2025 Volume 34 Issue 1 Pages 11-20
本研究は精神科病棟に入院する神経性無食欲症(Anorexia Nervosa:以下AN)患者を対象に「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を用いた看護面接を行うことで,回復へ向けてどのような変化をもたらすのかを明らかにすることを目的とした事例研究である.
研究参加者女性3名(A氏,B氏,C氏)の対象者には,1回目:日本語版24項目版Recovery Assessment Scale(以下RAS)の評価,2~8回目:秘訣1~8の内容,10回目:RASの評価とインタビューの面接を実施し,インタビューで得られたデータをテーマ分析すると共に面接前後のRASの点数を比較した.
その結果,看護面接によって対象者らは,人とのつながりを意識し始めるようになり,この面接が自分と向き合おうとする機会となっていた.RASについて,B氏は合計点が上昇した一方で,A氏とC氏は点数が減少した.これは,自分と向き合おうとしたことで,自己洞察が深まり,自分を客観視できるようになったことによる現実的な反応が影響していると考える.
Presented herein is a case study that examined recovery progression in patients with anorexia nervosa. Three female patients with anorexia nervosa who had been admitted to a psychiatric ward were included in the study, and were interviewed by nurses using “8 Keys to Recovery from an Eating Disorder”; a book written by eating disorder treatment specialists who had experienced eating disorders themselves, describing the important factors for their recovery and the effective methods they had learned as specialists.
Each patient underwent a total of 10 interviews. The first interview was an assessment of the Japanese version of the 24-item Recovery Assessment Scale (RAS), a subjective measure of patient recovery. The second-through-ninth interviews were conducted on Keys 1–8 from the book. The tenth interview consisted of an interview and evaluation of the RAS. The data obtained from the interviews were qualitatively analyzed and the RAS scores before and after the nursing interviews were compared.
Through these interviews, interview and RAS, the patients began to understand their relationships with others. In addition, the sessions served as an opportunity for the patients to face themselves. The RAS score increased in one patient after the sessions, but decreased in the other two, compared to their scores before the interview sessions. The decreases observed in the two patients are suspected to have been attributed to realistic responses because they became able to view themselves objectively by confronting themselves.
摂食障害患者は近年増加傾向にあり(中井,2005),加えて摂食障害患者の7%は死亡しており,精神疾患の中で死亡率が高い疾患であると言われている(厚生労働省,2007)このことから,対応を早急に見出すべき疾患である.一方で,摂食障害患者は体重を増やされることに抵抗を感じ,病気を手放すのを躊躇する体験をしており(井上・畦地,2020),患者に治療を導入すること自体難しさがあると言える.
そのような患者に対する治療としては,モーズレイ成人AN治療,摂食障害の認知行動療法,支持的臨床マネジメントが第一選択として推奨されている(NICE, 2017).看護では患者の主体性や患者が持つ力に着目した看護の重要性が示されている(篠木・野嶋,2010;福岡・畦地,2012)一方で,AN患者との関わりに抵抗感や困難感を抱く看護師もいることが明らかになっている(岡野ら,2011).そのため,摂食障害患者に対する具体的な関わり方を示していく必要がある.
そのような中,Costin, & Grabb(2012/2015)は「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を提示している.ここでは,回復への動機や希望,摂食障害の外在化,他者に頼ること等を取り上げている.この「摂食障害から回復するための8つの秘訣」の内容は,実際に摂食障害専門治療施設(Monte Nido)で用いられており,摂食障害の症状が改善されていることが報告されている(Monte Nido Treating Eating Disorders, 2020).よって,「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を用いた看護面接を行うことで,何らかの回復に向けての変化が得られ,AN患者への具体的な関わりを提示できるのではないかと考える.
2. 目的精神科病棟に入院中のAN患者を対象に「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を用いた看護面接を行うことで,AN患者が回復に向けてどのような変化をもたらすかを明らかにすることを目的とした.
