2025 Volume 35 Pages 16-23
2種類のキャピラリーカラム,DB-17msおよびVF-17msについて,PCB全209異性体の溶出順序を明らかにした。さらに,DL-PCBsに干渉するPCDDs成分を確認した。
The elution order of all 209 polychlorinated biphenyls (PCBs) on two capillary columns, DB-17ms and VF-17ms, is presented. In addition, the interference on dioxin-like PCBs by polychlorinated dibenzo-p-dioxins was clarified.
ポリクロロビフェニル(polychlorinated biphenyls, PCBs)は,環境への残留性や生物蓄積性が高く,1973年に制定された「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(昭和48年法律第117号)で特定化学物質に指定され,製造,輸入,使用が禁止されている。PCBsは塩素の数や置換位置によって異なる209の異性体が存在する。そのうちの12の異性体は,ポリクロロジベンゾパラジオキシン(polychlorinated dibenzo-p-dioxins, PCDDs)やポリクロロジベンゾフラン(polychlorinated dibenzofurans, PCDFs)と同様の毒性を有することから,ダイオキシン様PCBs(dioxin-like PCBs, DL-PCBs)と呼ばれ,4~8塩素化PCDDs/DFsとともにダイオキシン類と称されている1,2,3,4,5)。
ダイオキシン類は強毒性・難分解性の環境汚染物質であることから,「ダイオキシン類対策特別措置法」に基づき,特定施設からの排出監視や環境モニタリングが実施されている。ダイオキシン類はキャピラリーカラムを用いたガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)で測定される。ダイオキシン類の測定マニュアル1,2,3,4,5)によると,使用できるキャピラリーカラムの条件として,PCDDsおよびPCDFsの測定では,2,3,7,8-位塩素置換異性体が可能な限り単離でき,すべての化合物について溶出順位が判明しているもの,DL-PCBsの測定では,12種類のDL-PCBsが他のPCB化合物と可能な限り単離でき,4~10塩素化体のPCBs化合物すべての溶出順位が判明しているものとある。
筆者らは,キャピラリーカラムDB-17msおよびVF-17msについて,4~8塩素化PCDDs/DFs全136異性体の溶出順序を報告している6)。本稿では,これら2種のキャピラリーカラムについて,ダイオキシン類分析におけるDL-PCBsの測定を念頭に,PCBs全209異性体の溶出順序を明らかにしたので報告する。これまでに様々なキャピラリーカラムでPCBsの溶出順序が確認されているが7,8,9,10),我々が知る限り,DB-17msおよびVF-17msについて報告例はない。
塩素数の略号は,モノ:Mo,ジ:Di,トリ:Tr,テトラ:Te,ペンタ:Pe,ヘキサ:Hx,ヘプタ:Hp,オクタ:Oc,ノナ:No,デカ:Deとする。PCBsに関しては,異性体名は国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry, IUPAC)が定める番号を用いて「同族体の略号と#番号」で表記する(例えば2,3′,4,4′-TeCB(#77)はTeCB-#77と表す)。PCDDsおよびPCDFsの同族体名と各異性体名の略号は分析マニュアル1,2,3,4,5)に準ずる。
PCBsの保持時間(Retention time, RT)の確認には異性体単体の標準溶液C-35-SET(AccuStandard)を用いた。同族体が重複しないように各異性体を混合し,Table 1 に示すような標準液を調製した。既報6)と同様に,各標準液にはRTの基準とするために,13C12でラベル化した1,2,7,8-TeCDF(Wellington Laboratories)を添加した。PCBsの各異性体の濃度は,標準液No. 1~88ではおよそ 100 ng/mL,No. 89ではおよそ 25 ng/mL,No. 90ではおよそ 40 ng/mLに調製した。13C12-1,2,7,8-TeCDFの濃度はいずれの標準液でもおよそ 5 ng/mLに調製した。
分離カラムには,既報6)でPCDDsおよびPCDFsの溶出順序を確認したDB-17msおよびVF-17ms(いずれもAgilent Technologies;長さ 60 m,内径 0.25 mm,膜厚 0.25 μm)を用いた。
2.2 測定PCBsの測定には,高分解能GC/MS(Agilent 7890A GC(Agilent Technologies)+JMS-800D(日本電子))を用いた。GCの条件は,両カラムともに,既報6)でPCDDs/DFsの溶出順序を確認した際と同じである。すなわち,GCオーブンの温度プログラムは130°C(2 min)―210°C(15°C/min)―310°C(3°C/min)―320°C(5°C/min,17 min)で,注入口温度は280°C,キャリアガスはヘリウム(1.5 mL/min)とした。
モニターイオン(m/z)にはMoCBs:188.0393,DiCBs:222.0003,TrCBs:257.9584,TeCBs:291.9194,PeCBs:325.8804,HxCBs:359.8415,HpCBs:393.8025,OcCBs:429.7606,NoCBs:463.7216,DeCB:497.6826,13C12-1,2,7,8-TeCDF:317.9389を用い,質量分解能は>10,000とした。機器がモニターできる質量範囲の制限から,1~5塩素化PCBsと6~10塩素化PCBsに分けて測定した。
各化合物の帰属にはDioK ver. 4.02(日本電子)を用い,ピーク重心の時間をRTとした。
Table 2 および3に,それぞれDB-17msおよびVF-17msにおける各PCB異性体の溶出順序と13C12-1,2,7,8-TeCDFに対する相対保持時間(Relative retention time, RRT)を示す。併せて,Fig. 1 および2に,それぞれDB-17msおよびVF-17msで測定した各同族体のクロマトグラムを示す。
a RRT, relative retention time. The RT reference standard was 13C12-1,2,7,8-TeCDF. The RT of 13C12-1,2,7,8-TeCDF in standard mixtures nos. 1 to 88 averaged 27.239 min(range: 27.210 to 27.268 min)on DB-17ms. Bold letters denote DL-PCBs.
a RRT, relative retention time. The RT reference standard was 13C12-1,2,7,8-TeCDF. The RT of 13C12-1,2,7,8-TeCDF in standard mixtures nos. 1 to 88 averaged 25.613 min(range: 25.591 to 25.632 min)on VF-17ms. Bold letters denote DL-PCBs.
