Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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Original Articles
Perception of Self from the Narratives of People with Mild Dementia
Hiromi TokiMasako TaiSayumi Nojima
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2022 Volume 31 Issue 2 Pages 48-57

Details
Abstract

目的:本研究の目的は,軽度認知症の人の語りから軽度認知症の人がとらえる自己を明らかにすることである.方法:質的帰納的研究方法を用い,認知症の診断後,地域生活を継続している15名の研究協力者に半構造化面接を行った.結果:軽度認知症の人の語りからみる自己のとらえは《縮小する自己》《心やすまらない自己》《遊離する自己》《知恵を活用する自己》《連続性を保つ自己》の5つが明らかになった.結論:軽度認知症の人の語りからみる自己のとらえは,認知障害や診断を受けた影響による自身や他者との多元的な相互作用により,縮小や遊離した世界の中で心がやすまらず苦悩にとらわれていた.しかし懸命に知恵を駆使し,連続性を保つことで自分らしい人生を懸命に生きていた.本知見をもとに言動の意味を丁寧に解釈し,看護ケアを展開することは,認知障害の影響によって生じる自己の存在の不確かさを軽減し,生きる活力を支えると考える.

Translated Abstract

Aim: The purpose of this study is to shed light on the perception of self taken from the narratives of people with mild dementia. Method: The study uses a qualitative inductive research method. The collaborators in this study were 15 people who continued to live in the community after being diagnosed with dementia. Result: Results of the analysis show that perception of self among peoples with dementia includes elements of, “narrowing”, “being controlled by negative emotions”, “detachment”, “intense utilization of knowledge”, and “maintaining continuity”. Conclusion: For individuals with mild dementia perception the sense of self was influenced by cognitive impairment and the aftereffects of their diagnosis, and various interactions with others led the individual to inhabit a narrower, detached world while being controlled by negative emotions. However, they worked hard to live their own life by making full use of their knowing and maintaining continuity. We believe that carefully interpreting the meaning of words and actions based on this finding and developing nursing care will prevent threats to the certainty of self-existence and provide nursing care that will support the vitality of mild dementia people.

Ⅰ  はじめに

人口の高齢化とペースを併せ,年間に990万人,3.2秒に1人が認知症を発症し,2050年には世界の認知症数は1億3,150万人になると予測されている(World Alzheimer Report, 2015).これを受け,科学的なエビデンスに基づいた認知症施策,認知症医療やケアの開発が世界的にすすめられている.日本においては,認知症の人が社会の中でその人らしく生きていくことができる環境整備を目標とした認知症施策推進総合戦略が国家プロジェクトとして進められている.

認知症は認知障害の一種であり,後天的な脳の器質的障害により,いったん正常に発達した知能が不可逆的に低下していくことで発生する症状であり,病気の進行とともに徐々に認知障害も進行する(鷲見,2016).そして現在,認知症の根本的治療薬は開発されておらず,認知症は自らの認知障害さえも分からない自分自身を失ってしまう(Cohen, & Eisdorfer, 1986Fontana, & Smith, 1989)恐ろしい病として認識が高い(久木原ら,2011).自意識が過剰なほどに発達してしまった現代人は,認知症になることで,自らを失い自己コントロールできなくなってしまうことの恐怖に苛まれている(阿保,2011ab).その不安や恐怖による複雑な心理過程からあらわれる反応を周りは理解することが難しい.

しかし認知症の人は自己感覚において低下や変化があるが,完全に自己が失われたわけではない(Caddell, & Clare, 2010).現実の世界の中で自分自身をつかみづらい体験はあるにせよ,自らの認知障害について認識を表明している(Sabat, 2002, 2005).認知障害に対する非認識は,認知障害の低下だけではなく,病の脅威をマネジメントする手段,自己を維持するための調整(Clare, 2003)であるとも捉えられ,極めて個別的で反応も多様である.それゆえに認知症の人の心理過程を解釈することにさらに困難さをきたしている.

