2022 Volume 31 Issue 2 Pages 28-37
本研究の目的は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への看護実践を明らかにすることである.5年以上の精神科病棟での経験,且つ3年以上の精神科救急病棟での経験を有する看護師8名を対象とし,参加観察と半構造化面接を行った.分析の結果,46のサブカテゴリと16のカテゴリ,4の大カテゴリにまとめられた.看護師は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者の保護室入室から退室まで『判断した精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う』ことを基盤として,急性期症状が常に見られる時には『安全に行動制限を行いながら生活支援を行う』,患者と疎通が取れる時間が増えてくると『安心を提供しながら回復のための安静を維持する』,日常生活が自立してくると『日常生活を見守りながら退院支援につなげる』という患者の精神機能の回復に合わせた看護実践を行っていた.
The objective of this study was to evaluate the nursing practice for patients with schizophrenia admitted to the seclusion room of the psychiatric emergency ward due to acute symptoms. Observations and semi-structured interviews were conducted on eight nurses with 5 or more years of experience in the psychiatric ward and 3 or more years of experience in the psychiatric emergency ward. Based on this analysis, they were grouped into four major categories, 16 categories, and 46 subcategories. The nurses “relaxed the restrictions according to the judged mental function” for patients with schizophrenia from their admission to the seclusion room of the psychiatric emergency ward due to acute symptoms until the patients left the room. Based on this premise, the following events were practiced: (1) when acute symptoms were observed throughout, the nurses “provided support for daily living activities while carrying out behavioral restrictions safely”, (2) with the availability of more time to communicate with the patient, the nurses “maintained patient rest for recovery while providing reassurance”, and (3) when the patient started carrying out their own daily life independently, the nurses “supported the patient in preparing for the discharge plans while observing their daily life.” These indicated that nurses carried out nursing practice based on the recovery of the patients’ mental function.
精神科救急入院料病棟(以後,精神科救急病棟)とは,2002年から2022年改定までの診療報酬に定められていた病棟である.病棟に医師が入院患者16人に対し1人以上常勤していること,精神保健指定医が病院に5名以上常勤していること,精神保健福祉士が2名以上常勤していること,看護師は常時10:1以上であること,病棟の病床数は60床以下で,そのうち保護室を含む個室が半数以上を占めていること,年間の入院患者の6割以上が非自発入院であること,6割以上が3ヶ月位内に退院し在宅へ移行することなど(保医発0305第2号),精神科病棟の中では高い施設基準と人員配置基準を満たす病棟であり,精神科救急医療で中心的な役割を担ってきた病棟である.精神科救急病棟では,保護室を中心にした個室で集中的な治療と看護により,急性期にある患者の病状を早期に回復する支援を行ったのち,患者の急性期症状が回復したあとは地域生活促進のためのリハビリテーションと退院支援が行われる.
精神科病棟の保護室における隔離患者数は増加しており(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所.精神保健計画研究部.精神保健福祉資料630.以後,630調査),この背景には精神科救急病棟の増加と,精神科救急病棟では非同意的入院が多く,重症度が高いことが保護室を使用する患者数の増加と関係していると考えられている(斎藤ら,2019).また,精神科病院の入院患者の中では統合失調症患者が最も多い(630調査).以上から,精神科救急病棟における治療と看護において,保護室に入室している統合失調症患者への看護実践の重要性は増していると考える.
統合失調症患者は,急性期症状による命令的内容や批判的内容の幻聴により,させられ体験的な問題行動や恐怖による防衛的な攻撃行動が認められ(澤,2012),急性期にある統合失調症患者への看護実践では,些細な刺激により患者の精神症状が悪化して日常生活に影響することから,刺激の調整をして患者の安全を守りながら回復を支えるために,やむをえず保護室を使用しなければならないことがある.
