2020 Volume 15 Pages 1-13
本研究の目的は、小児期に生体肝移植を受けた患者が捉えている家族の様相について明らかにすることである。ナラティヴ・アプローチを用い、対象者6名にインタビューを実施した。対象者に共通したテーマとして【家族の気遣いや苦労への気づき】【家族の結束】【ドナーとなった親との強固な絆】【同胞への自責の念】を見出した。小児期に生体肝移植を受けた対象者たちは、成長発達過程にある療養生活での体験や、家族や医療者等から移植当時の話を聞くことにより、生体肝移植や療養生活を通じた経験を意味付けし、家族の様相を捉えていた。そして、自身の生体肝移植や療養生活における困難が家族の結びつきを強化した出来事と解釈する一方で、同胞への影響を省みた自責の念を抱いていた。同胞への自責の念やドナーとなった親との強固な関係性は、移植患者の自己概念や家族全体の関係性への影響を及ぼす危険性があると示唆された。
The purpose of this study is to clarify the modalities of families as apprehended by patients who received living-donor liver transplants during childhood. Six subjects were interviewed using the narrative approach. The following common themes were found: care and burden of responsibility from their families, a sense of family unity, a strong bond with parents who became organ donors and guilt experienced towards their siblings. Patients apprehended their families’ modalities based on their experiences of transplant and recuperation, as well as through hearing about the process from families and health care professionals. While they interpreted the hardships of transplant and recuperation positively as opportunities to strengthen the unity of their family, the patients also experienced a sense of guilt for possibly imposing negative influences upon their siblings. The study revealed that the guilt patients felt towards their siblings and their strong relationship with parents who became organ donors may risk impacting patients’ self-concept as well as their relationship with their families.
末期肝不全やある種の代謝疾患を有する患者を救う方法は、現状では肝移植だけであり、救命できる唯一の根治的治療手段である(堀、2010)。全米臓器分配機関(United Network for Organ Sharing; UNOS)によると、2018年米国での死体肝移植(脳死臓器提供と心停止後臓器提供)は肝移植全体の95.5%を占めている。それに対し日本では、2010年臓器移植法改正後も年間約440例の肝移植のうち死体肝移植は1%前後にすぎず、倫理的問題を抱えながらの生体肝移植中心の状況が続いている。殊に、小児肝移植は99%が生体肝移植であり(猪股、江口、梅下 他、2018)、治療成績やQOLの向上により疾患や年齢の幅が拡大されている。