2024 Volume 33 Issue 1 Pages 19-27
本研究の目的は,共感困難な状況下での精神科看護師の新人と熟練の比較を通したかかわりや考えの構造を明らかにすることである.8名の精神科看護師を対象に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した結果,1コアカテゴリー,5カテゴリー,12概念が抽出された.新人看護師は【抱え込みすぎないための自己防衛】といった考えを基軸に【今,ここでのかかわり】に重きを置いていた.一方,熟練看護師は【共感の難しさと限界を自覚】して【今,ここでのかかわり】に留まるのではなく,〈患者の立場に立とうと努める〉ことを土台に【推察しながら意味づけたかかわり】や【対話を通して安心感を提供するかかわり】によって《視点取得的なかかわり》を行っていた.つまり,共感困難な状況下では,新人看護師は一面的なかかわりを,熟練看護師は多面的かつ双方向的な視点取得的なかかわりを行っていたことが明らかとなった.
The purpose of this study was to clarify the structure of support provided by novice and experienced psychiatric nurses and their thoughts in situations where it is difficult to show empathy. Through semi-structured interviews with 8 psychiatric nurses and data analysis using the modified grounded theory approach, 1 core category, 5 categories, and 12 concepts were identified. Novice nurses placed importance on [engagement only here and now] based on the idea of [self-defense to avoid overburdening oneself]. In contrast, experienced nurses did not stay with [engagement only here and now], realizing the [difficulty and limitation of showing empathy], but adopted a <<perspective-taking approach>> to provide [support defined through inference] and [support that provides a sense of security through dialogue], with <trying to put oneself in patients’ shoes> as the foundation. The results revealed that in situations where it was difficult to show empathy, novice nurses provided one-sided support, whereas experienced nurses supported patients, adopting a multifaceted, interactive, and perspective-taking approach.
精神科医療施設では患者に対する人権侵害・虐待事例が後を絶たず,近年でも精神科看護師が患者に暴行を加えるといった報道(千葉日報,2015;神戸新聞,2021;千葉日報,2022)が散見される.看護師であれば,病める人への共感的態度が至極当然のことであり,ましてや患者に暴行ということ自体ありえない.このような事態をもたらすもののひとつに,看護師が患者に対して抱く陰性感情が倫理的な行動を障害しているといった報告(今泉・香月,2020)がある.患者に対して陰性感情を抱く要因には様々なものが考えられるが,特に精神科の医療現場では患者とのかかわりの困難さが影響しているものと考える.先行研究を概観すると,精神科看護師の約9割は日常的に言語的・身体的な暴力を受けている(齋藤ら,2006;酒井・山田・野中,2012;高久ら,2014)ことが明らかにされている.このような受け入れがたい患者の言動を受けて,看護師は共感的に関わることが困難になり,陰性感情を抱いてしまうことも少なくない(四釜・内藤,2009;赤羽・西澤,2015).また,共感できない状況であるにもかかわらず無理に共感的にかかわろうとする看護師自身の感情には偽りや葛藤が生じていることも懸念される(松本・沖本・渡邉,2018).それが感情労働(Hochschild, 1983/2000)の一つであり,否定的側面の感情労働はバーンアウトと影響が強い(高橋・齋藤・山崎,2010).つまり,無理な共感は看護師のメンタルヘルスを脅かしたり看護の質を低下しかねない.
しかし,看護基礎教育では,看護哲学の要として患者・家族の気持ちに共感することが看護師の重要な資質として教育されてきた(武井,2001).また,看護を受ける側にとっての共感について論考した山﨑(2020)によると,共感とは目に見えないものであるが,看護を受ける側にとって看護師の共感は伝わるものであり,患者の心身に望ましい結果を促進すると言及している.精神科看護においても,看護師に求められるコミュニケーション技術として受容,共感,傾聴が強調されている(妹尾,2017).その一方で,共感ということ自体に懐疑的な立場をとるものもいる(信田,2014;五十嵐,2016).これは,本当の意味で他者に共感することは不可能であるという謙虚な立場に由来するものである.また,他者に共感することで有害な結果をもたらすことがあること(Joinson, 1992;澤田,1992;武井,2001)や過剰な共感は自分を苦しめる結果になること(山竹,2022),さらに看護師の疲労やバーンアウトにつながるといった心理的ストレスへの懸念(山﨑,2020)も指摘されている.