計画的・統制的アプローチの前向き事例研究.
2. 用語の定義 1) 「AN」の定義精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(以下DSM-5)(American Psychiatric Association, 2013/2014)に基づき,ANを持続性のカロリー摂取制限,体重増加または肥満になることへの強い恐怖または体重増加を阻止する行動の持続,体重または体型に関する自己認識の障害がある診断基準を満たした状態とする.
2) 「摂食障害者の回復」の定義摂食障害患者の回復の定義は研究者によって様々であり,統一した定義は存在していない(中井ら,2012).一方で患者の主観的な回復についても研究されている(Dawson, Rhodes, & Touyz, 2014;Fogarty, & Ramjan, 2016;Stockford, Kroese, & Beesley, 2019).本研究は主観的な回復を重視し「希望を見出し,他者から受け止められたと感じ,自分を大切な存在だと受け入れること」とする.
3. 研究対象者の選定A県内のB病院の精神科病棟に入院しているAN患者2~3名を対象とし,DSM-5に基づき「神経性やせ症/神経性無食欲症」と診断されている者,言語的コミュニケーションが可能な者,現在の体重が標準体重の65%以上である者,16歳以上の者,対象者が研究参加に同意するにあたり主治医から判断能力があるとされた者を対象とした.尚,標準体重の65%未満の患者は,やせの重症度が「重症」と分類され,内科的合併症のリスクが高く,低栄養に伴う思考力の低下がみられるため(厚生労働省,2007),標準体重の65%以上とした.知的障害(知的能力障害群)または発達障害(神経発達障害群)と診断を受けている者は除外した.
摂食障害患者が入院する精神科病棟医長に上記基準を満たす患者の主治医を紹介してもらい,研究者が主治医に対象者の研究への同意を得てから対象者へ参加の同意を得た.
4. 対象者の基本情報の収集対象者の同意を得た時点で,主治医より対象者の把握のため,年齢,入院回数,現在の入院期間,現在の体重とBMI,現病歴の情報を得た.
5. 面接方法対象者に対し,看護面接は全10回,1回60分程度(ただし1回目は30分程度)で実施し,1回目はRASの評価,2~9回目は「摂食障害から回復するための8つの秘訣」の秘訣1~8の内容,10回目はインタビューとRASの評価を実施した.実施内容として,秘訣1「回復への動機,忍耐,そして希望」では対象者の現在の回復の段階を見出すこと,秘訣2「自分の中の摂食障害の部分を癒すのは健康な部分」では対象者の中にも「摂食障害の部分」と「健康な部分」があることに気づくこと,秘訣3「食べ物の問題ではありません」では症状の陰に潜む問題があることに気づくこと,秘訣4「気持ちに気づいて,自分の考えに抵抗してみよう」ではどのような思考の癖があるのかを話し合いながら見つけ出すこと,秘訣5「やはり食べ物の問題なのです」では食べ物と体重に関わる信念があることに気づいてもらうこと,秘訣6「自分の行動を変えるということ」では食べ物の制限や代償行動といった明らかな摂食障害行動や回復を妨げる行動について対象者には当てはまるのか見つけ出すこと,秘訣7「摂食障害にではなく人々に助けを求めよう」では誰かに助けを求める方法を一緒に見出すこと,秘訣8「人生の意味と目的を見つける」では精神的なところと繋がることについて深めた.また,看護面接は精神科病棟内の静かな個室で実施した.
尚,本看護面接にあたっては,「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を訳し,摂食障害治療の専門家である安田真佐枝氏に面接内容について助言を受けた.面接を行う前は,摂食障害の看護に精通している研究者から面接について訓練を受け,実践できる能力が十分に獲得できているか判断を受けた後面接を行い,面接開始後も定期的に助言を受けながら進めた.