また、小児期の患者の大半は、病気や治療について理解することが難しい時期に、家族の代理意思決定により生体肝移植を受けている。そして、身近な親族がドナーというある種特異な環境において成長発達を遂げる。社会学分野では生体肝移植による家族間の問題が指摘されているが、医学分野ではドナー選定における家族間の問題や成人レシピエントの家族への思いに関する論述はあるものの、小児期に生体肝移植を受けた患者が成長発達過程で捉えている家族の様相に触れられているものは少ない。そこで、今回、小児期に生体肝移植を受けた患者が捉えている家族の様相について明らかにし、小児生体肝移植患者やその家族に対する支援への示唆を得たいと考えた。
小児期に生体肝移植を受けた患者が捉えている家族の様相について明らかにする。
本研究では、「家族」「様相」「小児期」「体験」「意味付け」「自己概念」を以下のように定義する。
3.1「家族」とは、絆を共有し、情緒的な親密さによって互いに結びついた、そして家族であると自覚している、2人以上の成員を指す(Friedman, 1993)。同居・別居は問わない。
3.2「様相」とは、生体肝移植やそれに伴う療養生活を通じた家族に対する思いや感情、考えのありさまを指す。
3.3「小児期」とは、病気や治療について十分に理解することが難しく、自身の治療に対する意思決定を主体的に行えない時期を指す。本研究では、小児のインフォームドコンセントの概念に倣い、両親の代理決定または小児自身の賛意を必要とする0歳~14歳を指す(The Belmont Report, 1979)。
3.4「体験」とは、自分の身をもって経験することを指し、個性的な意味をもつ。
3.5「意味付け」とは、生体肝移植やそれに伴う療養生活での体験や出来事に対し、何らかの意味・意義を与えること、またそれにどういった意味・価値・効用があるかを考え納得することを指す。
3.6「自己概念」とは、自分または他人が自分をどう思うかなど、自分の性格や能力、身体的特徴などに関する、比較的永続した自分の考え(富岡、2013)を指す。
次の1~4の条件を満たした生体肝移植後患者とした。
4.2.1小児期(0歳~14歳)に生体肝移植を受け、現在18歳以上20歳代の患者である。その理由として(1)、(2)を列挙する。(1)研究協力の検討において十分な知的能力を有し、自己決定できる。 (2)日本での生体肝移植実施開始から30年足らずしか経過していない。小児患者の大半は0歳~9歳に生体肝移植を受けており、上記(1)に即する患者の多くは現在20歳代にある。
4.2.2知的・発達・精神の障害などによる自己判断能力を欠く状態ではない。
4.2.3現在、外来通院での経過観察中にあり、主治医と担当レシピエント移植コーディネーターが本研究への協力に支障がないと判断した患者。
4.2.4研究者が担当していない患者。
4.3 データ収集:2014年8月~2017年1月に関東圏内にある病院2施設の外来にてインタビューとフェイスシートを用いて実施した。インタビューは、対象者の洞察がありのままに示されるよう非構成的面接とし、1回約60分、対象者1人につき2回実施した。2回目のインタビューでは、研究者が捉えた1回目のインタビュー内容を対象者とともに見直し、語り足りないことなどを聴取した。
4.4 分析方法:研究方法はナラティヴ・アプローチを用いた。日本では小児期に生体肝移植を受けた患者のいま目の前に事実として現れている事柄や状態、経験については、あまり知られていない。その経験を知るには、知らないということを自覚し、その経験についての語りを聴き、理解し、学ぶ必要がある(大久保、2012)。したがって、本研究の目的に適う方法と考えた。インタビュー内容は、インタビュー後出来るだけ速やかに逐語録に起こし、対象者の体験を体感しているかのように感じ取れるまで精読した。対象者や研究者が重要性を見出している特定の単語や語句、それらのある文脈を探し、対象者が捉えている家族の様相に関する語りを抽出した。抽出した語りにキーワードを付けた。キーワードに付随する逐語録の内容を読み返し、キーワードが対象者の語りの内容をとらえているか確認した後、キーワード同士の関連性を検討した。類似しているものはグループとしてまとめ、説明関係にあるようなキーワードがあれば、その関係がわかるように整理した。構造化したキーワードをもとに対象者間の共通性や相違性を分析した。研究の全過程において質的研究者から指導を受け、分析内容の信頼性と妥当性の確保に努めた。