つまり,共感という概念は,患者と接するにあたって極めて重要であることは言うまでもなく,患者への共感はあるべき基本姿勢として当たり前のように扱われている(永島,2015).その一方で,看護師にとっては困難や弊害を伴う可能性もあるといった相反する要素を持ったものともいえる.ゆえに,共感困難な状況下において,共感を看護師のあるべき基本姿勢として位置づけることに疑問を呈する.
共感困難な状況においては,共感ではなく認知的側面の共感のひとつである視点取得(perspective-taking)という概念を用いて説明することが可能であると考える.視点取得とは自発的に他人の心理的立場をとろうとすること(Davis, 1994/1999)であり,患者の立場に立って考えることが難しく葛藤を伴うような状況の中でもその立場に立とうとする制御性や自尊心などとの関連性について実証的に検証された向社会的行動を促進する要素のひとつである(松本・沖本・渡邉,2018).そのため,本研究では,すでに明らかになっている共感や視点取得の概念をもとに,共感困難な状況下でのかかわりやその時の考えがどのような構造を成しているのかに焦点をあてたものである.このかかわりという行動や考えといった認知は,認知行動療法において自分の意志でコントロール可能なものとされている.また,認知と行動のパターンやクセについての気付きを促した上で,これらを柔軟にしたり幅を広げたりするセルフマネジメント力を高め,問題の解決を図る(吉永,2022)ことにもつながる.よって,共感困難な状況下において,自分の意志でコントロール可能な行動や考えに焦点をあてた構造を明らかにすることで,困難から可能への転換や,共感へのジレンマや負担感の軽減につながり,看護師自身のセルフマネジメント力の向上や患者に対する治療的なかかわりを可能にするものと考える.そこで本研究では,共感困難な状況下において,新人看護師と熟練看護師の視点から,そのかかわりや考えの構造を明らかにする.
本研究において,共感とは,上野ら(2009)の定義を引用し,患者が今体験している心理的な状況を看護師が分かったあるいは分かり合えたと感じることと定義づける.視点取得とは,Davis(1994/1999)と林(2012)の定義を引用し,患者の立場に立とうと試みようとすることと定義づける.
本研究は,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(木下,2003)(以下M-GTAとする)を用いた質的帰納的研究である.
2. 研究対象者研究対象者は,精神科病院に勤務し研究の趣旨に同意の得られた新人看護師(精神科臨床経験1年未満)および熟練看護師(精神科臨床経験10年以上)とした.これは,新人看護師は患者のネガティブな感情に共感を示すことが容易ではなく,ネガティブな感情に巻き込まれ嫌な気分を体験することが多い(光岡,2019)という先行研究と,熟練看護師は患者の受け入れがたい言動に対して葛藤を抱きつつも試行錯誤しながら患者の苦悩を理解しようとする(松本・沖本・渡邉,2018)という先行研究から,新人看護師と熟練看護師の共感の傾向に着目するためである.共感困難な状況下でのかかわりやその時の考えなどについて,具体的な状況や感情も含めて詳細に語ることのできる精神科看護師の方を看護部長より推薦してもらい研究対象者とした.
3. データ収集方法インタビューガイドを用い,個室にて半構造化面接を行った.インタビューガイドの主な内容は,共感困難な患者にかかわり続けている過程において,その時のかかわりや状況,その時の自分の考えや気持ちなどである.回答内容に応じてその心理を掘り下げながら面接を行った.調査期間は令和4年8月から令和4年10月であった.
