2025 Volume 34 Issue 1 Pages 21-29
本研究の目的は,養護教諭のメンタルヘルス・リテラシーの実態と関連要因を明らかにすることである.首都圏の全日制高校に勤務する養護教諭を対象に質問紙調査を実施し,201名の回答を分析した.日本語版メンタルヘルス・リテラシー尺度の合計得点を従属変数とした重回帰分析の結果,正の関連を示したものは,自殺知識尺度の合計得点と自殺予防教育,自殺予防ガイドラインの認知,本人の精神科受診歴,精神科医療機関との連携,職場内の相談相手,書籍での情報収集であり,負の関連を示したものはスティグマ尺度の合計得点であった.メンタルヘルス・リテラシーの高い養護教諭は,学校や精神科医療機関と連携をとりながら児童生徒へ包括的なケアを提供している傾向にあった.養護教諭のMHLを向上させ,児童生徒への適切なメンタルヘルス支援に繋げるためには,教育資源と利用可能なメンタルヘルス資源を充実させる必要がある.
This study aimed to identify factors which influence mental health literacy among school nurses in Japan. The study specifically focuses on identifying the factors affecting educational and mental health resources of school nurses, who provide effective mental health care to students.
In total, 201 school nurses from the capital region of Japan were surveyed. A self-administered questionnaire that included the Japanese version of the Mental Health Literacy Scale, Literacy of Suicide Scale, and Link Stigma Scale was used. Multiple regression analysis was used to determine factors influencing mental health literacy.
The average score on the Japanese version of the Mental Health Literacy Scale was 119.32 (SD = 11.12). Significant predictors of mental health literacy in school nurses included Suicide Literacy (β = .245) and stigma (β = –.178); psychiatric medical history (β = .141), collaboration with medical institutions (β = .198), and availability of care consultations (β = .205), and awareness of suicide guidelines (β = .249), suicide prevention education (β = .153), and books (β = .217).
School nurses’ mental health literacy influences the quality of mental health care provided to students. To facilitate effective mental healthcare to students, enhancing school nurses’ educational and mental health resources is essential.
2022年度における児童生徒の自殺者数は514名と過去最多を記録しており,15歳以上の年齢階級別死因では自殺が首位を占めている(警視庁,2022).児童生徒の自殺は,学校要因と家庭要因,個人要因が複雑に絡み合って生じる(文部科学省,2013).個人要因の中で最も多い精神疾患は,発病から治療開始までの未治療期間が長いほど社会復帰困難となりやすいため(Kessler et al., 2005),児童生徒の自殺や社会機能低下を防ぐためには,本人もしくは周囲の大人達が精神疾患を早期に認識してメンタルヘルス支援に繋がる必要がある.
しかし,成長発達段階にある児童生徒は,自らの症状を言葉で訴えることが困難である(扇谷ら,1999).また,症状を認識していても精神疾患への偏見や誤解からメンタルヘルス支援を受けることに抵抗を示すこともある.実際に,自殺した児童生徒の中で精神科を受診していた者は13.5%と少なく,未受診者の中には精神疾患を疑わせる所見が散見されたことも報告されている(文部科学省,2013).
このような児童生徒に対して,専門職の視点から心身の成長発達を促進させる役割を担うのが養護教諭である.養護教諭は,児童生徒の健康管理を行う職務上,メンタルヘルス支援に携わる頻度が最も多く,異変を察知しやすい立場にある(日本学校保健会,2024).また,学校や家庭,関係機関と連携を取りながら生活環境の調整を行い,精神科医療機関への橋渡しも行っている.そのため,養護教諭の精神疾患に関する知識や偏見は,児童生徒のメンタルヘルス支援に直接影響を与えることが懸念されている(Goodcase et al., 2021).