急性期症状により保護室に入室している統合失調症患者への看護実践としては,患者の孤独や苦痛を緩和して脅かさないための会話の技術についての研究(三浦ら,2015),保護室内で威嚇状態や暴力のある患者への看護介入の実態を調査した研究(山田ら,2010),日中の開放観察が可能と判断する基準についての研究(西元・堤,2014)があり,患者への対応の一場面に焦点を当てた研究と,日中の隔離室開放や退室の判断基準に焦点を当てて保護室入室期間の短縮化を検討した研究はみらたが,急性期症状により保護室に入室している統合失調症患者への看護実践について,統合的に明らかにした研究は見当たらなかった.急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者の看護実践が明らかになれば,精神科救急病棟における統合失調症患者への看護実践の質の向上に役立つとともに,今後の研究のための基礎的資料になると考える.
以上から,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への看護実践を明らかにすることを目的に本研究を行うことにした.
DSM-V(2014)における統合失調症の急性エピソードとは,妄想,幻覚,まとまりのない発語,ひどくまとまりのない,または緊張病性の行動,陰性症状のうちから2つ以上の基準を満たす期間のことを言うことから,本研究における急性期症状とは,DSM-Vの急性エピソードの基準を満たしている状態とした.保護室とは,精神科看護ガイドライン(2011)に基づき,「精神運動性興奮等のときに使用する,内側から本人の意思によっては出ることができない閉鎖的環境の個室」とした.
以上を踏まえて,本研究における急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者とは,統合失調症の急性エピソードによる自傷他害のリスクのために精神科救急病棟入院直後に保護室に入室したのち,一度も退室したことがない患者とした.
2. 看護実践日本看護協会(2007)の看護に関わる主要な用語の解説の定義に基づき,「看護師が急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統 合失調症患者に働きかける全ての行為」とした.
質的記述的研究
2. 対象者近畿圏2都道府県で,精神科救急病棟のある公立あるいは私立の精神科病院4病院に勤務する,精神科病棟での看護経験が5年以上で,精神科救急病棟の看護経験が3年以上ある看護師を対象にした.
3. データ収集方法:参加観察と半構造化面接 1) 参加観察1つの病院で1~2日,約8時間(日勤勤務帯),研究者は対象者である看護師の看護実践について参加観察を行った.研究対象者の所属する精神科救急病棟は,保護室とホールで構成される保護室エリア,総室とホールで構成される総室エリアがあり,患者は回復の状態に応じて,保護室エリアの保護室退室後は総室エリアの総室へ移り退院となるが,後方支援病棟や他病院へ移り退院となる場合もある.参加観察は保護室エリアで行った.
データ収集は対象者である看護師の看護実践のみについて行った.対象者が条件に該当する患者への看護実践を行う際に,研究者が患者については見えない位置から対象者の言動を観察して研究ノートに記述した.
2) 半構造化面接観察後に半構造化面接を行った.面接では,対象者の特性として看護師経験年数,精神科での看護経験年数,精神科救急病棟での看護経験年数をたずねた.保護室エリアでの参加観察内容をもとに,観察した看護実践における対象者の目的や意図,研究者が観察できなかった保護室内での看護実践内容と具体的な会話及びその目的や意図,観察日以外の看護実践とその目的及び意図,急性期症状により保護室に入室している統合失調症患者へ普段から行っている看護実践について,45分程度語ってもらった.
4. データ収集期間2018年7月~2018年8月.
5. データ分析方法観察した言動を記録したノートと,面接によって得られた録音内容を逐語録に起こしたものをデータとした.言動に関する目的,意図,思考内容などを照らし合わせ,看護実践の意味ごとにコード化し,類似するコードを集め名前を付け,サブカテゴリとした.サブカテゴリを判断と実践に分類し,判断内容,実践内容ごとにカテゴリ化した.抽出したカテゴリの関係性を検討し,看護実践を構造化した.カテゴリの内容について,協力の得られた対象者に,保護室で行っている看護実践が反映されているかを確認し,信頼性の確保を行った.
