Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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2023 Volume 32 Issue 2 Pages 74-79

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Ⅰ  はじめに

本日はこのような大変素晴らしい機会にお話させていただくことを光栄に思います.座長の宮本有紀先生,大会長の船越明子先生,実行委員の皆様には本当にお世話になりました.大変感謝しております.この場を借りてお礼を申し上げます.

日ごろ,ポジティブ心理学と看護をつなげようと努力しているところです.本日はポジティブ心理学の話から,ケアをするためのエネルギーチャージ―セルフ・コンパッション―の話をしていきたいと思います.

本日のお話の目的は,看護職も自分自身をいたわることが大切であると気づくこと,人をケアするために必要な「セルフ・コンパッション」について理解が得られることです.

Ⅱ  ポジティブ心理学

ポジティブ心理学とは,「何が人や組織や地域を繁栄に導くか」というのを科学する心理学の分野です.1998年にマーティン・セリグマンという,当時アメリカの心理学会の会長だった方が,今までの心理学は問題点を見ていたけれども,これからは人の強みも見ようと提唱されました.

このように,従来の心理学は欠陥とか問題にフォーカスし,マイナスをゼロに近づけることを目的としていましたが,ポジティブ心理学は強みにフォーカスを当てて,プラス1をプラス5にというように,繁栄を目的にしています.

Ⅲ  ネガティブな感情

人をケアすることって,楽しいこと,嬉しいこともあるんですけど,しんどくなるときもありますよね.あまりにも疲れ果てすぎて,もう人に優しくなんかできないというときもあると思います.

看護職の場合,従来は犠牲と献身を求められてきました.そうすると,看護師も人間ですから,結構しんどいですよね.それが,養成しても大量離職になってしまうという歴史を断ち切れないままでいます(久常,2010).

コロナ禍では先が見えないというのがつらかったですよね.先が見えないとき,患者やその家族に恫喝されたとき,上司・部下の言動にイラッとしたとき,皆さんはどんな気持ちになりますか? おそらく,不安とか怒りとかイライラとか落ち込み,恐怖・悲しさ・挫折感を味わいますよね.「自分って,どうしてこんなにネガティブなんだろう」というふうに,ネガティブな自分を責めるときもあるかもしれません.

ネガティブな感情のほうを感じやすいというのは「ネガティビティ・バイアス」と言います.ネガティブな感情のほうが感じやすく,記憶に残りやすいのです.ネガティブ感情は持続しやすくて,体や心に悪影響を与えて,「あれもそうだ」「これもそうだ」と言って,底なし沼のようにはまってしまう.それを「ネガティブスパイラル」と言います.

Ⅳ  古い脳と新しい脳

私たちの脳は,もともとネガティブに感じやすくなっていると申しましたが,人の脳を理解するためのシンプルな方法があります.それは,脳には古い部分と新しい部分があるというところです.古い部分は,爬虫類とか哺乳類に共通する部分です.安全に生き延びる,資源を求めるように動機づけ,生存と生殖に有利になるというのが爬虫類脳で,少し進化して,子どもについてより強い関心を持って,より多くの養育行動を取って,絆とかコミュニケーション,遊びとか愛着,それが哺乳類脳になるわけです(Irons, & Beaumont, 2017/2021).

それらが古い部分ですが,脳の新しい部分というのは人間らしい機能ということです.想像する力,つまりモノがそこになくてもあるように想像すること,未来について考える,過去の出来事を反省する力など,そこが脳の新しい部分(Irons, & Beaumont, 2017/2021)です.前頭前野の部分ですね.

私たちは,そのように人間らしいと言われる部分をそなえていますが,実はその脳の新しい部分が私たちを苦しめているのです.どういうことかと言うと,過去のことを「あんなこと言わなきゃよかった」「こんなことしなきゃよかった」と悔いたり,未来のことを「お金がなくなったらどうしよう」「仕事がなくなったらどうしよう」と想像してしまったりします.その過去と未来のことを考えるのは脳の新しい部分です.私たちの悩み・苦しみの大半は過去か未来のことと言えるでしょう.

Ⅴ  マインドフルネス

だから,「いま・ここ」というのに集中すると,過去とか未来の部分を考えなくて済むので,少し気が楽になるということです.そこをうまく利用したのが「マインドフルネス」です.自分の心の中で何が起っているかを,判断を加えずに十分に認識すること,「いま・ここ」に集中することです.

マインドフルネスは,ジョン・カバットジンが仏教の修行から宗教色を取り除いて,抽出されました.「マインドフルネスに基づくストレス低減法」,Mindfulness-Based Stress Reduction(MBSR)と呼ばれています.MBSRはストレス,体の痛み,不安などに有効であると報告されています.