精神疾患の知識に関する代表的な概念には,メンタルヘルス・リテラシー(以下MHLと表記)と自殺予防に関する知識がある.MHLは「精神疾患に関する認識や管理,予防,援助についての知識や考え」であり(Jorm, 2012),自殺予防に関する知識は「自殺に関する予防や前兆,神話についての考え」である(高橋ら,2021).さらに,「精神疾患や精神障害者への否定的・差別的な態度や考え」の概念としてスティグマがある.MHLが高い者ほど,スティグマが低く(Perry et al., 2014),他者へ助けを求めることへの抵抗感も低い傾向にある(Ikeyama, Imamura, & Kawakami, 2022).また,自殺予防に関する正しい知識を持っている者ほど,メンタルヘルス支援に自信を持ち,自殺リスクがある者に積極的に関わる可能性が示唆されている(Silva et al., 2016).養護教諭が精神疾患や自殺予防に関する知識を深めることは,メンタルヘルス支援を必要とする児童生徒を早期に認識して,適切な支援を提供することに繋がると考えられる.
国内において養護教諭のMHLの実態を報告したものには内田(2021)の調査がある.内田(2021)の調査は,うつ病と統合失調症の2つのビネットを提示し,双方の認識率から疾患の正確な判定可能性を示したものであり,現在幅広く世界で使われているMHL尺度は使用されていない.また,調査は2012年に実施されたものであり,コロナ禍以降の社会情勢の変化も反映されていない.国外においても,学校看護師や臨床の看護師のMHLを調査したものは発表されているが(Wang et al., 2023),自殺知識やスティグマとの関連を調査したものは見つけることができなかった.そのため,我が国の養護教諭のMHLや自殺予防に関する知識等,精神疾患に関連する知識の実態を新たに調査する必要がある.
養護教諭のMHLを検討する際に重要なのは,どの様な個人要因や環境要因が影響しているのかという視点である.MHLは性別や最終学歴,精神科受診歴等,個人属性との関連が報告されている(Wang et al., 2023;Gorczynski et al., 2017).自殺予防に関する知識は自殺対応経験や自殺予防教育との関連が報告されており,カウンセラーは自殺予防に関する知識が専門職の中でも高い傾向にある(Silva et al., 2016).養護教諭がスクールカウンセラーと連携することは生徒へのケアの質向上に繋がると考えられるが,スクールカウンセラーとの関連について報告したものは見つけることができなかった.これらの他に,精神科医療機関との連携や精神保健教育の実施等,学校や地域の精神保健体制も養護教諭のMHLに関連する要因であると考えられるが,これらの要因は質的研究で示唆されているものの(Goodcase et al., 2021),量的研究は実施されていない.また,高等学校における精神保健教育の実施率についての調査報告は行われていない.そのため,本研究では,我が国の養護教諭を対象に調査を実施し,MHL等精神疾患に関する知識の実態を明らかにすると同時に,それらへの関連要因を検討する.
本研究の目的は,以下の二つである.
①養護教諭のMHLと自殺知識・スティグマの実態を明らかにする.また,MHLと関係すると考えられる養護教諭の個人属性(資格や経験年数等)および学校の精神保健支援体制(精神科医療機関との連携等)についての実態を調査する.
②①で挙げた精神保健知識・養護教諭の個人属性・学校における精神保健支援体制の内,MHLに関連する要因を明らかにする.
本研究は自記式質問紙法による横断調査研究である.
2. 調査対象者対象者は首都圏(東京都,千葉県,神奈川県,埼玉県)の国公私立の全日制高校および中高一貫校に勤務する養護教諭とした.
3. 調査期間2024年1月から2月までの期間に実施した.
4. 調査方法各県が公表している住所録を基に,国公私立の全日制高校および中高一貫校1021校の養護教諭宛に,本調査の説明書と質問紙,オンライン回答用QRコード,返信用封筒を郵送した.調査用紙の返信とオンライン回答を以て回収とした.