認知症の診断後には心理的支援が必要であることが認識されているにもかかわらず,未だ診断後の認知症の人々への心理社会的介入方法は明確にされていない(Ashley, 2020).特に軽度認知症の時期に十分サポートされることで,ショック,怒り,悲しみの気持ちは安心感とエンパワーメントによってバランスが取れる(World Alzheimer Report, 2019).ネガティブな体験は様々な感情を抱き,地域でその人らしい生活を営むことを困難にする行動・心理症状の発現にも影響を与える.心理的安定を保つことは,行動・心理症状の発現の予防となる(清原,2016鷲見,2016高橋,2016).軽度認知症の時期の支援こそ,基本的な対応の在り方や看護ケア,心理社会的介入方法を解明し,実践することは早急の課題であると考える.

また人の存続は記憶であり(Hedman et al., 2013)断片化された思考に信憑性を与えることが困難(Froggatt, 1988)であると認知症の人の語りは歴史的に長い間無視されてきた(Balfour, 2006).しかし限界を抱くのではなく,認知症の人の世界に入り込む挑戦が課題である(Balfour, 2006).特に認知症の経過の中で軽度認知症の人は,自分の中におこっている変化を敏感に感じ取ることで戸惑い(橋本,2019),最も混乱と苦悩の時期にある.これまでの自己を振り返り,維持しようと苦闘している姿が垣間見られる(Cohen, & Eisdorfer, 1986Boden, 1998Bryden, 2005佐藤,2015藤田,2017Swaffer, 2016大城,2017丹野,2017).めまぐるしく流動する社会の中でとらえどころがない不確実な世界の中で生きる軽度認知症の人の自己の語りを分析し,読み解いていくことは,体験世界に近づいた知見となる.自己を解明することは,多元化,流動化する不安定な社会を説明することに通じる(片桐,2017).

以上より,診断を受けた軽度認知症の人が自己感覚の低下や変化を体験しながらも,再び自己を発見,つまり解明する試みを語りから明らかにすることはパラダイムシフトを迎えている認知症施策,医療やケアにおける社会を説明し,本質に近づいた課題を明確にする手がかりとなると考える.

Ⅱ  目的

本研究の目的は,診断を受けた軽度認知症の人の語りから,軽度認知症の人がとらえる自己を明らかにすることである.

Ⅲ  方法

1. 研究デザイン

質的帰納的研究方法.Blumer(1969)が提唱した方法論を参考とした.

2. 用語の定義

認知症の人がとらえる自己は“身体や精神を含み,自らや認知症にまつわる体験によるコントロール感,社会の中での立ち位置,感情,信念・価値観との相互作用によって,生成・維持・変容される,流動的な構造”と操作的に定義した.

軽度認知症の人とは,医師より軽度認知症と診断を受け,半年以内のMMSEが中間群11点以上(Perneczky et al., 2006),または認知症高齢者の日常生活自立度がIIb以下の人とした.MMSEは認知症スクリーニング検査のひとつであり,個人の学歴や職歴,体調などの影響を受けやすく,中間群であっても,自立して自宅で過ごせている人も多い.よってMMSEが中間群以下であっても,日常生活自立度がIIb以下であり,自らの体験を語ることが可能である人を対象とした.

3. 研究協力者の選定方法

香川県の認知症専門外来にて医師より疾患の説明を受け,自らの体験を語ることが可能である人を医師,相談員と検討した.対象者の外来診察時に,研究者が家族に研究の主旨と協力依頼について説明し,ご本人への説明の承諾を得てからご本人に同様の説明を行った.そしてご本人の同意を得られた後に,両者と面接の日時について相談し,面接実施時には,再度ご本人に研究の主旨等を文書と口頭で説明し書面により同意を得た.