4.5 倫理的配慮:本研究は、所属機関ならびに研究協力施設の研究倫理委員会の承認後に実施した(承認番号 B14-73、2014047)。個室で、対象者へは研究目的と方法、研究への参加と中止とそれによる不利益がないこと、プライバシーの保護、結果公表について口頭と文書による説明を行い、紙面で同意を得た。なお、20歳未満の対象者には、対象者本人ならびに保護者へ同様の説明を行い、紙面で同意を得た。
対象者は、約3か月に1度の定期的な外来通院をしている患者6名であった。インタビューは外来診療の待ち時間に個室で実施した。インタビューの平均時間は1回目56.7分、2回目61.0分であった。
A | B | C | D | E | F | |
性 別 | 女性 | 男性 | 女性 | 女性 | 女性 | 男性 |
年 齢 | 20歳代半ば | 10歳代後半 | 20歳代前半 | 20歳代後半 | 20歳代後半 | 20歳代前半 |
職 業 | あり | なし | あり | あり | あり | あり |
移植を受けた年齢 | 6歳 (小学1年生) |
0歳 | 2歳 | 4歳 | 7歳 (小学1年生) |
8歳 (小学2年生) |
原因疾患 | 胆汁うっ滞症 | 胆汁うっ滞症 | 代謝性疾患 | 急性肝不全 | 代謝性疾患 | 代謝性疾患 |
生体ドナー | 母親 | 母親 | 母親 | 父親 | 母親 | 母親 |
同 胞 | 妹 | 姉 | 姉 | 弟 | 姉 | 妹 |
対象者の語りから患者が捉えている家族の様相における共通性や相違性を分析した。将来に対する不安(結婚や妊娠・出産等)や同胞への自責の念等については、移植に至った原因疾患による相違性があることは明らかとなったが、分析過程で対象条件の再検討等の必要があると考えた。よって、本研究では、対象者の語りから抽出された家族の様相の共通性のみに絞って述べ、表2に示す。本文中および表の【 】は共通したテーマ、〈 〉はサブテーマ、「イタリック体」は各テーマを象徴する対象者の語りを示す。個人を特定する部分を修正し、わかりにくい部分には( )の中に言葉を補足した。
【テーマ(4)】 | 〈サブテーマ(11)〉 | 語り(一部抜粋) |
【家族の気遣いや苦労への気づき】 | 〈移植や療養生活における家族の苦労を知る〉 | 「この時期になると親から(移植当時の)話を聞くことがあります。意図的かっていうとそうでもない気がする。ただ、知っておいた方がいいと思って話してくれている部分はあると思う」(対象者C) |
〈家族からのサポートを振り返る〉 | 「主治医が他の病院へ移るのに合わせて引っ越した時、父は40歳過ぎてて、もう40歳過ぎてるんじゃ雇えないよっていう会社が多かったので、父は3か月くらい仕事がなかったんです。だから、自分には(仕事を)辞めるなって毎回言う」(対象者F) | |
〈家族の心配や思いを実感する〉 | 「実家に居た時は反抗期で、放っておいてよ!みたいな感じだったけど、今思うと、ずっと心配されてたのかなって感じる」(対象者A) | |
【家族の結束】 | 〈病気の発症や移植を機に自分中心となった家族の生活の変化を知る〉 | 「主治医が遠方の病院へ移動することになり、2週間に1回も通いきれないので、いっそのこと家ごと引っ越すという形になった」(対象者F) |
〈移植や療養生活における体験を通じ家族の絆を認識する〉 | 「姉がいるんですけど、俺が移植手術して入院している間は、父方と母方、両方のおばあちゃんが姉をみたりしてた(と聞いている)」(対象者B) | |
〈家族のつながりにおける自らの存在意義を考える〉 | 「(自分を救命するために)いろいろ親戚に聞いてまわって…とか。伯父にすごい助けられたっていう話はすごい聞きますね。人のつながりがあって手術させてくれたっていう話を聞いて。新幹線に飛び乗って移植する病院に行き、お姉ちゃんはお祖父ちゃんの所に預けたとか、いろいろな話を聞いた。苦労もあったけど、そういう部分が家族のつながりっていうか、絆っていうか、深めてる部分もある」(対象者C) | |