6. データの分析方法 1) RASによる評価RASは千葉ら(2008)によって作成されたリカバリープロセスを評価する代表的な尺度である.「目標/成功志向・希望(45点)」,「他者への信頼(20点)」,「自信をもつこと(25点)」,「症状に支配されないこと(10点)」,「手助けを求めるのをいとわないこと(20点)」の5因子構造からなる24項目の質問で構成され,「まったくそう思わない」,「そう思わない」,「どちらとも言えない」,「そう思う」,「とてもそう思う」の5件法である.合計得点は24~120点で,得点が高いほどリカバリーの度合いが高いことを示す.RASは信頼性,妥当性がある尺度であると報告されている(Chiba, Yamamoto, & Kawakami, 2010).尺度使用に関しては,作成者への使用許可や使用料は必要なく,研究目的の場合自由に使用できることを確認した.尚,本研究の摂食障害患者の回復の定義の要素が下位因子となっているためRASを使用した.
面接前後で各対象者に回答してもらったRASの合計スコアの数値の比較と,24項目の質問を「目標/成功志向・希望」,「他者への信頼」,「自信をもつこと」,「症状に支配されないこと」,「手助けを求めるのをいとわないこと」の5因子に分類したスコアの比較を行った.
2) インタビューによる評価インタビューでは,対象者が思う摂食障害からの回復を研究参加前後で比較して変化したと感じていること,介入前後でのRASの5因子ごとのスコアを比較し,スコアに変化があった場合にはその理由を具体的に語ってもらった.また,本看護面接に参加したことによる変化について関連のある内容についてはテーマ分析を行った.まず逐語録を精読しコード化を行い,類似性のある内容をまとめ抽象化しテーマとした.インタビューは対象者の許可を得て,ICレコーダーに録音した.尚,本研究は対象者ごとの回復の変化を理解するための事例研究のため個別的に分析した.分析の過程において,分析の真実性と妥当性を高めるため,質的研究に精通する研究者のスーパーバイズを受けて分析を行った.
7. 研究の期間2022年6月1日から2024年1月19日
8. 倫理的配慮本研究は,研究者の所属する大学の倫理委員会の承認を得た(承認番号:一般2022-010).尚,研究参加者には同意書を用いて,研究参加に同意した後でも不利益を受けることなくいつでも同意撤回できること,ただし,同意撤回以前に学会,論文等で発表した結果は取り消すことができないこと等も併せて説明した.説明後,対象者に同意書に署名をしてもらった.また,面接中は対象者の身体的・精神的状態を最優先に配慮し,面接は主治医の許可のもと行った.
本文中において,テーマを【 】,コードを[ ],対象者の語りを斜体,対象者の語りの意味が伝わらない部分を( )で補足する.尚,対象者ごとの看護面接による回復に向けての変化を表1に示す.
| 対象者 | テーマ | コード |
|---|---|---|
| A氏 | 人とのつながりを意識する | 人に話す良さを実感する |
| 人に頼ろうと思える | ||
| 今までの自分の殻を破る | 自分の気持ちに耳を傾ける方法を知る | |
| 完璧主義からの緩みを感じる | ||
| 今の自分の状況について直視する | 摂食障害と自分を照らし合わせる機会になる | |
| 自分の症状に改めて気づく | ||
| 退院後の生活への不安が出てくる | ||
| 健康な部分が強くなる | 食べられる物を増やす挑戦がしたい | |
| 摂食障害ではない自分になりたい | ||
| 食べたい気持ちを大切にしたい | ||
| 家族との関係性を考える | 食を通して家族への不満が出てくる | |
| 頼れる家族から自立する必要性を感じる | ||
| B氏 | 人と関わる心地よさを感じる | 誰かに助けを求めてもいいと思える |
| 他愛もない話の心地よさを感じる | ||
| 前に進む兆しがみえる | 一緒に摂食障害について整理することで前向きな気持ちになる | |
| 自分の中に摂食障害の部分と健康な部分があることに気づき立ち向かおうと思える | ||
| 以前の自分とは違う部分を感じる | ||
| C氏 | 自分を楽にする方法を人に求められる | 人に助けを求める良さを実感する |
| 人と話すなかで楽しさを感じる | ||
| 自分の未来について考え始める | 摂食障害である自分のこれから辿る道を考え始める | |
| 躊躇しつつも回復へ前向きになれると思い始める | ||
| 自分と向き合う経験となる | 症状を自覚できるようになる | |
| 痛みを伴いつつも進む体験をする | ||
| 呼吸法で気持ちが落ち着くことを知る |
30歳代女性で,20歳代の頃にANの診断を受けている.20歳代の頃に禁煙をしたことをきっかけに体重が増加し,ダイエットを開始した.面接開始時は入院してから2か月経過し,面接開始時の体重は標準体重の65%程度で外出外泊訓練中であった.
