2024 Volume 34 Pages 48-60
日本では2020年に公共用水域におけるPFOS及びPFOAの指針値が定められたが,近年では代替PFASの使用が増加し,その環境影響が懸念される。そこで本研究ではISO 21675に準拠し,水試料中30種PFASの一斉分析体制を構築した。河川水の分析時,一部PFASはサロゲート回収率の低下が見られ,LC-MS/MS分析時のイオンサプレッションが原因と考えられた。超純水及び河川水を用いた添加回収試験では,PFAS回収率は各88~122%及び66~141%であり,各30種及び25種が回収率70~125%の範囲内であることから,分析精度が確認された。大阪市内河川調査では調査した30種中20種PFASが検出され,ΣPFAS30濃度は 24~11,000 ng L-1 であった。最も高濃度を示した神崎川では,その98%はPFHxAであり,フッ素樹脂メーカー事業場の影響が考えられた。6:2 FTSAは下水処理場放流水の影響を受ける地点から検出され,HFPO-DAは全地点から検出された。調査地域における2007年調査とのPFOS及びPFOA濃度の比較では,平均値で各10分の1及び7分の1に減少していた。
In 2020, a guideline value of 50 ng L-1 for the total content of perfluorooctane sulfonic acid (PFOS) and perfluorooctanoic acid (PFOA) in public waters was established by the Water Pollution Prevention Act of Japan. However, concerns about emergent and alternative per- and poly-fluoroalkyl substances (PFAS) have been raised in recent years due to their global use and disposal. In this study, 30 legacy and emergent PFAS in water were analyzed according to the ISO 21675 guidelines. When river water was analyzed, surrogate recoveries for some PFAS decreased. This decrease was attributed to ionization suppression during liquid chromatography-tandem mass spectrometry (LC-MS/MS) analysis. In the spike and recovery tests, the PFAS recovery rates of ultrapure and river water were 88-122% and 66-141%, respectively, confirming the robustness of analytical accuracy. Twenty PFAS compounds were detected, with ΣPFAS30 concentrations ranging from 24 to 11,000 ng L-1 in the rivers of Osaka City, Japan. The maximum PFAS concentration was observed in Kanzaki River, and with perfluoro-n-hexanoic acid (PFHxA) accounting for 98% of ΣPFAS30, reaching a concentration of 10,800 ng L-1. The sampling site was affected by the activities of a fluororesin manufacturer. The measurement of 6:2 fluorotelomer sulfonic acid (6:2 FTSA) was detected at the sampling site affected by sewage treatment plant effluent, while hexafluoropropylene oxide dimer acid (HFPO-DA) was detected at all sampling sites. The comparison of the PFOS and PFOA concentrations in this study area with those from a previous 2007 survey revealed average decreases of one-tenth and one-seventh, respectively. These findings improve our understanding of PFAS distribution in water and highlight the importance of ongoing monitoring efforts in mitigating potential environmental risks.
