2024 Volume 33 Issue 2 Pages 1-10
本研究の目的は,急性期医療場面における非自発的入院した統合失調症患者の意思を尊重した看護実践を明らかにすることである.精神科救急病棟での臨床経験年数が5年以上ある看護師9名に対して半構造化面接を行い,Berelsonの内容分析を参考に分析を行った.分析の結果,148記録単位,54コード,14サブカテゴリより【精神症状の体験に寄り添う】(29.1%),【入院医療における強制力の認識を軽減する】(28.4%),【個人を尊重する態度を示す】(16.9%),【退院支援における意思形成を促す】(15.5%),【医療チームで連携を図る】(10.1%)の5つのカテゴリが生成された.熟練看護師は,患者の意思を尊重するために統合失調症の急性期の障害特性に配慮した看護実践を重視していた.この理由として,強制的な入院治療が行われることで患者と看護師間の信頼関係の構築を困難にすることから,患者が抱える精神症状の体験に寄り添うことで信頼関係を築こうとするのではないかと考えられた.
The present study determined the nursing practice that respects the feelings of patients with schizophrenia admitted involuntarily in acute care settings. Semi-structured interviews were conducted with nine nurses with more than five years of clinical experience in psychiatric emergency wards. Data were analyzed with reference to content analysis of Berelson. Consequently, 148 recording units, 54 codes, and 14 subcategories were generated and classified into the following five categories: [Being close to the patient’s experience of psychiatric symptoms] (29.1%), [Reducing the perception of compulsion in inpatient care] (28.4%), [Demonstrating respect for the individual] (16.9%), [Facilitating the patient’s expression to support discharge] (15.5%), and [working together in a medical team] (10.1%). Expert nurses emphasized nursing practice that considers the characteristics of acute disorders of schizophrenia to respect the patient’s feelings. Forced inpatient treatment can make it difficult to build a trusting relationship between patients and nurses. Therefore, nurses try to build a trusting relationship by being close to the patients’ experiences of their psychiatric symptoms.
日本の精神科救急医療において,2002年より精神科救急入院料病棟が設立され,2022年の診療報酬改定から精神科救急急性期医療入院料となった.これらは精神科救急病棟とも呼ばれ,施設基準により年間6割以上の患者が非自発的入院であり,非自発的入院患者への急性期医療の中心を担う病棟である.
精神科救急医療ガイドラインでは,急性期状態の患者であっても,医療者は患者本人の意思を尊重し医療を進めることを推奨している(日本精神科救急学会,2022).しかし,非自発的入院した患者は,人権侵害への怒りを感じつつ,入院を仕方なく受け入れるといった経験をしており,入院医療に対する患者の意思を尊重することが課題となっている(Ishikawa et al., 2021).
日本の精神科病院に入院した患者において疾患別の割合が一番高いのは統合失調症である(厚生労働省,2022).統合失調症の急性期は,幻聴,幻覚などの知覚障害,妄想などの思考内容障害が現れ,患者の自律性を著しく障害する(坂田,2004).急性期の精神症状のある患者は,症状に伴う行動を医療者に理解されず,自分が拒絶される感覚を感じる(萱間,2015).また,病識の欠如により,患者は入院の必要性と病状を結び付けることが困難となる(小山,2013).しかし,患者が自らの意思に反した入院において拒否的な言動をすることは病的ではなく正常な反応と捉える必要があり,看護師は患者が入院を受容できるように関わるべきである(阪内,2003).そのため,急性期医療場面において,非自発的入院した統合失調症を抱える患者の意思を汲み取り,可能な限り尊重できるような看護実践のあり方を検討する必要があると考える.
しかし,近年精神科病棟において統合失調症患者の意思を尊重した看護実践に関する研究は,長期入院患者,慢性期の患者を対象とした事例を中心に報告がされている(髙橋・藤澤,2020;石井ら,2016;石井,2015).今後は精神科救急病棟の療養環境や急性期患者の障害特性に配慮した個々の事例から看護実践の具体的な内容を明らかにしていく必要があると考えた.
熟練看護師は状況を全体として認知し,その背景を理解しながら状況を直感的に捉える(Benner, 2001/2005).そのため,精神科救急病棟の熟練看護師は急性期医療場面での患者を取り巻く全体の状況を認知し,その背景を理解した上で患者の意思を尊重した看護実践をするのではないかと考える.また,熟練看護師による看護実践の特徴が明らかになることで,精神科救急病棟の臨床看護師への教育や看護実践の向上に役立てることができると考えた.よって,本研究は急性期医療場面における非自発的入院した統合失調症患者の意思を尊重した看護実践を明らかにすることを目的とする.