5. 調査内容 1) 個人属性対象者の基本属性として,「性別」,「年齢階級」,「資格」,「最終学歴」,「養護教諭経験年数」,「教育課程中の精神保健の授業」,「自殺予防教育の受講」,「精神疾患の児童生徒の支援経験」,「自殺対応経験」,「本人・家族・友人の精神科受診歴」,「自殺ガイドラインの認知」,「精神保健の知識を得るための情報収集方法」について尋ねた.回答選択肢は結果の表1に記載した.
| 平均値(SD) | 範囲(R) | |
|---|---|---|
| 養護教諭の経験年数 | 14.84 ± 11.33年 | 0–42.0 |
| 性別 | 女性 | 201(100%) |
| 年齢階級 | 20代 | 49(24.4%) |
| 30代 | 54(26.9%) | |
| 40代 | 39(19.4%) | |
| 50代以上(60代・70代含む) | 58(28.9%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 資格 | 養護教諭一種 | 167(83.1%) |
| 養護教諭二種 | 29(14.4%) | |
| 専修免許 | 20(10.0%) | |
| 看護師 | 62(30.8%) | |
| 保健師 | 36(17.9%) | |
| その他(公認心理士など) | 23(11.4%) | |
| 最終学歴 | 四年制大学(教育系) | 75(37.3%) |
| 四年制大学(看護系) | 39(19.4%) | |
| 養護教諭特別別科 | 31(15.4%) | |
| 短期大学 | 13(6.5%) | |
| 大学院(修士) | 13(6.5%) | |
| その他(県立養成所など) | 30(14.9%) | |
| 精神科への受診歴(本人) | あり | 40(19.9%) |
| なし | 160(79.6%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 精神科への受診歴(家族) | あり | 64(31.8%) |
| なし | 136(67.7%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 精神科への受診歴(友人) | あり | 134(66.7%) |
| なし | 66(32.8%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 教育課程で受けた精神保健の授業 | あり | 179(89.1%) |
| なし | 20(10.0%) | |
| 無回答 | 2(1.0%) | |
| 自殺予防教育の受講 | あり | 110(54.7%) |
| なし | 90(44.8%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 精神疾患の児童生徒への支援経験 | あり | 186(92.5%) |
| なし | 15(7.5%) | |
| 児童生徒の自殺対応経験 | あり | 112(55.7%) |
| なし | 89(44.3%) | |
| 自殺予防ガイドラインの認知 | 知っている | 163(81.1%) |
| 知らない | 35(17.4%) | |
| 無回答 | 3(1.5%) | |
| 情報収集方法 | インターネット | 184(91.5%) |
| 研修 | 165(82.1%) | |
| 書籍 | 148(73.6%) | |
| テレビ | 106(52.7%) | |
| 新聞 | 55(27.4%) | |
| ラジオ | 16(8.0%) | |
| X(旧Twitter) | 44(21.9%) | |
| 7(3.5%) | ||
| line | 18(9.0%) | |
| その他(Instagramなど) | 12(6.0%) |
n = 201
対象者が勤務する学校の基本的な属性や精神保健体制について明らかにするために,「校種」,「立地条件」,「養護教諭の配置形態」,「スクールカウンセラーの配置」,「精神科医療機関との連携」,「同僚からの援助」,「職場内の相談相手」,「精神保健の授業実施」について尋ねた.精神保健の授業実施に関しては,「実施に伴う不安や困難感」,「外部講師への依頼」および「授業教材の希望」についても尋ねた.回答選択肢は結果の表2に記載した.