4. データ収集期間とデータ収集方法

データ収集期間は,2017年9月~2019年3月である.面接までに年齢,性別,MMSE,認知症高齢者の日常生活自立度,社会資源,家族状況,病気のとらえ方,生活状況,診察に至る経過について,家族や専門職者から情報を得た.そして半構造化面接ガイドを基に面接を行なった.まずは受診のきっかけや病院受診をした時,診断を受けた時などいくつかの状況を設定し,自由に語ってもらった.そして認知症とともに生きることや認知障害の影響などから自己をどうとらえているか表現できるように「ご自身にとってそれはどのような経験でしたか」「ご自身が変わったことはありますか」「周囲の人がご自身に対して変わったことはありますか」等と語りや反応に応じた質問によって焦点化し,内容を深めていった.病を抱える自己の体験を語るため,面接前に心的負担感の増大により,精神状態が不安定になる可能性があるか,主治医等と検討後,実施した.

5. 分析方法

質的データを解釈し現象をあらわす分析の考え方(木下,2017)を参考にし,各対象者の逐語録から自己のとらえが語られた文脈に焦点をあてたデータを選択した.分析手順として,データのコーディング,サブテーマ,テーマの抽出,テーマの定義と解釈を行った.全過程において軽度認知症の人が生きる世界にとって役立ち,本質が表せているか,常に経験的社会的世界へ立ち戻りながら検討を行なった.信用性,移転性について質的看護研究を専門とする者にスーパーバイズを受けすすめた.

6. 倫理的配慮

高知県立大学看護研究倫理審査委員会の承認(承認番号:17-29号)を得て実施した.対象施設の倫理審査委員会の承認を得た.また研究協力者と家族に対し,研究の主旨,プライバシーや匿名性の保護,自由意思の尊重等について,文書および口頭で説明し,両者の同意を得た.面接において研究協力者の安全・安楽を守り,予測されるリスクを最小にする方策を講じた.安心して語れる個室を準備し,面接中に変化が観察された場合は中断を提案し,継続の意思を確認した.

Ⅳ  結果

1. 研究協力者

診断名は,全協力者がアルツハイマー型認知症,Case 3のみアルツハイマー型認知症/レビー小体型認知症疑いの診断であった.男性6名,女性9名,計15名.平均年齢は69.9歳,65歳以下の若年性認知症の方が3名,前期高齢者9名,後期高齢者3名であった.介護保険制度において未認定14名,要支援認定1名であった.MMSEは平均19.8点,認知症高齢者の日常生活自立度IIは5名,IIaは10名,診断後の期間は平均2年,面接時間は平均51分であった(表1).

表1 研究協力者の概要(N = 15)
Case 性別 年齢 介護認定 MMSE 自立度 診断後期間 面接時間
1 女性 70代前半 未認定 18 IIa 2年8ヶ月 66分(2回)
2 男性 60代後半 未認定 25 II 1年 57分(2回)
3 男性 50代後半 未認定 22 II 5年 70分(2回)
4 女性 70代後半 未認定 22 II 10ヶ月 64分(2回)
5 女性 60代後半 未認定 21 IIa 2年3ヶ月 57分
6 男性 80代後半 未認定 25 IIa 3年2ヶ月 54分
7 男性 60代前半 未認定 18 II 1年 63分
8 女性 70代後半 未認定 19 II 10ヶ月 46分(2回)
9 男性 70代前半 未認定 8 IIa 3ヶ月 49分
10 女性 50代後半 未認定 19 IIa 7ヶ月 25分
11 女性 60代後半 未認定 21 IIa 3ヶ月 58分
12 女性 70代前半 未認定 20 IIa 7ヶ月 49分
13 女性 70代前半 未認定 21 IIa 10ヶ月 39分
14 女性 70代前半 未認定 19 IIa 5年 29分
15 男性 70代前半 要支援 20 IIa 8年 32分

(MMSE:Mini Mental State Examination,自立度:認知症高齢者の日常生活自立度)

2. 診断を受けた軽度認知症の人がとらえる自己

軽度認知症の人がとらえる自己は《縮小する自己》《心やすまらない自己》《遊離する自己》《知恵を活用する自己》《連続性を保つ自己》が明らかになった.以下,テーマは《 》,サブテーマは『 』,研究協力者の語りは「 」内に太字の斜字で示し,中略は……,研究者による補足は( )で示す.

