2024 Volume 33 Issue 1 Pages 28-36
本研究は,うつ病をもつ人の自殺再企図の経験について明らかにし,自殺再企図を予防するための看護への示唆を得ることを目的とした.うつ病をもつ自殺企図を2回以上繰り返した人5名に,自殺企図の経験等について半構成的面接で尋ねた.得られたデータをGiorgiの科学的現象学的アプローチをもとに分析した.
うつ病をもつ人は,心理的な苦痛を蓄積させ,【制御を超えた閉塞的状況の持続によって自殺に追い込まれ】ていた.死ぬことが解決方法と考えた状態で引き金となる精神的な揺さぶりがあり,【つらい現実からの解放を求めた衝動的な自殺行動】を起こして【死への欲動に駆られた自殺行動への突進】に至っていた.同時に,迷いや心残りを有し【確実な死の決行からの意識・無意識の撤退】をしていた.自殺企図の後も根本的な問題は解決していなかった.
自殺企図を当事者の視点で理解し,死からの解放につながるセルフコントロールと看護支援が重要と示唆された.
This study aimed to explore the experiences of individuals with depression who have made multiple suicide attempts and to obtain suggestions for nursing care to prevent such attempts. Semi-structured interviews were conducted with five individuals with depression who had attempted suicide twice or more. The data obtained was analyzed on the basis of Giorgi’s scientific phenomenological approach.
Individuals with depression had accumulated psychological distress and experienced [suicidal behavior due to persistent occlusive situations beyond their control]. They reached a state of thinking that death was the only solution, and the resultant psychological turmoil led to [impulsive suicidal behavior in search of release from painful reality] and [a rush to suicidal behavior driven by the desire to die]. At the same time, they also experienced hesitations and regrets, [consciously or unconsciously withdrawing from the decision of certain death]. Notably, even after the suicide attempt, the underlying problem causing the distress had not been resolved.
It was suggested that understanding suicide attempts from the perspective of individuals with depression is essential and that self-control and nursing support are crucial in helping these individuals escape from the state of being obsessed with suicidal thoughts.
自殺は世界的な問題となっており,World Health Organization(WHO)は世界各国に包括的な対策を求めている(World Health Organization, 2014/2014).日本においても自殺対策が進められ,年間3万人を超えていた自殺者数は減少し,近年では年間2万人ほどで推移している(厚生労働省,2022).しかし,諸外国の自殺の状況と比較すると,日本の自殺死亡率は世界保健機関加盟国の中で上位5番目,先進7か国の中では最も高い(厚生労働省,2022).
自殺は様々な要因が複雑に作用することで引き起こされると指摘されており(大西,2015),特に自殺企図歴を有する者は自殺再企図に至る危険性が高い(Yoshimasu, Kiyohara, & Miyashita, 2008).日本における自殺未遂歴の有無別にみた自殺死亡者の割合では,全自殺死亡者の20.5%に自殺未遂歴があり,男女別では男性15.3%,女性30.7%と,女性の方が未遂歴をもつ割合が高い(厚生労働省,2022).また,精神障害への罹患も注意すべき危険因子であり,自殺者の96.8%が自殺前には精神疾患の診断のつく状態であったことが示されている(Bertolote, & Fleischmann, 2002).精神疾患別の累積自殺率では,双極性障害(女性4.78%・男性7.77%)で最も高く,次いで大うつ病性障害(女性3.77%・男性6.67%),3番目に統合失調症(女性4.91%・男性6.55%)と推定されている(Nordentoft, Mortensen, & Pedersen, 2011).特に抑うつエピソード時の自殺再企図は重度うつ病における自殺死亡の危険因子である(Brådvik, & Berglund, 2011).これらのことから,自殺企図歴のあるうつ病をもつ人への理解や支援が重要であると考える.
