2024 Volume 33 Issue 1 Pages 58-67
研究目的:アルコール依存症者の家族への解決志向アプローチを用いたエンパワメントプログラムを,研修を受講した保健師が実施し,家族のプログラム目標の達成状況を評価する.研究方法:アルコール依存症者の家族を対象に,1回120分のプログラムを3回実施した.発言内容や参加時の態度・表情などを収集し,目標の達成状況を質的に分析した.倫理的配慮:高知県立大学看護研究倫理審査委員会の承認(看研倫14-38)を得た.結果:家族は40~70歳代であった.続柄は配偶者8名,親・子2名であった.目標①気持ちや思いを十分に吐き出す,②孤独感から解放される,③解決像を描く,④思考の枠組みの中から対処法を選択する,⑤選択した対処法を実行できるは全員が達成した.⑥実行した対処を振り返りより効果的な方法を検討できる,⑦内在する自身の力に気づくは対象者の80%が達成した.考察:研修を行うことで越智ら(2021)の研究結果と同様の効果が見られたことから,保健師への研修が適切であったこと,保健師実施によるプログラムが有効であったと考える.
Purpose: To assess the fulfillment of program goals of an empowerment support group for families who had a family member suffering from alcohol use disorder. The support group program was based on a solution-focused approach, and it was conducted by public health nurses who had received prior training.
Methods: Ten family members participated in three two-hour support group sessions. In each session, we recorded the dialogues, comments, and attitudes expressed by family members, and we analyzed these qualitative data to measure progress in achieving the program goals.
Ethical considerations: Approval was obtained from the University Nursing Research Ethics Review Committee.
Findings: The family members were in their 40s to 70s. Eight participants were spouses, and two were parents or children. All participants achieved the five program goals: i) participants verbalizing their feelings, ii) realization of not being alone, iii) constructing images of solutions, iv) choosing coping strategies from thinking frameworks, and v) implementing coping strategies adopted by participants. Eight participants achieved two goals: vi) considering more effective methods by reviewing implemented coping strategies, and vii) realization of one’s own inner power.
Discussion: Prior training of public health nurses showed the same effect as in our previous study in which we conducted the empowerment support group program. Thus, we believe that the prior training was appropriate and we found that a program conducted by public health nurses who received prior training can be effective.
2008年に行われたアルコール依存症者の家族を対象とした全国調査(成瀬ら,2009)において,アルコール依存症者が断酒し安定した状態であってもアルコール依存症者の健康問題,暴言暴力,経済的な問題などにより家族の精神健康(GHQ-12)は平均4.1で,高いストレス状態の者が58.8%(西川ら,2009)を占め深刻な影響がみられることが明らかにされた.そのような状況の中,2009年以降,家族を援助の対象と捉え,基盤理論として心理教育,認知行動療法を用い,アルコール依存症者の回復を援助する上での家族の対応やコミュニケーションスキルの向上,家族関係の再構築,家族の生活の質の向上を目標としたプログラムが報告され始めている(越智ら,2016).しかし,2016年の全国調査においても,医療につながって6か月以内の家族が多い集団ではあったが,家族の精神健康(K-6)は,悪化している家族が全体の41.5%見られた.これらから,アルコール依存症者が回復するための家族支援のみでなく,家族が十分に支援を受けて健康を取り戻すことに重点を置くことが強調されている(成瀬,2016).
そこで,家族を援助の対象と捉え,家族が自己否定感を強めることなく行動変容し,生活の質を向上できるような支援プログラムが必要であると考え,アルコール依存症者の家族へのエンパワメントプログラム(以下,Family Empowerment Programの頭文字をとって,FEPと略す.)を開発した(越智ら,2021).家族は保健所などに相談に訪れた時には,それまでに考えられるありとあらゆる対処を重ねてもアルコール依存症者の飲酒を止めることができず,自信を失いどのように関わればよいかわからない状態で来所することが多い.そのため,FEPでは,家族の心が癒され前向きになり,アルコール依存症者への関わりの方策を考え実行できることを目的とした.プログラムの目標は,越智・野嶋(2012)の研究で,家族がアルコール問題に対処できるようになるためには,家族が,心の内を吐き出しつかえが解消すること,一人でないことに気づくことなど,家族の心が癒される体験をすることが重要であった.また,人の行動に変化をもたらすには感情の揺さぶり(Lewin, 1951/1979)や十分な感情表出(Lawrence, 1991/1994)が必要であることから,目標として(1)家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる,(2)孤独感から解放される,を設定した.また,家族が自らの目標を設定し課題解決に向けて対処できるようにするために解決志向アプローチの方法論(以下,SFAと略す.)(Jong, & Berg, 2013/2016)を取り入れ,(3)家族の望む解決像を描くことができる,(4)自分の思考の枠組みの中から対処法を選択する,(5)選択した対処法を実行できる,(6)家庭で実行した対処法を振り返りより効果的な方法を検討できる,(7)家族自身が内在する自身の力に気づく,を設定した.FEPは1コース3回,1回120分で実施するため,従来の心理教育,認知行動療法を用いたプログラムに比し短期の介入プログラムである.3回のプログラムの試行と5回の看護職及び看護研究者からなる専門家会議を経てマニュアルを作成した.