ペルフルオロアルキル化合物(per- and poly-fluoroalkyl substances,以後PFAS)は4,000種以上の人為的に製造された化合物であり1),化粧品,泡消火剤,食品接触材,家庭用品など様々な用途に使用されている2)。なかでもペルフルオロオクタンスルホン酸(perfluorooctane sulfonic acid, PFOS),ペルフルオロオクタン酸(perfluorooctanoic acid, PFOA)及びペルフルオロヘキサンスルホン酸(perfluorohexane sulfonic acid, PFHxS)の3種は,残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)に各2009年,2019年,及び2022年に追加され,使用の制限及び廃絶が決定された3)。その流れを受け,国内においては各2010年,2021年,2023年に化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の第一種特定化学物質に指定され,製造・輸入の原則禁止及び使用の制限が定められている。国内における環境中の規制値としては,2020年にPFOS及びPFOAが水質汚濁に係る人の健康の保護に関する要監視項目に追加された。指針値(暫定)として 0.00005 mg L-1 以下(PFOS及びPFOAの合計値)が定められ,各都道府県等において公共用水域におけるPFOS及びPFOAのモニタリング業務が開始されている。
しかし,2000年以降PFOS,PFOAの代替PFASの使用が増加し4),その環境や生体への影響が懸念されている1,5,6)。例えば,9-Chlorohexadecafluoro-3-oxanonane-1-sulfonic acid(6:2 PFESA(9Cl-PF3ONS))は通称F-53Bと呼ばれるPFOSの代替物質であり,中国で使用されている7,8)。Polyfluoroalkyl phosphate diester(diPAP)は食品包装紙に湿潤剤およびレベリング剤として使用され,ペルフルオロカルボン酸類(PFCAs)の前駆物質としても重要視されている9)。Hexafluoropropylene oxide dimer acid(HFPO-DA)はそのアンモニウム塩がGen-Xの商標で使用されており,PFOAの代替物質である7,10)。4,8-Dioxa-3H-perfluorononanoic acid(DONA)はそのアンモニウム塩がAmmonium 2,2,3-trifluoro-3-(1,1,2,2,3,3-hexafluoro-3-(trifluoromethoxy)propoxy)propanoate(ADONA)として知られるPFOA代替物質である11)。このようなemerging PFASと総称される物質群は,製造・使用・廃棄を通じて環境中に放出されており,海外では中国,米国,ヨーロッパをはじめ環境水中の濃度レベルや挙動等が報告されている7,10,12,13)。しかし,国内における報告は限られており,PFCAs,ペルフルオロスルホン酸類(PFSAs)に加えてemerging PFASを含めた包括的なPFAS濃度分布の解明が望まれる。
そこで本研究では,13種PFCAs,5種PFSAsに加えてemerging PFASを含む計30種PFASを測定対象とした水試料中PFASの国際標準分析規格ISO 2167514)に準拠し,30種PFASの一斉分析体制を構築した。河川水の分析時,一部のPFASについてサロゲート回収率の低下が見られたため,その原因について検討した。超純水及び河川水を用いた添加回収試験を実施し,分析精度を確認後,公共用水域の環境基準地点である大阪市内河川20地点についてPFAS調査を実施した。
大阪市内河川調査は2022年3月24日,25日の2日間実施した。調査地点は公共用水域の環境基準地点に準拠した20地点である。調査地点をFig. 1 に示す。地点1,2は神崎川水系,地点3~9は寝屋川及び平野川水系,地点10~12は大川水系,地点13,14は道頓堀川水系,地点15~20は汽水域である。大阪市の下水道普及率は99.9%であり15),ほぼ全域に及んでいるが,大阪市内河川では随所に下水処理場放流水が放流されており,特に寝屋川及び平野川水系ではその影響を強く受けている16,17)。河川水試料はポリプロピレン製ビンに 100 mL採水し,全量を分析に供した。

The sampling sites are classified by basin as follows: sites 1 and 2, Kanzaki River Basin; sites 3-9, Neya and Hirano River basins; sites 10-12, Okawa River Basin; sites 13 and 14, Dotonbori Canal; and sites 15-20, the brackish area.
分析には,関東化学製のメタノール(LC/MS用),富士フイルム和光純薬製の酢酸(LC/MS用),1 mol L-1 酢酸アンモニウム溶液(HPLC用),Merck製の25%アンモニア水(精密分析用)を使用した。超純水は,ELGA LabWater製PURELAB Flex-3 を用いて実験室で製造した超純水を使用した。
測定対象は,ISO 2167514)に記載されている30種PFASとした(Table 1)。標準液は,30種PFASの各 100 ng mL-1 混合標準溶液であるWellington Laboratories製のISO 21675:2019 Native Stock Solutionを使用した。サロゲート溶液として,24種PFASの各 100 ng mL-1 安定同位体標識混合標準溶液であるWellington Laboratories製のISO 21675:2019 Labelled Stock Solutionを使用した。
