Journal of Japan Academy of Psychiatric and Mental Health Nursing
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2024 Volume 33 Issue 2 Pages 109-115

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はじめに

リカバリーを目指す認知療法(CT-R)は,サイコーシスなど重篤なメンタルヘルス状態を抱える人々を対象として開発された.認知療法(Cognitive Therapy: CT)の中でも,特にリカバリー(-R)を目指すバージョンである.CT-Rは,認知療法の創始者のアーロン・ベック博士が生前,最後に取り組んだアプローチとして知られ,米国のベック・インスティチュートのCenter for Recovery-Oriented Cognitive Therapy(センター長:ポール・グラント博士)において,研修や普及活動が行われている.マニュアルの日本語訳も出版されている(Beck et al., 2021/2023).本教育講演では,CT-Rについて紹介することで,今後の精神科臨床に与えてくれるものについて考えたい.

リカバリーとは

なぜわざわざ「リカバリーを目指す」必要があるのか?Recoveryの直訳は「回復」であるが,精神保健分野でいうところのRecoveryは,「回復」よりも多くの意味を内包しているため,リカバリーという片仮名があてられて用いられることが多い.

米国では1950年代から1960年代に,劣悪な環境の州立病院に収容されたまま何十年も退院できないでいる精神科患者が多く存在していたところ,公民権運動が高まり,脱施設化が進められた.病院中心から地域ケアへの移行をするために地域ケアの充実がはかられてきたのである.こうした動きの中でリカバリーという概念が普及し,進化した.

リカバリーと一口で言っても,病気の症状が良くなることだけではない(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部,2021).病気自体の回復は,リカバリーの中でも「臨床的リカバリー」と呼ばれる.これに対して,「社会的リカバリー」というのは,住居,就労,教育,社会ネットワークを実現するなど,社会の中での機能の回復を指す.この2つのリカバリーが重要なのは言うまでもないが,それでは,治療効果が限定的で,幻聴が続き,妄想も修正されず,一人暮らしができない者たちは,リカバリーできないのであろうか?

あらゆる状態の者が目指すことのできる,もう一つのリカバリーが,「パーソナルリカバリー」である.本人自身が決めた希望する人生を目指すプロセスとしてのリカバリーである.CT-Rでいうリカバリーは,このパーソナルリカバリーを中心に思い浮かべると良いだろう.その人が望む生き方に到達していけるように支援する認知療法ということになる.CT-Rは,リカバリームーブメントと認知療法が融合したアプローチだと言える.

認知療法としてのCT-R

認知療法の基本的理解を持っていたとしても,CT-Rは,一見すると認知療法には見えない.患者と楽しく音楽を聴いたり,散歩したりしているのを見ると,「どこが認知療法なのだろうか」と思うのも不思議はない.しかしながら,「ある状況下における人の感情や行動は,その状況に対する意味づけや解釈によって規定される」という認知療法モデルを適用せずに単に一緒に活動した場合,良い時間を過ごせたとしても,そのままでは認知行動療法としての効果は望めないだろう.

CT-Rには,従来のCBT for Psychosis(CBTp)の技法だけでなく,精神分析療法やその他の多様な心理療法・心理社会的療法の技法が取り込まれている.認知療法モデルは維持しつつも,技法は多様なアプローチから自由に取り入れている.つまり,モデルと技法を区別しているのである.技法というのは,その場その場で行う対応などを指す.一方,モデルとは,そのアプローチが寄って立つ理論を指し,介入の方針や進め方をガイドしてくれるものである.認知療法モデルに従って認知の修正をするためには,どのような技法も使うことができる.認知再構成といった認知行動療法の技法を用いても良いし,他のアプローチで多用されている技法の中から選んで使っても良い.

従来の認知行動療法とCT-Rの違い

それでは,従来の認知行動療法(CBT)と,CT-Rの違いはなんだろうか?2023年の来日講演でにベック・インスティチュートのジュディス・ベック博士は,以下のような説明をしている.

従来型のCBTもCT-Rも同じ認知行動療法であるため,重複部分が多く,はっきりと分かれるわけではないが,強調点が異なる.従来型のCBTがアセスメントにおいて,現在・過去の問題や症状に焦点をあてるのに対し,CT-Rでは問題や症状だけでなく,人生・生活のベストな時に焦点をあて,セッション中に肯定的感情を引き出すよう試みる.治療のターゲットも,従来のCBTが精神病理と否定的気分の低減をはかることを目指すのに対し,CT-Rでは,適応的な認知や対処方略に焦点をあてて肯定的感情を増やすことにある.従来のCBTでは,治療目標はセラピー開始時に決めて,定期的に見直すものであるが,CT-Rでは,最初から明らかではない.その個人の価値観やアスピレーション(後述)を可能な限り早く特定し,クライエントのモチベーションを高めるために,継続的にそれに言及しながらセラピーを進める.