| 校種 | 高校 | 189(94.0%) |
| 中高一貫校 | 12(6.0%) | |
| 立地条件 | 大都市 | 93(46.3%) |
| 地方都市 | 87(43.3%) | |
| 農村部 | 9(4.5%) | |
| その他(島しょ等) | 11(5.5%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 養護教諭の配置形態 | 一人配置 | 94(46.8%) |
| 複数配置 | 107(53.2%) | |
| スクールカウンセラーの配置 | あり | 185(92.0%) |
| なし | 16(8.0%) | |
| 精神科医療機関との連携 | 可能 | 106(52.7%) |
| 不可能/難しい | 93(46.3%) | |
| その他 | 2(1.0%) | |
| 同僚の先生方からの援助 | 求めやすい | 180(89.6%) |
| 求めにくい | 20(10.0%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 職場内の相談相手 | いる | 193(96.0%) |
| いない | 8(4.0%) | |
| 精神保健の授業実施 | 行っている | 58(28.9%) |
| 行っていない | 142(70.6%) | |
| 無回答 | 1(0.5%) | |
| 授業実施への不安や困難感 | あり | 112(55.7%) |
| なし | 71(35.3%) | |
| 無回答 | 18(9.0%) | |
| 授業を外部講師へ依頼したいか | 依頼したい | 165(82.1%) |
| 依頼したくない | 34(16.9%) | |
| 無回答 | 2(1.0%) | |
| 精神保健教育の授業教材があれば希望するか | 希望する | 179(89.1%) |
| 希望しない | 18(9.0%) | |
| 無回答 | 4(2.0%) |
n = 201
MHLを測定するために,日本語版MHL尺度を用いた(Ikeyama et al., 2022).日本語版MHL尺度は,精神疾患に関する認識や管理,予防,援助についての知識であるMHLを測定する尺度である.35項目で構成されており,信頼性と妥当性が検証されている.15項目は「非常に可能性は低い(1点)」から「非常に可能性は高い(4点)」の4件法,20項目は「全くそう思わない(1点)」から「強くそう思う(5点)」の5件法で回答し,得点が高いほどMHLが高いことを示す.
4) 自殺予防に関する知識自殺予防に関する知識(以下自殺知識と表記)を測定するために,日本版自殺の知識尺度を用いた(高橋ら,2021).日本版自殺の知識尺度は,自殺に関する質問を正誤形式で問う尺度である.31項目で構成されており,信頼性と妥当性が検証されている.「正しい・誤り・分からない」の3件法で回答し,得点が高いほど自殺知識があることを示す.
5) 精神疾患へのスティグマ精神疾患へのスティグマを測定するために,日本語版Linkスティグマ尺度を用いた(下津ら,2006).日本語版Linkスティグマ尺度は,12項目1因子で構成されており,信頼性と妥当性が検証されている.「全くそう思わない(1点)」から「非常にそう思う(4点)」の4件法で回答し,得点が高いほどスティグマが高いことを示す.
6) 自由記述自由記述で「精神科医療機関との連携」および「授業実施への意見」について尋ねたが,本研究での分析は行わなかった.
6. 分析方法データの分析にはIBM SPSS Statistics Version25を使用した.全ての検定は両側検定とし,統計学的有意水準はp < .05とした.個人属性と施設属性,各尺度について記述統計を行い,各尺度の信頼性分析を行った.また,個人属性(養護教諭経験年数,年齢階級,自殺対応経験,自殺予防教育,精神疾患の児童生徒の支援経験)および施設属性(立地条件,精神科医療機関との連携,スクールカウンセラー配置)との関連を明らかにするためにχ2検定を行った.最後に,日本語版MHL尺度の合計得点を従属変数とした重回帰分析を行った.独立変数は,日本版自殺の知識尺度合計得点,Linkスティグマ尺度合計得点,および先行研究から関連が予測された因子を個人属性(資格,本人・家族・友人の精神科受診歴,教育課程中の精神保健の授業,自殺予防教育,精神疾患の児童生徒の支援経験,自殺対応経験,自殺予防ガイドラインの認知,書籍・研修・インターネットでの情報収集)と施設属性(スクールカウンセラーの配置,精神科医療機関との連携,職場内の相談相手)の中から選択してダミー変数化した.ダミー変数化のルールについては表3の脚注に記載した.分析には強制投入法を採用した.