【ドナーとなった親との強固な絆】 | 〈ドナーとなった親に身体的なリスクを負って救命してくれたことを感謝する〉 | 「移植をしてなかったら、多分私は生きてないのかなって思う時はあるので…、感謝はしてます」(対象者A) |
〈ドナーとなった親に対する相互的信頼感や抑圧感情を抱く〉 | 「(ドナーである母に対して)うーん、感謝してるっていう感じですかね。ただ、母親同士で(移植を受けていることを)言ってる。結構知ってると思う、周りのやつら(友人)は。知らないうちに広まっている。別にいいんですけど…」(対象者B) | |
【同胞への自責の念】 | 〈親の愛情や関心を独占していたことを省みる〉 | 「弟は、一番親が愛情を注ぐ時期に、遠方に住むおじいちゃんおばあちゃんが面倒みてくれてたみたいで、やっぱ親は病院の私のところに付きっきりだったみたい。弟の小っちゃい頃の写真はおばあちゃんと一緒とか、おじいちゃんが一緒に写ってるっていう写真ばっかり」(対象者D) |
〈同胞の成育環境に及ぼした影響を認識する〉 | 「私とお母さんが手術で入院している間、妹一人でずっとおばあちゃんちに居たんですよね。急におばあちゃんちに置いてかれて、ずっと何日も何日も迎えに来てくれない、誰も…。だから捨てられたんじゃないかと思って、自分で生きなきゃいけないって、小っちゃいながらに妹は思ったんじゃないかって、おばあちゃんが言ってたらしい。だから、私のせいで、妹の性格とかも変わっちゃったのかなって思っちゃったときもあった。私が普通の病気のない子だったら違ってたのかなって…」(対象者A) | |
〈同胞との関係性について考える〉 | 「母親は私につきっきりだったので、姉はいつも一人になっちゃって。おばあちゃんが来てくれてましたけど、姉からすると私がママを取ったみたいな…。姉は一人で全部できるようになってしまったというか、誰にも相談できないし、悩みとかも迷ったことも全部自分でやんなきゃいけなくなって。結局それで私と仲悪くなっちゃった。多分そういうことで私のことを恨んでるんだろうなって思っている」(対象者E) |
このテーマは、〈移植や療養生活における家族の苦労を知る〉、〈家族からのサポートを振り返る〉、〈家族の心配や思いを実感する〉の3つのサブテーマから構成された。対象者は、療養生活における体験を通じ、ドナーとなった父母だけでなく、他の家族員や親戚に過大な苦労をかけ、かつ多大な協力を得ていたことを周囲から繰り返し伝えられていた。その過程における【家族の気遣いや苦労への気づき】を表現していた。
5.2.2 【家族の結束】「実家に居た時は反抗期で、放っておいてよ!みたいな感じだったけど、今思うと、ずっと心配されてたのかなって感じる」(対象者A)
「(移植を)しないと…、死ぬからしたみたいな感じっすね。しなかったら、今いないんで…、ここに。感謝して…、っていう感じですかね」(対象者B)
この時期になると親から(移植当時の)話を聞くことがあります。意図的かっていうとそうでもない気がする。ただ、知っておいた方がいいと思って話してくれている部分はあると思う」(対象者C)
「私が学校を休めないって理由で、お母さんが薬をもらいに行ってたことがあった」(対象者D)
「あなたにとっての親孝行っていうのは今生きていることが親孝行なんだからねっていうのは何回か言われたことがあるんです。3歳、4歳で死んでてもおかしくなかったのに、お父さんから肝臓をもらって、そして、あなたは生きたいっていう力があって、今日まで生きてこれていることは両親からしたら最大の親孝行だと思うよって…。あー、そっか…って思った」(対象者E)
「主治医が他の病院へ移るのに合わせて引っ越した時、父は40歳過ぎてて、もう40歳過ぎてるんじゃ雇えないよっていう会社が多かったので、父は3か月くらい仕事がなかったんです。だから、自分には(仕事を)辞めるなって毎回言う」(対象者F)