急性期医療場面:患者の急性期状態として混乱期と臨界期において治療やケアが行われる場面(日本精神科救急学会,2022).
非自発的入院:精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づく措置入院,医療保護入院,応急入院等の患者が入院することへの意思決定に基づかない入院.
意思を尊重した看護実践:本研究では,「対象者の急性期医療場面における様々な事柄の選択に対する気持ちや考え,思いを意思として汲み取り,その意思を大切にしつつ,できる限り反映できるように看護師が働きかけた行為」とした.
熟練看護師:Benner(2001/2005)は,熟練看護師は優れた臨床判断能力と卓越した看護実践能力を持ち,その前段階である「中堅レベル」の看護師を「通常,類似の科の患者を3~5年ケアした看護師」としている.本研究では熟練看護師の定義を「精神科救急病棟での臨床経験年数が5年以上ある看護師」とした.
質的記述的研究.
2. 研究対象施設及び研究参加者精神科救急病棟を有する関東圏内にある便宜的に抽出した3つの病院に勤務する,本研究で定義する熟練看護師(看護師長は含めない)を対象にした.
3. データ収集方法及び期間インタビューガイドを用いた半構造化面接法とした.研究参加者の基本属性(性別,一般科での経験を含む看護師臨床経験年数,精神科救急病棟の臨床経験年数,認定資格の有無)を確認後,事例患者の年齢,性別,入院時の入院形態の確認を行い,患者の意思をどのように汲み取ったのか,その意思を尊重するために働きかけたことや看護実践後の反応も聴取し,逐語録を作成した.面接回数は1回で40~60分程度とした.また,インタビューガイドの作成について,質的研究に精通する研究者からスーパーバイズを受けた.さらに,研究参加者の条件を満たす看護師1名に対してパイロットテストを実施し,質問構成及び内容に関して洗練を行ってからデータ収集を開始した.なお,データ収集期間は,2023年4月~10月に行った.
4. 分析方法及び研究データの真実性とデータ分析の信頼性の確保分析方法は,「表現されたコミュニケーション内容を客観的,体系的,かつ数量的に記述するための調査技法」(Berelson, 1952/1957)である内容分析を参考にした.分析手順として,①研究参加者ごとの面接内容を文脈単位,看護実践が語られている文章を記録単位として抽出した.②探した文章から1つの意味を含む箇所で文章を切った.③意味がわかるように文章を整理し,必要があれば主語や述語を付けた.④探した文章の意味を取り出しコードとした.⑤共通性,相違性を比較検討し,意味の似ているコードを集めグループとし,サブカテゴリを生成した.⑥コード化,サブカテゴリ化を繰り返し,サブカテゴリ化ができなくなったら,出てきたサブカテゴリから類似性に基づいてカテゴリを生成した.⑦各カテゴリに包含された記録単位の出現頻度を数値化し,カテゴリ毎に集計した.
研究データの真実性の確保として,逐語録はインタビューで語られた内容に誤りがないか,研究参加者に確認をしてから分析を行った.さらに,分析方法の信頼性の確保として,精神看護学を専門とし,質的研究に精通する研究者よりスーパーバイズを受けた.分析過程において,主研究者とは別の精神看護学を専門とする研究者2名に無作為に抽出した全記録単位の20%に相当する記録単位を生成されたカテゴリへの再分類を依頼し,カテゴリ分類への一致率をScottの一致率の式を用いて算出を行った(Scott, 1955).なお,生成されたカテゴリが信頼性を確保していると判断するためには,70%以上の一致率が必要とされている(舟島,2005).本研究では,70%以上の一致率を信頼性確保の基準とした.
本研究は武蔵野大学大学院看護学研究科研究倫理委員会での承認(承認番号:G2209-2)を得た上で開始した.研究参加者には,研究目的,方法,研究参加の自由意思,拒否権の確保,中途離脱の任意性の保障,研究不参加による不利益を被らないこと,個人情報及びプライバシーの保護に努めること,本研究以外にデータを使用しないこと,語られた事例においても個人,地域,入院施設が特定できないよう匿名化を行い抽象度を高めた結果として公表することを文書及び口頭で説明を行い,書面にて同意を得た.