SFAは1990年代に日本に紹介されたブリーフセラピーの一つで,クライエント自身がその問題の専門家であり,解決する潜在的な力を持っていることを前提とする.クライエントの強みに注目しエンパワメントする方法である.2006年にStamsらによるSFAを用いた研究のメタ分析で,標準的な問題解決志向セラピーと比較し効果が大きいとはいえないが,より少ない時間で効果があり,クライエントの自律性を尊重すると述べられている.入院中の患者に最も効果があるが家族にも効果があること,個別よりもグループセラピーのほうが,効果があるとされている(Franklin et al., 2012/2013).国内では,安部・大谷・長谷川(2008)や池田ら(2009)によって入院中のアルコール依存症者の支援としてSFAを用いた介入が報告されているが,院内の自助グループやアルコールリハビリテーションプログラムと併行して,看護師の個別ケアとして取り入れられているため,アルコール依存症者の変化がSFAによるものかどうか峻別を難しくしている.SFAを基盤理論とするアルコール依存症者の家族支援プログラムは国内外を通して報告は見られない.
FEPは基盤理論としてSFAを取り入れ,かつ集団を対象としている点で新たな取り組みといえる.FEPを広く普及するには,マニュアルに沿って介入を行い一定の効果が得られることを検証する必要がある.
そこで,研修を受講した保健師がマニュアルに沿ってアルコール依存症者の家族を対象にFEPを実施し,対象者のプログラム目標の達成状況を評価することを本研究の目的とする.
アルコール依存症者の家族でFEPへの参加を希望した家族10名.
選定要件はアルコール依存症者の治療の有無や家族の断酒会への参加の有無は問わないこととし,断酒会に参加し始めて1年以内の家族とした.
2) FEP実施保健師FEP実施を申し出た精神保健担当の保健師6名.
2. 対象者へのアクセスの方法 1) アルコール依存症者の家族へのアクセス方法アルコール依存症者の家族はアルコール依存症者を隠す傾向にあり対象の確保が難しい.そこである程度の人口規模の地域で対象を募ることとし,四国地方の県庁所在地であるX,Y市の保健センターとX市のZ病院の施設長に研究協力を依頼し承諾を得た.X,Y市保健センターの精神保健担当の保健師とZ病院のアルコール依存症者の家族会担当の看護師に対象候補者へのプログラムの紹介を依頼した.X,Y市保健センターでは,広報や精神保健相談,あるいはアルコール家族教室に参加した家族にFEPを紹介した.Z病院では家族会の担当看護師が選定要件を満たす家族にFEPを紹介した.参加を希望した家族に研究者から改めて研究協力を依頼した.
2) FEP実施保健師へのアクセス方法X,Y市の保健センターの施設長に研究目的,方法,FEPの概要,FEP実施前に受講する研修,倫理的配慮を文書と口頭で説明し,FEPを事業として取り組むこと,所属する精神保健担当保健師2名で実施することの承諾を得た.
3. 研究期間調査時期は,平成30年7月~令和3年12月で,各グループに研修Iはプログラム実施の1か月前,研修IIはプログラム実施1週間前に行った.
4. FEP実施保健師への研修介入の質を担保するためにFEPを担当する保健師に以下の研修を実施した.研修担当者は,FEPを運営するために,技術訓練としてSFA研究会が主宰するSFAセミナーを月に1回受講し,演習形式のトレーニングを全9回(3時間×9回計27時間)受講した.その上でFEPの運営を4コース実施した者である.
