Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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Materials
“Yuragi” of Nurses Involved in Hospital Admissions for Forensic Psychiatric Evaluations
Yoshiaki KodamaYumiko TodaHiromasa Yamada
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2024 Volume 33 Issue 1 Pages 88-97

Details
Abstract

目的:刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎを明らかにすることである.

方法:刑事精神鑑定入院の対象者に直接関わった経験のある看護師16名に半構造化面接を実施し,質的帰納的に分析した.

結果:看護師のゆらぎとして,《犯罪者に関わる恐怖と嫌悪》《手に負えない感情の振り回し》《管理・看守の役割を求められるもどかしさ》《明確でない看護師の役割》等の9大カテゴリが抽出された.

結論:看護師のゆらぎは,刑事精神鑑定を精神科医療の枠組みで受け入れることに起因していた.精神科病院での入院でありながら治療を目的としない関わりを持つという矛盾のなかに看護師は置かれていた.その状況で,看護師は刑事精神鑑定入院における役割が曖昧なまま対象者と関わっている.それは,精神科看護師としての関わりをしないことや管理・看守の職務を要求される心理的苦痛を増強させるものであった.看護師の役割を明確にし,心理的苦痛を軽減する事が必要である.

Ⅰ  はじめに

精神科病院に入院し行われる精神鑑定は大きく「鑑定入院」と「刑事精神鑑定入院」の2つが挙げられる.「鑑定入院」は心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下,医療観察法)に基づく処遇決定のために,精神科病棟で標準的な精神科医療を受ける入院である.一方で,「刑事精神鑑定入院」は,同法の167条等で規定されている鑑定留置により精神科病院に身柄を移して実施される精神鑑定である.精神鑑定とは裁判所が刑事訴訟法165条に基づいて学識経験のある者に命じる心神又は身体に関する鑑定のうち,特定の時期の対象者の精神状態,または精神障害の有無や程度に関する鑑定である(五十嵐,2017).刑事精神鑑定の内訳について,五十嵐(2017)は「刑事精神鑑定の実施件数に関する公的な統計はないが,刑事訴訟の過程で行われる精神鑑定の大半は刑事責任能力鑑定である」と述べている.

刑事精神鑑定は精神科治療を目的としていないことから,精神鑑定を行う医師(以下,鑑定医)は,日常臨床のような暫定診断をつけ,治療的関与を行いながら確定診断をすることは適切ではないとされている(五十嵐,2017).また,刑事精神鑑定入院における看護師の役割についての先行研究や書籍等はなく,看護師の役割については不明確である.そのため,刑事精神鑑定入院に関わる看護師は刑事精神鑑定の目的から治療的な関わりを行わないようにしている.

国内における刑事精神鑑定入院に関する看護の先行研究は2件のみであり,いずれも刑事精神鑑定入院における看護の明確なガイドラインや指針がないことで看護師は対象者や家族への支援について戸惑いや困難を感じている(蘆澤,2015佐々木・東森,2021).一方,諸外国においてはより専門性の高い「Forensic Psychiatric Nurse(司法精神看護師)」が存在し,その役割の一つとして犯罪者が裁判に出廷する際に精神疾患の有無や心的反応の程度を観察することや,裁判を受けるに耐えられる状態であるかの判断を行い裁判所へ報告すること(Barakha, 2011)などがある.しかし,日本の現行法においては刑事精神鑑定を委嘱された鑑定医の職務であり,看護師が担う役割ではない.

以上から,国内における刑事精神鑑定に関する研究はいまだ不十分であり,看護への示唆も得られていない.そこで,刑事精神鑑定と類似した状況における看護の先行研究として,医療観察法に基づく鑑定入院における看護,触法精神障害者への看護についての研究を概観する.

まず初めに,鑑定入院における看護の先行研究では,その後に続く医療観察法における治療開始を想定することを前提に信頼関係の構築を図り,精神症状の評価と社会生活が送れるか否かについて観察し,コンプライアンスやコーピングに対する看護を行うこと(田中・葛岡・川野,2006芳賀・堤,2014)が求められる.しかし,あくまで処遇決定を目的としリスク管理に主眼が置かれていることは否定できない(村田ら,2008)とされる.さらに,佐藤(2008)は,鑑定入院に対する看護師の体験について「鑑定入院を受け入れている病棟の看護師はアイデンティティの揺らぎや事件に対し衝撃を受けていた」と述べている.

