントの先行要件の一つとして,「スタッフの意見の病棟運営への反映」を挙げている.また,「上司の支持的行動」が「同僚との良好な関係」に繋がるという報告もある(高山・竹尾,2009).スタッフの意見を引っ越しに関連した業務や準備に反映させたことは,病棟管理者がスタッフに感じていることを表現させていたということでもあり,チーム・エンパワメントに欠かせないものであっ‍た.

結論

看護師は,引っ越しに直面した患者の反応を,漠然とした不安や,現実的な不安や不満,あまり関心を示さない薄い反応としてとらえていた.そういった患者の反応を見たり,関わったりすることで,看護師は不安や苛立ち,無力感など様々な感情を抱いていた.そして引っ越しという一大イベントは,看護師の業務の負担を増し,病院からの情報提供が遅れたこと,引っ越しにともない看護師の勤務する病棟や業務内容が変わることは看護師に大きな不安を生じさせていた.しかし今回の研究では,そうしたネガティブな感情であっても,自身に生じた感情に気づいて,意味を把握することで,患者に素直に申し訳なさを伝えたり,気持ちを共有するなどの,ケアに活かすことができることがわかった.

また引っ越しは看護師にとってただ負担となったのではない.引っ越しをきっかけにした関わりによって患者への理解が深まったり,患者の療養環境の調整をしたりするなど,ケアの転機にもなっていたのである.また,そうした看護師を支えたものは,病棟管理者の支持的な態度と“気づかい”や“気配り”を土台とした,看護師チームの力であった.

研究の限界と今後の課題

本研究は一施設の一病棟の看護師6人の引っ越しから1,2か月後の語りを基に導き出したものである.彼らの体験には施設や病棟の文化や特性,そしてインタビューを行った時期が大きく影響している可能性がある.また看護師としての臨床経験など個人的な特性も影響すると考えられるが,本研究では検討していない.以上のことを踏まえ,今後さらに検討を重ねる必要があると思われる.

謝辞

本研究を行うにあたり,ご協力いただいた参加者の皆さま,病院の皆さま,フィールドワークで出会った患者の皆さまに心から感謝申し上げます.

本研究は日本赤十字看護大学大学院看護学研究科に提出した,修士論文を加筆・修正したものであり,第27回日本精神保健看護学会学術集会において発表し‍た.

著者資格

SIは,研究の着想およびデザイン,論文の作成,データ収集と分析を行った.最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
  • Emerson, E., Shaw, L., & Fretz, R. (1995)/佐藤郁哉,山田富秋,好井裕明(1998).方法としてのフィールドノート―現地取材から物語作成まで.301–354,新曜社,東京.
  • 藤山直樹(2002).投影同一化,小此木啓吾,北山 修,牛島定信,他(編).精神分析辞典.364,岩崎学術出版,東京.
  •  飛騨 明美, 坪井 富士子, 柵 昌美,他(2003).病棟移転に伴う慢性統合失調症患者の不安に関する一考察.北陸神経精神医学雑誌,17(1), 9–14.
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© 2022 Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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