2.3 水中PFAS前処理法水中PFASの前処理方法はISO 2167514)に準拠した。試料水 100 mLに24種混合PFASサロゲートを 1 ng添加後,あらかじめ0.1%アンモニア/メタノール溶液,メタノール,超純水各 4 mLでコンディショニングした固相抽出カートリッジOasis WAX(150 mg sorbent, 30 μm particle size,PFAS分析用,Waters製)に通水した。試料水が汽水域の場合は,酢酸 0.5 mLを添加しpH調整後,前処理に供した。固相を超純水及び 25 mM酢酸buffer(pH4)各 4 mL(汽水域は超純水 10 mL)で洗浄後,3,000 rpmで2分間遠心分離を行い,水分を除去した。メタノール 5 mLで試料容器及びリザーバーの内壁を洗い込み,洗い込みに使用したメタノールを用いてPFAS中性画分(Perfluorooctanesulfonamide(FOSA), N-methyl-perfluorooctanesulfonamide(N-MeFOSA)及びN-ethyl-perfluorooctanesulfonamide(N-EtFOSA))を溶出した。続いて0.1%アンモニア/メタノール溶液 5 mLを用いて同様の操作を行い,PFASイオン性画分(前述以外の27成分)を溶出した。各溶出液は窒素気流下で 1 mLとし,試験液とした。固相ブランクは,コンディショニングした固相に洗浄以降の操作を実施し,メタノール及び0.1%アンモニア/メタノール各溶出液に24種混合PFASサロゲートを 1 ng添加した。以降は試料水溶出液と同様の操作を行い,分析を行った。超純水ブランクは超純水 100 mLを用い,試料水と同様の前処理を行った。
2.4 LC-MS/MS測定測定は液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS(ExionLC AD/Triple Quad 4500,Sciex製))を用い,LC及びMS条件はISO 2167514)に準拠した。詳細はTable 2 及びTable 3 に示す通りである。各PFASのピーク同定および定量は,ISO 2167514)の規格本文に準拠し直鎖体を対象とした。PFASの定量はPFAS安定同位体を用いた内部標準法とし,検量線用標準液の濃度範囲は 0.02~20 ng mL-1 の7点検量とした。定量下限値は,標準液のクロマトグラムにおいてSN比が10以上である濃度に濃縮倍率を除して算出した。各PFASの定量下限値は,N-MeFOSA,N-methyl-perfluorooctanesulfonamideacetic acid(N-MeFOSAA),8:2 Fluorotelomer unsaturated carboxylic acid(8:2 FTUCA)及び8:2 diPAPは 0.5 ng L-1,上記以外の26種PFASは 0.2 ng L-1である。なお,大阪市内河川調査における地点2のPerfluoro-n-hexanoic acid(PFHxA)は検量線の範囲を大幅に超過したレスポンスであったため,最終液を30倍希釈して分析を行った。
河川水分析時の一部PFAS(13C4-Perfluoro-n-butanoic acid(13C4-PFBA),13C5- Perfluoro-n-pentanoic acid(13C5-PFPeA),13C5-PFHxA及び13C3-HFPO-DA)におけるサロゲート回収率の低下要因について検討した。検討試料として,汚染度が低いと想定された淀川枚方大橋,汚染度が高いと想定された大阪市内河川である寝屋川今津橋の2地点を選定し,それぞれ2021年9月7日,2021年10月8日採取試料を用いた。固相抽出時の妨害の有無を調べるため,2種の河川水を用いて異なる試料量(10,25,50,100 mL;各濃縮倍率10,25,50,100倍)の併行試験(n=2)を実施した。また,LC-MS/MS測定時の妨害の有無を調べるため,得られた各最終液を2~10倍に希釈し分析(n=2)を行い,サロゲート回収率の比較により評価した。なお,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAについては,本研究で用いた分析法ISO 21675発行時のinter-laboratory trialの添加回収試験において,他の測定対象PFASと比べて約20~30%低い回収率を示しており,排水試料中のd3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSA回収率は各55%,64%と低値が報告されている18)。本研究では,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAは検討から除外した。
2.6 超純水及び河川水を用いた添加回収試験超純水及び河川水 100 mLにPFAS混合標準溶液を 0.1 ng(試料換算濃度 1 ng L-1 相当)添加し,添加回収試験を実施した(各n=5)。河川水試料は,2021年11月16日採水の淀川枚方大橋河川水を用いた。試料水を通水しない固相ブランク,超純水ブランク(各n=2)及び標準液無添加の河川水(n=5)についても分析を行い,PFAS回収率を算出した。