研究参加者は,精神科救急病棟を有する関東圏内にある3つの病院に所属する9名(女性5名,男性4名)であった.看護師の臨床経験年数の平均は13 ± 7.89年,精神科救急病棟での看護師臨床経験年数の平均は6.7 ± 1.93年であった.研究参加者から語られた事例患者は統合失調症と診断された30~60代の女性患者が6事例,20~50代の男性患者が5事例で合計11事例であった.事例患者の入院時の入院形態は医療保護入院が8事例,措置入院が3事例であった.研究参加者より語られた実践場面としては,10事例から服薬,食事,排泄,清潔,休息を含めた入院中の療養生活の場面,8事例から身体拘束や隔離処遇などの行動制限に関する療養環境の場面,7事例から退院支援の場面が語られた.また,本研究の総インタビュー時間は388分48秒,平均インタビュー時間は43.2 ± 5.8分であった(表1).
研究参加者の概要
研究 参加者 |
看護師臨床 経験年数 |
精神科救急病棟 臨床経験年数 |
性別 | 認定資格 の有無 |
事例患者 (年齢/性別/入院時の入院形態) |
語られた実践場面 | インタビュー 時間 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 17年 | 5年 | 男性 | 無し | 30代/女性/措置入院 | 入院中の療養生活,治療環境 | 48分56秒 |
B | 25年 | 5年 | 女性 | 無し | 60代/女性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,退院支援 | 37分6秒 |
50代/女性/医療保護入院 | 入院中の治療環境 | ||||||
C | 26年 | 10年 | 男性 | 無し | 30代/男性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,治療環境 | 39分37秒 |
D | 8年 | 8年 | 女性 | 無し | 40代/女性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,治療環境 | 40分1秒 |
20代男性/措置入院 | 入院中の療養生活,退院支援 | ||||||
E | 10年 | 5年 | 女性 | 無し | 50代/男性/措置入院 | 入院中の療養生活,治療環境 退院支援 |
42分33秒 |
F | 6年 | 6年 | 男性 | 無し | 30代/男性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,治療環境 退院支援 |
55分33秒 |
G | 12年 | 9年 | 男性 | 無し | 40代/女性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,治療環境 退院支援 |
44分47秒 |
H | 7年 | 7年 | 女性 | 無し | 50代/女性/医療保護入院 | 入院中の療養生活 退院支援 |
41分21秒 |
I | 6年 | 5年 | 女性 | 無し | 40代/男性/医療保護入院 | 入院中の療養生活,治療環境, 退院支援 |
38分54秒 |
データから148の記録単位を抽出し,54コード,14サブカテゴリ,5カテゴリが生成された(表2).各カテゴリと全体を占める記録単位数の割合は,【精神症状の体験に寄り添う】(29.1%),【入院医療における強制力の認識を軽減する】(28.4%),【個人を尊重する態度を示す】(16.9%),【退院支援における意思形成を促す】(15.5%),【医療チームで連携を図る】(10.1%)であった.また,一致率をScott(1955)の式により算出した結果は,それぞれ87.3%,78.2%であった.以下,カテゴリ別に詳細を記述する.記述にあたっては各カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,コードを〈 〉,代表的な記録単位を「斜線」で示す.また,記録単位を明確にするための補足は( )で表記した.[ ]は研究参加者を示す.