マインドフルネスと言うと,イコール瞑想と思われる方がいらっしゃるかもしれません.もちろん瞑想には変わりはないのですが,皆さんの想像するような,静かな所で目を閉じて行うようなものだけではなくて,日常のちょっとしたことの中にもあるんです.風鈴とか「おりん」の音を聞こえなくなるまで聞いてみてください.それがマインドフルネスです.食べ物を食べるときに,香りとか味とかをゆっくり味わう.紅茶とかお茶とかも香りを味わう.そして手を洗うときに石けんの香りを味わう,それもマインドフルネスです.

看護職がマインドフルネスを行うことの効果については,看護職の精神的な健康が高まったり,同僚や患者さんとの関係も良くなったり,専門的な技能や行動にも良い影響を与えるというレビュー論文があります(Guillaumie, Boiral, & Champagne, 2016).

Ⅵ  エンパシーとコンパッション

いよいよ本題です.まずは「コンパッション」のお話です.看護職に対する世論調査で,約8割の方が,望ましい看護師として,「優しさ・思いやりがあるタイプ」と言っています(内閣府,2005).

「思いやり」というのは2種類あります.「エンパシー」と「コンパッション」です.

「エンパシー」というのは,患者さんの痛み・苦しみを,自分の痛み・苦しみのように感じてしまうことです.そして自分も不安になるということです.それは共感性が高いという意味では,とても素晴らしいことだとは思うんですが,ただ,そうすると援助者としては,良い患者・看護師関係が結べなくなってしまうんです.エンパシーというのは,私も痛い,苦しいというどちらかと言えば,ネガティブな感情です.

一方,「コンパッション」というのは,患者の苦しみを感じ取り,何とかしてそれを和らげたい,何とかしてそれを軽減したいと心を尽くして行動することです.患者さんの痛みを理解はできても,それが看護師自身の痛みにならないというのがコンパッションです.どちらかといえばポジティブな感情で,患者さんの感情に巻き込まれることなく,温かく愛に満ちた感情です.

Ⅶ  コンパッションの3つの流れ

コンパッションというのは3つの流れがあります.人へのコンパッション,自分へのコンパッション(セルフ・コンパッション),そしてコンパッションを受け取ること(Irons, & Beaumont, 2017/2021)です.

看護職は,人へのコンパッションはとても得意です.だけど自分へのコンパッションやコンパッションを受け取ることは苦手かもしれません.人に与えてばかりで,与えられた人が「じゃあ,お礼に」と言うと,「あぁ,いいの,いいの」と断ってしまうことがあります.与えられた人の立場で考えたら,「あぁ,いいの,いいの」と断られるよりは「ありがとう」「どういたしまして」と受け取ってくれるほうが嬉しいと思います.なので,その3つの流れがうまくいくと,思いやりの循環ができ,思いやりあふれた世界ができるのではないかと思います.

Ⅷ  友達に向ける思いやりを自分に向ける

皆さんに質問です.「もし自分の大切なお友だちが何かを失敗して落ち込んでいたら,どのように接したり声をかけたりしますか?」おそらく,皆さんはとてもコンパッションにあふれる方々なので,「どうしたの? 話なら聞くよ」と言って,その人の話を聞いて,「あぁ,それはつらかったね」と共感して,何とかしてその人が前を向けるように接すると思います.

では,自分が失敗したときはどうですか?おそらく,自分が失敗したときは,私たちは往々にして自己批判をします.「あー,私,どうしてこんなことやっちゃったんだろう」「ほんとに私って,しょうもないわね」「私って最低」のように自己批判をします.

自己批判ってすごくつらいんです.ネガティブな自己批判というのは,うつや不安や依存症,自殺にもつながりますし,深刻な精神的問題の最大の予測要因の1つであるという報告(Harter, 1993)があります.

なぜ,大切な友人には思いやりを持った行動が取れるのに,自分には思いやりを持てないのでしょう.

そういうわけで,自分への思いやり,「セルフ・コンパッション」の話をします.セルフ・コンパッションというのは,クリスティン・ネフが提唱したもので,心のバッテリーを充電する方法の1つです.「セルフ・コンパッションの3要素」というのは,「自分に対する優しさ」「共通の人間性の認識」そして「マインドフルネス」(Neff, 2011/2014)です.

共通の人間性の認識はなかなか分かりにくいかなと思いますけれども,「私がつらい時,あの人もつらかったんだ,一緒だな」という,例えで言えば,パンデミック時に,「私も大変だったけど,他の病院の看護師も大変なんだな」というような,「みんな一緒だね」という感覚です.