次に,触法精神障害者への看護についてである.触法精神障害者とは精神障害によって刑罰法令に抵触した者であり,措置入院患者や医療観察法対象者が該当する.触法精神障害者に対して看護師は,「法を犯した人」という視点からイメージしており(宮城・渡辺・中谷,2009),触法行為そのものの印象が強いために,看護師は患者に対して,恐怖感や嫌悪感,不快感などの陰性感情を持ちやすい(松井,2009).また,医療観察法病棟で勤務する看護師は,自傷他害の危険性が高い対象者に対してマンパワーを活用し,入院時から治療契約を結び援助関係づくりに努めている(熊地ら,2011).

以上鑑定入院,触法精神障害者への看護および看護師の体験について概観した.これらの先行研究では対象者が精神障害者であり,入院によって治療を行うことが前提にある.しかし,刑事精神鑑定入院の対象者は,精神障害の有無や対象行為への精神障害の影響が不明であることに加えて,治療的な関わりを行わないという点が大きく異なっており,看護師の既存の知識・技術のみで対応することは困難であると考える.このような状況で看護師は,対象者との関わりに確信が持てず,不確かなまま迷いながら対応している.

中村・鈴木・福山(2003)は,援助者の判断が不確かだったり,気持ちが迷ったり,見通しがなかったりする場面に直面した際に「ゆらぐ体験」があるとしている.「ゆらぎ」について,尾崎(1999)は,援助者が体験する動揺や葛藤,不安,迷い,わからなさ,不全感等としている.小山・森本・福井(2015)は,自身の援助についての客観的な評価ができなくなった時,「ゆらぎ」が生じやすいとしている.刑事精神鑑定入院という治療的な関わりが行えない環境において,対象者に関わる看護師の不安,不確かさ,自責,戸惑いなどの感情や看護師としての役割や価値観,アイデンティティの動揺,葛藤などの看護師の体験を「ゆらぎ」の概念を用いることで捉えることができると考える.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は,刑事精神鑑定入院の対象者に関わる看護師のゆらぎを明らかにすることである.それにより,刑事精神鑑定入院の対象者へ関わる看護師の体験について理解を深め,看護師への支援方法を検討する一助とすることである.

Ⅲ  用語の定義

1. 刑事精神鑑定入院

刑事訴訟法に基づく鑑定留置によって精神科病院・病棟に入院させて行う精神鑑定のうち,刑事責任能力の鑑定を行うものとした.施設により刑事責任能力鑑定入院,鑑定留置入院,刑事鑑定入院などの複数の表現が用いられているが,本研究では「刑事精神鑑定入院」とした.

2. ゆらぎ

尾崎(1999)中村・鈴木・福山(2003)の研究から,「刑事精神鑑定入院に関わる看護師が体験する感情や情緒の不安定さや,看護師としての役割の葛藤や不全感,価値観やアイデンティティの動揺」と定義した.

Ⅳ  研究方法

1. 研究デザイン

半構造化面接による質的記述的研究である.

2. 研究協力施設

刑事精神鑑定入院を実施している施設は公表されていない.しかし,刑事精神鑑定を受け,心神喪失および心神耗弱を理由として不起訴・無罪となった対象者には医療観察法鑑定入院が行われる.そのため,医療観察法に基づく鑑定入院医療機関の病院看護管理者へ協力依頼を行った.その結果,刑事精神鑑定入院を受け入れており,研究協力の承諾が得られた精神科病院3施設である.

3. 研究参加者

研究協力施設において,5年以上の勤務経験があり,刑事精神鑑定入院の対象者と直接関わった際に,ゆらぎを経験したことのある看護師16名である.

4. データ収集期間とデータ収集方法

データ収集期間は,2020年1月~8月である.

文献検討を基にインタビューガイドを作成し,データ収集の厳密性を高めるために精神科看護師2名にプレテストを行った.プレテストの結果,「ゆらぎ」よりも具体的な表現で問われた方が答えやすいとフィードバックを受けた.プレテストの結果をもとにインタビューガイドの洗練化を行った.面接は①対象者との過去のやり取りの場面を想起してもらい,刑事精神鑑定入院の経験について語ってもらう.②対象者と関わる際に感じた,不安や不確かさ,戸惑いについて.③対象者と関わる際に,自身の看護師としての役割や価値観,アイデンティティが揺さぶられたり,葛藤を感じた経験について対話形式で聞き取りを行った.