急性期医療場面における非自発的入院した統合失調症患者の意思を尊重した看護実践
カテゴリ | サブカテゴリ | コード |
---|---|---|
精神症状の体験に寄り添う (43記録単位:29.1%) |
精神症状の体験を否定せずに 関心を示す |
精神症状の体験が患者にとって現実に起きている事だと推察する |
精神症状の体験を否定しない | ||
患者自身が置かれている世界に関心を示す | ||
精神症状の体験で抱える感情に寄り添う | 危機的な感情を表情や言動から汲み取る | |
精神症状の体験によって起こる感情の表出を促す | ||
精神症状の体験によって何が苦しいのかを傾聴する | ||
精神症状の体験によって起こる感情に共感する | ||
意図的なコミュニケーションを図る | 自然な状況でコミュニケーションを図る | |
困難な状況に対して援助したいことを伝える | ||
混乱状態に配慮しつつ,コミュニケーションを図る | ||
何かあったら相談してほしいことを繰り返し伝える | ||
些細な表情や言動の変化を察し,コミュニケーションを図る | ||
分からないことをそのままにせず,繰り返し応答する | ||
非言語的コミュニケーションで安心感を与える | ||
入院医療における強制力の 認識を軽減する (42記録単位:28.4%) |
入院医療への受容を促す | 入院時の体験を振り返るタイミングを図る |
入院時の体験とともに治療や行動制限の必要性について一緒に振り返る | ||
行動制限がある中で治療を受けていることを労う | ||
行動制限の範囲内で患者の 意思に寄り添う |
身体拘束,隔離処遇による不快な思いを傾聴する | |
身体拘束,隔離処遇への不快な感情に共感する | ||
精神症状を査定し,患者の意向に沿って隔離室に持ち込めるものを医師に相談する | ||
行動制限の範囲内で看護師が支援できることを誠実に伝える | ||
医師と協議し,患者の精神状態に合わせて身体拘束を解除できる時間を検討する | ||
身体拘束中であっても精神症状を査定しつつ,可能な限り自力で排泄できるようにする | ||
可能な限り患者自身のペースに合わせてセルフケアの援助を行う | ||
服薬への強制力を軽減する | 服薬への思いや考えを傾聴する | |
服薬への思いや考えに共感的な態度を示す | ||
服薬で期待できる効果を患者の状況に合わせて情報提供する | ||
強制的な入院医療が患者に 悪影響を及ぼすことを推察する |
混乱した状態で治療や行動制限が行われることで患者が抱く負の感情を汲み取る | |
強制的な身体拘束が治療の受け入れに悪影響を及ぼすことを推測する | ||
強制力が働かないように 伝え方を工夫する |
行動制限は罰則的な意味で行う訳ではないことを伝える | |
回復していることを肯定的に伝える | ||
間接的に医療者の思いや考えを伝える | ||
個人を尊重する態度を示す (25記録単位:16.9%) |
患者を1人の人間として 尊重する態度を示す |
病人ではなく,1人の人間として尊重しようとする態度を示す |
相手の考え方や感じ方を尊重する | ||
患者を理解したいという態度を示す | ||
身近な人として大切に関わろうとする | ||
生き方や価値観を把握する | 病状の理解と受け止めを確認する | |
家族に患者の入院前の生活について聴取する | ||
家族に患者の嗜好について聴取する | ||
患者自身の生活史について語ってもらう | ||
退院支援における意思形成を 促す (23記録単位:15.5%) |
タイミングを図って退院後の 生活における意思を模索する |
精神症状が軽減していくタイミングで退院後の生活への思いを確認する |
信頼される関係性を築いた時に退院後の生活への思いを確認する | ||
ストレングスに焦点を当てて 退院後の生活における意思を 育む |
退院後の夢や希望を確認する | |
ツールを用いて目標や行われている治療を視覚的に共有する | ||
夢や希望を主軸に日常生活の過ごし方を一緒に考える | ||
健康的な部分に焦点を当てて退院後の生活を一緒に考える | ||
医療チームで連携を図る (15記録単位:10.1%) |
医療・看護チーム内で情報共有,役割分担を行う | 看護チーム内で患者の思いや希望を情報共有する |
他職種で治療方針について話し合う | ||
病棟の中で患者の思いに寄り添う役割を担う | ||
患者の特性から関わる看護師を調整する | ||
医療チームで連携して対話的に関わる | 医療チームで患者と対話をするための調整を図る | |
医療チームで患者との対話を通じて服薬への思いを傾聴する | ||