うつ病をもつ人の自殺企図の経験に関して,西川ら(2004)は,自殺企図で入院した患者には達成感があったと報告している.長田・長谷川(2013)は,うつ病者の自殺企図前後における感情と状況について,自殺前には【常在する自殺念慮】【強い孤独感】などの感情があり,自殺後には【死への執着】【抑うつ状態の持続】【再生への意欲の芽生え】などの感情や状況があったと示している.西田ら(2017)は,気分障害患者が1年以上自殺再企図せずに経過できたことに影響を与えた要因として,【新たな生活習慣の獲得】や【再企図を思いとどまる気持ち】などがあったと報告している.
自殺企図前後におけるうつ病をもつ人の感情や状況については明らかにされているが,自殺再企図という特定の現象におけるうつ病をもつ人の心理や行動,背景については明らかにされていない.そこで本研究では,うつ病をもつ人の自殺再企図の経験について明らかにし,自殺再企図を予防するための看護への示唆を得ることを目的とした.本研究から,うつ病をもつ人が自殺に追い込まれる心理や行動,背景について理解することができ,自殺再企図を予防するための知見と看護への示唆が得られると考える.
本研究では,精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)をもとに,「抑うつ障害群」のうつ病/大うつ病性障害と診断を受けた人を対象とした.加えて,自殺企図時の状態は診断基準において抑うつエピソードに含まれることから,抑うつエピソードをもつ「双極性障害群および関連障害群」の双極性障害と診断を受けた人も対象とした.
2. 自殺企図および自殺再企図本研究では,自殺企図(World Health Organization, 2014/2014;Durkheim, 1897/2018)を「死ぬことを目的とした行為であり,結果として死に至らなかった自己破壊的な行動」と捉え,自傷行為(Walsh, 2006/2007)と区別した.自殺再企図を「過去に自殺を試みた経験のある者が再び自殺企図を行うことで,2回以上自殺企図を行うこと」とした.
3. 経験本研究では,「環境との相互作用を通して精神も身体も変化を続けながら存在している当事者の生きざまであり,振り返ることによって捉え直した意味のある体験であり,時間的な構造をもつもの」とした.
本研究では,うつ病をもつ人の視点から自殺再企図という特定の現象について探求し,自殺再企図を予防するための示唆を得ることを目的としている.そこで,特定の現象を経験した人々の生きられた経験を明らかにすることを探求の目的とするGiorgiの科学的現象学的アプローチを用い,うつ病をもつ人の心理や精神症状に注目するとともに,精神看護学における看護実践者の立場から分析した.
2. 調査期間調査期間は,2020年4月から2021年6月であった.
3. 対象者本研究では,うつ病または抑うつエピソードをもつ双極性障害と診断を受け,外来受診を継続しおり,自殺企図を2回以上繰り返している人を対象とした.最後に自殺企図をしてからの期間が1年未満の人は除外した.
うつ病は,急性期が6~12週,継続期が4~9か月,維持期が1年以上という経過をたどり,維持期の開始時点が回復とされている(Qaseem, Barry, & Kansagara, 2016).また,意図的な自損行為を行った者は,一般集団に比べて1年以内の自殺の相対危険度が66倍であったと報告されている(Hawton, Zahl, & Weatherall, 2003).これらを踏まえ,自殺企図の経験を語ることによるリスクを低減するため,最後に自殺企図をしてからの期間が1年未満の人を除外した.
対象者のリクルート方法として,最初にうつ病の当事者会で本研究に関する告知を行い,協力の意向があった人に文書と口頭で説明し,書面で同意を得た.対象者の人数を確保できなかったため,次に自殺防止サポートセンターの責任者に文書と口頭で説明を行い,書面による同意を得た後に候補者選定と仲介の協力を得た.紹介を受けて候補者への説明を行い,書面による同意を得た.対象者から同意を取得した後,各対象者の主治医に文書または口頭で本研究の説明を行い,当該対象者の本研究への参加に関して書面で了解を得た.研究者は,同センター職員と日頃からうつ病をもつ人の自殺予防に関する協力関係ができており,事前に対象者の紹介を受け,インタビューをスムーズに遂行できた.