4. データ分析方法本研究のデータ分析には,M-GTAを用いた.本研究で取り扱う現象は,精神科臨床現場の共感困難な状況下でのかかわりや考えについて,精神科看護師の視点から明らかにすることを目的としている.その構造化に向けて,詳細に語られた内容を十分に活かしつつ,看護師の視点で語られた現象の本質や関係性について説明できる枠組みを作ることが必要となる.なお,M-GTAでは分析テーマと分析焦点者を設定する.本研究における分析テーマは「精神科看護師は共感困難な状況下でどのように考えかかわっているか」,分析焦点者は「共感困難な状況下でかかわり続けている精神科看護師」とした.このように得られたデータが,精神科看護師と共感が困難な患者という限定されたものであること,そして患者-看護師関係という相互作用の中で変化していく内的体験を明らかにするという点,さらに研究者自身が面接や分析を実施していくことから,研究する人間の視点を重視したM-GTAが適していると考えた.分析方法の詳細は,まずインタビューした内容から逐語録を作成し熟読した.次に分析テーマと分析焦点者に照らして分析テーマと関連の強い文脈を抽出し,データの背後にある意味の流れを読み取り,そのデータを説明する概念を生成した.Grounded on dataの原則にのっとり,自分の解釈やデータに対して継続的に対極比較をしながら,新人看護師と熟練看護師のデータが識別できる状態で分析を行った.そして,概念間の関係性を考えて関連のある概念同士をまとめてカテゴリー化し,相互の関係についての概要を結果図に表したうえでストーリーラインとして簡潔に文章化した.研究の全過程において,スーパーバイズを継続して受けることにより質的研究の信頼性,妥当性を確保するよう努めた.
5. 倫理的配慮本研究の実施にあたり,各施設の看護部長および対象者に対して,研究の趣旨,参加の自由,不参加により不利益が生じないこと,匿名性の保証等について文書と口頭で説明し,書面にて同意を得た.特に,新人看護師は上司からの推薦を受けることで本研究への不参加の意思を表明しづらいことが懸念されるため,新人看護師はもちろんのこと,対象者全員に参加の可否は自由意思に基づくものであり,辞退や同意の撤回をしても推薦者である看護部長には伝えないことについても口頭および文書で説明した.面接はプライバシー保護のために個室で行い,録音も許可のもと行った.結果の記述においては,個人が特定されないよう留意して表記し,研究の公表についても承諾を得た.なお,本研究は福山平成大学研究倫理審査委員会で承認を受け(承認番号4-1号)実施した.
本研究の対象者は,研究協力の承諾が得られた2施設から8名(男性2名,女性6名.このうち新人4名,熟練4名)であり,新人看護師は4名とも精神科病院入職後5か月程度であった(このうち2名は精神科病院入職前に他科での看護師経験をもつ看護師であった).熟練看護師の平均精神科勤務経験年数は26年であった.全体の平均面接時間は35.1(±11.1SD)分であった.
2. 分析結果生成された概念は12概念であった.そのうち意味内容の同類性に基づき,5カテゴリー,1コアカテゴリーが生成された.これらの関係性を示す結果図を作成し,精神科看護師の共感困難な状況下でのかかわりや考えの構造として示した(図1).なお,《 》はコアカテゴリー,【 】はカテゴリー,〈 〉は概念とした.ストーリーラインは以下のとおりである.
共感困難な状況下における精神科看護師の新人と熟練の比較を通したかかわりや考えの構造
精神科看護師の共感困難な状況下でのかかわりや考えの構造は,新人看護師と熟練看護師では異なっていた.新人看護師は【抱え込みすぎないための自己防衛】といった考えを基軸に【今,ここでのかかわり】に重きを置いていた.一方,熟練看護師は【共感の難しさと限界を自覚】して,【今,ここでのかかわり】に留まるのではなく,〈患者の立場に立とうと努める〉ことを土台に【推察しながら意味づけたかかわり】や【対話を通して安心感を提供するかかわり】によって《視点取得的なかかわり》を行っていた.
次に,概念と看護師の語りの抜粋を示しながらカテゴリー,コアカテゴリーについて説明する.なお,データの後ろに語った看護師のIDを示した.1,2,4,5は新人看護師であり,3,6,7,8は熟練看護師である.