対話の途中で医療者同士が感想を述べ合い,患者に聴いてもらう | ||
医療チームで患者との対話を通じて患者の希望する退院先を一緒に目指す | ||
5カテゴリ(148記録単位) | 14サブカテゴリ | 54コード |
このカテゴリは,14コード,3サブカテゴリで構成された.熟練看護師は「その人にとって幻覚妄想って現実だと思う」[A],〈精神症状の体験が患者にとって現実に起きている事だと推察する〉こと,「その人にとって妄想症状が事実なので,否定しないように」[A],〈精神症状の体験を否定しない〉,「患者の世界に対して,相手に興味を持って」[F],〈患者自身が置かれている世界に関心を示す〉ことで,患者の《精神症状の体験を否定せずに関心を示す》ことをしていた.患者の入院時には,「彼女の中ではもう,本当にしんどそうだなって感じで,表情だったり,言動だったり」[A],〈危機的な感情を表情や言動から汲み取る〉,「幻聴が言われている時にどんな気持ちになっているのか伺って」[F],〈精神症状の体験によって起こる感情の表出を促す〉ことをしていた.また,「妄想の世界に入って彼女の思いを引き出して,何が苦しいのか」[A],〈精神症状の体験によって何が苦しいのかを傾聴する〉ことや,「(幻聴で)そういう怖いみたいな恐怖心はそのまま共感して」[I],〈精神症状の体験によって起こる感情に共感する〉ことで,《精神症状の体験で抱える感情に寄り添う》ことをしていた.患者の混乱期では,「できるだけ自然に,違和感なく出来るだけ会話に入れるように」[A],〈自然な状況でコミュニケーションを図る〉,「今お辛い状況だと思うので,良くなるように安定するようにお手伝いさせていただきたい(と言って)」[E],〈困難な状況に対して援助したいことを伝える〉こと,「いっぱい喋ってしまうと混乱しちゃうので端的に伝えるようにして」[E],〈混乱状態に配慮しつつ,コミュニケーションを図る〉ことや,「何かあったらSOSを出してほしいことは繰り返しお伝えはして」[H],〈何かあったら相談してほしいことを繰り返し伝える〉ことをしていた.さらに,「(表情や言動が)気になった患者さんがいると,ちょっと気になったんで行ってきますって(他看護師に)言って」[A],〈些細な表情や言動の変化を察し,コミュニケーションを図る〉,「患者の話を遮らずに,うん,もう一回とか,そういう感じで分かろうとする」[C],〈分からないことをそのままにせず,繰り返し応答する〉こと,「表情とかそういうノンバーバルなところで安心感を与える」[C],〈非言語的コミュニケーションで安心感を与える〉ことで 《意図的なコミュニケーションを図る》ことをしていた.
2) 【入院医療における強制力の認識を軽減する】(42記録単位:28.4%)このカテゴリは,18コード,5サブカテゴリから構成された.熟練看護師は「(精神状態が)落ち着かれてきたので,入院時のことを振り返ろうとして」[E],〈入院時の体験を振り返るタイミングを図る〉,「辛い体験ではあったけど,それくらいの病状の悪さがあったのも振り返らせていただいて」[E],〈入院時の体験とともに治療や行動制限の必要性について一緒に振り返る〉,「隔離室で落ち着いて過ごせているよねとか,薬も頑張って飲めてるよねっていうのを(言って)」[B],〈行動制限がある中で治療を受けていることを労う〉ことで《入院医療への受容を促す》ことをしていた.また,行動制限のある患者には,「隔離室から出られないんですかみたいなのをひたすら聴いて」[B],〈身体拘束,隔離処遇による不快な思いを傾聴する〉,「(身体拘束が)怖かったということに対してはね,それは辛い体験だと思うので共感して」[E],〈身体拘束,隔離処遇への不快な感情に共感する〉ことや,「隔離室での生活に慣れたりとか,本が読みたいとか,閉鎖的な環境で現実的な苦痛が出ている時でしたら主治医に相談して」[E],〈精神症状を査定し,患者の意向に沿って隔離室に持ち込めるものを医師に相談する〉こと,「制限がある中で,今できることはここだよというのを誠実に伝える」[C],〈行動制限の範囲内で看護師が支援できることを誠実に伝える〉ことをしていた.他にも,「回復しているところもあるので,短時間で(身体拘束)を外したり試してはどうかというところも現状を医師と話して」[E],〈医師と協議し,患者の精神状態に合わせて身体拘束を解除できる時間を検討する〉ことや,「短時間で(身体拘束)が外せるようになってきたらポータブルトイレで排泄していただいたり」[E],〈身体拘束中であっても精神症状を査定しつつ,可能な限り自力で排泄できるようにする〉,「(セルフケアの援助を)なるべく本人のペースでやって」[I],〈可能な限り患者自身のペースに合わせてセルフケアの援助を行う〉といった《行動制限の範囲内で患者の意思に寄り添う》ことをしていた.