A氏は人に話す良さを実感することができ,看護面接での課題を進めていく中で人に頼ろうと思えたことから,【人とのつながりを意識する】ようになった.また,食べられる物を増やす挑戦がしたい等の食に関しての新たな目標や,改めて摂食障害ではない自分になりたいと思え,A氏の中の【健康な部分が強くなる】ことで回復した気持ちが芽生える変化がみられた.自分の特性や思考について考えていく中で摂食障害と自分を照らし合わせる機会になると思えたことで,本研究が【今の自分の状況について直視する】機会となっていた.そして,少しずつ完璧主義からの緩みを感じるようになり【今までの自分の殻を破る】経験をしていた.さらに,食を通して【家族との関係性を考える】ことで,食への捉え方の違いや頼れる両親から自立する必要性を感じることを実感し,自分や重要他者との関係を冷静に客観視できるようになっていた.
1回目と10回目のRASの合計点および5因子ごとの得点を比較し,RAS合計点(1回目79点→10回目68点)は11点減少していた.
5因子のうち「手助けを求めるのをいとわないこと」の点数(1回目13点→10回目14点)は1点上昇していた.A氏は入院生活や看護面接での会話,課題の中の人に助けを求めることを考えることから,家族や友人との関係を振り返ることで【人とのつながりを意識する】ようになり,「助けを求める相手が友達とか家族とかいるのであれば,少しは頼ってもいいのかなって思います」と助けを求める相手が具体的に語られているようになり,[人に頼ろうと思える]ようになっていた.
一方で「目標/成功志向・希望」の点数(1回目30点→10回目24点)は6点減少していた.A氏は成功したい願望に関して,「何が成功なのかなって思い始めて.それが自分の中で完璧主義というのと同じくくりになっていたのかなと思って.だから,完璧にこなさなくても成功に至らなくても,努力して自分で納得できればいいかなって思ったんですよね」と語られているように[完璧主義からの緩みを感じる]ことができるようになったことで,A氏が完璧主義に対して柔軟な考え方になり,自分を客観的に捉えられるようになったことが大きく影響していた.しかし,目標を達成することに関しては「到達したい人生の目標があるって点では,やっぱり早くこの病気とお別れしたいなっていう目標…がありますね」と語られているように,改めて摂食障害から回復したいと実感したことで[摂食障害ではない自分になりたい]という目標や「例えば,体重がどうこうじゃなくて,電解質が維持できたり,体重が維持できたりするだけでも今までの私にはできなかったことだから,それでもちょっとは進めたかなって思います」という実感を得て,【健康な部分が強くなる】ことも感じていたことで,自分の目標が達成できると信じているという質問項目の点数は上昇していた.
また「他者への信頼」の点数(1回目13点→10回目12点)は1点減少していた.これは「親が頼りにできる人なんですけど.やっぱり両親もある程度の年齢になってくるから,限度があるんですよね」と改めて気づくことで[頼れる両親から自立する必要性を感じる]ようになり,外泊訓練を繰り返しながら看護面接でも外泊訓練での様子を言葉にして整理していくことで,冷静に現状を捉えられたことが影響していた.