DB-17msにおいては,PeCB-#118のピークにPeCB-#106のピークが近接していた。その他のDL-PCBsは,同族体の中で他の異性体による影響は見られなかった。VF-17msにおいては,HxCB-#167のピークにHxCB-#129とHxCB-#166のピークが近接していた。その他のDL-PCBsは,同族体の中で他の異性体による影響は見られなかった。
3.2 PCDDsによるDL-PCBsへの干渉の確認ダイオキシン類の測定において,PeCBsの検出に使われるm/z:325.8804がTeCDDsのm/z:325.8877によって,HxCBsの検出に使われるm/z:359.8415がPeCDDsのm/z:359.8487によってそれぞれ干渉を受けることが知られている11)。そこで,岩切らの報告10)にならい,廃棄物焼却炉のばいじん試料を用いてTeCDDsによるPeCBsへの干渉,およびPeCDDsによるHxCBsへの干渉を確認したのでFig. 3 および4に示す。Fig. 3 および4では,TeCDDsのm/z:325.8877とPeCDDsのm/z:359.8487の測定結果でなく,より存在比が高く,通常モニターイオンとして用いられているTeCDDsのm/z:321.8936とPeCDDsのm/z:355.8546の測定結果を示している。
DB-17msにおけるTeCDDsによるPeCBsへの影響(Fig. 3a)では,1,3,6,8-TeCDDによるピークがPeCB-#118のピークに近接していた。また,1,2,6,8-/1,2,4,9-/1,2,4,6-/1,4,7,8-TeCDDがPeCB-#105に,1,2,6,9-/1,2,3,9-TeCDDがPeCB-#126に干渉することが確認された。PeCDDsによるHxCBsへの影響(Fig. 3b)では,1,2,3,6,8-PeCDDがHxCB-#157に,1,2,3,6,9-PeCDDがHxCB-#169に干渉することが確認された。
VF-17msにおけるTeCDDsによるPeCBsへの影響(Fig. 4a)では,1,3,6,8-TeCDDがPeCB-#123に,1,4,7,8-/1,2,4,9-/1,2,4,6-TeCDDがPeCB-#105に,1,2,6,9-/1,2,3,9-TeCDDがPeCB-#126に干渉することが確認された。PeCDDsによるHxCBsへの影響(Fig. 4b)では,1,2,3,6,9-PeCDDがHxCB-#169に干渉することが確認された。
DL-PCBsへの干渉が確認されたPCDDsのうち,1,3,6,8-TeCDDはクロルニトロフェン製剤に由来する特徴的な異性体12,13)で,河川底質などに高濃度で含まれることがある。また,ばいじんなどの焼却過程で生じた試料では,DL-PCBsに比べてPCDDsの濃度が非常に高い場合がある14,15,16,17,18)。Fig. 3 および4は,まさにそのような試料の測定結果の例である。いずれも強い干渉を受ける可能性があるので,これらのDL-PCBsの測定に使用する場合は,干渉を受けにくい質量チャンネルを選択する,PCDDsとのピーク重なりを回避できるGC条件を検討する,DL-PCBsとPCDDs/DFsを分画して検液を調製するなどの工夫が必要である。
HpCBsもHxCDDsによって同様の影響を受けうるが,13C12-1,2,7,8-TeCDFに対するHpCBsのRRTはDB-17msで0.931~1.264(Table 2),VF-17msで0.934~1.274(Table 3)であるのに対し,HxCDDsのRRT6)はDB-17msで1.298~1.412,VF-17msで1.291~1.404である。両者の溶出時間はどちらのカラムでも重なっていないので,HpCB-#189はHxCDDsの干渉を受けない。
3.3 簡易測定への応用筆者らは,国内におけるダイオキシン類の主要汚染源が燃焼(廃棄物焼却),PCB製品,ペンタクロロフェノール製剤,クロルニトロフェン製剤の4つであることに着目し,5つの指標異性体(1,2,3,7,8-PeCDD,1,2,3,4,6,7,8-HpCDD,2,3,4,7,8-PeCDF,PeCB-#126,PeCB-#105)の濃度から,各汚染源に由来する毒性等量(TEQ)の推算方法を提案している19,20)。また,DB-5msとDB-17msを継いだキャピラリーカラムを用いてこれら5つの指標異性体のみを定量し,TEQを推算する簡易測定法も提案している21)。本稿ならびに既報6)の結果から,VF-17msがこれら5つの指標異性体を分離できることが明らかとなり,VF-17msを用いて5つの指標異性体のみを測定しTEQを推算する簡易測定法の可能性が示された。この方法であれば,既報21)のように2種のカラムを継ぐ必要はない。ただし,上述のようにPeCB-#126,PeCB-#105がTeCDDsによって干渉を受ける点には注意が必要である。
本研究にあたり,埼玉県環境科学国際センター元職員,安藤真由美,只野綾の両氏には,標準液の調製,ピークの帰属において多大なご協力を頂きました。ここに深く感謝の意を表します。