一部PFASにおいてサロゲート回収率の低下が見られた例として,固相ブランク及び超純水ブランク(各n=2),大阪市内河川水及び海水分析時における各サロゲート回収率をFig. 2 に示す。ISO 21675及びJIS K 0450-70-10のクライテリアにおける内部標準回収率の許容範囲は70~125%19)であることから,図中の赤線(70%及び125%)の範囲を許容値とした。固相ブランクのサロゲート回収率は,77~99%と良好な値を示した。超純水ブランクのサロゲート回収率は,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAは約60%であったが,それ以外のサロゲート回収率は76~94%と良好な値を示した。それに対し,大阪市海水のサロゲート回収率はd3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAを除くと70~97%であったが,13C4-PFBAや13C3-HFPO-DAは固相ブランク及び超純水ブランクと比べて17~19%低値を示した。さらに,大阪市内河川水における同回収率は54~97%であり,特に,Fig. 2 で黄色の丸で囲んだ13C4-PFBA,13C5-PFPeA,13C5-PFHxA,13C3-HFPO-DAは海水と比べて13~19%低値を示した。固相ブランク及び超純水ブランクと比べてサロゲート回収率が低下している要因とし,固相抽出時の損失やイオンサプレッションのようなマトリックスによるLC-MS/MS測定時の妨害が考えられた。なお,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAのサロゲート回収率低下について,複数の分析バッチにおける固相ブランクの同回収率(n=10)を比較したところ,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSA回収率は各74~101%,77~106%といずれも変動が見られた。固相ブランクの前処理操作は,固相溶出後の溶出液に24種混合PFASサロゲートを添加しており,その後の主な操作は窒素吹付けのみである。このことから,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAの固相ブランクでのサロゲート回収率低下は,窒素吹付け時の損失が一因と考えられた。

異なる試料量(10,25,50,100 mL;各濃縮倍率10,25,50,100倍)の併行試験におけるサロゲート回収率(n=2)について,淀川の結果をFig. 3a),寝屋川の結果をFig. 3b)に示す。結果は平均値で示した。比較的汚染度の低い淀川では,試料量 10~50 mLの13C4-PFBA回収率は約80%と良好であったのに対し,試料量 100 mLでは約60%に低下した(Fig. 3a))。13C4-8:2 diPAP回収率は,試料量50,100 mLでは125%を超過したが,試料量10,25 mLでは96%及び109%であった。また,13C3-HFPO-DA回収率は全て70%以下であった。一方,汚染度の進んだ寝屋川では,試料量10,25 mLの13C3-Perfluoro-n-butanesulfonic acid(13C3-PFBS), 13C4-PFBA, 13C5-PFPeA及び13C5-PFHxA回収率は約80%と良好であったのに対し,試料量 50,100 mLでは約60%に低下した(Fig. 3b))。13C3-HFPO-DA回収率は全て70%以下であったが,試料量50,100 mLでは43%,37%と更に回収率が低下した。このように,試料量の増加に伴い一部PFASにおいてサロゲート回収率の低下が見られ,汚染度の高い試料の方がその傾向が顕著であった。

The sample descriptions are as follows: a)Yodo River(good water quality) and b)Neya River(advanced water pollution). Sample amounts of 10, 25, 50, and 100 mL correspond to concentration rates of 10, 25, 50, and 100, respectively.
淀川について試料量 100 mLの最終液を2,4,及び10倍に希釈して分析した結果をFig. 4a)に示す。最終液の2倍以上の希釈により,13C4-PFBA,13C5-PFPeA及び13C5-PFHxA回収率は約80%に改善した。また,最終液の無希釈試料の13C4-8:2 diPAP回収率は125%を超過したが,最終液の希釈に伴い回収率は低下し,10倍希釈の回収率は80%であった。13C3-HFPO-DA回収率は,最終液の無希釈及び2,4倍希釈では70%以下であったが,10倍希釈では76%であった。

The sample descriptions are as follows: a)Yodo River(good water quality) and b)Neya River(advanced water pollution). Sample amounts of 100 mL were used for the PFAS analyses.
次に,寝屋川について同様の結果をFig. 4b)に示す。試料量 100 mLでは4倍以上の希釈において13C3-PFBS,13C4-PFBA,13C5-PFPeA及び13C5-PFHxA回収率はいずれも80%以上に改善した。また,無希釈において回収率が70%以上であった13C3-PFHxS,13C8-PFOS,13C4-Perfluoro-n-heptanoic acid(13C4-PFHpA)から13C2-Perfluoro-n-hexadecanoic acid(13C2-PFHxDA)までの8種のPFCAsついても回収率が10~21%改善した。13C3-HFPO-DA回収率は,最終液の無希釈及び2倍希釈では約40%であったが,4倍及び10倍希釈では約70%に改善した。
汚染度の異なる2試料を用いて検討を行ったが,いずれも最終液の希釈に伴いサロゲート回収率は改善した。試料量 100 mLの固相抽出時にサロゲートを損失していたとすると,最終液を希釈してもサロゲート回収率は改善しないはずである。したがって,一部PFASにおけるサロゲート回収率低下要因は固相抽出時の損失ではなく,LC-MS/MS分析時のイオンサプレッションが主な原因であると考えられた。