このテーマは、〈病気の発症や移植を機に自分中心となった家族の生活の変化を知る〉、〈移植や療養生活における体験を通じ家族の絆を認識する〉、〈家族のつながりにおける自らの存在意義を考える〉の3つのサブテーマから構成された。自身の生体肝移植に際しては、同胞の世話等に関して同居家族だけでなく祖父母や親戚からの様々な援助を受けていたことなどを聞き、強い【家族の結束】を実感していた。
5.2.3 【ドナーとなった親との強固な絆】「手術室に行くときに、お父さんとか妹に頑張ってねって感じで言われたのをうっすら覚えてる」(対象者A)
「姉がいるんですけど、俺が移植手術して入院している間は、父方と母方、両方のおばあちゃんが姉をみたりしてた(と聞いている)」(対象者B)
「(自分を救命するために)いろいろ親戚に聞いてまわって…とか。伯父にすごい助けられたっていう話はすごい聞きますね。人のつながりがあって手術させてくれたっていう話を聞いて。新幹線に飛び乗って移植する病院に行き、お姉ちゃんはお祖父ちゃんの所に預けたとか、いろいろな話を聞いた。苦労もあったけど、そういう部分が家族のつながりっていうか、絆っていうか、深めてる部分もある」(対象者C)
「全然私は覚えてないけど、周りの方が辛かったんだなって(移植当時の)話を聞いた時にわかりましたね。お母さんもお父さんもお姉さんも…、みんなね」(対象者E)
「主治医が遠方の病院へ移動することになり、2週間に1回も通いきれないので、いっそのこと家ごと引っ越すという形になった」(対象者F)
このテーマは、ドナーとなった親と対象者との親子関係に焦点を当てたものである。〈ドナーとなった親へ身体的なリスクを負って救命してくれたことを感謝する〉、〈ドナーとなった親に対する相互的信頼感や抑圧感情を抱く〉の2つのサブテーマから構成された。ドナーとなった親には感謝や敬意の他、「同じ手術を受けて、ずっとみてくれていたから、わかってくれている」など、【ドナーとなった親との強固な絆】を意味する語りがあった。しかし一方で、ドナーとなった親との抗論を避ける等、自分の気持ちを抑圧する様子を語る対象者もいた。
5.2.4 【同胞への自責の念】「移植をしてなかったら、多分私は生きてないのかなって思う時はあるので…、感謝はしてます」(対象者A)
「(ドナーである母に対して)うーん、感謝してるっていう感じですかね。ただ、母親同士で(移植を受けていることを)言ってる。結構知ってると思う、周りのやつら(友人)は。知らないうちに広まっている。別にいいんですけど…」(対象者B)
「私は母親から肝臓をもらっているので、お母さんもいっしょの傷がある。逆に言うとお姉ちゃんにはない」(対象者C)
「傷痕、パパと一緒!って言ってて、パパの肝臓だから平気。今生きてるっていう存在証明のために傷跡はある」(対象者D)
「全然知らない人から(肝臓を)もらっていたら、多分親に対しても態度は変わっちゃってたかなっていうのはありますね。強くあたったり、こっちの気持ちを知らないで!みたいなことを言ってたかなって思う」(対象者D)
「ドナーになってくれたお母さんはやっぱりずっとみてきてくれてたので、すごく些細な変化にも直ぐ気付いてくれる。ずっとみてきたから。母親は自分を責めてるんですよ。自分のせいで病気の子を産んでしまったって。自分のせいでっていう思いが消えないみたいで…」(対象者E)
このテーマは、〈親の愛情や関心を独占していたことを省みる〉、〈同胞の成育環境に及ぼした影響を認識する〉、〈同胞との関係性について考える〉の3つのサブテーマから構成された。いずれの対象者も【同胞への自責の念】を抱いていた。移植実施前後の急性期に限らず、入院や検査のたびに同胞は祖父母や親戚に預けられていたこと、病状が落ち着いてからも通院等の自分のイベントが優先されていたこと、そして常に自分の状態が親の心配の種となり、同胞以上に注意を払われていたという語りがあった。中には、移植当時の同胞への負担が、現在の自身と同胞との関係や、親と同胞との関係に影響していると語る対象者もいた。自身が生体肝移植に至る原因となった遺伝性疾患と同じ診断を受けた同胞をもつ対象者は、同胞の先行きや治療手段を案ずると同時に、同胞に対する負い目や後ろめたさを感じている表現があった。