さらに「自信をもつこと」の点数(1回目15点→10回目13点)は2点減少していた.A氏は[頼れる両親から自立する必要性を感じる]と考えており,それが「不安になることが多いという時点で,自分に自信があるかって言ったら,ないに等しいわけで.稼ぎもないし,お金もないし.…そうしないと本当に親がいなくなった時に,本当に困ると」と語られているように,自立できていないことを改めて認識することで自信のなさに繋がっていた.
最後に「症状に支配されないこと」の点数(1回目8点→10回目5点)は3点減少していた.A氏は看護面接で症状やその背景にある思考について考えていく中で,[自分の症状に改めて気づく]ことでA氏自身を客観的に捉え直していた.それに加えて「病院にもう4か月くらいいて慣れてしまって,外に出た時の不安が大きくなっています.そういった意味ですね.で,家族とやっていけるかなとか」と語られているように,[退院後の生活への不安が出てくる]ことも影響していた.
2. B氏について10歳代女性で,X – 1年にANの診断を受けている.大学受験を意識し始めたことで勉強にのめり込むようになり,食事の時間も無駄だと感じるようになり食事量が減少していった.面接開始時は入院して2か月経過し,体重は標準体重の65%程度であった.B氏は面接開始時より胃管を挿入しており,面接5回目で抜去された.身体拘束が面接中より施行され,面接8回目で拘束終了となった.
B氏は,人を頼れることや,研究者との会話によって他愛もない話の心地よさを感じられるにようになり,【人と関わる心地よさを実感する】ことができていた.また,看護面接を通して自分の中に摂食障害の部分と健康な部分があることに気づき摂食障害の部分に立ち向かおうと思えることで【前に進む兆しがみえる】ようになるといった回復の道を感じつつも将来への不安も出てくる変化がみられた.
1回目と10回目のRASの合計点および5因子の得点を比較し,RASの合計点(1回目65点→10回目76点)は1回目と比較して11点上昇していた.
5因子のうち「目標/成功志向・希望」の点数(1回目27点→10回目30点)は3点上昇していた.この変化の理由を問うと,B氏は看護面接によってではなく「(退院後)友達とも会えるから」,「ここまでやっぱ体重を上げて退院までもっていけたっていうのが,ちょっと自信になったっていうのがあります」と語っているように退院が近づくことでの達成感や近い将来への希望を強く感じていることが影響していた.一方で,自分の将来に希望を持っているという質問項目は1点減少しており「なんか,色々考えだすと不安になるっていうか.自分はこれからどうしていく,いけばいいのかなって考えると.あんまりまだ先が見えなくて不安になる…」と語られているように[以前の自分とは違う部分を感じる]ようになり,現状の整理や将来について考えことから不安も出てきていた.
「他者への信頼」の点数(1回目12点→10回目14点)は2点上昇していた.B氏は「家族が入院中もずっと本当にサポートしてくれてて.なんか,これ(本)でもやったんですけど,その助けを求めたりとか,することをしていいんだなってかんじが思えるようになった」と語られているように,入院中に家族からのサポートを実感し,看護面接での課題を通して[誰かに助けを求めてもいいと思える]ようになっていたことから本因子の点数上昇につながっていた.
また「自信をもつこと」の点数(1回目12点→10回目14点)は2点上昇していた.B氏は「ま,何かを始める時はどうしても不安はあるんですけど,でも自分のしたいことのためだったら,ちょっと乗り越えられるかなみたいな」と語られているように,[以前の自分とは違う部分を感じる]ことで自分に対して前向きな気持ちが出てきて,【前に進む兆しがみえる】ようになりB氏の自信へ繋がっていた.
そして「症状に支配されないこと」の点数(1回目4点→10回目5点)は1点上昇していた.B氏は[自分の中に摂食障害の部分と健康な部分があることに気づき立ち向かおうと思える]ことで,「(症状に)まだまだ支配されることも多いけど,まあ少しずつは良くはなってきているのかな~みたいな」と語られているように,症状が軽減している実感があることが本因子の点数上昇に繋がっていた.