セルフ・コンパッションは,他人への思いやりと関連(Duarte, Pinto-Gouveia, & Cruz, 2016)していますし,セルフ・コンパッションが高いとバーンアウトの値が低くなります(Durkin et al., 2013).セルフ・コンパッションは自己効力感と強い関連があります(Neff, Hseih, & Dejitthirat, 2005)し,ウェルビーイングとも関連があります(Cox et al., 2019).

Ⅸ  セルフ・コンパッションの誤解

セルフ・コンパッションについて心配されるご意見もよく聞きます.「セルフ・コンパッションなんて,そんなことをしたら自分を甘やかすんじゃないの?」とか,「そんなことしたらうぬぼれた人になるんじゃないの?」「そんなことをしたら人は成長できなくなるのでは」と聞くことがあります.

では,自分を叩いて,叩いて,叱咤激励したら,自分は成長できるんでしょうか? いえ,ほとんどの人は,自分を叩いて,叩いて,叩きまくるような,厳しい批判をすると,逆に落胆して,次に頑張ろうとするエネルギーまで奪ってしまいます.

自分を継続的に批判することは,自己効力感をも弱めてしまいます.自己批判というのは,抑うつ状態とも関連しています(Neff, 2011/2014).

セルフ・コンパッションというのは,自分を甘やかすことではないのです.私は,チョコレートを食べながらコーヒーを飲んで,だらだらと横たわるときが至福です.でも,ずっとそれをやっているわけにはいきません.なぜかと言うと,ずっとそうしていたら自分が成長できないからです.

セルフ・コンパッションというのは,自分にとって何が望ましいのかというのに重点を置いて,自分に思いやりの心を向けることです.学習と成長のために必要なことをする(Neff, 2011/2014)ということです.

「セルフ・コンパッションをすると,鼻持ちならない人になるんじゃないの?」ということに対しては,確かに,無差別に賞賛されると人は自惚れるでしょう.賞賛され慣れている人は,自分が称賛されない環境になると,そこでくじけちゃうんです.

困難な状況下では,高い自尊心は役に立たないんです.常に他人に褒められたいという,視点が他人目線になっちゃっているんですね.自分のいいイメージを他人に分からせたいという,他人軸になっているわけです.

でもセルフ・コンパッションは,自分軸です.「私はこういう弱みもありますよ」ということも隠しません.なので,自分のイメージを好ましく保とうとするのではなく,強みと共に弱みもある,これが私ですよということ,ありのままの自分を受け止めることと言えるでしょう.

Ⅹ  ケアをする人が元気になってから,ケアされる人に思いやりを向ける

セルフ・コンパッションについてお話ししてきましたが,それでもモヤモヤするなというときは,飛行機に乗ったときのことを思い出してください.飛行機が駐機場から滑走路に行くときに,安全面についての説明を受けます.その時,「非常時に酸素マスクが上から降りてきます」というくだりがあります.その時,子ども連れの保護者がいたら,先にマスクをつけるのは,子どもの方か,保護者の方かどちらが先か覚えていますか.答えは,保護者からです.それは,ケアをする人からまずエネルギーチャージして,ケアされる人に適切なケアをしましょうということです.

もちろん患者さんは第一で,それには変わりないけれども,第一にと考えすぎるあまり,自分をおろそかにしてしまうというのが今までの姿だったんです.「患者さんがあんなにつらいのに,自分が幸せになっていいんだろうか」と思ってしまっていたかもしれません.だから,「セルフケア」と言うと後ろめたい気持ちになっていた人もいるでしょう.

でも,看護職も1人の人間ですから,自分の健康と幸せに目を向けて,つらいときや疲労したときは,自分自身をケアしていいんです.それはエゴイズムじゃないんです.セルフマネジメントです.看護職が健康で幸せであることが,対象者への質の高いケアにつながると思います.

Ⅺ  感謝

次に,コンパッションを受け取るほうのお話をしたいと思います.感謝というのは,個人に何か良いことが起きたとき,そこで得られた利益は,他の存在のおかげであると,個人が気づくことで生じる感情(Watkins, 2007)です.

利益というのは,例えば何かもらった,嬉しいという,お菓子のようなプレゼントだけじゃなくて,目に見えない援助,誰かが手助けしてくれたというのも入ります.「他者のおかげ」という「他者」の部分は,人ではなくて自然が対象のときもあります(吉野,2021).富士山を見て,ご来光をありがたいとか,海を見てありがたいとか,山の中で木を見て森を見て,ありがたいとか.そういうのも感謝です.

パンデミックのもとでの感謝に関する研究もあって.感謝の気持ちを持つ頻度を調べたものですが,「非常に感謝している」と答えた人が56パーセントを超えて,ほかのポジティブな感情よりも多かったといいます(Watkins et al., 2021).それは,私たちが日ごろ当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなくなった状況があったから,感謝をすごく感じやすくなったのではないかと思います.あとは,「医療従事者の皆さん,ありがとう」と声を出して言っていただいたり,感謝の気持ちをもつ人々の姿が報道されたりしたことがありました.それも看護職の皆さんの心の支えになったんじゃないかなと思います.