寝屋川について,濃縮倍率と13C4-PFBA,13C5-PFPeA,13C5-PFHxA及び13C3-HFPO-DA回収率との関係をFig. 5 に示す。濃縮倍率は以下の式から算出した。
濃縮倍率=試料量(mL)/(最終検液量(mL)×最終液希釈率)

13C4-PFBA,13C5-PFPeA,13C5-PFHxA及び13C3-HFPO-DA回収率について,濃縮倍率が高くなると,すなわち最終液中のマトリックス量が多くなるとサロゲート回収率は低くなることが確認された。このことからも,サロゲート回収率低下要因はLC-MS/MS分析時のイオンサプレッションが主な原因であると考えられた。
淀川及び寝屋川(試料量 100 mL)の最終液を10倍希釈した場合のサロゲート回収率は70~92%及び75~104%であり,イオンサプレッションの影響を低減するとISO及びJISのクライテリアを満たす回収率であることが確認された。
3.1.4 最終液の希釈によるPFAS濃度の比較淀川において主に検出されたPFBAからPerfluoro-n-decanoic acid(PFDA)までの7種のPFCAsについて,試料量 100 mLの最終液を2~10倍に希釈した場合のPFCAs濃度をFig. 6 に示す。最終液を希釈した場合,PFCAs定量値はほぼ同じ値を示した。また,この場合の試料量 100 mL(最終液は無希釈)の13C4-PFBA回収率は約60%であり,LC-MS/MS分析時にイオンサプレッションが見られたが,サロゲート回収率が約80%に改善した最終液2倍以上の希釈試料と比べ,PFBAの定量値はほぼ同程度の値を示した。これより,イオンサプレッションによりサロゲート回収率が低下した場合も,PFAS定量値に影響のないことが確認された。ただし,測定対象PFASは各成分によりピーク強度が異なり,例えば8:2 diPAPは他PFASと比べてピーク強度が小さい。このような物質は最終液の希釈により,ターゲット物質の定量イオンのピーク強度が小さくなり,定量精度の低下が懸念されるため注意が必要である。

Sample amounts of 100 mL were used for the PFAS analyses.
固相ブランク及び超純水ブランクにおいて,測定対象のPFASは全て不検出であった(<0.2 ng L-1 或いは<0.5 ng L-1)(n=2)。超純水への添加回収試験では,測定対象PFASの回収率は88~122%,平均値102%(n=5)であり,全てのPFASが回収率70~125%の許容範囲内であった(Fig. 7a))。河川水を用いた添加回収試験においては,無添加試料から測定対象30PFAS中11種のPFASが検出され,その濃度範囲は 0.61~11.5 ng L-1(n=5)であった。河川水にはPFAS混合標準溶液を試料換算濃度で各 1 ng L-1 相当となるよう添加したため,河川水から 12 ng L-1 検出されたPFOAについては検討から除外した。PFOAを除くPFASについて,標準溶液をスパイクした試料濃度から無添加試料濃度を減算し,正味のPFAS添加分について回収率を算出した(Fig. 7b))。PFOAを除く測定対象PFASの回収率は66~141%,平均値107%(n=5)であった。回収率が70~125%の範囲外であったPFASはPerfluoro-n-heptanesulfonic acid(PFHpS),N-MeFOSA,PFHpA,Perfluoro-n-undecanoic acid(PFUnDA),8:2 FTUCAの5種であり,各回収率は129%,129%,66%,129%,141%であった。このうち,PFHpAについて無添加試料の平均値は 3.8 ng L-1,検出範囲は 3.6~4.3 ng L-1(標準偏差 0.29 ng L-1,変動係数7.5%,n=5)であり,無添加試料の標準偏差は添加設定濃度(1 ng L-1 相当)の約30%に相当した。このように,添加設定濃度に対して約4倍濃度が無添加試料に元々含まれていたことが許容範囲を外れた原因であると考えられた。その他のPFASの高回収率の原因は不明であるが,PFHpS,N-MeFOSA,PFUnDA,8:2 FTUCAの超純水を用いたPFAS回収率は各111%,109%,109%,98%と良好な値であり,河川水中のマトリックスによりイオンエンハンスメントが生じた可能性が考えられた。また,これら4種は無添加試料からは不検出(<0.2 ng L-1 或いは<0.5 ng L-1)であり,定量値が 1 ng L-1 であった場合に回収率が100%となる設定で添加回収試験を実施したが,ISO 21675発行時のinter-laboratory trialにおけるPFHpS,N-MeFOSA,PFUnDA,8:2 FTUCAの河川水設定濃度は各9.50,4.00,10.00,20.00 ng L-1 18)と,今回の設定濃度に対して4~20倍濃度が設定されており,本研究の添加設定濃度が河川水に対して低濃度であったことも要因の一つであると考えられた。しかし,河川水においても30種中25種のPFASは許容範囲内の回収率が得られており,分析精度が確認された。

The sample descriptions are as follows: a)spiked ultrapure water recovery and b)spiked river recovery(excluding PFOA). The error bars indicate the standard deviation. The word “n.a.” indicates samples that were not analyzed.