1) 縮小する自己

《縮小する自己》は,認知症の影響や外的・内的なスティグマによって尊厳を踏みにじられる『蔑ろにされる自己』(Case 1~5,7~15),拒絶され,さらに傷つけられないように自ら身を守り『閉ざしていく自己』(Case 1~5,7~15)となることで,自らの尊厳を守るために安全な狭められた世界の中で生きる自己をとらえていた.Case 7は診断を受けたことを取引先に伝えたことを次のように語った.

「相手も仕事の段取りがあるから(忘れて)迷惑をかけたら困る.だから認知症になったと伝えました.そうしたら認知症だったらもう仕事はできないという感じで.ぱたっと,完全に100%仕事がなくなりました」『蔑ろにされる自己』

と長年の付き合いがあった人達から,認知症ならできないだろうと決めつけられ,差別され,締め出された悔しさや憤りを抱いていた.またCase 11は認知症と診断を受けた後の家族の変化について次のように語っ‍た.

「(認知症に)なってから.毎週電話がかかってくる.注射の日だけどしたの?って言うから,した,って言ったら,じゃあ,見せて,って言われる,その殻を.(カメラで)映したら,本当にしているわ,って言われて……(数十年も続けているのに)やれやれと思って,腹立つときもありますよ」『蔑ろにされる自己』

と診断を受けた途端,信用されず,子どものように扱われることに内心は腹を立て,悔しさを抱いたが,心配する家族の思いをくみ取り,その思いを伝えることはなかった.またCase 9は和太鼓の指導を自ら降りたことを次のように語った.

「やっぱり,忘れる,よう忘れだした,みんなの邪魔になると思って.それでもう辞めた.すぐ忘れる方が勝っているから……自分がいっても,邪魔する.だから行かないようにした.あの,おじいさん,何にも,ひとりで,できない.すぐ忘れてしまうと(子どもたちに)言われたら,恥ずかしい」『閉ざしていく自己』

と以前のように上手くできない自分を知られることの恥ずかしさから,長年の楽しみや誇りであった社会的役割を自らの意思で降り,地域活動から遠ざかる決断をしていた.またCase 3は人との付き合いについて次のように語った.

「いつもおびえているみたいな状態で……もう自分の中で委縮しています……極力人を一切寄せ付けないようにしています……以前はそんなことは,なかったと思います.今はもうほんと,100%引っ込み思案です」『閉ざしていく自己』

と委縮し,周囲と物理的,心理的,社会的に自ら距離を置いていていた.

このように自ら可能性をあきらめ縮小した安全な世界の中で生きていた.しかし一方,縮小する世界で生きていくことに,あきらめきれず,悔しい思いや腹立ち,憤り,不条理さも抱いていた.

2) 心やすまらない自己

《心やすまらない自己》は,認知症と診断を受け,身体,心理,社会的側面における体験によって湧きあがるネガティブな思考や観念を頭から拭い去ることができない『心やすまらない自己』(Case 1~5,7~9,12)となり,日常生活の中でその苦悩を手放すことができず,苦悩とともに心やすまらず生きる自己をとらえていた.Case 4は自分の病気について次のように語った.

「(認知症の)おばあちゃんがね,朝も昼もなく,裸足でずうっと歩いていた……私もなったら困るなあと,いつも思っていて……」『心やすまらない自己』

と知らない間に自分らしさを保てなくなるひどい状態になるのではないかと,常に頭にあり怯えていた.またCase 12は現在の状況を次のように語った.

「ささいなことでも忘れて.することも,しないといけないことも忘れたりする……みんなに迷惑掛けるということがね.ものすごくかかってくる.落ち込んで,憂鬱になってきます」『心やすまらない自己』

と支払いを忘れ滞納するなど周囲に迷惑をかけた自分を責め続けることから解放されず,抑うつ状態を引き起こしていた.またCase 3も次のように語った.