面接はプライバシーの確保できる個室で実施し,研究参加者の許可を得て録音を行った.面接開始前に参加者の情報(年齢,精神科看護師歴等)を聴取した.

5. 分析方法

面接内容から逐語録を作成し,精読し,ゆらぎに関する内容をコードとして抽出した.類似したコードを分類し,カテゴリ化を行い,カテゴリの特性を検討・分析した.信用性,確証性確保のため質的看護研究者にスーパーバイズを受け進めた.また,研究参加者2名によるメンバーチェッキングにより分析結果および解釈の妥当性を確保した.

6. 倫理的配慮

本研究は愛知県立大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号:31愛県大学情第1-62号)及び研究協力施設の病院看護管理者の承諾を得て実施した.研究参加者に対して,研究の主旨,参加の自由意志,途中辞退の自由,個人情報の保護等を,書面と口頭で説明し同意書を交わした.

Ⅴ  結果

1. 研究参加者の概要(表1
表1

研究参加者の概要

ID 性別 年齢 精神科
経験年数
看護師
経験年数
医療観察法病棟
経験年数
職位・資格等
1 男性 40代 21年 24年 経験なし 精神科認定看護師
2 女性 40代 21年 24年 経験なし
3 男性 30代 13年 13年 9年 副看護師長
4 男性 40代 13年 13年 7年
5 男性 30代 16年 16年 経験なし 精神科認定看護師
6 女性 30代 6年 8年 1年 副看護師長
7 男性 50代 26年 26年 10年
8 男性 40代 24年 25年 経験なし
9 男性 40代 15年 18年 3年
10 男性 40代 19年 27年 経験なし
11 男性 40代 16年 20年 経験なし 副看護師長
12 男性 40代 17年 18年 経験なし
13 男性 50代 5年 26年 2.5年
14 女性 30代 13年 14年 12年
15 男性 40代 8年 12年 0.5年
16 男性 40代 6年 11年 0.5年 副看護師長

研究参加者は,男性13名,女性3名の計16名,平均年齢は43.8(±5.8)歳であった.平均精神科経験年数は14.9(±6.2)年,平均看護師経験年数は18.4(±6.1)年であった.16名中9名が医療観察法病棟での勤務経験があった.面接の平均時間は54.8分,面接回数は1人1回であった.

2. 刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎ

刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎとして337コードから,9大カテゴリ,31中カテゴリ,58小カテゴリが抽出された.以下,大カテゴリ(以下《 》で表記)及び中カテゴリ(以下〈 〉で表記)について説明する.また,大カテゴリ,中カテゴリ,象徴的な語りを表2に示す.