「私とお母さんが手術で入院している間、妹一人でずっとおばあちゃんちに居たんですよね。急におばあちゃんちに置いてかれて、ずっと何日も何日も迎えに来てくれない、誰も…。だから捨てられたんじゃないかと思って、自分で生きなきゃいけないって、小っちゃいながらに妹は思ったんじゃないかって、おばあちゃんが言ってたらしい。だから、私のせいで、妹の性格とかも変わっちゃったのかなって思っちゃったときもあった。私が普通の病気のない子だったら違ってたのかなって…」(対象者A)
「病院とかに行く回数が多かったんで…。多分(姉に比べ)俺と一緒にいる時間がずっと多かった」(対象者B)
「(自分の病気や移植のこととは)あんまり、関係ない…、関係ないのかな…。(姉が)あまり精神的に健康ではなかった時期があって…」(対象者C)
「弟は、一番親が愛情を注ぐ時期に、遠方に住むおじいちゃんおばあちゃんが面倒みてくれてたみたいで、やっぱ親は病院の私のところに付きっきりだったみたい。弟の小っちゃい頃の写真はおばあちゃんと一緒とか、おじいちゃんが一緒に写ってるっていう写真ばっかり」(対象者D)
「母親は私につきっきりだったので、姉はいつも一人になっちゃって。おばあちゃんが来てくれてましたけど、姉からすると私がママを取ったみたいな…。姉は一人で全部できるようになってしまったというか、誰にも相談できないし、悩みとかも迷ったことも全部自分でやんなきゃいけなくなって。結局それで私と仲悪くなっちゃった。多分そういうことで私のことを恨んでるんだろうなって思っている」(対象者E)
「自分は移植までいって移植後合併症が起きてとかはありますけど、基本的には移植して日常的に仕事もできていることが特別というか…。(自分と同じ疾患である)妹が同じ状況(肝不全)になった時に同じルートは辿れないよ(生体肝移植を受けられない)っていうのは…」(対象者F)
小児期に生体肝移植を受けた対象者は、療養生活での体験や、家族や医療者などから移植当時の話から家族からの気遣いや苦労を認識していた。同時に、移植や療養生活を通じ家族の結束を実感していた。一方で、自身の移植が契機となりドナーとなった親との結びつきや、同胞との関係性への影響について回顧していた。これらの結果は、小児期に生体肝移植を受けた患者を深く理解する上で意義があると考える。以下、家族における生体肝移植や療養生活を通じた経験の意味と、生体肝移植による同胞や家族の関係性への影響に着目し考察する。
6.1 家族における生体肝移植や療養生活を通じた経験の意味小児期に生体肝移植を受けた対象者たちは、成長発達過程にある療養生活での体験や、家族や医療者などから移植当時の話を聞くことにより、生体肝移植や療養生活を通じた経験を意味付けし、家族の様相を捉えていた。移植当時、学童期にあった対象者の語りには、移植前後の自身の状態や入院生活における体験、家族の状況などの記憶が表現され、対象者が捉えている家族の様相に影響を与えていた。乳幼児期にあった対象者は、自身にはない移植当時の記憶は家族や医療者から聞く話によって補填され、家族の様相に関連づけていた。
2010年臓器移植法改正後も日本での小児脳死肝移植の現実性の乏しさは変わっておらず、生体肝移植への過度な依存(橳島、出川、2014)が続いている。生体臓器移植には、ドナーの安全性はもちろんのこと、家族・親族間での心理的・社会的問題など、多様な倫理的課題が存在しているという報告は少なくない(清水、2003; 永田、長谷川、2012; 日本移植・再生医療看護学会、2014)。生体肝移植は、家族内でドナーとレシピエント2名が生じるという一大イベントであり、家族に大きな影響を及ぼす。特に、急性肝不全など緊急性が高く、移植までに時間的猶予がない場合には、家族にはさらなる過大な負担が加わる。まさに、家族が一致団結しなくては乗り越えられない苦難といえよう。家族がストレスを乗り越えていく上で、その家族の凝集性と家族の適応力が重要であるといわれている(Olson, 1985)。野嶋ら(1994)は、家族の適応力と凝集力を統合した家族のシステム力と家族の対処行動との関係を明らかにする中で、家族の凝集力の高まりは、統合的対処パターンに貢献していることを言及している。家族の統合的対処パターンには、人間的成長、家族の統合、家族生活の調整、患者への支持が含まれる。また、岡本(2016)は、生体肝移植後の重篤な子どもを抱えて家族が一体化するセルフケア志向性について、子どもの移植を通して脆弱な子どもが回復し、 家族で生活できることを願いに家族に向けたセルフケア行動を遂行する中で、 家族を守ろうとする絆を築き、 家族として一体化していくと述べている。本研究の対象者は、原因疾患の発症や移植前の生命危機、また移植後の拒絶反応等による命に直結する状況を繰り返す中で、家族が子どもの命を守ることを最優先し、家族全体の生活を変えてきた苦労や努力に対し感謝すると同時に、家族のつながりを深めた出来事として意味付けていると考察した。