1) 【今,ここでのかかわり】【今,ここでのかかわり】は〈ありのまま受け止める〉〈思いを否定せずに聴く〉〈ともにある〉の3概念から構成される.新人看護師は,共感とは「例えば,悪い話であったとしても,その時はそのまま受け止めるようにしています(№2)」「何度も同じことを訴えられるときは,今日は何回も訴えに来られる日なんだなと思って受け止めるようにしています(No. 4)」「同じことを繰り返し訴えられているなと思っても,ああ,これが一番つらいのかなって思って受け止めるようにしている(No. 5)」といった〈ありのまま受け止める〉ことや「患者さんの思いをまず知ろうという姿勢が大事じゃないかと思います(No. 1)」「肯定も否定もせず,そうですねという声掛けだけでもたぶん安心してくれていると思うんです.患者さんから『聞いてくれるだけでいいんです.ありがとう』って言われて笑顔が見られたらよかったなって感じます(No. 5)」のような〈思いを否定せずに聴く〉ことを大切にしていた.熟練看護師も「訴えをできるだけ理解しようとしながら,『そういう気持ちなんですね』っていうのを返すようにしています(No. 3)」「辛い話だね,辛いね.もうちょっと話聴こうか(No. 6)」「『〇〇さんはこういうことが辛いんですね』と言うことしかできないこともあります(No. 8)」といった〈思いを否定せずに聴く〉ことや「なんか,やってる動作が粗雑だなっていうのが感じ取れたら,今日はちょっといらついているのかなと(No. 7)」「保護室でご飯も食べないし薬もやっと飲む感じで,全くしゃべらないし,そういう状況でもしばらくずっとそこにいることにしました(No. 8)」といった〈ありのまま受け止める〉ことをベースとし,さらに「同じ空間にいて一緒に考えたり,いい言葉が見つからなくても一緒にいたりする(No. 5)」「ご飯も食べないし薬もやっと飲む感じでしゃべらないし.そういう状況でも時間があるたびにずっとおらして(そばにいさせて)もらったんです.無言の,それこそいるだけっていう(No. 8)」といった〈ともにある〉姿勢で,【今,ここでのかかわり】をかかわりの始点として位置づけていた.
2) 【抱え込みすぎないための自己防衛】【抱え込みすぎないための自己防衛】は〈依存されないための境界作り〉〈「巻き込まれないように」という意識の強さ〉の2概念から構成される.新人看護師は,「すべての話や思いを受け止めたいと思うんですが,精神科の患者さんの依存性の高い患者さんにはあまり思いばかりを聞きすぎると患者さんのセルフケア能力を奪ってしまうので,難しい時は難しいとはっきり言おうと決めています(No. 1)」「わかるよってあまり言うと依存されてしまって逆に自分がしんどくなってしまったりするから,分かるよって安易に言わないようにしている(No. 2)」といった〈依存されないための境界作り〉や「ちょっと疲れてきたら少し距離を置くというか,極端には置かないんですが,会話をちょっと切ってみたり,120%はい,はいと聞くんじゃなく,ちょっと引いた方がいいなって(No. 1)」のような〈「巻き込まれないように」という意識の強さ〉をもって【抱え込みすぎないための自己防衛】をしながらかかわっていた.
3) 【共感の難しさと限界を自覚】【共感の難しさと限界を自覚】は〈共感は難しいものという認識〉〈一人で抱え込まない意識〉の2概念から構成される.熟練看護師は,「自分とかけ離れた感情を持っておられるような患者さんに対しては,理解するのが難しいですね(No. 3)」「共感しようと思っても『私の気持ちがわかるわけがない』って言われたら,いや,それはもう,本当に難しいと思います(No. 8)」のように〈共感は難しいものという認識〉をしたり,「難しいと思えば,もうバトンタッチするしかない(No. 6)」「私も人間なんで.『ちょっと難しいね.応援頼むかもしれないので,いいかな』とかって,私一人で抱えなくてもいいかなと(No. 7)」のように〈一人で抱え込まない意識〉を持つことで【共感の難しさと限界を自覚】していた.
4) 《視点取得的なかかわり》《視点取得的なかかわり》は【推察しながら意味づけたかかわり】【対話を通して安心感を提供するかかわり】の2カテゴリーと,〈患者の立場に立とうと努める〉の1概念から構成される.
(1) 【推察しながら意味づけたかかわり】【推察しながら意味づけたかかわり】は〈過去と現在を繋ぐ〉〈言動から推しはかる〉の2概念から構成される.熟練看護師は,「患者さんから退院する時とかに『あの時,話を聞いてくれてありがとう』『話を聞いてくれたから,あれからすごい元気が出た』とか言ってもらうと,あの時のあの時間は患者さんにとっていい時間だったんだな,とかそういう風にしたのが効果があったんだなって思えます(No. 3)」「やり取りの中で『やっぱり,そこだったんだよね』って不消化だった自分の中に,腑に落ちなかったものが腑に落ちた瞬間,これが共感かもしれないなって思うことがあります(No. 7)」のような〈過去と現在を繋ぐ〉ことで患者の言動の意味づけを行ったり,「患者さんはどんなことを願っているのか.ただ不満だけ言いたいのか,その不満ってどうにかして欲しい事なのかっていうことを自分の中で考えて解釈してっていうところが必要じゃないかなって(No. 6)」「相手がうわーって反応した時,これは今は難しいなってちょっと距離をあけ,これ以上踏み込むとその人が余計に興奮するんじゃないかなっていうところを考えるようにしたり(No. 7)」といった〈言動から推しはかる〉ことで患者の思いを推察していた.