超純水への添加回収試験のサロゲート回収率は,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAは各49%,45%と低値であったが,上記を除くと79~90%を示し,良好な値であった。河川水への添加回収試験のサロゲート回収率は,d3-N-MeFOSA及びd3-N-EtFOSAを除くと67~122%であり,13C4-PFBA,13C3-HFPO-DA回収率がいずれも67%と許容範囲外であった。しかし,最終液の2倍希釈により13C4-PFBA,13C3-HFPO-DA回収率は各79%及び85%と許容範囲内に改善し,これらの低回収率の要因はLC-MS/MS分析時のイオンサプレッションであることが確認された。
3.3 大阪市内河川におけるPFAS調査結果 3.3.1 検出されたPFAS類濃度とその割合大阪市内河川におけるPFAS調査結果をFig. 8,PFAS毎の検出濃度範囲をFig. 9 に示す。本調査のサロゲート回収率は,最終液の希釈により一部を除き70~125%の範囲内であった。上記範囲外は13C2-6:2 Fluorotelomer sulfonic acid(13C2-6:2 FTSA)が3検体,13C3-HFPO-DAが1検体見られたが,各129~133%及び67%であり,70~125%の範囲から大きく逸脱するものではなかった。

The sample descriptions are as follows: a)concentrations of PFAS and b)relative abundance of PFAS. The sampling sites are classified by basin as follows: sites 1 and 2, Kanzaki River Basin; sites 3-9, Neya and Hirano River basins; sites 10-12, Okawa River Basin; sites 13 and 14, Dotonbori Canal; and sites 15-20, the brackish area. N-MeFOSA, N-EtFOSA, N-MeFOSAA, 6:2 PFESA, PFTrDA, PFTeDA, PFHxDA, PFOcDA, 8:2 diPAP, and DONA were not detected at any of the sampling sites.

N-MeFOSA, N-EtFOSA, N-MeFOSAA, 6:2 PFESA, PFTrDA, PFTeDA, PFHxDA, PFOcDA, 8:2 diPAP, and DONA were not detected at any of the sampling sites. Boxes represent the 25th, 50th, and 75th percentiles, and whiskers represent the minimum and maximum values.
今回調査対象としたPFAS30種のうち,大阪市内河川から20種のPFASが検出された。PFSAs(Cn=4,6,7,8,10)は,調査した全てのPFSAsが検出され,そのPFSAs濃度及び測定した30種類のPFAS合算値(以後,ΣPFAS30)に対する割合は 3.0~31 ng L-1,0.1~22%であった。主に検出されたPFSAsはPFOS,PFBS,Perfluoro-n-decanesulfonic acid(PFDS),PFHxSであり,その中央値は各2.6,2.3,1.9,1.2 ng L-1 であった。PFCAs(Cn=4~14,16,18)は,13種中C4~C12の9種が検出され,C13以上の長鎖PFCAsは検出下限値未満であった。そのPFCAs濃度及びΣPFAS30に対する割合は 21~11,000 ng L-1,51~99.6%であり,調査対象のなかで最も主要な成分であった。主に検出されたPFCAsはPFHxA,PFOA,Perfluoro-n-nonanoic acid(PFNA),PFBAであり,その中央値は各28.0,15.1,12.4,11.3 ng L-1 であった。ペルフルオロオクタンスルホンアミド類(FOSAs; FOSA, N-MeFOSA, N-EtFOSA)及びペルフルオロオクタンスルホンアミド酢酸類(FOSAAs; N-MeFOSAA, N-ethyl-perfluorooctanesulfonamideacetic acid(N-EtFOSAA))はPFSAs前駆物質と想定される20,21,22)が,5種中FOSA,N-EtFOSAAが検出され,そのFOSAs濃度及びΣPFAS30に対する割合は<0.2~0.7 ng L-1,0~0.6%と1%未満であった。