4. データ収集方法本研究では,対話を主とした半構成的面接法を用いてデータ収集を行った.インタビューは1回60分から90分程度とし,内容を正確に把握するため,あらかじめ対象者の同意を得たうえでICレコーダーに録音した.質問項目は,①属性に関する内容(年代,職業,同居家族,自殺企図の回数,最終自殺企図の年),②自殺企図の経験に関する内容(自殺再企図を含み,その時々の状況や感情)とした.
5. 分析方法Giorgiの科学的現象学的アプローチ(Giorgi, 2009/2013)をもとに以下の手順で分析した.
1)全体の意味を求めて読む:インタビューで語られた内容を対象者ごとに逐語録に起こし,記述全体の意味を理解するため,各逐語録を精読した.
2)意味単位の決定:各対象者の記述から自殺再企図の経験に関する意味に注目して分節化し,意味単位とした.
3)意味単位に含まれる対象者の語りの変換:抽出した意味単位の記述に対して,精神看護学における看護実践者の立場から記述した.具体的には,第一段階として対象者の語りを三人称表現の記述に変換し,第二段階として自殺再企図をしたうつ病をもつ人の心の動きや精神症状,生活背景等に注目し精神看護学に携わる研究者・実践者で了解可能な客観的な記述に変換した.
4)変換した各意味単位の内容の類似性に沿って分類し,各対象者の経験に共通する内容を構成要素として記述し,内容を端的に表現したテーマを付した.
5)最終的に導き出された全テーマの相互関係から,うつ病をもつ人における自殺再企図の経験の構造を記述した.
6. 信憑性の検討Giorgiの方法では,科学的現象学的還元(scientific phenomenological reduction)から自由想像変更(free imaginative variation)を用い,研究者の研究分野への感受性をもって分析を行う.科学的現象学的還元は,Husserlが心理学的現象学的還元と示したもので,「科学的現象学的還元においては,意識の最高の視点にまで遡らず,心理学的に生きられた経験が住まう生きられた現実のレベルにより近いところに留める」(Giorgi, 2009/2013)ものである.信憑性を確保するためメンバーチェッキングを行うことがあるが,本研究では,対象者の自然的態度による語りに対して研究者の研究分野の観点から分析を行うため,精神看護学に携わる研究者間で結果を確認し,研究の全過程を通して現象学的研究法の研究実績を持つ質的研究者によるスーパーバイズを受けた.
本研究は,「人を対象とする生命科学・医学系研究 倫理指針」に則り,新潟県立看護大学倫理委員会の承認(承認番号:m019-12)を得て実施した.
本研究の説明に際し,参加の任意性や研究を断った場合や途中の撤回の場合も不利益になることは一切ないことを文書および口頭で説明した.本研究では自殺企図に関する侵襲的な内容を聴取するため,リスクを最小限にする方策として,研究参加の途中の体調不良時は中止・中断の申し出が可能であること,話したくない内容は無理に話さなくて良いことを重点的に説明した.インタビューの実施にあたり事前に対象者の主治医に連絡を取り,本研究の説明および対象者の参加に関する了解を書面で得た.状態が変化した場合に備えて不調時対応フローチャートを作成し,インタビュー中に不調となった場合に対応することとした.さらに,準備した方法で改善しない場合は,研究者が付き添って受診することとした.
対象者の概要
ID | A氏 | B氏 | C氏 | D氏 | E氏 |
---|---|---|---|---|---|
年代 | 40代 | 30代 | 50代 | 40代 | 40代 |
性別 | 男性 | 女性 | 女性 | 女性 | 女性 |
診断名 | 双極性障害 | うつ病 | うつ病 | うつ病 | うつ病 |
職業の有無 | 有 | 有 | 無 | 無 | 有 |
同居家族の有無 | 有 | 有 | 有 | 有 | 有 |
自殺企図の回数 | 2回 | 3回 | 5回 | 4回 | 3回 |
自殺企図の方法 | ・飛び降り ・焼身 |
・入水 ・手首切傷 |
・過量服薬 ・腹部刺創 ・入水 ・縊首 |
・過量服薬 | ・過量服薬 +入水 |
対象者は5名(男性1名,女性4名)で,年齢は30代~50代(平均年齢44.6歳,SD = 5.7)であった.全インタビューの平均時間は,75分(SD = 10.64)であった.