(2) 【対話を通して安心感を提供するかかわり】【対話を通して安心感を提供するかかわり】は〈思いを引き出し意向を確認〉〈自己開示を活用した心理的距離の短縮〉の2概念から構成される.熟練看護師は,【今,ここでのかかわり】をさらに発展させて,「どうしたのかな,なんかイライラしているの?よかったら話してもらえる?(No. 7)」「『さっき〇〇って言ってこられたのはどうでしたか?』と半分質問しながら半分相手に答えを言ってもらうようにしています(No. 8)」といった〈思いを引き出し意向を確認〉したり,「年の功じゃないけど,(自分は)いろいろ人生経験もして来ているので,自分の経験を話したりして.それで(患者の)引き出しを開けてっていうことをしています(No. 6)」「抑うつ気分が強い時や希死念慮がある時なんかは,『私はあなたの体が心配なんです』といったアイメッセージ,自分のメッセージを伝えるようにしています(No. 8)」といった〈自己開示を活用した心理的距離の短縮〉を図るような働きかけによって【対話を通して安心感を提供するかかわり】をしていた.
(3) 〈患者の立場に立とうと努める〉「患者さん目線が一番です.患者さんが私のこの言葉を聞いたらどう思うかなとか,どうしたら安心してもらえるかなとか,落ち着いてくださるかなっていうのが一番です(No. 3)」「『幻聴が聞こえて辛いんです』って言われた時に,幻聴が頭の中に入ってきて命令されるといった患者さんの辛さを自分に置き換えて考えるようにって思っています(No. 8)」といった〈患者の立場に立とうと努める〉ようなかかわりを行っていた.
精神科看護師の共感困難な状況下でのかかわりや考えの構造として,1コアカテゴリー,5カテゴリー,12概念の関係性が明らかとなった.以下にその構造について考察する.
1. 一面的なかかわりと多面的かつ双方向的なかかわりの違い共感困難な状況下では,新人看護師は一面的なかかわりを,熟練看護師は多面的かつ双方向的なかかわりを行っていたことが明らかとなった.
キャリア発達の初期段階にある新人看護師にとって,患者のネガティブな感情に共感を示すことは容易ではなく,同時に患者の感情に巻き込まれてはいけないという感情規則があるため,自身に生じたネガティブな感情を隠して表層演技で場をしのぎ,しっくりこない体験をしている(光岡,2019).つまり,新人看護師は,患者に共感を示すことはよいとされる感情規則に縛られ,今ここでの共感の可否自体が目的となって【今,ここでのかかわり】に専心し,共感できない状況において【抱え込みすぎないための自己防衛】をしていたものと考える.
一方,熟練看護師は,【今,ここでのかかわり】に留まるのではなく,共感は難しいものという認識を持ちながら一人で抱え込むことなく,患者の言動を推察しながら意味づけ,対話を通して安心感を提供できるようなかかわりを意識していた.つまり,自己の限界や共感できない自分を認め自覚することで,そこから次にどうするかという多面的かつ双方向的な柔軟な姿勢でかかわっていたと考える.スティーブン・C・ヘイズら(2012/2014a)が,ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の中で提唱した人間の機能モデルの中に,心理的柔軟性(Psychological flexibility)という概念がある.心理的柔軟性とは,不必要な防衛がない状態であるがままのものとして行動を維持または変化させていくことである.換言すると,今この瞬間への気づきを維持しながらも否定的な思考・感情を受け入れながら,自分にとって価値ある行動をとっていく心の力のことであるといえる.そして,この心理的柔軟性はスキルのひとつであり,トレーニングによって習得や向上が可能とされている(スティーブン・C・ヘイズら,2012/2014b).つまり,熟練看護師は,長年にわたる患者とのかかわり体験を通して,共感への限界や自己への限界を認識しながらもこの患者に必要な看護とは何かという価値の試行錯誤の積み重ねによって心理的柔軟性が獲得,向上できたのではないかと考える.このように熟練看護師においては,共感困難な状況下では,その難しさや限界を認識した上で一人で抱え込むことなく柔軟な姿勢でかかわりを継続するという意識的な要素を持った構造であることが示唆された.