フルオロテロマースルホン酸類(FTSAs; 6:2 FTSA, 8:2 Fluorotelomer sulfonic acid(8:2 FTSA))は,PFOSの代替品として使用されるフッ素系界面活性剤4,23)であり,調査した2種とも検出されたが,8:2 FTSAの検出最高濃度は 0.3 ng L-1であり,そのほとんどが6:2 FTSAであった。FTSAs濃度は<0.2~72 ng L-1,ΣPFAS30に対する割合は0~35%であり,特に寝屋川及び平野川水系(同2.6~35%)がそれ以外の水系(同0~4.6%)と比べて高い割合を示した。フルオロテロマー不飽和カルボン酸類(FTUCAs; 8:2 FTUCA)は光分解によりC4~C10のPFCAsの生成が報告されている24)が,河川水中から<0.5~1.2 ng L-1 検出され,そのΣPFAS30に対する割合は0~0.9%と1%未満であった。上記以外のPFAS類(6:2 PFESA, 8:2 diPAP, HFPO-DA, DONA)はHFPO-DAのみが検出され,その濃度は 0.5~43 ng L-1,そのΣPFAS30に対する割合は0.4~5.5%であり,全調査地点から検出された。HFPO-DAはドイツのライン川下流から 86 ng L-1 25),中国のXiaoqing川から 3,060 ng L-1 25)検出されており,本研究での検出濃度はドイツ河川と同程度,中国河川と比べて低値であった。HFPO-DAの水中半減期は6か月以上との報告があり26),北海の海岸線沿いでは全検体から検出されている25)。大阪市内河川における今後のHFPO-DAの検出状況について,注視が必要である。
3.3.2 水系別のΣPFAS30濃度今回調査したΣPFAS30濃度範囲は 24~11,000 ng L-1 であり,水系別では神崎川水系(地点1,2;650~11,000 ng L-1),寝屋川及び平野川水系(地点3~9;120~210 ng L-1),道頓堀川水系(地点13,14;83~160 ng L-1),汽水域(地点15~20;60~100 ng L-1),大川水系(地点10~12;24~71 ng L-1)の順にΣPFAS30濃度が高い結果であった。特に,地点2においてはΣPFAS30濃度が 11,000 ng L-1 であり,その98%はPFHxA(10,800 ng L-1)が占めていた。神崎川におけるPFHxA濃度は,既報において 13,000 ng L-1 27),5,590~20,700 ng L-1 28),2,300~16,000 ng L-1 29)(神崎川最下流で分流する左門殿川調査結果),26.2~35,700 ng L-1 30)(神崎川上流の安威川調査結果)と報告されており,本研究の調査結果は既報の範囲内であった。高濃度のPFHxAの要因として,上流にフッ素樹脂メーカー事業場が位置しており,この事業場排水を受け入れる下水処理場放流水からの負荷が指摘されている27,29)。仲田ら28)は,排出源と想定される下水処理場放流水の有機フッ素負荷量に占めるPFHxAの割合を97.3%と報告しており,測定対象とするPFAS(仲田ら28)は12種のPFCAs及び3種のPFSAsを調査)は若干異なるものの,本研究の地点2におけるPFHxA割合と同様であった。上堀ら27)は2008~2009年,Takemineら29)は2010~2012年,仲田ら28)は2016年,Shiwakuら30)は2003~2015年に調査したが,2022年調査の本研究においてもPFHxAは既報同様の値を示しており,神崎川へのPFHxAの負荷は続いていると考えられた。
寝屋川及び平野川水系は,下水処理場放流水の流入がある都市河川16,17)であり,神崎川水系の次にΣPFAS30濃度が高かった。なかでも,前述のように他水域と比べてFTSAsの割合が高かったが,ドイツでは電気メッキ排水中にフッ素系界面活性剤として6:2 FTSAの含有が報告されている31)。また,スウェーデンでは下水処理場放流水において6:2 FTSAが中央値 110 ng L-1 の濃度で報告されており,特定の下水道ポンプ場の6:2 FTSAの想定排出源として,近傍の消防士訓練施設が挙げられている13)。寝屋川及び平野川水系のFTSAs排出源は不明であるが,想定される排出源として下水処理場放流水が示唆された。なお,寝屋川及び平野川水系を放流先とする大阪市下水処理場(今福下水処理場,中浜下水処理場,平野下水処理場及び放出下水処理場)について,当該処理場に流入する事業場の業種(下水道法及び大阪市下水道条例に基づく届出事業場の情報,2024年2月現在)は主に製造業(47%),生活関連サービス業,娯楽業(24%)であり,その主たる内訳はそれぞれ金属被覆・彫刻業,熱処理業(ほうろう鉄器を除く)(製造業の39%)と洗濯業(生活関連サービス業,娯楽業の95%)であった。また,PRTR制度では下水道を含む対象事業者について「ふっ化水素及びその水溶性塩」の公共用水域への排出・移動量が集計されている。それによると,寝屋川及び平野川水系を放流先とする大阪市下水処理場(上記の4処理場)及び大阪府流域下水道(4処理場)について,2021年度における「ふっ化水素及びその水溶性塩」の公共用水域への排出・移動量総計は各25.5トン及び16.5トンであった。