2. うつ病をもつ人における自殺再企図の経験うつ病をもつ人における自殺再企図の経験として,4つのテーマが得られた.
以下,テーマを【 】,対象者の語りを「ID:斜体(太字)」,研究者の語りを「研:斜体(太字)」で表記し,意味内容が伝わりやすいよう( )で補足した.各テーマに関して対象者の語りを抜粋して説明する.
1) 各テーマに関する対象者の経験 (1) 【制御を超えた閉塞的状況の持続によって自殺に追い込まれる】対象者は,自力で解決することが困難な状況が続いたことで心理的な苦痛を蓄積させていき,徐々に死に追い込まれていった.
A氏は人との関係性が良好であることが当然であると考えており,職場の人や仕事の取引先の相手,家族との良好な関係性を構築できていないと感じることが非常に負担であった.状況が改善せずに負担感を蓄積させていき,生きる意味がないと感じるほどに追い込まれていった.
A:(人との)関係が良好であるのが当たり前で,悪化した関係,パワハラの時もそうだったんですけど,悪化した関係しか築けないっていうのは自分にとってすごく負担でした.さらに負担だったのはやっぱり,コミュニケーションすらなすことができない…自分はもう生きていく意味がない,っていうのがありましたね.
B氏は夫との悪化した関係が数年間続いており,自分では解決できない状況にあった.離婚の話になり感情的な言い争いとなったことで,消えてしまいたいと願うようになった.
B:(きっかけは)何だったんですかね.多分その元旦那と離婚するしないの時ぐらいだったと思います.離婚の話出た後ぐらいで,何かこうウワーって言い合いじゃないですけど,そのあたりだったと思います.…疲れてもういいやってなって,…いうので,そんなんで,だったと思います.勢いです.
研:勢いで,その時も消えてしまいたいって….
B:あ,そうです.もうヤダって.もう,全てが嫌っていう感じです.何も考えたくない.とにかく何も考えたくないためにはどうしたら良いのっていう感じでした.いなくなればいいじゃんっていうもうほんとそういうんですね.
(2) 【つらい現実からの解放を求めた衝動的な自殺行動】対象者は,自己の認識や生活環境の中で生じている苦痛からの解放を願っており,死ぬことが解決方法であると考えた状態で引き金となる精神的な揺さぶりがあり,死への欲動(死にたいという願望)と環境(死を推測できる手段や状況)が合致することで衝動的に自殺を決意し,行動を起こしていた.
C氏は父親の束縛から「休みたい」「解放されたい」と思い,頭に血が上った時や何も考えられなくなった時に衝動的に行動を起こしていた.いつでも死ぬことができるよう準備をしており,父親の母親に対する感情的な発言を聞いたことによってC氏の感情が高まり,行動を起こした.
研:その包丁,でお腹を刺したのは,どういう…経緯だったんでしょうか?
C:押し入れにずっとしまってあって,持ってはいたんですけど,父が母に対して,うんちょっと,強いことを言っていたので,カッとなって…もう自分のことでケンカしないでって思って…,うん…意識はちょっと覚えてないですね.ただ刺した時のピリピリっていう感触,今でも忘れないです.
研:…その時も…死のうと思って,刺したんですか?
C:そうですね.切腹すれば,死ねるんじゃないかって思ってました.もともと父の暴力があって,それで悩んでいたんで….
E氏は自身の体型や思い通りにならない出来事に対して苦悩を感じていた.対処行動をとったが変わらず,次第に自暴自棄になっていった.苦悩からの解放を求めていたところに容易と思える自殺方法を思いつき自殺行動を起こした.