6. 倫理的配慮本研究は,大阪府立大学大学院看護学研究科研究倫理委員会の審査を受け,承認を得て実施した(申請番号29-48).研究協力について病院倫理委員会の承認を得られた施設の看護責任者に,対象となる看護師の紹介を依頼した.対象者には研究参加は自由意思であり不参加や途中辞退による不利益はないこと,答えたくないことには答えなくて良いこと,保護室エリアでの観察時には研究者は患者から見えない場所に位置し,看護実践の妨げにならないよう観察すること,対象者の指示に従って観察は行い,患者と看護実践に支障が出る場合は,速やかに観察を中止してその場を離れることなどを文書と口頭で説明し,書面にて同意が得られた人を対象とした.患者に影響を与えないよう,患者から見えず,看護実践の妨げにならない観察位置について,どこまで対象者に近づいて良いか,保護室エリアのどこで観察するのが良いのかを,対象者と精神科救急病棟の看護師長にも随時相談をしながら研究を行った.
研究参加者は4病院に所属する8人(男性5人,女性3人)で,精神科での看護師経験年数の平均は12.3年(±4.7年),精神科救急病棟での経験年数の平均は5.4年(±1.7年)であった.
2. 急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への看護実践データから421の看護実践内容を抽出してコード化し,46のサブカテゴリと16のカテゴリ,4の大カテゴリにまとめた(表1).以後,『大カテゴリ』を代表する《カテゴリ》を抜粋し,〈サブカテゴリ〉と[コード]の抜粋,「データ」で例を示しながら説明する.なお,( )は記述内容を明確にするために,研究者が補足した内容である.
大カテゴリー | カテゴリー | サブカテゴリー |
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判断した精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う | 客観的な観察から精神機能の状態を判断する | 日常生活での集中度を見る |
刺激への反応から精神機能の状態を判断する | ||
会話から精神機能の状態を判断する | 質問への回答内容から病的体験に囚われていないかを判断する | |
約束守るなどの自己コントロール力の回復状況から精神機能の状態を判断する | ||
行動化を客観視できるかで精神機能の状態を判断する | ||
会話から精神機能の状態の情報収集をする | ||
精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う | 精神機能状態の回復に合わせ,行動制限の解除を検討する | |
段階的な行動制限の緩和を行う | ||
安全に行動制限を行いながら生活支援を行う | 安全に行動制限を行う | 拘束の安全性をモニタリングする |
拘束の必要性を判断する | ||
拘束の身体への影響を管理する | ||
自傷予防に,持ち込みを制限する | ||
隔離中の安全をモニタリングする | ||
検温と同時に危険物をモニタリングする | ||
飛び出しを予防しつつ退室する | ||
食器が危険物にならないよう注意する | ||
援助中の看護師の安全を確保する | 興奮時は,入室前から危険予防をする | |
距離を取りながら入退室する | ||
入室中も危険に備える | ||
興奮時は最小限の刺激で対応する | ||
確実に投薬を行う | 服薬に向けた工夫をする | |
確実な服用を確認する | ||
投薬の方法を検討する | ||
拘束のまま生活援助を行う | 興奮時は,拘束のまま清潔を保つ | |
拘束のまま食事介助する | ||
拘束を一部解除し食事介助する | ||
栄養状態を保つ | 摂取量を上げる為の工夫を行う | |
多飲水傾向のモニタリング | ||
水分補給の工夫を行う | ||
経口摂取は食事も水分も無理に勧めない | ||
経口摂取以外の方法を検討する | ||
環境を整える | 採光,室温,臭気に配慮した環境整備を行う | |
安心を提供しながら回復のための安静を維持する | 安心を提供する | 不満や不安を軽減する |
症状による不安や恐怖を和らげる | ||
患者の内面を確認する | ||
十分な安静を保つ | 安静確保のため,頓服を活用する | |
最小限の刺激で安静を保つ | ||
制限を解除し付き添う | 食事中は拘束を解除する | |
保清時は拘束を解除する | ||
入浴中,身体と様子の観察を行う | ||
薬の効果と副作用をモニタリングする | 薬の副作用の有無を確認する | |
症状の日常生活への影響の減少から薬効を確認する | ||
日常生活を見守りながら退院支援につなげる | 日常生活行動を見守る | 一人での入浴,口腔ケアを見守る |
退院に向けて情報収集を行う | 再入院の予防策を見つける | |
回復や薬効を意識付ける | 回復を意識付ける | |
服薬の効果を意識付ける |
『判断した精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う』は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調患者に対し,看護師が常に精神機能の査定を行うと同時に,精神機能の状態の回復に合わせて行動制限の緩和をしながら関わっていたことを表す大カテゴリで,《客観的な観察から精神機能の状態を判断する》《会話から精神機能の状態を判断する》《精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う》の3カテゴリから構成された.