「(診断後解雇され)死ぬことばかりしか考えなかった.夜,寝ていても,なんかこう役立たずとか,生きている価値ないとか,ずっと言われているみたいに感じて……いなくなったほうがいいと今でも思っています」『心やすまらない自己』

と認知症になった自分を責め続け,病のレッテルを拭い去ることができずにいた.そして社会的役割を失ったことに対する喪失感は消え去ることなく,自己の存在価値に対しても揺らぎ,穏やかに生きることに困難さを抱えていた.

このように認知症とともに生きる苦悩が日常生活に入り込み,拭い去ろうとしても拭い去ることができず留まり続け,心がやすまらず,苦悩から解放されずにいた.

3) 遊離する自己

《遊離する自己》は,認知障害や認知症の症状の影響により過去,現在,少し先の未来において,繋がりを保ち,維持することが難しくなり『ずれてくる自己』(Case 1~5,7~15)や『統制がとれない自己』(Case 3,4,7,13)になることによって,バラバラに遊離しそうな恐怖感に駆り立てられ,基本的前提である生をも脅かされる自己をとらえていた.Case 14は次のように語っ‍た.

「置いたのが分からなくなる……ハンカチがなくなってしまったとか.トイレで手をふいてから,(かばんに)入れたはずなのになくなっているの.前はそんなことなかったのに……一個,飛んでしまっているのよ」『ずれてくる自己』

と認知障害の影響で少し前と今の状況がずれ,過去の自分と一致しないあやふやなことに違和感や不安感を抱いていた.またCase 7は次のように語った.

「何かをしなくちゃいけない時に,あれっ,これでよかったのかなとか.間違いないかなあ,どうかなぁって考えていけばいくほど,なんかもう悪くなっていくというか」『統制がとれない自己』

と考えるほど頭の中が真っ白になり,混乱を引き起こしていた.その記憶は蘇らず記憶の統制がとれない自己をとらえていた.またCase 4は次のように語った.

「何回もきくと言われるけど,私は念を押すために聞いている.だから同じことを何回もきくんです.それは確かめるためです.自分でもわかっています.これ3回目くらいかなっていうのは.だけど,気になっているから,きかずにいられないです.ああ,ぼけてしまったら困るなあと思って.どうしよう……情けない……」『統制がとれない自己』

と自分が間違っていないかと,何回も確認せずにはいられず,記憶の整合性に振り回され,記憶があやふやとなり統制がとれない自己をとらえていた.

このように周囲の世界とずれ,自身で統制がとれないことで自己が繋がらずバラバラに遊離してしまいそうになることが生活の中で絶えず連続してあり続けた.それは環境によって驚きや違和感,不安や戸惑いだけではなく,情けなさや恐怖心など様々な感情を抱き,時には自尊感情の低下を招き,揺れ動いていた.

4) 知恵を活用する自己

《知恵を活用する自己》は,時には『抗い奮起する自己』(Case 1~5,7,8,10~13,15)となり,時には苦悩しながら生き続けることから離れ,今をしっかりと生きていくために,曖昧な不確実性とともに生きる『やり過ごせる自己』(Case 1~5,7~9,11~14)となることで,人生の中で獲得してきた知恵を総動員して懸命に活用する自己をとらえていた.Case 5は長年果たしてきた食事の支度について次のように語った.

「頑張んなきゃいかんと思う.できないなりにでもしていかなきゃいけない……主人には申し訳ない.けれど,単純でも朝も夜も食事は,ほとんど自分が作っている.スーパーのおかずもあるけれど,自分はスーパーのものを買うとかそういうのはしたくないし,してない……」『抗い奮起する自己』

と必死に役割を手放すことに抗い,自分が大切にする方法で役割を果たしていた.またCase 1はもの忘れについて次のように語った.

「こそこそと一応自分だけで探すの.それでもわからない時は(主人に)黙っているの.もうなんとかそれなしでいきます」『やり過ごせる自己』

と周囲に助けを求めず,その状況を取り繕いながら,曖昧にしたままやり過ごし,その状況をしのいでいた.またCase 13は次のように語った.