E:4月に薬が,3月かな,薬が変わって.ちょっと太ったんですよね.それが,どうしても痩せられなくて,ウォーキングとかもしてたんですけど全然痩せなくて,(薬を)変えてほしいって言ったんですけど,別にそんな太ってないんだから痩せる必要ないし大丈夫だって言われて.でも何かちょっと先生ともそれがきっかけでギスギスしてきちゃって,っていうのもあって,一つはその痩せられないっていうこととかもあったし,ま,でもそれが一番だったと思うんですけど,もうちょっと自暴自棄的になっていって,それもやっぱりこう,思いついて.それは熱中症で,やられたら楽かなー,寝てる間に熱中症で死ねたら楽かなーと思って,それは夏だったので,ちょっと睡眠薬飲んで,車に寝てたら,楽かなーとか思って,決行しました.
研:なるほど.楽に,死ねるかなって感じなんですかね….
E:そうですね….休みの日だったんです.休みで,何か昼頃,そうですね昼頃.でもどういう経緯で病院に運ばれたかは,ちょっと覚えてないです.ちょうど猛暑で熱中症で死亡する人が多かったんです.その時すごい多くて,多い時でこれ狙えるかもしれないって.
(3) 【死への欲動に駆られた自殺への突進】対象者は,冷静な状態では死への恐怖を感じていたが,自殺を決意した後は死ぬための行動以外のことを考えておらず,死に向かって突き進んでいた.
B氏は死への願望を持ち,自殺する場所に移動する途中も死への欲動は消えず死ぬことのみを考えて行動していた.自殺行動中に思い留まることはなかった.
B:そういう時とか用に,頓服は多分もらってはいたんですけど,頓服を飲むっていうこともせずに勢いのまま行きました.頓服飲んでたらもしかしたらその10分で落ち着いたのかもしれないんですけど.
研:それを考える…,
B:間もなく,ガーっと行きました.勢いでしたねその時.ママ(自分)なんていなくていいんだ,みたいなそんな勢いですよね.
D氏は自殺行動中に躊躇したり踏みとどまったりすることはなく,焦燥感とともに自殺を完遂させることに集中していた.
D:もう早くもうシートからもう…錠剤出さなきゃっていう,思いですね.もうもう….
研:一旦落ち着こうみたいなことは…
D:いや,ないないないない.まったくないです.もう早く出さなきゃっていう,その気持ちだけですね.はい,全然.ただもう…焦ってたのは早く出さなきゃってそれだけですね.
研:こう落ち着いて…何かできる対策でもあればなと一瞬思ったんですけど….
D:もうね,あの時っていうのはもう,集中してるんです.はい.
(4) 【確実な死の決行からの意識・無意識の撤退】対象者は,親戚や隣人,インターネット上の情報等から自身にとって致死性が高いと思われる方法を把握していた.しかし実際にはその方法を用いておらず,結果として未遂に終わっていた.自殺行動を振り返り,自身では気づいていなかった迷いや生への未練,救いを求める心情を認識した.
A氏は灯油を被り焼身自殺を図ろうとするが,着火する物がなく,すぐに死ぬことができないと察したことで気力をなくし自殺を諦めていた.
A:(2回目の時は)ライターがなかったんです.ライターがないことにすごいがっかりした,だったと思うんですよね.これじゃ死ねないじゃないか.だから何て言うんですかね,その,人によってそれぞれだと思いますけど,あの…企図したとおりに結果が得られないので,やめてしまう人っていると思うんですよね.それでもくじけずに自殺する人ってそんなにいないと思うんで.この方法がダメなら次はこれ次はこれっていうのは多分なくて.
研:もう1回やろうっていう気力とかそういうのはもう,ない…
A:もう何て言うんですか.ほんとにそのことだけを考えて,それを遂げるためにやってるのに,それがうまくいかないんで.ま正直そっからうつの状態に戻るだけですね.ものすごい力がいると思うんですよ,死ぬことって.
B氏は死への欲動から自殺行動を起こしていたが,途中で引き返しており,無意識的に自殺を中止していた.
B:(海に)入って行って,その時何で戻ったのか分かんないです.(子どものことなどは)全然思わなかったです.何で戻ったんだろう?
研:その時も深いところまで?
