Journal of Environmental Chemistry
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Fipronil and its Degradates in a Small-Scale Municipal Wastewater Treatment Plant
Riku YAMANAKAKunishige IKEDAJun YOSHINAGAYoshikatsu TAKAZAWAYasuyuki SHIBATA
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2025 Volume 35 Pages 1-7

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要約

ある小規模下水処理場をめぐる殺虫剤フィプロニルの挙動について調査した。処理場流入水及び処理後の放流水を月1回1年間採取し,併せて処理水放流先の小河川の河川水を,処理場の上流側・下流側から採取した。これらの水試料中のフィプロニルおよび分解物のフィプロニルスルホン,フィプロニルスルフィド,フィプロニルデスルフィニルの4種(あわせてフィプロニル類という)の濃度をLC-MS/MSで定量した。下水処理場流入水および放流水全試料でフィプロニルが検出された(中央値 1.8 ng/Lおよび 2.1 ng/L)が分解物の検出頻度は低かった。流入水と放流水中フィプロニル類の濃度間に統計学的な差はなく,下水処理によるフィプロニル類の除去は効果的ではないことが示唆された。一方,下水処理水の放流先の小河川中でも,フィプロニルの検出頻度は高かったが,下水試料よりも低濃度であり(上流・下流側中央値 0.22 ng/Lおよび 0.41 ng/L),分解物の検出頻度・検出濃度とも下水試料より高く,フィプロニル類の組成は下水試料とは異なった。下水処理場上流・下流のフィプロニル類濃度に有意差はなく,当該河川水中フィプロニル類濃度に下水処理場の影響は見出されなかった。

Summary

Concentrations of fipronil and its degradates (fipronil sulfone, fipronil sulfide, and fipronil deslfinyl: collectively “fipronils” hereafter) were measured with a liquid chromatography-tandem mass spectrometry in influent and effluent samples of a small-scale municipal wastewater treatment plant (WWTP) in Japan, which were monthly sampled for a year, and stream water samples to which the WWTP effluent is discharged. Stream water was sampled from upstream and downstream points of the WWTP. Fipronil was detectable in all the WWTP samples with the median being 1.8 and 2.3 ng/L for influent and effluent, respectively, while the degradates were less frequently detectable (detection frequency: 0-33%). Detection of intact fipronil in influent indicated the use of fipronil insecticide in household. There was no statistical difference between fipronils concentrations in influent and effluent samples indicating that removal of fipronils was inefficient during the treatment process. Fipronil was frequently detectable in stream waters but with lower median concentration by one order of magnitude (0.22 and 0.41 ng/L for upstream and downstream) than WWTP samples. Detection of degradates was more frequent in stream water (25-80%) than in WWTP samples indicating occurrence of degradation products of agriculture-derived fipronil in the environment. There was no statistical difference between fipronils concentrations in upstream samples and those in downstream samples indicating that the discharge of this particular WWTP does not influence stream fipronils concentrations.

1. はじめに

フィプロニルはフェニルピラゾール系の浸透性殺虫剤で,世界的にも広く使用されてきた1。わが国では1996年に初回農薬登録されて以降,イネ,野菜,花卉類などの害虫駆除に使用されてきた。フィプロニルは昆虫のGABA受容体およびグルタミン酸開閉型塩化物イオンチャンネルのアンタゴニストとして塩素イオンチャンネル制御を阻害することにより神経興奮抑制を阻害して,殺虫効果を表す1,2。有機リン系やピレスロイド系殺虫剤に抵抗性を示す農業害虫が現れる中,新しい殺虫剤であるフィプロニル等フェニルピラゾール系殺虫剤の重要性が認識され,広く使われるようになった。しかし昨今,ターゲットとしない生物への影響が懸念されるようになり3,4,5,6,一部の国では用途の制限など規制が行われるようになっている。

こうした懸念とともに,フィプロニルの環境中の存在量に関する調査,報告が行われるようになっている。環境水に関する調査結果は,多くの国でフィプロニルおよびそれらの分解物が高頻度に検出されることを報告している7,8,9。わが国でも同様に,フィプロニル類が多くの河川において,高い頻度で検出されている10,11,12,13,14,15,16。こうした環境水中のフィプロニルの汚染源として,農地での使用のほか,下水処理場からの排出の寄与が大きい場合があることが指摘されている17