(1)《会話から精神機能の状態を判断する》看護実践では,看護師は患者との会話の内容の辻褄があっているか,病的体験に囚われていないか,また患者と行動化を振り返るなど,会話の内容から患者の精神機能について観察を行って,病状と回復の程度について判断していた.
〈質問への回答内容から病的体験に囚われていないかを判断する〉,[問いかけに返ってきた返事が,辻褄が合わない,迂遠になっていないかなどから,病的体験に囚われていないかを判断する]では,ある対象者は「投げかけた話に対しての回答が,例えば,まとまりがあるか,話が迂遠になっていないか,ちゃんとした会話が成立するのかっていうのは,病的体験に囚われていないか分かりやすいので.」と,看護師は患者への問いかけに対する返事の内容が病的体験に囚われていないかなど,会話の内容から患者の病状と回復の程度について判断していた.
(2)《精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う》看護実践では,看護師はカンファレンスで判断した患者の精神機能の状態に合わせた制限緩和を検討し,精神機能の状態に合わせて段階的に制限緩和を行っていた.
〈精神機能の状態の回復に合わせ,行動制限の解除を検討する〉,[カンファレンスで行動制限を解除できないか話し合う]では,ある対象者は「薬入って落ち着いたらなるべく早く解除の方向に,(カンファレンスで)この時間(拘束を)外してみようってなって,そこで落ち着いていたら,ある程度時間延ばして,もう一日(拘束を)取って,もう解除してどうでしょうかってドクターと相談するような感じで.」と,看護師はカンファレンスで患者の回復の程度について話し合い,患者の精神機能の状態に合わせた制限緩和を検討していた.
2) 『安全に行動制限を行いながら生活支援を行う』『安全に行動制限を行いながら生活支援を行う』は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者の急性期症状が常にみられる時期の支援を表す大カテゴリで,《安全に行動制限を行う》《援助中の看護師の安全を確保する》《確実に投薬を行う》《拘束のまま生活援助を行う》《栄養状態を保つ》《環境を整える》の6カテゴリから構成された.
(1)《安全に行動制限を行う》看護実践では,看護師は拘束中の患者の拘束帯の緩み,循環障害,神経障害の有無などを確認する,自傷や自殺企図予防のため持ち込む物を制限するなど,患者の安全に配慮した行動制限を行っていた.
〈拘束の身体への影響を管理する〉,[拘束を一時解除した時に,皮膚トラブルがないか,拘縮がないかを同時に観察する]では,ある対象者は「拘束を外した時に,皮膚トラブルがないかとか,拘縮がきてないかとか,そういうところ注意して観察していますかね.」と,看護師は拘束を一時解除した際は,拘束帯による皮膚トラブルの有無を観察するなど,拘束が患者の身体に及ぼす影響を管理していた.
(2)《拘束のまま生活援助を行う》看護実践では,看護師は患者を拘束したまま,または拘束の一部を解除し食事介助や清拭を行うなど,拘束を全て解除せず,患者の安全を確保したまま生活援助を行っていた.
〈興奮時は,拘束のまま清潔を保つ〉,[部分的に拘束を解除して清拭する]では,ある対象者は「(拘束を)外すと危険な人とかは清拭で,指示が入らない人ですね.指示がちょっと入る人は,(拘束を)上(半身)だけ先ず外して,着替えて,上(半身)括って,で,下(半身)みたいな感じで(清拭をする).」と,看護師は患者が興奮しており,拘束を解除することができない場合,拘束のまま患者の安全を確保しつつ清潔を保っていた.
3) 『安心を提供しながら回復のための安静を維持する』『安心を提供しながら回復のための安静を維持する』は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者が,急性期症状だけではなく患者の疎通が取れる時間が増えてくる時期の支援を表す大カテゴリで,《安心を提供する》《十分な安静を保つ》《制限を解除し付き添う》《薬の効果と副作用をモニタリングする》の4カテゴリから構成された.