1) 研修I(所要時間2時間)FEP実施の1か月前に,SFAの理論について,重要とされる価値,基本姿勢,介入の進め方,技法などの概要と,マニュアルの使用方法について説明した.FEP実施までの期間に,日常の相談場面などで,使用する技法のセルフトレーニングを勧めた.
2) 研修II(所要時間2時間)FEP実施の1週間前に,アルコール依存症者の家族役(2,3名)を対象に,マニュアルに沿って第1,2回目のロールプレイを行った.
3) 研修III(所要時間1時間×3回)FEP開始前に対象家族の状況を共有し,その回の介入の主な目標,留意点,予測される状況やその対応などマニュアルの内容を確認し,終了後に良かった点と改善点の振り返りを行った.
5. FEPの実施1グループ3~4名の家族を対象に,2週間毎に3回,1回120分,配布資料と記録用紙を用いて,保健師2名(司会と補佐)がマニュアルに沿って実施する.
介入内容
《第1回目:プログラムの説明と気持ちや思いの吐き出し》
・プログラムの概要とプログラムが家族にどのように役立つかを説明する.
・家族が現在困っている事を記入してもらい,グループで共有する.
・他者の話を聞いて感じ考えた事,実行しようと思った事を記入してもらい,グループで共有する.
・家族の気持ちや思いの吐き出しを支え,できている事をコンプリメントする.
・家族にとって資源となる人や状況について家族に気づきを促す.
・家族をコンプリメントし,次回までの提案や課題をフィードバックする.
《第2回目:解決像の構築と対処法の選択》
・家族2人1組でこの2週間頑張った事など自分のいい所を発表し合い,聞き手はその人が使った言葉を使ってその人をほめるワークを実施してもらう.
・家族が困っていることがどうなってほしいか(解決像)の構築をしてもらう.
・解決像に近い時に,家族が行えている対処に気づくことができるようにする.
・行っている対処をグループで共有し,次回までに解決像に向けて家で実行してみようと思う対処について話し合う.
・家で実行できる自信の程度を数値で評価し,それが0.5あるいは1上がるとしたら家族やアルコール依存症者はどう違っているか,また上がるために何をする必要があるか,活用できる資源や状況について話し合う.
・家族の頑張りをコンプリメントし,次回までに決定した対処を実行すること,うまくいっている対処が見つからなかった家族には,うまくいったと思う場面があった時によく観察してくるようフィードバックする.
《第3回目:良い変化の振り返りと効果的な対処の検討》
・前回以降の良い変化とそれに影響した事を用紙に記入してもらいグループで共有する.
・家庭で実施した事を振り返り,なぜうまくいったか良かった点を振り返りより効果的な行動についてグループで話し合う.
・もっとも問題がひどかった時を1,問題が解決した時を10として今どのくらいか数値化し,それが0.5あるいは1上がるとしたら家族やアルコール依存症者はどう違っているか,そのために何をする必要があるかについて話し合う.
・3回のプログラムの振り返りと今後の目標を設定について話し合う.
・今後の目標に向けて行動を継続するようフィードバックする.
6. データ収集プログラム参加時の発言内容を,許可を得てICレコーダーに録音すると同時に,対象の表情や態度が観察できるように研究者1名が参加観察した.また,プログラムで対象が使用する記録用紙に記入された内容もデータとして収集した.
調査項目は,プログラム参加時の家族の発言内容や態度,表情,構築した解決像,家で実行しようと決定した行動目標,次回参加時の行動目標の達成状況や達成しようとする意欲,他の参加者との交流などである.
7. データ分析プログラム実施時の逐語録,参加観察データ,記入用紙の内容を素データとし,対象一人毎にワークシートを作成した.プログラム参加時の家族の発言内容や構築した解決像,家で実行しようと決定した行動目標,次回参加時の行動目標の達成状況や達成しようとする意欲などの言語的なデータと,態度,表情,他の参加者との交流等の非言語的なデータを用いて,プログラム参加前の状況と比較し家族の変化を抽出した.抽出した家族の変化(言語的データと非言語的データ)を,該当する目標別に分類し,プログラムの目標と照らして,達成できたかどうかを複数の研究者で判断した.一人の研究者が対象2,3人分の分析を行い分類の素案を作成し,研究者間で分析結果の妥当性を検証し,合意を得て,各目標が達成できたかどうかを決定した.