本研究は,筑波大学医学医療系医の倫理委員会の承認(通知番号:1855-2)を得た上で実施した.対象者には,説明文書を通じて参加は自由意思に基づくものであり,拒否しても不利益はないこと,調査用紙は全て無記名であり個人が特定されないように配慮することを説明した.また,質問内容により精神的な負担を感じることもあり得るため,調査に一度同意し回答しても,負担を感じた場合にはすぐに撤回できることを書面にて説明した.しかし,回収後は個人の特定が不可能となるため撤回には応じられないことも書面にて説明した.質問紙には研究参加への同意に関する項目を設け,項目への回答をもって同意を得たと判断した.
郵送で102部,オンラインで163部の回答が得られた(回収率25.9%).そのうち,同意のない者5名,養護教諭の免許がない者1名,高校と中高一貫校以外の校種の者14名,尺度に欠損がある者43名を除外し,201名を分析対象とした(有効回答率75.8%).
1. 対象者の個人属性と施設属性対象者は全員女性であり,経験年数の平均は14.8年(SD = 11.33),最小値は1年未満,最大値は42.0年であった.資格は養護教諭一種の者が167名(83.1%)と最も多く,専修免許を持つ者が20名(10.0%),看護師免許を持つ者も62名(30.8%)いた.最終学歴は,教育系の四年制大学が75名(37.3%)と最も多く,看護系の四年制大学が39名(19.4%),養護教諭特別別科が31名(15.4%)であった.県立養成所や各県の研修等は50代以上の年齢階級で見られた.
精神科受診歴は,本人が40名(19.9%),家族が64名(31.8%),友人が134名(66.7%)であった.教育課程中の精神保健の授業は179名(89.1%)が「あり」と回答し,自殺予防教育は110名(54.7%)が「あり」と回答した.精神疾患の児童生徒の支援経験は186名(92.5%)が「あり」と回答し,自殺対応経験は112名(55.7%)が「あり」と回答した.情報収集方法はインターネットが184名(91.5%),研修が165名(82.1%),書籍が148名(73.6%)であり,文部科学省の自殺予防ガイドラインは163名(81.1%)が認識していた.
勤務先は高等学校が189名(94.0%)であり,中高一貫校が12名(6.0%)であった.同僚からの援助は180名(89.6%)が「求めやすい」と回答しており,職場内の相談相手も193名(96.0%)が「いる」と回答した.精神保健の授業は142名(70.5%)が「行っていない」と回答し,授業実施への不安や困難感は112名(55.7%)が「ある」と回答した.授業を外部講師へ依頼することについては165名(82.1%),教材については179名(89.1%)が「希望する」と回答した.
自殺対応経験と精神疾患の児童生徒の支援経験(χ2 = 8.38, p < .005)との間には統計的に有意な関連が見られたが,自殺予防教育(χ2 = 3.95, p = .063)との間には関連は見られなかった.また,自殺対応経験と年齢階級との間にも関連が見られ,50代以上の年齢階級は,その他の年齢階級と比べて自殺対応経験の頻度が有意に高かった(χ2 = 11.50, p < .05).精神科医療機関との連携は,スクールカウンセラーの配置(χ2 = 7.21, p = .01)と立地条件(χ2 = 11.0, p < .001)の間に関連が認められ,大都市の学校やスクールカウンセラーが配置された学校は,そうではない学校と比較して,精神科医療機関と連携している傾向にあった.
2. 各尺度の信頼性と合計得点日本語版MHL尺度のα係数はα = .83であり,合計得点の平均は119.32点(SD = 11.12),最高得点は140点,最低得点は86点であった.
日本版自殺の知識尺度のα係数はα = .74であり,合計得点の平均は23.04点(SD = 4.09),最高得点は30.0点であり,最低得点は1.0点であった.
Linkスティグマ尺度のα係数はα = .86であり,合計得点の平均は29.98点(SD = 5.76),最高得点は44.0点であり,最低得点は12.0点であった.