最後に「手助けを求めるのをいとわないこと」の点数(1回目10点→10回目13点)は3点上昇していた.B氏は看護面接での課題を通して「なんか周りの人とかからも意見を聞いて,もうちょっと視野を広く持てるといいのかな」と語られているように[誰かに助けを求めてもいいと思える]ようになっており,本因子の点数上昇につながっていた.
3. C氏についてC氏は20歳代女性で,X年にANの診断を受けている.ダイエットをきっかけに急激に体重が20 kg減少した.C氏にとって初めての入院治療である.面接開始時は入院して1か月経過しており,標準体重の65%程度であった.
C氏は,実際に看護師に相談できたことから人に助けを求める良さを実感したことで【自分を楽にする方法を人に求める】ことができるようになった.また,回復への考え方に触れ,摂食障害である自分のこれからを辿る道を考え始めるようになったことから【自分の未来について考え始める】といった変化がみられた.そして,実際に触れられたくない内容にも触れC氏が痛みを伴いつつも進む体験ができたと思えたことから【自分と向き合う経験となる】ことで,自分を客観的に見られるようになり,摂食障害の間に心理的な距離ができつつあった.
1回目と10回目のRASの合計点および5因子ごとの得点を比較した.RASの合計点(1回目57点→10回目55点)は2点減少していた.
5因子のうち「他者への信頼」の点数(1回目12点→10回目16点)は2点上昇していた.C氏は「本当にこの面接の中で,そういう他の人に助けを求めるっていうのをやらなかったら,たぶん助けを求めないまま,それこそ退院するまで.うん.この面接で教えてもらったことの大きさは計り知れない.本当に」と語られているように,以前はできなかった人に相談することを実際に医療者に相談することができ,[人に助けを求める良さを実感する]ことができたことが本因子の点数上昇に繋がっていた.
また,「手助けを求めるのをいとわないこと」の点数(1回目14点→10回目15点)は1点上昇していた.「他の人に助けを求めてもいいって思えるようになったっていうのが大きいです.(中略)面接のおかげで背中を押してもらったんで」と語られているように,この因子に関しても[人に助けを求める良さを実感する]ことが影響していた.
一方で「目標/成功志向・希望」の点数(1回目18点→10回目14点)は4点減少していた.この変化の理由を問うと,C氏は看護面接によってではなく,「○○しなきゃいけないっていう思考が強迫的で,なんかたぶん自分を苦しめているってよく言われるようになって看護師さんとか先生とかに.ちゃんとした人間じゃなきゃいけないとか,親切な人間じゃなきゃいけないとか.でもそれは行き過ぎているっていうか,あまり良くないのかなって自覚が持てるようになったんですね.他にどんな人間になりたいっていう考えがあるわけじゃなくって,逆になくなっちゃったんですよね」と語られているように,看護面接によってではなく医療者との関わりの中で自分を見つめ直し,冷静に自分を捉えることができるようになったことが影響していた.
また「自信を持つこと」の点数(1回目9点→10回目8点)は1点減少していた.「ストレスに対処していたつもりだけど,うまく対処できていなかったんじゃないかっていう自覚が芽生えて」と語っているように,C氏は拒食やリストカットでストレスに対処していたと思っていたが,実際には対処できていないと[症状を自覚できるようになる]ことが大きく影響していた.しかし,自分の人生で起きることが自分で何とかできるの質問項目に関しては1点上昇しており,これは「自分一人じゃなくって他の人に頼ることができたりしたら,自分一人じゃなく…できないことも,ちょっと他の人の助けを借りてなんとかできるようになるんじゃないかなっていう」と語られているように[人に助けを求める良さを実感する]ことから上記のように思えるようになっていた.