8. 倫理的配慮高知県立大学看護研究倫理審査委員会の承認(看研倫14-38)を得た.研究協力施設の長に,研究概要,協力内容,倫理的配慮について文書と口頭で説明し文書で承諾を得た.アルコール依存症者の家族には,プログラムの開始時に毎回,研究の趣旨,目的,協力内容,研究参加の自由意思の尊重,中断・撤回の自由,撤回方法,プライバシーの保持,精神的動揺時の対応,データの保存・管理,看護の質の向上のために学会等での公表の許可など倫理的配慮を説明し,文書と口頭で説明し文書で同意を得た.保健師には,研究概要,協力内容を口頭で説明し同意を得た.
対象者の概要
コース | 事例 | 家族の状況 | アルコール依存症者の状況 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年齢 | 性別 | 本人との続柄 | 断酒会への 参加の有無 |
当事者 | 断酒の有無 | 治療の有無 | 断酒会への 参加の有無 |
||
1 | K | 40代 | 女 | 妻 | 有 不定期 | 夫 | 入院中 | 有 | 有 不定期 |
L | 40代 | 女 | 妻 | 無 | 夫 | 飲酒 | 無 | 無 | |
M | 60代 | 女 | 妻 | 無 | 夫 | 飲酒 | 無 | 無 | |
N | 70代 | 女 | 母 | 有 不定期 | 息子 | 飲酒 | 無 | 無 | |
2 | O | 60代 | 男 | 夫 | 有 定期 | 妻 | 断酒 | 有 | 有 定期 |
P | 40代 | 女 | 娘 | 有 定期 | 父 | 飲酒 | 無 | 無 | |
Q | 60代 | 女 | 妻 | 有 定期 | 夫 | 飲酒 | 無 | 無 | |
3 | R | 70代 | 女 | 母 | 有 不定期 | 息子 | 入院中 | 有 | 無 |
S | 60代 | 女 | 妻 | 無 | 夫 | 飲酒 | 無 | 無 | |
T | 40代 | 女 | 妻 | 有 不定期 | 夫 | 飲酒 | 有 | 無 |
プログラム参加時点
年齢は40歳代4名,50歳代0名,60歳代4名,70歳代2名で,男性1名,女性9名であった.アルコール依存症者との続柄は配偶者8名,親1名,子1名であった.家族の断酒会参加は有りが7名で,その内4名が定着していなかった.無しが3名であった.アルコール依存症者の状況は,飲酒中7名,入院中2名,断酒1名であった.
2) プログラムを担当した保健師の概要FEPを担当した保健師はそれぞれのコース2名で計6名であった.保健師経験年数は4~37年であった.アルコール依存症者あるいは家族へのグループワークの経験の有無は有が2名,無しが4名であった.無しの4名はその他の対象へのグループワークの経験があった.全員がアルコール依存症者あるいは家族の個別ケアの経験があった.
2. 目標の達成状況(表2)目標の達成状況(各プログラムの目標に関する内容が初めて言語化された時)
プログラムの目標 | 1回目 | 2回目 | 3回目 | 達成人数 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる | 8 | 1 | 1 | 10(100%) |
2 | 孤独感から解放される | 5 | 4 | 1 | 10(100%) |
3 | 家族の望む解決像を描くことができる | 3 | 7 | 10(100%) | |
4 | 自分の思考の枠組みの中から対処法を選択する | 8 | 2 | 10(100%) | |
5 | 選択した対処法を実行できる | 8 | 2 | 10(100%) | |
6 | 家庭で実行した対処法を振り返りより効果的な方法を検討できる | 4 | 4 | 8(80%) | |
7 | 家族自身が内在する自身の力に気づくである | 2 | 5 | 1 | 8(80%) |
最初に目標の達成状況を記述し,次に「 」で家族の発言内容を示し,達成をどのように判断したかを示す.文章の意味が伝わりにくい場合に( )で補足した.【 】はプログラムの目標を示す.
(1) 【家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる】第1回8名,第2回1名,第3回1名,計10名(100%)が目標を達成した.「この会で話すことで自分の気持ちを浄化してもらっている.自分の精神のバランスを保たしてもらっていると強く感じた」と明確に言語化する家族もみられた.が,言語化のない家族も,回が進むにつれて,自身の気持ちや思いを表出することができており,全員が目標を達成したと判断した.