「記憶が途切れる.あらご飯食べたかな,って思うときがある.だからご飯や薬はしばらく片付けをしないの.片付けてしまったら,分からないようになってしまうの.自分でもすっかり忘れる.またメモを書くの.忘れたって思うと,これを一日に何回も何回も見るのよ.安心よ」『やり過ごせる自己』

と薬袋や汚れた食器に囲まれた状況であるが,それよりもあえて片付けないことで忘れる状況を回避してい‍た.

このように,たとえ周囲から理解を得られなくとも,自らの価値観を大切にしながら人生の中で獲得してきた知恵を懸命に駆使していた.

5) 連続性を保つ自己

《連続性を保つ自己》は,自己の繋がりを保つことが難しい状況にありながらも,自らで過去,現在,近い未来について,繋がりを保ち,そして繋がりを保つことが困難な時には,他者との相互作用の中で,補完されることで『連続性を保つ自己』(Case 1~15)となることで,不安を回避し安心して生きる自己をとらえていた.Case 2はなぜ認知症になったのかについて次のように語った.

「(子どもの頃)頭を打ったからね……木材加工のところに木をもりあげていた.自分で上って.そこから下に落ちて.気がつくとそこで寝ていましたね……また公園で木から落ちた.その影響かなって思ってね」『連続性を保つ自己』

と幼い頃,頭を打った影響が認知症を引き起こしたと過去の経験を特定することで,認知症である現在の自分との時間を繋ぎ,認知症である自分を引き受け,安心感を得ようとしていた.またCase 15は会社を自ら経営し,自立した以前の生活から変わってしまった現在について次のように語った.

「母親が早くに亡くなったから.(自分で何でもする)そういった生活してきた……もう今は,家内と一緒になって,子どもたちもいる……だから(家のことも会社のことも)口出しはしない.手も出してない」『連続性を保つ自己』

とできなくなったのではなく,今は自分が家族に任せていると解釈を変えることで,過去と現在の自分を繋ぎ合わせ,自分の存在を実感することで安心感を得ていた.またCase 8は次のように語った.

「お父さんが何でも横から手伝ってくれます.(私を)いつも追っているから……先生にもあったことをとちゃんと言ってくれる.だから私は幸せものやなぁ.普通,男の人はそんなことしないよ」『連続性を保つ自‍己』

と記憶の空白に対し,いつも夫が側におり記憶を補い,他者との関わりにおいても,自己の繋がりが曖昧になる状況を回避するため,安心して日常を送っていた.

このように過去と現在の自己を自らや他者の補完によって繋ぎ合わせ,自己の連続性を保つことで,自分らしく安心して生きていくことを支えていた.

Ⅴ  考察

1. 診断を受けた軽度認知症の人がとらえる自己の定義

軽度認知症の人は認知症とともに生きる不確定で予測困難な状況において,自らの世界を閉ざした《縮小する自己》となり,生きにくい世界から自分を守る安全な世界の中で生きていた.そして認知障害による周囲の世界とずれを認識し,自らで統制がとれず《遊離する自己》となり,生をも脅かされていた.さらに認知症とともに生きる中で抱える苦悩にとらわれ《心やすまらない自己》となっていた.しかしこのような状態にありながらも,日常をしっかりと生きていくために,経験から獲得してきた《知恵を活用する自己》となっていた.そして過去から現在,近い未来の自己との《連続性を保つ自己》となり,自らの存在を実感し,主人公として安心した人生を懸命に自分らしく歩んでいた.

自己は時間を超えて連続して同一であり,自己の持続性への信頼性は,生への基本的な前提である(中村,1990中山,2012).認知障害によって《遊離する自己》に陥りかねない認知症の人にとって《連続性を保つ自己》となることは,この世界に生きていることを確認し,安心感を得るためには重要なことであった.そして軽度認知症の人がとらえる自己は,自身や他者との相互作用の中で,自らの解釈をとおして,流動的に変容し,経験した価値と他者との相互作用を通し,各個人独自の成長と完成を目指す根源的な力(Blumer, 1969/2015梶田,1995心理学辞典,1999Elliott, 2001/2008)となっていた.