2. 共感困難な状況下での視点取得的なかかわり本研究で明らかとなった【抱え込みすぎないための自己防衛】といった考えを伴った【今,ここでのかかわり】は,共感困難な状況下であるにもかかわらず共感することが前提にあり,心理的負荷の大きいものといえる.よって,共感困難な状況下であるにもかかわらず,共感できなければ葛藤を抱えることになりかねない.一方,熟練看護師は,共感困難な状況下では【共感の難しさと限界を自覚】するという考えが根底にあり,そのうえで【視点取得的なかかわり】を実践していた.視点取得は,制御性(登張,2000;奥平ら,2005),攻撃性抑制(登張,2000;奥平ら,2005;常岡・高野,2012),アサーティブな姿勢(安藤・新堂,2013),自尊心の強さ(Davis, 1983;Richardson, Green, & Lago, 1998)と関連がある.本研究で明らかとなった【共感の難しさと限界を自覚】しても自尊心は低下することなく,共感困難であっても困難感を制御しながらかかわることができたこと,また自己開示や意向の確認といった安心感を伴うアサーティブな姿勢,共感困難であっても攻撃的にならない対応は,視点取得の要素を包含しているといえる.さらに患者の表面的な言動にとらわれることなく,その言動の奥に隠れている気持ちを理解しようとする,このような~しようとするという積極的で意識的な姿勢,つまり〈患者の立場に立とうと努める〉といったかかわりも視点取得へと向かうものである.このように熟練看護師のかかわりや考えは,視点取得の概念に沿ったものであった.
以上のように,本研究で示された共感困難な状況下でのかかわりや考えの構造を示すことは,共感の概念の幅を広げるだけでなく,行動や認知といった自分の意志でコントロール可能なもの,ひいては共感困難な状況下では,共感はできなくても視点取得的なかかわりはできるという捉えなおしが可能になるという点で意義あるものと考える.
本研究は,M-GTAの特性上,精神科看護師と共感困難な状況という限定的に説明力を持つという方法論的限定を持つものである.また,研究対象者の選定が便宜的サンプリング方式であるうえ,対象者数が少ないこと,精神科看護師の主観的体験であり客観的な内容を示すものではないことから,理論として一般化するには限界がある.今後は,対象者数を増やすとともに精神科看護師以外の看護師も対象として広げ,本研究の成果が精神科看護師に限定された特有の構造であるのかを追究していく必要がある.さらに,臨床現場での実践を重ね合わせつつ,実際の状況に沿った内容を加えるとともに,本研究結果で得られた構造について検証するような量的研究が求められる.
本研究により,精神科看護師の共感困難な状況下でのかかわりや考えの構造として,1コアカテゴリー,5カテゴリー,12概念が抽出された.新人看護師は【抱え込みすぎないための自己防衛】といった考えを基軸に【今,ここでのかかわり】に重きを置いていた.一方,熟練看護師は【共感の難しさと限界を自覚】して【今,ここでのかかわり】に留まるのではなく,〈患者の立場に立とうと努める〉ことを土台に【推察しながら意味づけたかかわり】や【対話を通して安心感を提供するかかわり】によって《視点取得的なかかわり》を行っていた.つまり,共感困難な状況下では,新人看護師は一面的なかかわりを,熟練看護師は多面的かつ双方向的な視点取得的なかかわりを行っていたことが明らかとなった.
本研究にご協力いただきました対象者の皆様,医療機関の皆様に深くお礼申し上げます.なお,本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(若手研究,課題番号:22K17465)の助成を受けて実施した.
YMは研究の着想から最終原稿作成に至るまで研究プロセス全体に貢献した.MGはデータ分析および解釈への示唆,最終原稿作成に至るまで研究プロセス全体への批判的な推敲に貢献した.すべての著者が最終原稿を読み承認した.
利益相反は無い.