アセスメント,治療ターゲット,治療目標の焦点の違いは,各セッションの進め方にも反映される.従来のCBTではセッション開始時に症状チェックリストを記入してもらって過去1週間の困難を聞くが,CT-Rでは寧ろ,肯定的体験を尋ねる.アクションプラン(ホームワークをこのように呼ぶ)の確認の際,CT-Rでは体験を尋ね,「その体験をしたということは,あなたがどのような人であることを示していますか?」と意味付けを引き出すことに焦点がおかれる.

CT-Rの研究

ベック博士とポール・グラント博士らは,CT-Rを開発する前に,統合失調症の陰性症状の背景にある信念についての研究を行い,いくつかの信念を見出した.代表的なのが「敗北者信念」と「非社交的信念」である.「敗北者信念」とは,やってもどうせうまくかないからやる意味がない,小さな間違いは大惨事に匹敵する,自分は壊れている,といった信念である.こうした信念があると,意欲が出てこなくなる.「非社交的信念」は,どうせ自分は楽しめないし,何も楽しいことは起こらないので楽しいとされることをしても意味がない,という信念である.楽しいことをしようとしないために楽しい感情を感じることもないという循環ができてしまう.こうした信念を伴っているために,陰性症状が強いと,心理療法を自分から受けに来ることもなく,支援が入りにくい.

CT-Rで介入した結果,全般機能が向上し,陰性症状が改善するということが,無作為化比較試験によって示され(Grant et al., 2012),フォローアップでは効果が持続していることも確認された(Grant, Bredmeier, & Beck, 2017).研究対象者の中でも病歴が長く,CT-Rにすら反応しなかった者も,フォローアップ期間中に状態が改善したことが示されたのである.

CT-Rの全体像

CT-Rは,マニュアル化され,各回に何をするかが明確なパッケージ化されている認知療法プログラムではない.進捗を臨床判断しながら進めていくかたちをとる.CT-Rを進める際にガイドしてくれるのが,図1の「CT-Rアロー(CT-R arrow)」である.「アクセスする」「エネルギーを高める」「発展させる」「実現する」「強化する」という段階を行きつ戻りつしながらCT-Rは進んでいく.以下に各要素を説明する(特に断りが無い限り,CT-Rのアプローチ方法に関する内容の出典は,CT-Rのマニュアルである).

図1

CT-Rアロー

アクセスする,エネルギーを高める

図1の「アクセスする」と「エネルギーを高める」は一緒に進む.セラピストとの「つながり」を活用しながら,他の人たちとのつながりも促す段階である.では,何にアクセスするのだろうか.

アクセスの対象は,個人の「適応モード」である.その人のベストな状態が引き出されるモードである.どんなに具合が悪くても,陰性症状が強くても,ベストなその人が出る瞬間は存在する.それは音楽を聴いている時かもしれないし,犬猫と遊んでいるとき,あるいは料理をつくっているときかもしれない.

「適応モード」の逆が「患者モード」や「分断モード」であり,これは陰性症状の背景にある信念が発動しているモードである.普段,分断モードにいる個人の適応モードにアクセスし,そのエネルギーを高めることがCT-Rの最初のステップである.そのためには,本人が,「これからもこんな体験をしていきたい」と思えるような体験をしている自分,最高の自分をどのように引き出すかであるが,これはまさに看護職が力を発揮できるところであろう.看護師は患者の多様な瞬間を普段からよく観察している.「具合が悪くて横になっていることが多いが,特定の場面では元気があってエネルギーがある」とか,「何かの話題になったらものすごく発言した」など,日々の中で出てくる「適応モード」サインに気づいていることが多い.何か尋ねてもほとんど応答が無いにも関わらず,好きな芸能人の話になるや饒舌になったり,或いは,普段は幻聴に苦しめられているのに,サッカー観戦を始めたとたんに幻聴に対してきっぱりと「後にして」と言って観戦を楽しんだりしている時,その人は適応モードになっている可能性が高い.そこをどう見て取るかということになる.