最後に「症状に支配されないこと」の点数(1回目4点→10回目2点)は2点減少していた.C氏は「(症状を)さほど気にしてなくって,いや全然大丈夫って思ってたのが,今になってみると,いやけっこう…うん,だいぶ妨げられてるよなっていう自覚をできるようになった」と語っているように,[症状を自覚できるようになる]になったことが大きく影響していたが,「点数は下がっているけど,なんか悪い意味で下がっているよりは気付けたからこそ下がったっていうかんじですね」と【自分と向き合う経験となる】ことを通して,点数減少に関して前向きに捉えていた.
各事例から浮かび上がったテーマから看護面談による回復に向けての変化は「人とのつながり」,「自分との向き合い方」,「回復への捉え方」において生じていたことが明らかになった.
1. 人とのつながりに関する変化本看護面接を通して,A氏は【人とのつながりを意識する】ようになっていたこと,B氏は【人と関わる心地よさを感じる】ようになっていたこと,C氏は【自分を楽にする方法を人に求められる】といった変化がみられた.またA氏,B氏,C氏ともRASの「手助けを求めることをいとわない」の点数が上昇し,さらにB氏とC氏に関しては「他者への信頼」も点数が上昇していた.このことから,本看護面接に参加することで人とのつながりを意識し始めたと言えるのではないかと考える.
AN患者の特徴として,AN患者は極端な食の拒否から体形が変化したことで周囲より干渉が強まり対人関係が狭まるとされ(三村,2022),身近な人間関係での孤独感を感じていることや(大西・ワインゴート・澤田,2003),症状から人と付き合うことが困難になり更に孤独を作り出すといったスパイラルに陥っていることが挙げられる(貝塚,2021).このように,AN患者はANを発症すると人間関係が狭まり,症状によりますます孤独を感じていると言える.そのような状況のAN患者に対して,本看護面接で人を頼ることで摂食障害が担っている役割を人間関係が担うことができると知ることや,実際に研究者と関係性が築けた実感を得たことから,孤独な状況から再び人とつながりを持とうと思える変化をしていたと考える.他者との関係性を構築することは,回復へ向かう段階の重要な要素としても挙げられており(Dawson, Rhodes, & Touyz, 2014;Fogarty, & Ramjan, 2016;Stockford, Kroese, & Beesley, 2019;貝塚,2021;中山・高橋,2022),人とのつながりを意識し始めたことは他者と関係性を構築する一歩であると考える.
2. 自分との向き合い方に関する変化A氏は本看護面接が【今の自分の状況について直視する】機会となっていたこと,B氏は回復へ【前に進む兆しを感じる】ことができるようになっていたこと,C氏は【自分と向き合う経験となる】と思えていた変化をしていた.これらのことから,本看護面接に参加することで自分と向き合おうと思える契機になっていたと言える.
AN患者は他者に認められる自分を維持できなくなったことに対する不安や葛藤を直視するのを避け,自信のない自分が達成できる痩せることに問題をすり替え,偽りの自信にしがみついているとされている(貝塚,2021).このように,摂食障害はAN患者自身の不安や葛藤,弱さを覆い隠して感じなくしてくれる役割を持っていると言える.しかし,本看護面接によってこのような部分に向き合うことで表面化され,自分の状態を客観視できるようになりつつあるという変化をしていたと考える.また,自分自身と向き合うことによって,症状を自覚できるといったANの外在化が進み,自己洞察が深まる機会になっていたと考える.Dawson, Rhodes, & Touyz(2014)はANからの回復過程の「準備できていない,または変更できない段階」ではANが内在化され,ANへの洞察力が欠如されるとし,次の段階である「転換点の段階」になると,欠如していた認識から洞察を深め始めるようになり,徐々に内在化されANを外在化するようになっていくと述べている.対象者らが自分自身と向き合おうと思えることで,ANと心理的な距離ができ,現在の自分について表現できたことが回復の段階を次の段階へと移すような変化が得られたと考える.