服薬に拒否のある患者に対しては,「ただその(服薬への)思いを聴いてあげる」[A],〈服薬への思いや考えを傾聴する〉ことや,「薬は自分の身体に合っていないという風に思って飲んでいなかったというところは共感して」[G],〈服薬への思いや考えに共感的な態度を示す〉ことをしていた.また,「そういう風に(薬は必要ないと)感じているんですねという感じで話を聞きつつ,だけどもこれ(薬)はそれ(患者が感じている電波)をなくす為の薬なんだよって事は説明して」[B],〈服薬で期待できる効果を患者の状況に合わせて情報提供する〉ことなど,《服薬への強制力を軽減する》ことをしていた.入院時の状況においては,「急に連れて来られて,縛られて自由が取れない,何なんだこれは,というような混乱状態なのかなと」[E],〈混乱した状態で治療や行動制限が行われることで患者が抱く負の感情を汲み取る〉ことや,「抑えつけられる形で強制的に縛られて,それでは治療も受けたくならないし,話もしたくなくなるよね」[D],〈強制的な身体拘束が治療の受け入れに悪影響を及ぼすことを推察する〉ことで《強制的な入院医療が患者に悪影響を及ぼすことを推察する》ことをしていた.さらに,「行動制限について看護師からはあまり本人が罪悪感を抱くような伝え方はしない」[F],〈行動制限は罰則的な意味で行う訳ではないことを伝える〉,「隔離室の中でも肯定的に回復されているところをお伝えしたり」[E],〈回復していることを肯定的に伝える〉ことをしていた.また,「先生の思いを僕を介して伝えたり」[A],〈間接的に医療者の思いや考えを伝える〉ことで,《強制力が働かないように伝え方を工夫する》ことをしていた.
3) 【個人を尊重する態度を示す】(25記録単位:16.9%)このカテゴリは,8コード,2サブカテゴリから構成された.熟練看護師は「病気を持っているから違うって思わなくて,人間だから同じだろって」[A],〈病人ではなく,1人の人間として尊重しようとする態度を示す〉ことや,「感じ方とか考え方が違うっていう前提で」[C],〈相手の考え方や感じ方を尊重する〉こと,「姿勢として,分かろうとしてるよって」[C],〈患者を理解したいという態度を示す〉,「自分の家族だったら,どういう対応されたら安心できるっていうところで関わる」[A],〈身近な人として大切に関わろうとする〉ことで 《1人の人間として尊重する態度を示す》ことをしていた.また,「症状として何が起こっているのかを聴いて,本人の病状に対する受け入れを確認する」[F],〈病状の理解と受け止めを確認する〉ことや,患者が混乱状態により看護師との疎通が図れない場合は,「家族に入院前はどういう過ごし方をされていたんですかって聴いて」[D],〈家族に患者の入院前の生活について聴取する〉 ,「(食事を拒否する患者に)家族に好みの食べ物を聴いたり」[E],〈家族に患者の嗜好について聴取する〉ことをしていた.さらに,「生活史に踏み込んだ関わりをして」[F],〈患者自身の生活史について語ってもらう〉ことで 《生き方や価値観を把握する》ことをしていた.
4) 【退院支援における意思形成を促す】(23記録単位:15.5%)このカテゴリは,6コード,2サブカテゴリから構成された.熟練看護師は「精神症状が軽減したタイミングで,退院したらどんなことをしたいんですかって」[E],〈精神症状が軽減していくタイミングで退院後の生活への思いを確認する〉,「本人が話せるだけの関係性になったら,本人の口から退院後の生活への思いを聴く」[F],〈信頼される関係性を築いた時に退院後の生活への思いを確認する〉など,《タイミングを図って退院後の生活における意思を模索する》ことをしていた.また,「本人の夢や希望から退院に向けて準備していきたいという説明を」[H],〈退院後の夢や希望を確認する〉,「ストレングスマッピングシートで目標だったりとか治療だったりとかを視覚的に共有して」[H],〈ツールを用いて目標や行われている治療を視覚的に共有する〉ことをしていた.さらに,「この思い(患者の夢や希望)を主軸にして,そのためにはどういう風な生活をしていったらいいかとか,本人と考えながら」[H],〈夢や希望を主軸に日常生活の過ごし方を一緒に考える〉ことや,「一緒に退院後のスケジュールを立てて.話はまとまっていなくても,健康面として働きたいことや家族を支えたいという希望はあったので」[G],〈健康的な部分に焦点を当てて退院後の生活を一緒に考える〉ことなど,《ストレングスに焦点を当てて退院後の生活における意思を育む》ことをしていた.