以上より診断を受けた軽度認知症の人がとらえる自己は「認知障害や診断を受けた影響による自身や他者との多元的な相互作用により,縮小や遊離した世界の中で苦悩にとらわれ心がやすまらないながらも,懸命に知恵を駆使し,連続性を保つことで自分らしい人生を懸命に生きる源泉」と定義した.

2. 診断を受けた軽度認知症の人がとらえる自己の特徴

1) 他者との相互作用によって鮮明に形成・再形成しようとする自己

自身が主人公であると,何の疑いもなく信じ生きていくことができるのは,時間を超え,場を超え,常に一貫して私自身であることは間違いないといった基本感覚が根強く存在するからである(梶田,1995).軽度認知症の人は,認知障害の影響により,《遊離する自己》となり,周囲の世界とずれることで自己である基本感覚が乏しくなっていた.しかし《遊離する自己》で留まり続けることなく,身近な家族など他者との相互作用を介し《連続性を保つ自己》となることで,自らの存在を実感し安心感を得ていた.自己の同一性を保つため他者との間で再帰的,また自己-再創造が行われる(片桐,2017).特に認知症の早期には,存在の確かさを脅かす混乱から,正常であろうと他者との関係を積極的にもつ努力をする(高山・水谷,2000).本研究から軽度認知症の人は,相手を苛立たせることをつかみながらも,自らの記憶を確認せざるえない状況を語っていた.軽度認知症の人にとって他者との関係を積極的にもつ確認行為は,一貫した自己である基本感覚や安心感を保つための言動であり,制御することが難しいほど全力を傾けざるを得ない行為であった.身近にいる人は,記憶が保てないことの悲しみや再三の対応から湧きあがるネガティブな感情から苛立つ態度を向けることも少なくない.このネガティブな反応を軽度認知症の人は読みとり心理的ダメージを受けていた.《遊離する自己》となる軽度認知症の人にとって,自己の安定を保つための必死の行為が,確認行為を介した他者との相互作用であることを身近でいる我々は理解しなければならない.支援者として自らに湧きあがる感情をつかむとともに,今《遊離する自己》でありながらも《連続性を保つ自己》であろうとする軽度認知症の人の自己を強化するチャンスであると認識し,その言動を支える看護ケアを意識し,展開していくことが重要であると考える.

2) 留まり続ける苦悩を手放し解放されることを助ける自己

軽度認知症の人は,認知機能がより保たれているからこそ,病に対するスティグマや認知障害をもちながら生きる苦悩にとらわれ,より深刻な状態にあった.認知症中等度から重度では他者との関係性や時間性の混乱に対する努力として縮小された範囲の興味に変化する(高山・水谷,2000).軽度認知症の人も中等度以上の人と同じように《縮小する自己》として,縮小された世界で生きていた.しかし,その意味は異なり,自らの尊厳を守るために,可能性をあきらめ,安全な世界の中で生きていた.その世界の中で生きることは,拭い去ろうとしても拭い去ろうとすることができない《心やすまらない自己》であり続け,時には尊厳が脅かされ,生きる活力を奪われていた.したがって我々は,軽度認知症の人が,仕方なく《縮小する自己》として生きる選択をしていないか,改めて見直し,もしそのような状況にあるならば,自分らしく生きるために何を望んでいるか,積極的に耳を傾け,苦悩から解放されるための方策をともに考え,取り組むことが必要である.

一方で軽度認知症の人は《心やすまらない自己》でありながらも,自らの価値観や優先順位を大切にし,人生経験の中で獲得してきた《知恵を活用する自己》となることで,その苦悩から解放されていた.知恵は知識の実践的活用であり,多様に変化していく環境に対応する(南雲,2018).軽度認知症の人は,不確定で予測困難である状況においても今をしっかりと生きるため,自分が身につけてきた方法を活用することで心のざわめきをおさめ,曖昧さもやりすごしていた.我々は軽度認知症の人が認知症とともに生きるため知恵を駆使していることを見逃さないことが大切である.《知恵を活用する自己》を支えることは,軽度認知症の人が自らの方法で曖昧さとともに生きることを助けると考える.