下水処理場からの放流水に含まれる殺虫剤の起源としては,一般家庭や事業所で衛生害虫の駆除に使用および排出されたもの,および殺虫剤が残留する農作物の洗浄,あるいはそうした農作物を人が摂取したのちに排泄されたもの等が考えられる。欧米では,ペットのノミ・ダニ駆除用スポットオン式の動物用医薬品が下水処理場へのフィプロニル負荷の原因となっていることが報告されている9,17

本研究では,国内のある小規模下水処理場への流入水と処理場からの放流水,さらには放流先の小河川水中に含まれるフィプロニルおよびその分解物であるフィプロニルスルホン,フィプロニルスルフィド,フィプロニルデスルフィニル(以上の4物質をまとめて以下フィプロニル類とする)について,家庭からの排出,処理場における分解,河川水中存在量への寄与などの観点から解析した。

2. 方法

2.1 試料採取

2019年8月~2020年7月に群馬県内のある下水処理場への流入水及び当該処理場で処理(塩素消毒を含む)後,近隣の小河川へ放流される水(以下放流水)を毎月1回採取した。この下水処理場では嫌気好気法を採用した標準活性汚泥法による処理を行っており,処理下水量及び放流量はそれぞれ平均 1,200 m3/日で,下水集水域の人口規模は約4,800人である。一般家庭のほか,食品工場などの事業所からの下水の受け入れもあるが,雨水などの表流水は受け入れていない。

下水処理水放流先の小河川の試料は,当該下水処理場の処理水放流口よりも上流および下流それぞれ約 100 mの地点で,2019年11月から下水試料採取の前後30分以内に採取した。なお2019年11月は下水試料採取時とそれ以外にも1回,上記の地点で河川水のみ採取した。また,下流側試料のフィプロニル類濃度と比較して大きな差が確認できなかったので,2020年5月以降は上流側試料のサンプリングは行わなかった。したがって上流側試料は2019年11月から2020年4月までおよび2019年11月の追加1回分で計7試料を採取した。下流側は2019年11月から2020年7月までと2019年11月の追加1回分で計10試料採取した。

事前に精製水とメタノールで洗浄した 2 Lのポリプロピレン製ボトルを用い,下水処理場流入水試料の採取には貯水槽からステンレス製ひしゃくで採水した。放流水試料は放流配管途中の採水口からボトルに直接採水した。河川水はロープをつけたプラスチック製のバケツで掬い取り,ボトルに取った。すべての水試料は採水後直ちに氷冷しながら実験室に持ち帰り,採水から60分以内に,下水および河川水試料を 0.45 μmのメンブレンフィルターでろ過し,ろ液を 10 mLのガラス製遠沈管に入れ,測定まで-20°Cで冷凍保存した。

2019年12月の下水および河川水試料中の粒子状物質に吸着した粒子態のフィプロニル類濃度を後述のとおり測定した。

2.2 試薬

フィプロニルは林純薬工業株式会社(大阪市,日本)から,フィプロニルスルフォン,フィプロニルスルフィド,フィプロニルデスルフィニルは富士フィルム和光純薬株式会社(大阪市,日本)から,[13C4, 15N2]フィプロニル,[13C4, 15N2]フィプロニルスルフィド,[13C4, 15N2]フィプロニルスルホン,および[13C4, 15N2]フィプロニルデスルフィニルは,Cambridge Isotope Laboratories (アンドーバー,米国) から購入した。メタノール,アセトン,アセトニトリルは,高速液体クロマトグラフ用試薬を関東化学株式会社(東京,日本)から購入して使用した。

2.3 測定

下水および河川水試料 1,485 μLにサロゲート混合液(各物質 0.4 μg/L)を 15 μL添加後,シリンジフィルター(Minisart Syringe Filter 0.45μm, Sartorius, Germany)でろ過し,直ちにフィプロニル類濃度を大容量注入―オンライン濃縮―液体クロマトグラフートリプル四重極質量分析計(LC-MS/MS)(MIDAS/Prospekt II(Spark Holland)+1200シリーズLC(Agilent)+4000 Q TRAP® (AB-Sciex))18で測定した。LC-MS/MSの測定条件をTable 1 に,測定した各物質のm/zをTable 2 に示す。

Table 1 LC-MS/MS conditions

Declustering potential. DP was common for quantifier, qualifier, and IS for each of fipronils.