表2

刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎ

大カテゴリ 中カテゴリ 象徴的な語り[ID]
犯罪者に関わる恐怖と嫌悪 看護師として対象者に関わることへの怒りや嫌悪がある どういう対象行為をしてきたかって言う点で,それが怖いですよね[10]
こんなひどいことやってる人に対して看護師として礼儀正しくなきゃいけないのかなって嫌な気持ちにはなりました[16]
得体の知れない対象者と深く関わる中で情を向けられる恐怖がある 最初は得体の知れない怖さがあるけど,段々…情を,情を自分に向けられるっていう怖さが途中から来て,そういう怖さになっていく[6]
個人としては対象者を受け入れることができない どうして自分が(対象者と)関わることを強いられるんだっていうような気持ちになるのかなと思う[2]
普通の人と思いたくても犯罪者と捉えてしまう 入院して来た時点で患者さんと言う括りは一緒であっても,犯罪者の印象の方が強い[4]
(刑事精神鑑定の)対象者の人が来ると『人殺しが来るぞ!』みたいに,すごく身構える.[7]
対象者と患者の線引きの困難さ 対象者と患者の線引きが曖昧になる 保護室だったのが,(ホール側の)個室に移室すると,他の患者さんとの線引きが自分自身も曖昧になってくる.と言うかならざるを得ない.[9]
入院中は粗暴行為が出るわけでもなく,看護師の指示動作にも従えて対象行為で人も死んでいないっていう風になると,助けてあげたいなぁっていう気持ちになる[8]
対象者と患者との対応の切り替えが困難である 他の患者さんと対象者の方を続けて対応することもできるんですけど,それをやっちゃうと,僕の中では切り替えが難しくなるなぁって[3]
医師の診断によって対象者を病気の視点だけで見てしまうことに囚われる 良くないとは思うけど,(鑑定診察が進んでいく中で)どうしても病名がつくとその視点でしか対象者を見なくなっちゃう[13]
常に万が一のことを考え続ける不安と緊張 万が一のことを考えると不安と恐怖を感じる 看護師2名で対応する決まりがあっても,やはり何があるかわからないっていう怖さがある[5]
対象者の存在や行動が与える影響を考えて不安が高まる 対象者が入院生活をする中で,この病棟にどれくらいのインパクトを与えるのか,どういった影響与えるのかっていう不安がありました[14]
刑事精神鑑定を受け入れるのに十分でない病院構造が心許ない 一つ扉を開けたら外に出れる環境にあるので,そのハード面があんまり整ってないと余計に不安だったりする[1]
より困難な対象者や退院した対象者が戻ってくるかも知れないという気がかり もっと大変な対象者が来るんじゃないかって言う心配.刑事精神鑑定が次から次に増える時期があったんで[9]
その後どこに行くのかを予期してっていうのでも気持ちが違うと思います.医療観察鑑定で戻ってくるのかとか,措置入院で戻ってくるのかとか.今後自分が関わるのかと言う意味で[14]
手に負えない感情の振り回し 対象者に支配されている感覚に囚われる (仕事外の時間に対象者のことを)思い出します.そういうのが積み重なると,段々とその人に支配されているのと一緒なんで[7]
密に関わりたいが周囲から孤立しそうでできない自分と葛藤する (刑事罰を受けることへの恐怖を)当然だと思わなきゃいけないことと,自分が対象者に関わりすぎると,他のスタッフに何か言われるのかなぁという気持ちが,(密に関わることに)ストップをかける[11]
被害者側に立つと関われないほどに処罰感情が強くなる たまに思いますよ,自分がもし被害者でこんな風に接することができるかって.それはやっぱりできないだろうな.(中略)対象者を処罰したい感情が大きくなりすぎちゃって,多分負の感情ばっかりになっちゃうんで.[7]
(刑事精神鑑定は)当然だと言うことは理解できるけど,自分が(被害者やその家族と)同じ立場でも対象者に関われるかって,正直無理です[13]
犯罪者である対象者に共感してしまう自分に矛盾を感じる (自分の)上の子と対象者が近い年齢だったから,対象者にも親がいてとかがよぎって,なんというか親心だったのかもしれない[11]
対象者と関わる中での自分自身の感情や思考の変化に戸惑う 治療的な関わりや内省を求める入院じゃないとは言え,将来更生していくためにも罪の意識を少しでも感じて欲しいとか,願望がでてくる[4]
ある程度の期間対象者と接していると,『この人いい人じゃん』って言うのが芽生えて,なんか罪を犯している人であっても『あぁ,なんか人間なんだな』っていう…情を持っちゃうところがある[6]
物狂おしい気持ちから解放されたい いろんな感情が複数あって,刑事鑑定入院期間中は,僕の体の中…心の中ではいろいろなつらさが出てきているので.医療なり看護から離れたいって言うふうに思いますね.[3]
終わり(退院)が近づくにつれて,物狂おしい気持ちから解放されるっていうのはあった.『顔を見なくて済むから,考えずに済む』っていう[11]
精神科看護師としての関わりができないことへの自問自答 精神科看護として踏み込んだ関わりができない (患者であれば)社会復帰をして欲しいなっていうところが出てくるので.刑事精神鑑定をしているっていう所で,踏み込めない葛藤はあります[14]
対象者に対して看護師として援助をしないことが本当に良いのだろうかと自問自答する 関わりじゃなく鑑定のためにこの今の素の状態を見るという,援助がないことが,ちょっと怖いなぁというか,『いいのかな?』と,もやもやする[1]
治療とは別だけど,何かしてあげる事はなかったのかなって言う風な…感覚があったんだと思うんだよね[4]
管理・看守の役割を求められるもどかしさ 安全が保障さていない中で高いセキュリティと責任を求められるプレッシャーを感じる 司法から依頼を受けてるって言うところで,そこと同じセキュリティレベルを求められてるんだろうなという気がしてしまう[2]
看護ではなく管理・看守を求められるもどかしさがある 管理っていう風になると刑務所の看守みたいなものだと思っているから.もう話はしない,ご飯,水分,要は人間が生きる上で必要なものだけを提供する看守みたいな感じって考えると,やっぱりモヤモヤしますよね[15]
拘置所と精神科の構造の違いを近づけようとするわけでもなく,精神科における一番厳しい対応を対象者にする感じなんですよね.それはちょっと人としてどうなのかなぁって言う[7]
精神科病院での刑事精神鑑定に看護師が関わる意味が見いだせない 触法精神障害者であれば看護をする上で,病気の部分も見る.病気かどうかもわからないただの犯罪者を我々看護師が見る必要があるのか[9]
関わりが刑事精神鑑定を妨げる懸念 看護師の関わりが刑事精神鑑定の目的達成を妨げる可能性がある 対象者の方が感情的になったり,動揺したりて診察の妨げになったらどうしようと言う怖さの気持ちの方が強い[5]
この人たちは鑑定に来てますからね.その目的を達成させようとこっちも思うので,看護師の関わりでそれが達成できないことが1番辛いかな[7]
明確でない看護師の役割 看護師や関連職種の関わりや役割について明確な情報が得られない 法律や刑事鑑定について,看護師として役に立つ文献というかそういったものがなく,レクチャーしてくれる人もいない[3]
刑事精神鑑定で入院する人たちに対する対応,関わりを学んできたこともない[9]
関連職種の役割が不明瞭である 鑑定するためのシステムは分かるんですけど,その中に僕たち看護師のマニュアルがない[1]
(刑事精神鑑定の医師以外の)役割自体は曖昧ではっきりしないので,そこに疑問を持ちますよね[12]
看護師が何をしてよいのかという確証が得られない 刑事精神鑑定がどこまで僕たち看護師に関わりを求めているのかがよくわからない[16]
普段の方であれば,どんどん深くかかわって治療関係に結び付けようと思うんだけれど,刑事精神鑑定についてはどこまで何をしていいのかについて,全体のコンセンサスがはっきりしない[14]
刑事精神鑑定そのものへの疑問 施設間での対応が統一されていないことへの不安がある 拘置所と病院の設備も違っていれば,対応は病院の裁量に任せられていることが,それでいいんだろうか[6]
刑事精神鑑定に対する風潮を訝かしむ 必要な制度だと思うんです.ただ,弁護側も常套手段として『精神鑑定を希望します』って言ってくる.(中略)弁護側の逃げだとも思うので[8]
刑事精神鑑定の診断が対象者を正確に評価していると信じられない 責任能力の有無を鑑定医が鑑定するって大丈夫なのかっていう.そういう刑事精神鑑定のシステムに対して正確なのかなぁって疑いがあります[16]