適応モードにアクセスするヒントはいろいろなところにある.着ているTシャツに気に入っているものが描かれていたり,貼ってあるポスターで好みが分かったり,つけているキーホルダーにもその人の好きなものが表れている.これらを糸口にして適応モードを広げていく.ヒントが見つからない場合でも,音楽やスポーツ,ポップカルチャー,食べ物,好きな動物など,活用できそうな話題例がマニュアルには書いてある.関心を共有し,良い時間を一緒に過ごすことで,適応モードへのアクセスを確実に重ねて行く.

適応モードを引き出すために有効な別の方法が,「助言を求める」ことである.個人が よく知っていることについて,話題にするだけでなく,それについて教えてもらったり,助けてもらったりすることで,その人の中にある「人に親切にする」「自分が何かの役に立つ」という場面を引き出していくことを通じて適応モードを広げていく.

助言の求め方は,「来週のネイル,赤とピンクどっちがいいと思います?」のように雑談や世間話のような感じで良い.このように言うと,「世間話をしていて,どこが認知療法なんですか?」と思うかもしれない.この段階は,適応モードにアクセスをしているため,いかにも精神療法くさくないほうが良いのである.自分の何かをいじられるのではないかという警戒感を持たせるようなやりとりではなく,日々の中から失われている自然なやりとりを目指す.犬に詳しそうだったら犬のことを尋ねたり,料理好きに得意料理に関連した質問をしたりしてスキルだけでなく,人助けしたい部分も引き出していく.

何のためにこれをするかといえば,人は好きなことをしていると,「エネルギーが高まる」からである.ドヨーンとしている状態から脱する.エネルギーが上がっているときは,下がっているときにしていることをしない.両者は両立しないからだ.普段,グルグル悩んでいる人は,エネルギーが上がって気分良くしているときは,グルグル悩まない.

適応モードになる時間を増やしていくと,敗北者信念やエネルギー節約信念,非社交的信念に対する,体験としての反証が重ねられる.従来の認知療法では,自動思考に反証するために思考記録表を使ったりしていたところを,CT-Rでは,体験を通して反証を重ねる.

症状ばかりに焦点をあてないことにより,自己注目により強まっていた苦痛は緩和され,日中動くことでよく眠れるようになるなど,それだけでも症状に良い影響がある.被害妄想がある人でも,良い時間を持てる機会が増えれば増えるほど,「安全感を感じても大丈夫だ」という,被害妄想への反証が増えていく.

認知に介入する働きかけ

適応モードにアクセスをしてエネルギーを高めることが出来るようになったら,いよいよCT-Rの認知療法としての真骨頂である.楽しい時間を過ごすこと自体は,援助職がこれまでも行ってきたことである.しかし,CT-Rでは,楽しい時間を共有して分断モードに関連した信念への反証を積み重ねていくときに,その都度,新しい認知を引き出し,定着をはかっていく.

たとえば,「これをしているときって,笑顔も出て,結構リラックスしているように見えますが,あなた自身はどうですか?」と尋ねると,本人は「結構リラックスしています」あるいは「まぁ」などと言うかもしれない.さらに「想像していたのと比べて,実際はどうでした?」と尋ねることで,「やってもしょうがないと思っていたのが,動いてみたら結構いい気分になりました」という言葉が引き出せたら,「体を動かすとリラックスするんですね.またこういうの,やれるといいですか?」と返して,適応モード体験の今後の再現可能性を高めていく.これは,一見,普通のやり取りのようであるが,「○○すると良い状態になることができる」という認知を固め,定着を図っているのである.「何をしたって自分は良い状態にならない」という信念から,実際に体験して,体の感じなどが変わったときに,その意味づけを言葉にしてやり取りする.これを細かく重ねて行くことで,認知が再構成されていくのである.

この働きかけまでをしないと,認知の変容にまでは至らない.というのも,体の感じが変わるだけで認知が変わる人もいるが,持続しないことが多いからだ.「あれはあの時,たまたまいい気分になっただけ」と捉えて過ぎ去ってしまう.そうならないよう,いつもと違う捉え方(認知)を引き出し,強化していく.

どのような声掛けをするかであるが,CT-Rでは「つながり」をつくることを重視する.人とつながり,人に親切にするような機会があると,「自分は楽しめないし,誰にも話を聞いてもらえない」というところから,<人に貢献できる自分><親切にする自分>の時間が増える.活動で適応モードを引き出したら,質問によって意味づけを変える働き掛けをする.「一緒に○○してほんとに楽しかったです.あなたはどうですか?」と聞いて,「まぁ.結構いいですね」と答えてもらえたら,「自分は楽しむことができる」「○○すると楽しむことができる」「人と一緒に楽しむことができる」という信念を強化することが出来る.