3. MHLの関連要因を検討するための重回帰分析日本版MHL尺度の合計得点を従属変数とした重回帰分析の結果を表3に示す.VIFは1.07~1.24の間であるため,多重共線性は起こっていないと判断した.回帰係数が正の方向で有意だったのは,日本版自殺知識尺度の合計得点(β = .245),本人の精神科受診歴(β = .141),自殺予防教育(β = .153),自殺予防ガイドラインの認知(β = .249),精神科医療機関との連携(β = .198),職場内の相談相手(β = .205),書籍での情報収集(β = .217)であった.また,負の方向で有意だったのは,Linkスティグマ尺度の合計得点(β = –.178)であった.
| MHL尺度 (β標準偏回帰係数) |
|
|---|---|
| 自殺知識尺度 | .270*** |
| スティグマ尺度 | –.178** |
| 精神科受診歴(本人) | .133* |
| 精神科受診歴(家族) | .024 |
| 精神科受診歴(友人) | –.041 |
| 専修免許 | .093 |
| 看護師資格 | .078 |
| 教育課程中の精神保健の授業 | –.052 |
| 自殺予防教育の受講 | .191** |
| 情報収集(書籍) | .217* |
| 情報収集(研修) | .036 |
| 情報収集(インターネット) | –.075 |
| 自殺予防ガイドラインの認知 | .204** |
| 精神疾患の児童生徒の支援経験 | .057 |
| 自殺対応経験 | –.002 |
| スクールカウンセラーの配置 | .014 |
| 精神科医療機関との連携 | .153* |
| 職場内の相談相手 | .179** |
| 調整後R2 | .327 |
n = 201
Note.強制投入法
*p < .05,**p < .01,***p < .001
ダミー変数:
本人・家族・友人の精神科受診歴(0=なし,1=あり)
専修免許・看護師資格(0=なし,1=あり)
教育課程中の精神保健の授業・自殺予防教育の受講(0=なし,1=あり)
書籍・研修・インターネットでの情報収集(0=なし,1=あり)
自殺予防ガイドラインの認知(0=知らない,1=知っている)
精神疾患の児童生徒の支援経験(0=なし,1=あり)
自殺対応の経験(0=なし,1=あり)
スクールカウンセラーの配置(0=なし,1=あり)
精神科医療機関との連携(0=不可能,1=可能)
職場内の相談相手(0=いない,1=いる)
本研究におけるMHLの平均得点は119.32点であり,Ikeyama et al.(2022)が医療系の学生150名を対象に実施した先行研究の118.0点よりも高かった.平均得点の違いについては,性別や学歴等,対象者の特性が報告されており,本研究でもこれらの要因が結果に反映された可能性がある.
本研究の対象者は全員女性であった.女性は男性よりもMHLが高い傾向にある(Gorczynski et al., 2017).さらに,一種免許取得者が167名(83.1%)おり,専修免許取得者も20名(10.0%)を占めていた.MHLは学歴が高い者ほど高い傾向にある(Wang et al., 2023).自殺知識の平均得点は23.04点であり,高橋ら(2021)が大学生を対象に実施した先行研究の16点よりも高かった.スティグマの平均得点も29.98点であり,下津ら(2006)が大学生を対象に実施した先行研究の31.95点よりも低かった.そのため,本研究の対象者は先行研究よりも性別の偏りが大きく,学歴も高い傾向にあると考えられた.また,自殺知識が高く,スティグマが低い集団であると考えられた.
MHLは自殺知識(β = .245)と自殺予防教育(β = .153),自殺予防ガイドラインの認知(β = .249)と正の回帰を示し,自殺知識が高い者や自殺予防教育を受けていた者,自殺予防ガイドラインを認知していた者はMHLも高い傾向にあった.先行研究では,MHLと自殺知識,自殺予防教育との関連は示されていないが,自殺知識と自殺対応経験,自殺予防教育との関連は示されている.自殺対応経験のある者は自殺予防教育を受けており,自殺知識の得点も高い傾向にある(Silva et al., 2016).しかしながら,本研究では自殺対応経験と自殺予防教育および自殺知識の得点との間には関連は見られなかった.自殺対応経験が,自殺予防教育を受講する動機や自殺知識を高める機会になっているとは限らなかったのである.