逐語録から抜粋した象徴的な語りは斜体とした.( )は研究者による補足,[ ]は研究参加者のIDを示す

1) 《犯罪者に関わる恐怖と嫌悪》

対象者を犯罪者として捉えてしまうことで,看護師個人の恐怖や嫌悪が惹起されることである.4中カテゴリから抽出された.

対象者の入院期間中〈看護師として対象者に関わることへの怒りや嫌悪がある〉体験を繰り返していた.さらに,入院期間中に対象者と過ごす時間が長くなることで〈得体の知れない対象者と深く関わる中で情を向けられる恐怖がある〉や,対象者を看護師として受け入れつつも,〈個人としては対象者を受け入れることができない〉ことで看護師の内面に不一致が生じていた.また,対象者への関わりにおいて対象行為が意識されてしまうことで,〈普通の人と思いたくても犯罪者と捉えてしまう〉状況が生じていた.

2) 《対象者と患者の線引きの困難さ》

病棟内で患者と対象者に同時に対応することで,徐々に区別が曖昧になり,患者と同じように関わりたくなることである.3中カテゴリから抽出された.

看護師は対象者の入院後の行動が落ち着いており,処遇が拡大していくことで徐々に〈対象者と患者の線引きが曖昧になる〉体験をしていた.また,患者と対象者への対応の切り替えが円滑に行えなくなる〈対象者と患者との対応の切り替えが困難である〉や,〈医師の診断によって対象者を病気の視点だけで見てしまうことに囚われる〉ことにより,対象者を患者として捉えてしまっていた.

3) 《常に万が一のことを考え続ける不安と緊張》

対象者の離院や暴力などを常に意識し続けるために生じる不安と緊張である.4つの中カテゴリから抽出された.

病棟内にリスク予測が困難な対象者が存在することで,看護師が〈万が一のことを考えると不安と恐怖を感じる〉ことに繋がっていた.また,病棟内外に〈対象者の存在や行動が与える影響を考えて不安が高まる〉体験や,精神科治療の場であり〈刑事精神鑑定を受け入れるのに十分でない病院構造が心許ない〉思いが生じていた.刑事精神鑑定入院期間の終了後も,より困難な対象者の入院や処遇決定後に別の入院形態で再入院が気になり続けるといった〈より困難な対象者や退院した対象者が戻ってくるかも知れないという気がかり〉を抱いていた.