**Collision energy. CEs for quantifier/qualifier/internal standard are shown.

Table 2 Ions monitored for fipronils determination

水試料中の粒子状物質に吸着して存在する粒子態のフィプロニル類濃度測定のために,約 200 mLの水試料をろ過したろ紙を,ただちにソックスレー抽出器に入れ,サロゲートを添加後,アセトンで3時間ソックスレー抽出した。アセトンはロータリーエバポレータで乾固し,フラスコ内を精製水:メタノール(9:1)400 μLで洗浄後,精製水で10倍希釈して,上記と同様にフィプロニル類の測定を行った。

フィプロニルとフィプロニルスルホンの検出下限値(MDL, S/N=3に基づき算出)は 0.1 ng/L,フィプロニルスルフィド,フィプロニルデスルフィニルは 0.2 ng/Lであった(Table 2)。検量線はフィプロニル類各物質とも 0.04~10 ng/Lの範囲で作成した。検量線の相関係数は>0.998であった。下水試料および河川水試料に添加したフィプロニル類のサロゲート回収率は78~101%であった。

2.4 統計解析

下水処理場流入水と放流水中殺虫剤および分解物について,ウィルコクソンの符号付順位検定を用いて,流入水と放流水中濃度の比較をした。河川水上流及び下流の水中濃度について,同様にウィルコクソンの符号付順位検定を用いて,上流濃度と下流濃度の比較をした。統計解析にはIBM SPSS Statistics version 27 (日本IBM株式会社,東京) を使用した。

3. 結果

3.1 下水試料および河川水試料中フィプロニル類濃度レベルと時系列変化

Fig. 1 に下水試料,Fig. 2 に河川水試料中フィプロニル類濃度の時系列プロットを,Table 3 にそれぞれの記述統計をまとめて示した。

Fig. 1 Concentrations of fipronil, fipronil sulfone, fipronil sulfide and fipronil deslfinyl in monthly sampled influent (upper) and effluent (lower) waters from a municipal wastewater treatment plant

Fig. 2 Concentrations of fipronil, fipronil sulfone, fipronil sulfide and fipronil deslfinyl in stream water sampled from ca. 100 m upstream (upper) and approx. 100 m downstream (lower) of the wastewater treatment plant

Table 3 Concentrations of fipronils in municipal wastewater treatment plant waters (WWTP) and stream waters (ng/L)

フィプロニルはすべての下水試料(流入水と放流水)で検出されたが,分解物はほとんど検出されなかった。フィプロニル濃度の中央値は河川水の5~10倍高値であった(Table 3)。下水試料におけるフィプロニル濃度は2019年12月,2020年2月の試料で高値を示した以外はほぼ類似した値を示していた(Fig. 1)。流入水中フィプロニルスルホンとフィプロニルスルフィドも,ほぼこの2019年12月,2020年2月の2か月の試料でのみ検出されている。

河川水試料(上流と下流)でもフィプロニルはほぼすべての試料で検出されたが,フィプロニルの分解物の検出率と濃度レベルは下水試料に比較して高いという特徴があった。特に2019年12月のフィプロニルスルフィド及びフィプロニルスルホン濃度の高値は顕著であった(Fig. 2)。また,下流側試料において,フィプロニル濃度が2020年4月から上昇をはじめ,やや遅れて分解物濃度が上昇を始めるという時系列変動がみられた(Fig. 2)。なお上流側のサンプリングは4月で打ち切ったため,この傾向が上流側でもみられたかどうかは明らかではない。

3.2 粒子態フィプロニル類

2019年12月にサンプリングした下水試料および河川水試料からろ過して得た粒子状物質に含まれるフィプロニル類を定量した結果,下水処理場流入水でのみフィプロニルとフィプロニルスルホンが検出され,それ以外の分解物は検出されなかった。また,下水処理場流入水以外の水試料中には粒子態のものは検出されなかった(検出下限:水中濃度としてフィプロニル・フィプロニルスルホンは 0.002 ng/L,それ以外は 0.004 ng/L)。下水処理場流入水中の粒子状物質に吸着したフィプロニルは,溶存態+粒子態濃度の4.1%(0.49 ng/L相当),フィプロニルスルホンは15.6%(0.29 ng/L相当)であった。

3.3 下水処理場流入水と放流水中フィプロニル類の比較および河川水上流側と下流側のフィプロニル類濃度の比較

下水処理場流入水と放流水のフィプロニル類濃度の月ごとの差をウィルコクソンの符号付順位検定をした結果,有意差はみられなかった。河川水中フィプロニル類濃度について同様に月ごとに比較した結果も,上流側と下流側の濃度に有意差はなかった。