5) 【医療チームで連携を図る】(15記録単位:10.1%)このカテゴリは,8コード,2サブカテゴリから構成された.熟練看護師は「看護師皆に患者さんの思いや希望を共有して」[F],〈看護チーム内で患者の思いや希望を情報共有する〉,「他職種で(治療方針について)会議をしたり」[I]と〈他職種で治療方針について話し合う〉ことをしていた.また,「役割を病棟の中で担って,その役割はその人の思いに寄り添おうというか」[A],〈病棟の中で患者の思いに寄り添う役割を担う〉,「性的虐待に遭っているような人は男性が怖いみたいな.そういう人に対しても極力入らないように調整して」[A],〈患者の特性から関わる看護師を調整する〉など,《医療・看護チーム内で情報共有,役割分担を行う》ことをしていた.他にも,「チームで対話実践をやれたらいいよねって,時間調整を看護師が中心にやって」[B],〈医療チームで患者と対話をするための調整を図る〉,「薬の副作用は心配だから減らせないかとかそういう話を傾聴して,チームでとにかく話を聴く」[B],〈医療チームで患者との対話を通じて服薬への思いを傾聴する〉ことや,「患者の思いを聴いた上で複数の医療者とリフレクティングの時間を設けて,それを患者に聴いてもらう時間をちゃんと作る」[B],〈対話の途中で医療者同士が感想を述べ合い,患者に聴いてもらう〉ことをしていた.また,「複数で対話をしている中で自宅退院を目指してみましょうかみたいな話を対話の中でみんなでできて」[B],〈医療チームで患者との対話を通じて患者の希望する退院先を一緒に目指す〉など,《医療チームで連携して対話的に関わる》ことをしていた.
本研究結果より,1)急性期の精神症状に寄り添う看護実践,2)患者が認識する入院医療への強制力を軽減するための看護実践,3)急性期の病状経過や信頼関係の構築過程のタイミングを考慮した退院支援をしていることが,精神科救急病棟の熟練看護師が行う急性期医療場面における非自発的入院した統合失調症患者の意思を尊重した看護実践の特徴と考えた.そのため,これら3点と看護実践への示唆及び今後の研究上の課題について考察で述べる.
1. 急性期の精神症状に寄り添う看護実践熟練看護師は,【精神症状の体験に寄り添う】中で,《精神症状の体験を否定せずに関心を示す》,《意図的なコミュニケーションを図る》など,急性期の精神症状により患者が体験する独自の世界観に関心を持ち,混乱状態に配慮した対話を試みることで患者の抱える感情や思いを意思として汲み取っていることから,急性期の統合失調症の障害特性に配慮した看護実践を重視していると考えられた.また,《精神症状の体験で抱える感情に寄り添う》では,患者の感情に焦点を当てて共感的に関わる看護実践が語られた.統合失調症患者の精神症状に影響された「言動」に対しては,看護師は患者を理解するために共感的に関わることが困難であることから,陰性感情を抱く(赤羽・西澤,2015).一方で,精神科の熟練看護師の関わり方の特徴として,患者の体験を理解するために患者の「感情」に焦点を当てることが報告されている(川内・板山・風間,2020).このことから,精神症状が引き起こす患者の感情に焦点を当てて共感的に関わることは,精神看護における熟練看護師が行う看護実践の特徴であると考えられた.急性期の精神症状に寄り添うことが重視される理由として,精神医療が対象とする患者の多くは,入院医療に対して両価的な感情を抱くため,治療意欲が不安定である(斎藤,2021).特に精神科救急病棟では,強制的な入院治療により患者と看護師間の信頼関係を築くことを困難にすることが予想されるため,熟練看護師は,患者の精神症状の体験に寄り添うことで,患者と看護師間の良好な関係性を築こうとするのではないかと考えられた.