4) 《手に負えない感情の振り回し》

対象者と関わる中で生じる両価的な感情や予期しなかった感情の変化から逃れられず自らの感情に振り回されることである.6中カテゴリから抽出された.

看護師は常に対象者のことを考えることで,〈対象者に支配されている感覚に囚われる〉体験をしていた.対象者と密に関わりたいと思いながらも,密に関わることで周囲のスタッフに非難され孤立することを懸念し〈密に関わりたいが周囲から孤立しそうでできない自分と葛藤する〉体験の一方で,〈被害者側に立つと関われないほどに処罰感情が強くなる〉体験もしていた.これは,対象行為の被害者やその家族の立場に自分を置き換えたことで,処罰感情が強まり関わる際に平常心を保つことが困難になることである.さらに,対象者の立場と自分やその家族を置き換えることで〈犯罪者である対象者に共感してしまう自分に矛盾を感じる〉体験や,〈対象者と関わる中での自分自身の感情や思考の変化に戸惑う〉体験をしていた.そして,〈物狂おしい気持ちから解放されたい〉という,対象者への関わる場面での相反する感情や,予期しなかった感情の変化に心を乱される体験から解放されたいと思いながらも,解放されずに囚われ続けていた.

5) 《精神科看護師としての関わりができないことへの自問自答》

精神科看護としての社会復帰に向けた援助が行えないことに対して葛藤や不全感が生じ,自問自答し続けることである.2中カテゴリから抽出された.

〈精神科看護として踏み込んだ関わりができない〉は,社会復帰を目指した関わりを自ら止めることで葛藤が生じることである.さらに,治療的な援助が行えない不全感から,自らの関わりを振り返り〈対象者に対して看護師として援助をしないことが本当に良いのだろうかと自問自答する〉ことに繋がっていた.

6) 《管理・看守の役割を求められるもどかしさ》

管理・看守的な役割を求められることで,看護師としての価値観や役割,アイデンティティに違和感が生じることである.3中カテゴリから抽出された.

〈安全が保障さていない中で高いセキュリティと責任を求められるプレッシャーを感じる〉は,対象者との関わる際に看護師の安全が保障されていると思えない環境の中で矯正施設と同じセキュリティレベルと責任を求められると感じることである.〈看護ではなく管理・看守を求められるもどかしさがある〉は,管理・看守の役割を求められる歯がゆさである.これらの体験により,〈精神科病院での刑事精神鑑定入院に看護師が関わる意味が見いだせない〉と感じ,精神科看護師としての価値観やアイデンティティが動揺していた.

7) 《関わりが刑事精神鑑定を妨げる懸念》

看護師が本来の役割に基づいて対象者に関わることで,刑事精神鑑定の目的の妨げになるのではないかと危惧することである.1中カテゴリから抽出された.

〈看護師の関わりが刑事精神鑑定の目的達成を妨げる可能性がある〉は,看護師の治療的な関わりによって入院目的である刑事責任能力の鑑定が遂行されない可能性を危惧することである.

8) 《明確でない看護師の役割》

刑事精神鑑定入院における看護師の役割や実際の看護ケアについて明確に指針がなく,確証が得られないことである.3中カテゴリから抽出された.

〈看護師や関連職種の関わりや役割について明確な情報が得られない〉は,刑事精神鑑定における看護について明確な情報を得られないことへの不安である.〈関連職種の役割が不明瞭である〉は,他職種の役割も不明瞭であり,看護師の役割を他職種と比較しても見出せないことである.これにより,刑事精神鑑定における看護師の役割についての指針や合意がないまま関わり続ける〈看護師が何をしてよいのかという確証が得られない〉不安が生じていた.

9) 《刑事精神鑑定制度への疑問》

刑事精神鑑定の法律や制度,そしてそれらの運用が正確に機能していないのではないかと疑うことである.3中カテゴリから抽出された.

〈施設間での対応が統一されていないことへの不安がある〉は,対象者への対応が,病院と拘置所や,病院間で統一されていないことへの気がかりである.〈刑事精神鑑定に対する風潮を訝しむ〉は,看護師は重大な他害行為を行った被疑者に対して精神鑑定を積極的に行おうとする風潮を疑問視していた.また,〈刑事精神鑑定の診断が対象者を正確に評価していると信じられない〉という責任能力の有無を精神科医師である鑑定医が判断することへの不信感抱いていた.