本研究の対象者は、0歳から8歳に親をドナーとして生体肝移植を受けていた。家族のライフサイクルからみると、父親・母親役割を達成し家族の絆を深める養育期であり、重要な時期である。このような時期に、家族が生体肝移植への対応に終始しなくてはならないことは、家族機能を変動させる。そして、家族全体の発達課題達成において大きな障壁となり得る。但し、家族内での役割調整や連携が上手く行われ適応できた場合には、困難に立ち向かうための家族の力の強化につながり、家族の成長につながる前向きな変動ともなる(平谷、2017)。また、家族看護エンパワーメントモデルにおいては、家族は主体的な存在で、家族自身の力で様々な状況を乗り越えていくことができる集団であるといわれている(野嶋、2005)。本研究において、子どもの命を救うための生体肝移植という苦難を乗り越えたという事実は、対象者にとって家族愛を象徴すべきこととして捉えられ、今自分が生きていることの意義を振り返り、それ自体が親孝行や家族へ報いることと解釈されていた。同時に、【家族の結束】を証明する出来事として理解されていた。生体肝移植や療養生活での体験における数々の困難や危機を克服する過程において【家族の結束】は徐々に強まっていると考察した。
6.2 生体肝移植による同胞や家族の関係性への影響小児肝移植の生体ドナーは、両親が 95% (母52.3%、父42.6%)と大半を占めている(猪股、江口、梅下 他、2018)。親が身体的負担を負って子どもを救う生体肝移植は、親子間の無償の愛として美談と称されることも少なくない。また、小児症例の場合ではドナーとレシピエントが核家族内に留まる場合には家族の関係性に及ぼす悪影響は少ないと報告されている(日本肝移植研究会、2005)。しかし、親には元来の親役割、いわゆる子どもを養育するという役割がある。先行研究において、小児臓器移植患者の保護者は、移植後の療養生活において、移植患児の体調管理や感染予防、服薬管理といった多くの事柄に対処しなければならず、ヘルスケア提供者としての新たな役割を担い(Stubblefield C, 2000)、その責任は常に伴うとされている(Green A, 2009)。また、小児臓器移植患者の養育やケアに伴うストレスは、保護者の心的外傷後ストレス障害に関連しており(Farley LM, 2007)、小児臓器移植患者の保護者の社会的健康には養育負担感が関連していることが明らかとなっている(菊池、2015)。ドナーとなった親の場合、術後の身体的負担を抱えながらの自身の社会復帰に加え、養育負担感を背負うこととなる。そして、移植患児の状態に一喜一憂しながら、ドナーとしての自責の念がついて回る。このようなドナーとなった親の心身の負担は長きにわたり続く。
重ねて、当然のことながら、元来の親役割を移植患児だけでなく、同胞に対しても果たさなくてはならない。しかしながら、移植患児に注がれる関心や養育に費やされる時間が同胞に比べ多くなること、さらには家族全体の生活が移植患児中心となってしまうことはやむを得ない状況と考えられる。長期療養が必要な病児をきょうだいにもつ子どもは、病児に対する嫉妬感、過剰な責任感、孤独感、苦痛への我慢などを強いられ、我慢強くなると同時に、不安を強く抱き抑うつ傾向を出現させており、子どもの我慢の上で精神的な成長が成り立っているといわれている(古溝、2012)。また、病児の療養生活に伴い、きょうだいである子ども自身の生活も変化せざるを得ない状況が生じ、その影響は長期的なものになる。長い療養期間を通して成長発達しており、各段階において受ける影響も異なる。