B:行きました.でも何で戻って来たのか分からないです.何でなんですかね?幽霊なんですかね?(笑)
2) うつ病をもつ人における自殺再企図の経験の構造自殺再企図の経験は,職場や家庭でのネガティブなライフイベントの持続によってうつ病を発症したことから始まっていた.うつ病をもつ人は,心理的な苦痛の蓄積によって【制御を超えた閉塞的状況の持続によって自殺に追い込まれ】,死ぬことが解決方法であると考えた状態で引き金となる精神的な揺さぶりがあり,苦痛からの解放願望を伴った死への欲動と死を推測できる手段や状況が合致したことで,【つらい現実からの解放を求めた衝動的な自殺行動】を起こしていた.冷静な状態では死への恐怖を有していたが,自殺を決意した後は【死への欲動に駆られた自殺への突進】に至り,途中で思いとどまることなく死に向かって行動していた.死への欲動に駆られて自殺を試みてはいたが,迷いや生への未練を有しており,【確実な死の決行からの意識・無意識の撤退】をしていた.結果,自殺未遂に終わる一連の行動が繰り返されていた.
自殺再企図は,心理的に追い込まれた状況で起こされた衝動的な行動であった.自殺が生じる際の共通の知覚状態として,Shneidman(1996/2001)は「心理的視野狭窄」があると述べている.本研究の対象者においても,他の意味のある解決方法を考えるよりも死を選んでおり,自殺再企図の際も心理的に追い込まれた視野が狭まった状態に陥っていたと考えられる.対象者は,自殺企図を繰り返しても根本的な閉塞的状況を改善することができず,持続的に苦悩を蓄積させ,自殺ハイリスク状態であったことがうかがえる.その状況に対して自身が抱える問題を解決していこうとするのではなく,複数の問題や課題を一度に消去しようとするシンプルな方法を思考していた.自身の全てを無に帰す自殺再企図が,耐え難い苦痛からの逃避や先が見えない絶望からの解放,生きる意味の喪失を解決するための唯一の方法になっていたと考える.
自殺再企図は【死への欲動に駆られた自殺への突進】を含んでおり,自殺を決意した後は死に向かって突き進んでいた.人間の行動原理には「好子出現の強化」や「嫌子消失の強化」などがあり,行動はその行動のもたらす効果によって影響を受ける(杉山,2005).自殺の決意にはその行動が当事者にとって好ましい結果となることが期待されていた.自殺再企図は,閉塞的な状況で追い込まれた当事者にとって一種の希望が含まれていると考えられる.
Jesse(2018/2021)は,自殺の心理過程の最終段階では自己保存本能が働かなくなり,生きるために思考する能力が顕著に低くなることで死への抵抗感が低くなると述べている.しかし本研究では,灯油を被った後に着火剤がなく諦めたことや,入水自殺を図るも途中で陸に引き返したことなど,死への欲動が働いていたと同時に,本能的な生きるための力も働いていたことがうかがえる.確実に死ぬための方法よりも身体的苦痛を許容できる方法が選択されていたように,自殺再企図では無意識のうちに生き延びる力が働いており,対象者には自覚した生への執着ではなく「生き延びる無意識の強さ(ストレングス)」が温存していたのではないかと考える.自殺再企図を予防するうえでは,当事者個々の特性を踏まえながら,その強みを強化し生きる希望につなげていくことが重要である.
2. 看護への示唆―自殺予防の観点から 1) 自殺について語ってもらうことの意義研究者はデータ収集に際して事前に対象者との関係性の構築に努め,時間に余裕を持って話し合える時間を確保した.また,経験について無理に聞き出そうとせず,対象者の認識をありのままを受け入れる態度を心がけ,評価的にならず安心して語ってもらえるよう配慮した.トラウマケアにおける対人関係では,ジャッジメント(判断)を下した結果として普段であれば何気なくできている人間的な交流ができなくなり,ジャッジされる側の疎外感につながると指摘されている(水島,2021).看護師は,自殺企図という現象を当事者の視点で理解しようとする態度を持ち,判断や価値観を持ち込まないように聴くことが求められる.