(2) 【孤独感から解放される】第1回5名,第2回4名,第3回1名,計10名(100%)が目標を達成した.「BさんCさんのお話を聞いて仲間がいるようでさらに頑張れそう」などの言語化が全員にみられ,回を増す毎に他の参加者との交流が活発になり,互いに近況報告するなど孤独感から解放されている様子であったことから,目標を達成したと判断した.
(3) 【家族の望む解決像を描くことができる】第1回3名,第2回7名,計10名(100%)が目標を達成した.家族の望む解決像としては,「節酒に協力する」,「断酒を頑張っているので家庭が明るくなるような言葉をかけるなど協力したい」などアルコール依存症者の治療導入や断酒継続への協力を目指すものが見られた.また,「夫との自然な会話ができる」,「楽しみや悲しみを共有し理解しあえる」などアルコール依存症者との関係の修復を目指すものが見られた.加えて,「自分の心を穏やかにする」,「自分をほめる」など家族自身の心の健康や安定を目指すものが見られた.以上より,自分自身を主語にして自分自身がどうなりたいか,他者との関係がどうなりたいかの解決像の構築ができていたことから目標を達成したと判断した.
(4) 【自分の思考の枠組みの中から対処法を選択する】第1回8名,第2回2名,計10名(100%)が目標を達成した.自身が考えられる具体的なかかわりとして,アルコール依存症者の治療導入や断酒継続への協力を目指すものでは,「病院で相談してみようと言ってみる」,「(断酒している)子供の努力を認めて言葉で伝える」,アルコール依存症者との関係修復を目指すものでは,「会話が続くように努力する」,「夫にお願いしてやってくれたらありがとうって(伝える)」などが見られた.家族自身の心の健康や安定を目指すものでは,「疲れをためずに疲れた時にはどっか逃げるか話しかけられないようにしといたほうがいいのかもしれない」,「一人で過ごす時間をつくる」などが見られたことから全員が目標を達成したと判断した.一人の家族が複数の対処法を考えることができ,また他の参加者の対処法を聞いて取り入れる家族も見られた.
(5) 【選択した対処法を実行できる】第1回0名,2回8名,第3回2名,計10名(100%)が目標を達成した.アルコール依存症者の治療導入や断酒継続への協力を目指すものでは,「体を悪くしているのにと思っても最近はもう言わないでおこう」のように,アルコール依存症者に責任を返し,アルコール依存症者の自発的行動を待つ行動,アルコール依存症者との関係修復を目指すものでは,「一緒に行動したり意識的にやった」のように共に過ごす行動,「結構話しかけてくるんで,返してあげるように」のように,アルコール依存症者の気持ちに沿う行動,「(妹も)あんたのこと心配しとるんよ.」のようにアルコール依存症者を大事に思っていることを伝える行動,「主人がのけ者にならんように子供の送迎をお願いした.」のように家族関係の修復に向けた行動,家族自身の心の健康や安定を目指すものでは,「いやなことがあったらノートに書くようにしたら,自分自身が落ちつく」のように,自分を大事にする行動が見られた.全員が解決像に向けて,自身の思考の枠組みの中から決定した対処を実行していたことから全員が目標を達成したと判断した.
(6) 【家庭で実行した対処法を振り返りより効果的な方法を検討できる】第1回0名,第2回4名,第3回4名,計8名(80%)が目標を達成した.アルコール依存症者との関係修復を目指すものでは,「気持ちを込めてありがとうというと相手にも伝わることが分かってきてもっとやろうかなと思っている」,家族自身の心の健康や安定を目指すものでは,「バトルしても冷静に受けとめても結末は一緒.エネルギーの無駄遣いだという心境になってあまり疲れずに済んだ」のように,自分が行った行動を振り返り,自身やアルコール依存症者,他の家族への影響を実感しその行動を強化する行動が見られたことから目標を達成したと判断した.より効果的な方法を検討するについては言及する家族はなかった.
(7) 【家族自身が内在する自身の力に気づく】第1回2名,第2回5名,第3回1名,計8名(80%)が目標を達成した.「(プログラム)来る前と比べて,相手を思って言葉をかけるようになったし,相手をちょっと離れたところから見ることができた」など自身が対処できたことを認められるようになったことから目標を達成したと判断した.