また,看護師を対象とした先行研究では,MHLと学歴,精神科勤務経験との関連が報告されている(Wang et al., 2023).養護教諭を対象とした本研究では専修免許や精神疾患の児童生徒の支援経験がこれらに該当すると考えて関連を予測していたが,MHLはこれらの個人属性とは関連していなかった.また,自殺対応経験は50代以上の年齢階級の者に多い傾向にあったが,MHLと自殺知識は経験年数や年齢階級とは関連していなかった.そのため,養護教諭のMHLは,経験年数や在学中に受けた教育,自殺対応経験のみで高まるものではないと考えられた.
MHLはスティグマ(β = –.178)と負の回帰を示し,スティグマが低い者はMHLも高い傾向にあった.MHLとスティグマが負の関連にあることは先行研究でも報告されている(Perry et al., 2014).本研究でも同様の傾向が確認されたことは,スティグマの緩和がMHLの向上に繋がることを示している.さらに,MHLと自殺知識との間に関連が見られたことは,自殺知識を教育的に高めていくことがMHLの向上に繋がる可能性があることを示唆している.
MHLは本人の精神科受診歴(β = .141),職場内の相談相手(β = .205),精神科医療機関との連携(β = .198)との間に正の回帰を示し,精神科受診歴のある者はMHLが高い傾向にあった.また,職場内に相談相手がおり,精神科医療機関と連携している者はMHLも高い傾向にあった.先行研究においても,精神科受診歴のある者は,MHLが高い傾向にあり(Gorczynski et al., 2017),MHLが高い者は他者へ助けを求めることへの抵抗感も低い傾向にあることが示されている(Ikeyama, Imamura, & Kawakami, 2022).精神科受診歴のある養護教諭は,当事者であると共に援助者でもあるため,疾病体験が当事者生徒への理解に繋がり,同僚や精神科医療機関との連携を促進したのではないかと考えられる.また,学校と精神科医療機関との連携を促進することがMHLの向上にも繋がり,児童生徒へ包括的なケアを提供することに繋がるという教育と環境の重要性も示唆している.
しかしながら,MHLと関連が見られた情報資源は書籍(β = .217)のみであり,養護教諭が精神保健の知識を得るための情報が少ない可能性もあるため,教育資源を充実させていく必要があると考えられる.また,養護教諭のMHLが高くても,学校や地域における精神保健体制が充実していなければ,精神科医療機関との連携が困難であることも個人属性や施設属性との関連から推測された.
2)学校と地域における精神保健体制の実態精神科医療機関との連携が「不可能・難しい」と回答した者は93名(46.3%)と半数近くを占めており,大都市やスクールカウンセラーが配置された学校ほど精神科医療機関との連携を行っている傾向にあった.自由記述においても「保護者の理解が得られない」「専門機関の協力が得られない」という意見が寄せられた.我が国では,児童精神科の専門機関が少なく,養護教諭が保護者に受診を勧めても,初診までに半年近くの時間を要することもある.スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置が学校教育法で努力義務と規定されおり,未だ配置されていない学校も存在する(日本学校保健会,2024).
また,精神疾患の児童生徒の支援経験がある者ほど,自殺対応を経験している傾向にあり,50代以上の養護教諭は自殺対応を経験する頻度が高いことが示されたが,精神保健教育の授業は7割以上が「行っていない」と回答した.自由記載では「精神疾患をもつ生徒や保護者を前に授業を行うことに抵抗がある」という意見が寄せられ,授業時間確保や保健体育教師への意見も散見された.養護教諭の不安や困難感は,当事者生徒や保護者への配慮,授業実施者である保健体育教師の知識不足,時間確保等に起因している可能性が考えられた.