(1)《安心を提供する》看護実践では,看護師は患者が入院の必要性を理解できず,その不満,やり場のない気持ち,妄想による不安や恐怖の感情に焦点を当て和らげることで,患者に安心を提供していた.
〈症状による不安や恐怖を和らげる〉,[妄想の内容ではなく,妄想により辛いといった感情に焦点をあてる]では,ある対象者は「(妄想の内容を)具体的に,何々がとか(聞くの)ではなくて,その心の感情っていうんですか,怖いとかね.あと,テレビで自分の悪口を言われてる,その辛いとか,怖いとか,悲しいとかっていうところに焦点を当ててあげることは意識してますね.」と,看護師は患者の妄想の内容ではなく,不安や恐怖の感情に焦点を当て,症状による患者の不安や恐怖を和らげていた,
(2)《十分な安静を保つ》看護実践では,看護師は落ち着かない患者には安静を促すため,必要性を考え頓服を勧める,刺激を遮断し,静かな環境を提供することで,患者の回復に必要な十分な安静を確保していた.
〈安静確保のため,頓服を活用する〉,[落ち着かない患者には,安静を促すため頓服を使う]では,ある対象者は「ほんとに急性期でしんどい人とか,暴れている人には安静ですよね.(安静を促すため)頓服ちょっと使ってみましょうという感じで勧めたりとか,刺激はいれません.」と,看護師は,落ち着かない患者には刺激を遮断し安静を促すため,必要性を考えて頓服を勧めていた.
4) 『日常生活を見守りながら退院支援につなげる』『日常生活を見守りながら退院支援につなげる』は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者の急性期症状が残存しながらも,日常生活行動が徐々に自立に向かっている,保護室退室が近い時期の支援を表す大カテゴリで,《日常生活行動を見守る》《退院に向けて情報収集を行う》《回復や薬効を意識付ける》の3カテゴリから構成された.
(1)《退院に向けて情報収集を行う》看護実践では,看護師は患者の入院前の行動を振り返る,患者の思いを聞く事など,退院に向けて再入院を予防するための対処法につなげる情報収集を行っていた.
〈再入院の予防策を見つける〉,[再入院しないための対処法につなげるため,振り返りを行う]では,ある対象者は「入院前の調子のところとか,お薬への思いであったりとかを聞いていきますかね.それと,本人の困りとかも聞くようにしてますね.(中略)病識のない人も多いじゃないですか.そういうところを培ってもらったりとか,再入院しないためにっていうところを目標として,振り返りをやっているので.そうならないような対処方法とかに繋げていったりとかしたいんですよね.」と,看護師は患者の入院前の行動,薬への思いなどを振り返ることで,再入院を予防するための対処法につなげる情報収集を行っていた.
(2)《回復や薬効を意識付ける》看護実践では,看護師は入院時からの変化を尋ねること,回復してきていることを伝える,服薬による変化をたずねることで,服薬の効果を意識付けるなど,回復や薬効を意識付けていた.
〈回復を意識付ける〉,[回復を意識してもらうため,入院時や昨日に比べ,今はどうかを尋ねる]では,ある対象者は「眠れるようになってるかとか,こんな風に見受けますけどとか.落ち着いてきてるのが見えてきたら,それを返して.(中略)昨日こんな感じやったんですけど,今日どうですかみたいな.入院時と比べて,今はどのように感じますかとか.」と,看護師は患者に入院時に比べ今はどう感じるか,昨日に比べて落ち着いていると伝えることで,患者の回復を意識付けていた.
3. 急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への保護室での看護実践におけるカテゴリの構造大カテゴリを用いて,保護室内での支援の構造を図1に示した.
急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への保護室内での支援の構造
看護師は,患者の保護室入室から退室までを通して,《客観的な観察から精神機能の状態を判断する》《会話から精神機能の状態を判断する》ことで,《精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う》という『判断した精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う』ことを基盤にした看護実践が行われていた.