Fig. 3 に下水処理場放流水と河川水のフィプロニル類濃度の比較を図示した。このグラフでは,上流側河川水の採取が2019年11月~2020年4月までであったことに合わせて,下水処理場放流水,下流側河川水ともこの6か月分の中央値を示している。フィプロニル濃度中央値は放流水(2.9 ng/L)が河川水(0.17, 0.33 ng/L)よりも高かった。

Fig. 3 Comparison of the median concentrations of fipronil, fipronil sulfone, fipronil sulfide and fipronil deslfinyl in the effluent from municipal wastewater treatment plant (WWTP), upstream stream water and downstream stream water sampled during November 2019-April 2020 (n=6 each)

4. 考察

4.1 下水処理場の水試料中フィプロニル類濃度

わが国においては,下水処理場水,特に処理場への流入水中フィプロニル類濃度に関して公表されたデータはない。今回測定した下水試料では,フィプロニルが主であり分解物はほとんど検出されなかった(Fig. 1Table 3)。河川水では分解物の存在量が多かったことと比較すると,この点は特徴的であった。河川水に分解物がフィプロニルと同等あるいはそれ以上の濃度レベルで存在することは国内で報告されたデータにも表れている11,12,15,16。河川水中のフィプロニル類は,農地あるいは作物に使用されたフィプロニルが,環境中にある程度の期間残留し,徐々に分解されてから河川水に流入しているのに対し,下水では各家庭からの排出後,暗渠を通って短時間のうちに処理場に届くために,光等によって分解することなくフィプロニルのまま運ばれてくると考えられる。

ただし,下水試料でフィプロニルの分解物がほとんど検出されなかった原因の一つとして,本研究では測定前にろ過をして溶存態のフィプロニル類のみを定量しているのに対し,フィプロニルスルホン等は水中の粒子状物質に吸着して存在している19ことと関連がある可能性が挙げられる。特に流入水には各種の固体が懸濁していることは目視からも明らかであった。しかし,2019年12月の下水及び河川水試料をろ過して得た粒子状物質中に存在するフィプロニル類を定量した結果では,Sadaria et al.19の知見とは異なり,フィプロニルスルホンが15%程度,水中濃度にして 0.29 ng/L程度のごく少量が粒子態で存在したに過ぎない。このことから,本研究で下水試料にフィプロニルの分解物がほとんど検出されないことと,溶存態のフィプロニル類のみを測定したこととは,関係がないと考えることができ,当該下水処理場流入水には溶存態および粒子態共にフィプロニル分解物はほとんど存在していなかったと考えることができる。

当該下水処理場への流入水は,家庭や事業所などからの排水のみで,集水地域の表流水は受け入れていない(別系統で近隣の調整池に運ばれる)ため,流入水に含まれるフィプロニル類はほぼ家庭や事業所から排出されたものと考えられる。一般に家庭や事業所から排出される殺虫剤は,①室内・施設内で衛生害虫駆除に使用されたもの,②殺虫剤を使用する作業をした人の衣服や体に付着していたものが洗い流されたもの,③食品に残留していたものが洗い流されたもの,④食品等に残留していたものを摂取した人体から排泄されたもの,などが考えられる。哺乳動物がフィプロニルを摂取すると速やかにフィプロニルスルホンに代謝され20,職業的なばく露のないヒトから未代謝のフィプロニルが排泄されることはほとんどない21。したがって下水処理場流入水に検出されたフィプロニルは,上記の④以外が起源と考えられる。②や③による下水への排出も可能性としては否定できないものの,それらが量的に今回流入水に検出された濃度レベルを説明できるものかは不明である。欧米で注目されている家庭内のフィプロニルの用途はペットのスポットオン式あるいはスプレー式ノミ・ダニ駆除用薬剤である。Teerlink et al.22の見積もりによると,こうした薬剤を使用した犬を風呂場で洗った場合,1頭あたり 3.6~230.6 mgのフィプロニル類が排水に混入するという。わが国でも欧米と同様にペットのノミ・ダニ駆除用スポットオン式動物用医薬品としてフィプロニル含有薬が使用されている。Teerlink et al. の排出見積もりの最小量 3.6 mg/頭を,当該処理場の平均的な処理水量 1,200 m3/日で割ると,流入水中フィプロニル濃度は 3 ng/Lと計算される。これは本研究で定量した中央値とほぼ同じ(1.8 ng/L)であり,たとえば当該下水集水域で,こうした薬剤を使用した犬1頭を洗っただけで下水処理場流入水中フィプロニル濃度に達することになる。この概算は,家庭内でのペット用ノミダニ駆除薬が下水処理場流入水中フィプロニル濃度の少なくとも一部を説明しうる可能性を示していると考える。