また,寝屋川及び平野川水系以外で6:2 FTSAがΣPFAS30の1%以上で検出された地点として地点11~14,18,20が挙げられるが,地点11,12は大川に寝屋川及び平野川水系の河川水が合流した後の地点である。地点13,14は道頓堀川水系であるが,道頓堀川は地点12近傍の土佐堀川(大川水系)から導水しており,水門操作により寝屋川の汚濁水が流入しないように水流が制御されている32)。しかし,寝屋川及び平野川水系の河川水も一部は流入していると考えられ,これらの影響を受けると考えられた。また,地点18,20はいずれも大阪市下水処理場放流口の近傍地点であり,これら6:2 FTSAが検出された地点はいずれも下水処理場放流水の影響を受ける地点であった。
道頓堀川水系は,寝屋川及び平野川水系と同程度のΣPFAS30濃度であった。大川水系は,淀川から分岐して大阪市内を流れる河川であり,大阪市内河川のなかでは最も低いΣPFAS30濃度であった。
3.3.3 大阪市内河川における2007年調査とのPFOS及びPFOA濃度の比較大阪市では,2007年に大阪市内河川を対象にPFOS及びPFOA調査を実施している33)。本調査と共通する12地点を抜粋し,PFOS及びPFOAデータを比較した(Fig. 10)。PFOSは2007年が 12~90 ng L-1 に対して2022年が 1.3~16 ng L-1,PFOAは2007年が 61~530 ng L-1 に対して2022年が 7.0~49 ng L-1 であり,いずれも平均値で各10分の1及び7分の1に減少していた。なお,大阪市域における大気中フッ素テロマーアルコール(FTOHs)調査では,2011年及び2017年調査結果を比較すると,2017年にはC8 より炭素数の多いPFOA類縁物質である8:2 Fluorotelomer alcohol(8:2 FTOH)及び10:2 FTOHの大気への放出の減少が示唆される一方,その代替物質と考えられる6:2 FTOHの著しい増加が報告されている34)。大阪市内河川における両調査の間,すなわち2007年から2022年の間には,前述のように2010年にPFOS,2021年にPFOAの化審法による規制が定められている。また,2006年には主要なフッ素化学メーカー8社が米国環境保護庁主導のPFOA自主削減プログラム(2010/2015 PFOA Stewardship Program)に参画し,2015年までにPFOA及び関連物質の生産及び排出の全廃が目指されている35)。大阪市域大気FTOHs結果にもあるように,これらの取り組みが河川水中PFOS及びPFOA濃度低下の一因であると考えられた。

2020年に追加されたPFOS及びPFOAの水質汚濁に係る人の健康の保護に関する要監視項目の指針値(暫定),すなわち公共用水域におけるPFOS及びPFOAの合計値として 0.00005 mg L-1 以下を2007年及び2022年調査結果に当てはめると,2007年調査では全12地点において指針値を超過していたのに対し,2022年調査では1地点のみ指針値を超過した。
3.3.4 既報PFAS調査結果との比較本研究のPFAS調査結果と既報におけるPFAS調査結果の比較をTable 4 に示す。本研究のΣPFAS30濃度範囲は兵庫県河川29)及び安威川・神崎川流域28)と同程度であったが,両研究とも本研究の地点2近傍で調査しているため同様の濃度レベルであったと考えられる。地点2を除いた本研究のΣPFAS30濃度範囲は 24~650 ng L-1 であり,これらは琵琶湖28)や滋賀県河川28),多摩川36)より高く,淀川流域28)と同程度であった。また,海外と比較するとタイのChao Phraya川及びダム37),フィリピンのLaguna湖37),ドイツのElbe川25),ドイツ及びオランダのRhine川下流域25)と比べて高く,アメリカの河川38)及び中国のXiaoqing川25)と比べて低かった。
本研究は,(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20211G02)により実施した。