看護師はそのうえで,急性期症状が常に見られる時には,《安全に行動制限を行う》《援助中の看護師の安全を確保する》ことで,患者の安全と看護師の安全を確保しながら,《拘束のまま生活援助を行う》ことや《環境を整える》という看護実践をしていた.さらに様々な工夫により《栄養状態を保つ》ことで身体的な安全を確保し,精神状態安定に向けて《確実に投薬を行う》援助を実践することで,『安全に行動制限を行いながら生活支援を行う』ことを行っていた.
急性期症状だけではなく患者と疎通が取れる時間が増えてくると,看護師は不本意な入院による不満や症状による不安の緩和に向けた《安心を提供する》ことを行いつつ,回復に必要な《十分な安静を保つ》ことで回復の促進を図り,日常生活行動を安全に行えるように《制限を解除し付き添う》ことや《薬の効果と副作用のモニタリングをする》実践を行うことで,『安心を提供しながら回復のための安静を維持する』ことを行っていた.
そして,急性期症状が残存しながらも,日常生活行動が徐々に自立してくると,看護師は《日常生活行動を見守る》ことを行い,《回復や薬効を意識付ける》ことを行っていた.同時に,再入院を予防するための《退院に向けて情報収集を行う》ことを行い,『日常生活を見守りながら退院支援につなげる』ことを行っていた.
看護師は患者の保護室入室から退室まで,1.患者の精神機能の状態に合わせた制限緩和の検討を看護実践の中で行っていたこと,2.患者の精神機能の状態に合わせた看護実践を行っていたこと,加えて3.保護室入室中から退院支援を視野に入れた看護実践を行っていたことが,本研究での急性期症状により保護室に入室した統合失調症患者への看護実践の特徴と考えたので,これら3点について考察で述べる.
1. 患者の精神機能の状態に合わせた制限緩和の検討についての看護実践精神科病棟の看護師は,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者へ,常に患者の精神機能の状態に合わせた制限緩和をカンファレンスで検討しながら看護実践を行っていた.
富田ら(2016)は,精神科救急病棟に入院した患者への速やかな隔離解除に向けた看護実践を報告しており,森・後藤(2019)は,精神科救急病棟で勤務する看護師が隔離解除を提案する際の判断基準について報告している.これらの研究は,精神科救急病棟で保護室に入室する患者の看護において,看護師が患者の制限緩和を意識していることを示すと考えられるが,本研究の結果では,保護室に入室している統合失調症患者への看護実践の中で,看護師がカンファレンスでこれらを話し合うという行動で明確に実践していた.この理由としては,精神科救急病棟の診療報酬基準において入院期間3ヶ月以内に退院を目指す必要があることや,限られた保護室で病棟運営をしなければならないことが影響していると考えられた.
2. 精神機能の状態に合わせた看護実践精神機能は,意識,注意や知覚,記憶や知的能力,思考,感情,意志や意欲などの要素から成っているため,精神症状は,意識の障害,注意の障害,記憶の障害,思考の障害,感情の障害,意欲の障害などとして現れる(白石,2018).本研究結果において,思考の障害による話の迂遠の程度,知覚の障害である幻聴による日常生活への影響の程度といった観察から,看護師は精神機能の状態を査定しながら,精神機能の状態に合わせて看護実践を変えていた.急性期症状が常にみられる時は,患者の心身の安全を守ると同時に,看護師の安全を確保しつつ,食事や保清などの日常生活行動の直接介助を行い,急性期症状だけでなく患者と疎通が取れる時間が増えてくると,薬の効果と副作用のモニタリングを行いながら,患者の安心・安静を担保して回復を促し,急性期症状が残存しながらも,日常生活行動が徐々に自立してくると,日常生活行動を見守りつつ,回復を意識づけ,情報収集を行って再入院を予防するための支援につなげる看護実践を行っていた.このことから,精神科救急病棟の保護室では,急性期状態にある患者の精神機能の状態をより細やかに捉えて,変化していく患者の精神機能の状態に合わせた看護実践をしていくことが必要であると考えられた.