本研究では,対象者の自殺企図の経験に関して率直に尋ねる機会となった.研究者は対象者の言葉を汲み取りながら自殺企図の状況や感情を具体的に焦点化し,結果として対象者の苦悩や自殺から撤退する経験が見出された.自殺予防支援として,自殺再企図の経験について具体的に尋ね,抱えている苦悩や自殺からの撤退につながる当事者の強さを捉えるよう努めることが重要と考える.
2) 自殺企図をした人へのケース・マネジメント対象者は外来通院を継続する中で自殺行動を起こしていた.その契機として,無職であることや家庭内での不和,同居する父親の無理解,独居で高まる孤独感などの多様な苦悩を抱えていた.うつ病をもつ人の自殺再企図を防ぐためには,疾患への精神医学的な介入に加えて各々が抱える心理社会的な問題への介入が必要である.しかし,自殺のリスク要因となる社会的背景は多様であることから,個々の生活状況に合わせたケース・マネジメント(経済的な問題や健康問題の解決援助,心理教育など)が重要である.我が国では「自殺企図の再発防止に対するケース・マネジメントの効果」(Kawanishi et al., 2014)が示されており,結果をもとに救急医療を起点とした自殺未遂者へのケース・マネジメントの診療報酬化や適切なマネジメントのための研修が行われている.うつ病をもつ人の自殺再企図の予防においては自殺に追い込まれる前に個々の複雑な背景に沿った生活環境の調整や個人が陥りやすい思考過程を変容するための心理教育など,個人に合わせたマネジメントの実施が重要であると考える.
3. 研究の限界と今後の課題対象者のインタビュー時の感情や研究者の解釈により,語られたデータの奥深さには限界がある.しかし,自殺企図の経験の語りを得られたことは貴重であり,自殺再企図予防支援に寄与できると考える.今後は,得られた知見をもとに自殺ハイリスク者への効果的な相談支援のあり方の検討や,地域の自殺予防支援を実施していくことが課題である.
自殺再企図の経験は,ネガティブなライフイベントの持続によってうつ病を発症したことから始まっていた.うつ病をもつ人は,心理的な苦痛の蓄積によって【制御を超えた閉塞的状況の持続によって自殺に追い込まれ】,死ぬことが解決方法であると考えた状態で引き金となる精神的な揺さぶりがあり,死への欲動と死を推測できる手段や状況が合致したことで,【つらい現実からの解放を求めた衝動的な自殺行動】を起こしていた.冷静な状態では死への恐怖を有していたが,自殺を決意した後は【死への欲動に駆られた自殺への突進】に至り,途中で思いとどまることなく死に向かって行動していた.自殺を試みてはいたが,迷いや生への未練を有しており,【確実な死の決行からの意識・無意識の撤退】をしていた.結果,自殺未遂に終わる一連の行動が繰り返されていた.
自殺再企図をしたうつ病をもつ人は,自殺ハイリスク状態が持続しており,自殺を試みた後も根本的な問題が解決していない状況にあった.自殺予防支援では,自殺企図という現象をありのまま当事者の視点で理解しようとする態度を持って判断や価値観を持ち込まないように聴くこと,そして自殺企図の経験について具体的に尋ね,当事者が抱える苦悩と生き延びる無意識の強さを捉えていき,個々の生活状況や認識に合わせたマネジメントを実施していくことが重要である.
本研究の実施にあたり貴重な体験をお話いただいた当事者の皆様,ご助言やご協力をいただきました主治医の先生方,環境設定等のご高配ならびにご協力いただきました関係機関の皆様に厚く御礼申し上げます.また,本研究の価値を高めるために繰り返し本論文を読み返し,ご指導いただきました小泉美佐子教授に心より感謝申し上げます.なお,本研究は2020年度日本精神保健看護学会の研究助成を受けて実施した.本研究は,令和4年度新潟県立看護大学大学院看護学研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものであり,本論文の内容の一部は,日本精神保健看護学会第33回学術集会において発表した.
本研究における利益相反は存在しない.
HAは研究の着想,デザイン,データ収集・分析,論文の作成,MHは研究プロセス全体への助言と分析を行った.全ての著者が最終原稿を読み,承認した.