FEPに参加したアルコール依存症者の家族は,年齢が40~70歳代で,アルコール依存症者との続柄は配偶者が多く,断酒会に参加していても定着していない者が多かった.選定条件として自らプログラムへの参加を希望する家族としたため,プログラム開始時点で動機づけの高い家族であったといえる.参加を希望した10名全員が3回のプログラムを完遂したこと,各々の家族が自身の望む解決像を構築し,その状況に近づくための対処法を考え,実行できたことからFEPの目的である家族の心が癒され前向きになり,アルコール依存症者への関わりの方策を考え実行できる,は達成できたと考える.
FEPを実施した保健師の経験年数は4~37年と多様であったが,アルコール依存症者あるいは家族の個別ケアの経験があり,アルコール依存症の病気の理解や家族への対応についての知識はあった.1名が司会を担当し,グループワーク経験の豊富な保健師がグループ全体の把握と終了時のフィードバックを担当した.
プログラムの目標の達成状況は(1)家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる,(2)孤独感から解放される,(3)家族の望む解決像を描くことができる,(4)自分の思考の枠組みの中から対処法を選択する,(5)選択した対処法を実行できるは全員が目標を達成し,(6)家庭で実行した対処法を振り返りより効果的な方法を検討できる,(7)家族自身が内在する自身の力に気づくは対象者の80%が達成した.これは,研究者らが同じマニュアルを使用して実施したプログラムの研究対象者10名の目標の達成状況(越智ら,2021)とほぼ同様であった.よって,プログラム実施前後に保健師に行った研修は適切であったと考える.保健師への研修は,Kolbの提唱する経験学習サイクルにより説明できる.Kolb(松尾,2006)は,人は①「具体的な経験」をした後,②その内容を「内省(振り返り)」し,③そこから「教訓」を引き出して,④その教訓を「新しい状況に適用する」ことで学ぶとしている.すなわち研修IIでアルコール依存症者の家族役2,3名を対象に,マニュアルに沿ってロールプレイを行うことで具体的な経験をし,自身の行動を振り返り,他者(研修担当者)の支持や評価を踏まえて教訓を引き出すプロセスを踏んだと考える.加えて,研修IIIでその教訓を踏まえてプログラムを実施(新しい状況に適用する)し,家族の反応を得ることで経験的学習サイクルが循環し,新たな技法や自己効力感を獲得したと考える.
【家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる】の目標達成のために,プログラムの実施にあたって,第1回目に現在困っていることの表出に時間をかけた.最初に個人ワークとして自身の困っている事を記録用紙に記入し,グループで発表する形式をとった.そのため,家族は個人ワークを通して自身の状況を外在化し,グループワークで他者と共有する2段階の言語化を行うことになる.成瀬(2016)は,家族支援の成否は,家族が正直な思いを安心して話すことができる居場所と仲間を持てるか否かにかかっていると述べている.また,Yalom(Yalom, 1995/2012)はグループセラピーの治療プロセスで「変化をもたらす実際の心理的メカニズム」において患者に最も役に立つ因子の一つとしてカタルシスをあげている.すなわち,その後の家族の変化を促す準備を整えることにつながったと考える.
目標【家族の望む解決像を描くことができる】で抽出された解決像は,アルコール依存症者の治療導入や断酒継続への協力を目指すもの,アルコール依存症者との関係の修復を目指すもの,家族自身の心の健康や安定を目指すものであった.アルコール依存症者の治療導入や断酒継続への協力を目指すものでは,飲酒中は節酒や受診を,断酒している場合は断酒への協力を解決像としていた.アルコール依存症者との関係の修復を目指すものでは,アルコール依存症者の家庭では会話がないことが多く,治療導入について率直に話し合うためには,「夫との自然な会話ができる」ことが先決である.また,飲酒を責める行動がさらなる飲酒につながることを十分理解しており,そうならないために,穏やかに接することや見守ることを解決像としていた.そして,そのような態度で接するには,家族自身の心の健康や安定を保つことが重要と気づき,家族自身の心の健康や安定を目指す解決像の構築がなされていた.すなわち家族はそれぞれの状況に応じて現実的な解決像を構築することができていた.アルコール依存症者の家族はアルコール依存症者の言動で被害を被っていると感じていることが多く,アルコール依存症者のために何か行うことに嫌気がさしている場合も少なくない.そのため,解決像を自分自身がどうなりたいかという目標とすることは,家族にとって状況のとらえなおし(リフレーミング)となる.