4.2 下水処理場におけるフィプロニル類の挙動

同じ月にサンプリングした流入水中フィプロニル類濃度と処理後の放流水中濃度の比較の結果,統計学的有意差は見出されなかった。Supowit et al.23は,下水処理場でのフィプロニル類のマスバランスを調査し,流入水と処理水の間には統計学的に有意な減少がなかったことを報告している。ただしその内訳は,フィプロニルが25%程度減少し,その分フィプロニルスルホンの存在量が増加していたことを報告している。Sadaria et al.19は,カリフォルニアの下水処理施設への流入水と処理水中フィプロニル類を調べ,流入水中のフィプロニル類の65%が処理水に残存しており,除去されたフィプロニル類はほとんどが沈殿除去されたフィプロニルスルホン等の分解物であることを報告している。本研究で対象とした下水処理場の流入水に主に含まれていた溶存態のフィプロニルの一部は,処理過程でフィプロニルスルホンに変換し,沈殿除去されていたかもしれない。本研究の試料採取のデザインは,流入水と放流水をほぼ同時に採取するものであったため,採取した流入水そのものが処理されて採取した放流水となったわけではない。流入水が処理されて放流水となるまでに36時間ほどかかる。こうした時間的ずれによって,処理過程で起こったかもしれないフィプロニル類の存在量の比較的小さい変化を統計学的には検出できなかった可能性はある。しかしながら,海外で行われた調査研究19,23,24で一致していることは,下水処理ではフィプロニル類の多くを除去することは不可能であるということであり,本研究で放流水のフィプロニル類濃度が流入水とほぼ同じレベルであったこと(Table 3)もこれらと合致している。

4.3 下水処理場放流水と河川水中フィプロニル類濃度の比較

河川水の上流と下流でフィプロニル類濃度を比較すると,統計学的有意差は見出されなかった。この結果は,当該下水処理場からの放流水に含まれるフィプロニル類によって当該小河川水中濃度が影響を受けないことを示唆している。Fig. 3 に示したように,下水処理場からの放流水中フィプロニル濃度は,河川水中濃度の約10倍であったが,それでも上流の濃度に比べて下流の濃度が高くなっていないことは,当該処理場からの放流水に含まれるフィプロニル類の絶対量が河川水中に存在する絶対量に比べて小さいことを示唆している。このことを確認するためには濃度だけでなく,放流水からの負荷量(絶対量)と上流河川中の存在量との比較を行う必要があるが,今回,当該小河川の流量データが得られていないため,絶対量で比較することができなかった。なお大山ら13は,下水処理場下流河川水のフィプロニル濃度が年間を通じて農業地帯と同等の濃度であったことを報告している。

一方,海外からの報告では,河川水中フィプロニルの起源が下水処理場からの放流水であると特定されている例がある19。下水処理場の規模や処理方法,放流先河川の流量,農業地帯かどうかや季節など,下水処理場からの放流水が河川水中フィプロニル濃度に影響を与えるかどうかはさまざまな要因が関係するので,一般化することは困難であろう。

5. 結論

群馬県内のある小規模下水処理場において月1回,1年間採取した処理場流入水中には,溶存態のフィプロニルが近隣小河川中の5~10倍の濃度で含まれていた一方で,河川水とは異なってフィプロニルの分解物はほとんど含まれていなかった。流入水と処理後の放流水中の濃度比較から,処理過程でフィプロニルが明らかに除去されているとは考えられなかったが,当該処理場からの処理水の放流によって,放流先の小河川のフィプロニル濃度が上昇するという知見は得られなかった。本研究で対象とした下水処理施設は小規模であり,ここでの知見を一般化することは困難であるため,下水処理施設からのフィプロニル類による水生生物への影響を評価するためにも,今後この種の調査を積み重ねることが望まれる。

謝辞

水試料の採取にご協力下さった当該処理場のスタッフ,フィプロニル類の測定を担当下さった国立環境研究所 小林美哉子氏に深謝いたします。

文献
 
© 2025 The Authors.

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