RASの得点をみると,B氏はRASの「目標/成功志向・希望」,「自信を持つこと」,「症状に支配されないこと」の点数が上昇していた.これは,B氏が体重を退院できるまで増やすことができたことで自信を持てたことや,本研究開始時から自身の症状を「食べられないこと」と自覚しており,本看護面接の中で摂食障害の病理に触れていくことでさらに自分を自覚することができたことや入院中での経験が関係していると考える.一方で,A氏とC氏はRASの「症状に支配されないこと」「自信を持つこと」の点数が減少していた.前述したようにANはAN患者自身の不安や葛藤,弱さを覆い隠す役割を持っている.1回目のRAS測定時はまだANが対象者らの不安や葛藤,弱さといった向き合いたくないことを覆い隠していたが,10回目の測定時には1回目よりも自己洞察が深まったことで現状を冷静に捉えられるにようになり,点数の減少に繋がったと考えられる.よって,RASは得点が高い程リカバリーしていることになるが,A氏,C氏のRASの得点が減少しているのは回復に向けて進んでいるためであると捉えることができるのではないかと考える.
3. 回復への捉え方に関する変化A氏は食に関して前向きな気持ちが芽生え,A氏の中にある【健康な部分が強くなる】経験をしていたこと,B氏は回復へ【前に進む兆しがみえる】ようになっていたこと,C氏は【自分の未来について考え始める】ようになっていた変化がみられた.これらのことから,対象者らは自分と向き合い気づく経験をしながら,回復に向けて前へ進もうと思い始めていると考える.
AN患者はANに支配されていると感じ(Dawson, Rhodes, & Touyz, 2014),カロリーを基準とした食生活で食事量の低下があり,極端な食の拒否をしながら自己誘発性嘔吐等の排出行動や運動をしているような生活をしており,そのような生活の中で食べないことによる達成感を得ている状況である(三村,2022).このように,AN患者は1日のほとんどを食や体重,体型のことについて考えて過ごしており,そのような病的な思考に囚われている.本看護面接での課題の中で,ANから解放された自分の未来を想像したり,研究者との会話から対象者らが楽しいと思っていたことを思い出したりすることは,病的な思考か脱却し本来持っているその人らしさを取り戻す過程であったと考える.Fogarty, & Ramjan(2016)は,摂食障害患者が回復するためには,回復が可能であるという希望を持つこと,AN後の人生に可能性を感じることが重要であると述べている.本看護面接によって,対象者らはその人らしさを取り戻すことで,これからどのような人生を歩みたいか,どんな挑戦がしてみたいか,どんな楽しいことが待っているかといった回復した未来に向けての思考が芽生え始め,回復のプロセスに繋がりつつあると考える.
本研究ではAN患者の回復状態をRASにて測定を試みた.そうしたところ,A氏やC氏のようにRASの点数が減少していた結果が得られたが,インタビューで得られた内容と合わせて検討したところRASの得点が減少することは回復が進んだ故の結果であると考えられた.よって,AN患者の回復を考える時にRASで回復状態の測定をすることの妥当性については更に検討が必要である.尚,本研究は複数回の面接を行っている期間に他の医療者や家族との関わりもあり,対象者に生じた変化は看護面接以外の影響を受けていることも否めず,事例研究の限界であると考える.
「摂食障害から回復するための8つの秘訣」を用いた本看護面接は入院中のAN患者に対して,人とのつながりを意識し始め,自分と向き合おうとし,回復を前向きに捉えようと思える契機に繋がる支援方法となり得る.ただし,本研究は事例研究であり限定的な結果であるため,更なる検討が必要である.
本研究にご協力いただきました対象者様,主治医の皆様,病棟の皆様に心から感謝申し上げます.尚,本研究は福島県立医科大学大学院看護学研究科修士論文を加筆修正した.本論文の内容の一部は日本精神保健看護学会第34回学術集会において発表した.
本研究における利益相反は存在しない.
AIは研究の着想およびデザイン,看護面接の実施,データの収集と分析,論文の作成を行った.