Ⅵ  考察

1. 刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎの特徴

刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎとして,9個の大カテゴリが抽出された.これらを看護師自身の中で生じる内的体験,対象者-看護師間における体験,刑事精神鑑定制度への反応の観点から【対象者との関わりで翻弄される情動】,【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】,【刑事精神鑑定制度への疑念】の3つに集約された.それぞれの特徴について述べる.

1) 【対象者との関わりで翻弄される情動】

対象者との関わりにおいて看護師個人の感情や情緒が変動し不安定となり,平常を保つことができないことである.《犯罪者と関わる事への恐怖と嫌悪》,《対象者と患者の線引きの困難さ》,《常に万が一のことを考え続ける不安と緊張》,《手に負えない感情の振り回し》から構成される.

看護師は重大な他害行為を行った患者に対して初めは受け入れがたさを感じ,ネガティブな患者像を形成する(宮城,2007).さらに,触法行為は易怒的傾向,暴力嗜癖,被害念慮などに根ざし,入院生活の中で再現されやすい(宮本,2003).犯罪者と捉えることで,恐怖や嫌悪が惹起され《犯罪者と関わる事への恐怖と嫌悪》を感じていた.恐怖や嫌悪の対象となる対象者が病棟内に存在することで,《常に万が一のことを考え続ける不安と緊張》が生じる.これはリスク管理を意識することで生じており,医療観察法鑑定入院が治療よりもリスク管理に主眼が置かれること(村田ら,2008)と共通する.また,触法精神障害者に対する看護実践を通して看護師は,恐れや不安,嫌悪感だけでなく,共感や親近感といった陰性感情の軽減に関連する感情も感じる(松井,2009).つまり,暴力行為等がない状態が続くと対象者にも他患者と同じように関わりたいと感じ,《対象者と患者の線引きの困難さ》が生じていた.

看護師が,自身の感情に対して建設的な対処を行うためには,看護師自身が肯定されるような体験が必要とされる(鎌井,2004).しかし,刑事精神鑑定の対象者は他害行為を行っていることから,否定的な感情を抱きやすい.そのため,対象者に対する肯定的な感情表出がしづらく,自身の感情が肯定されないことで,《手に負えない感情の振り回し》へと収束すると考えられる.このような状況が看護師に対象者を常に意識させ続ける.冨川(2008)は,看護師が患者から脅かされる体験を「患者との関わりの中で自分がイニシアティブを失い,患者という他者にコントロールされることの恐怖であった.」と述べており,《手に負えない感情の振り回し》も同様の体験であると考える.

2) 【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】

刑事精神鑑定の対象者に精神科看護師として関われない葛藤や不全感,看護師役割の曖昧さ,価値観の動揺により,精神科看護師としてのアイデンティティが不確かになることである.《精神科看護師としての関わりができないことへの自問自答》,《管理・看守の役割を求められるもどかしさ》,《関わりが刑事精神鑑定を妨げる懸念》,《明確でない看護師の役割》から構成される.

触法精神障害者への看護実践では,内省深化は重要(松浦,2020)である一方,対象行為について話題を持つことは患者の病状悪化や精神的動揺,関係性悪化に繋がる恐れ・不安が看護師に生じる(熊地,2005).そして,刑事精神鑑定においては,病状や関係性の悪化が鑑定面接に支障をきたす可能性がある.看護師は,《関わりが刑事精神鑑定を妨げる懸念》から,生活上必要最低限のことだけを提供する行動をとっていた.自らの行動が管理・看守的と感じ《管理・看守の役割を求められるもどかしさ》へと繋がっていた.その中で,《精神科看護師としての関わりができないことへの自問自答》が生じていたが,精神科看護師としての関わりを考えること自体が《関わりが刑事精神鑑定を妨げる懸念》へ繋がっており,各大カテゴリは循環する関係にある.

3) 【刑事精神鑑定制度への疑念】

対象者と関わる中で,刑事精神鑑定制度という対象者への関わりを強いる法律や制度などの外部要因に対して疑念が生じることである.《刑事精神鑑定そのものへの疑問》から構成される.