あと,医療従事者が2週間の間に1日の中で良かったことを3つ挙げて感謝の手紙を書いたところ,バーンアウトの症状が軽減されたという研究結果もあります(Adair, Kennedy, & Sexton, 2020).

Ⅻ  セルフ・コンパッションを培うために.

セルフ・コンパッションを培うための方法で,代表的なのが3つあります.MSC(Mindful Self-Compassion),CCT(Compassion Cultivation Training),CFT(Compassion Focused Therapy)です.

これらの中に共通してみられるLoving Kindness Meditation(以下LKM),は,自分の大切な人,お世話になった人,最後には生きとし生けるものすべての無事・幸せ・健康・安らかを祈るという瞑想(Salzberg, 1995)です.

これは看護職にはすごくフィットする瞑想です.目をつぶって呼吸に集中して,頭の中で恩人を思い浮かべて,その人の無事や幸せや健康,安らかを思い願うと,すごく心が満たされてきます.涙を流す人もいらっしゃいます.

私たちの研究班で,看護学生にLKMの介入を行いました.22名の看護学生に,2時間の介入を3週間行いました.3名が脱落して最終的には19名が対象となりました.この介入の前後に唾液を採取して,アミラーゼとコルチゾールの値を測定しました.3週間の介入の前後で,うつを共変量として,共分散分析を行ったところ,介入前と比べて3週間後にはセルフ・コンパッションが有意に上昇しました.セッションの前後だけで言うと,コルチゾールも減ってアミラーゼも減ったという結果があります(Akiyama et al., 2018).また,看護教員10名へのLKMの介入をおこなったところ,セルフ・コンパッションの得点が有意に上昇しました(秋山ら,2021).

このように,LKMに関する研究は他にもたくさん見られ,抑うつ症状・ネガティブ感情・ポジティブ感情について大きな効果を持つ(Hofmann et al., 2015)とか,認知行動療法など,経験的に支持されている療法と組み合わせることが良いのではないかというレビュー論文(Hofmann, Grossman, & Hinton, 2011)もあります.

 

LKMの他に,皆さんにお勧めしたいのは,「平静を保つコンパッション」という瞑想(Neff, & Germer, 2018/2019)です.自分がケアをしていて疲れを感じる患者さん,苦手な上司でもいいですし,自分がその人に関わることで思い煩わされるという方を思い起こしながら,行ってみると,今は疲れたけど,また関わりをトライしてみようかなと言う気持ちになります.

 

私たち一人ひとり,自分の人生を生きている.自分はこの人の苦しみの原因ではないし,その苦しみを取り除きたいと思っても,自分の力でできることでもない.こういうときには,耐えがたいけれども,できると思ったらまたやってみればいい.

 

日ごろ,誰かのケアをして行き詰って,自分を責めてしまっているという方には,ちょっと染みる言葉だと思いま‍す.

あとは,自分で自分をハグすること(Neff, 2011/2014)です.自分の肌と肌の触れ合いで,オキシトシンが分泌されるんです.そうすると,自分の痛ましい感情が癒されていくんです.

あとは,「セルフ・コンパッションの声」(Neff, 2011/2014)です.私が出してみます.「はぁ~」(ため息のような声)あれ? これって,お風呂に入ったときに「あぁ~」と言うのと同じだなと思う方がいらっしゃると思うんですけど,本当にそうです.私たち,お風呂に入ったとき,本能的に自分を癒そうと思っているんじゃないかと思います.

XIII  おわりに

マインドフルネスに関しては,看護師自身が実践してみて,その気づきを伝えていくのが大切だと思っています.敷居は高いと感じるかもしれませんが,どうか一度実践してみてください.そして感じたままを皆で共有してください.

最後に皆さんにお伝えしたいことは,自分は完璧じゃなくてよいということです.弱い自分を見せてもよいのです.どうか自分に思いやりを持ってください.そして他の人にも思いやりをもって,それが連鎖して思いやりの輪が広がっていけばいいなと思います.

もしも,もっと看護におけるセルフ・コンパッションについて知りたいと思ったかたがいらしたら,以下の本をご参照ください.

秋山美紀,島井哲志,前野隆司編(2021).看護のためのポジティブ心理学.医学書院,東京.

秋山美紀(2020).看護のための困難を乗り越える力 自分を思いやる8つのレッスン,メヂカルフレンド社.東京.

本日はご清聴ありがとうございました.

文献
 
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