目標【家族が自分の思考の枠組みの中から(考えられる)対処法を選択する】に抽出された家族のデータからは,第1回目には既に行っている対処についてグループで共有することで,他の参加者の対処も参考にして家で実行する対処を選択していた.あるいは第2回目に解決像を構築し,解決像に近い状況で,いつも(上手くいかない状況)とどう違っていたかを振り返り,自身が日ごろ行っている対処の中でうまく対処できている方法や状況,活用している資源を見出し,家で実行する対処を選択していた.そして家で実行できそうか自信の程度を数値化し,それが0.5あるいは1上がると自分やアルコール依存症者がどのように違っているかを聞くことで肯定的なイメージを増幅し,0.5あるいは1上がるためにどうすればよいかを聞くことで,対処や活用できそうな資源や状況を考えていた.家族が選択した対処は,イネーブリング行動の修正(長坂,2008;新井ら,2009)やアルコール依存症者との関係の修復(吉田ら,2018;Osilla et al., 2018;Eék et al., 2020)が見られ,これらは先行研究と同様であった.加えて,自分を大事にする行動(越智ら,2021)が見られた.これは,本プログラムが自分を主語とし,自分がどうなりたいかを解決像としていることによると考える.成瀬(2016)はアルコール依存症者の家族の特徴として自分を大切にできないことをあげており,家族にとって自分を大事にする行動がとれるようになることは重要である.
第1回目に家で実行しようと考えた対処を,第2回目の参加時にはほとんどの家族が実行していた.また,第3回目に前回の参加以降の良い変化を聞くことで,全員の家族が各自の解決像に向けて複数の対処を実行し,アルコール依存症者やその他の家族あるいは自分自身にとっての良い変化を報告していた.
3回のプログラムを通して対象者の80%が目標【自身の内在する力に気づく】を達成できていた.アルコール依存症者の家族の特徴として自己評価が低く自信が持てないことが指摘されており(成瀬,2016),家族が自身の内在する力に気づくことはアルコール問題に前向きに対処していく上でも,また家族の健康や生活の質を向上する上でも重要と考える.
研修を受講した保健師がマニュアルに沿ってFEPを実施し,プログラムの目標の達成状況を他者評価により評価した.今後は研究に参加した対象者による評価も必要と考える.また対象者数が10名であることから対象数を増やし検証を継続的に行っていく必要がある.FEPを広く普及するために,研修Iのように知識教育の部分は媒体の作成などで代替できると考える.研修IIのロールプレイやデブリーフィング,研修IIIのデブリーフィングについては,WEB会議システム等の活用により遠隔地での実施も可能になると考える.
研修を受講した保健師にアルコール依存症者の家族10名を対象に,FEPをマニュアルに沿って実施してもらい,家族のプログラムの目標の達成状況を評価した.目標の達成状況は,(1)家族が心に留めてきた気持ちや思いを十分に吐き出すことができる(2)孤独感から解放される(3)家族の望む解決像を描くことができる(4)自分の思考の枠組みの中から対処法を選択する(5)選択した対処法を実行できるの5項目は全員が達成した.(6)家庭で実行した対処法を振り返りより効果的な方法を検討できると(7)家族自身が内在する自身の力に気づくは,8名(80%)が達成した.研究者が同じマニュアルを用いて実施した対象者のプログラム目標の達成状況と同様の効果が得られたことから,保健師への研修が適切であったこと,保健師によるFEPは有効であったと考える.
本研究にご協力いただきました研究協力施設の皆様,研究に参加してくださった対象者の皆様に感謝いたします.本研究は2012~2016年度文部科学省科学研究費基盤研究(C)課題番号(24593480),2016~2020年度文部科学省科学研究費基盤研究(C)課題番号(16K12261)の助成を受け行った研究の一部である.
MOは研究の着想,計画,プログラムの実施,データ収集,分析,論文の執筆を行った.YN,YSは,研究計画,データ収集,分析,論文の校閲を行った.KH,SIは,データ収集,分析,論文の校閲を行った.SNは研究計画,データ分析,論文の執筆,校閲を行った.
本研究における利益相反は存在しない.