或いは,個人の親切な行動をとりあげて,「■■さんは,すごく親切なタイプなんじゃないですか?」と問う.質問のかたちをとりながら「あなたは親切ですね」と言っているのである.直接に「■■さんは,親切な人ですね」と言ってしまうと「いえ,そんなことありません」になりかねない.根拠となる体験の直後に,「親切なタイプなんじゃないですか?」などと問うことで「うん,まぁ」や「え?」と反応しながら,「自分は親切な人かもしれない」という考えが芽生え,強化されていく.

能力に関しても同様である.「最初は何も知らなかったのに,今や△△にそんなに詳しくなったということは,あなたがどういう人間だということになりますか」と尋ねて,個人が「やればできる?」と言葉にしたら,「私もそう思います」と同意するのもよいだろう.

エネルギーについての話題もセラピスト自身を引き合いに出すとスムーズである.たとえば,散歩した後に,「私は散歩したら結構エネルギーが高まった気がするんですけど,あなたはどうですか?」と問う.体験して既に気分がよくなっているところに質問され,「あれ? 活動するとエネルギーが高まるのかな?」という気付きが引き出されていく.こうしたやりとりは,「活動するとエネルギーが上がるので,エネルギーを高めるために散歩しましょう」と教えられてようやく散歩するのとは異なる体験である.

「発展させる」「実現する」

適応モード時間が増え,予測可能なかたちで引き起こせるようになってくると,段々と,「前は自分で曲をつくってみたいと思っていたんだよな」といった,「こうありたい自分」の話題も出てきやすくなる.「自分で曲を作りたい」というのは,「好きな音楽を通じて人とつながりたい」という意味を実現するアスピレーションなのかもしれない.

アスピレーションとは,CT-Rの重要概念の1つであり,その個人が将来に対して持っている個人的な願望や,実現したいと思っている意味である.有意義で駆り立てられるような,意味のある望みを指す.

アスピレーションがほのかに明らかになってきても,すぐにどうにかしようと焦らないようにする.アスピレーションのイメージを豊かにするような働きかけを行い,話題にすることも自然になってきたら,ようやく,そのアスピレーションを実現するための小さなステップを考える段階(図1「実現する」)に移る.

援助職は,患者に会って早々に目標に向けたステップが頭に浮かぶことが多く,早くたどりついてもらいたくて仕方なくなりがちである.しかし,一足飛びに行こうとするとうまくいかない.なぜなら,アスピレーションを目指そうにも目指せない体験が重なり,敗北者信念などが強化されている状態がデフォルトになっているからである.だからこそ,適応モードでいる時間がそれなりの長い時間とれるようになり,アスピレーションがほのかに見えてくるところまでエネルギーが高まり,新しいことをする余力が出てきてから次の段階に進むのである.

たとえば,「恋人が欲しい」という話をし始めたら,実現するステップづくりを始めるのではなく,「そうしたらどんなところに行きたいの?」などと問いながら,内容を明細化して,豊かにしていく.デートで行く場所,一緒にしたいこと,動物好きの人が好きなことなど,細部を描いてアスピレーションの力を強める.すると,「恋人がほしい」に内在する「いろんなことを一緒にできる人が欲しい」というアスピレーションの意味も見えてくる.そうなれば,遠いいつかにようやく「恋人を得る」を達成するのではなく,そこまでのステップの中にも,アスピレーションに内在する意味,つまり,「いろんなことを人と一緒にする」を実現するような小さなステップを見つけていくのである.

精神科では,うっかりすると,正しい目的のもとにつまらないステップ(目標)を掲げてしまうことがある.たとえば,入院中「朝起きられるようになりましょう」という目標を立てたりする.そのままでは「起きてどうするのよ,面白くもない.また寝ちゃおうかな」になりがちである.何のために起きるのかによって動機づけは変わるだろう.本人のアスピレーションに内在する意味づけを実現できるような行動をとり始めるのが図1「実現する」段階である.「これをしたことで,望みにはどういうふうに近づいたと思う?」と,折々,アスピレーションとのつながりを確認する.

「強化する」

この段階でも質問が活用される.質問にはメッセージを埋め込むことが出来る.それでいて,どのような回答をしても良いという意味で,相手に自由を与えられる.「これが達成できたというのは,自分はどういう人間だということになりますか?」に対して,どのように答えるかは個人に任される.「頑張れる人」「コツコツやる人」「人の力を借りることが出来る人」など,引き出される意味には独自性が出る.このように,CT-Rは,質問の宝箱のような心理療法である.