2. 患者が認識する入院医療への強制力を軽減するための看護実践熟練看護師は,《強制的な入院医療が患者に悪影響を及ぼすことを推察する》,《行動制限の範囲内で患者の意思に寄り添う》のように非自発的入院した患者に対して強制的な治療や行動制限を行う必要性を認識しつつも,制限がある中で可能な限り患者の意思に寄り添った援助を行うことで患者が認識する強制力を軽減しようとしていた.精神科救急病棟に入院した患者は,行動制限による恐怖感や不自由さといった閉鎖的な療養環境における負の感情を経験する(松下,2019).また,患者は医療者に十分に話を聞いてほしいこと,入院が必要な状況を自分自身で理解することを望むなどの報告がある(Sugiura, Petega, & Holmberg, 2020).熟練看護師は,患者が体験する行動制限への不快な思いを傾聴し,引き起こる感情に共感しつつ,《入院医療への受容を促す》中で,精神症状が軽減するタイミングを図って入院時の体験を振り返り,治療や行動制限の必要性について患者自身が理解できるように努めていた.梶原・遠藤(2017)は,精神科の看護師が非自発的入院した患者の辛さに対して傾聴と共感をすること,治療が受容できるように治療の必要性と患者の体験を結びつけることを報告している.このことから,精神科救急病棟の療養環境において行動制限に配慮した看護実践を行うことが,精神科救急病棟の熟練看護師が行う看護実践の特徴であると考えられた.
3. 急性期の病状経過や信頼関係の構築過程のタイミングを考慮した退院支援熟練看護師は,【退院支援における意思形成を促す】看護実践のように,精神症状が軽減する病状経過や,患者と看護師間の信頼関係の構築過程を通じて,《タイミングを図って退院後の生活における意思を模索する》ことで,退院に向けた療養生活や社会生活の意思形成を促していた.患者の混乱期では,患者自身が退院後生活において現実的に意思表明することを困難にするため,精神症状の軽減した臨界期に移行するタイミングを図る必要があると思われる.また,斎藤(2021)は,医療者との十分な信頼関係が結ばれた時に患者の治療意欲が形成され,はじめて医療者に対して相談することができるのではないかと述べている.そのため,熟練看護師は,患者自身が治療意欲を持てるように良好な関係を築くことを重視し,患者から退院後の生活に関する相談を受けるようになったタイミングで患者の意思を模索し,意思形成を促すのではないかと考える.また,本研究結果の熟練看護師は,患者の急性期から退院支援を行っていた.この理由として,施設基準により患者の3ヶ月以内の在宅移行が求められていることより,患者の急性期から退院に繋げることを意識しているのではないかと考えられた.
4. 看護実践への示唆及び研究上の課題本研究結果では,統合失調症の障害特性や,精神科救急病棟の療養環境の状況に応じた具体的な看護実践が示されたことから,急性期の統合失調症患者と関わる精神科救急病棟の臨床看護師への教育や,看護実践の向上に役立てることができると考えた.また,【個人を尊重する態度を示す】,【医療チームで連携を図る】看護実践は,精神看護領域以外でも患者の意思決定を支える看護実践として報告がされている(旗持ら,2022).そのため,【個人を尊重する態度を示す】,【医療チームで連携を図る】看護実践を基盤としつつ,本研究結果で熟練看護師の特徴的な看護実践だと考えられた3つの看護実践を重ねていくことで,入院中の療養生活や療養環境,退院支援の場面で統合失調症患者の意思を汲み取り尊重できる可能性がある.しかし,本研究結果は便宜的に抽出した3つの病院に所属する9名の熟練看護師への1回のインタビューにより抽出した内容であるため,今後は本研究で得られた知見を基にデータを蓄積していくことが必要である.
急性期医療場面における非自発的入院した統合失調症患者の意思を尊重した看護実践として,【精神症状の体験に寄り添う】(29.1%),【入院医療における強制力の認識を軽減する】(28.4%),【個人を尊重する態度を示す】(16.9%),【退院支援における意思形成を促す】(15.5%),【医療チームで連携を図る】(10.1%)の5つの看護実践が明らかになった.精神科救急病棟の熟練看護師は,患者の意思を尊重するために統合失調症の急性期の障害特性に配慮した看護実践を重視していた.この理由として,強制的な入院治療が行われることで患者と看護師間の信頼関係の構築を困難にすることから,患者が抱える精神症状の体験に寄り添うことで信頼関係を築こうとするのではないかと考えられた.
研究にご協力いただいた研究参加者の皆様,研究指導してくださった荻野雅教授に深く感謝申し上げます.本研究は,武蔵野大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆,修正を加えたものである.
本研究は,RUが研究の着想及びデザイン,データ収集,分析,論文作成までの全プロセスを遂行した.
本研究における利益相反は存在しない.