刑事責任能力の鑑定を踏まえた裁判所の判断により司法精神科医療による治療や受刑に繋がる点で,対象者の社会復帰支援としての側面を有する.しかし,看護師には刑事精神鑑定入院の対象者と関わる体験を通して制度の妥当性やシステムの不整備,重大な他害行為はまずは刑事精神鑑定を行うといった風潮を直接感じ,《刑事精神鑑定そのものへの疑問》を抱くことに繋がっていた.

2. 刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎの関連について(図1
図1

刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎの関連

【対象者との関わりで翻弄される情動】と【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】について,看護師は対象者に対して恐怖や嫌悪,処罰感情などの否定的な感情が生じていた.否定的な感情を持つこと自体が看護師としてのアイデンティティが揺るがされる体験である(小宮,2005).また,刑事精神鑑定入院は,看護師役割が不明確な現状に加え,本来の看護と異なる管理・看守の役割を要求されると感じていた.仕事での役割の曖昧さは情緒的緊張を増加させる(田尾,1986)ことからも,相互に影響していると考える.

【対象者との関わりで翻弄される情動】と【刑事精神鑑定制度への疑念】では,刑事精神鑑定制度が存在しながらも実臨床でのシステムの不十分さが,看護師の感情の不安定さに繋がり,感情の不安定さは対象者との関わりを強いる刑事精神鑑定制度によって惹起されると意識するため,相互に影響があると考える.

【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】と【刑事精神鑑定制度への疑念】では,精神科治療を目的としない刑事精神鑑定制度により,看護師は対象者への関わりにおいて葛藤や不全感が生じていた.精神科看護において規則・法律と現実との乖離は,看護師の知識や技能に限界を感じ,無力感に陥る原因(木村・松村,2010)であり,仕事役割の曖昧さは心理的苦痛を増強させていた(Oshio, Inoue, & Tsutsumi, 2021).また,看護師が対象者と関わる中で精神鑑定に対する風潮や,責任能力を鑑定医が判断することなどへの疑問が意識されていたことから,相互の影響が考えられる.

以上より【対象者との関わりで翻弄される情動】,【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】,【刑事精神鑑定制度への疑念】は相互に影響し合い,刑事精神鑑定に関わる看護師のゆらぎをより複雑な体験にしていた.刑事精神鑑定に関わる看護師への情緒的な支援や刑事訴訟法等の関連する法律の理解など教育的支援といった個人への支援だけでなく,刑事精神鑑定における看護師の役割の明確化といった組織的視点での支援が必要であることが示唆された.

Ⅶ  本研究の限界と今後の課題

本研究の限界として,本研究では研究参加者の確保の困難が予想されたことから対象者のプライマリーナース経験の有無を問わなかった.しかし,看護師の中でも中心的に対象者に関わるプライマリーナースの経験の有無はゆらぎの体験に影響する可能性がある.研究承諾が得られた施設はすべて鑑定入院医療機関であった.そのため,研究参加者の選定過程でバイアスが生じている可能性がある.

今後の課題は看護師が対象者と関わり続けるためにゆらぎに対してどのような対処を行なっているのかを明らかにし,看護師への個人および組織的な支援を検討することである.

Ⅷ  結論

刑事精神鑑定入院の対象者に関わる看護師のゆらぎとして,9大カテゴリが抽出され,【対象者との関わりで翻弄される情動】,【精神科看護師としてのアイデンティティの不確かさ】,【刑事精神鑑定への疑念】の3つに集約された.看護師のゆらぎは,刑事精神鑑定を精神科医療の枠組みで受け入れることに起因する.刑事精神鑑定は精神科病院での入院でありながら治療を目的とせず,看護師の役割も明確に規定されていない.精神科看護師としての関わりができないことや看護とは異なる管理・看守の役割を要求されると感じ,心理的苦痛が増強していた.看護師の役割を明確にし,心理的苦痛を軽減する事が必要である.

今後の課題として,刑事精神鑑定入院に関わる看護師のゆらぎに対する対処を明らかにし,看護師への個人および組織的な支援を検討する必要がある.

謝辞

本研究の主旨をご理解頂き協力くださいました看護師の皆様に感謝申し上げます.本研究は令和2年度愛知県看護協会研究助成を受けて実施した.

本論文は愛知県立大学大学院看護学研究科に修士論文として提出したものの一部に加筆・修正を加えたものであり,一部を第31回日本精神保健看護学会学術集会にて発表した.

著者資格

YK,YTは研究の構想及びデザイン,データ収集と分析,および論文作成までの研究プロセス全体に関わった.HYはデータ分析,論文作成における助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2024 Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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