リカバリーマップの活用

CT-Rの対象になったのは,もともと,陰性症状が強く,自分の思いを容易に言語化しにくい個人であった.そうした個人にチーム・アプローチでCT-Rを提供する場合,適応モードにアクセスする方法を見つけるまでの試行錯誤を支えたり,CT-Rアローのどこまで進んだのかの進捗を共有したり,方針を立てたりするためのツールがあると役に立つ.そのツールがまさに「リカバリーマップ」である.

CT-Rの開始当初のリカバリーマップは埋まらないところが多いが,そのおかげでどの情報が得られていないのかが明らかになる.最初は推量して仮説として記入する部分もある.しかし,リカバリーマップで方針を確認して一貫したCT-Rのチーム・アプローチを続けると,最初は仮説だった「適応モード中に活性化される肯定的信念」が確認されたりして,徐々に空欄は埋まってくるのである.アスピレーションも最初はわからないが,徐々に明らかになる.

表1

リカバリーマップの例(架空例)

適応モードにアクセスし,エネルギーを高める
興味/関わり方
・音楽(聴く,歌う,踊る)
・散歩
・友達を助ける
適応モードで活性化する信念
・自分は他の人とつながっている
・楽しいことをするほど気分がよくなる
・自分は人の役に立つ
アスピレーション
目標
・友達をつくる
・職に就く
特定された目標を達成することの意味
・他の人とつながっている
・自分は役に立つ,能力がある
チャレンジ
現在の行動/チャレンジ
・自分は超能力者だと言う
・部屋にこもって孤立しがちである
チャレンジの基底にある思い込み
・特別な力が無ければ尊重されない
・人とつながれない
ポジティブ行為とエンパワメント
現在の方略と介入法
 
・音楽を一緒に聴いて散歩する
・音楽その他の前後で気分を評価する
・人と交流する機会を計画する
ターゲットにする信念/アスピレーション/意味/チャレンジ
・人とつながれるという信念の強化
・エネルギーが湧くまで動けないという信念への介入

リカバリーマップには,アスピレーションの実現を妨げている「チャレンジ」を記載する欄もある.例えば,大声で叫んだり,苦しくなると暴力を振るってしまったりするなど,様々なチャレンジが起きている場合,その背景にはどのような信念があるのかを探りながら,これに対応していく.本講演では割愛するが,攻撃行動などのチャレンジに対して,背景にどのような信念がある可能性が高く,どのようにアプローチするかについても,CT-Rには含まれている.

リカバリーマップを見ると明らかなように,CT-Rでは,アプローチの最初の段階から,個人の行動の背景にある意味付け(認知)と行動に焦点をあて続ける.それゆえに,やりとりの見た目にはそう見えなくても,認知療法モデルに貫かれたアプローチなのである.

CT-Rが精神科臨床に与えてくれるもの

CT-Rの概要を知ったこの段階からすぐに精神科臨床において始められることは何であろうか?まずは,既にこれまで患者に行っていた働きかけを,CT-Rに照らしてより意図的に行うことができるようになるだろう.たとえば,意識的に患者の関心事に耳を傾けて適応モードを引き出したり,アスピレーションに関係する話が出たら,関心を示して豊かに明確化したりするかもしれない.つながりが失われている患者が人助けをする自然な機会が生まれて分断モードから抜け出せているのを見つけたら,そういった機会が増えるような工夫をし始めるかもしれない.

CT-Rでは,個人に内在する適応モードにアクセスして引き出し,明らかになったアスピレーションに向かう支援をするが,何が適応モードにつながり,何がアスピレーションなのかは,完全にその個人のものである.その意味では,どのような患者に対してであっても,「この人が変化するプロセスを援助者が決めなければならない」というコントロールを手放して支援していくことにもつながるだろう.

最後に

最後に,CT-Rを含む,サイコーシスへの認知行動療法の現状に触れて本講演を閉じたい.サイコーシスの認知行動療法は,現在,多方面へと発展している.ようやく中等度以上の効果量を示すアプローチも現れた.今や最大の課題は普及である.バーチャルリアリティを活用したり,アバターを使ったりするようなアプローチが検証されるなど,従来と異なる手法も広がっている.

今回,紹介したCT-Rは適用を広げ,今ではサイコーシス以外の人々にも適用されている.CT-Rの導入によって,本邦でも,より多くのサイコーシスの方々が認知行動療法の恩恵を受けられるようになることを期待したい.

文献
 
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