日本における精神疾患の患者数は600万人を超えており,授業を受ける生徒や保護者の中に当事者がいることも珍しくはない状況である.保健室で対応するこころの健康問題は,2016年から2022年の6年間で,精神疾患が千人当たり2.6人から4.9人,自傷行為が2.6人から3.5人と増加しており(日本学校保健会,2018,2024),抗精神病薬や抗不安薬,睡眠薬を内服する児童生徒も増えている(奥村・藤田・松本,2014).本研究の対象者においても,精神疾患の児童生徒の支援を経験した者は9割以上を占めており,これらの社会情勢が精神保健教育実施の動機となっているのではないかと当初は予測していた.しかし,これらの社会情勢だからこそ,教師が当該生徒への配慮から話題を避け,授業実施を妨げているという逆説が生じていた.また自由記載では,「授業実施後に当事者生徒が不安定になった」,「病を疑った生徒が保健室に来室して対応に追われた」という意見も散見された.日本の精神科医療は2004年度の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」に示されているように,入院から地域移行へと舵を切ったが,メンタルヘルス問題を抱える児童生徒を地域で支えるための資源は不足している.本研究においても,地域や学校で利用できるメンタルヘルス資源を充実させていくことの必要性が示されたと考えられる.
3)看護への示唆本研究の対象者で看護師免許を持つ者は62名(30.8%)であったが,MHLは看護師免許とは関連していなかった.看護師養成課程では精神看護学の単元が必修であり,実習では精神障害者への看護計画を立案・実施するが,養護教諭養成課程でこれらは必修ではない.そのため,精神障害者への支援経験がある看護師免許保有者の方がMHLも高いのではないかと予測していたが,看護師免許はMHLを予測する因子ではなかった.看護師のMHLは,精神科勤務経験や学歴との関連が報告されている(Wang et al., 2023).また,自殺知識は,精神科勤務経験や看護教育との関連が報告されているが(Karakaya, Özparlak, & Önder, 2023),国内の先行研究において同様の報告はない.
職場環境が大きく異なる養護教諭とは単純に比較することはできないが,過半数以上の養護教諭が精神疾患の児童生徒への支援と自殺対応を経験していることを考慮するならば,教育現場が求める実践能力を育成するための教育方法を模索していく必要がある.看護の教育者および研究者には,継続教育と実践能力との関連を実証し,教育機会を提供する役割が課せられている(日本看護協会・国際看護師協会,2013).養護教諭のMHLが児童生徒へのメンタルヘルス支援に影響を与えていることが示されたのであれば,看護教育と継続教育の内容を検討し,教育資源を開発していかなければならない.
4)本研究の限界と今後の課題本研究における質問紙の回収率は25.9%であり,サンプルの代表性の確保が十分であったとは言えない.また,横断研究であるため,因果関係まで論及することはできない.さらに,MHLの自由度調整済みR2は .32であり,結果を一般化することは限界がある.調査は入試や次年度の準備で多忙な1月~2月にかけて行われため,回答や返送への負担が回収率に影響を与えた可能性がある.今後は教育現場の実情に配慮し,対象者の負担を軽減していく必要がある.
養護教諭のMHLは,自殺知識と自殺予防教育,本人の精神科受診歴,自殺予防ガイドラインの認知,精神科医療機関との連携,職場内の相談相手,書籍での情報収集と正の関連を示し,スティグマとは負の関連を示した.養護教諭が児童生徒へのメンタルヘルス支援を行うためには,教育資源とメンタルヘルス資源を充実させる必要がある.
本研究にご協力くださいました養護教諭の皆様に深く感謝申し上げます.
本研究における利益相反は存在しません.
本研究は2023年度日本精神保健看護学会の助成を受けて実施されたものです.
MOは研究の構想およびデータ収集と論文の作成を行った.CMは研究プロセス全体と精神保健看護学の視点からの助言を行った.YOはデータの分析と解釈に実質的な貢献をした.TSおよびNMは社会精神保健学の視点から助言を行った.