藤田(2016)は,急性期病棟における統合失調症患者のクリニカルパスの中で,患者が保護室を使用している可能性が高い入院後0週の看護師のケアを,身体拘束時の身体症状観察を含む身体症状観察,精神症状観察,食事と排泄コントロールと保清の生活援助,環境調整と睡眠援助のケアとしている.本研究結果でも,身体症状観察をのぞく,精神症状観察,生活援助と睡眠・休息調整,環境調整について,看護師は看護実践の中で行っていた.
身体症状と身体機能観察について本研究結果内では,栄養摂取や保清支援など身体への働きかけを行っている結果が得られたが,精神機能のように身体症状の観察結果をカンファレンスなどで話し合い,身体症状に合わせてケアを変化させるといった,明確な看護実践としての結果は得られなかった.
この理由としては本研究の対象者数とデータ収集時間が限られていた影響により,観察,インタビューに偏りが生じている可能性もあると考える一方,今後検討が必要な看護実践である可能性も考えられた.
3. 保護室のうちから退院支援を考えた看護実践は始まっている本研究結果では,保護室退室を意識した時期から,制限緩和だけでなく,《退院に向けて情報収集を行う》などの退院支援を考えた看護実践を始めていた.
中野ら(2017)は,精神科救急病棟の退院調整についての研究で,入院時から退院に向けたアセスメント・計画的支援が不十分という報告をしているが,今回の本研究結果において看護師は,保護室の急性期にある患者に対して,退院支援につなげることを意識して情報収集するという看護実践を始めていた.精神科救急病棟の看護において,入院後早期から退院支援ケアを行うことについて,看護師の意識が高まりつつあるのではないかと考えられた.
4. 看護への示唆と今後の課題本研究結果の,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への看護実践は,精神科救急病棟における臨床看護師の教育と,患者への看護ケアの向上に役立てることができる.
なお,今回の研究結果において看護師は,精神機能の回復が見られる中で,患者を安心させるケアを行ってはいたが,急性期症状が常にみられる時期には安全を意識したケアを行っていた.Faschingbauer, Peden-McAlpine, and Tempel(2013)は,隔離経験のある患者に面接調査を行い,隔離されることに対する患者の反応の大半は,不安,怒り,屈辱などの感情であること,患者の気持ちや個々の問題について話し合うことを希望していることなどを報告していることから,患者の苦痛を緩和するケアについては,本研究結果に加えて保護室入室時点から意識して行う必要があると考える.
本研究の面接では,カンファレンス以外は患者への直接援助のみを語ってもらったため,看護師の葛藤,困難などは語られておらず,急性期症状により保護室に入室している統合失調症患者への看護実践が統合的に明らかになったとは言えない.今後は,それらを語ってもらうことで,急性期症状により精神科救急病棟の保護室における看護実践が統合的に明らかになると考える.
本研究の結果に現れなかった入院初期の患者を安心させるケアと,身体機能観察については,対象者数とデータ収集時間が限られていた影響により,観察,インタビューに偏りが生じている可能性もあると考えられることから,今後はデータ数を増やして研究を行うことが必要である.また本研究結果を,アクションリサーチや介入研究につなげて,患者へのより良い看護実践の開発につなげていくことが必要と考えられた.
本研究の結果より,急性期症状により精神科救急病棟の保護室に入室している統合失調症患者への看護実践は,46のサブカテゴリ,16のカテゴリ,4の大カテゴリにまとめられた.患者の保護室入室から退室まで『判断した精神機能の状態に合わせた制限緩和を行う』ことを基盤としており,精神機能の状態の回復に合わせて,急性期症状が常に見られる時には『安全に行動制限を行いながら生活支援を行う』,患者と疎通が取れる時間が増えてくると『安心を提供しながら回復のための安静を維持する』,急性期症状が残存しながらも,日常生活が徐々に自立してくると『日常生活を見守りながら退院支援につなげる』と支援内容と変化させていることが特徴であり,保護室入室時から退院を意識した支援を始めていた.
研究にご協力くださいました対象者の皆さま,指導してくださった田嶋長子元教授に深く感謝申し上げます.
本研究は,大阪府立大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.
森脇は研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文の作成を,冨川は研究プロセス全体の確認,分析解釈および論文作成支援を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反関係は存在しない.