3) 持続性の信頼を高め,認知症とともに自分らしく生きることを支える自己

本研究から軽度認知症の人は《知恵を活用する自己》や《連続性を保つ自己》となることで,自己の持続性の信頼を自身で高めていた.デカルトが,わたしは昨日のわたしと同じだ,と述べているように,最低限の自己の持続性の信頼を保つことは生への基本的前提であり,保たれないことは自らの存在の根幹を揺るがされる(Elliott, 2001/2008).認知症高齢者は生活のしづらさを抱えながらも,自らの人生経験から,生活を整えている(Anbäcken, Minemoto, & Fujii, 2015).本研究から特に老年期の人は,《遊離する自己》が露見しないよう自分なりの方法で必死に合わせ,《知恵を活用する自己》となることで自己の持続性の信頼を高めていた.そして《知恵を活用する自己》の語りからは,認知症とともに生活する中でその人が大切にしていることがつかめ,より人生に近づくことができた.つまり知恵をどのように活用しているか,その意味を丁寧にひもとき理解することは,老年期の軽度認知症の人にとって持続性の信頼を高め,さらにその人らしさを支える自尊心を脅かさない看護ケアとなる.また若年性認知症の人は,診断を受けることで突然,社会的信頼や役割を失い《縮小する自己》となることで,老年期の軽度認知症の人以上に《連続性を保つ自己》となる自己の持続性の信頼が脅かされ,自らの存在価値が揺らいでいた.治療と仕事の両立支援は,若年性認知症においてもその特性に応じた就労支援・社会参加等の支援が求められており(厚生労働省,2021)進行中である.本研究で明らかになった自己を支える知見を支援に取り入れることは,より心理的に安定した社会活動の継続を可能にするであろう.軽度認知症の人の支援を模索している今,自己を支えることの意義について示すことは,心理社会的介入方法の一視点として貢献できると考え‍る.

また認知症は進行とともに記憶障害が一層表面化し,その不安な状況を打開するため第三者からは理解しがたい行動として現れる(鷲見,2016).例えば認知症である現在の自己と繋がりそうなエピソードを探索し,腑に落ちるエピソードと繋げたり,時には記憶の意味や解釈を塗り替え《連続性を保つ自己》となっていた.また周囲から理解しがたい《知恵を活用する自己》となり,自己の持続性の信頼を高めることで,《遊離する自己》を回避していた.つまり軽度認知症の人の言動が,例え理解しがたくても,その人なりの自己の持続性の信頼を高める方法であると周囲の理解を得られるよう言動の意味を説明し,調整を行う役割を担うことは,軽度認知症の人の自己の持続性の信頼を脅かすことを防ぎ,不安感の増強によりあらわれる行動・心理症状をも予防する看護ケアとなる.

Ⅵ  結論

本研究から軽度認知症の人がとらえる《縮小する自己》《遊離する自己》《心やすまらない自己》《知恵を活用する自己》《連続性を保つ自己》の5つが明らかになった.本知見をもとに軽度認知症の人の言動の意味を丁寧に解釈し,看護ケアを展開することは,自己の存在の不確かさを軽減し,生きる活力を支える.

Ⅶ  研究の限界と課題

研究協力者の年齢,性別等偏らないよう留意した.しかし診断後の年数において差がみられ,また全員が家族と同居していた.また協力者は,認知障害や認知症の症状による影響から,語られる内容に限界があった可能性もある.以上より,今後さらに対象者や研究方法を検討し,研究を重ねることが課題である.

付記

本稿は,高知県立大学博士後期課程博士論文の一部であり,加筆修正を行った.

謝辞

本研究にご協力いただきました参加者の皆さまに心より感謝申し上げます.また研究協力施設の皆さまには研究に対するご理解とご協力に深く感謝します.

なお本研究は2018~2022年度科学研究費補助金基盤(c)の助成を受けて行った研究の一部である.

著者資格

HTは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文の作成を行い,MT,SNは研究プロセス全体の助言を行った.全ての著者が最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2022 Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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