しかも、親自身も病児の療養生活で多くの影響を受けている中、病児以外の子どもとゆっくり向き合うことが難しく、病児以外の子どもへの関心を継続することが困難な状況も推察できるとされている(古溝、2012)。小児生体肝移植の大半は9歳未満で施行されているため、その同胞の多くも親の愛情や養育が必要不可欠な時期にあると考えられる。同胞の養育に対し、生体肝移植やそれに伴う療養生活、そして家族の状況が多少なりとも影響を及ぼしていることは、本結果においても明らかであった。そして、いずれの対象者も自身の移植や療養による同胞への影響を自覚しており、同胞に対して大きな心理的負担を課したという【同胞への自責の念】を抱いていた。延いては、自分自身の存在が同胞との関係性だけでなく、家族の関係性を変化させたという思いにもつながっていた。さらに、遺伝性疾患が原因で移植を受けた対象者は、自分が親をドナーとした生体肝移植を受けたことで、同じ疾患である同胞の生体ドナー候補者がいなくなり、同胞の治療選択の幅を狭めたという自責や、自身と同胞とのQOLの差に対し複雑な思いを抱いていた。このような思いは罪悪感につながる危険性があると推察した。
加えて、救命という事実に重ね、移植手術や同じ傷痕が残っていることなどの数々の体験の共有が、対象者とドナーとなった親との絆を強固にしていることが明らかとなった。生体肝移植という背景をもった親子関係の特徴のひとつであり、単に病気の子どもをもつ母親というだけでなく、様々な思いを蓄積してドナーとなった母親(田村、稲垣、2007)、それによるレシピエントである子どもへの精神的重圧(中村、松島、鶴野 他、1998; 習田、志自岐、添田 他、2008)、 肝移植患児の母親の過保護や過干渉(Simon, & Smith, 1992; 藤澤、乾、十河 他、2002; 佐藤、2002)、それによる患児の依存的傾向(佐藤、2002)などの報告とつながると考察した。また、自己概念の向上には母親からの承認や受容が重要な(Rogers & Dymond, 1954; Ryan & Lynch, 1989)ことから、【ドナーとなった親との強固な絆】は移植患児の自己概念を育む上での障害となる危険性を秘めていると考えられる。延いては、思春期や青年期における患者としての自立の妨げになり得るのではないかという懸念が残った。そして、一方では、同胞と親、また同胞と対象者との関係性へも影響を及ぼし、家族全体の関係性を揺るがしかねないことが示唆された。
本研究結果には、生体肝移植に対する社会的認識や移植後の生活制限の緩和など、生体肝移植の歴史的背景が反映している。また、小児期を0歳~14歳と用語を定義したが、認知的発達や理解力に幅があることや、現在の社会性の発達や性別等による影響は否めない。加えて、研究者という立場や医療者であることは、ナラティヴの情報に制約をもたらすことは研究の限界と考える。なお、研究計画書作成時、本邦初の生体肝移植が実施されてから2011年までの0歳~18歳未満の生体肝移植症例数は2,400件足らずであった。本研究の対象者となり得る小児期(0歳~14歳)に生体肝移植を受け、かつ現在18歳以上20歳代という条件を兼ね備えた患者はさらに少数であり、本研究では条件に見合う対象者をリクルートするには限界が生じた。ただ、小児生体肝移植数は年間120件~140件台を推移しており、本研究の対象者になり得る患者は増加している。今後、対象者条件の検討や対象者数を重ね、研究を深めていきたい。
小児期に生体肝移植を受けた対象者たちは、成長発達過程にある療養生活での体験や、家族や医療者などから移植当時の話を聞くことにより、生体肝移植や療養生活を通じた経験に対し意味付けし、家族の様相を捉えていた。
8.2自身の生体肝移植や療養生活における困難が家族の結びつきを強化した出来事と解釈する一方で、同胞への影響を省みた自責の念を抱いていた。
8.3同胞への自責の念やドナーとなった親との強固な関係性は、移植患者の自己概念や家族全体の関係性への影響を及ぼす危険性があることが示唆された。
本研究の遂行にあたり、ご協力いただきました対象者の皆様、そして多くのご配慮とご調整を下さいました研究協力者の方々に心より感謝申し上げます。なお、本研究は、日本小児看護学会第28回学術集会にて発表した。